2024年1月 1日 (月)

20年目の引っ越し

新年あけましておめでとうございます。

昨年は自分を含めて家族も引っ越しが相次いだ一年だった。自宅から荷物を運び出し、そこに新たに荷物を運び込む。その繰り返し。おかげで我が家には使用済みの段ボール箱と未使用の段ボール箱が入り混じって散らかっている。この正月の間に片付けなければなるまい。

それでも我が家の引っ越しなんてラクなもの。たとえば、昔々美浦トレセンが完成した時はたいへんだった。あれは1978年のこと。中山競馬場の厩舎関係者が約2300人。東京は約2200人。さらにJRA職員や獣医など約500人。総勢5千人がいっせいに美浦村へと居を移した。

当時の美浦村の人口は約8600人。どれほどのイベントであったかご想像いただけるだろう。むろん引っ越すのは人間だけではない。これに2200頭の馬が加わる。その引っ越しのための費用は5億円を要した。ちなみに、この年のダービーの1着賞金は5500万円である。

この引っ越しは最初から順調に進んだわけではない。

トレセンは中山競馬場まで79キロ、東京競馬場までは125キロの距離にある。これを問題視した馬主協会が、「世界でも例を見ない過酷な輸送を馬たちが強いられる」として移転に反発。厩務員組合の一部も「馬に負担をかけさせるべきではない」とこれに同調したことで、厩舎引っ越し問題は競馬界を揺るがす大騒動になった。

JRAは試験的な輸送を何度か行い、体重、心拍数、心電に著しい影響は見られなかったとする調査結果を提示したが、馬主協会は納得しない。それどころか競走馬の移動を禁止する仮処分を東京地裁に申請したのである。その背景には年間1兆円を超えたばかりの売り上げの賞金分配問題があったとされる。金絡みで馬が人質に取られるのは厩務員春闘と同じ。ともあれ引っ越し当日になっても、馬を連れて行くことができない。なので人間だけがまず美浦村に向かった。

両者の和解が成立したのは、引っ越し当日の午後3時半。その一報を受け急遽馬運車によるピストン輸送が始まった。この日最後の入厩馬の到着は深夜零時近くだったという。「馬が負担をかけさせるな!」と騒いだ末の顛末がこのザマでは、笑い話にもならない。

さて、トレセンほど大袈裟な話ではないが、諸事情これありでこのブログも引っ越しをすることにした。第1回の投稿は2005年9月の日本テレビ盃。「競馬サロン◇ケイバ茶論」から「競馬食堂」を経て「競馬茶論」の現在に至るまで、ずっとお世話になってきたココログさんには感謝の言葉もない。

 引っ越し先URL はてなブログ
 https://keibasalon.hatenablog.com/

Blog

それでは今年もどうかよろしくお願いします。

 

 

***** 2024/1/1 *****

 

 

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2023年12月31日 (日)

2023年の大トリ

12月29日からの3日間は東京大賞典、東京シンデレラマイル、東京2歳優駿牝馬を撮り、紅白を視ながら年越しそばを食べる―――。かれこれ20年続く私の暮れの過ごし方。齢を重ねて頑固さが増すことで、こうしたルーチンがより変え難い「決まり」になってくる。大阪転居で変わるかと思えたこの3年間も、暮れの3日間はちゃんと園田競馬場で過ごした。園田ジュニアグランプリを見届けて、自宅で紅白歌合戦を観ないと年を越した気がしない……はずだった。

その重い重いルーチンを今年はアッサリ捨ててしまったのである。写真を撮る必要がなくなったせいもあるが、それでも競馬場には行けたはず。寒いのは嫌。人込みも嫌。齢を重ねると頑固にもなるが、それ以上に面倒に勝てなくなる。結局は面倒くさい。

それでもせめて大みそかだけは「決まり」を守ろうと大井にやってきた。偉い。誰も褒めてくれないから自分で褒めることにする。

昼前にひと雨あった。それがやんだら今度は北風が吹いて寒い。しかし、ありがたいことに今日は客なのでガラス張りのLウイング4階でぬくぬくと競馬を観る。これを「堕落」と罵るのは勝手。自分自身には「卒業」と言い聞かせることにした。しかし馬券は一向に当たる気配がない。競馬の神様は「堕落」と判定したようだ。

