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2018年3月31日 (土)

有馬の名を戴くもの

日本橋蛎殻町。水天宮からロイヤルパークホテルに向かって1分も歩かぬ距離に『古都里』というお店が暖簾を掲げている。土日も営業というのが嬉しい。

割烹でもあり、稲庭うどんの店でもある。とり天うどんで1200円と多少値は張るが、もともと稲庭うどんは藩主への献納品で、庶民が口にすることなどできなかったいわばぜいたく品。350年の歴史を噛み締めながら啜れば味わいも変わってこよう。

Udon_2 

ところで暮れのGⅠレース有馬記念。競馬ファンでこのレース名を知らぬ人はいまい。

「有馬」とは、このレースの前身である「中山グランプリ競走」の実現を提唱した日本中央競馬会2代目理事長、有馬頼寧氏その人を指すことも良く知られた話だ。

伯爵でもあった頼寧氏は、大政翼賛会事務総長を務め、近衛文麿とも深い親交を持つなど当時の政界の重要人物であった。またスポーツ全般にも深い関心を寄せており、プロ野球「東京セネタース」(現・北海道日本ハムファイターズの前身)を創立して初代オーナーとなっている。その時の経験から「プロ野球のオールスターゲームに倣い、ファン投票で出走馬を決めるレースを!」と提唱して始まったのが中山グランプリ。すなわち有馬記念である。

Gold 

しかし、実は「有馬」の名を戴くものは、競馬の有馬記念に留まらない。

『古都里』を出て、隅田川に向かって左に曲がると、ロイヤルパークホテルや東京シティエアターミナルに囲まれるようにして、有馬小学校という区立小学校が見えてくる。開校は明治6年というから今年で135年目の歴史を誇るこの学校の名が「蛎殻小学校」ではなく、ましてや「日本橋小学校」でもなく、なぜ「有馬小学校」なのかと言えば、「貧困な家庭の子女でも十分な教育を受ける機会が必要だ」という理念の元に、有馬家が私財を供して設立された学校だからである。有馬記念が生まれるよりずっと昔の話だ。

「有馬」の名が付くだけあって、有馬小学校も馬には縁がある。数年前の神田祭に際しては、相馬野馬追の出陣式がこの有馬小学校の校庭で行われ、そこから神田神社までの道のりを騎馬がねり歩いた。

都心を馬が行列する機会は珍しく、多くの見物客はその姿に目を奪われたが、その行列のスタートとなった小学校と有馬記念との縁(えにし)について思いを馳せた人は、どれほどいたのだろうか?

 

***** 2018/03/31 *****

 

 

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2018年3月30日 (金)

ドバイの雨

ドバイワールドカップデーが明日の夜に迫った。今年は6つのレースに史上最多となる14頭もの日本馬がエントリー。日本から現地に駆け付けるファンも、ここ数年にも増して多いと聞く。

ホクトベガを追いかけて、生まれて初めてドバイの地を踏んだのはいつのことだったか。当時、ドバイという国について知ることと言えば「砂漠の国」くらいのものでしかなく、私にしてみれば火星に行くのとさほど変わりのない、まさに「人生の一大事」であった。が、今やドバイといえば日本人にはメジャーな観光地でありタックスヘイヴンである。ワールドカップデーには大挙して日本馬がエントリーし、ファンも気軽に観戦ツアーに参加し、しかも結構な割合で日本馬が勝ったりもする。かつては想像すらできなかったことが起こるのだから、20年の歳月はやはり重い。

Calender 

今年の社台グループカレンダーの3月を飾るのは、昨年のドバイターフを勝ったヴィヴロス。その写真をよくよく見ると、この日のドバイは雨が降っていたことが分かる。ドバイに雨とは珍しいが、決して有り得ないことではない。

ホクトベガがドバイワールドカップに臨んだ年も、現地は雨が続いていた。ホテルマンに「異常気象だ」と言われたことを思い出す。ワールドカップ当日も圧倒的なスコールが競馬場を襲った。もとより雨などを想定する必要はない土地柄であるから、日本のように排水設備が充実しているわけでもない。コースにはみるみる雨水が溜まり初め、ついには川のように流れ始めた。レース開始が遅れるとの情報が入る。雨がやむのを待って、なんとしてもレースは行うようだ。

しかし、雨は一向にやむ気配はない。いや、むしろ強くなった感もある。観客はそれほど広くはない屋根の下で雨宿りするしかない。ぽつぽつと、帰る人も出始めた。

その時、一人のアラブ人の男性がコース脇に現れたのである。白いアラブ服を身に纒ったその男は、雨を気にする様子もなくじっと天空を見据えて動かない。変わった人がいるものだと思い、私はその男にレンズを向けた。―――が、次の瞬間、警備員に肩を掴まれ、制止を命ぜられたのである。肩を掴むその力加減からして、それが本気の警告であることは疑いようもない。そして彼は水平にした手の平を首にあてて、首を切る仕草をしてみせたのである。その期に及び、ようやく私は雨に打たれながら天空を見上げている男の正体を理解した。

シェイク・モハメド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム。

モハメド殿下は、怒りに満ちたその眼差しを天空に突き刺し、身じろぎもせず雨と対峙していたのである。ワールドカップを成功させることに、並々ならぬ闘志を抱く殿下の執念を感じた瞬間だった。

幸い、今年のドバイの天候は良好なようで、雨の気配などまるでないと伝えられている。明日の深夜、昨年のヴィヴロスのような興奮が待っていることを期待したい。

 

***** 2018/03/30 *****

 

 

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2018年3月29日 (木)

引退は突然に

成績からして、いつ辞めてもおかしくないと常々覚悟していたつもりだが、突然の報せに戸惑いを隠せないでいる。

木幡初広騎手の話ではない。まあ、それにも驚いたけど……。

Sou1 

とにかく二本柳壮騎手が今月いっぱいで引退するらしい。

壮君に初めて会ったのは、中山競馬場近くの野平邸である。競馬学校に入った最初の年の暮れだから1996年のことだったか。有馬記念を終えて祐ちゃん先生と一緒にご自宅に戻ったら、壮君が来ていた。父は二本柳俊一調教師で、その父は名伯楽の誉れ高き二本柳俊夫氏。そして母方の祖父は野平祐二調教師なのである。

来客が集まるコタツからちょっと離れたフローリングに、ちょこんと座っていた坊主頭が忘れられない。「鞭を回すとこ見せてよ」。そんな私の無茶振りに、顔色ひとつ変えずしかし華麗に鞭を回してくれた。あれから22年。長いような気もするし、短かったような気もする。

Sou2 

引退の報に触れ、あらためて彼の成績を調べてみた。

1999年にデビューして通算成績251勝。うち重賞は1勝。忘れもせぬ、2003年カブトヤマ記念である。福島は壮君にとってゲンの良い競馬場であった。2001年の春開催ではリーディングに輝いてもいる。

2002年に通算100勝、2005年に通算200勝。3年で100勝のペースは悪くない。ところが、そこから50勝を積み重ねるのに13年を要した。勝負の世界は厳しい。最近の騎乗馬は、父でもある二本柳調教師の管理馬ばかりだった。その二本柳師も先月で定年。騎乗機会の減少を心配していた矢先の引退発表である。

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初GⅠは2年目のエリザベス女王杯。まだ19歳だった。「勝てば武豊(GⅠ優勝最年少記録)に並ぶぞ」とハッパをかけた覚えがある。もちろん冗談。そんなに簡単に勝てれば苦労はない。ところが10番人気のエイダイクインを3着に持ってきたレースぶりに、TVの前の私はひっくり返った。

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5年目には初めてのクラシック騎乗を果たしている。ヤマニンスフィアーの桜花賞。200万円の追加登録料を払っての参戦である。関係者にそこまでしていただいたのだから応援に行かなきゃと、壮君の親類の方と盛り上がったのは良いが、勝てるわけないからと新幹線ではなく慎ましく夜行バスで行こうということになった。いま思えば新幹線でもぜんぜん構わないと思うのだが、楽しい思い出になったことは間違いない。

二本柳省三、二本柳俊夫、二本柳俊一、そして二本柳壮と繋がる家系から、壮君は「二本柳の四代目」と言われたりしたが、祐ちゃん先生は「野平家の三代目」と呼んでかわいがっていた。その三代目もついに引退。37歳という若さを考えれば、22年前に想い描いていた引き際ではあるまい。ラストデーとなる土曜には5頭の騎乗馬に恵まれた。中山に駆けつけたい気持ちは山々だが、諸般の事情がそれを許さぬ。せめて翌日曜日にも乗ってくれないものか。突然の引退は正直困る。

 

***** 2018/03/29 *****

 

 

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2018年3月28日 (水)

餃子の話

大事な大事な京浜盃だというのに、別の用事で大井に行くことがかなわぬ。

おととい、花見で訪れた大井の関係者に「あさってお休みしますんで」と言ったら「ええぇーっ?」と予想を上回るリアクションをされてしまったが、つまり京浜盃というのはそれほど大事なレースなのである。JRAのファンが3歳牡馬クラシック戦線を見据えたとき、よもや弥生賞やスプリングSをおろそかにすることはあるまい。それは南関東でも同じことだ。

大井に行っていれば、例によってカメラマン連中と餃子の話でおおいに盛り上がったに違いないから、せめてここで餃子の話をさせていただく。

先ごろ総務省が発表した家計調査の結果によると、一年間の餃子購入額ランキングで宇都宮市が4年ぶりに全国トップに返り咲いたらしい。これにより3年連続で首位を守り続けていた浜松市は2位に陥落。これを受け浜松市の鈴木康友市長は「宇都宮市が首位になったことに敬意を表したい。購入額日本一の座を明け渡したが、浜松餃子ファンは全国に増えている」との談話を出し、今後もギョーザを通じて浜松市の知名度を高めたいとしたという。

この十年間で両市の対戦成績は5勝5敗。たとえ敗れてもお互い2位は死守している成績を見れば、サンデーサイレンスとイージーゴアの如き2強のライバル関係にある。しかし、なぜ餃子なのか。家計調査の項目には「シューマイ」や「ハンバーグ」もあるのに、餃子ばかりがクローズアップされるのは、それだけ日本人に馴染み深いことの証左であろうか。

しかし、そもそも家計調査は全ての餃子の消費を表すものではない。対象になるのは、スーパーなどの小売店で購入された餃子のみ。人気のお店で食べたり、テイクアウトすれば「中華外食」にカウントされるし、たとえ小売店で買っても冷凍餃子では「冷凍食品」に分類される。つまり「ナマ」か「焼き」の餃子をスーパーで買った金額の比較。現時点では、すべての餃子の消費量を網羅する統計指標は存在しない。

それを作れという声も聞く。だがその場合、宇都宮市や浜松市がこれまで通り2強でいられるかどうかは不透明だ。外食の金額では繁華街を有する都市部が圧倒的に有利。ひょっとしたら横浜市がトップに立つかもしれない。あれ? 横浜市は「シューマイの街」ではなかったのか?

Saku 

そんなことを考えながら今宵はお付き合いで江戸川橋界隈で花見ののちに、近くにある『屯(たむろ)』というお店へ。気さくな店構えの割りにVIPも訪れる人気店だという。目玉はステーキを筆頭にした鉄板焼きの数々のようだが、私の視線は「牛すじ餃子」の文字に釘付けとなった。なんでも「当店人気メニューのぴり辛の牛すじ煮を餃子に練りこみました。餃子好きの方は是非一度ご賞味ください」とのこと。これは食べたい。それで真っ先に注文したら「ごめんなさい。今日は忙しいんで出せません」とのこと。がびーん!

