2016年9月 7日 (水)

【頑張れニッポン馬術⑤】馬場(パラ馬術)

「違う! そこから左って言ったでしょ!」

馬場の外から大きな声が飛ぶ。

「左……? ああ、そうやった……」

戸惑う声の主は宮路満英さん。リオパラリンピック障害者馬術(パラ馬術)の馬場馬術に出場が決まり、山梨県の乗馬施設で特訓を重ねる姿をTV画面は映し出していた。7月26日にNHKが放映した「ハートネットTV 2016 リオパラリンピック」のワンシーンだ。

Kingman 

宮路さんは元調教助手。かつて所属していた森秀行厩舎ではスターキングマンを担当し、レガシーワールド、シーキングザパール、シーキングザダイヤにも携わった腕利きだ。だが、2005年7月に脳卒中を発症。右半身が麻痺し、会話もままならない。手探りのまま始まったリハビリの日々。中でも最も大きな効果を得られたのは、やはり馬だった。

まずはポニーの散歩。そしてある日、乗馬の背中に乗ることを決心。そのときの映像を先ほどのTV番組は映し出している。馬の脇に立った宮路さん。しかし次に進めない。「まずカラダから!」。奥様の声が飛ぶ。「ああ」と言って、身体を馬の背中に預けると、なんとか右脚を反対側に回すことができた。

馬とリハビリを重ねるにつれ、さらなる意欲が湧いてきたという。それがパラ馬術の馬場馬術。パラ馬術といえど、演技の正確さと美しさが求められる点は通常の馬術と同じ。だが宮路さんは右手と右足が動かせない。両手を使っても難しい操作を、宮路さんはなんと左手一本でこなしてみせる。左手だけで手綱を操作しながら、同じく左手に持った長手綱で「右ムチ」を入れる技には、TVを見て思わず舌を巻いた。

とはいえ、私自身、パラ馬術を知らなかったわけではない。そのきっかけは常石勝義さんと高嶋活士さんの活躍。いっぱしの競馬ファンなら、この名前を聞いて「アッ」と思うはず。レース中の落馬が原因で脳に重い障害を負ってしまったふたりの元騎手は、4年後の東京パラリンピックを目指して今も練習に明け暮れている。昨年3月の国内大会では、二人揃って優勝の快挙も果たした。リオでの宮路さんの活躍が、二人にとって大きな励みになることは間違いあるまい。

宮路さんがもっとも頭を悩ますのは、脳の機能障害のせいで馬場馬術の経路を覚えるのに苦労すること。冒頭の「違う!」の声の主は、馬術の経路を指示するコマンダーとしてリオに同行する妻の裕美子さんだ。厳しくも温かいその声に、活躍を願わずはいられない。リオパラリンピックは日本時間の明日9月8日に開幕。馬術競技は11日から行われる。注目しよう。

 

***** 2016/09/07 *****

 

 

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2016年8月 7日 (日)

【頑張れニッポン馬術④】近代五種

五輪開幕に先立って馬術競技3種目の紹介をしたのに、同じく馬が登場する競技「近代五種」の話が抜けていた。たいへん失礼しました。日本からは岩元勝平選手、三口智也選手、そして朝長なつ美選手の男女あわせて3名が出場予定。朝長なつ美選手は、今年2月に行われたW杯エジプト大会で、日本勢最高の6位入賞を果たしており、メダルへの期待も高い。

フェンシング、水泳、射撃、ランニング、そして馬術(クロスカントリー)という異種五競技の総合成績を競うタフな競技で、欧州では「キングオブスポーツ」の異名を持つ。ナポレオンの当時のフランス軍将校が馬に跨り銃と剣で戦い、川を泳ぎ、丘を走って自軍に戻ったという故事をもとに競技化され、男子は1912年ストックホルム大会から、女子は2000年シドニー大会から競技採用された。

この競技、勝敗のカギを握るのはウマである。

馬術とは異なり、近代五種の騎乗馬は抽選で割り当てられるため、馬の当たり外れがもたらす大逆転も珍しくはない。かつてソウル五輪に日本代表として出場した泉川寛晃選手に割り当てられた馬は、目も当てられぬほどの“ハズレ”だった。落馬を繰り返した挙げ句に放馬。逃げ回る馬を追いかけているうちにタイムオーバーとなり、無得点に終わったのである。過酷な競技の最後に、こんな結末が待っているというのは何とも切ないが、こればかりは自分の力ではどうにもならない。

