危険な香り
「決めた! おれはソダシ買わん!」
先週土曜の夜。天満の居酒屋にひときわ大きな声が響いた。私を含めた競馬好き3名が集まっての小宴。当然ながら翌日に控えた秋華賞が話題の中心となる。
阪神で行われることのポイントは? トライアルのレベルは? 芝コースの状態は? なぜルメールはファインルージュを選んだのか?―――等々。喧喧囂囂の激論の末に最年長の参加者が叫んだのが冒頭のセリフである。しかも「でもキミはソダシ買いや」と言い出したりするから始末が悪い。
良くも悪くもソダシ中心の秋華賞だった。人気もソダシ。新聞の一面を飾るのもソダシ。ペースを握るのもソダシである。ただ、多くの穴党は「ソダシから人気薄を狙う」ではなく「ソダシを切る」という決断をしたのではないか。終わってみれば売れたのは単勝ばかりだったような気もする。
逃げたエイシンヒテンの1000m通過は61秒2のスローペース。ソダシは2番手を追走している。それを見た背後の客は「こりゃソダシのもんや」と呟いた。だが、いつもならそこから掛かり気味に先頭に並びかけるいつもの勢いがない。
4コーナーで吉田隼人騎手の手が激しく動く。異変を察した客がざわめく間もなくソダシは馬群に呑まれた。後半の1000mは1分ちょうどだから瞬発力勝負になったわけではない。実際エイシンヒテンは4着に粘っている。勝ったアカイトリノムスメも、2着ファインルージュも上がりは35秒台を要した。GⅠにしては極めて平凡な時計を思えば、ソダシは「失速した」のではなく「競馬をやめた」という表現の方が近い。
見る者を虜にするその神秘的な馬体には、実はずっと前から危険な香りが漂っていた。この白毛一族はゲート難であることが珍しくない。思えばブチコの引退理由も「ゲート難」だった。秋華賞のゲートではソダシも先入れ。ただ、それ以前に待避所から動こうとしなかった。そのときからゲートを嫌がっていたのかもしれない。ゲートに入れられた時点で彼女の中で何かが切れてしまっていた可能性もある。
もちろん大本命馬が負ける理由はひとつとは限らない。あの日を境に急に冷え込んだ陽気も、吹きすさぶ六甲おろしも、パドックで自分だけに向けられるカメラのレンズも、どれも彼女にとっては気に入らなかったのかもしれない。馬に聞いてみなければ分からないことはたくさんある。むろんそこが競馬の面白さのひとつであることは言うまでもない。
それにしても冒頭で「ソダシ買わん!」と言い切った馬券師の慧眼は見事だ。ただし「アカイトリノムスメもいらん!」と続けてしまったのは余計。それでも楽しい酒だったことに違いはない。翌日にGⅠを控えた夜の競馬談義のなんと楽しいことか。それを久しぶりに実感した。大阪に来て10か月余り。翌日の馬券の結果はともかく、いちばん楽しい夜になったことは確かだ。酒の肴は競馬の話に限る。
***** 2021/10/19 *****
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