特別な三冠馬
多くの競馬関係者そして多くの競馬ファンが、勝負や馬券を離れて期待した通りのレースが繰り広げられたジャパンカップだった。福永騎手の涙に思わずもらい泣きしそうになったのは、ひとり私のみではあるまい。歓喜と消沈。重圧と焦燥。コントレイルの現役生活を支えた人たちの2年2か月間の労は察するに余りある。失敗できない最後の仕上げ。大きな大きな仕事を為し遂げた男の涙に拍手を送りたい。
産駒によるJRA2500勝を史上最速で達成したディープインパクトではあるが、後継種牡馬争いは混沌としている。今年で10年連続のリーディングサイアーは確実。GⅠホースも多数輩出していながら、突出した一頭が現れないでいる。決して産駒のレベルが低いわけではない。逆にレベルが高い産駒が多過ぎるあまり、産駒同士によるGⅠタイトルの奪い合いが起きた結果であろう。
そんな中、コントレイルはディープインパクト産駒の牡馬として初めてGⅠ4勝の壁を打ち破った。しかも2歳、3歳、そして古馬になってからもGⅠタイトルを積み重ねたことには大きな価値がある。過去の3冠馬にこれを為し遂げた例はない。そういう意味で、今日のジャパンカップは「有終の美」という意味合い以上に大きな意義があった。
なんて偉そうなことを言っておきながら、実は私はコントレイルをこの目で見たことがない。関西馬でありながら関西地区で走ったのは3回のみ。むろん新型コロナの影響も大きい。振り返ればこの春の大阪杯が唯一のチャンスだった。だが、大雨に怯んで観戦を見送ってしまったのである。我ながら情けない。それでここに載せる写真を昔の3冠馬にせざるを得なくなった。
たとえコースから遥か遠く離れた競馬場の片隅からであっても、現場で味わった印象はTVのそれを上回る。ミスターシービーが2着に負けた毎日王冠はピョンピョン飛び跳ねながら、かろうじて吉永正人騎手の姿を観た。シンボリルドルフの国内引退レースとなった有馬記念は背後から圧し潰されそうになりながら中山4コーナーのラチにしがみついて観た。写真は残っていなくても私の中での三冠馬の印象はしっかりと脳裏に刻みついている。コントレイルにそれがないのは残念というほかない。
「見る」と「観る」は同じようで違う。特に後者には「つまびらかに見きわめる」の意味がある。漠然と見るのではなく、気持ちを込めて観なければ、本当の意味での「観戦」とは言えまい。
スポーツは「観る」ことで今日の発展を得た。「観る」というのは単純に眺めることではない。競技者の息遣いを感じ、時に心をも通わせ、その場の熱を感じなければ観たことにはならない。新型コロナの世の中に希望を与えるかのように走り続けたコントレイルのレースは、そのほとんどが無観客と観客制限の繰り返しだった。彼のレースをひとつでもナマで観ることができた人は自慢して良い。特別な三冠馬の稀少な目撃者だ。
***** 2021/11/28 *****
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