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南関東の多くの競馬ガチ勢にとって、一年のトリを飾るのは有馬記念でなければ、ホープフルSでもない。意外なことに東京大賞典でもなく、実は東京2歳優駿牝馬である。

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「トリ」の正式な表記は「取り」。あて字で「主任」とも書くことも。本来の意味は「寄席で最後に出演すること、またその人」で、「真打ち」の俗称でもある。かつて寄席の木戸銭は興行主と真打ちで分けて取っていたという。だから「取り」。仮に不入りなら、真打ちが自腹を切って出演者に取り分を回すことで「面倒も取った」のだという。

トリと言えばNHK紅白歌合戦。紅組はMISIAさんが、白組は福山雅治がトリを務めた。紅白の対戦形式だから、男性と女性それぞれにトリがいる。いずれかのトリがいちばん最後に歌う「大トリ」を務めなければならないが、NHKによればトリや大トリを選ぶ特別の基準があるわけではなく、その年の演出の中で決まっていくとのことらしい。

そういう意味では重賞レースのトリは東京2歳優駿牝馬だが、一般レースも含めれば最終12レースが大トリだ。その名も「おおとり賞」。数年前のこのレースの騎乗を終えた戸崎圭太騎手が、装鞍所で「よし!今年も無事終わった」と言って大きく息をついたシーンが忘れられない。今年も同じようなシーンが繰り広げられているのだろうか。ガラスに囲まれたスタンドからでは知り得ないことを少しばかり残念にも思いつつ、2023年が静かに暮れていく。

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それでは皆様、よいお年をお迎えください。

 

 

***** 2023/12/31 *****

 

 

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2023年12月30日 (土)

ふらっと立ち食いそば

昨今のテレビ業界はグルメ一辺倒。バラエティー、情報ワイド、旅番組からドラマに至るまで、とにかくテレビをつければ誰かが何かを食べている。さすがに食傷気味だが、BSではニッチなテーマに絞ったグルメ番組がコアな視聴者に受けているらしい。「町中華で飲ろうぜ」(BS-TBS)や「飯尾和樹のずん喫茶」(BSテレ東)といったあたりが代表格だが、「ドランク塚地のふらっと立ち食いそば」(BS日テレ)なんかもついつい視てしまいがちだ。

ドランクドラゴンの塚地武雅さんが訪れるのは街中の普通の立ち食いそば屋さん。注文もごく普通の天ぷらそばだったりする。食べる前に店主や常連さんとの絡みもあるが、まあ驚くような展開にはならない。なにせ普通の立ち食いそば屋さんですからね。正直「こんなの誰が視るんだ?」と思う。そう思いながらなぜか最後まで視てしまう。すると今度は無性に立ち食いそばが食べたくなる。

それで今日は一日早い年越しそばとばかりに、八丁堀の「スエヒロ」を訪問してみた。14時で店終いなので急がなければならない。なにせ朝3時から営業。タクシー運転手に愛される一軒でもある。

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1978年の創業。黄色い看板とゲソ天で有名な「六文そば」の系譜を継ぐ。名物の太そばはうどんと見まごうばかりの太さ。漆黒のツユに黒い麺。その上に載せたジャンボゲソもツユを吸って黒くなって「黒づくめの一杯」だが、その色合いから想像されるほど塩辛くはなく、さば節と宗田節で取ったダシのうまみが後を引く。

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ところでイカの足は何本かご存じですか?

「10本」と答えるのが普通であろう。だがしかし、学術的にはタコと同じ8本らしい。突出して長い2本は、実は「触腕」という特殊な器官で、足としてはカウントしないのだそうだ。とはいえゲソはゲソ。食べてしまえばみな同じである。

閑話休題。ゲソ天の話に戻る。

ゲソ好きなら日暮里の「一由そば」も外せまい。

こちらも「六文そば」の流れを汲む一軒。「太そば」があったりゲソ天にジャンボサイズがあるのも「スエヒロ」と同じだが、24時間営業というのが嬉しい。

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さらに注目すべきは、まさかの「ゲソ寿司」。

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紅ショウガが混ぜ込まれたシャリの上にゲソ天が載っているだけなのだが、これがなぜか美味い。とはいえ、かなり大ぶりなので注意した方がよい。それでも「ドランク塚地のふらっと立ち食いそば」でこの店を訪れた塚地さんは、ジャンボかき揚げそばを食べたあとに、平然とゲソ寿司も食べていた。さすがですね。

