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2017年8月21日 (月)

セリ

セリ始まってます。

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売れてますが、メスはイマイチ。オトコ馬も、価格帯は思ったほど高くないかもしれません。期待が高過ぎたかのかなぁ。

ポーカーアリスの2016の上場まで2時間もありますわ。その前に昼メシですね。

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朝メシ

北海道のコンビニおにぎりといえば、セイコーマートの「山わさび」。これさえあれば、ご飯が何倍でもイケます。

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ウマい!

腹ごしらえを済ませて、これから静内に向かいます。

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2017年8月20日 (日)

【種牡馬の夏】ドリームジャーニー

ドリームジャーニーです。

昨年、種付け数が7頭にまで激減したのは、シーズン序盤の骨折のせい。ケガの癒えた今年はさぞかし増えただろうと思いきや、それほど増えていませんでした。

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全弟・オルフェーヴルの初年度産駒がデビューの年を迎え、種付け数が一服したせいで、オルフェからのおこぼれがなくなったことも影響しているのでしょうか。

しかし、それでも社台が手放さないのは、それなりの理由があるからでしょう。

「人間がいなくても生き延びることができるのはドリームジャーニーだけ」

スタリオンのスタッフがそう言い切るところにヒントが隠されているかもしれません。

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【種牡馬の夏】キズナ

それではここで問題です。

この馬はいったい誰でしょうか?

Kizuna 

正解は「後頭部が痒くて掻いているキズナ」でした(笑)

騎手が手綱を通じて能力を感じとるように、スタリオンスタッフは引き手を通じてキズナのただならぬ能力を感じるそうです。サンデーサイレンスわ筆頭に数多の名種牡馬を引いてきた人の言葉だけに重みがあります。

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【種牡馬の夏】オルフェーヴル

ロードカナロア産駒が6頭の勝ち上がりを出しているのに対し、昨日までオルフェーヴルは2頭。現時点では、同期にちょっと差をつけられています。

それで、「もうちょっと頑張ってくれよ」と声をかけると、

Orfe 

なんと、あかんべ!

この人間を食った態度こそが、オルフェーヴルのオルフェーヴルたる所以。しかも、今日の小倉と新潟の新馬戦を連勝するんですから、ホント人を食ってます(笑)

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【種牡馬の夏】ノヴェリスト

早来は気温20度。時おり霧雨の舞う涼しい午後を迎えました。

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写真はノヴェリスト。お腹のデキモノを切除する手術を行ったばかりだそうです。そのため、馬房には寝藁の代わりに細かく千切った新聞紙が敷き詰められています。新聞のインクには殺菌効果があるためですが、これだけの量を刻むのはたいへんそうですね。

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2017年8月19日 (土)

あれから10年

コトの始まりは10年前の札幌記念を控えた水曜日の午後。JRAが馬インフルエンザ感染の疑いのある競走馬4頭を確認したという発表だった。しかし、なぜか切迫感を感じた覚えはない。4頭程度ならどうということはないとでも思ったのだろうか。

さらに木曜になって20頭の感染馬が出た。JRAは会見を開き、これ以上の感染拡大を防止するため、競走馬の移動を禁止する措置が取るという。一方で週末の競馬は予定通り開催するとも明言。それを聞いて安心した私は、札幌への航空券とホテルの手配を済ませた。実はこの札幌記念の撮影依頼を受けていたのである。久しぶりの札幌での仕事にテンションは上がる。道内に住む知人と札幌競馬場で会うことも約束した。準備は万端である。

翌金曜の朝、その知人からの電話で「競馬は中止だそうですよ」と告げられた私は、最初はその言葉を本気にはしなかった。

「はっはっは。確かに昨日は中止もやむなしという空気が漂ったけど、夕方にはJRAが会見して『開催』を明言したんですよ。確定出走馬が発表になっているのが何よりの証拠です。大丈夫。ちゃんと札幌に行きますよ」と。

