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2017年10月31日 (火)

治療馬券

天皇賞当日の話を続ける。

この日は久しぶりに朝イチから競馬場入り。それだけ気合が入っていた―――わけではない。ただ単に雨が強くなる前に現地入りしようと思っただけ。台風22号は速度を上げて関東に近づきつつあった。

おかげで1レースから馬券を買わなければならない。しかし、いつも通り買ったところで、当たらないことは見えている。雨を避けたせいで散財しているようでは本末転倒ではないか。

もともと馬券下手を自認する私だが、最近はその下手さ加減にさらに拍車がかかっている。普通、本命馬というのは1レースあたり1頭であろう。なのに私ときたら、あれが勝つかもしれない、いやこっちも捨てがたい、いやいや展開次第ではそっちも侮れないゾとばかりに◎を乱打した挙句、バカみたいな点数の馬券を買ってしまう。しかも結果的に全部ハズレだから救いようがない。菊花賞は枠連5点BOXでハズした。「当てたい」という気持ちが募るあまり、「はずしたくない」という焦りに繋がっているように思えてならない。

そこで考えた。今日は各レース1頭だけを選ぶことにしよう。ヒモは考えない。すなわち買う馬券は単複のみである。購入額は300円。そんなんで楽しめるのか? 答えはノーかもしれない。だが、これは「治療」である。「本命印乱発症候群」を治すには、1頭を選ぶという競馬本来の感覚を取り戻すしかあるまい。天皇賞当日ではあるが、放っておいては手遅れになる可能性もある。このままでは、全馬の単勝を買うようになるのは時間の問題だ。

むろん予想はレースごとに行う。最初は1頭選ぶなんてあっと言う間だろうとタカをくくっていたが、いざ1頭だけを選ぶとなるとこれが案外難しい。馬券を買う以上、当てるだけでなく儲けなければならないことは、揺るぎない鉄則である。妙味がありながら、しかも勝ち負けになりそうな馬を1頭だけ選ぶ―――。パドックをしっかりチェックし、かえし馬で馬場の適性を探り、馬柱を見つめながら脂汗を流すうちに、締切のベルに慌ててマークカードを塗った。それを繰り返すこと11回。この日私が買った馬券がこちら。

Baken 

1R ⑥タケルデューク   4人気 4着×
2R ②フレッシビレ    5人気 3着○
3R ③カサーレ      6人気 4着×
4R ⑤イカヅチ      4人気 2着○
5R ⑥ギャラッド     3人気 3着○
6R ⑦サマニー      10人気 9着×
7R ⑦ラヴィソント    10人気 6着×
8R ⑬ミッキーグッドネス 2人気 2着○
9R ⑧レッドローゼズ   2人気 6着×
10R ⑫ペガサスボス    5人気 9着×
11R ⑧レインボーライン  13人気 3着○

終えてみた感想としては、意外に楽しいじゃないか、といったところ。1番人気を買わなかったのは偶然。ただ1頭を選べというシチュエーションの中で、オッズに見合いそうな馬の中にたまたま1番人気馬がいなかった。単勝的中がないのはそのせいかもしれない。そこは反省。そういう意味では4レースのイカヅチは、ゴール寸前でハナだけ交わされての2着だから惜しかった。

4r 

ちなみにトータルの収支は580円のプラス。。「もうしばらくこの治療を続けてみましょうか」。お医者さんなら、そうおっしゃるかもしれない。その上で、単勝が当たるようになったら、単複ではなく単勝のみにしてみよう。競馬はただ一頭の勝ち馬を予想するゲーム。その感覚を早く取り戻したい。

 

***** 2017/10/31 *****

 

 

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2017年10月30日 (月)

敗因

「今日の馬場で内を突くなんて、さすがタケだな」

「それに応えた馬も強ぇよなぁ。普通ならビリだぞ」

「サトノクラウンよりキタサンブラックの方が道悪得意なんじゃねぇか?」

「じゃあ、あの宝塚記念の敗因はなんだったんだよ?」

「分かんねぇよ」

昨日の競馬場からの帰途の車中でのこと。私の前に立つベテランと思しき男性二人組の会話である。ちょうど私も宝塚記念でのキタサンブラックの敗因について、ひとしきり思いをめぐらせていたところだったから、妙に耳に残った。

宝塚記念のキタサンブラックは単勝1.4倍の1番人気。その大本命馬が、あろうことかほとんど見せ場もないまま11頭立ての9着に敗れたのである。武豊騎手は「わからない」と首をひねり、清水調教師は「これ以上走ればどこかを傷めそうだ、ということを馬自身が気付いたのではないか」と推し量った。だがそれではファンは納得できまい。

敢えて敗因を探しても道悪くらいしか見つからなかったわけだが、今回の天皇賞でその可能性もなくなった。宝塚記念は道悪とはいえ稍重。昨日の馬場とは比較にならない。

Goal 

一日が経って、天皇賞の成績を伝えるスポーツ紙を見ながらあらためて思う。1着ブラックタイド、2着Marju、3着ステイゴールド。上位を占めたのは、いずれも切れ味よりはしぶとさや粘りを身上とする種牡馬たち。サイアーランキング独走中のディープインパクトは、7頭もの産駒を送り込みながら、馬券に絡むことすら叶わなかった。

ディープインパクトの産駒が競走年齢に達した2010年以降、芝の重~不良で行われたJRAのGⅠレースは9鞍を数える。その勝ち馬は順にオルフェーヴル、レインボーダリア、エピファネイア、メイショウマンボ、コパノリチャード、ジャスタウェイ、ディアドラ、キセキ、そして昨日のキタサンブラックの9頭。ディープ産駒は1頭も含まれていない。GⅢやGⅡなら絶対能力の差で勝つことはあっても、トップクラスが能力の限界を出し切ってしのぎを削るGⅠの舞台では、わずかな適性の差が結果になって現れる。特に昨日の天皇賞ではそれが顕著だったように思えてならない。

と同時に、キタサンブラックが凱旋門賞に出ていれば……と思った人も多かろう。実は私もその一人。切れ味勝負のディープインパクト産駒で凱旋門賞を狙うのは難しい―――。そんな空気が業界に広まりつつある昨今である。マカヒキやサトノダイヤモンドが跳ね返されてきた「馬場の壁」は、キタサンブラックならきっと打ち破ってくれたのではないか―――と。

Paddock 

だが、馬自身がそれを望むかどうかは、また別の話だ。もともと北島三郎オーナーも、この秋は海外遠征より国内3戦を希望されていた。馬を思い、そして何よりファンを思うオーナーならではの考えであろう。しかしほかならぬ武豊騎手の願いとなれば無碍にもできない。このことではずいぶんと悩まれたと聞く。

だから遠征するしないは、宝塚記念のレース内容で判断しようということになっていた。それを知っていたキタサンブラック自身が、わざと気のない競馬で負けてみせたのではないか。私はそう疑っている。北島オーナーが「これほど馬主孝行な馬はいない」と賛辞を送るキタサンブラックなら、それくらいのことは分かって当然。そう思うがゆえである。

 

***** 2017/10/30 *****

 

 

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2017年10月29日 (日)

死闘

今日最初の芝のレースを前に馬場状態の変更が発表された。「重」から「不良」。予報では今後も雨が続くことになっているから、馬場の回復は到底見込めない。1991年以来26年ぶりとなる不良馬場での秋天が、この時点で決定的となった。

Vision 

その後も雨は強さを増すばかり。レースが進むにつれ、雨粒がスタンドのタイルを叩くビタビタという音が大きくなってきた。鳩もたまらず屋根の下でレース観戦。

Pision 

9レース精進湖特別は天皇賞と同じ芝2000mの一戦。ここへきて馬場の悪化はさらに増しているようだ。どの馬も内ラチ沿いを避けるようになったのがその証。勝ち時計は驚愕の2分10秒1。繰り返すが芝の2000mである。

9r 

そして迎えた天皇賞のパドック。あまりの雨の強さにパドックの中央に立った関係者は社台ファームのスタッフ数名のみしかいない。むろんパドック内で傘はご法度。濡れることを厭わぬ私だが、さすがに屋根の下から離れられなかった。

だって、この雨ですよ。道悪得意と言われるサトノクラウンでさえ憂鬱そうに見える。

Satono 

府中の2000mはスタートが鍵。スタートして最初のコーナーまでにある程度位置を取りにいかなければ勝負にならない。道悪ならなおさら。だから不良馬場で行われた1991年のこのレースで、それを焦った武豊騎手は降着の憂き目を見た。あれから26年を経て、再び不良馬場の天皇賞で1番人気の手綱を取る。武豊騎手にとっては、若かりし頃の悔しさを晴らす絶好の機会でもある。

Kasa 

スタート同時にスタンドがどよめいた。キタサンブラックがよもやの出遅れである。「終わったぁ~!」。背後の客が悲鳴を挙げた。府中の2000mで先行馬が出遅れたら勝ち目はない。

だが、キタサンブラックは内ラチ沿いを徐々に進出していくではないか。馬場の良い外に進路を取る他馬の作戦を逆手に取ったファインプレー。いつの間にか先行集団の背後に付けて4コーナーに向かう。さあ、ここから外に出して追い込んでくるのか?

―――と思いきや、そのままポッカリ空いた内ラチ沿いを進んで、あっという間に先頭に立ってしまった。そこまでの走りで、キタサンブラックが馬場を苦にしてないという確信が得られたのか。しかし背後からサトノクラウンが追い込んでくるのが分かると、やおら外に出して進路を塞ぐ。サトノクラウンはやむなく内へ。この切り替えが結果的に勝負を分けた感はある。2頭のマッチレース永遠に続くかと思われたが、キタサンブラックが先頭を譲ることは、ついになかった。

Kitasan 

このレースの凄さは時計が物語っている。

勝ち時計2分08秒3は、コースレコードより12秒以上も遅い。不良馬場で行われた1991年、1位入線のメジロマックイーンから6馬身離されたプレクラスニーでも2分03秒9だった。

勝ち時計だけではない。キタサンブラックが最後の1ハロンに要した時計は驚愕の14秒0。2頭のマッチレースが「永遠に」感じられたのは、気のせいではない。本当に長かったのである。まさに死力を尽くした「死闘」だった。

上がり3ハロンで40秒を切れなかった馬が11頭。ワンアンドオンリーやサトノアラジンといった歴戦のGⅠホースでさえ、45秒を要して不良馬場に沈んだ。今日の天皇賞の厳しさを語るのに、これ以上の数字は必要あるまい。

今日のレースはやがて名勝負と呼ばれる一戦となろう。同時にキタサンブラックにとっても大きな一勝であることは言うまでもない。1分58秒でも、2分8秒でも2000mのGⅠを勝てる能力を証明してみせた。しかし、不安の種も残る。かつて同じように「不良」で行われ、勝ち時計に2分33秒7を要した2009年のダービーの出走馬たちは、その後軒並み不調に陥っている。死闘のダメージは計り知れない。キタサンブラックの引退まで残り2戦。そういう意味でも見逃せなくなった。

 

***** 2017/10/29 *****

 

 

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2017年10月28日 (土)