まあ、確かに店内は満席。無理は言うまい。そんな運の悪さも酒の肴に……と言いたいところだが、あいにく酒は控えている。酒のない花見もたまには良いが、3日も続くとそろそろ辛くなってきた。

 

***** 2018/03/28 *****

 

 

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2018年3月27日 (火)

花見で一盃

二日連続の花見にやって来たら、そこはラッシュアワーの渋谷駅の如き混みようであった。

Sakura 

靖国神社は東京随一の桜の名所。境内に「開花宣言」の基準木を抱えているだけあって、ある程度の混雑は仕方ない。しかし、よりによって境内の一部が工事中なので、混雑感が増しているのである。

実は、靖国神社の桜は競馬と深い結びつきを持っている。

日本で最初に競馬が開催されたのが横浜・根岸であることは誰もが知るところだが、それはあくまでも居留外国人の手によって行われていた競馬に過ぎない。日本人の手によって開催された競馬という意味では、この靖国神社で行われた「招魂社競馬」がその嚆矢となる。

参道の両脇に柵を巡らし、その端を結ぶ楕円形の一周900mの競馬場が作られたその時に、元勲・木戸孝允の命によりコースの外周をぐるりと取り囲むようにソメイヨシノの木が植えられた。開催は春と秋の例大祭に合わせた年二回。春競馬は満開の桜の下で行われていたという。

間もなく競馬場は姿を消してしまい、今ではその痕跡さえも伺い知ることができないが、唯一桜の並木だけが境内に残された。靖国神社を訪れる花見客は、実は競馬場の名残を楽しんでいるのである。不忍池の桜も同様。東京でも一、二を争う桜の名所が、実は競馬場の名残だったという事実はもっと知られても良い。

靖国通りを神社に沿って西の端まで歩いた信号の角に一軒のうどん屋が暖簾を掲げていた。

Kanbee 

『博多手打ちうどん官兵衛』は、近年都内でもブームになりつつある博多うどんを出すお店。博多うどんの中でも「手打ち」を謳う店は珍しい。よし、花見で一盃といこう。

Udon 

うどんは思いのほか細い。つるつる感ともちもち感はあるが、肝心のふわふわ感に欠けるように感じるのは手打ちたるゆえんか。讃岐に慣れた東京の人間には十分ふわふわに感じるかもしれないが、博多の人の評価が気になる。とはいえ、それがいけないというのではない。東京に増えつつある博多うどんがすべて同じ一杯では、我々も面白くない。ともあれ桜を眺めながらの一盃は格別だ。

 

***** 2018/03/27 *****

 

 

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2018年3月26日 (月)

五分咲き

東京の桜は満開。なんでも史上3番目のスピード満開らしい。週間予報も晴れマークが並んでいる。今週は花見ウィークになりそうだ。

そうはいっても上野公園や千鳥ヶ淵は混雑必至。月曜から人混みに揉まれたくはないので大井にやってきた。桜なら大井にもある。4号スタンドの向こうなら人もいまい。

そしたら、たしかに人は少ないのだが……

Sakura1 

桜は五分咲きでした。幹に近い方は立派に咲いているが、枝先に向かうにしたがって蕾ばかりになる。すぐ近くの立会川の桜も満開なのに、なんでここだけ遅いんだろか?

とはいえ五分でも咲いてさえいれば花見に差し支えはない。桜の下のベンチに座り、酒は控えているので、お茶を飲みながら頭上の桜を眺めつつ、間もなく始まる9レースの予想に頭を巡らせよう。

するとすぐに一頭の馬が目が留まった。サクライスピラートは父サクラプレジデント、母サクラヴァニータ、母の父サクラローレルとまさにサクラ満開。花見競馬でこの馬を買わぬ手はない。

Baken 

ゲートが開くとサクライスピラートはダッシュよく2番手に。そのまま直線に向いた時は「おお! 勝てるかも!」と色めいたが、大井の直線は長い。スリーフォールドが大外一気の追い込みを見せて1番人気に応えた。4歳でキャリア6戦は少ないが、(5,1,0,0)と底を見せてない。今後ポップレーベルと対戦することのないよう、祈ることにしよう。

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ちなみに期待のサクライスピラートは5着。狙いは次あたりかもしれない。五分咲きの大井に満開のサクラはちと早かった。

続く10レースはシンボリマティスが的場文男騎手を背に圧巻の勝利。逃げて5馬身も離されたのでは他馬は為す統べがない。

10r 

あらためて出馬表を見て「アッ」と声が出た。シンボリマティスはデュランダルの産駒だが、母の父を見ればなんとサクラバクシンオーではないか。五分咲きの大井にはこれくらいの方が良かったのだろう。ともあれこの大井開催は最終日まで桜を楽しめそうだ。

 

***** 2018/03/26 *****

 

 

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2018年3月25日 (日)

中山ダート1800

JRAの年間開催日数はのべ288日。だから年間の総レース数は、1日12レース×288日=3456となる。ただし、ジャパンカップ当日の東京に限り11レースが最終レースだから、昨年行われたJRAの総レース数は3455だった。

では問題。その3455レースの中で、もっとも多く使われたコースはいったいどこか?

冬場を考えると、ダートの方が多く使われていそうなことは想像できる。ならば、もっとも開催日数が多かった東京のダート1600mあたりかと思えばそうでもない。実は中山のダート1800m。開催日数では東京(45日)はおろか、京都(44日)や阪神(42日)にも及ばぬ41日でありながら、中山のダート1800mは134回も使われたのである。

2番目に使われたコースは中山のダート1200mで126回。ちなみに東京ダート1600mは110回でしかない。とはいえこれはコースバリエーションの乏しさが原因。厳冬期の開催が多い中山はダートコースの使用頻度が多いにもかかわらず、実質的に1200mと1800mの2パターンに限られる。そういう意味では、あまり褒められたものでもない。実際、冬の中山はダート1200と1800が交互に繰り返されるばかりで、正直飽きる。

ともあれ中山のダート1800mというのは、JRAにおけるもっともメジャーなコース。中でも今日行われたマーチSは中山ダート1800m唯一の重賞として、その最高峰に位置する。

Start 

スタートからやや置いてスタンドがざわつき始めた。しかるのち、場内実況の「なんとハイランドピークは最後方です!」のアナウンスに、ざわつきはどよめきに変わる。大逃げが予想された馬が逃げることができない。いや、それどころか最後方。しかも重賞の舞台で、圧倒的1番人気ときた。これはこれでなかなか観ることができぬ光景であろう。見飽きたコースでもこういう珍しいことは起こる。

March 

勝ったセンチュリオンはこれが8勝目だが、そのすべてが中山ダート1800mというスペシャリスト。ある意味、勝つべくして勝ったとも言える。もっともメジャーなコースのチャンピオンとして特別な敬意を払おう。ただ、マーチSをクリアしてしまったら、もうこれ以上はない。そもそも競馬は様々な条件で普遍的な強さを競うゲーム。センチュリオンも中山ダート1800の枠を打ち破ろう。

 

***** 2018/03/25 *****

 

 

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2018年3月24日 (土)

馬を眺めながら

最近はほとんど仕事を受けてないが、私がゲラの校正をする場所は競馬場のスタンドであることが多い。

Stand 

ひとつのレースが終わって、よっこらしょとスタンドの空いた椅子に腰掛け、やおら上着の内ポケットから折りたたんだゲラを取り出して、そこに書かれた字面を追いながら、「あー、ココはいかん」とか「これはこのように変えてしまおう」などと赤ペンを走らせるのである。遠目に見れば、よほど熱心に新聞に書き込みをしているファンに見えるかもしれないけど、ただのゲラ校正です。気にしないでください。

このブログはスマホで打っている私だが、大事な原稿を頼まれた場合は未だに紙に手書きである。愛用のコクヨの100円ボールペンで、原稿用紙のマスをしこしこと埋めていく。紙に手で直接書いたものとパソコンや携帯で打ったものとでは、まるで出来上がりの文体が違うのである。

「パソコンで書いても、手で書いても、考えているのは頭だからアウトプットは同じになる」という説は、ある意味では正しい。だが、手で書くことによって次の文節が自然に頭に浮かび上がるという経験を一度してしまうと、なかなか手書きを捨てることはできなくなる。残念ながらパソコンにはそれがない。

たまたま今日の日経賞をガンコが勝ったとはいえ、手書きを貫く私を単なる頑固者だからと結論付けるのは早計である。

そもそもパソコンや携帯においても「文章を書く」などと表現するけれど、これは正確ではない。厳密には「(機械に)文章を書くことを命令している」のである。原稿の内容によっては、己の内面をさらけ出さねばならぬようなことを書かなければならない。そんな魂の発露を第三者に頼んで転記してもらおうなどとは到底思わないですよね。その時点で、もう既に文体は変わってしまっている。

書き終えた原稿用紙をトントンと束ねてから、ようやくパソコンが登場。原稿用紙を見ながら、文面をテキストデータに打ち直す。実はこの時点で、「うむ? こりゃおかしいぞ」と分かる間違いは多く、案外バカにできない作業である。

入力を終えたらプリンタから印刷して競馬場に持参する。赤ペンは競馬場では必携だから自然とポケットに入っている。パソコンで打って、パソコン上で校正して、そのままメールでぴゅっと提稿しちゃう人もいるだろうけど、私は競馬場で紙に赤ペンを滑らせながら、せっせと校正をするのが好きなのだから仕方ない。これは善し悪しではなく好みの問題であろう。

私が競馬場で校正をするのを好む理由は、どうしても良い表現が思い浮かばないような時に、馬の走る姿を見ると、なぜかアイディアが湧くような気がするから。いや、実際浮かぶことが多い。あくまで経験上のことだけど、あの「ダダダダッ、ダダダダッ」というギャロップのリズムが脳のとある部分を刺激するのかもしれないし、視覚的に美しいサラブレッドの姿が、追いつめられた精神になにがしかの好影響を及ぼすのかもしれない。

そういえば、某超有名小説家の方はシーズン末期の野球場でプロ野球の消化試合を見ながら校正をしていると聞いたことがある。それも凄い。秋になったらやってみようか。

 

***** 2018/03/24 *****

 

 

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2018年3月23日 (金)

第二のプロミストリープに備えよ

南関東移籍緒戦のプロミストリープが浦和桜花賞を勝ったことで、一部で批判的な声があがっているらしい。

プロミストリープはJRA和田正一厩舎所属で昨年10月の東京ダート1400mの2歳新場戦でデビュー。好位追走から後続を9馬身も突き放して周囲の度肝を抜いた。続く2戦目もセンス良く差し切って2勝目。陣営が「芝も試したい」とコメントしたのはおそらく桜花賞を意識してのことであろう。しかし、突然の南関東移籍により、彼女は仁川ではなく浦和の桜花賞を目指すことになった。

JRAから地方に移籍してきた馬がいきなりクラシックをさらえば、シラける人がいてもおかしくない。南関東の2歳戦線を熱心に追いかけてきたファンなら、なおさらであろう。だが、地方でこの手の出来事は日常茶飯事。最近でもJRAから移籍してきたばかりのリッカルドが報知グランプリカップとフジノウェーブ記念を連勝したばかりだし、一昨年はやはり転入緒戦のバルダッサーレがいきなり東京ダービーを制して話題を集めた。

