駅 ~STATION~
金曜日に佐賀競馬場ではなく敢えて長崎を訪れたのは、「新幹線開業前の今のうちに訪れておかなければ」との切迫した思いがあったからだ。
ご存知の通り、9月23日に西九州新幹線「かもめ」が武雄温泉~長崎間で営業運転を開始する。長崎駅に造られた新たなホームは新幹線の到着をまつばかり。広大な更地が広がる駅前も再開発が急ピッチで進んでいる。新幹線の開業を今や遅しと待ち望んでいる方は多いと思うが、逆に在来線での旅路を体験しておきたいと思う人もいるに違いない。私もその一人である。
旅の本質は目的地の観光ばかりではなく、むしろその道中にこそある。しかし交通手段の合理化に伴い、旅人はその本質たる部分を省略して、目的地における見聞のみを求めるようになってしまった。新幹線や飛行機の登場はその最たるものであろう。旅は本質的に変容してしまったのである。その変容の果てに道中は旅にとって必要のない要素に―――いや、ややもすれば目的地に着くまでの「我慢すべき時間」に成り下がった。そういう視点に立てば「変容」ではなく「退行」と呼ぶべきなのかも知れない。
そう考えると私が旅を楽しんだのは、長崎に滞在した3時間足らずではなく、往復に要した4時間を含めるべき。実際それは楽しい経験であった。田植え前の長閑な田園地帯が広がる車窓の風景が、肥前鹿島駅を過ぎると干潟が広がる有明海に様変わりする。特急とはいえ海岸沿いの曲がりくねった単線を進む速度は思いのほか遅く、車窓を楽しむには申し分ない。雲仙普賢岳や諫早湾の干拓堤防をこの目で見たのも初めてだ。
翌日は佐賀競馬場に向かうため鳥栖駅で列車を降りた。
明治時代に建てられた駅舎は、現在も同じ姿をとどめている。当時使われていたレールの廃材はホームの柱として今も屋根を支えており、そのレトロ感から「駅」を目当てにわざわざ下車する人もいるそうだ。
改札の待合室には「中央軒」が暖簾を守り続けている。かしわうどんが評判だが、中でも「5・6番線ホーム」がいちばん美味いという不思議な噂で知られることは以前このブログでも紹介した。鳥栖駅構内で営業するほかの店舗も使っている材料や調理法は全く同じ。なぜそんな噂が広まったのかは謎のままだ。
ホームの店舗との違いと言えば、待合室の店舗には椅子があることか。駅弁の方で店番をしていたお母さんが、サッと一杯作って、また駅弁の方に戻っていった。たしかに座って食べるかしわうどんは、なんとなく味わいが異なる気がしないでもない。そもそも九州初の立ち食いうどん店という出自を考えれば「立って食べた方が美味い」説には頷ける部分もある。
新幹線が走る隣の「新鳥栖」駅にも「中央軒」はある。しかし、この味が鉄道利用者に支持され、まことしやかな都市伝説まで生まれるその下地は、やはりこの駅そのものにあるに違いない。「旅」の本質は目的地への道中にこそある。こうした一軒に触れるにつれ、その言葉の重みを実感せずにはいられない。
***** 2022/6/20 *****
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