競技用の馬は五輪開催都市が責任をもって調達しなければならない。だが、軍隊の騎馬隊すら縮小傾向にある昨今では、簡単ではないようだ。欧米ならまだしも、半世紀前の東京の苦悩はいかほどであっただろうか。市民に乗馬の習慣などこれっぽっちもなく、かといって頼みの軍隊ももはやない。実際、前回の東京五輪では「馬の調達ができない」という理由から、近代五種を五輪競技から除外するようIOCに願い出るという一幕もあった。

この願い出は欧州の猛反対で却下されるのだが、無い馬は集められない。そこで、本来なら禁止されているはずの競走馬の使用許可をどうにか取り付け、五輪開幕の1年前になって慌ただしく馬集めが始まった。

ところが、馬の購入資金に充てられた予算はわずか2000万円。競技に必要な80頭を揃えるとなると、一頭あたり25万円である。日本ダービーの1着賞金が1000万円の当時のこと。競走馬も今よりは安いとはいえ、それでも数百万の値はついた。そこでやむなくターゲットを地方競馬に絞り、脚部不安で歩くのもままならないような馬や、人も乗せられぬような気性難の馬などを含め、どうにか80頭を確保したのである。

とはいえ、競走馬をわずか1年で五輪級の馬術用馬に転向させるのは、並大抵の苦労ではない。というか、80頭もいれば実質的に不可能である。実際に馬の訓練にあたったのは、大井競馬の騎手候補生だった。やはりそこは東京都の五輪。中央競馬に手を借りるわけにはいかなかったのであろう。

地べたに置いただけのバーを跨ぐことから教えはじめ、暴れる馬と格闘し、数多の負傷者を出しながら、それでもなんとか馬を仕上げて近代五種競技を無事成功させた騎手候補生たちの労苦は、あまり知られていない。来月、大井で行われる重賞「東京記念」は、もとは「東京オリンピック記念」の名で行われていた。あれから約半世紀。東京五輪を陰で支えた見習い騎手たちの功績に思いを寄せながら、近代五種競技や来月の東京記念を見るのも悪くなさそうだ。

Tokyokinen 

 

***** 2016/08/07 *****

 

 

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2016年7月31日 (日)

【頑張れニッポン馬術③】障碍

障碍飛越は、日本馬術勢がオリンピックで唯一金メダルを獲得したことのある競技。これに自身6度目の五輪となる杉谷泰造選手が、親子3代で追い続ける五輪メダルの夢に挑む。

杉谷選手の祖父・川口宏一さんは「馬術の神様」とも呼ばれた人物で、43歳の時にメルボルン五輪に出場を果たした。そして父・杉谷昌保さんも、メキシコ、ミュンヘン、モントリオールと3大会連続出場の経験を持つ。親子3代で通算10度目の五輪ともなれば、家庭的にはもはや4年に一度の恒例行事といったところだろうか。

泰造選手本人はモントリオール五輪直前に生まれ、4歳で初めて乗馬を体験。9歳から競技に参加し、16歳でニュージーランドで行われたノースアイランド選手権大障碍飛越競技ジュニアグランプリを勝ち取った。まさに絵に描いたような馬術人生。五輪でのメダル獲得は親子3代の宿願でもある。

それにしても夏季五輪の6大会連続出場は凄い。女子柔道の谷亮子選手を抜き、単独トップの記録だという。

しかし上には上がいた。同じくリオの障碍飛越に出場予定のイアン・ミラー選手(カナダ)は、なんと今回で11大会連続の五輪出場。しかも、ただ出ているだけではない。8年前の北京では、団体で銀メダルを獲得している。馬術競技の奥深さを思い知らされるレジェンドだ。

杉谷選手にしても連続出場記録ごときで満足しているはずながい。2004年アテネ大会では、日本馬術界としては戦後最高順位となる16位に食い込んだ。その瞳は1932年ロス五輪金メダルの西竹一以来、84年ぶりとなる表彰台を見据えている。

Jump 

【出場選手】
 杉谷泰造
 福島大輔
 武田麗子
 桝井俊樹

【日程】※現地時間
 8/14(日) 10:00 個人1次予選・団体1次予選
 8/16(火) 10:00 個人2次予選・団体予選
 8/17(水) 10:00 個人3次予選・団体決勝
 8/19(金) 10:00 個人準決勝 13:30 個人決勝