Derby 

プロミストリープの移籍には明確な理由がある。ダートを得意とする牝馬が3歳春に目指すべきレースが、残念ながらJRAには用意されてない。牡馬を相手にユニコーンSを目指すか、あるいは適性に目をつぶって芝を使うか。馬主にしてみれば悩ましいところ。ならばいっそ南関東に……。そう考えることに何の不都合があろうか。

浦和桜花賞(2000万円)、東京プリンセス賞(2000万円)の賞金はJRAのオープン特別を上回る。どのみち関東オークスを目指すのなら地元所属の方が有利に違いない。さらに秋のロジータ記念まで展望すれば、南関東への移籍はごくまっとうな選択肢。しかも、毎月の預託量はJRAの半分程度で済む。

プロミストリープが2勝目をあげた時点で、オーナーのシルクレーシングはアーモンドアイとプリモシーンという2頭の桜花賞候補を抱えていた。不慣れな芝を強いてまで、わざわざ3頭目を送り込む必要はない。もとより桜花賞を勝てるのは1頭のみである。

浦和桜花賞を走ったJRA転入馬は、過去10回を遡っただけでも8頭いる。それ自体はさして珍しいことではない。

2008年 ハタノギャラン(4着)
2010年 トーセンウィッチ(3着)
2012年 メイクアミラクル(中止)
2013年 ミエナイツバサ(11着)
2014年 チャプレット(10着)
2015年 アイスキャンドル(3着)、トーセンマリオン(7着)
2016年 ポッドガゼール(6着)
(2011年は震災影響で中止)

JRA転入馬に出走制限をかけたり、転入そのものを制限しろという議論は拙速。馬の適性を見極め、それに応じた遠征や移籍を決断するのは、馬に関わる者の責務である。かつてのように、全国各地の競馬場の中だけですべての競馬が完結するような時代ではない。突然やって来た馬が勝利をさらう機会は、浦和桜花賞に限らずこれからますます増える。南関東の厩舎関係者は、それに負けぬような馬を作るしかない。それが自然と競馬のレベルアップに繋がる―――。そう信じたい。

同様に南関東のファンも対応を迫られよう。牡馬クラシック戦線に第二のプロミストリープが現れないとも限らない。たとえば明日の中山5レース。何の変哲もない3歳500万下の平場戦が東京ダービーに繋がる可能性だって、決して「無い」とは言えないのである。

 

***** 2018/03/23 *****

 

 

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2018年3月22日 (木)

【製麺所のうどん②】はんなりや

先日、中山競馬場に向かう途中、都営新宿線・瑞江駅を降りてみた。

バスターミナルを備えた駅前はかなり賑わっている。だが、気づけば5分もせぬうちに畑の中を歩いていた。すれ違う人もいない。小川沿いの小道を歩いていると、ここが23区内だということを忘れそうになる。目的地まで10分以上歩いたはず。だが、この道中はその距離を感じさせなかった。

Road 

たっぷり歩いてやって来たのはこちら。

『はんなりや』は、もともと卸し専門のうどん製麺所だった。その打ち立てのうどんを地元のみなさんにも食べてもらいたいという思いで客席を設け、茹でたてのうどんを提供したところ、地元で大人気のうどん店となったのである。なるほど店内を覗いてみれば、子供を伴った家族連れで座席はすべて埋まっていた。

先に店内の券売機で食券を買う。珍しく肉汁うどんを頼む気になったのは、駅からここまでの道中に武蔵野の面影を感じたせいかもしれない。食券をカウンターの女性に渡し番号札を受け取る。その頃には空席ができていた。さすが回転が早い。

Udon 

うどんは思いのほか太め。ツルツルっと啜るよりは、モグモグと噛み締めるタイプである。結果的に肉汁にして正解だった。これで510円は安い。この価格こそ製麺所直営の魅力であろう。大半のメニューが600円以下。製麺所の本分たる持ち帰り麺も、もちろん安い。家族連れに人気があるのも頷ける。

Menu 

聞けば、以前本稿でも紹介した千葉・鎌取の「かまど」と同じ系列のお店とのこと。そういや、あそこも家族連れで混んでたなぁ。地元に愛さすべきうどん店があるというのは、つくづく羨ましい。

 

***** 2018/03/22 *****

 

 

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2018年3月21日 (水)

【製麺所のうどん①】はや川

春分だというのに東京は朝から大粒の雪が舞った。弥生賞を過ぎたらコートは羽織らぬ主義である。それでも今日は彼岸だから墓参りをしなければならない。それで仕方なく既にクローゼットの奥にしまっていたコートを引っ張り出して、鵜の木へと出掛けた。

墓参は無事終了。とはいえ、雪の中せっかく鵜の木まで来たのだから、ほかに何かをしたい。例えばうどん屋はないだろうか。

Hayakawa1 

それで商店街をぶらぶら歩いていたら、最近では珍しい製麺店を見つけた。しかも店の端には「立喰」の暖簾が掲げてある。

暖簾の奥を覗くと……、

Hayakawa2 

おぉ、これはまごうことなき立ち食い店。製麺所直営ならさぞや美味かろう。寒さから逃れるように店内に入ると麺を茹でる湯気に寒暖差が手伝って、眼鏡が瞬時に真っ白になった。

店内は狭い。カウンターには椅子が4客。立って食べるスペースもあるが、それでも6人も入れば満員になる。温かいうどんに春菊天を載せてもらうことにした。これで300円とはさすが製麺所直営。安い。

Hayakawa3 

昔はどんな街にも製麺店があった気がする。実は今現在私の住まうマンションの向かいにも数年前までは小さな製麺所があり、小売りもしてくれた。このありがたさたるや、他に喩えようがない。なにせちょいと階段を降りれば、打ち立てのそばやラーメンを買うことができるのである。しかも安い。たしか1玉40円とか50円だったはず。だが、時代の流れには逆らえず、数年前に閉店してしまった。

そんな時代にあって鵜の木の『早川製麺所』はありがたい存在だ。従業員が常連客と気さくに会話を交わしている姿を見ると、いかに地元から愛されているかが手に取るように分かる。

「いらっしゃい。寒いね」

「いやぁ、花見なんて当分無理だよ。コロッケそばちょうだい」

そもそも、この立ち食いコーナーも、常連客の要望から誕生したそうだ。うどんは茹で置きだが、ここで打った麺だと思えば味わいも違う。黒くて濃いツユは関東の味そのものだから、そばの方が合うかもしれない。ラーメンや焼きそばのメニューが豊富なのも、製麺所ならではであろう。

それにしても寒い。先週は門別で今年最初の2歳能検が行われ、今日は浦和で桜花賞。春到来と浮かれた脚元をすくわれた感も漂うが、一方で製麺所の温かい一杯に救われもした一日だった。

 

***** 2018/03/21 *****

 

 

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2018年3月20日 (火)

浦和のJBC

来年のJBC開催地が浦和競馬場と決まった。開催日は11月4日。これで南関東4場すべてでJBCが開催されることになる。

大井、川崎、船橋には足を運んだことがあっても、浦和にだけは行ったことがないという貴兄も多かろう。なにせ南関東4場ではもっとも開催日数が少なく、ナイター開催もなく、定期的なGⅠレースも行われていないとあらばそれも仕方あるまい。それゆえ浦和競馬は何度か廃止の危機に直面したことがあった。

1977年には大宮競輪場とセットで郊外移転する案が真剣に議論されたし、最近でも2002年に大井競馬との合併話が持ち上がっている。前者はギャンブル公害論たけなわなりし頃ゆえの政治判断。後者は巨額の累積赤字が溜まりに溜まって噴出した事実上の廃止案である。この年、浦和競馬場は13億3400万円もの単年度赤字を計上。累積赤字は25億1800万円にまで拡大した。この額を見れば廃止が議論されない方がおかしい。それから18年後の浦和でJBCが開催される。感慨もひとしおだ。

Urawa2 

とはいえ、ただ喜んでばかりもいられない。なにせ浦和である。心配のタネは尽きない。

普段の浦和の入場者数は3千人程度。休日の交流重賞でも7千人にも届かない。それでもスシ詰め感が漂う狭い場内に、JBCともなれば1万人以上が殺到することになる。その人数をさばき切れるのか。ちなみに1996年にホクトベガが勝った浦和記念の入場者数は12761人。この数字がひとつの目安となる。

競馬場への足も不安だ。大井には大井競馬場前駅が、川崎には港町駅が、船橋競馬場にはそのまま船橋競馬場駅という最寄り駅が、浦和には存在しない。基本的は南浦和からバスを使う。駅から歩けない距離ではないが、地元住民の感情を考慮し、競馬場は徒歩を推奨していない。連絡バスをひたすら往復させればどうにかなりそうなものだが、通常開催でも南浦和駅のバス乗り場付近では多少の混乱があることから、ここでも現場のさばきが重要になる。

Urawa1 

そんなことより多くのファンが気にするのは、浦和のコースそのものであろう。なんとレディスクラシックが1400mで行われるらしい。金沢で行われた1500mを下回り、JBC史上もっとも短い距離が短いレディスクラシックとなる。

現在行われている3歳上の牝馬限定ダート重賞は8鞍。すべて地方の交流重賞として実施されており、その平均距離は1850mである。GⅡに格付けされているのは、エンプレス杯(2100m)、関東オークス(2100m)、そしてレディスプレリュード(1800m)の3鞍。それなのに、チャンピオン決定戦が1400mとは解せない。レディスプレリュードの前哨戦としての価値も薄らぐ。かつてレディスクラシックが金沢1500mで行われた年は、レディスプレリュードに出走したJRA所属馬が「距離不足」を理由に軒並み本番を回避した。来年再び同じことが起きても不思議ではない。

とはいえ浦和1500m、1600m、1900mは、コース形態が危険だとしてJRAが交流競走を認めていない。それならレディスクラシックも2000mで実施したほうがまだマシだと思うのだが、今度は頭数が揃わない可能性もある。とはいえ、もとより2000mのフルゲート頭数は11頭。「走路の拡幅を行う」とあるから、ひょっとしたら1頭分くらい増えるかもしれないが、それでもJBC史上最少頭数は免れまい。いろいろな意味で歴史を塗り替える開催になる。

なんであれ意義のあるJBCにしてほしい。それにはもちろん関係者の努力が欠かせぬ。JBC招致決定がゴールではない。JBCを無事に終えてようやくゴール。ちなみに浦和の次、2020年のJBCは名古屋が有力視されているが、さてさて、どうなるか。

 

***** 2018/03/20 *****

 

 

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2018年3月19日 (月)

【訃報】チャームアスリープ

南関東の3歳クラシック開幕を告げる桜花賞を目前に控えた今日になって、チャームアスリープが半月近く前に亡くなっていたと知らされた。史上初となる南関東牝馬3冠馬。15歳は若い。

12年前の桜花賞を思い出す。1周目のゴール板通過は11頭中8番手。ある程度前につけなければ厳しい小回りコースである。大丈夫か? 背後からたしかにそんな声を聞いた。

それでも向こう正面から一気に進出すると、3コーナー過ぎには早くも先頭に並びかける。こりゃあ、さすがに無理じゃないかと思いながら、そのまま粘るスターオブジェンヌを競り落とし、1馬身半差を付けてゴールを果たした。馬の力もさることながら、内田博幸騎手の手綱さばきが光った一戦でもある。

Charm1 

だが、続く東京プリンセス賞では、その内田博幸騎手が乗ることができない。ダーレーへの騎乗を優先しなければならなかった。それで指名されたのが今野忠成騎手である。騎乗依頼を受けた時は思わず「ぼくで良いんですか?」と言ってしまったらしい。

