馬主冥利に尽きるとは
今から19年前。ファンタジーSを控えた栗東トレセンに、見慣れない関東馬のゼッケンを付けた栗毛馬の姿があった。
坂路を軽快に駆け上がっていたその2歳牝馬は、美浦・国枝厩舎所属の外国産馬ソルティビッド。オーナーは金子真人氏である。のちにすっかり普通の光景になる”栗東留学”だが、国枝厩舎では既にこの当時から積極的に行われていた。
ソルティビッドはファンタジーSでは5着に敗れてしまうものの、フェアリーSで2着したあと、年明けの菜の花賞で3勝目を挙げる。だが、当時は外国産馬が桜花賞に出走することは認められていなかった。同期の牝馬たちが桜戦線に向かうのを横目に見ながら、ソルティビッドは泣く泣く牡馬を相手にスプリント路線を歩むことを強いられる。その理不尽なルールにすっかりモチベーションが下がってしまったのだろう。その後はまったく精彩を欠いた走りを続け、4歳3月のオーシャンSで14着に敗れたのを最後に繁殖生活に入った。
現役引退から3年後の2007年。ソルティビッドはキングカメハメハの牝馬を出産する。ハワイに生息する赤い鳥を意味する「アパパネ」と名付けられた彼女は、母と同じ金子真人氏の勝負服で、母と同じ国枝厩舎に所属し、そして、母と同じように栗東で調整を続けて牝馬3冠を制した。母の無念を思えばクラシック制覇の感慨はひとしおだったに違いない。さらに、金子氏にしてみれば、父キングカメハメハもかつての自己所有馬である。キングカメハメハ産駒初のクラシック制覇を自らの所有馬同士の配合で実現したのだから、馬主としてこれにまさる栄誉はあるまい。馬主冥利に尽きよう。
その後、アパパネはヴィクトリアマイルでブエナビスタを破るなどして2012年の安田記念を最後に現役を引退。以後一貫してディープインパクトを配合され続け、2018年に自身初めてとなる牝馬を産んだ。もちろん国枝厩舎所属で金子オーナーの勝負服。それが今日の秋華賞を制したアカイトリノムスメである。
父ディープインパクト、母アパパネ、母の父キングカメハメハ、母の母ソルティビッド。アカイトリノムスメの血統表には金子オーナーの所有馬の名前が並ぶ。
自己所有の牝馬に自己所有のダービー馬を配合して生まれた3冠牝馬に自己所有の3冠馬を配合。そこから誕生した産駒がまたGⅠを勝つ。ダビスタでも簡単には出現しないような出来事を現実にやってのけた金子オーナーの、なんと素晴らしいことか。
そもそも個人オーナーの秋華賞3頭出しだって相当な快挙である。ソダシが負けてもあっさり別の快挙を成し遂げてしまった。その凄さを形容する言葉も見つからない。「馬主冥利に尽きる」という言葉は、本来はこれくらいのことを言うときに使うべきなのだろうか。だとしたら、私は今までずいぶんと間違った使い方をしてきたのかもしれない。
***** 2021/10/17 *****
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