雨空を見上げながら

東京1レースが発走を迎える頃合いになって、東京競馬場にはポツポツと雨が降り出した。予報ではこれから本降り。そのせいかスタンドは閑散としている。

Tokyo 

台風22号の接近で、明日の東京は終日雨が降り続くらしい。馬券を買うファンの注目は、その雨が馬場にどれほどの影響を及ぼすのか。その一点であろう。秋華賞、菊花賞、そして明日の天皇賞。今年ほど空模様を気にしなければならない秋のGⅠシリーズは記憶にない。

1レースを勝ったのはイサチルルンルン。南関東ファンなら母のテンセイフジを覚えているはず。C.ルメールの手綱で1番人気に応えた。

1r 

2レースはローズキングダム産駒のアンブロジオが初勝利を挙げた。手綱はまたもルメール騎手。

2r 

ルメール騎手は今日だけで7勝の固め打ち。先週は6勝、先々週も6勝、3週前の3日間開催では7勝。ここへきて明らかにペースが上がっている。その過去3週の19勝がすべて稍重~不良の道悪競馬だったことは忘れないでおきたい。もともとはフランスの重い馬場を主戦場としていたジョッキー。日本なら道悪くらいでちょうど良い。

同じことはM.デムーロ騎手にも言えそうだ。歴史に残る不良馬場で行われた菊花賞を勝っただけではない。あの日の京都では、堀川特別、桂川S、菊花賞と、芝の特別3連勝の離れ業を演じていた。他にもサトノクラウンの宝塚記念や京都記念、レッドファルクスの京王杯SC、クイーンズリングの京都牝馬S。コパノリチャードの高松宮記念、そしてネオユニヴァースのダービー。デムーロ騎手が制したビッグタイトルには、なぜか道悪競馬のイメージがつきまとう。馬上でのバランス感覚の良さが、馬がノメりそうになるのを未然に防いでいるのかもしれない。サトノクラウンが道悪得意なのではなく、単にデムーロが道悪得意なだけという可能性もある。

Keio 

さて、夜になって外は雨が強くなってきた。ルメール騎手とデムーロ騎手にとって台風は心強い味方かもしれないが、さすがに毎週続くと憂鬱になる。傘を持って競馬場を歩くのは、やはり何かと面倒くさい。

仮に明日の天皇賞が不良馬場ということになれば、あの忌まわしき1991年以来ということになる。1番人気キタサンブラックで挑む武豊にとっても、負けるわけにいかぬ一戦。過去10年の天皇賞(秋)における1番人気の成績は(5,2,2,1)。「1番人気は勝てない」というジンクスも最近ではすっかり過去のものになった。宝塚記念以後、JRAのGⅠを勝った騎手は、順にデムーロ、デムーロ、ルメール、デムーロ。そろそろ日本人騎手のガッツポーズが見たい。

 

***** 2017/10/28 *****

 

 

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2017年10月27日 (金)

栞 ~しおり~

読書の秋である。近所の図書館で一冊の本を借りて帰り、熱いコーヒーを淹れてから、さて読んでみるかと頁を開くと一枚の紙片がはらりと落ちた。なんだと拾い上げてみれば、JRAの馬券である。今年のダービーの3連単だ。いちおう買い目を確認してみたが、むろんハズれている。

Shiori_1 

前に借りた人がしおりの代わりに挟んだままになっていたのだろう。いったいどんな人が借りたのか分からぬが、角居勝彦先生の『競馬感性の法則』を借りて読むくらいだから、馬券をしおりにしてもおかしくはないですね。

古本屋を営む知人によれば、本の買い取り際しては、本自体の面白さもさることながら、その中に挟まっている“モノ”にも興味が及ぶのだという。

もちろん圧倒的に多いのはしおり。だが希に現金や手紙が挟まっていることもある。中には記入済みの離婚届用紙が挟まっていたこともあって、冷や汗をかいたことも。

しおりは既製のものより代用の方が多いらしい。その代表は写真、名刺、馬券、宝くじ。ひと昔前は使い切ったテレホンカードもよく見られたという。

そう思いつつあらためてウチの本棚を調べてみたら、こんなしおりが出てきた。

なんとなんとバンブーメモリーですよ。昨日話題にしたバンブーゲネシスのお兄さんだ。

Shiori_2 

ちなみにその本は数学者ガロアの論文に関する数学書。昔はこういうのを真面目に読んでいたんですかねぇ。覚えてないなぁ。バンブーメモリーのことは、よ~く覚えているんですけど(笑)

 

***** 2017/10/27 *****

 

 

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2017年10月26日 (木)

「バンブーゲネシス」の謎

むかしバンブーゲネシスという馬がいた。

Genesis 

父・バンブーアトラス、母・マドンナバンブーという血統の持ち主。安田記念やスプリンターズSを勝ったバンブーメモリーの半弟にあたる。若き日の武豊騎手が主戦騎手を務め8勝をマークした。記念すべき第1回のマーチステークスの覇者でもある。

この馬をアルファベットで表記すると Bamboo Genesis となる。これをなぜ「バンブー・ゲネシス」と読むのか。当時は、それが不思議でしょうがなかった。バンブーは英語読みでゲネシスはラテン語読み。統一感がない。英語なら英語らしく「バンブージェネシス」としたところで9文字に収まるのに。

ただし、これは日本語(カタカナ)で命名された馬名だから「バンブージェネシス」と間違える人はいない。難しいのは、アルファベットで名付けられた馬を日本語で表記するとき。これは競馬ファンにとっては“あるある”であろう。もっとも有名なのは米国の名種牡馬 Danzig の表記問題だ。「ダンジグ」と「ダンチヒ」。二通りの表記があって、いまだ統一されていない。

凱旋門賞当時は「ヘリシオ」とか「エリッシオ」と表記されていた Helissio が最終的に「エリシオ」となり、Pilsudski が原語読みの「ピウスツキ」にも、英語読みの「ピルスドゥスキー」からもかけ離れた「ピルサドスキー」で落ち着いたりと、この手の問題は根が深い。種牡馬として輸入する場合、あとからおかしいと指摘されても、もうその馬名でシンジケートを組んでいたり、銀行から金を借りたりしていれば、変更は難しいそうだ。

Pilsudski 

しかし一方では、日本人の耳に馴染む響きというものもある。原音主義を貫き通せば良いというものではない。それが問題をややこしくする。

1970年のリーディングサイアーで、オークス馬シャダイターキンや菊花賞と天皇賞を勝ったニットエイトを輩出したガーサント(Guersant)は、フランスでデビューし、仏2000ギニーを勝ったれっきとしたフランスの馬。仏語で名付けられたのなら、「ガーサント」ではなく「ギュルサン」であろう。

しかしフランス語で生まれた馬の馬名はフランス式に発音すれば良いかというと、必ずしもそうと言い切れない部分がある。そも競馬に国境はない。フランスで生まれ、アラブの王族に買われて名付けられた馬が、アメリカで走り、ドイツにトレードされることもあろう。その間、馬名の綴りは変わらなくても、呼び方は変わっている可能性がある。実際、フランスで走ったガーサントは、のちに英国に移籍し、その後日本にやってきた。もし彼がフランスから日本に直接輸出されていれば、シャダイターキンやニットエイトの父は「ギュルサン」だったのかもしれない。

 

***** 2017/10/26 *****

 

 

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2017年10月25日 (水)

「エネイブル」の謎

今年の凱旋門賞を勝ったエネイブルはアルファベット表記で Enable。その発音は普通「イネイブル」であろう。しかし、どの新聞も「エネイブル」と表記している。英国馬であるから英語の発音で良いはず。JRAも公式サイトで「エネイブル」としていた。何故なのか。さっぱり分からない。

昔はカタカナでは外国語の原音を再現できないケースが間々あった。「ヴ」とか「ジェ」の使用が許可されたのもつい最近のこと。馬名に限った話ではない。日本語全般の話である。

もともと江戸時代までの日本語には「ヴ」とか「ジェ」という発音はなかった。それが文明開化と同時に大量に流入してきた外国語をカタカナで表記する際の大問題となる。ヴァイオリンを「バイオリン」としたのは苦肉の策。少しでも原音に近づけるために「ウ」に濁点をつけてみれば……と最初に考えたのは、かの福沢諭吉だ。

ところが福沢の案は、すぐには採用されない。戦前の国語の教科書でも「バビブベボ」に統一されていた。お国が重い腰を上げたのは1986年のこと。文部省の諮問機関「国語審議会」が「外来語の表記」について検討を始め、5年に渡る議論の末にようやく答申が出されたのが1991年である。そこでようやく新たな表記が認められ、バイオリンは「ヴァイオリン」、セパードは「シェパード」、ジーゼルエンジンは「ディーゼルエンジン」と表記することが公式に許可された。

Derby 

JRAは農水省の外郭団体だから、馬名審査も国の指導に従うことになる。もしこの答申がなかったら、ネオユニヴァースは「ネオユニバース」だったろうし、ジェンティルドンナは「ゼンチルドンナ」だった可能性が高い。

Oaks 

表記法の急激な変化は急速に進んだ「原音主義」に基づく。海外の言葉は、現地の人が使う言葉にもっとも近い発音をしようという流れに沿ったものだ。海外のスポーツや芸能のニュースに触れる機会が飛躍的に増えた昨今、日本人の言語感覚も変化しつつある。それに合わせて言葉が進化するのは自然の流れ。だが、私はいまだに「ジーゼル」と言う癖が抜けないで困っている。

ともあれ Enable の発音を表現するのに、現状のカタカナ表記で足りないとは思えない。なぜ「イネイブル」で済むものを、わざわざ「エネイブル」と表現するのか。謎は深まるばかりだ。

ちなみにスポーツ報知においても、記事では「エネイブル」だが、同紙にコラムを寄稿している米ウインチェスターファーム社長の吉田直哉氏は「イネイブル」と書いている点は忘れないでおきたい。エネイブルは来年も現役を続行して、凱旋門賞を目指すらしい。よもや、来年の今頃は名前が変わっていたりしないだろうな。

 

***** 2017/10/25 *****

 

 

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2017年10月24日 (火)

ジョッキークラブ事始め

翻訳の話を続ける。

とあるアメリカの小説を読んでいたら、「騎手クラブ」という翻訳にぶつかった。ところが、それがなんのことか分からない。字面から察するに、騎手を目指す少年少女たちの訓練施設か、あるいはプロ騎手の互助会か、はたまた騎手が集まるサロンのようなものを想像するのだが、問題はそこに物語の黒幕が潜んでいることである。互助会に黒幕は似つかわしくない。ひとしきり悩むうち、それが Jocky Club であることに気付いた。

1990年代初めまで英国競馬のすべてを統括してきたジョッキークラブだが、実はその創設年はおろか、初期メンバーすら明確には分かっていない。ただ、ジョッキークラブが発した最初の指示、すなわち First order の内容だけは明らかになっている。

その指示とは、「ニューマーケットで行われるすべてのレースにおいて、騎手は必ず後検量を受けなければならず、その許容範囲は2ポンド以内とする」という我々の想像からすれば少々意外なものだった。

レースが終わって下馬したジョッキーが鞍を抱えて次々と体重計に乗る姿をTV中継などで見る機会があると思うが、これこそが歴史上初の”競馬主催者”が定めたルールだといのである。裏を返せば、黎明期の英国競馬ではレース後の検量が行われていなかったか、行われていたとしても正確ではなかったということで、つまりそれだけ負担重量に関する不正が目に余ったということだろう。むろん、現代ではそのようなことはない。