レースは雨水が浮く不良馬場。なのに、チャームアスリープはまたも馬群の後方で泥を浴びている。しかし今野騎手は慌てない。3~4コーナーにかけて1頭また1頭と前を交わしながらじわじわと進出。このあたりは今野騎手ならではの立ち回りの巧さであろう。直線に向けば前を交わすだけ。ゴール寸前できっちり捉えて2冠制覇を達成した。

Charm2_2 

ちなみに桜花賞で2着に敗れたスターオブジェンヌの手綱を取っていたのは、当時まだ重賞未勝利だった真島大輔騎手。悲願の初タイトルは歴史に名を残す名牝の前に惜しくも先送りとなった。そして、東京プリンセス賞の2着は、当時まだ南関東リーディングのベストテンに名を連ねたことすらなかった戸崎圭太騎手である。つい最近のことだとばかり思っていたが、改めて振り返ると12年の月日は意外に重い。

史上初となる牝馬3冠への期待を背負い、JRA勢を迎え撃つ関東オークスは、この年からGⅡに格上げされ、JRAの出走馬もレベルが上がっていた。中でも筆頭格は前年の全日本2歳優駿を制するなど交流重賞3勝のグレイスティアラ。再びチャームアスリープの背中に戻ってきた内田博幸騎手は、相手をグレイスティアラただ一頭に絞っていたという。グレイスティアラは後続を大きく引き離して直線に向いた。しかしチャームアスリープもこれを猛追。ゴールのわずか手前で差し切ってみせたその姿は、まるで菊花賞のライスシャワーを彷彿とさせるようなシーンだったと記憶する。

Charm3 

南関東でも屈指の難コースとされる浦和1600m。長い長い直線で底力が問われる大井1800m。2100mという距離は牡馬3冠でも設定されていない。3冠それぞれのレースが、まったく違った能力を求められるという点で、南関東における牡馬と牝馬の3冠戦線は大きく異なる。そういう意味ではチャームアスリープの牝馬3冠は、もっと評価されて良い。早過ぎた名牝の死を悼む。合掌。

 

***** 2018/03/19 *****

 

 

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2018年3月18日 (日)

霞か雲か

昨日に続き、桜の開花宣言の話から。

Sakura 

昨夜のニュース番組でのこと。開花宣言を待ちわびる人たちが桜の標準木を取り囲み、気象庁の職員が開花をチェックするのを見守るという映像を見て驚いた。しかるのちに職員が「開花を確認した」と電話で報告すると、観衆から拍手まで沸き起こったのである。

気象庁が行う「生物季節観測業務」は植物12種、動物11種の開花や初鳴きなどの現象を観測するもので、観測結果は季節の進み具合を探るための貴重な資料となっている。桜の開花観測はそのひとつに過ぎない。

観測場所は、基本的には各気象台の構内と決められているが、東京の場合、気象台がオフィス街のど真ん中にあるため、対象となる動植物が構内に見あたらない。それでやむなく桜に関しては、2キロほど離れた九段の靖国神社境内の木を標準木と定め、気象庁の職員がわざわざ出向いて観測しているわけだ。実際には開花を「宣言」しているのではなく、各気象台が気象庁に「報告」していると言うのが正しい。

桜以外の一部の対象物については、靖国神社からさらに離れた世田谷区の東京農大周辺で観測が行われている。つまり馬事公苑のお隣ですね。ここでは植物10種のほかに、動物ではウグイス、ツバメ、ヒグラシ、アブラゼミの4種が観測対象だそうだ。ちなみに、ツバメは初めて目撃された日を、そしてウグイス、ヒグラシ、アブラゼミは、初めてその鳴き声が聞こえた日を報告することになっている。

それにしても日本人の桜に対する情熱は凄い。そも「花」という言葉自体が桜を表す。花曇り、花冷え、花あらし―――。移ろいやすい春の空模様さえも、花(=桜)を使って表現するほど日本人と桜は密接な関係を築いてきた。生物季節観測業務に拍手が湧くのも分かる気がする。世界広しといえど、「花見」という文化を持つ民族も、おそらく日本人だけであろう。

ただし、である。私自身は満開の桜の下で大勢で酒盛りをするステレオタイプな花見の経験を、実は持たない。別に嫌っているわけではないが、たまたまそういう機会に恵まれなかった。私の花見は缶ビールを片手に桜並木を散策する程度。その後、目に付いた店に入って、ゆるゆると飲むのが楽しい。

若い時分には、「花見を兼ねて」という名目で中山に行くことも間々あった。これはレジャーシートにお弁当というスタイルではある。しかし中山では「桜の木の下で」というわけにはいかない。なにせ桜は外回りコースのさらに向こうに咲いている。遥か彼方で咲き誇る桜に「おぉ!」と感嘆の声をあげるのは、せいぜい乾杯の瞬間までで、あとは新聞と馬しか目に入らないこともしばしば。しかし、これはこれで楽しいのだから仕方ない。

それでも、たまにレースの合間にぼんやり遠くの桜を眺めてみたりもする。それで悦に入って日本酒をちびりと舐めたりするのは、やはり日本人だからであろう。遠くスタンドから眺める桜は、淡いピンクの霞にも見え、なるほど「霞か雲か」と歌われた理由が理解できたりもした。

Matsurida 

とはいえ、そんな風情もレースが始まればどこかに吹き飛ぶ。やれ「そのまま」だとか、やれ「差せ!」などと騒ぎ立てた挙句、オケラになって帰るのはいずこも同じ春の夕暮れ。ただ、この季節だけは西船橋駅方面に向かって歩きたい。南門を出てしばらく歩くと、桜が美しいスポットを通るのである。遠くから眺める桜も悪くないが、間近で見る桜は負けて傷ついた心を癒してくれるもの。運良く風が吹けば、圧巻の桜吹雪を見ることができるかもしれない。

 

***** 2018/03/18 *****

 

 

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2018年3月17日 (土)

渋谷の宮崎うどん

東京はソメイヨシノの開花が発表された。史上3番目に早い開花だという。だが、昨日に比べれば肌寒い一日。それで温かいうどんを食べようと、ウインズ渋谷で馬券を仕込むついでに、渋谷駅から宮益坂を上ったところにある『澤乃井』の暖簾をくぐってみた。こちらは昼と夜の間も通し営業をしてくれているから、午後3時頃にウインズ界隈をウロつく人間には助かる。

Sawa1 

釜あげうどんの元祖とされる宮崎の名店『重乃井』の系譜を継ぐ一軒。店内は広く、店内に飾られた色紙の色褪せ具合も相まって、昭和感が満載。創業の1984年と言えば、ファルコンSはもちろんフラワーカップさえも創設されてない。ちなみにこの年の東京の桜の開花は観測史上もっとも遅く、なんと4月11日だった。寒い春だったんですね。

うどんはやや細め。独特のふわモニ感は釜揚げならではあろう。

Sawa2_2 

宮崎うどんの例に倣って天かすがたっぷり投入されたツユは、シイタケの風味がふわっと漂う。宮崎のオリジナルより醤油も強め。これは関東人の好みを考えてのことだそうだ。ただしツユに使っている醤油もシイタケも宮崎産にこだわっているという。

Sawa3 

宮崎と言えば巨人軍のキャンプだが、多くのホースマンを輩出してきたことでも有名。なかでも宮崎県出身の調教師は名伯楽が多い。今日のファルコンSにアサクサゲンキを出走させる音無英孝調教師もそのひとり。こうなりゃ、ファルコンSはアサクサゲンキの単勝勝負か?

池江泰郎、音無秀孝、小原伊佐美、坂口正則、二分久男、野元昭、橋口弘次郎、布施正、安田伊佐夫、矢野照正、山内研二、吉永忍。

宮崎県出身の調教師を五十音順にざっと並べてみたが、その全員がGⅠトレーナーであることに驚かされる。宮崎県には馬を強くする秘伝のレシピの言い伝えでもあるのだろうか。あるいはこのフワフワの釜揚げうどんを食べることで、馬を見る目が養われるのかもしれない。ならば私などは、もっと食べておく必要がある。次回は大盛にせねばなるまい。

ファルコンSのアサクサゲンキは2着。7番人気を思えば頑張った。直線では一瞬夢を見たが……。次は人気になっちゃうんだろうなぁ。

 

***** 2018/03/17 *****

 

 

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2018年3月16日 (金)

失われたライセンス

中野省吾騎手が騎手免許の継続試験に不合格―――。

地方競馬全国協会(NAR)の発表に驚かされた人は少なくあるまい。

継続試験では筆記試験、面接試験等を行い、本人のこれまでの業務状況の内容を勘案し、最終的にはNARと外部委員で構成された免許試験委員会で審議される。そこで中野騎手は不合格となり、昨日のうちに本人に通達されたという。

不合格の理由については、「今年度の制裁回数が15回と多く、その内容も加味して精査した結果」だとされているが、それ以上の具体的な理由は分からず、NARはノーコメントを貫き、船橋競馬場は「再起を期待する」という他人事のようなコメントを出した。そもそも不合格に該当する制裁回数や内容を定めた内規があるかどうかもはっきりしない。だから根も葉もない噂がネットを騒がすことになる。

南関東では御神本訓史騎手の一件が記憶に新しい。地方随一の「天才」と称され、JBCスプリントをも制した地方競馬のトップジョッキーは、2015年春に突如ライセンスを失効した。理由は多過ぎた不祥事。無許可外出のみならず、資格のない者を施術師であると虚偽の申告をして調整ルームに入室させていたことなど、公正確保に反する事案が相次いだためとされた。

対して中野騎手はどうか。一般に「制裁」と聞くとファンは「進路妨害」をイメージするだろう。だがたしかに中野騎手が受けた制裁には、意外な理由が多いような気がしてならない。

昨年9月28日の船橋5レースで、他馬の頭部を鞭で叩いて騎乗停止になった件は、本稿でも紹介した。その制裁内容に「精神的ショックを受けた」として、騎乗予定だった残り2鞍の騎乗をキャンセルしたことは、今回のNARの審議でも問題視されたという。他にも、疾病を理由に騎乗をキャンセルしたにも関わらず診断書を提出しなかったり、後検量で1キロ以上の重量不足があったりと、御法以外の事由が目に付いた。ある意味では、御神本騎手と同じ天才肌なのかもしれない。実際、彼を「天才」と呼ぶ記事が増えてきた矢先の出来事でもある。しかし競馬に乗れなければ、どんな天才騎手でもただの人だ。

何よりやるせないのはこの私である。なぜか。愛馬ポップレーベルは、今日のレースに中野騎手の手綱で出走予定。よりによって不合格発表の翌日とはツイてない。

「こんな状況で騎手にやる気は出るのか?」

「仮に勝ってしまったら、騎手になんて声を掛ければ良いのか?」

かように悩みは尽きぬ。だって「次もお願いします」なんて言うわけにはいかないですからね。

ところが、あっさり笹川翼騎手への乗り替わりが発表になった。乗り替わりの理由は「公正保持」だという。どうした?と関係者に聞けば、競馬場から姿を消したとのこと。それなら理由は「騎乗拒否」であろう。ともあれ今日から開催10日間の騎乗停止だという。レース以外の理由による騎乗停止がまた増えてしまった。やれやれ。

勝負前にこういうアヤが付くのは良くない。ポップレーベルは2番人気に推されたものの、追い込み及ばず3着に敗れた。前が飛ばす絶好の展開に思えたのに、まさかの落鉄。しかも3着賞金26万円を追加したことで、勝ったわけでもないのにB3に昇級してしまった。正直痛い。

さて、中野騎手はこれからどうするのか?