JRAは巨大組織である。一度発表した内容をひと晩で覆すような、そんな低レベルな組織であるはずがない―――。そんな思い込みがあったのは事実。反省せねばなるまい。実際、その数時間後には知人の言葉が正しいことを思い知らされることになる。

そもそも木曜午後の出走馬の発表後程度なら中止にするのは簡単だ。むしろ出走枠順を発表し、夕刊紙や競馬専門紙が印刷を始めてしまう金曜の昼近くを過ぎてからの方が面倒くさい。

金曜の枠順発表前、JRAは札幌記念を含む土日の全開催を中止すると発表した。

「開催」の方針が一転した事実については失態の誹りを免れまいが、発覚が週末だったことが混乱に拍車を掛けたことは同情の余地がある。トレセンや各競馬場で「クロ」と診断された馬も、ただちに隔離などの措置はとられておらず、健常馬と同じ厩舎内で過ごしていた。今後、飛躍的に感染馬の数が増えることは間違いない。実際、その後は大井や金沢も開催中止に追い込まれている。

それにしても、自分がわざわざ飛行機に乗って札幌記念に行くというタイミングで、「歴史的」とも言うべき災厄が競馬界を襲うことになるとは夢にも思わなかった。今さらキャンセルするのも癪なので、そのまま競馬の無い北海道に飛んだら、ディープインパクトを撮影する仕事が転がり込んでくるのだから、まあ馬インフルエンザも捨てたものではない。

Deep 

当時、ディープインパクトは種牡馬1年生。もちろん期待は高かったが、その一方で不安を囁く人もいた。今の活躍ぶりを見れば笑い話であろう。最近では馬インフルエンザ騒動を知らぬという競馬ファンも多い。10年の歳月を実感しつつ、明日札幌入りする。しばらく細かい更新が続くと思われますが、ご了承ください。

 

***** 2017/08/19 *****

 

 

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2017年8月18日 (金)

酒場のルール

大衆酒場の人気が再燃しているらしい。「安いけど、狭くて汚い」と揶揄されたのはひと昔前の話。昨今の大衆酒場には、「通好みの洗練された空間」というイメージを抱く若い人が増えているそうだ。

BSの人気番組「吉田類の酒場放浪記」の影響も無視できまい。ただの酔っぱらいのようでありながら、いつの間にか店の空気に馴染み、まるで温泉にでも浸かっているかのようにゆったり構える吉田さんの佇まいが、大衆酒場のイメージを変えるのに一役買っている。

だが、思わぬブームに困っている店もあるらしい。こうした大衆酒場には暗黙のルールがある。狭い店なら相席は当然。それでも席が足りなければ、お互いに詰め合う配慮も必要だ。ゆえに大声での会話も禁物。とにかく客同士で助け合うのがマナー。そのためには隣の見知らぬ客から話しかけられたら、笑顔で応じなければならない。

ところが、俄に盛り上がりつつある大衆酒場ブームのおかげで、そういうルールを知らずにやって来る客が増えているのだという。店の外に空席待ちの行列ができていることなどお構い無し。飲み物のおかわりの注文もせずに、ひたすらスマホをいじりながら長っ尻する一見客も珍しくないそうだ。本人にとっては街中のコーヒーショップと同じような感覚なのかも知れないが、さすがにこれはタチが悪い。

ある程度混んできたなと思ったは、勘定を済ませてサッと席を立つ。それが常連の飲み方。ブームに乗るのは構わないが、どうせなら本質を楽しもう。そのためには、まず常連客の所作を真似てみるといい。

Kanban 

人形町・甘酒横丁に暖簾を掲げて半世紀近く。『笹新』は地元の酒屋さんが営む大衆酒場。いつも地元の常連客で賑わっていて、なかなか訪れる機会に恵まれないのだが、昨日はたまたま席が空いていた。むろん予約など受け付けていない。行ってダメなら、待つか、他の店を当たるのである。テーブル席の角に座らせてもらってビールを注文。壁に並ぶ短冊メニューを眺めるだけで、テンションがあがる。

