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2019年1月13日 (日)

【訃報】カンパニー

ミラクルアドマイヤの現役時代を知る人はさほど多くはあるまい。1995年生まれのトニービン産駒で、競走成績は3戦して1勝。とても種牡馬になれる成績ではないが、ダービー馬フサイチコンコルドの半弟という良血が買われて種牡馬入りした。2000年の春のことである。

こういう未知の部分大の種牡馬は、期待と心配が隣り合わせだから、交配数はちょっとした評判で激動する。ミラクルアドマイヤの産駒数は、最初の2001年生まれから順に、25頭、18頭、7頭。そして2004年には、わずか1頭にまで減っていた。

激しい淘汰の続く種牡馬の世界。このまま忘れられて、いつの間にか消えて―――のパターンに違いない。ところが、初年度産駒カンパニーが大活躍。ミラクルアドマイヤの評価は急騰し、2004年には171頭もの交配牝馬が殺到した。まさに文字通りの「ミラクル」。そのミラクルに貢献したカンパニーも8歳にして天皇賞とマイルCSを制して種牡馬となり、途切れかけた細い糸はなんとかつながった。

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前置きが長くなってしまったことをお詫びする。熊本で種牡馬生活を送っていたカンパニーが昨年末に亡くなっていたらしい。17歳と聞けば悲しみも倍化する。同期のキングカメハメハやハーツクライたちは、まだ元気に働いているではないか。

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個人的なことを書く。昨夏、吉野ヶ里記念を観戦に佐賀に行った際、翌日はそのまま熊本まで足を伸ばしてカンパニーに会ってこようと目論んだ。熊本地震後の様子が気になっていたこともある。しかし、ウルトラカイザーの圧倒的なレースぶりと久留米うどん巡りですっかり満足してしまった私は、そのことをすっかり忘れて福岡に戻ってしまった。今となれば後悔するばかり。会えるときに会っておかねば、二度と会えないこともある。

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私の愛馬・ポップレーベルはカンパニーの初年度産駒として2013年に道営デビュー。カンパニーの産駒勝利第1号(2013年6月25日)の栄誉を掴み、道営ではあるが初めての重賞勝利(2013年ブリーダーズゴールドジュニアカップ)も父にプレゼントした。こうなったらカンパニーの代表産駒に―――。私がそんな野望を抱いてしまったのも無理はない。

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とはいえ、いまやカンパニーの代表産駒と言えば、昨年の目黒記念優勝馬で今日の日経新春杯にも出走したウインテンダネスであろう。今日の結果は11着。だが慌てる必要はない。父・カンパニーがGⅠを連勝し、種牡馬入りを決定づけたのは8歳の秋である。ミラクルアドマイヤ、カンパニーと繋いだ細い糸を繋ぐことができるか。ウインテンダネスへの期待は高まる。

 

***** 2019/01/13 *****

 

 

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