Nakano 

規定では来年4月1日以降に有効となる免許試験まで再受験が認められないから、向こう一年は南関東で乗ることができない。ちなみに御神本騎手は復帰まで2年半を要した。天才ゆえの落とし穴は意外に深い。

 

***** 2018/03/16 *****

 

 

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2018年3月15日 (木)

イカの足は何本?

東京競馬場『馬そば深大寺』には、名物の鳥そばに負けぬ人気メニューがあるのをご存知だろうか。

それがこちら。

Umasoba 

ゲソ天そばですね。人気の秘密はもちろんこの大ぶりのげそ天。鰹節ベースの黒っぽい関東風のツユに浸されたゲソ天は、躊躇なく美味い。

しかし、たまに硬いゲソ天に当たると難儀する。足の付け根部分はまだ柔らかいのだが、先に向かうに従って硬くなり、いつまでも噛み続けることにもなりかねない。競馬場の食事は時間をかけられぬこともしばしば。「ならば鳥そばにしとこ……」。そんな選択をすることも、少なくはない。

Suzu1 

その点、市川の老舗立ち食いそば『鈴屋』のげそ天は秀逸だ。食べやすい大きさに刻まれたゲソを、巨大なかき揚げにして丼の上に載せてくれるのである。

Suzu2 

ツユは透き通った関西風。宗田節と鯖節のブレンドで、見た目は薄く感じるが、やさしくてしっかりとした味がある。これに合わせるならうどんであろう。ただし、うどんはゆで麺の温め直し。しかしこの店の眼目はこのゲソかき揚げ。食べやすく刻まれていることもあって、時間を気にせずサッと食べ終えることができる。

ところでイカの足は何本か?

「10本」と答えるのが普通であろう。だがしかし、学術的にはタコと同じ8本らしい。実は突出して長い2本は「触腕」という特殊な器官で、足としてカウントしないのだそうだ。とはいえゲソはゲソ。食べてしまえばみな同じである。

閑話休題。ゲソ天の話に戻る。

ゲソ好きなら日暮里の『一由そば』も外せまい。

こちらのゲソ天はバリエーションが豊富。通常サイズのゲソ天が110円。巨大なジャンボゲソ天が140円という価格もありがたい。

Ichi 

さらに注目すべきは、まさかの「ゲソ寿司」。

Susi 

紅ショウガが混ぜ込まれたシャリの上にゲソ天が載っているだけなのだが、これがなぜか美味い。とはいえ、1個がかなり大ぶりなので2個パックの注文は注意が必要だ。そばと寿司で十分お腹はいっぱになる。それでも足りない人は「ゲソバーガー」を食べてみるのもいい。ただし、これはさすがの私も未経験。どんな味なのかはご自身で確認してください。

 

***** 2018/03/15 *****

 

 

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2018年3月14日 (水)

GPSで働き方は変わるのか

NHKがスマホによる勤怠管理を導入するとかしないとかで話題になっている。

働き方改革の一環ではあるらしい。だが、それがGPSと連動していることで従業員から不満が噴出しているそうだ。GPSを使われたらどこで働いているのかバレバレ。決してサボっているわけではないにせよ、会社から24時間監視されていると思えば、確かに良い気分がするものではない。

最近では管理馬にGPSを装着して調教を行う調教師もいる。美浦のホープ、武井亮調教師もそんな一人だ。

競走馬にGPSを付けてどうするのか? まさかウマが調教をサボって、どこかでコーヒーでも飲んでたりしないかと監視するためではあるまい。もちろん調教のため。心拍数計測機能付きのGPSを使って、管理馬の運動量を把握しようというわけだ。

かつては、息遣い、歩様、筋肉の手触りなどから、馬の体調を推し量るのがこの世界の常識だった。そのためには長年の経験が必要となるのは言うまでもない。そんな職人技の世界も、いまや客観的データで可視化される時代になりつつある。

GPSを利用した心拍数の計測自体は新しい話ではない。過去にはテイエムオペラオーやクロフネ、ディープインパクトも計測対象馬となったことはある。当時はGPS機器が10万円以上もした。これをトレセン在厩のすべての馬に……、というのはさすがに難しい。それで時代を代表するような名馬だけが計測サンプルとして選ばれた。だが、近年では腕時計タイプの心拍数計測機能付きGPSが数千円で買える時代。ランニング愛好者の方にしてみれば、もはや珍しい機器でもなかろう。

ディープインパクトの心拍数に関しては興味深いデータが残されている。

一般的なサラブレッドの正常時における心拍数の平均値は36。これに対し、3歳4月時点のディープインパクトの心拍数は30だった。皐月賞を前にして既にA級古馬並みの強い心臓を有していたことになる。

その心拍数は一般的に追い切り直後には200を超えるもの。それが100を切れば、いわゆる「息が入った」ことになるのだが、そこまでの時間に注目してみると、ディープインパクトの新馬戦の追い切りでは9分18秒を要した。それが皐月賞の追い切りでは、わずか2分42秒である。通常、優秀な古馬でも5、6分はかかるもの。つまり、皐月賞を前にディープインパクトの能力はA級古馬なんてレベルではなく、実は既に伝説級だった。

Di 

こういう話を聞くとGPSって便利だな、って思う。調教でも実際に通ったコースの位置取りや、ストップウォッチの操作にかかわらず、リアルな距離で正確なタイム計測が可能だ。日本では認められていないが、海外ではレースでもGPSが装着されることがある。2013年のドバイシーマクラシックで2馬身1/4差の2着に敗れたジェンティルドンナだったが、GPSによる走行距離解析で勝ったセントニコラスアビーより9m近く余計に走っていたことが分かった。こういう事実は一般の馬券検討にも役立つように思える。レース導入の議論があっても良い。

武井厩舎では、調教後の引き運動にもこの心拍数を利用している。「あがりの運動は大事。ウチはよその倍の時間歩かせている」と胸を張る厩舎もあるが、あがり運動の目的を考えれば、ただ時間が長ければ良いというものではない。馬だって飽きるし、スタッフの手間も増える。武井厩舎では、心拍数が100を切ったら引き運動はおしまい。GPSを利用した働き方改革の好例であろう。こういう使い方なら、GPSに文句を言う従業員はいないかもしれない。

 

***** 2018/03/14 *****

 

 

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2018年3月13日 (火)

ウラトラカイザーに会いに

南関東のトップを切ってナイター開催に突入した船橋競馬場へとやってきた。昼間は暖かくなってきたとはいえ、夜はコートを羽織らぬ身に海風が堪える。3月でこの寒さ。通年ナイターだなんて、ちょっと考えられない。

Gate 

「ダイオライト記念は明日だよ」

何人かにそう言われた。そんなことは分かり切っている。だが、ダイオライト記念はメンバー的にも馬券的にも、今ひとつ面白味に欠けやしないか。

ならばむしろ今日の柏の葉オープンの方が、メンバー的にも馬券的にも面白い。何より佐賀の強豪ウラトラカイザーの名前がある。冬は佐賀、夏場は道営という渡り鳥生活を続けて、積み重ねた勝ち星は実に27。一目その走りを見てみたいと思っていながら、佐賀と門別ではなかなかその機会に恵まれなかった。10歳という年齢を考えればラストチャンスの可能性も否定できない。めまい療養のためナイターは自粛と決めたばかりだが、ウラトラカイザーへの興味が勝った。

パドックで真島調教師にご挨拶。調教師もコートを着ていないが、見るからに寒そう。肝心の馬はどうか。馬体重はマイナス5キロだから輸送はクリア。ベテランだけあって、どっしり落ち着いている。

Ultra1 

実際レースぶりも落ち着いてきたようで、最近では前に馬を置いた方が走るとのこと。ニシノラピートが逃げるこのメンバーなら競馬はしやすかろう。

しかし勝ったのは一昨年の羽田盃馬・タービランスだった。彼もまた南関東と北海道を行き来する渡り鳥である。今回は南関東への復帰初戦。それを見事白星で飾った。これで南関東の古場戦線は一層盛り上がる。

Kashiwa

ウラトラカイザーは6着。今日の展開では外枠からの先行策は厳しかった。3コーナーで自ら勝ちに行っての結果だから、着順は仕方ない。むしろもっと負けてもおかしくなかった。あの展開で6着は実力の証。ぜひ次は佐賀での走りを見てみたい。

Ultra2 

冷えた身体を温めようと、競馬場を出て正面のビビッドスクエア2階にある『はなまるうどん』に飛び込んだ。ところが、こちらの店舗では春限定「はまぐりうどん」の取り扱いがないという。ショック。仕方なく筍の天ぷらをトッピング。ところがこの筍が歯ごたえもにょもにょ。フードコートでは仕方ないか……。

Udon 

ともあれ多少の春らしさは感じることができた。ウルトラカイザーにも会えたことだし、今日はこれでヨシとする。

 

***** 2018/03/13 *****

 

 

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2018年3月12日 (月)

【訃報】ドクターデヴィアス

憧れの英国ダービー馬をこの眼で初めて見たのは、1992年のジャパンカップでのこと。来日した2頭の英ダービー馬のうちの一頭、ドクターデヴィアスだった。

Devias2 

あの日、東京競馬場はたいへんな混雑だったと記憶している。入場者数は16万8561人。ちなみに、場外発売の中山にも8万人を超えるファンが押し寄せていた。それもそのはず、今なお史上最高メンバーと謳われる奇跡のジャパンカップである。

ヴェールタマンド(ガネー賞)
クエストフォーフェイム(英ダービー)
ディアドクター(アーリントンミリオン)
ドクターデヴィアス(英ダービーなどGⅠ3勝)
ナチュラリズム(AJCダービーなどGⅠ3勝)
ユーザーフレンドリー(英オークスなどGⅠ4勝)
レッツイロープ(メルボルンCなどGⅠ4勝)

たとえば1990年の英ダービーの観戦に出かけた人がいるとしよう。その人が2年後の英ダービーにも出かけ、その3日後に行われた英オークスも観戦。秋には凱旋門賞に繰り出し、さらにオーストラリアにも渡って、帰国することなくアメリカのブリーダーブリーダーズカップにも回らないことには、この年のジャパンカップ招待馬とは顔を合わせることは不可能。それだけ豊富な資金と、度重なる海外旅行を続けられるような時間に恵まれたセレブリティでなければ、とても目にすることのできないような名馬たちが、府中に集まったのである。それは世界的に見ても「奇跡」と呼ぶに相応しい光景だった。

カメラは持参したはずだが、あまりの人の多さに写真など撮れる状況ではない。それでもパドックを取り囲む人垣のはるか向こうに、ゼッケン5番を付けた栗毛馬を確かに見た。その後、馬場に出ようとしたが、人ごみが行く手を阻む。比較的空いている4コーナーの方に向かう途中、当時はまだ建設工事中だったメモリアル60スタンドのあたりでファンファーレが鳴った。トウカイテイオーが1着ゴールしたという場内実況を聞いて、何が何だか分からぬまま歓喜の雄叫びを上げたと記憶している。

ずいぶんと前置きが長くなった。ドクターデヴィアスが亡くなったらしい。1992年の英ダービー馬にして、同年のアイリッシュチャンピオンSの優勝馬。29歳なら立派なものだが、その競走人生は生半可なものではなかった。