Menu 

そのときガラリと引き戸が開いた。どうやら初めての客らしい。

すでに腰が引けてるその姿勢を見れば、一見さんとすぐ分かる。引き戸を開けてはみたものの、暖簾から顔だけ突っ込んで、いかにも不安げに店内を見回してしまうのである。居合わせた客も、ぐるりと振り返って見合せる。中には目が合う場合もある。一瞬のこととはいえ、気まずい空気が流れる。

いつまでも戸惑っていられては、先客も気になって仕方ない。かといって踵を返されても、これまた客でも後味が悪いもの。こういう時は早く店員さんに「一人」と伝えて、指定された席にサッと座ってしまおう。その際、隣のお客さんに「すみません」のひとことを添えればなおよし。かといって卑屈になる必要はない。悠然と瓶ビールを注文し、はぐれた気分を染々味わいくらいの度量がなければ、吉田類さんの境地には近づけまい。

昔は東京競馬場から府中駅に向かう道すがら、数多の大衆酒場が競うように暖簾をかかげていた。だが、今ではそんな店も数えるほどしかない。そういえば先月、府中本町を訪れたら競馬場西門外の酒場の一部も取り壊されていて目を疑った。昭和男のノスタルジーをかきたてるような大衆酒場は、ますます貴重な存在になりつつある。

 

***** 2017/08/18 *****

 

 

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2017年8月17日 (木)

変えられぬ線引き

ギャンブル20歳以上維持———。

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14日付の読売新聞は、政府が競馬や競輪などの公営ギャンブルの禁止年齢について、現行の20歳未満に据え置く方針を固めたと伝えている。成人年齢が20歳から18歳に引き下げられる民法改正を踏まえての対応だ。

競馬法第28条は「未成年者は、勝馬投票券を購入し、又は譲り受けてはならない」と定めている。未成年者の年齢が引き下げられれば、それに伴って18歳でも馬券が買えるようになってしまう。そこでわざわざ法改正をしてまで「未成年者」のくだりを「20歳未満の者」に書き換える方針だという。

20歳未満の飲酒は未成年者飲酒禁止法で、また喫煙は未成年者喫煙防止法でそれぞれ禁止されている。一方、児童福祉法などは18歳未満を保護の対象としているし、道交法は自動車普通免許の取得可能年齢を18歳以上と定めている。婚姻年齢に関しては、男性が18歳以上であるのに、女性は16歳以上というのもおかしな話だ。そして、パチンコ店への入店は、風営法により18歳から認められているのに、ご存知の通り馬券は20歳になるまで買うことが出来ない。

パチンコは18歳でもOKなのに馬券はダメ———。こんな不可解な現状は、「大人の線引き」が様々な法律によってバラバラであることの裏返しでもある。今回はそれを解消する大きなチャンスに思えたが、政府内の問題意識は薄いのであろう。

2005年の競馬法改正で、馬券購入が制限される対象者から「学生・生徒」が除外された。だが、検討段階ではもう一歩踏み込んで「未成年」を「19歳未満」に緩和する案も浮上していたと聞く。しかし、そこで障壁となったのが、民法が定める「未成年者の法律行為」。法律上は親権者が馬券購入契約を取り消すことが可能となっていることから、「未成年」のままで落ち着いた。そういう意味では、民法改正に伴って馬券購入可能年齢を18歳としたところで問題はなさそうなものだが、今回そこが議論された形跡はない。

表向きの理由は「社会的に未熟な若者をギャンブル依存症から守るため」だそうだ。

仮にも選挙権を与えられ、社会を支える一員として国の将来を真剣に考えている有権者ではないか。親元を離れて独立し、自活している人も大勢いるはず。そんな彼らを「未熟」呼ばわりするくらいなら、成年年齢の引き下げなど、ハナからやめた方が良い。こんなザマでは「大人の線引き」がきれいに揃うことは今後もなかろう。むしろ不揃い感を増しそうな気配さえ漂ってきた。

