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2018年12月16日 (日)

平成最後の有馬ウィーク

中山にもダービー級の大レースを―――。

有馬記念は、そんな有馬頼寧氏(中央競馬会初代理事長)の発案で1956年に始まった。初回は「中山グランプリ」という名称だったが、翌年、有馬氏の急逝によって「有馬記念」と改称されたという逸話を知る人は多かろう。初代の優勝馬はメイヂヒカリ。2着キタノオーを3馬身半も突き放す圧勝だった。

メイヂヒカリは朝日杯に勝って2歳チャンピオンとなり、故障で春のクラシックを棒に振ったものの、菊花賞では同期のダービー馬・オートキツに10馬身差をつけて3歳実力ナンバーワンの座につき、さらに4歳時に天皇賞、有馬記念を手中にして古馬の頂点に立った。この記録は歴代の3冠馬でも達成できていない。故障さえなければクラシック3冠も間違いなかったと言われている。

ちなみに、ジャパンカップの前身がクモハタ記念であったように、中山グランプリにも前進にあたるレースは存在する。それが今はなき「中山特別」。中山グランプリの前年、すなわち最後の中山特別にはメイヂヒカリも出走し、1番人気に押されたものの、しんがり負けを喫している。古馬一線級相手に61キロは厳しかったに違いないが、ともあれ最後のレースで最後に入線し、最初のレースを先頭で駆け抜けるのだから話題には事欠かない。

21戦16勝。5敗のうち3回は万馬券決着である。念のために書いておくが、当時万馬券決着は稀少だった。2着になっただけで万馬券になったことも。小柄な鹿毛で、日本の風土が作り出したもっとも美しい馬とも言われた。馬主で明治座の社長でもあった新田新作氏の社葬にも参列し、その気品のある容姿が浜町界隈の話題になったほど。葬儀に参列した現役競走馬というのも空前にして絶後であろう。

「第1号」とか「初の」あるいは「最後の」といったフレーズに、人は親しみを覚えやすい。さあ、平成最後の有馬記念ウィークを楽しもう。個人的な注目はここを引退レースと定めたサトノダイヤモンド。オグリキャップ、ディープインパクト、オルフェーヴル、そして昨年のキタサンブラック。有馬で引退の花道を飾った名馬は列挙に暇がない。もしサトノダイヤモンドが勝ったら、そのまま引退式まで行ってしまうというのはどうか。そういえばメイヂヒカリは、競馬場で引退式を行った第1号でもあった。

Intai 

 

***** 2018/12/16 *****

 

 

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コメント

うまたせさま

おっしゃる通りです。ご指摘ありがとうございます。

投稿: 店主 | 2018年12月17日 (月) 20時24分

急逝したのは中山氏じゃなくて有馬氏じゃないですか?

投稿: うまたせ | 2018年12月17日 (月) 18時42分

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