讃岐うどん界のアイドル、逝く
競馬場にいると「仕方ない」という言葉をやたらと耳にする。
「あれで差されちゃ仕方ない」
「この馬場では仕方ない」
「枠順ばかりは仕方ない」
「短距離血統だから仕方ない」
「この相手では仕方ない」
挙句の果てには、
「競馬だから仕方ない」
なんて言葉も飛び出す。競馬場は無数の「仕方ない」で埋め尽くされていると言って良い。
なにせ便利な言葉である。競馬という競技は圧倒的に負けることの方が多い。しかも、レースは一日に何度も行われる。競馬関係者にせよ馬券を買うファンにせよ、ひとつの敗戦やひとつの失敗をいちいち抱え込んで、精神的ダメージを引きずるようでは、とても戦えたものではない。だから「仕方ない」の一言で済ませる。時と場合によっては叱られるかもしれないこの言葉も、こと競馬場においては魔法の呪文のような輝きを発する。
東急東横線の白楽駅から徒歩5分。商店街を抜け、横浜上麻生道路を渡った先に「じょんならん」という名のうどん店が暖簾を掲げていた。残念ながら今は既に閉業しているが、実はこの店、あの讃岐うどん界のアイドルと称された「るみばあちゃん」の下で修業を積んだ大将が切り盛りしていたのである。麺のコシ、伸び、そして香り。あれほど生き生きした麺を私はほかに知らない。
その「るみばあちゃん」こと池上瑠美子さんがお亡くなりになったそうだ。うどん一筋65年。遠くから訪れる若い客との会話が何よりの楽しみだったという。その味に惚れたというお弟子さんは数知れない。京都伏見の名店「大河」のご主人は、その最後の弟子だと聞いた。心中お察しする。
白楽にあったお店の「じょんならん」とは、讃岐の言葉で「仕方ない」という意味だそうだ。修業時代、師匠のるみばあちゃんに「じょんならん」と言われたことがきっかけで店の名前に選んだらしい。しかし、その手から生み出されるうどんは「じょんならん」とはまるで逆だった。勝手な憶測だが、この店名は一種の戒めでだったのではあるまいか。「じょんならん」ばかりでは先はない。それに抗う姿勢が大事なのである。
競馬でも同じこと。終わったことはたしかに「仕方ない」。けれど、前に進むための努力は必要だ。それが成績の差となって表れる。私の馬券もしかり。ただ、こればかりは本当に「じょんならん」なあ……。
***** 2023/3/17 *****
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