ギャンブルに関わる規制緩和は選挙での女性票を減らし、内閣支持率も下げる。昔から決まりきったこと。ひょっとしたら選挙が近いのかもしれない。選挙がなくても、これから先は政治的にも重要な局面を迎える。どのみち政治の都合であることに変わりはない。ギャンブルごときに足を引っ張られたくないというのが、彼らの本音であろう。

 

***** 2017/08/17 *****

 

 

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2017年8月16日 (水)

サッポロ・クラシック

北海道からサッポロ・クラシックが届いた。ありがとうございます。

Classic 

道内にお住まいの方は意外に思うかもしれないけど、内地に住むビール好きはサッポロ・クラシックを見るとテンションが上がる。「北海道限定」のスタイルを貫き続けて30余年。今でこそ地域限定発売のビールは珍しくはないが、これほど長くその立場を維持しつづける存在は他にあるまい。この味が、この喉越しが、北の大地の雄大な自然や味覚を想起させるのである。

私の脳裏によみがえるのは、今はなき競馬場の光景だ。

北海道旭川市郊外の高台にある旭川競馬場を、私が初めて訪れたのは今から四半世紀も前のこと。平地ではなく、ばんえい開催日であった。競馬場に到着するや、競馬専門紙よりも先に売店でよく冷えたサッポロ・クラシックのロング缶を買い求め、あまりの美味さに4~5缶を立て続けに飲み干した記憶がある。

洋の東西を問わず、競馬場の飲み物の代表格といえばビールに違いあるまい。ディック・フランシスの競馬ミステリシリーズを読めば、必ず競馬場内のパブでビールを一杯やるシーンがあるだろうし、ドイツの競馬場に行けば場内の屋台で売られているソーセージと巨大なジョッキに注がれた生ビールがあなたを待っている。私は競馬場で酒を飲む機会があまりないだけに、あの日の旭川競馬場は特別だった。

Goal 

ところがその数年後に旭川を訪れると、あの売店が見当たらない。生ビールを出している店はあったが、残念ながらサッポロ・クラシックとは別の幟を掲げている。ひょっとしたら、あれは期間限定のイベントショップだったのか。あるいは、再訪問したのが9月下旬のナイター開催で、あまりの寒さに冷えたビールを買う客などいないと考えたのかもしれない。

サッポロ・クラシックを飲むこと自体はそう難しいことではなかろう。都内でも買おうと思えば買うことができる。だが私は、旭川競馬場のスタンドに座り、向こう正面の遥か彼方に聳える十勝岳連峰に沈む夕陽を眺めながらサッポロ・クラシックを飲みたかった。その要素のどれかひとつが欠けても、私の思いは完結しない。旭川競馬場が廃止となった今となっては、記憶の中であの日の体験を追うことしかできない。

Hokke

そんなことを考えながら、冷蔵庫で冷やしたサッポロ・クラシックを飲んでいる。ホッケを焼いて北海道感を演出してみた。さあ、今週末は札幌記念だ。

 

***** 2017/08/16 *****

 

 

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2017年8月15日 (火)

真夏のけんちんうどん

今日のお昼は大手町『鞍手茶屋』でけんちんうどん。ゴロッと大ぶりにカットされた大根、ニンジン、ジャガイモ、ゴボウ、豆腐といった具たちの下には、純白のうどんが熱々のけんちん汁に浸っている。七味をたっぷり振りかけて、ふーふー言いながら食べるのがだいご味。ふぅ、温まりますなぁ。

Kenchin 

―――って、今日は真夏も真夏。お盆のど真ん中ですよ! それなのに、昼メシにこんなメニューを選ぶことになろうとは思いもよらなかった。

とにかく東京は今日も雨が降っている。昨日に続いて今日も最高気温は26度に届かなかった。大井競馬場では「タイフード&かき氷フェス」が絶賛開催中だが、さすがにこの涼しさは想定外だったか。「温かいカキ氷はできないの?」と店員に冗談を言う客もいたらしい。

