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2023年3月27日 (月)

重賞をひとつ勝ったくらいでは

毎日杯を勝ったシーズンリッチは、皐月賞をパスしてダービーに向かうらしい。これに安堵しているのはオメガリッチマンとタッチウッドの陣営であろう。両馬の収得賞金はいずれも1200万円。現時点で皐月賞出走はギリギリ可能だが、仮にシーズンリッチが皐月賞に出ると言い出せば、どちらか一方が抽選除外の憂き目を見る。ひと昔前であれば重賞で2着があれば皐月賞は安泰だった。しかし、いまやそれもままならない。

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潮目が変わったのは2014年の番組改正だった。この年から朝日杯フューチュリティSが阪神へ移動。そのあとを埋める形で、有馬記念当日の名物オープン特別のホープフルSがいきなりGⅡに昇格した。ただし、これはあくまでも阪神のラジオNIKKEI賞が移動してGⅢからGⅡに格上げという扱いである。つまりは中山と阪神とで重賞レースを交換したに過ぎない。さらに、いちょうSと京都2歳Sのオープン特別がそれぞれGⅢに昇格している。

このとき議論の対象となったのは新・ホープフルSの扱いだ。当初はGⅡ格付けとされたが、GⅠ昇格が規定路線だった。つまり2歳牡馬路線に2頭のチャンピオンが誕生することになる。それを聞いて「なんだ、1990年に逆戻りか?」と感じたのは私ひとりではない。だから議論になったのである。

朝日杯3歳S(中山・GⅠ)、阪神3歳S(阪神・GⅠ)。東西の3歳チャンピオンを決定していたかつてのレース体系が改められたのは1991年のこと。「牡馬、牝馬それぞれで3歳の統一チャンピオンを決めるのが望ましい」という今思えば当然至極のコンセプトで、阪神3歳Sは牝馬限定戦の「阪神3歳牝馬S」として生まれ変わった。1991年のことだ。

改革初年度の優勝馬は、阪神3歳牝馬Sがニシノフラワーで朝日杯がミホノブルボン。翌年には、それぞれ桜花賞と皐月賞を勝って、「改革の成果がいきなり表れた」と喝采を浴びる。それを限定的とはいえ元の姿に戻そうというのだから、議論の的になるも仕方あるまい。

2014年の改正で私が気になったことはもうひとつある。それは、クラシック出走のボーダーラインが上がるなぁ……というもの。GⅢがGⅠに昇格して、さらに新規でGⅢがふたつ追加されるのだから、自然とそうなるに決まっている。

1991年に東西統一の3歳チャンピオンとなったミホノブルボンは、翌年のダービーも制して無敗の2冠馬に輝くが、そのダービーにはカミノエルフ、オースミコマンド、ウィッシュドリーム、ゴッドマウンテン、ブレイジングレッドと、収得賞金800万円の条件馬が5頭も出走していた。たとえトライアルで優先出走権を逃しても、抽選さえ通ればこれだけの頭数がダービーに出走可能だったのである。

翻って今年の桜花賞戦線では、エルフィンSの優勝馬や阪神JFの2着馬さえもが除外される可能性が高い。これまでなら考えられなかったこと。とくに桜花賞戦線におけるエルフィンSの重要性はいまさら説明の必要もなかろう。デアリングタクトやマルセリーナのように、エルフィンSからの直行で桜花賞を勝つようなシーンは、もはや過去の話になりつつある。

さらに来年には3歳ダート路線整備の一環で、南関東の3歳重賞が軒並みJRA所属馬に開放される。羽田盃から日本ダービーなんてローテも有り得ない話ではない。重賞をひとつ勝ったくらいではダービーには出られない―――。そんな時代が、もうそこまでやってきているのかもしれない。

 

 

***** 2023/3/27 *****

 

 

 

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