ちなみにBS日テレの年越しは「ふらっと立ち食いそば」の特番らしい。他局はカウントダウンダウンの特番が勢ぞろいのはず。「こんなの誰が視るんだ?」と思いながら、やはり視てしまうのだろうな、きっと。

 

 

***** 2023/12/30 *****

 

 

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2023年12月29日 (金)

アンカツルールの20年

昨日の中山は田中勝春だけでなく柴山雄一もラストライド。JRA通算602勝。重賞12勝。2009年の札幌記念、7番人気ヤマニンキングリーで女王ブエナビスタを封じた名手も、昨日の騎乗を最後にそっと鞭を置いた。

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現役最終日は5鞍に騎乗し⑮着、⑦着、②着、⑫着、⑥着。いつだったか社台グループのパーティーで交わした言葉が思い出に残る。「ひとつでも上の着順を目指して乗ってます」。まっすぐな瞳でそう言っていた。最終日の騎乗ぶりにもその思いが凝縮していたように思う。

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2003年の安藤勝己以来、地方競馬からJRAに移籍した騎手は計10人。柴山騎手の引退により、そのうち6人が引退したことになる。現役を続けるのは小牧太、岩田康誠、内田博幸、そして戸崎圭太の4騎手のみ。笠松出身の騎手はゼロになった。

かつて、JRAの新規騎手免許申請において、過去5年間にJRAで年間20勝以上の成績を2回収めた地方騎手は特例として一次試験(筆記)が免除されていた時期がある。いわゆる「アンカツルール」。しかし2010年からは一次試験ではなく2次の実技試験のみが免除の対象となった。地方競馬場の廃止で不利益を被る騎手の救済策という意味合いの強かったアンカツルールだったが、一定の役目を終えたとしてJRAは門戸を狭める方向に舵を切ったのである。それでも2013年には戸崎圭太、岡田祥嗣の二人が、難関の一次試験をクリアしてJRAへの移籍を果たした。

その後も地方からの受験はゼロではないものの、2013年を最後にJRA移籍を果たした騎手はひとりもいない。海外のライセンス保有者もクリストフ・ルメール、ミルコ・デムーロの2人のあとは、2019年の藤井勘一郎が突破しただけだ。

公正競馬確保のためには、いくら腕が立っても素性の分からぬ新顔にライセンスを渡すわけにはいかないという事情がある。そのためにはスポット参戦を重ねて実績を積み重ねて信頼を勝ち取るしかない。ジョアン・モレイラの不合格で話題になった2018年の騎手免許試験に唯一合格した藤井勘一郎にしても、なんと挑戦6回目での大願成就であった。信頼といものは簡単に勝ち取れるものではない。ダメな場合は徹底してダメ。それがJRAのスタンスである。それで移籍を諦めた騎手もゼロではない。

2009年以降の15年間で、JRA生え抜き騎手が最多勝を獲得したのは2度しかない。残る13回は地方出身騎手か外国人騎手で占められてきた。今年もC・ルメールが最多勝利騎手を奪還。しかし、横山武史、岩田未來、坂井瑠星といったJRA生え抜きの若手も着実に力を着けている。騎手の引退続出は世代交代を意味する。来年が若手騎手躍進の年になることはほぼ確実。ひょっとしたらリーディング奪取もあるかもしれない。期待しよう。(文中敬称略)

【JRAへの移籍騎手】
横山賀一 1992 ニュージーランド
安藤勝己 2003 笠松(※引退)
小牧太 2004 園田
赤木高太郎 2004 園田(※引退)
柴山雄一 2005 笠松(※引退)
岩田康誠 2006 園田
安藤光彰 2007 笠松(※引退)
内田博幸 2008 大井
高野宏史 2008 高知(※引退)
岡田祥嗣 2013 福山(※引退)
戸崎圭太 2013 大井
ルメール 2015 フランス
デムーロ 2015 イタリア
藤井勘一郎 2019 オーストラリア