ドクターデヴィアスは2歳5月にデビューを果たすが、この年の10月までに6戦を使われている。翌年は4月のクレイヴンSで始動すると、2週間後のケンタッキーダービーに遠征。帰国直後のエプソムダービーを勝ち、その後も、愛、英、愛、仏、米、そして日本と、世界を股にかけてタフに走り続けた。この間に彼の所有者は6回も変わっている。服色が変わるたび、彼は新しいオーナーのため懸命に走らなければならなかった。最後のオーナーは言わずと知れた社台グループ。ただしこれは競走生活を終えたあと、種牡馬入りしてからの話である。

某クラブでドクターデヴィアスの牝馬に出資したことがある。私が名付け親にもなった。しかし、この子はデビューできず終い。ただ、繁殖に上がってからは、子と孫の世代から5頭がJRAで勝ちあがり、12勝を上げる活躍を見せている。これは私と彼女のささやかな誇りだ。

Devias1 

その後、日本を離れアイルランドに渡ったドクターデヴィアスと、彼の地で再会を果たした。1997年のクールモアスタッドでのこと。サドラーズウェルズやカーリアンではなくドクターデヴィアスに興奮する私の姿を見て、スタリオンスタッフは怪訝に思ったかもしれない。あのジャパンカップ以来5年ぶり。そのときは人ごみに遮られてほとんど見ることができなかった英国ダービー馬は、サドラーズウェルズやカーリアンにも負けぬ名馬のオーラを漂わせていた。合掌。

 

***** 2018/03/12 *****

 

 

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2018年3月11日 (日)

最後のオープン特別

中山競馬場は東日本大震災の犠牲者を追悼するために掲げられた半旗が、強い東風にはためいている。場内アナウンスが地震発生の14時46分を知らせると、騎手、調教師、JRA関係者、そしてもちろん我々入場者も全員で黙祷を捧げた。

Mokuto 

1分間の静寂。それが終わると東風ステークスの出走馬が姿を現す。春の中山では馴染みとなったオープン特別である。

アネモネステークス、ポラリスステークス、昇竜ステークス。今週はJRA3場で4つのオープン特別が行われた。これら格付けを持たないオープン特別はJRAでは年間100鞍ほど行われているが、このうち65鞍程度に来年から「リステッド」の格付けが付与されるらしい。

「リステッド(Listed)」とは文字通り「記される」の意。つまり、重賞ではないがその成績は重賞に準じて記される―――ということ。ではいったい何に記されるのか? それはセリ名簿である。そういう意味では、馬券を買うファンにはあまり関係がない。しかし、セリ会社が強大な力を持つ欧州では比較的ポピュラーで、「重賞に準ずる」ことから日本語では「準重賞」と訳されてきた。

今後の表記はどうするのだろう。JRAの会見では「準重賞」という言葉は使われなかったように思う。南関東などでは従来から準重賞が行われており、その中には条件戦も含まれていることから、これと区別するために「リステッド」のまま浸透させるつもりかもしれない。

リステッド格付けの目安はレースレートが100以上。ただし、100を超えているからといって必ずしもリステッド格付けを得られるとは限らない。参考までに、昨年は11月に行われたキャピタルステークスの105.5を筆頭に58鞍のオープン特別が100以上のレーティングを得ている。

今年の東風Sは7番人気・ミュゼエイリアンの逃げ切り勝ち。以外、タイセイサミット、シュウジ、ミッキージョイの順だった。果たしてこれで何ポンドになるのか。ちなみにグレーターロンドンが勝った昨年は102.75。ミッキージョイは昨年も4着だが、1着と3着に重賞ウイナーが顔を揃えた今年の方が高くなって不思議ではない。だとすればこれが単なる「オープン特別」として行われた最後の東風Sとなる可能性は大いにある。

Kochi 

JRAでリステッド格付けが必要なのは、何もセリ名簿のためではない。その背景にあるのは来年実施される降級制度の廃止だ。

降級がなくなるということは、条件馬が減ってオープン馬が増えるということ。となれば、オープン馬が走る舞台、すなわち重賞レースがもっと必要になる。重賞を増やすには、その候補となるレースの出走馬の質を上げて、重賞要件を満たすレーティングを得なければならない。

キャピタルSやリゲルSといった毎年ハイレベルのメンバーが揃うオープン特別は、おそらくリステッドに指定され、いずれ重賞に格上げされる。そして、馴染みの条件特別はオープンに格上げされるか、もしくは消える運命にあるのだろう。館山特別がオープン特別になり、東風ステークスが重賞になる―――。そんな競馬を、数年後に我々は観ているのかもしれない。

 

***** 2018/03/11 *****

 

 

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2018年3月10日 (土)

あれから7年

報知杯フィリーズレビューが行われる明日は、東日本大震災から7年の節目の日でもある。もう7年か、あるいはまだ7年か。思いは人それぞれに違いない。私事で恐縮だが、震災とフィリーズレビューの組み合わせにはひとつ思い出がある。あの年のフィリーズレビューは3月21日に実施されたことを覚えておいでだろうか。例年に比べちょっと遅い。

本来は3月13日に実施されるはずだった。だが、震災の影響でこの週末のJRA開催はすべて中止。フィリーズレビューは21日に延期された。ちょうどその朝、宮城県に住む知人と連絡が取れるようになったのである。本人は避難所にいたのだが、携帯電話が充電できなかったとのこと。緊急事態に10日間の音信不通は怖い。

挨拶もそこそこに、私は「水とか毛布とか乾電池とか、困っているものがあれば手を尽くして送るぞ」と申し出た。

すると相手は意外な返事をしたのである。

「いや、それよりさ、フィリーズレビューの馬券頼まれてくれない?」

「馬券……?」と私は言ったきり、黙り込んでしまった。不足物資の補給ばかりを想定していた私には、想定外の救援要請である。

「あれ? もしもーし?!」

「繋がってるよ。馬券を買って欲しいって言ってんの?」

「ああ、俺PATの口座がみずほなんだよ(※筆者注:当時みずほ銀行は震災義援金の受付を巡って大規模なシステム障害を起こしていた)。何だってこんな時に使えなくなるんだかなぁ。とにかく、頼むよ。それとも何か? 馬券は不謹慎だから、被災者は買っちゃいかんのか?」

私は慌てて否定した。そんなことがあろうはずがない。

「じゃあ頼むよ。買い目はすぐにメールする。ダブってるのもあるけど、避難所の人からも頼まれてるんで気にしないでくれ」

「いや、あのさ、それより何か困ったこととかないの? 食べ物とか寒さとかさ」

「食べ物も寒さも困るけど、そんなのもう分かり切った話だろ」。彼の口調が若干強くなった。「何より困るのは先が見えないことだよ。命の心配が終わって、寝る場所の心配が終わって、当面の食事の心配が終わると、次は将来の心配を始めるんだ。それで皆メチャメチャ不安になっている。食欲がなくなって、不眠症になっている。だから、気晴らしみたいなものが必要なんだよ。それには競馬がいちばんだ」

私は黙って聞いていた。

「『被災者が競馬するなんてけしからん』て言う人もいるだろうけどさ。いや、実際俺も言われたよ。たしかに他人から水や食料をもらってる立場だけど、それでいっさいの楽しみを奪われても困るんだよ」

通話を終えてしばらくするとメールが届いた。1点の購入額がすべて百円だったこと、そして結果的に的中がなかったことをを覚えている。だが、当たりはずれは問題ではなかろう。募金もしたし、東北産農水産物も積極的に購入したけれど、今になって思えばこの馬券購入が、もっとも実感を伴う支援だったような気がしてならない。

あれから7年。今日の中山8レースを勝ったアイアムキャッツアイの母名を見て驚いた。7年前のフィリーズレビューにも出走していたアイアムアクトレス。あらためて月日の流れを感じる。

Actress 

 

***** 2018/03/10 *****

 

 

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2018年3月 9日 (金)

記録的大差負けが残したもの

先日の弥生賞で重賞でのデビューを果たしたヘヴィータンクが、わずか1戦のみで引退すると報じられて話題となっている。栗東の乗馬クラブに引き取られることが既に決まっているらしい。重賞のみのキャリア1戦での引退は、少なくとも1984年のグレード制導入後では初。ある意味では記録ずくめの一頭と言えなくもない。

日本競馬史に残るであろう未出走馬による弥生賞出走には、レース前からネガティブな声もあった。その声は、これまた記録的な大敗によって増幅された感もある。ところが「乗馬に」と報じられた途端、一転してポジティブな声も聞こえるようになったから不思議だ。記録上、獲得賞金はゼロ。しかし、生涯一度の出走となった弥生賞で彼は151万1千円を稼いだ。そのことがまたネガティブな声に繋がっているらしい。

151万1千円の内訳はこうだ。通常、8着馬までに交付される出走奨励金は重賞競走に限り10着馬までが交付の対象となる。10着馬の交付額は1着賞金の2%。弥生賞の1着賞金は5400万円だから、その2%は108万円。これに、出走全馬に交付される特別出走手当43万1千円が加わる。

3戦無敗のダノンプレミアムとワグネリアンの対決。そこに大器と名高いオブセッションも加わったことで、今年の弥生賞は当初から少頭数が予見されていた。もし10頭立てになれば、たとえ最下位でも150万円が手に入る。タイムオーバーによる不交付や減額の規定も、重賞レースには適用されない。そこに目を付けた森秀行調教師は管理馬3頭を弥生賞に登録した。蓋を開けてみれば登録頭数は11頭。ならば3頭のうち1頭を引っ込めればよい。この時点でヘヴィータンクの150万獲得は、ほぼ決まった。

ところで、騎手のランキングが勝利数で決まるのは、どんなレースであれ与えられた馬でひとつでも上位を目指すことが騎手のもっとも大事な役割であるためだが、調教師の場合はどうだろうか。

勝利数を稼ぎたいなら、格の落ちるレースばかりに管理馬を送り込めば済む。でも、それで馬主は喜ぶだろうか。馬の実力と賞金を秤にかけてレースを厳選し、たとえ負けても1円でも多くの金額を馬主に還元することこそ調教師のもっとも大事な仕事だとする考えは、賞金にバラツキのある欧州で特に根強い。ゆえに彼の地では最多勝調教師より、最多賞金獲得調教師のタイトルが重視されることもしばしば。森調教師のスタイルはこれに近いとされる。

中央競馬の枠組みの中で戦っている限り、定められた総賞金という“一つの山”を何百人かの調教師で奪い合っている―――。

そう公言する森師は、あらゆる情報とあらゆる状況に目を光らせ、常に可能性を探っている。ほとんどの日本人が知らなかったであろうモーリス・ド・ギース賞というレース。そのレースに交付されるJRAの褒賞金が、その年からアップしたことを知るや、すぐさまシーキングザパールで制してみせたのがその最たる例であろう。新馬や未勝利に出てもタイムオーバー確実のヘヴィータンクで150万円を稼ぎ出すことなど、森師にすればごく普通の「仕事」なのかもしれない。

ただし、私の懸念は別のところにあった。なにせ未出走馬である。ゲートにちゃんと入るのか? そしてちゃんと出るのか? さらにコーナーはちゃんと回れるのか―――?