First 

これ続く Second order では「レース中の出走馬を識別をより正確に行うため、ジョッキークラブに登録した者(馬主)は、配下の騎手が着用する服色をあらかじめ登録しておくこと」というもの。これについてもレースの最中に替え馬や替え騎手といった不正が横行していたことを伺わせる内容で非常に興味深い。

知られているように、黎明期の英国競馬は5~10マイルといった長い距離を競うもので、途中途中に監視役の人員が配置されていたとは思われるが、コースの多くは森の中であったり草むらの中であったりして、人馬の判別が出来ないことが永く懸案とされてきた。原色の単純図形を組み合わせた極めてカラフルなデザインの「勝負服」が採用されたのは、遠くの丘の上や森の中を走る人馬の識別の一助となると考えられたためである。強い馬をたくさん持つ馬主がその力を誇示するために競って人の目を引く服色を採用したという説もあるにはあって、そういう意図の馬主もいたとは考えられるが、「服色の出自」という観点で言えば当を得ておらず、やはりそこには不正防止という大きな目的があった。

Second 

現在の日本の競馬場においては、競走中の不正は「走路監視員」と呼ばれる職員がしっかりチェックしている。

一度でも競馬場を訪れたことがあれば、各コーナーや向こう正面にそびえ立つパトロールタワーを目にしたことがあるだろう。1~4の各コーナーにあるタワーに1人ずつの監視員が配備され、ビデオと合わせて肉眼でもレース中の出来事を追っている。

何度も競馬場に足を運んでいる方ならば、「パトロールタワーはもっとたくさんあるだろう」とおっしゃるかもしれない。しかし、これは同じ1コーナーでも芝コース用とダートコース用とでそれぞれパトロールタワーが存在するためで、さらに同じ芝コースでも外回りコースと内回りコースとのギャップが激しい中山・新潟・阪神などでは、さらにそれぞれのコース用のパトロールタワーが存在している。監視員は、ひとつのレースが終わるたびに、パトロールタワーを降りて昇ってを繰り返さなくてはならず、そういう意味では非常に体力を使う仕事だと言える。

ともあれ、過去から現在に至るまで、不正防止に務める主催者の姿勢は変わらないということだ。

 

***** 2017/10/24 *****

 

 

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2017年10月23日 (月)

不毛な争いの果てに

「公示直後から激しいデットヒートが続いてきました」

昨夜の選挙報道報番組で、そんな表現をした記者がいた。ひょっとしたら私の聞き間違いかもしれないと思ったので注意しながら聞いていたのだが、そのあとも「デットヒート」と発言していたので、少なくとも聞き間違いではないと思う。

この記者は二つの間違いを犯している。

競馬ファンなら知る人も多かろうが、「激しい戦い」とか「息詰まる攻防」といった意味合いで使われることが多い dead heat という言葉は、元来が競馬用語で「同着」を意味する。「ヒート(heat)」は競馬におけるひとつの競走を指し、同着により勝者敗者が決しない場合はすなわち「死んだ(dead)競走(heat)」ということになる。

Dochaku 

これを最初に日本語に訳した人が、つい字面だけを見て「死闘」としたことが間違いの始まり。誤訳も年月を積み重ねれば、正しい日本語に変貌を遂げることもあるのだろうけど、英和辞書を紐解けば、やはり「dead heat=引き分け、同着」であり、転じて「不毛な争い」や「どうでもいいこと」という意味にも使われるとは書いてあっても、「接戦」とは書いてない。

Sessen 

ここでふと気づいた。ひょっとして、冒頭の記者は

「公示直後から激しい“不毛な争い”が続いてきました」

とでも言いたかったのであろうか?

だとすればタダモノではない。選挙が大事なのは一にも二にも立候補者本人である。私にとっては、まさにどうでもいいこと。それよりも競馬用語を誤用される方がずっと気になる。

しかし、だ。仮に誤用ではなかったとしても、それを言うなら「デッドヒート」であろう。それが二つ目の間違い。dead heat のスペルを知っていれば間違えることもあるまいに。「サラブレット」に「シンジゲート」。この手の間違いは、なぜか競馬関係に多いような気がする。

 

***** 2017/10/23 *****

 

 

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2017年10月22日 (日)

雨の投票

衆院選の開票が進んでいる。当落の結果は別にして、私は投票率に注目していた。史上最低を記録した前回の総選挙より低くなりそうだとTVは伝えている(実際には前回を上回った)。だが仮に低くなってもやむを得まい。同じニュース番組は台風21号の接近も伝えていた。気象予報士は「外に出ないように」と訴えている。それじゃ、投票に出るのもやめておこうか。

実際、私は出かけるのをためらっていた。ちなみに投票所はうちのマンションの向かい。歩いて1分とかからない。しかし、傘が役にたたぬほどのどしゃ降りである。それでも出かけたのは、衆院選の投票もさることながら、菊花賞の投票も済ませなければならないから。国民の一人として衆院選もそりゃあ大事だが、競馬ファンの一人としてクラシックレースの馬券を買わぬわけにはいかない。

10月19日付の本稿「あめあめ、ふれふれ」宛にいただいた2件のコメントを読んで、思うところがあった。雨と言えばガーサントとラファール。そも「あめあめ、ふれふれ」の見出しは、ギムレット氏のコメントにもあったように、大昔に競馬ファンが雨になると歌った童謡「あめふり」の替え歌を意識したものである。

「あめあめ ふれふれ ガーサント~♪ ぴっちぴっち ちゃっぷちゃっぷ ラファール♪」

なんでも10月後半としては異例の大雨だそうである。せっかく思い出したこの替え歌が、菊花賞の穴馬券を運んでくれるかもしれない。もはや「雨だから……」などとグズグズ言ってられるか。意を決して驟雨の街に飛び出し、調教代わりに選挙投票を軽くこなしたのち、ウインズ渋谷で本番の投票を済ませたのである。その馬券がコチラ。

Baken 

①ブレスジャーニーは4代母シャダイフェザーの父がガーサント。そして⑬キセキと⑮ダンビュライトは、父ルーラーシップの3代母がやはりシャダイフェザーであるから、同じくガーサントの血を受け継いでいる。実際、ブレスジャーニーは稍重で行われたサウジアラビアロイヤルCと東スポ杯を連勝しているし、ルーラーシップは不良馬場の金鯱賞とAJCCを楽勝し、渋馬場で行われた香港・クイーンエリザベス二世Cも勝っている。そういった道悪適性はガーサント譲りかもしれない。いや、そうであってほしい。なにせ①-⑮なら318倍もつく。

結果は割愛。まあ、3頭選んだうちの1頭が勝ったのだから予想としては悪くはあるまい。それよりも、最終的にキセキが1番人気だったことに驚いた。皆さん、さすが見る目がある。そんな方々が選挙に投票しているうちは、この国もまだ大丈夫であろう。ちなみに、選挙投票の方は私が投票した2名(市長選もあったので)は、どちらも勝った。競馬なら的中。とはいえ、これは自慢にはならない。

 

***** 2017/10/22 *****

 

 

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2017年10月21日 (土)

早起きが呼んだ悲劇

おととい木曜日の話。

いつもは重役出勤の私だが、たまには早く仕事場に着いてみんなを驚かしてやろうかと、珍しく早起きして普段より30分以上早い電車に乗った。その心がけが功を奏したのか、二子玉川駅で目の前に座る客が席を立ち、思いがけず座ることができたのである。まさに早起きは三文の得。あとは寝ていても仕事場に着く。

桜新町を過ぎてしばらく走ったところで電車が停まった。とはいえ、3日のうち2日はダイヤが乱れる田園都市線では、こうした停車は日常茶飯事。ここから先は渋谷までノロノロ運転であろう。こうなると座れたことは大きい。

しかし何かおかしいのである。5分経っても、10分経っても止まったまま。すると社内アナウンスが衝撃の事実を伝えた。三軒茶屋駅で停電が発生してすべての運行がストップしているのだという。

車内には一斉にため息が溢れたが、私は座席に恵まれた幸運に感謝していた。これも早起きのご利益に違いない。

駅間に20分ばかり停車していた電車は、ようやく駒沢大学駅まで動いた。しかしそこから一向に進む気配はない。すると再びの車内アナウンスがさらなる衝撃の事実を伝えた。なんとこの車両はここで運行を取りやめて回送になるから、全員降りろと言うのである。

駅のホームには既に人が溢れている。満員の乗客が降りろと言われて、ただちに降りられる状況ではない。それでも降りなければ話は進まないことも重々承知。せっかく手に入れた座席に別れを告げてホームに降り立つと、人の海をかきわけつつ10分以上かけて改札口を抜け、ようやく地上へと這い出たら、土砂降りの雨が出迎えてくれた。

Komazawa 

さあ、どうしようか?

①このまま駅で復旧を待つ
②バスで渋谷に行き、銀座線に乗る
③三軒茶屋まで歩いて、世田谷線から小田急線に抜ける
④とりあえず家に帰って寝る

こういう時の判断は難しい。皆さんも経験をお持ちだと思う。

まず、電車は上下線とも完全にストップしているので④はボツ。運行中の車両をいきなり回送にするという荒業に出たということは、すなわち復旧の見込みがないということであろう。時間を潰せそうな店という店が人で溢れていることを考慮すれば①もない。

既にバス停は絶望的な人数が並んでいるので②も除外。隣駅がこの惨状なのだから、震源地たる三軒茶屋駅周辺は混乱の極致に違いない。それを思うと③も躊躇する。よりによって雨は強くなりつつある。

駒沢公園近くまで歩けば空いているカフェもあろうかと歩いている途中、たまたま自由が丘行きのバスが目の前のバス亭に停まった。見れば奇跡的に空いている。そう思うより早くバスに飛び乗り、あとは雨の住宅街をのんびりくねくね進むだけ。自由が丘まで20分ほどかかるようだが、人混みの中で揉まれていたさっきまでの時間を思えば、どうということはない。というより、むしろ楽しくなってきた。

そう思えたのは、私が特に急いでいたわけではないからであろう。電車内でも駅でもみんな慌てて電話したり、駅員に詰め寄ったり、バス停へと走ったりしていた。むろん私にしても、これが競馬場に行く途中だったらと思うとゾッとする。「電車が停まってしまった」とJRAに連絡したところで、発走は待ってくれない。そう思えば、周囲の人たちが焦る気持ちも理解できる。なにせ今回の事故で影響を受けたのは14万人。その直接の原因は三軒茶屋駅の停電だが、そんなコトが起きたてしまったのは、私が珍しくやる気を出して早く家を出たせいかもしれない。だとしたらこの場を借りて謝ります。これ以上世間に迷惑をかけぬために、今後は重役出勤を続けることにしよう。

 

***** 2017/10/21 *****

 

 

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2017年10月20日 (金)

秋の天皇賞と秋の台風

雨の話を続ける。東京は今朝も雨。今週は雨が降らない日が一日しかない。この東京開催は5日間60レースを終えて、良馬場で行われたのが14レースであるのに対し、稍重19レース、重14レース、不良13レースと道悪競馬が大半を占めた。予報では週末もしっかり傘マークが並ぶ。しかも週明けには台風もやって来るそうだ。

「10月も終わりになって台風が来るなんて……」なんて声も聞こえたが、秋天ウィークの台風は珍しくない。2010年や2013年も10月末になって台風が関東に接近。天皇賞の開催が実施が危ぶまれた。