【JRA最多勝利騎手】
内田博幸 2009-10
岩田康誠 2011-12
福永祐一 2013
戸崎圭太 2014-16
ルメール 2017-21、23
川田将雅 2022

 

 

***** 2023/12/29 *****

 

 

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2023年12月28日 (木)

ラストライドを見届けろ

JRA騎手の引退は免許更新月の2月であることが少なくない。福永祐一が引退したのも、今年の2月だった。しかし今年は珍しいことに秋から暮れにかけて騎手の引退が相次いでいる。10月に山田敬士、そして11月に熊沢重文が引退を発表すると、12月に入ってからも松田大作、平沢健治と引退の報が止まらない。そして今日、調教師試験に合格した田中勝春と来年から調教助手として新たな道を歩む柴山雄一が揃って鞭を置いた。馬も人も引退ばかり。こんな年の瀬は記憶にない。

勝春騎手は今日の中山で6鞍に騎乗。いきなり1レースを勝ち、返す刀で2レースも勝ってみせたから凄い。スタンドからは「まだ辞めるな!」とヤジも飛んだ。勝春騎手も「もうちょっと早く乗せてくれたら」と冗談とも本気とも取れないコメントをして周囲を笑わせたらしい。

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のちの引退セレモニーで本人が語ったところによれば、昨夜は19時頃に就寝。しかし24時頃に目が覚めてしまい、そこからしばらく寝付けなかったそうだ。今日は寝不足で朝から頭がボーっとしていたらしい。それでも1、2レースを連勝するのだから凄いのだが、本人は「馬は偉いですね~」と言ってまた周囲を笑わせた。勝春騎手の周りはいつも笑顔が溢れている。

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驚いたのは、メインのホープフルS終了後もほとんどのお客さんが競馬場に残っていたことだ。今日の最終レースは2023ファイナルS。つまり今年のJRAの最終レースでもあるから、ちゃんと見届けたいというファンもいたに違いない。それでも場内の大半は勝春騎手のラストライドを見届けるために残っていたはず。それは返し馬での声援を聞けば分かる。いつもよりゆっくりと、馬上から眺める景色を焼き付けるようにゴール前まで歩みを進めたのち、やおら反転して1コーナー方向に駆け出すと、スタンドから大きな拍手が沸き起こった。

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勝春騎手が跨るブランデーロックは6番人気。最後方に下げて末脚に賭けるが、手応えはあまり良くはなさそうだ。いつもなら途中でハミを噛むはずなのに、今日はまったく噛もうとしないので、思わずレース途中から笑ってしまっていたという。ほんとに勝春騎手は笑顔が絶えませんな。それでも直線での追いっぷりは迫力十分。ファンも満足であろう。私もしっかりこの目に焼き付けた。

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ジョッキー最終日の成績は6鞍の騎乗で①着、①着、③着、④着、⑯着、⑭着。2勝を上積みしてのJRA通算1812勝は誇るべき立派な数字だ。そのうちの1勝が筆者の某クラブ出資馬が挙げた勝利であることを私個人は誇りに思う。しかも私にとっては初勝利だった。ビゼンニシキの産駒―――と書いても若いファンの方にはピンと来ないに違いない。なにせ30年も前の話である。私も勝春騎手もそれだけトシを取った。厩舎開業の暁には、勝春厩舎に入厩する馬に出資してみようか。今度は初重賞をもたらしてくれるかもしれない。来年からは52歳の新人の挑戦を見届けることにしよう。

 

 

***** 2023/12/28 *****

 

 

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2023年12月27日 (水)

ゆかりの地へ

まことに唐突ではあるが成田山新勝寺を参拝した。正月三が日には300万人を超える参拝客でごった返す関東の名刹。とはいえ今日は人の姿もまばら。正月の準備を急ぐ業者の皆さんが忙しく動き回っている。

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オノレの馬券下手に嫌気がさして不動明王にすがりに来た―――ワケではない。成田空港に迎えに来たはいいが、到着便が遅れて時間潰しのためにやってきた。とはいえ成田山詣では初めてだからテンションは上がる。こんなことでもなければ一生参拝することも無かったに違いない。