そういったことは、どれだけ調教を施しても実戦を経験しないと分からない。もし他馬に迷惑をかけたりしたら一大事。そこは弥生賞。大舞台である。3月5日付の本稿で、私が「良い気分のするものではない」と書いたのは、つまりそういうことだ。クラシックの行方を占う大一番に、間違っても水を差すようなことはして欲しくはない。

Air 

かつて同一開催中なら何度でも新馬戦に出られた頃、エアシャカールは敢えて折り返しの新馬戦を選び、経験馬相手にデビューを果たした。その理由を問われて「初出走馬同士だと危ないから」という趣旨のコメントをしたのは、エアシャカールを管理していた森調教師その人である。今回のヘヴィータンクのようなあまりに遅いゴール入線は、先にレースを終えて検量に戻ってくる人馬との激突に繋がらないとも限らない。そう考えると、今年の弥生賞が無事でよかったと思えてならないのである。

 

***** 2018/03/09 *****

 

 

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2018年3月 8日 (木)

思わぬ落とし穴

朝、競馬場に到着すれば、まず一杯のコーヒーを飲むことを長年の慣わしとしている。だが、めまいを患って以来、酒はもちろんコーヒーにもいっさい口をつけてこなかった。医師に止められたわけではないが、なぜか飲みたい気分にならんのである。ネットには「飲んで構わない」と「飲まない方が良い」という情報が錯綜しているようだが、そもそもネットの話を鵜呑みにするようなタチでもない。

しかし習慣というのは恐ろしいもので、弥生賞当日の朝、気づいたら馴染みの店でコーヒーを注文している自分がいた。熱々のコーヒーカップを手にした以上、飲まぬわけにはいかない。そしたら昼過ぎにめまいがして、弥生賞を観ることなく帰宅することに。これは先日も書いた通り。この日の私のハイライトは6レースのラムセスバローズだった。

6r 

むろん、それだけではコーヒーとの因果関係は分からない。しかし、今日も人と会ってコーヒーを勧められるシチュエーションに直面した。出されたコーヒーは、冷めぬうちに口をつけるマナーであろう。それでどうなったか。案の定、めまいである。ただし、多少気疲れする相手であったことも事実。めまいの原因としてはストレスも否定できない。

コーヒーは「自律神経を活性化させる」と言われる。ゆえに私は競馬場に着くなりコーヒーを飲む。それは自律神経を活性化させ、馬券検討に役立てたいから。内耳由来のめまいは自律神経の病気なのだから、効果がありそうなものだが、逆効果になるとは思わなかった。

「活性化」というところに落とし穴があるのかもしれない。狂った自律神経の活性化は、狂いを増幅させるだけの可能性もある。

めまいによる休養を終えてから復帰してから、まったく馬券が当らないのは、コーヒーを飲んでないせいではあるまいか。だとしたら怖い。このさき半年ほどコーヒーを飲めぬ日々が続くとなれば、おちおちダービーの馬券を買うこともできない。

「コーヒー」は日本語で書けば「珈琲」だが、もっと古い表記になると「可否」というのもあるらしい。こうなるともはや哲学的な趣きさえ漂うが、その一方で馬券検討の「取り捨て」にも通じて親近感も覚えるから不思議だ。酒はともかく、コーヒーくらいは気兼ねなく飲めるようになりたい。

 

***** 2018/03/08 *****

 

 

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2018年3月 7日 (水)

立ちうどんの誘惑

かつて蒲田駅構内に暖簾を掲げていた『めん亭』という立ち食いうどん店をご存じだろうか。東京ではまだ珍しい関西風うどんを手軽に味わえる店として人気を集めていたが、駅ビルの改築に伴い2007年に惜しまれつつ閉店している。

Shiro1 

大森駅北口に店を構える『麦の城』は、そんな『めん亭』の系譜を継ぐ希少な一軒。基本は立ち食いだが若干の椅子席も。10人も入れば一杯になる店内は、いつも混雑している。

麺は中太。冷凍麺使用だが、しっかり弾力があって、しかもほんのりと甘い。立ち食いと侮ると痛い目に遭う……ほどのことはないが、驚くかもしれない。

Shiro2 

大阪名物のかすうどんも捨て難いが、今日は「ラー油とキムチの豚しゃぶうどん」にした。こちらも大阪オリジナルのうどん「キムラ君」を彷彿とさせる美味さ。これを580円で味わえるのは、立ち食いならではであろう。

大森の隣、平和島にも気になる立ち食いうどん店がある。京急の駅を降りて第一京浜を渡るとすぐ目の前。『栄屋丸』という看板が飛び込んできた。

Sakae1 

わざわざ「立ちうどん」と謳っていても、こちらの店にも椅子は用意されている。8人で満席という狭さだが、厨房内には製麺機がどどんと鎮座。そして客席の背後には吉原食糧の粉袋が積んである。これは期待ができそうだ。

鶏天ぶっかけを注文。

Sakae2 

やや不揃いな四角いうどんは自家製麺の証。噛めばしっかりとした小麦の甘味が感じられる。熱々の鶏天も秀逸の美味しさ。大根おろしが添えられているのも嬉しい。

フジノウェーブ記念の大井競馬場でも立ち食いうどんを味わった。Lウイング2Fの『かしわや』の期間限定メニューがこちら。

Nanohana1 

その名も「菜の花うどん」。大きな菜の花のかき揚げがどどんと載っている。華代子さんのブログで見て、これはフジノウェーブ記念の日に食べねば!と心に決めていたのだけど、その前に2杯も食ってしまうというのはいかがなものか(笑) ついふらりと立ち寄ってしまうのが立ち食いの怖さ。反省せねばなるまい。

Nanohana2 

菜の花の甘味と、ほんのわずかな苦味。サクっと揚げたての食感。何より眼下にパドックを見下ろすロケーションが加われば、この一杯が美味しくないわけがない。今日の東京は真冬に戻ったような寒さに見舞われたが、立ち食いうどんのおかげで気分だけは春到来だ。

 

***** 2018/03/07 *****

 

 

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2018年3月 6日 (火)

【訃報】サウスヴィグラス

いま思えば大きなハナ差だった―――。

South 

2003年、大井で行われたJBCスプリントは逃げ込みを図るサウスヴィグラスをマイネルセレクトが急追。ほとんど同時のゴールは、わずかにサウスヴィグラスのハナ先が前に出ていた。稀代のダートスプリンターが手にした、これが唯一のGⅠタイトル。それだけではない。このレースには前々年の覇者ノボジャック、前年覇者スターリングローズ、そして翌年の覇者マイネルセレクトが顔を揃えていた。そんな彼らを、自身唯一のJBC出走機会でまとめて負かしてみせたからこそ、「大きなハナ差」だと痛感するのである。

South2 

名競走馬にして名種牡馬のサウスヴィグラスが亡くなった。1月末にせん痛を発症。開腹手術は成功したが、術後の経過が思わしくなかったという。亡くなったのは日曜日の夕方だというから、中山の新馬戦に出走した産駒・レオアルティメットの勝利を見届けてから旅立ったということか。いずれにせよ生産界には大きな痛手だ。

Reo 

ナムラタイタン、ラブミーチャン、コーリンベリー、トーホウドルチェ、そしてヒガシウィルウイン。

Namura 

産駒の名前をいちいち上げるまでもない。彼は種牡馬としても「ダートの鬼」であることを貫き通した。地方リーディングサイアーを3年連続して獲得していることがひとつの証。だが、彼の凄さはそれだけではない。

Loveme 

種牡馬のランキングは獲得賞金で争うのが普通だが、賞金格差の激しい地方競馬の場合は、交流GⅠを勝ちまくる産駒が1頭出てしまうと、たちまちその父がリーディングになってしまう。ゆえに「勝利数」という指標も無視できない。その勝利数でもサウスヴィグラスは昨年まで5年連続で地方勝利数トップを守り抜いた。もちろん今年も首位を独走中。さらに昨年、日本国内(JRAと地方)で記録した勝利数「467勝」は我が国競馬史上における年間最多記録である。様々な数字が飛び交う中で、この記録がいちばん凄いと思う。

サウスヴィグラスのように、フォーティナイナー、エンドスウィープと3代続けて日本に輸入され、いずれも種牡馬として成功した例は記憶にない。よほど日本の競馬が馴染むのだろう。そういう点でも後継種牡馬の登場が待たれる。昨年から共用を開始したナムラタイタンは、昨シーズンの種付け頭数は10頭に留まった。さすがに今年は増えそうな予感がするが、それでも1頭では心もとない。ヒガシウィルウインを筆頭に期待が膨らむ。

South4 

2歳の早い時期から、短距離のダートでその強さを発揮するという点において、サウスヴィグラス産駒にはミスタープロスペクターの特徴がよく現れていると言われる。だが、決して早熟に終わるわけではない。ラブミーチャンやスマートジョーカーのように、成長してからさらにそのスピードに磨きがかかる産駒の活躍が良い例だ。そういえば、サウスヴィグラス自身、2歳から活躍をしていながら、重賞8勝はすべて6~7歳で挙げたものだった。名馬にして名種牡馬の冥福を祈る。合掌。

 

***** 2018/03/06 *****

 

 

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2018年3月 5日 (月)

除外をなくすには

かつて青葉賞がまだオープン特別だった頃、未出走の立場にもかかわらず、そこをデビュー戦に定めて話題になった馬がいる。

馬の名はジュネーブシンボリ。父・モガミ、母は名牝スイートネイティブという良血馬で、しかも直前の追い切りで重賞3勝の古馬・タケノコマヨシを子供扱いしたとあって、青葉賞ではなんと1番人気の支持を集めた。

だが競馬はそんなに甘くはない。果敢に先行したジュネーブシンボリだったが、結果4着に敗れている。それでも競馬になっていたのだからまだいい。問題は昨日のヘヴィータンクである。未出走馬の弥生賞デビューは前代未聞。2着に入れば皐月賞にも出ることができる。だが、ジュネーブシンボリとは違ってGⅡレース。しかもGⅠ馬が相手とあっては苦戦を免れまい。

レースではスタート直後からポツンと離されたしんがりを追走。ブービーの馬から22秒8も遅れてゴールにたどり着いた。ヘヴィータンク以外の全馬がゴールを通過した時、彼はまだ4コーナーにいたのだから、まったく競馬になってない。とはいえ10頭中9番人気である。少数派とはいえ、馬券を買っていたファンがいたのだと思うと、あまり良い気分のするシーンではなかった。

正直なところを言えば、一週間前の特別登録にヘヴィータンクの名前を見つけたときは、そこまで新馬戦の除外ラッシュが厳しいのかと同情したのである。先週の中山では新馬戦2鞍で21頭が除外の憂き目を見た。芝を求めて未勝利戦に回る未出走馬も少なくない。

昨日の中山3レースで1番人気に推されたクラシーヴァは、新馬戦を除外されること3回。「4度目の正直」でついに掴んだ新馬デビューだった。しかし結果は10着だから切ない。ひょっとしたら除外を重ねるうちに調子のピークを過ぎてしまったのだろうか。除外は時に馬の運命をも狂わせる。どうにかして無くせないものか。

3r 

JRAの1レースあたりの出走可能頭数は最大18頭。これは人馬の安全確保、馬連対応などを考慮した結果にはじき出された数字だが、これを除外が増えた原因のひとつと見る向きもある。私が競馬を始めた頃は下級条件でも20頭を超えるレースは珍しくなかったし、もっと昔は頭数の制限などなかった。なんと30頭を超えることもあったという。

例えば1943年11月23日の中山2レースは31頭立てで行われている。しかし、バリアースタートの時代とはいえ、これだけの頭数を横一列に並べるのは難しい。それでどうしたか。なんと「後列発走」という荒業に出たのである。つまりゼッケン27番以降は2列目に並ばされたわけ。後列が不利であることはいうまでもない。まるでマラソンだ。