想定外の涼しさにカキ氷屋さんは頭を抱えているかもしれないが、少なくとも馬たちは喜んでいるに違いない。なにせサラブレッドは暑さが苦手。人間と同じく、熱中症で倒れる馬もいる。直射日光を遮るものもない真夏のパドックを、ひたすら歩き続けなければならない馬には、さすがの私も同情の念を禁じ得ない。

ところで競馬界には長らく「夏は牝馬を狙え」という格言があった。

たとえば、2006年に始まったサマースプリントシリーズでは、2011年までの6年間ですべて牝馬がチャンピオンに輝いてきた。その6年間で行われたシリーズのべ30戦の成績は、牝馬24勝に対し、牡馬はわずかに6勝。「夏の牝馬」の活躍を見事なまでに具現してきたのである。

Kanoya 

なぜ牝馬が夏に強いのか。よく言われるのが「子どもを産むから」というもの。馬に限らず男より女の方が環境の変化に対する順応力は高い。ほかにも「馬体の大きい方が、熱を放出しにくいから」という説がある。一般的に牝馬の方が牡馬より小さい。太っている方が夏バテしやすいから、体の小さな牝馬が有利になるというもの。私自身夏バテが激しいから、これにはなんとなく説得力を感じる。

ところが今年の夏は事情が異なる。7月以降に行われたJRAの牡牝混合重賞は、先週の関屋記念までで11鞍を数えるが、牝馬による優勝はいまだゼロ。メラグラーナやフィドゥーシアのように1番人気に支持されながら敗れた牝馬もいる。ただ、これをして「今年の夏が涼しいから」と軽々しく結論付けるわけにはいくまい。それは分かっている。分かっているのだが、あまりの涼しさにつられて、けんちんうどんを啜っていると、ついそんなことを考えたくなる。

実際には低温傾向なのは東日本だけで、西日本は普通に暑いらしい。その暑い小倉で今週行われるのは北九州記念。現時点で4頭の牝馬が出走を予定しており、中でもダイアナヘイローは人気を集めそうだ。果たしてこの夏最初の牝馬重賞ウイナーとなるだろうか。なにせ21世紀に入ってから、牝馬が夏(7~8月)の重賞をひとつも勝てなかったことは、一度としてない。さあ、8月も残り2週。「夏の牝馬」の格言は正念場を迎えた。

 

***** 2017/08/15 *****

 

 

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2017年8月14日 (月)

難しい馬

大井競馬場は開催の5日目。8レースが始まる頃になって俄に雨が降り出した。お盆とあって場内は混んでいる。今日は愛馬の応援のためだけにやって来たので、カメラは持ち合わせていません。

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9レースのパドック周回が始まっても雨は降り続いている。目当てのポップレーベルは馬体重プラス13キロ。多少太くも見えるが許容範囲内か。むしろ初装着のブリンカーの違和感の方が大きい。一方で岡部誠騎手のピンクの勝負服はやはり新鮮に映る。

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今日は同じサンデーレーシングの会員さんが応援に駆け付けてくれた。ソロルで小倉サマージャンプを勝ったばかり。その勝ち運をお分けいただければありがたい。レース発走直前の驟雨は、勝った2走前と同じ。ゲンもバッチリだ。

……と思ったのもつかの間、ポップレーベルが馬場入り後にとんでもない返し馬を始めたではないか。

豪快に口を割り、頸を上げてイヤイヤしながらの全力疾走。岡部騎手は立ち上がらんばかりの姿勢で馬を制御しようとしているが、馬は走るのをやめようとしない。「うぉりゃーっ!」という馬の雄叫びが聞こえた気さえする。ようやくスピードが落ちてきたのは、向こう正面の中ほどあたりだ。