2010年は、台風14号が10月30日に関東に接近。天皇賞前日の東京開催が中止となり、月曜代替となった。したがって天皇賞そのものの売り上げは激減。JRAとしては天に恨み言のひとつも言いたいところだどうが、日程通りに天皇賞を開催できたことを、まずはヨシとすべきであろう。

この年、最後の最後まで関係者やファンが気を揉んだのは、天候よりも馬場状態である。

開催中止となった天皇賞前日、競馬場のある東京都府中市には72ミリの大雨が降った。それを見越して富士Sからの連闘に踏み切ったのは、昨日も書いた“雨好き”ショウワモダンである。富士Sは大敗していたが、雨が降れば別馬。陣営はほくそ笑んだに違いない。

台風一過の天皇賞当日は芝・ダートとも「重」でのスタート。だが思いのほか乾きは早く、7レースには「稍重」まで回復した。ショウワモダン陣営の嘆き節が聞こえてくる。8レース、10レースはいずれも逃げ切り決着。内ラチ沿いがかなり回復していたことは疑いようがない。結果、天皇賞は直線坂下で抜け出したブエナビスタが、内ラチ沿いを力強く駆け抜けて優勝。騎乗したスミヨン騎手は、前日の開催が中止となって馬場状態が良かった内目を最初から狙っていたという。ちなみにショウワモダンは16着に敗れている。

Buena 

2013年の場合は27号、28号と二つの台風が、天皇賞ウィークの関東に接近。週中からずっと雨が続き、逃げ馬でさえ内ラチ沿いを避けるほど馬場の悪化は進んでいた。天皇賞前日も雨。当然の不良馬場。そのせいか、トウケイヘイローが2番人気の支持を集める事態になった。極悪馬場での札幌記念圧勝を見れば、その道悪適性は群を抜いている。だが、ジャスタウェイやエイシンフラッシュを差し置いての2番人気は、今考えれば驚きだ。

翌天皇賞当日は朝から秋晴れ。しかも7レースには良馬場まで回復。前売りで馬券を買ったファンは慌てたに違いない。ジェンティルドンナを4馬身千切ったジャスタウェイの勝ち時計は1分57秒5。トウケイヘイローは果敢に逃げたが、上がりに37秒5を要して10着に敗れた。

Toukei 

この二度の天皇賞の教訓は何か。それは、空模様が怪しいときは前売りで馬券を買ってはいけないということ。基本的な事であるはずなのに、意外に守ることができない事でもある。

 

***** 2017/10/20 *****

 

 

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2017年10月19日 (木)

あめあめ、ふれふれ

プロ野球のクライマックスシリーズが雨に祟られている。セリーグのファーストステージ第二戦は史上稀に見る泥試合。昨日のセリーグ・セカンドステージの初戦も、5回降雨コールドの憂き目を見た。

競馬なら雨でも中止が議論されることはない。だが、雨が勝敗を分けることはある。秋華賞を勝ったディアドラは雨が味方をした。

俗に蹄の小さな馬は雨馬場が得意と言われたりもするが、本当にそうなのだろうか。昔からちょっと気になっていた。蹄の大きさが違うといっても、ほんのわずかな差異でしかない。それよりも、馬の気質や走るフォームによる影響の方が大きいに決まってる。おそらくは、調教では絶対に変えられないファクターに責任を被せるための方便であろう。ともあれ仮に気質という話となると、「雨が好き」という馬ならば、当然雨馬場が得意ということになる。

「雨が好き」と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは2010年の安田記念を勝ったショウワモダン。キャリア39戦目でのGⅠ初勝利は国内最多キャリア記録。また、史上5組目の父子3代GⅠ制覇という快挙でも名を馳せた彼だが、私の印象は無類の雨好きだったということに尽きる。

道悪巧者ならいくらでもいる。だが、彼はとにかく雨が好きだったように思えてならないのである。蹄の形がどうとか、走法がこうとかではない。雨さえ降っていれば、パドックから実に嬉々として歩いていたのが私の知るショウワモダンだった。初めての重賞タイトルとなったダービー卿チャレンジトロフィーも、記録上は「曇」となっているものの、実際には細かい霧雨がそぼ降る寒い一日だったと記憶する。

そんな彼のイメージが一変したのは、59キロを背負いながらもシルポート相手に1分45秒7で完勝したメイステークスであろう。のちに彼が安田記念馬となった時、「あのとき59キロを克服していたのだから」とか「シルポート相手に時計勝負を挑んで勝ったのだから」などと、振り返られるいわばターニングポイントだが、私個人のメイSの印象は「よくやる気を出したもんだな」だった。レース当日は、絵に描いたような五月晴れだったのである。

Showa 

土砂降りだった日曜の甲子園では、阪神の大山悠輔内野手が、クライマックスシリーズとしては史上初となる新人での4安打。しかも、本塁打と2本の2塁打を含み、三塁打を放てばサイクル安打という大暴れを見せた。なにせレギュラーシーズンの打率は.237だった選手である。ひょっとしたら、彼もショウワモダンばりの雨好きなのかもしれない。

 

***** 2017/10/19 *****

 

 

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2017年10月18日 (水)

勝馬の栞

昨日付でレーシングプログラムの有料化について書いているうち思い出したことがある。オールドファンの中には、かつて競馬場で発売されていた「勝馬の栞(しおり)」を覚えている方もいらっしゃるのではないか。

横組み&赤刷りの体裁で、今のレープロみたいなものだと思ってもらえば良い。ただしレープロと致命的に異なるのは、出走表部分に調教師、騎手各5人の予想印が付いていたこと。版元が日本調騎会と競馬共助会と聞けば、すなわち「公式予想プログラム」と思いたくなる。競馬専門紙よりも安価だったことも手伝って、ファンの間に根強い人気を博した。

当時を知るベテランに聞くと、印は○と△で、その中に1、2、3の数字を入れて着順を予想。その他に「穴」という記号も加わり、合計4つの印で構成されていたという。

いったん慣れてしまえば、それが普通だと思うようになってしまうものなのだろうか。現役調教師や現役騎手の予想に、当時のファンはさほど違和感を持っていなかったようだ。何しろ1949年の発刊から15年以上の永きにわたり、ファンの支持を受けていたのだから。

廃刊のきっかけとなったのは、1965年に起きた「山岡事件」。

当時、中央競馬のトップジョッキーだった山岡忞をはじめ、高橋勇、中沢一男といった騎手らが共謀し、八百長レースを仕組んだとして逮捕された事件である。

「中央競馬にだけは八百長はない」と、ひたすらお題目のように唱え続けてきた競馬会は慌てた。ただちに4項目9細目からなる「不正防止対策」が発表され、その中のひとつに「厩舎関係者の予想行為の禁止」が盛り込まれることになる。

これに対して、日本調騎会は即座に「絶対反対」の姿勢を明らかにした。「競馬とファンを結びつけるために関係者の予想はむしろ歓迎すべきことであり、競馬会の方針は時代錯誤も甚だしい」とした上で、ストも辞さぬと強固な姿勢をアピールしたのである。裏を返せば、それだけ「勝馬の栞」の売り上げが、彼らの収入に寄与していたということであろう。

Kanshi 

ちなみに、この不正防止対策の中には「出場騎手全員をレース前夜から合宿させ、競馬会の保護のもとにおく。このため、騎手の調整に必要な施設を整えた合宿所を早急に建設する」という細目も含まれていた。現在では当たり前になった「調整ルーム」は、「勝馬の栞」の消滅と引き替えに誕生したということになる。

 

***** 2017/10/18 *****

 

 

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2017年10月17日 (火)

レープロ

先週月曜、「体育の日」の東京競馬場でのこと。あまりの暑さに音を上げて、エアコンの効いた岩手競馬コーナーに逃げ込んだところ、こんなものを手渡された。

Nanbu 

中身は南部杯のレーシングプログラム。コパノリッキーのクリアケースに入れて配るとは、岩手競馬さんも太っ腹ですね。しかもコパノリッキーの連覇達成で、このクリアケースの有り難みも増した感がある。

JRAがカラー装丁のレーシングプログラムを大レース当日のみに限定して久しい。売り上げ減少が続き、経費削減の一環としてレープロをモノクロ化したのが2011年のこと。ただ、売り上げが回復した現在も、モノクロ印刷は変わっていない。おそらくファンサービスとしての費用対効果を考えてのことであろう。

知られているように海外の競馬場では、プログラムは買うのが当たり前。邦貨にして数百円を支払って手に入れることができる。

それが日本ではタダ。しかもGⅠレースに限ればその装幀は立派で、美しいグラビアまで掲載されているとあり、ジャパンカップで日本を訪れた競馬関係者が驚きの声を挙げることも少なくない。さらに、それがレース終了後に大量のゴミとして競馬場にうち捨てられている光景を見て、彼らは再び驚くこととなる。

レープロの作成費用もさることながら、一方でゴミとなったレープロの回収・リサイクル費用もバカにはできない。新聞、マークカード、馬券と異なり、背中をホチキスで留めているレープロのリサイクル作業は結構ホネが折れるのである。

Program 

それまでペラ1枚で配布していた出馬表を、豪華な冊子にしたのは1986年だから、レープロの歴史自体はそれほど深いものではない。むろんファンサービスの一環から始まったもの。だが、折からの競馬ブームの影響で売り上げは増大の一途を辿り、経費の使い道を無理矢理にでも探し出すような時代でもあった。

しかし、売り上げ低迷期を経験した現在、レープロそのものの役割を考え直す時期に来ている。一般スポーツ紙に全レースの馬柱が掲載されるのも珍しくはない現代において、レープロを頼りに馬券を買うファンも多くはないだろうし、JRAの公示を掲載するオフィシャル媒体としての役割も既にWEBサイトに移行している。

無料のサービスというのは決して悪いものではないが、なんでも無料にすれば良いというものでもない。お金を払って手に入れたものなら、レース後においそれと捨てるわけにもいかぬはず。私自身、媒体が減ることを良しとする立場ではないのだが、単なるコレクターズアイテムに成り下がったレープロにもはや経費をかける必要もあるまい。JRAには「無料」に頼らず、本当に価値のあるサービスを考えてもらいたいところではある。

 

***** 2017/10/17 *****

 

 

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2017年10月16日 (月)

スプリントに挑んだ怪物

JBC3競走の選出馬が発表になった。驚いたのはコパノリッキーのJBCスプリント参戦。申し込み手続きのミスを本気で疑ってしまったが、どうやらそうではないらしい。

Copa 

2014年、15年とJBCクラシック2連覇。3勝目を挙げればアドマイヤドンやヴァーミリアンの最多記録に並ぶ。ことさら距離に対する不安が大きいとも思えない。強さは認めるが、1200mではむしろペースの違いが落とし穴になりやしないか。

ここまで書いて、ナリタブライアンの高松宮杯を思い出した。

前年までGⅡだった高松宮杯が1200mのGⅠに昇格した1996年。天皇賞(春)で2着に敗れたナリタブライアンの出走が発表されて大騒ぎになった。三冠馬のスプリント戦出走は前代未聞。前走から2000mもの距離短縮である。とはいえヒシアケボノやフラワーパーク相手なら役者が違う。中京競馬場には競馬場レコードとなる入場者が押し寄せ、レースそのものは大いに盛り上がった。だが、結果はフラワーパークの4着。このレースで屈腱炎を発症したナリタブライアンは、この高松宮杯を最後にターフを去ることとなる。

