【個体識別を考える①】替え馬事件
2017年7月27日の英国ヤーマス競馬場の1Rは、2歳未勝利馬7頭による直線6ハロン3ヤードの一戦。前走クビ差2着で初勝利を逃したフィアキャイ(Fyre Cay)が、単勝1.6倍の圧倒的1番人気に押されている。ところが、そのフィアキャイに1/4馬身差をつけて勝ったのはブービー人気の伏兵・マンダリンプリンセス(Mandarin Princess)。当然のように場内は騒然となった。
マンダリンプリンセスはここがデビュー戦。特筆すべき血統の持ち主でもない。単勝51倍の評価も仕方なかろう。なのに、堂々の先行抜け出し。見事なまでの完勝である。2歳馬離れしたその走りに人々が驚いたのも無理からぬ話だ。
だが、事態は思わぬ展開を見せる。
勝ったマンダリンプリンセスが、実は同じチャーリー・マクブライド厩舎に所属する3歳馬・ミリーズキス(Millie's Kiss)であることが判明したのだ。
ミリーズキスの成績は10戦して(1,1,4,4)。この時季の2歳未勝利馬相手に3歳1勝馬が勝ったところで、不思議でもなんでもない。むしろ不思議なのは、なぜそのような取り違いが起きたのか。外見的特徴だけで馬を識別する時代でもない。今ではすべての馬にマイクロチップが埋め込まれおり、個別識別はさほど難しくはないはずだ。
我が国に目を移せば、先々週8月19日の新潟3R新馬戦で、出走を予定していたエンブレムボムが、同じ厩舎の外国産馬エコロネオであることが発覚したばかり。大きなニュースになったが、この取り違えを見つけたきっかけのひとつがマイクロチップだった。
日本では規定により2007年から国内で生まれた全ての競走馬にマイクロチップが埋め込まれている。一頭一頭を識別する固有番号などが記録された集積回路で直径2ミリ、長さ14.6ミリほど。注射器でたてがみの生え際に埋め込み、専用の読み取り機を埋め込まれた部位近くにかざすことで、固有番号を識別することができる。これが導入される以前は、事前に登録された馬体の特徴を係員が目視で照合していた。そうなれば故意による「替え馬」を出走させることも可能。特に歴史の深い英国では「替え馬」問題に頭を悩ませてきた。
最近では1982年にレスター競馬場で行われた3歳限定戦を大差で勝ったフロックトングレイが、実はまるで別の4歳馬であることが判明して事件となっている。一介の人気薄馬に過ぎなかったフロックトングレイがあまりに強い勝ち方をしたことが捜査のきっかけになったというから、騎手が上手くやれば隠し通せたかもしれない。直前にフロックトングレイに大量の賭けが行われていたことも不自然と言えば不自然だった。ともあれ、「誰も気付かないまま」というケースがおそらく存在するのであろうということを強く印象づける一件でもある。
冒頭に書いた英国のマンダリンプリンセスとミリーズキスの一件も単なる「取り違え」ではなく、故意の「入れ替え」の可能性を疑いたくなる。馬運車が競馬場に到着した際、2頭ともマイクロチップによる確認は受けたそうだ。だが、その後、「スタッフの手違いで」両馬が入れ替わったという。エンブレムボムとエコロネオの取り違えを発走直前に見抜いたマイクロチップも決して万能ではない。どれだけテクノロジーが進化しても、運用するのはあくまで人間であることを、忘れてはならないということだ。
***** 2023/8/31 *****
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