やれやれ。あれじゃあレース前に体力を消耗しちゃっただろうなぁ……。

苦笑いしながら、同行の会員さんの出資馬の話に花を咲かせていると、目の前のコースを一頭の馬が猛然と駆け抜けていった。その勝負服はまごうことなき岡部騎手のピンク色である。そう、ポップレーベルは止まっていなかった。あろうことか返し馬は2周目に突入。しかも1周目より速度が増している。こうなると心配の種は疲労云々ではない。発走時刻までに止まってくれることを願うのみだ。

だから、本番のレースで最下位に敗れたことは想定の範囲内。過度に落ち込むのはやめておこう。それでも、4コーナーで走るのを完全にやめたように見えた時は、さすがに故障を疑った。なにせ上がり46秒1である。念のため断っておくけど、上がり「4ハロン」のタイムではないですよ。しんがり負けを喫するのも、デビュー32戦目にして初めてのことだ。

「この馬は難しい」

レース後、岡部騎手はそう漏らしたらしい。私は同じセリフを前走で負けた直後に、赤岡騎手の口からも聞かされている。名古屋や高知の名手を以てしても乗りこなすことができない。吉原でも、森泰斗でも、戸崎でも、ルメールでさえもダメだった。いったい、いつからそんな難しい馬になってしまったのか。

こうなったらいよいよ的場さんにお願いするしかないのかなぁ―――。

そんなことを思っていたら、なんと調教師から「御神本」の名前が出た。まさかの人選である。次開催から復帰との噂は聞いていたけど、ホントなのかしらん。万一落馬させちゃったりしたら大変。期待より心配の方が大きい。

 

***** 2017/08/14 *****

 

 

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2017年8月13日 (日)

札幌のち新潟、時々大井

南関東には盆も正月もない。今日も今日とて大井は絶賛開催中。

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このマークカードも日曜開催ではずいぶんお馴染みになりましたな。

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ただし、今日のJRAはダブル重賞である。エルムSと関屋記念。どちらも見ておきたい。むろん馬券も買う。ただ、大井は大井でレースを撮る必要がある。こうしたミッションを律儀にこなそうとすると、なかなか忙しいのである。

まずエルムSの馬券を仕入れて

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15時25分発走のエルムSをモニタで観戦。

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馬券はハズレたが、スタートから1670m地点あたりまでたっぷり楽しんで、15時40分発走の大井2レースを撮る。

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勝ったのはエイコオレクレール。しかし2着馬や着差を確認している暇はない。小走りでスタンドに戻ると関屋記念が発走するところ。ちなみに私の馬券はこちらが勝負である。

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―――が、マルターズアポジーの快速ぶりに声も出ず。打ちひしがれて床にうずくまっていると、大井3レースのファンファーレが聞こえてきた。

3レースは1200mの新馬戦。3コーナーでは離れた最後方に置かれていたはずのトーセンエターナルが、直線大外から豪快に追い込むと、2着馬に6馬身の差を付けて圧勝した。

3r 

スタンドに戻って、関屋記念の負けを取り戻すべく新潟最終レースに対峙。ここは1番人気でも③グラミスキャッスルで仕方あるまい。デムーロさんお願いします。

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16時30分、新潟最終レースのファンファーレが鳴った。

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―――が、⑯号馬が枠内でしゃがんでしまっている。スターターも台を降りた。これは時間がかかりそう。そうこうするうち、こっち(大井)の4レースが発走時刻を迎えてしまった。後ろ髪を引かれる思いで、スタンドを出てゴール前に。

4レースも1200mの新馬戦。人気はプリサイスエンド産駒のトーシンコンタント。3代母はあのロジータである。

4r 

しかし勝ったのはオキノクィーン。スタートでハナを奪うと、そのまま後続に大差をつけて逃げ切ってしまった。祖母は1998年の東京3歳優駿牝馬の覇者・テーケーレディー。ティーケーレディーはロジータの妹だから、オキノクィーンとトーシンコンタクトと近親ということになる。そのトーシンコンタクトは3着。

スタンドに戻って、何も確認せぬままダメもとで新潟最終レースの馬券を払戻機に突っ込んでみると、思いがけず「的中」の動作をするではないか!