「賞金狙いの無謀な出走―――」

ブライアンを管理した大久保正陽調教師へのバッシングは苛烈を極めた。もし高松宮杯を勝っていれば、当時の通算獲得賞金記録を更新する状況もマスコミの反感を買ったに違いない。だが大久保師は「本当に強い馬は長距離も短距離も勝てる」という信念に基づいて高松宮杯を使ったと、のちに回想している。

かつて「怪物」と呼ばれたタケシバオーは、3200mの天皇賞(春)を制した半年後にスプリンターズSを勝ってみせた。62キロを背負わされながらレコード勝ち。本当に強い馬は、芝やダートにも、斤量にも、そして距離さえも問わず常に強い。それこそが「怪物」たる所以であろう。

四半世紀を経て「シャドーロールの怪物」を管理した調教師も同じ思いを抱いていたのかもしれない。仮に賞金狙いの気持ちがあったにしても、それも含めてプロの判断である。

翻ってコパノリッキーのJBCスプリント参戦はどうか。なにせ1200m戦に勝ち鞍があるどころか、出走した経験すら持たぬ一頭。とはいえGⅠを10勝もした猛者である。他の出走予定馬とは明らかに格が違う。もしGⅠ11勝なら日本記録。考えるほどにナリタブライアンの高松宮杯が重なって見える。

今年のダート短距離路線が、確たる主役不在のままJBCを迎えてしまったことも忘れてはならない。トウケイタイガー(かきつばた記念)、ブルドッグボス(クラスターC)、キタサンミカヅキ(東京盃)と地方所属馬の活躍が目立つのも、JRA勢が小粒であることの裏返しであろう。そのせいか、今年のJBCスプリントにはネロやレッツゴードンキなどダート未勝利馬の名前も目につく。

「そんな状況なら、距離適性には多少目をつぶっても、ダート適性で勝てる―――」

そういう考えがあったとしても私は驚かない。JBC史上初となるクラシック・スプリント両カテゴリの制覇とGⅠ最多勝記録。それが同時に達成されれば、のちに伝説と呼ばれる一戦となる可能性もある。例年クラシックの前座感も漂うスプリントだが、今年はクラシックを凌ぐ注目を集めることになるかもしれない。

 

***** 2017/10/16 *****

 

 

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2017年10月15日 (日)

気分は新潟競馬場

神保町からウインズ後楽園へと向かう道すがら、白山通りから一本入った路地裏を歩いていると、「タレかつ丼」と書かれた看板が目に飛び込んできた。

Mise 

レンガの壁にステンドグラスのペンダントライト。外見も内装も、昭和の雰囲気を残す喫茶店にしか思えない。しかしメニューを見れば、そこは間違いなくトンカツ専門店。しかも新潟名物のタレカツ丼に特化したお店だという。その店名はズバリ『タレカツ』。日曜の14時近くだというのに、カウンターのみの12席は既に満席で、空席待ちで3人が列をなしていた。

今週から秋の新潟開催がスタートしているが、今年は新潟に行くことができていない。来週、再来週も無理であろう。ここでタレかつ丼を食べ、ウインズで馬券を買えば、少しくらいは新潟遠征の気分を味わうことができるだろうか。

Tarekatsu1 

我々が知るカツ丼は玉子でとじたカツ煮をご飯の上に載せたものだが、タレかつ丼は揚げたてサクサクのトンカツを甘辛い和風のタレにくぐらせてご飯の上に載せただけ。他には何もない。その潔さが良い。そういう意味では鰻丼に似ている。なるほど卓上には山椒の用意も。タレも鰻丼のそれに近いが、ほんのりと香る生姜の風味が豚肉の味を引き立てる。

ご飯を食べ進めるうち何かに箸が当った。周囲を掘り進めると、ご飯の中から更に2枚のカツが姿を現したではないか!

Tarekatsu2 

―――なんて、この二段構造が新潟タレカツの醍醐味。ご飯に埋もれていたというのに、なぜか衣のサクサク感は失われていない。その食感がさらに食欲をかきたてる。

すっかり新潟名物として定着したタレかつ丼の歴史は意外と古く、実は昭和初期にまで遡るらしい。新潟市内に店を構える『とんかつ太郎』の店主が、当時はモダンな料理だったカツレツを大胆にもしょうゆダレに浸したのが始まり。しかしそれが新しいモノ好きの新潟の旦那衆にウケた。古町界隈では花街へ繰り出す前に、一杯の酒と共にタレかつ丼で小腹を満たして出かけるのが粋だったという。

そういう意味では、場外馬券売り場に出かける前に食べるのも悪くはなかろう。もとより「カツ」は勝負前のゲン担ぎにもってこい。すっかり新潟競馬場に来ている気分になって購入した秋華賞の馬券はコチラ。

Baken 

これ以上悲しい馬券はありませんな(笑)

いやあ、モズカッチャンが抜け出してからというもの、短い直線で何度も夢を見てしまいましたよ。あとは何でもアタリだから、どうせなら人気薄来い!なんてね。それでバチが当たったのだろうか。よりによって最後の1完歩で3着に敗れるとは……。

まあ、私の馬券下手はタレカツ丼一杯程度では治らないということ。この問題ばかりは根が深い。それにしてもタレかつ丼は美味しかったです。

 

***** 2017/10/15 *****

 

 

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2017年10月14日 (土)

アイルランドトロフィーの行方

明日の東京メインはオクトーバーS。あれ? 例年なら秋華賞当日の東京メインはアイルランドトロフィーじゃありませんでしたっけ?

アイルランドトロフィーは古馬のオープン特別。かつてはトロットサンダーがこのレースでオープン初勝利を飾り、近年ではエイシンヒカリが外ラチ沿いにぶっ飛びながらも大楽勝してデビューからの連勝を「5」に伸ばしたことでも知られている。そんな隠れた出世レースはいったいどこへ行ってしまったのか?

Hikari 

その答えは今日の東京メインにあった。なんと今年から重賞・府中牝馬Sに「アイルランドトロフィー」の冠が付けられたのである。アイルランドとの外交関係樹立60周年を記念しての名称変更とのこと。ふーむ。それなら、馬券はアドマイヤリードでよかろう。彼女のお母さんのベルアリュールⅡはアイルランド生まれ。出馬表をざっと見る限り、ほかにアイルランドに縁のある馬は見当たらない。

Baken 

しかし勝ったのはクロコスミア。残念ながらアイルランドとは関係がない。だが、あらためてその血統表を調べてみれば、4代母に Park Appeal の名があるではないか。言わずと知れたアイルランドの名牝。なぜここに気付かなかったのだろう。アイルランドのキルダンガンスタッドを訪れた私が、彼女を間近に拝ませていただいたのは20年前のことだ。いつも私はあとになって大事なことを思い出す。

Park 

それにしても「アイルランドトロフィー府中牝馬ステークス」というレース名は長過ぎる。馬券の印字は「アイルランド府中牝馬」。スペースの都合で省略せざるを得ないのはわかるが、これではもはやレース名としての体を為してない。かつて「ニュージーランドトロフィー4歳ステークス」が「ニュージーランドトロフィー」に改称されたように、そのうち府中牝馬Sも「アイルランドトロフィー」で定着してしまうのだろうか。

ちなみに、関東のベテラン横山典弘騎手は府中牝馬Sを勝ったことがない。18回も騎乗して優勝はゼロ。その一方で2着は4回もある。カワカミプリンセスやスマートレイアーでも勝てなかった。不思議としか言いようがない。

ところが「アイルランドトロフィー」となれば、一転して横山典弘騎手のレースとなる。なにせ冒頭のトロットサンダーやエイシンヒカリを含め4勝という相性の良さ。なのに今年は残念ながら騎乗馬が無かった。来年に期待しよう。

 

***** 2017/10/14 *****

 

 

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2017年10月13日 (金)

釜玉行進曲

通常、うどんは釜で茹で揚げた直後に冷水で締める。こうすることで表面のぬめりが取れると同時に、麺のコシが格段にアップする。

だが、釜揚げうどんの場合は、この「水で締める」という工程がない。釜から茹で揚げて、そのまま客の前に出される。なので、うどんは幾分柔らかめで、麺自体の余熱で延びるのも早い。だが逆に小麦の風味はいっそう際立つ。その刹那的な美味さを味わうなら、釜揚げうどんに玉子を落としただけのシンプルな釜玉をおいてほかにあるまい。

Maruka1 

こちらは神保町の人気店『丸香』の釜玉。

Maruka2 

多くの店の釜玉がそうであるように、注文してから10分ほど待たされる。茹で揚げを提供する以上、これはやむを得まい。しかしごく稀に、茹で置きの麺をお湯にくぐらせてから丼に移し、その上から生卵をポイとかけて「ホラよ」と出される店に遭遇することもある。これはいただけない。釜玉は月見うどんとは違う。

ところで、この釜玉をTVや雑誌などが取り上げるに際し、「カルボナーラ風うどん」と紹介されることが多いような気がするのだが、これは果たして正しい表現なのであろうか。

確かにどちらも玉子を使った麺料理には違いあるまい。だが、あくまでも麺の美味さ際立たせるために使われるのと、チーズや黒胡椒などと織りなす濃厚かつパンチの効いたソースのために使われるのとでは、やはり終着駅が違うような気がする。

麺料理にこだわらなければ、むしろ「玉子かけごはん」に近いのではあるまいか。湯気があがる炊きたてのご飯に生玉子を落として、醤油をひと垂らし。純白から黄金色に染まった米粒の艶。ふんわり炊けたご飯に絡む濃厚な玉子の甘さ。いずれも釜玉に通ずるものがある。どちらも一気に掻き込むのがいちばん美味い食べ方であることは言うまでもない。

そんなことを考えている玉子かけごはんが食べたくなるのだけど、そんな思いをグッと押し殺して旗の台へ。名古屋うどんの名店『でらうち』のすぐ近所に、なんと釜玉専門店がオープンしたのである。その名も『功刀屋』(くぬぎや)。旗の台は一転うどん激戦区となった。

Kunugi1 

注文から提供まで時間がかかる釜玉をメインに据えては客の回転が悪かろうと心配したら、なんと麺は圧力鍋で茹でるという。サービスの揚げイリコをつまみながら待っていると、厨房から圧力鍋のゴトゴトという音が聞こえ、しかるのちに肉釜玉が運ばれてきた。

Kunugi2 

外目がふんわりしていながら、内目にはしっかりコシがある。内外の状態差が気になるのは競馬の見過ぎかもしれないが、ともあれ釜玉に合うことは間違いない。聞けば、こちらのご主人は神保町『丸香』で修業されたとのこと。なるほど、うまいわけだ。

 

***** 2017/10/13 *****

 

 

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2017年10月12日 (木)

芦毛のロマン

今週の秋華賞には3頭の芦毛馬が出走を予定している。アエロリット、タガノヴェローナ、そしてポールヴァンドル。秋華賞の初代優勝馬、ファビラスラフイン以来となる芦毛の女王が誕生するかもしれない。

Aero 

原則として両親のどちらか一方が芦毛でなければ、芦毛の子は生まれてこない。芦毛の父親であれ、芦毛の母親であれ、その子に芦毛を伝える確率は50%。むろん隔世遺伝もしない。仮にこの地球上から一度でも芦毛馬が消えてしまったら、二度と復活することはない。