市川團十郎家の屋号が「成田屋」なのは、この新勝寺との深い繋がりに由来している。初代市川団十郎が成田不動尊にまつわる芝居を打って大当たりしたことで、江戸の当時に成田参りが大流行した。さらに男子が生まれなかった初代が不動明王に子宝祈願をしたところ後の二代目を授かったことがきっかけで「成田屋」を屋号としたのである。

2009年に亡くなった山路秀則氏の冠名が「ナリタ」であることも、実はこの成田山と無関係ではない。その由来は大阪府内在住の成田山新勝寺信者が中心となり枚方市に建立した成田山大阪別院にある。山路オーナーは枚方にお住まいだった。

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競馬場で「ナリタ」「オースミ」の名を聞かなくなって久しい。ナリタタイシンとナリタブライアンを要した1993年と1994年にはオーナーランキングの2位に輝いている。あれから30年。今年はJRA2勝。2018年の北九州記念に出走したナリタスターワンを最後に、重賞レースへの出走も途絶えている。20代の競馬シーンを「桃、紫山形一文字」の勝負服と共に過ごした身としては、一抹の寂しさを禁じ得ない。

ちなみに社台ファームやノーザンファームの始まりの地もこの成田周辺にある。山路秀則氏がオーナーランキング2位となった1993年と94年のリーディングオーナー・社台レースホースの吉田照哉氏も、幼少の頃は成田市内の小学校に通っていたそうだ。


 

 

***** 2023/12/27 *****

 

 

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2023年12月26日 (火)

クライマックスは9頭で

「東京大賞典は10年ぶりの9頭立て」

ネットニュースの見出しにそう書かれていた。決して間違いではない。でも本質的な部分が抜けている。10年前、2013年の東京大賞典に出走投票したのは10頭だった。ところがレース前日にプロディージュが右前の球節炎により競走除外。結果的に9頭立てになったに過ぎない。出馬投票時点で10頭に満たなかったという点においては、前代未聞の出来事ということになる。

2013年の東京大賞典に出走した9頭の内訳は、JRA所属馬が当時の出走枠上限の5頭に対し、地方所属馬は4頭。ちなみに除外となったプロディージュも地方所属であった。翻って今年はJRA7頭に対し地方が2頭という構図である。

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ホッコータルマエが勝った10年前のレースには笠松からトウホクビジン、金沢からカキツバタロイヤルという全国レベルの実力馬が遠征してきていた。カキツバタロイヤルはJRAのローマンレジェンドに先着して5着と健闘している。そういう意味では、同じ9頭でも今年のレースはJRA対大井(ミックファイア)という図式が強い。

思い返せば、今年は全国各地で次々とスターホースが誕生する年でもあった。道営ではベルピットが、高知ではユメノホノオがそれぞれ三冠を達成。岩手でもミニアチュールが牡牝合わせて4冠を制する快挙を為した。名古屋ではセブンカラーズがデビューから8連勝で東海ダービーを制覇。金沢でもショウガタップリがデビューから10連勝で石川ダービーを圧勝している。兵庫のダービー馬スマイルミーシャは園田金杯で古馬相手にも勝利し、名実ともに兵庫最強馬に上り詰めた。これほどのスターホースが誕生した年は史上空前であろう。

それなのに、全国ダート界の一念の総決算たる東京大賞典に、他地区から一頭も出走が無いという事実に対し私はひどく落胆している。レベルが高過ぎることの裏返しであることは百も承知。しかし、JRA勢はレモンポップとデルマソトガケの東西両横綱を欠きながら、それでも7頭の枠をちゃんと埋めてきた。JRAの出走枠上限が10年前と同じ5頭だったらと思うとゾッとする。

こうなるとミックファイアとマンガン以外の地元勢に怒りの矛先を向けたくなる。東京記念や戸塚記念はいったい何のためにあるのか。S1レースを乱立させて身内に大盤振る舞いした挙句の果てがこのザマでは、年明けから始まる新ダート3冠路線の先行きも危うい。

10年前の社台グループ会報誌は、ダートグレードレースで少頭数競馬が続く問題の解決策として、当時5頭だったJRA出走枠を増加すべしと提言していた。しかしJRA枠が7頭に増えた現在でも、こういうことが起きる。いっそ10頭に増やしてはどうか。それなら地方からの出走がなくても国際GⅠとして恰好が付くではないか。文字通りの「馬場貸し」を目の当たりにすれば、関係者の気持ちも変わるかもしれない。