やった! ひょっとしたら②-③で決まったのか? だとすれば70倍は下らないぞ!

ドキドキしながら現金が出てくるのを待つと、100円玉が1枚だけコロンと出てきた。

ああ、結局⑯号馬は取り消しになっちゃったのね。デムーロさんが惨敗だったから、結果的にはラッキーだったと思うことにしよう。

 

***** 2017/08/13 *****

 

 

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2017年8月12日 (土)

善哉さんの関屋記念

近所のコンビニで夜食を物色していたら、こんな光景が飛び込んできた。

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ぜんや―――。

競馬関係者にとって見過ごすことのできぬ三文字に違いない。日本国内のみならず、今や世界に冠たる社台グループの創設者にして、吉田照哉、勝己、晴哉、3兄弟の父、吉田善哉。その人物を連想せずにいられないはずだ。もちろん私もその一人なので、この陳列棚を目にした以上、無視して通り過ぎることはできぬ。

明日8月13日は吉田善哉さんの命日である。

正確には今から24年前の1993年8月13日。となれば、最後に見届けたであろう重賞レースは8月9日に行われた関屋記念に違いない。勝ったのはマイスタージンガー。社台ファーム産のスリルショー産駒で、蛯名正義騎手を背に1分33秒7で逃げ切ってみせた。その2年前はニフティーニース。そのまた2年前はミスターブランディ。当時の関屋記念は吉田善哉さんのお得意様だった印象が強い。

奇しくも明日は新潟で関屋記念が行われる。出走馬に社台グループの生産馬はたくさん名を連ねているが、敢えて一頭に絞るならダノンリバティであろう。4代母のスカーレットインク(1971年生まれ)は、善哉さんが喉から手が出るほど欲しがった牝系の一頭。ノーザンテースト、そしてサンデーサイレンス。スカーレットインクから始まるボトムラインには、善哉さんの執念が凝縮している。

この一頭の牝馬から誕生した名馬の数はダイワメジャー、ダイワスカーレット、ヴァーミリアンといったGⅠ馬を手始めに十指に余る。米国血統らしく、なによりダートに強い。

同じ一族のダノンリバティも例に漏れずダートをこなすが、芝も苦にしないのが特徴。新潟は芝ダート合わせて(2,3,0,0)の鬼である。思い返せば、昨年の関屋記念2着馬。もうあと一歩、例えば善哉さんの一押しがあれば、勝ち負けに持ち込めるのではないか―――。

そんなことを考えながら、カップ麺「ぜんや」にお湯を注いで3分経つのを待った。

Zenya2 

なんでも埼玉の新座にある人気店『ぜんや』の監修商品らしい。ホタテや昆布の旨みが溶け出たスープに、生姜の風味が効いている。カップ麺にしては味にキツさがなく、なるほど美味しい。こうなるとお店を訪問してホンモノの味を食べてみたくなるもの。浦和開催のついでに立ち寄るという手はあるが、浦和の重賞は来月までない上に、そもそも水曜日が定休日なんだそうだ。残念。

 

***** 2017/08/12 *****

 

 

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2017年8月11日 (金)

海山対決の行方は

8月7日に「今日はハナの日」というネタを書いたが、ならばその翌日8月8日はさしずめ「ハハの日」か?―――と思ったら、なんと「パパの日」だと聞かされた。さすがに嘘だろうと疑ったのだけど、朝の情報番組でも「パパの日特集」を組んでいたから、本当なんだろうなと思う。

6月に「父の日」があるのにわざわざ「パパの日」が用意されるのは、父親が優遇されているというよりは、むしろその逆。父の日の地位が低下している証であろう。いずれにしても「ハハ」に比べて「パパ」は肩身が狭い。

―――なんてことを思いつつ、その日の船橋3レースを観ていたら、「パパドブロス」という馬が勝った。エスポワールシチー産駒の2歳牝馬で、近親にはメジロダーリングがいる血統。いやそれはどうでもいい。注目すべきは「パパの日」に「パパ」が勝ったという事実である。