加えて芦毛馬はいわれのない迫害を受けてきた。「芦毛は能力に劣る」という迷信はまだ序の口。ナポレオン登場前の欧州では「芦毛が生まれたら悪魔にくれてやれ」とさえ言われたという。

我が国でも江戸時代は「芦毛は悪し毛なり」と武士に嫌われた。その理由は芦毛馬にありがちな弱い白爪にあったとされるが、明治期に入ると今度は敵の標的になりやすいという理由から馬政局は芦毛馬の競馬出走を禁止する命令を出す。芦毛は絶えず消滅の危険にさらされながら、今日まで生き延びてきたのである。

アエロリットやタガノヴェローナの芦毛は父クロフネ譲り。その母ブルーアヴェニュー、さらにその母エルザブルーと遡ると、6代前には伝説の芦毛馬ネイティブダンサーが登場する。

一方、ポールヴァンドルやファビラスラフインの芦毛はともに母系に流れるカルドゥンから伝わった。その父カロ、その父フォルティと遡れば、近代サラブレッドにおける芦毛中興の祖と言われるグレイソヴリンへとたどり着く。

Porl 

昨日付の本稿で、アングロアラブを対象とした血液型による親子判定で不正種付けが疑われる事例が多数指摘されたことを書いた。実は、同時期にサラブレッドを対象に同じ検査が行われている。1973年の検査では3頭の親子関係が否定された。これはいったい何を意味するか。

そう、それはすなわち、サラブレッド300年の歴史の中には事実と異なる血統が存在することを示唆している。アングロアラブの“てんぷら”とは事情が異なるから、すべてが故意ということはあるまい。だが故意であれ偶然であれ結果としては同じこと。国際血統書委員会も、初期の時代に血統の証明は技術的に不可能であったとした上で、「全てのケースを訂正することは不可能である」という見解を示し、不正血統の存在を事実上認めている。

すべてのサラブレッドの父系を遡ればわずか3頭の始祖に辿り付くことから、「血のロマン」が謳われるサラブレッド。だが、その血統表が真実であるという保証は、実はないのである。

だが、芦毛はそんな人間側の都合とは無関係に、その不思議な毛色を細々と伝えてきた。

ネイティブダンサーもグレイソブリンも、いやそれだけでなくすべての芦毛馬の芦毛は、1704年生まれのオルコックアラビアンという芦毛のアラブ馬に到達する。これが真実であることは芦毛の遺伝子が証明済み。「血のロマン」を謳うなら、むしろこちらであろう。

幾度にも及ぶ消滅の危機を乗り越え、何代も何代も一本の糸をつなぐように伝わってきた芦毛には、生命の不思議な力が秘められている気がしてならない。初めて競馬場を訪れたビギナーや女性ファンは無条件に芦毛馬を応援することが多いが、それは自然な流れ。むしろ正解であろう。

 

***** 2017/10/12 *****

 

 

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2017年10月11日 (水)

てんぷらの話

「ブラッドスポーツ」と呼ばれる競馬だが、実際に現場で血液の話をすることはあまりない。だが、JRAには「馬の血液型を教えてほしい」というファンからの要望が年に数回あるのだそうだ。

そんなものを聞いてどうするのか? そう、それは血液型占いである。日本人の占い好きもここまで来れば立派なものだと感心するが、残念ながら馬の血液型は人間と同じA、B、AB、Oの4種類にとても収まらない。馬の血液型は、赤血球型と血清蛋白質型、酵素型を組み合わせて分類されており、その組み合わせの数は数万単位に及ぶ。とても占いに使える数ではあるまい。

とはいえ、現在のDNA鑑定が登場する以前は、馬の親子判定の現場で血液型が重宝されていた。端的に言えば不正種付けの検出。この手法が用いられるや、アングロアラブで数多くの“てんぷら馬”を洗い出してきた歴史がある。

かつてJRAでも行われていたアラブ系競走には、25%以上のアラブ血量を持つ馬しか出走できなかった。ちなみにアラブ血量が少ないほど、すなわちサラブレッド血量が多いほど、一般的にスピードに勝るとされる。

たとえばアラブ血量50%の繁殖牝馬にサラブレッド種牡馬を付けて誕生した産駒のアラブ血量は25%だから、アラブ系競走に出走はできる。だが、アラブ血量25%の繁殖牝馬にサラブレッド種牡馬配合すると、産駒のアラブ血量は12.5%だからアラブ系競走には出走できない。とはいえ、アラブ種牡馬を付けても速い馬は生まれそうもない。さて、どうしたものか。

そこに悪知恵を働かせる輩が現れる。表向きはアラブ種牡馬を付けたことにして、こっそりサラブレッド種牡馬を付けてしまうのである。書類上はアラブ血量を25%を持つとされながら、実際には12.5%しか持っていない馬を、俗に“てんぷら馬”と呼んだのである。馬肉に衣をつけて揚げたわけではない。

血液型が親子判定に利用されたのは、子の血液型は必ず両親の血液型の組み合わせであるため。すなわち、両親が持っていない血液型形質を子が持っているとすれば、それは親子ではない。この検査が“てんぷら”を炙り出すのにひと役買うこととなった。1971年にアングロアラブ540頭を検査したところ、そのうち211頭で親子関係が否定されたという記録も残る。

“てんぷら率”3割9分と聞けば、だれもが顔をしかめるに違いない。私としてはてんぷらの話はうどんで十分。写真は水道橋『とんがらし』の「もりあわせうどん」。その“てんぷら率”は、ゆうに5割を超える。しかも揚げたてアツアツ。もちろんこれは悪くない。

Tenpura 

 

***** 2017/10/11 *****

 

 

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2017年10月10日 (火)

競馬場のロメスパ

茹で置きのスパゲティをフライパンで具材と炒め合わせて食べる「ロメスパ」。

Koiwai 

路面の立ち食いそば屋のように、注文から間を置くことなく提供されて、忙しいサラリーマンでも気軽にサッと食べることができることからそう呼ばれている。有楽町『ジャポネ』と大手町『リトル小岩井』がその双璧。どちらの店も昼どきは大行列。開店直後から閉店まで客足の途絶えることがない。

特徴は直径2.1ミリもの極太麺にある。加えて強力粉も配合されているその麺は、茹で置きにもかかわらず、実にむっちりした歯応えで、喉越しはうどんにも引けをとらない。ひと口頬張るたびに満足感に浸ることができる。

この太さの麺を調理するには独特の技が必要だ。中華料理並みの強い火力で一気に炒め上げるのがポイントらしい。『リトル小岩井』では、二人の屈強なコックが大きなフライパンをジャッジャッと振り続けている。なにせ客足が途切れないから休む暇もない。見るからに重労働であろう。それが一皿540円から。行列が絶えない理由が分かる。

都内に5店舗を展開する『ロメスパ・バルボア』は、自ら「ロメスパ」を標榜するだけあって、「味の濃さ」と「満足感」がウリ。そのこだわりのロメスパを東京競馬場の馬場内で味わえるのだから行かぬ手はない。なんと春開催に引き続き、この秋も「メガグルメフェスティバル」に出店してくれた。

Spa1 

メニューは「しょうゆアサリ」のみ。準備や客の回転を考えれば、単一メニューになるのは仕方ない。それが1番人気の「ナポリタン」でないことを嘆くバルボア・ファンもいるかもしれないが、そこは大人の事情。場内の他の飲食店の手前もある。とはいえ「しょうゆアサリ」は美味い。この機会に味わってみるのも悪くなかろう。なにより、この店舗形態こそ正真正銘の“路面スパ”ではないか。馬場内の店舗は次週(10/15)までの営業だそうだ。

Spa2 

 

***** 2017/10/10 *****

 

 

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2017年10月 9日 (月)

サイアーランキング秋の陣

10月の声を聞けば新馬戦は早くもクライマックスを迎える。ひと昔前は、クラシックを狙うような大物は12月の阪神でデビューしたもの。だが、6月1週目から2歳戦が始まるようになり、2歳重賞も増設された近年では、10月までにデビューしていないと、クラシックまでのローテーションがキツい。今年の春のクラシックを制した4頭も、すべて昨年10月までにデビューを果たしていた。

今日の東京5Rは芝1600mの新馬戦。ゴールドギアが1番人気に応えてデビュー戦を飾った。

5r 

父のロードカナロアは、これがJRA15頭目の勝ち上がり。新種牡馬でこれに次ぐのがエイシンフラッシュの8頭だから、ダントツの勝ち上がり率を誇る。むろんファーストシーズンサイアーランキングの首位。全体の2歳サイアーランキングでもディープインパクト、ダイワメジャーに次ぐ3位につけている。あとは早いとこ重賞タイトルが欲しい。おとといのステルヴィオは惜しかった。

今日の東京は未勝利にも注目馬が登場。2Rのマイル戦を勝ったのはディープインパクト牝馬のプリモシーン。中山でのデビュー戦は好位から競馬を進めながら差されてしまったが、今回は一転して後方から競馬を進め、33秒2の脚でまとめて差し切ってみせた。

2r 

ディープインパクトの2歳はこれが19頭目の勝ち上がり。例年にないハイペースは、やはり早めにデビューを果たさないとクラシックに間に合わないという事情があればこそ。母は豪州GⅠ4勝のモシーン。その良血もクラシック路線に乗れなければ、宝の持ち腐れになりかねない。

今日の東京の2歳戦5鞍はすべて1番人気が勝った。3Rの芝1800mの未勝利も1番人気のギルトエッジが快勝。惜敗続きにピリオドを打った。

3r 

ギルトエッジは新種牡馬ノヴェリストの産駒。今日は京都でもノヴェリスト産駒が勝ち上がったのだが、この2勝でファーストシーズンサイアーランキングでも2位にランクアップしたはず。獲得賞金でも、勝ち上がり頭数でも、さらに今年の種付け頭数でもロードカナロアにダブルスコアを付けられているノヴェリストだが、これから2歳競馬は高額賞金レースが目白押し。逆転のチャンスは、まだ残されている。

 

***** 2017/10/09 *****

 

 

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2017年10月 8日 (日)

社台だらけの新馬戦

今年の毎日王冠はGⅠ並みの豪華メンバーで盛り上がったが、5レースの2歳新馬戦も注目せずにはいられない。この世代初めての東京芝2000m戦。敢えてそこをデビューの舞台に選ぶ以上、どの馬もクラシックを見据えているに違いない。ちなみに昨年の毎日王冠当日、ここで新馬勝ちを果たした馬を覚えているだろうか? そう、それはレイデオロ。説明するまでもない。今年のダービー馬だ。

2016 

今年の出走馬は11頭。そのうち、実に9頭が社台グループの生産もしくは育成馬であることは決して偶然ではあるまい。1番人気は追分ファームのブラゾンダムール。2番人気はノーザンファームのコズミックフォース。3番人気は白老ファームのスワーヴアラミス。以下、9番人気までを9頭の社台グループの関係馬が占めている。つまりそういうレースなのである。

Padock 

レースはスタートから飛び出した6番人気ジェシーの逃げをブラゾンダムールが離れた2番手から追い掛ける展開。コズミックフォースは後方、スワーヴアラミスは中団につけた。だが、大方の予想通りペースは遅い。馬順に変化の無いまま4コーナーを回ったところで勝負あり。ブラゾンダムールが逃げるジェシーを余裕たっぷりに交わしただけでレースは終わった。