 

 

***** 2023/12/26 *****

 

 

 

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2023年12月25日 (月)

激戦のクリスマスイブ

今年もこの季節が到来。「まだ早い」「まあそのうち」「今日は気が乗らない」と適当な理由を付けて対決を避けてきた筆者も、ついに昨日の日曜日になって雌雄を決する覚悟を決めた。ようやく重い腰を上げて、年賀状の束と対峙したのである。

とはいえ敵は以前に比べて格段に少ない。3年前、大阪への転居を機にそれまで引き受けていた競馬絡みのわずかばかりの仕事を辞めた。それに伴って、長年続けてきた競馬関係者との年賀状のやり取りも大胆な断捨離を断行。一時期は250枚に到達していた年賀状を親類縁者を中心に30枚程度に収めたのである。そういう意味ではさっさと片付けてしまえば良いはずなのに、なぜか腰が重い。枚数減少と引き換えに、万事面倒くさく感じるようになった。これは加齢によるものであろう。

ともあれ朝9時のグリーンチャンネル中継開始を合図に、前哨戦たるデザイン作りに取り掛かった。一昨年はソダシ。去年はタイトルホルダーの写真を使ったが、今年はイクイノックス一択で仕方あるまい。宝塚記念、天皇賞秋、ジャパンカップで撮った写真を吟味して新年に相応しそうな一枚を探し出す。しかしそうこうしている間に飼い犬が騒ぎ出した。「散歩に連れてけ!」とうるさい。仕方なく作業は中断。

帰宅するとちょうど宅配業者がウチ宛の荷物を運んできた。大量の下仁田ネギである。とても我が家で食べきれる量ではない。そこで数本ずつ小分けにしてご近所に配る。その姿はさながら各家庭にプレゼントを配るサンタクロース。胸躍らせて袋を開けた子供たちはガッカリしたに違いない。だってネギですからね。

それでもまだ余っているので昼はねぎま鍋。食べながらグリーンチャンネルで中山5Rの新馬戦を視る。勝ったパドマの手綱は加藤翔太騎手。なんとこれが今年の初勝利だという。有馬当日の騎手事情を考えても凄い。管理する杉山晴紀調教師はこれが今年の55勝目。リーディングトレーナーを確実にした。

〆の蕎麦まで食べ終えて年賀状を再開。ようやくデザインが決まって印刷を始めたところで、あろうことかライトマゼンダのインクが切れた。予備もない。仕方なく買いに出て帰宅すると、フジテレビ「みんなの競馬」が始まっている時間ではないか。

パドックの画面を横目に見ながらどうにか印刷を終えたが、ここから最大の難関「宛名書き」が控えている。表面はプリンタのお世話になっても、ここは手書きにこだわりたい。そのために書き味の良さそうなペンも数本用意したが、いちばん良かったのはエクセル梅田への入場の際にオマケで配られたサインペンだった。2500円の入場料金を取り戻した気分。

とはいえ有馬記念を視ながらの宛名書きは覚束ない。M-1にチャンネルを変えたところで、その傾向はいや増す。おかげで6枚もの書き損じを出てしまった。損失率1割6分となれば我が軍の被害も大きい。加齢と共に集中力も衰える。年賀状をやっつけたとはいえ、これを果たして勝利と呼べるのか。年を追うごとに疲労感は増すばかり。郵便料金が値上げとなる来年は、いよいよ年賀状戦線からの撤退を真剣に考えることになるかもしれない。

Gajo

 

 

***** 2023/12/25 *****

 

 

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2023年12月24日 (日)

「復活の有馬記念」が復活

かつての有馬記念は「復活」と共に語られるレースだった。1993年のトウカイテイオーしかり。1990年のオグリキャップしかり。1年ぶりの勝利となった1998年のグラスワンダーも実は復活の勝利だったりする。

「ドウデュースも私も帰ってきました」

4万を超える大観衆の歓声に迎えられて1着ゴールを果たした武豊騎手も声高らかに復活を宣言した。天皇賞秋の当日にまさかの負傷。当初はエリザベス女王杯での復帰予定とされたが、思いのほか負傷が癒える速度が遅い。復帰予定はマイルチャンピオンシップに延び、ジャパンカップに延び、それも先延ばしとなって先週の朝日杯なってようやく騎乗再開の運びとなった。ドウデュースが7着に敗れたレースはテレビで観ていたらしい。その心中は察するに余りある。

