【訃報】スティンガー
最近の若い人はカクテルをあまり飲まないと聞いた。となれば「スティンガー」と聞けば、米国がウクライナに供与した携帯式地対空ミサイルのことだと思う人が大半だろうか。しかし競馬オヤジにとっては1998年の2歳牝馬チャンピオンをおいてほかにない。名牝の訃報が続く。先週はカワカミプリンセスの訃報を聞いたばかり。今日はスティンガーの訃報が飛び込んできた。とはいえ27歳なら大往生であろう。
この馬を語るのに1998年の阪神3歳牝馬Sを避けて通るわけにはいかない。前週の赤松賞で2勝目を挙げたばかり。連闘でのGⅠ制覇は過去に例がないわけではなかったが、キャリアの少ない2歳の、体調管理の難しい牝馬が、しかも長距離輸送を克服して頂点に立つとは思いもしなかった。それだけの能力の持ち主であると評価されていたことの裏返しでもあるが、彼女はその後も「異例」の道を歩み続ける。
阪神3歳牝馬Sから桜花賞に直行というローテはそのひとつ。今では余計な消耗を避けるため有力馬がステップレースを使わないのは当然のこと。しかし当時はそうではなかった。結果、桜花賞を大敗したことでいわれのないバッシングを浴びることになるが、時代がまだ彼女に追いついていなかっただけの話。さらに3歳秋には秋華賞やエリザベス女王杯ではなく、毎日王冠~天皇賞秋~ジャパンカップという古馬の王道ローテを選択。勝てないまでも、しっかり走り抜けた。やがて彼女の切り開いた道を通って、ブエナビスタやジェンティルドンナ、アーモンドアイといった名牝たちの時代が花開くことになる。
阪神3歳牝馬Sを独走し、4歳牝馬特別(現在のフローラS)でフサイチエアデールを破ったスティンガーだが、その強さが際立ったのは芝7ハロンの舞台だったように思えてならない。走ったのは生涯で二度きり。どちらも京王杯スプリングカップで、二度とも圧勝だった。
1回目は2000年。4角最後方のポジションから、目の前で凌ぎを削るグラスワンダー、キングヘイロー、ブラックホーク、ウメノファイバー、シンボリインディ、ディクタットといったGⅠ馬たちをなで斬りにして豪快に突き抜けた。
2回目はその翌年。先に抜け出したブラックホークとスカイアンドリュウを一完歩ごとに追い詰めて、最後はクビだけ前に出たところがゴール。前年のような派手さはなかったものの、1分20秒1の勝ち時計は当時のタイレコードだからレベルが低いはずもない。ただ前年は武豊騎手、そしてこの時は岡部幸雄騎手の手綱だった。騎手のスタイルの差が現れた結果とも考えられる。
いずれにせよ京王杯の長い歴史の中で、連覇を達成しているのはスティンガーただ一頭。01年といえば馬齢表記が国際基準に合わせて満年齢に変更となった年だから、スティンガーは京王杯スプリングカップを「5歳」で二度勝つという前代未聞の記録も持っている。
ちなみに「スティンガー」とは「針」の意味。ゆえにカクテルのスティンガーはブランデーをベースに、ペパーミント・リキュールを加えて味に鋭さを加えている。口当たりは甘いが度数は強め。そういう意味では危険な毒針だ。馬のスティンガーもそんな危険な香りを感じさせる一頭だった。勝つときは豪快。そして負ける時も豪快。21戦のキャリアで2着がないのである。調教で北村宏司騎手を振り落としたこともあった。そんなおてんば娘のレースを思い起こしながら、今宵はスティンガーで献杯しよう。
***** 2023/9/21 *****
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