2017 

ディープインパクト産駒がこの時季の東京芝2000mで新馬を勝った意義は大きい。スタートセンスも折り合いも申し分ない。ただ、「クラシック級」と喝采を贈るには、いかんせんペースが遅過ぎた。負けた馬にしても着差ほどの力量差はあるまい。なにせノーザンや白老の良血馬ばかりである。

特にゲートが今一歩ながら、メンバー最速33秒2の上がりで3着に入ったコズミックフォースの次戦には注目したい。直線で前が壁になり、真剣に追えたのは正味2ハロンほどだった。馬体も見るからに成長途上。底知れぬポテンシャルを秘めていそうな予感がある。

Cosmic 

同じ厩舎の先輩・アパパネも新馬戦3着からGⅠ5勝のキャリアをスタートさせた。デビュー戦で負けたからと言って悲観することはない。3年前の毎日王冠当日の、この新馬戦で2着に敗れたのは、あのドゥラメンテである。

 

***** 2017/10/08 *****

 

 

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2017年10月 7日 (土)

劇場型競馬誕生の日

私の馬券キャリアは1979年の有馬記念にさかのぼるが、むろん当初はTV観戦であった。生まれて初めて競馬場に足を踏み入れたのは、忘れもせぬ33年前の今日。1984年10月7日の東京競馬場である。いや、正直に言えば日付は忘れていた(笑) ともあれ、1984年の毎日王冠の当日であったことは間違いない。

競馬場を埋めた大観衆の目当ては、菊花賞以来約1年ぶりの出走となるミスターシービーだった。シンザン以来の三冠に輝いたシービーが、古馬となって初の競馬を迎える。いったいどんな走りを見せるのか。大観衆が固唾を呑んで見守る中、毎日王冠のゲートは開いた。

実は、この年の毎日王冠にはもうひとつターニングポイントとなる出来事があったのである。それがターフビジョンの設置。今でこそ、ごく当たり前のようにどこの競馬場でも見かけるこの映像装置は、当時としては画期的な施設で、それまでは向こう正面や4コーナーでの各馬の位置取りなどを知るには双眼鏡を使うか、場内実況に耳を澄ませるほかに方法はなく、実際のレースで盛り上がるのはゴール手前の僅かな時間に限られていた。

Tokyo 

向こう正面。新設されたターフビジョンが、シービーの指定席とも言える最後方から徐々に進出する姿を映し出すと、場内の大観衆はドッと沸いた。向こう正面の出来事で場内が沸くなどということは、それまでならおよそあり得ないことである。

そして直線。逃げるカツラギエースを映すターフビジョンにシービーの姿は映っていない。しかし次の瞬間、画面の左端から黒い塊が真一文字にカツラギエースに迫る姿をターフビジョンが映し出すと、場内大観衆のボルテージは最高潮に達した。逃げるカツラギエース、一完歩ごとに差を詰めるシービー。激しい叩き合いの末、2頭は並んでゴールインしたが、僅かにカツラギエースがアタマだけ残していた。

多くのファンに取って、どちらが勝ったかなど問題ではない。

シービーが繰り出した上がり3ハロンのタイムは生涯最高の33.7秒。ターフビジョンを通して観ていた多くのファンは、おそらくもっと速く感じたことだろう。ミスターシービーというエンターテイメント性に富んだ馬(ソフト)と、ターフビジョンというハードが見事に調和して、「劇場型競馬」の原型がここに完成した。そのメソッドは間もなく始まる日本競馬の急速な発展の礎となる。

帰りの車中や飲み屋などで、みんながみんな「いいレースだった」と納得するようなことなど、それまで考えられなかったという。ミスターシービーの驚異の末脚で語られることが多い1984年の毎日王冠は、実は日本の競馬に“エンターテインメント”という要素が色濃く実装されたレースでもあった。

多くのファンが強烈な印象を受ければそこに物語が生まれ、やがて伝説と呼ばれるようになる。競走馬が活躍できるのは、2歳から長くてもせいぜい7~8歳まで。しかも「名馬」と呼ばれる馬ほど、短い期間に能力を爆発させる傾向にある。それだけに一戦一戦の密度は我々が思っているよりもずっと濃い。ターフビジョンは33年間、それを克明に映し出してきた。今年の毎日王冠も好メンバーが集結。ターフビジョンから目が離せぬような激戦を期待したい。

 

***** 2017/10/07 *****

 

 

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2017年10月 6日 (金)

ムチを片手に

10月2日から4日間の騎乗停止中だった中野省吾騎手が、今日の大井から騎乗を再開した。いきなり上限8鞍の騎乗依頼を集めるあたり、WAJS出場の看板はダテではない。

騎乗停止の発端は先月28日の船橋5Rでのこと。あろうことか、中野騎手が他馬の頭部を鞭で叩いてしまったのである。これが不当行為とみなされた。本人はその馬に噛まれそうになったためと主張したが認められず、当日予定していた一部のレースへの騎乗をキャンセルする事態にまで及んでいる。

鞭は馬を操り、加速させるために使われる。許されないことではあるが、馬を罰するために使われるケースもゼロではない。残念ながら中野騎手の行為はそこに含まれるだろう。制裁は仕方ない。

ゴール後に鞭を入れるシーンも稀に目にする。事情はいろいろあるのだろうが、見ていて気分の良いものではない。そもそも入線後の鞭使用はJRAでも地方でもご法度のはず。なのに今年の名古屋かきつばた記念で3着に入線したミルコ・デムーロ騎手も、ゴール板を過ぎてから鞭を使用。愛知県競馬組合裁決委員から2日間の騎乗停止処分を受けた。

Jockey2 

鞭は騎手の象徴である。

なにせ「鞭一本で」世界中を渡り歩くのが騎手の理想であり、引退に際してはゴーグルでもヘルメットでもなく「鞭を置く」のである。仮に鞭の使用が禁止になったら、「鞭を置く」という表現は死語となるのを待つしかない。

一方で、競馬を批判する多くの人たちにとっても鞭は象徴的存在だ。だから、国や主催者によっては鞭の使用に厳しい制限が定められている。たとえば北欧の一部の国では、鞭を持つ手を手綱から離してはいけない。こうすることで、鞭打ちの動作そのものを大幅に制限している。

とはいえ、多くの国で採用されているのは1回のレースで鞭を入れる回数に制限加える程度であろう。もちろん日本でも裁決委員が鞭の使用回数をカウントし、度を越した騎手は罰せられることになっている。

それでも鞭の乱用に関する問題が無くならないのはなぜか。理由のひとつは、騎手に対するプレッシャーではあるまいか。直線の競り合いでわずかに敗れた馬のオーナーは、なぜもっと鞭を入れなかったと叱責するものだし、その馬が単勝1.1倍の大本命馬なら馬券を買ったファンから何を言われるか分からない。それがビッグレースであればなおさら。レース中の鞭の乱用には、我々ファンも加担している可能性がある。

鞭の使用に反対する声は、実は競馬界内部からも挙がっているので、規制強化はこの先も進むに違いない。一方で罰則適用には寛大さも求められる。大半の騎手は、鞭によって馬に苦痛を与えているわけではない。単に“きっかけ”を与えているに過ぎないからだ。

Orfe 

JRAと地方競馬では、馬への負担が少ない衝撃吸収素材(パッド)付の鞭の使用を今年から義務化した。だが、海外では動物愛護の観点から早くから導入が進み、競馬先進国では日本が最後となっていたという事情は知っておく必要がある。

同時に、肩より上に振り上げての使用や、過度の連打も制裁の対象となったのだが、その一方で「タイムオーバー制度」は残った。制限タイムを超過した馬が出走制限のペナルティを受ける日本独自の制度。タイムオーバーを食らえば馬主の負担が増す。そうならないために、騎手は余力もない馬でも無理して走らせなければならない。結果として馬には負担がかる。それが故障に繋がることも。これが動物愛護の精神か―――。

Jockey3 

かように鞭に関しては議論が尽きないが、少なくとも他人が乗った馬を故意に叩くのはまずかろう。そういう行為のひとつひとつが、鞭廃止論に拍車をかける恐れがある。そういえば騎手の「拍車」を見なくなって久しい。これも動物愛護の観点から7年前に原則禁止されたのだった。「拍車がかかる」という日本語も、いずれ死語になるのだろうか。

 

***** 2017/10/06 *****

 

 

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2017年10月 5日 (木)

きびだんご

先日の「鰻の会」で、岡山からいらした方にこんな手土産をいただいた。

Kibidango 

きびだんごですね。ありがとうございます。

きびだんご自体は食べたことがあるはずなのだけど、岡山名物としての「きびだんご」を食べるのは初めて。失礼ながら岡山を訪れたこともない。

Kibidango1 

むかしキビダンゴという馬がいた。ゴールデンフェザント産駒の芦毛馬で、引退後には東京競馬場で誘導馬にもなったから覚えているという人もいらっしゃると思う。成績も立派でGⅠ高松宮記念にも出走しているほど。個人的には「夏馬」の印象が強い。4つの勝ち星は6月から9月に集中しており、中でも得意としたのは新潟だった。真夏の陽光に輝く白い馬体は鮮烈に印象に残る。

Kibidango3 

鮮烈だったのは毛色だけではない。一度耳にしたら忘れられない馬名も、彼の印象をより強くした。最初こそ「おかしな名前だな」と思わせたが、活躍と共に耳に馴染んでくるから不思議なもの。その輝く白い馬体は、たしかにこのツヤツヤのきびだんごを彷彿とさせる。ファンに愛されて、最終的に誘導馬になることができた背景には、馬名による貢献も少なからずあったに違いない。

キビダンゴと言えば、かつて作家の舟橋聖一さんが自らの所有馬に「モモタロウ」と名付けたことがある。オールドファンならご存知、1953年の中山大障害・秋を大差で制した名障害馬。その中山大障害には「オニタイジ」という馬が出走したこともある。「イヌサルキジ」の登場はまだか。

昔話の「桃太郎」が、現在のように誰もが知るメジャーなお話になったのは、実は明治以降のことらしい。政府が進める富国強兵政策の中で、桃太郎は強くて正義感に溢れた国民の理想像とされのである。さらに犬と猿という仲の悪い動物を束ねる指揮官として、学校の教科書にも描かれるようになった。ゆえに戦後しばらくは絵本の題材としても敬遠され、一転して世の中から姿を消した時期もあったそうだ。桃太郎も時代に翻弄されてきたのである。

Dango 

そんなことを考えながら食べるきびだんごは、たいそう複雑な味わいがするもの。モチモチしていながら、口に入れるとするっと溶けてゆくような、どことなくはかない味わいがする。ともかく食べてしまったからには、例の岡山の方が鬼退治に出向く際には、勇んでお供をせねばなるまい。

 

***** 2017/10/05 *****

 

 

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2017年10月 4日 (水)

うどんの配合論

オークス馬としては異例の毎日王冠で秋緒戦を迎えるソウルスターリングは、当歳の頃から「16冠ベビー」と呼ばれて注目を集めていた。父がGⅠ10勝の名馬フランケル。母・スタセリタもGⅠを6勝もした名牝。両親の獲得したGⅠタイトルは合計16個にも及ぶ。

