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2021年9月 2日 (木)

【訃報】ドゥラメンテ

ドゥラメンテが8月31日に亡くなった。先週から右前肢の蹄冠部を治療中で順調に回復していたそうだが、今週になって腸炎の兆候が出て急激に悪化したという。

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凱旋門賞への壮行レースとなるはずの宝塚記念でレース中に故障。そして突然の引退。その故障が思いのほか重いと聞いて急遽北海道に飛んだ。左前に巻かれた包帯を見て、せめて命だけは…と祈った。あれから5年しかたっていないというのに。9歳は若すぎる。

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2015年の皐月賞と日本ダービーを圧勝し、史上23頭目の春クラシック2冠馬に輝いた。だが、皐月賞は賞金不足から除外される公算が高く、当初は青葉賞からダービーへという青写真が描かれていたことはあまり知られていない。皐月賞登録時点ではジョッキーも決まっていなかった。2冠馬には珍しいエピソードも、デビュー以来の事情を鑑みれば致し方あるまい。

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グァンチャーレやシャイニングレイといった重賞ウイナーが次々と皐月賞回避を表明。16年ぶりにフルゲート割れとなったことで、皐月賞への出走が叶った。競馬に“たら・れば”は禁句だが、もし皐月賞に出走できていなければ、当然ながら春2冠は達成されていなかったのだし、ダービーの行方もどうなっていたか分からない。

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これほどの能力を持ちながら、思うように獲得賞金を積み上げることができなかった原因のひとつがゲートだった。2歳10月のデビュー戦は、ゲート内で暴れて2着。2戦目の未勝利で勝利を挙げたものの、やはりゲート難を露呈し、ゲート再審査の憂き目に遭う。

クラシックを展望するには大事な時期である。だが、陣営は気性の改善を図るべく放牧を決断。同期のエリートが朝日杯やホープフルSで賞金を稼ぎまくるのを横目に、のちの2冠馬はゲート内に縛られる日々を過ごした。その華やかな血統を思えば、関係者にとっては歯がゆい冬だったに違いない。

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2月のセントポーリア賞は自身の復帰戦でもあると当時に、間近に迫ったクラシックを考えれば背水の一戦でもあった。そこで5馬身差圧勝の一発回答。折り合いを気にするあまり後方まで下げてしまった共同通信杯の取りこぼしは、ゲート練習に貢献してくれた石橋脩騎手ゆえに、声高に責めるのも憚られるが、結果的にデムーロへの乗り替わりを推し進めた側面も否定できない。

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ゲートに縛られる日々、皐月賞の奇跡的なフルゲート割れ、そして名手への乗り替わり。そも、デムーロ騎手が前年のJRA免許試験に合格したことも、ドゥラメンテ物語の始まりのひとつだった。歴史的名馬にはエピソードのひとつやふたつはあるもの。ただ、早逝のエピソードは欲しくはなかった。名手ミルコ・デムーロをして「ボクが乗った中で一番強い」と言わしめた名馬の冥福を祈る。合掌。

 

 

***** 2021/9/2 *****

 

 

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