ちなみに、日本では競走条件の変更、馬場の悪化などを理由とした出走取り消しは認められていない。このルールは今も昔も同じ。だがこの当時、後列発走馬に限ってはそれが認めていたというから、主催者も不公平を自覚していたことになる。今ではちょっと考えられないが、少なくとも「除外」になることはなかった。

1943年のこのレースは本来なら33頭立てだったそうだ。しかし2頭が後列発走を嫌って出走を取り消している。後列組の最先着は29番の10着。こうした背景には、戦時中の競馬は着順より馬の忍耐力が重視されていた事実がある。軍馬育成の観点に立てば、後列発走も鍛錬項目のひとつに過ぎなかったのかもしれない。

 

***** 2018/03/05 *****

 

 

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2018年3月 4日 (日)

シーズン開幕

いつからそんなことを決めたのか、自分でもはっきりとは覚えてはいないのだが、個人的な競馬のサイクルとして「シーズンは弥生賞で始まりJCで終わる」というルールを作っている。だから今週は私にとってのシーズン開幕週。その前後で何が変わるのか?と言われれても特に思い浮かぶものもないのだが、周囲にも似たような心のカレンダーを抱えている人は多いのではないか。昨日の中山競馬場は入場者数3万人超え。6レース時点で既に黒山の人だかりだった。

Nakayama 

ともあれ、今週からは「寒い」だの「眠い」だの「雨かぁ……」などと些細な理由を探して競馬場行きサボらないということ。土日のJRAと水曜の南関東へはきちんと足を運び、競馬にその身を置くことを己に課す意味での「シーズン」ともいえる。

もちろんそのために、クリアしなければならない問題もある。仕事の都合も、家族への配慮も、いち社会人である以上これを無視することはできまい。だが、競馬場通いを続けるのに欠かせぬ条件は、やはりなんと言っても自身の健康であろう。めまいを患って迎えるシーズン開幕ゆえ、例年にも増してその思いを強くした。

競馬場ではことのほか歩くことを強いられる。かつて万歩計を携行していた頃は、平日は6千歩程度しか計測されないなのに、土日は2万歩近くを稼ぎ出していたので、いたく驚いた。しかも時に我々は競馬場の内外で走る。船橋法典駅から法典門へと繋がる地下道は、走ることの方がむしろ多いのではあるまいか。加えて人込みを縫いながら歩く敏捷性と、締め切り間際に必要となる瞬発力。これらをこなすには、一にも二にも健康が大事ということになる。

いや、逆に考えれば、競馬場でのこうした行動こそが、我が身の健康に役立っていると言えるかもしれない。パドックの往還に全力で階段を上り下りするという行為を、健康だけを目的としたジムワークで「やれ」と言われても、まさかここまでは続くまい。好きな競馬のためだと思えばこそ、毎日続けられるのである。

競馬場に来て馬券を買えば、人はたいてい無頼な気持ちになる。たった100円であっても、命の次に大事な金を賭けるという感覚を味わえることは、日常の自分を解放することに繋がり、結果として精神的健康に対して大きな効果をもたらすはずだ。もちろん「記憶のゲーム」と言われる競馬であるから、脳の活性化に役立たぬはずもない。

ただし、個人的には今年のシーズン開幕戦は残念な結果に終わった。馬券が外れたのではない。そんなことは日常茶飯事。実はあまりの人の多さを目にして帰途の混雑が不安になり、メインを前にして引き上げてしてしまったのである。シーズンは開幕しても、私の方が開幕を迎える状態ではなかった。自主トレ、キャンプからやり直すしかあるまい。それはそれとしても、ダノンプレミアムの「王者の走り(by中野雷太アナ)」をこの目で観たかったなあ。

 

***** 2018/03/04 *****

 

 

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2018年3月 3日 (土)

穴子馬券

今日の中山メインはGⅢ・オーシャンS。2006年創設と歴史は浅いが、高松宮記念の前哨戦としてすっかり定着した。2010年、2011年のキンサシャノキセキ。そして2012年のカレンチャン。いずれもここをステップに高松宮記念を制している。

「オーシャン」とは「海」の意。 中山であることを踏まえれば、すぐ近くの東京湾を想像しておかしくない。ならば今日の昼飯はあれにしよう。そう思って、わざわざここに立ち寄ってきた。

Tamai 

日本橋に暖簾を掲げる『玉ゐ』は穴子料理の専門店。日本橋という土地柄といい、この風貌といい、相当な老舗かと思いきや、実は2005年創業というから別の意味で驚く。オーシャンSとは1年しか違わない。つまり古い建物を利用して店舗にしたワケ。薄暗くも味わいのある店内で食べる穴子は、なるほど確かに一味違って感じられる。

でも今日は競馬場で食べたいので、穴子のちらし寿司を折にしてもらう。オーシャンと言えば東京湾。東京湾と言えば穴子。穴子は穴党の縁起食材である。しかも、今日はひな祭りときた。穴子ちらし―――。今日の中山にふさわしいメニューとして、これに勝るものはあるまい。

Anago 

海老、イクラ、菜の花、蓮根、筍、椎茸、黒豆、銀杏、蕪、玉子焼き……等々。色とりどりの具材の下にはシャリと、その上に敷き詰められた煮穴子が隠されている。こんなご馳走が食べられるのだから、ひな祭りは楽しいですね。母親以外は男ばかりの家に生まれ育った私にとって節句の食べ物といえば柏餅が定番。大人になってバラちらしにハマったのは、そんな幼少期を過ごした反動かもしれない。

穴子を食べながら、ふと思い付いた。

「穴子」は「穴5」と読めるから、5番が穴を空けるんじゃないか―――?

食べ終わるなり窓口に直行。出馬表もオッズも見ぬまま中山と阪神メインの単勝5番を購入し、馬名も確認せずにポケットに突っ込んだ。果たしてその結果は……?

Ocian 

中山はキングハートが混戦を制した。7号馬なのでハズレ。たが、ターフビジョンで見ていた阪神メインは、なんと5号馬が1着ゴールを果たしたではないか。やった!やった!配当はいくらだ?20倍くらいつくのか?いや、それとも単勝万馬券か?

Baken 

―――と喜んだのもつかの間、圧倒的人気のラッキーライラックだったんですね。「ご」は当たったが、肝心の「あな」が足りない。配当180円では赤字だ。

 

***** 2018/03/03 *****

 

 

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2018年3月 2日 (金)

発症1か月

めまいを発症して早1か月。私の2018年2月は丸々めまいとの戦いに費やされた。半世紀近い人生でこんな月は記憶にない。文字通り目まぐるしい日々だった。

このブログを読んで心配いただいた方もいらっしゃるので、発症1か月目の症状を報告させていただく。

おかげさまで今週は大きな発作は無かった。ありがたい限り。ただ、めまいが消えたわけではないから、最近ではあらゆる動きを遅くするよう心掛けている。立ったり座ったりの動作は極力ゆっくりと。歩く時は歩幅を小さく。階段は手摺を頼って。横断歩道の信号が点滅しても、決して走ったりしない。そういえば2月は一度も走らなかった。慌てず騒がず。心にゆとりを持つことも、めまい防止に役立つと信ずる。せっかちで有名だった当時の私を知る人は、きっと驚くに違いない。

先週、中山競馬場に行った際に計ったら、スタンド4階から船橋法典の改札まで17分かかった。いつもは12分だから、歩く速さは普段の7割ほどに落ちていることになる。そういえば食べる量も以前の7割ほどに減った。理由は単純で大盛をやめているから。たまに訪れる吐き気のせいで食欲が湧かないのである。ならば馬券代も7割に落ちたかと言えば、そうでもない。70円単位で売ってくれないものか。

そんなことを書いていたら、また頭がぐるぐるしてきた。全体的に良くなってきたとはいえ、まだまだ調子の波がある。ミルコ・デムーロと一緒。先週の日曜日の彼は、1番人気3頭、2番人気2頭、3番人気1頭の計6頭に騎乗して(0,0,0,6)とサッパリだった。2月に行われた重賞でも、騎乗した5戦すべて1、2番人気に推されながらひとつも勝ててない。

Demuro 

好調時は手が付けられないほど勝ちまくるのに、いったん不調の波に呑まれると、まるで精彩を欠いてしまうのも愛すべきミルコの特徴であろう。それでもファンは、明日のオーシャンSのダイメイフジを1番人気に推している。月が変わればデムーロのツキも変わるのだろうか。私のめまいも月変わりを機に全快への流れを確実にしたい。

 

***** 2018/03/02 *****

 

 

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2018年3月 1日 (木)

春一番

今日から3月。カレンダーをめくった途端、東海以西では春一番が吹き荒れた。それもそのはず今週は弥生賞。いやあ、ようやく春だねぇ―――なんてのんびり構えていたら、日中の最高気温は20度を超えた。なんでも5月の陽気らしい。なら弥生賞ではなく青葉賞ではないか。間違えて府中に出かけてしまいそうだ。

春は新人の季節である。

プロ野球では大器と評判の日本ハム・清宮選手が、昨日の札幌ドームの試合で“初ヒット”を放って話題となったが、この春JRAにも3人の新人騎手が飛び込んできた。西村淳也騎手は土曜阪神、山田騎手は土曜中山、そして服部寿希騎手は土曜小倉の、いずれも第1レースでデビュー戦を迎える。

デビューを前にした彼らのインタビューが興味深い。「目標とするレースは?」と聞かれたら、大半は「日本ダービー」と答えるもの。「ジャパンカップ」や「有馬記念」と答える新人も年にひとりくらいはいただろうか。近年になって「凱旋門賞」とか「ケンタッキーダービー」というレース名を聞くようになったのも、時代の流れを考えれば頷ける。

ところが今年の3人は違った。西村騎手の答えは「日本ダービーと桜花賞」。山田騎手の目標は「札幌で行われるワールドオールスタージョッキーズシリーズ」。そして服部騎手に至っては「チャンピオンズカップとアイビスサマーダッシュ」だそうだ。

Sd 

レースへの思い入れは人それぞれだから、目標や憧れが異なるのは当然。西村騎手は兵庫出身だから桜花賞なのだろうし、山田騎手にしても単に1600万条件のレースを勝ちたいわけではあるまい。ワールドオールスタージョッキーズシリーズに出場を果たし、世界の名手らと凌ぎを削るようなトップクラスの騎手を目指す―――。そんな決意の現われであろう。

愛知県出身の服部騎手が、中京で行われるチャンピオンズカップと答えたことも分からぬではない。でも中京競馬場には歴史と格式で上回る高松宮記念がある。もうひとつの目標にアイビスサマーダッシュをあげているくらいだから、短距離戦が嫌いというわけでもあるまい。チャンピオンズカップに何か特別な思い出でもあるのだろうか。

ともあれ、そんな彼らの目標のレースまでの道のりは決して平坦ではない。それを3人はこれからたっぷり味わうこととなる。

野球なら二軍、大相撲なら前相撲という具合に、多くの競技では新人に対して、段階ごとに経験を積む場が用意されている。対して競馬の世界は厳しい。二十歳そこそこの少年少女が実戦経験もないまま、いきなりトップレベルの戦いの場に置かれる。そういう意味では、まずはひとつ勝つことが最大目標であろう。3人の中で一番最初に1着ゴールを果たすのはいったい誰か? 「春一番」を目指して若き騎手たちの戦いが始まる。

 

***** 2018/03/01 *****

 

 

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