Soul 

一流の競走成績と血統の繁殖牝馬に、一流の競走成績と血統の種牡馬を配合する―――。

これこそが配合論の基本であり、名馬誕生の近道であることは間違いない。ただ、それにも「確率的に言えば」というエクスキューズが付く。

実際にこのやり方で次々と名馬が生まれてきたかと言えば、実はそうではない。配合の成否は神のみぞ知る。「1+1=2」という式が決して成り立たないのが、この世界の常であり、それが先人たちの悩みの種であった。

この手のジレンマは競馬の世界だけに留まらない。あらためてそう思わせるのは、他でもないうどんの話である。

Kanda 

昨日は「武蔵野×讃岐」の話を書いた。続いては「博多×小倉」である。JR神田駅近くの狭い路地に暖簾を掲げる『神田肉うどん』は、先日小倉で食べまくった小倉肉うどんが味わえる貴重な一軒。トロトロに煮込まれたスジ肉は本場と変わらぬ美味しさだが、麺は小倉よりは博多の柔らかさに近い。箸で持ち上げるとプツりと切れた。だがその柔らかい博多系の麺が、甘い脂がたっぷり乗った小倉系のダシをたっぷり吸い込むことで、旨さが増していることは間違いない。不思議とくどさを感じないのは、やはり大量の生姜の為せる業であろう。

Niku 

店を出て中央通りを三越方面に5分ほど歩く。「コレド室町」の地下に店を構える『釜たけ流うどん一寸一杯』は、関西うどん界の雄・木田武史氏が手がける「釜たけ流」の一軒。もともとは単なるうどん好きのサラリーマンだった木田氏だが、好きが高じて自らうどん屋を開業。ひたすら美味いうどんを追い求めてたどり着いた先は、讃岐うどんと関西うどんが融合した「関西讃岐うどん」という新たなジャンルだった。

Kamatake 

ひと口食べれば、その独特の食感の虜になる。とにかくふんわり柔らかい。それでいて、箸で持ち上げても切れたりはせず、むにょ~んと伸びてくる。これこそ本物のコシであろう。口当たりはとことん優しく、喉越しは痛快至極。この食感はもはや官能的でさえある。

Udon 

配合論の世界では相性の良い配合パターンを「ニックス」と呼ぶ。最近ではキズナやエイシンヒカリで成功した「ストームキャット×ディープインパクト」がニックスの好例。毎日王冠に出走するサトノアラジンやリアルスティールも同じニックスで生まれた。果たして「讃岐×関西」という“うどんニックス”は成立するのか。それが証明されるのは、木田氏に続く挑戦を待たねばなるまいが、私はこの一杯だけでもニックスを叫びたい。

 

***** 2017/10/04 *****

 

 

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2017年10月 3日 (火)

武蔵野と讃岐の狭間で

JRAは開催替わり。東京競馬場は3か月ぶりの競馬開催を待っている。

Mansion 

3か月は短いようで長い。たとえば西門の外、居酒屋が並んでいた界隈にはマンションが建設中であるし、フジビュースタンド3階で営業していたコンビニ「サークルKサンクス」は先月ついに閉店してしまった。跡地には10月21日から「セブンイレブン」がオープンする予定だが、開幕から5日間はコンビニ不在となる。訪れる方は注意されたい。

Lesign 

府中駅前に新たな商業施設「ル・シーニュ」がオープンしたのはこの7月のこと。その3階に暖簾を掲げる『一進』は、武蔵野うどんと讃岐うどんのイイトコ取りを謳う一軒だという。果たしてどんなうどんを出すのか。さっそく行ってみた。

Mise 

メニューには肉汁もあれば“ぶっかけ”もある。これこそ武蔵野と讃岐の融合の為せる業なのかもしれないが、いかんせんどっちを選ぶべきなのかが分からない。武蔵野なら肉汁だろうが、讃岐ならぶっかけだよなぁ……うーむ。

―――なんて考えても結論は出そうにないので、とりあえずざるうどんと鶏天にした。これがいちばん分かりやすい。

麺は自家製。それを注文を受けてから茹でるらしい。望むところである。10分ほど待って運ばれてきた麺は思いのほか白く、ツヤツヤと輝いており、武蔵野にしては細い。これは讃岐かもしれない。

Udon1 

箸で持ち上げてすぐに分かった。太さは讃岐だが、固さは武蔵野である。見た目と違い、喉越しを楽しむというよりは、わしわしと麺を噛み、小麦の風味を楽しむタイプ。ならば、肉や野菜といった具を一緒に食べる肉汁うどんであろう。ぶっかけにしたところで、この麺を一気に啜って飲み込む自信が私にはない。

Udon2 

言うまでもないが、麺の固さとコシの有無はまったく別物。ふわっと柔らかいのにコシもある麺があれば、ガチガチに固い上にコシのない麺もある。どれをヨシとするかはその人次第だし、食べ方にもよる。だから食べて判断するしかない。秋の府中開催は2か月間。次は肉汁にしよう。ちなみに、「ル・シーニュ」の1階には『丸亀製麺』も入っている。うどん専門店が2軒というのは、なんとも強気なセッティング。うどん食いには有難い。

 

***** 2017/10/03 *****

 

 

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2017年10月 2日 (月)

牝馬の世紀

3歳牝馬とは思えぬ馬体を見て「こりゃ敵わん」と覚悟し、3歳牝馬とは思えぬレースぶりで馬群から抜け出したその脚を見て「こりゃダメだ」と観念した。最後は流す余裕を見せての2馬身半。エネイブルという馬のなんと強いことか。歴史的牝馬の前評判はダテではなかった。

ともあれ、この10年間で凱旋門賞を牝馬が勝つのは7度目のこと。21世紀に入ってから競馬界は世界規模で牝馬の時代が続いている。アメリカではレイチェルアレグザンドラ、ゼニヤッタ、ハヴルデグレイスと3年続けて牝馬が年度代表馬に輝き、オーストラリアの女傑・ブラックキャヴィアはGⅠ15勝を含む25戦全勝の戦績を残した。さらにそのオーストラリアではウインクスという牝馬が21連勝中(うちGⅠ14勝)。コックスプレート3連覇の記録に挑むという。我が国における最高峰ジャパンカップでも、過去10年のうち5回で牝馬が優勝。2009年のブエナビスタ1位入線(2着降着)まで含めれば、6度にわたり牝馬が先頭ゴールを果たしている。

Vodka 

なぜ、牝馬たちは突然強くなったのか?

いや、実際のところ、急に牝馬ばかりが強くなったりするはずがない。もともと牝馬は牡馬に比べて強い面を持っていた。人間でもそうだが、本質的には男よりも女の方が体質が強いのである。「いざと言う時、男はオロオロするばかり」と揶揄されるように、環境の変化にも動じることも少ない。それで、かつてはシーキングザパール、トゥザヴィクトリー、シーザリオ、ダンスインザムードといった面々が、そして近年にはウオッカ、レッドディザイア、ブエナビスタ、そしてジェンティルドンナらが、海外で牡馬以上の活躍を残してきた。

Jentil 

加えてクラブ所属馬全盛という時代背景が、牡馬よりも安価に出資できる牝馬の人気を押し上げ、「最強牝馬」では飽きたらず「最強馬」を目指す流れを後押ししている。むろんエリザベス女王杯の古馬開放やヴィクトリアマイルの新設で、牝馬限定GⅠの価値が薄れたことも無関係ではなかろう。ともかく、牝馬が突然強くなったのではない。強い牝馬が牡馬に勝負を挑むようになっただけだ。

今週の毎日王冠にソウルスターリングが出走する。しかも出るだけでなく、人気を集めそうな勢いだという。そこに近年の潮流を感じる。

Dober 

前世紀には、メジロドーベルが3歳秋緒戦にオールカマーを選んで勝ったことがあったが、GⅠ馬どころか重賞ウイナーさえもロクにいないようなメンバー相手の楽な逃げ切りだった。しかし、今年の毎日王冠でソウルスターリングを待ち受けるのは、サトノアラジン、マカヒキ、リアルスティールといったバリバリの牡馬GⅠ馬たち。メジロドーベルのオールカマーとは相手が違う。そこを勝てば史上初の3歳牝馬による天皇賞制覇も現実味を帯びてこよう。“日本版エネイブル”の誕生なるか。

先日のオールカマーはルージュバックが制した。京都大賞典にも武豊騎手のスマートレイアーをはじめ3頭の牝馬が出走を予定。仮に毎日王冠と京都大賞典を牝馬が勝てば、天皇賞・秋の前哨戦をすべて牝馬が勝つことになる。本番の結果はともかく、それだけでじゅうぶん歴史的な出来事に違いない。21世紀は牝馬の世紀かもしれない。

 

***** 2017/10/02 *****

 

 

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2017年10月 1日 (日)

「馬加」と書いて

海の向こうでは凱旋門賞、船橋でもスプリンターズSが行われているというのに、競馬とは縁もゆかりもない房総からの帰途、例によって渋滞で一向に進まぬ高速道路に嫌気が差し、イオンモール幕張新都心店に立ち寄ってうどんを食べている。

Chikusei 

『竹清』は讃岐におけるセルフうどん店の先駆け的存在。その味がココ幕張で手軽に味わえる。フードコートだからと見下すのは禁物。「香川特雀」を使い、店内で打った麺は風味豊かでしかも強靭なコシ。名物の半熟玉子天も美味い。

Udon 

スプリンターズSはラジオで聞いた。凱旋門賞までには家に着くだろから、TVで観戦できるはず。サトノダイヤモンドとサトノノブレス、どちらも頑張ってほしい。前哨戦は負けでよかった。そのぶんマークも薄くなる。

日本人オーナーによる日本調教馬の凱旋門賞2頭出しは初めてのことではあるまいか。

2012年に出走したオルフェーヴルとアヴェンティーノは事実上同一オーナーの持ち馬だが、残念ながら勝負服が異なる。だが今回はまったく同じ。帽色の心配をしているのは私だけか。宝塚記念を勝ったサトノクラウンが自重したことも忘れてはならない。つくづく里見氏は凄い。

「里見」で思い出した。今日私が訪れたのは「南総里見八犬伝」ゆかりの土地である。10年ほど前にTBSのスペシャルドラマで放送されたから知っている人もいるかもしれない。その物語の中に「馬加大記」という人物が登場する。ドラマの中で佐野史郎さんが演じたちょっと悪い役柄だが、この「馬加」の読みを長いこと私は「マクワ」だと勘違いしていた。しかし正しくは「マクワリ」だそうだ。それを教えてくれたのは昔の地名である。

今では千葉市や習志野市に編入されてしまっているが、かつて下総の国に「千葉郡馬加村」という地域があったらしい。室町時代に活躍した武将・千葉康胤が、その地を領して「マクワリ」と称して馬を集め、牧場を開いたとされる。マクワリという地名の由来は「マキハリ(牧張)」であり、さらに歳月を経て「マクハリ」に変化した。そう、今では誰もが知る幕張。いま私がうどんを啜っている、この地のことだ。

佐倉牧や小金牧に代表されるように、下総の国は古くから馬産地であった。千葉康胤は各地から良馬を集め、この地に馬市を立てたという。それを現代の「千葉サラブレッドセール」のルーツとするのはさすがに無理があるが、土地に根付いた志は受け継がれていると思いたい。現代の幕張は馬ではなく自動車の市でその名を馳せている。

 

***** 2017/10/01 *****

 

 

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