ドウデュースの方もレジェンドの帰りを待っていたのかもしれない。そう思える理由は今年2月の京都記念にある。

エフフォーリアを抑えて1番人気に推されたドウデュースと武豊騎手は道中後方を追走していたが、3コーナー手前から早くも進出を開始した。しかし武豊騎手の手綱は持ったまま。馬の方が騎手の意を汲んで自ら動いたように見える。そして直線。軽く仕掛けられたドウデュースのフォームは頸がグッと下がり、脚の回転が目に見えて速くなった。今日の有馬記念も同じ。10か月ぶりの背中を感じたドウデュースが、自然とあの時の走りを繰り出したように思えてならない。

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武豊騎手の戦線離脱に際し、筆者は武豊騎手のモチベーションを心配していた。すでに54歳。兄貴分の熊沢重文騎手もターフを去った。彼が高いレベルでモチベーションを維持している一流のアスリードであることは重々承知している。しかしどんなアスリートでもいつか訪れる引退の日から逃れることはできない。事実「弱気になったこともあった」と本人も認めている。

あの京都記念のレース後に武豊騎手は「もう一度最強と言われたい」と言っていた。そのモチベーションが今日という日に繋がった可能性はゼロではあるまい。ジャパンカップでの復帰を断念したあとは、「ドウデュースと有馬記念に出たい」という思いを敢えて積極的に発信することで、自らを鼓舞していたようにも思える。そこがレジェンドのレジェンドたる所以であろう。ドウデュースは来年も現役を続行。凱旋門賞という言葉も出た。夢はまだまだ終わらない。この人馬の競馬を来年も観ることができることを感謝しつつ、今年一年を締めくくることとしよう。

 

 

***** 2023/12/24 *****

 

 

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2023年12月23日 (土)

新時代の幕は開くのか

私が初めて競馬に接したのは1979年の有馬記念。グリーングラスとメジロファントムがハナ差の激戦を繰り広げたそのレースは、現在のように12月下旬に行われるレースではなかった。当時、一年の締めくくりは中山大障害と決まっており、有馬記念は12月3週目の日曜日の実施だったと記憶する。

今日の中山メインはその中山大障害。かつての暮れの総決算だが、オジュウチョウサン引退後の障害界を占うという意味では新時代の幕開けとなる可能性も高い。レースは1番人気のマイネルグロンが3番手追走から3コーナー手前の4号竹柵障害で早くも仕掛けて先頭に立った。初距離、初斤量であることを思えばちょっと早い気もする。しかしそんな私の懸念を嘲笑うかのように、そこからは後続を突き放す一方ではないか。ジョッキーもさして追うことなく独走のゴール。それでも3番人気ニシノデイジーに10馬身差だから凄い。

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今年に入ってからは障害ばかり走って4戦4勝。初めての大障害コースも難なくこなした。母マイネヌーヴェルは全3勝を中山で挙げた巧者。母の弟には中山グランドジャンプを勝ったマイネルネオスや、弥生賞や京成杯勝ちのマイネルチャールズがいる血統なら、マイネルグロンが中山で輝くのは時間の問題だった。父ゴールドシップの中山適性についていまさら紹介するまでもない。

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それにしても際立ったのはマイネルグロンのその強さである。中山大障害での10馬身差は2002年にギルデッドエージが大差勝ちして以来21年ぶり。それをほとんど追われることなく記録した。しかも相手は昨年の優勝馬だから相手に恵まれたわけでもない。4分37秒9という勝ち時計も優秀。長い歴史の中で3番目に速い。

「障害界のスターになれる素材だと思います」

JGⅠ・11勝目をマークした石神深一騎手は手放しで愛馬を褒めた。オジュウチョウサンとのコンビで一時代を築いた騎手の言葉だと思えば、その言葉の重みはいや増す。

今日のレースは障害新時代の幕開けかもしれない。一方の平地競走もイクイノックスの電撃引退で王者は空位となったばかり。果たして明日の今頃は新時代の幕が開いているのだろうか。

 

 

***** 2023/12/23 *****

 

 

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