 

***** 2016/07/31 *****

 

 

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2016年7月30日 (土)

【頑張れニッポン馬術②】馬場

五輪の馬術競技と聞いて法華津寛選手を連想される方は多いと思う。だが、法華津選手が実際に出場していた種目を知る人は案外少ないのではあるまいか。それがこの馬場馬術。障碍飛越では決して見ることのできない、エレガントな人馬の演技が「馬場」の醍醐味だ。

Baba 

20m×60mのアリーナ内で、速歩、横歩、後退などの規定科目をこなし、その優雅さと正確さを競う採点競技。体操やフィギュアスケートと同じようにリズム、躍動感、そして気品までもが採点の対象となる。

自由闊達に走りたい馬にしてみれば、きっとストレスの溜まる種目であろう。そのストレスを表に出させず、いかに馬が自ら進んでステップを踏んでいるように見せるか。そこが勝負の分かれ目となる。馬への扶助動作(指示)が外からハッキリ見て取れるようではいけない。ある意味で、究極の人馬一体を追い求める種目であろう。

そのためであろうか。この種目は女性選手が活躍することでも知られる。馬術は五輪競技の中で、唯一男女の区別なく行われる競技だが、中でも馬場馬術は女性選手の活躍が著しい。北京五輪では女性選手が表彰台を独占。しかも金メダルを獲得したオランダのアンキー・ファンフルンスフェン選手は、シドニー、アテネと合わせて3連覇だった。となれば、黒木茜選手と北井裕子選手に注目せぬわけにはいかない。

北京でもロンドンでも、馬場馬術では法華津寛選手の年齢ばかりが話題となった。しかし、今回は2大会ぶりに団体の出場権も獲得し、総勢4名もの選手が出場する。その華麗な演技にぜひとも注目していただきたい。

【出場選手】
 原田喜市
 黒木茜
 高橋正直
 北井裕子

【日程】※現地時間
 8/10(水) 10:00 個人予選・団体予選
 8/11(木) 10:00 個人予選・団体予選
 8/12(金) 10:00 個人予選・団体決勝
 8/15(月) 10:00 個人決勝

 

***** 2016/07/30 *****

 

 

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2016年7月29日 (金)

【頑張れニッポン馬術①】総合

リオ五輪の開幕がいよいよ一週間後に迫った。例によって馬術に関する報道が少ないとお嘆きの貴兄のため、今日から3回に渡ってオリンピック馬術競技について書こうと思う。

まず最初に開会式翌日の8/6(土)から始まる「総合馬術」から。

Cross 

3日間で「馬場」「耐久(クロスカントリー)」「障碍飛越」の3競技を同一人馬で戦い抜くタフでハードな種目。日本からは大岩義明選手と北島隆三選手の2名が出場する。中でも一番の見どころはクロスカントリーであろう。

最大で45個もの障害物が設置された全長約6キロにも及ぶコースは、人馬の体力を容赦なく奪う。「耐久」の名はダテではない。終盤は人も馬もバテバテ。それでもお互いゴールを目指さねばならないのだから、最終的には人馬の絆が試される競技だと言っても良い。大岩選手の騎乗馬はザデュークオブカヴァン。北島選手のパートナーはジャストチョコレート。人馬一体の走りを期待しよう。

北島選手は五輪初出場だが、大岩選手は北京、ロンドンに続いて3度目の五輪。当然期待も高い。だが、過去2度の大会では決勝に進むことができなかった。特にロンドンでは、最初の馬場を首位で通過しながら続く耐久で落馬。途中失権の憂き目を見た。耐久前半も好調だっただけに、なお悔やまれる。三度目の正直はなるだろうか。

それにしても、今大会でも馬術競技のTV中継は期待薄。それでもNHKが中継動画をネット配信するようだから、それに期待しよう。

【出場選手】
 大岩義明
 北島隆三

【日程】※現地時間
 8/6(土) 10:00 馬場(初日)
 8/7(日) 10:00 馬場(二日目)
 8/8(月) 10:00 耐久
 8/9(火) 10:00 障碍(1回目) 14:00 障碍(2回目)

 

***** 2016/07/29 *****

 

 

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