さて、今日8月11日は「山の日」。昨年から祝日にもなった。だが、「海の日」に比べて認知度はいまひとつ。先月17日の「海の日」には浦和で「海の日賞」という特別レースが行われたのに、今日競馬が行われる大井・名古屋・園田で「山の日」にちなむレースは行われない。大井のメインは重賞の「黒潮盃」。園田では「ハーバーランド特別」。むしろ海を連想させるものばかりではないか。ここでも山の肩身は狭い。

しかし、そこで「パパの日」に「パパ」という名の馬が勝った出来事を思い出したのである。たとえ「山の日」というレースがなくても、「ヤマ」という名の馬が勝つのではないか―――。

そう思って出馬表を見れば、大井の3レースに「ヤマショウプリンス」という馬が出走する。グラスワンダー産駒の2歳牡馬。しかも同じレースには「ウミカゼ」という馬も。山の日にヤマがウミに負けるわけにはいくまい。

そんな観点で注目していた人がどれだけいたかは分からないが、結果はヤマが3着に対し、ウミはしんがり負けを喫した。できればどちらかが勝ってくれれば、話としては盛り上がったのだけど……。

Matoba 

黒潮盃は1番人気ブラウンレガートの圧勝。4馬身差の2着に食い込んだカンムルは、今年の雲取賞の勝ち馬。雲取といえば、東京都内でもっとも標高の高い山の名前である。11番人気ではあったが、「山の日」の今日に限れば狙ってみる価値はあったのかもしれない。ちなみに園田のハーバーランド特別は、山口調教師の管理馬コルヌコピアが優勝。大山騎手の手綱だった。

 

***** 2017/08/11 *****

 

 

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2017年8月10日 (木)

桂の高跳び歩の餌食

藤井聡太四段の連勝が途絶えて、「藤井ブーム」は多少の一服感を見せた感がある。代わりに残ったのは「ひふみんブーム」。あらゆるメディアを問わず加藤一二三さんの名を聞かぬ日はない。

藤井四段が達成した「29連勝」の数字を聞いて、競馬ファンならドージマファイターが残した「29連勝」の日本記録を連想したのではないか。商売柄ゲームやギャンブルを好む棋士は少なくない。森内名人の麻雀、羽生善治三冠のチェスは有名。しかし、やはり最右翼は競馬であろう。先日現役生活を終えたばかりの森信雄七段は園田競馬で冠レースを開催していたし、米長邦雄永世棋聖などは競馬専門誌のレギュラー予想を任されていた。

しかし、中でもいちばんの競馬好きの棋士といえば、やはり渡辺明竜王で異論はあるまい。なにせ竜王戦のパリ対局の前日にサンクルー競馬場へと走り、馬券をベタ買いしていたというツワモノである。フランス語は分からなくとも出走表とオッズをもとに、単勝を3回当てたというから立派なもの。「大一番の前日に大丈夫?!」と言われたそうだが、本人は「オンとオフの切り替えがすぐ出来る」と意に介さない。

競馬場で渡辺竜王の姿を見かけることもしばしば。それもGⅠ当日とは限らない。そのスタイルは正統派の競馬ファンそのもの。しっかりパドックを観察して、モニタでオッズを確認し、普通にマークカードを塗って自席と窓口を往復している。2006年12月24日も日の暮れた中山競馬場に残り、ディープインパクトの最後の雄姿を見届けていらした。

Deep 

「C級1組」とか「B級2組」とかいう階級別の戦いを勝ち上がり、頂上のタイトルを目指すという構造は競馬のそれに酷似しているし、そういうクラス分けとは別に、個々の棋士の強さを数値かした「レーティング」まで存在している。だいたいが、将棋でも競馬でもすべては「駒」次第の勝負事。勝ち負けに関わる格言の類が多いのも競馬に通じる。

「桂の高跳び歩の餌食」

非公式戦ながら藤井四段と対戦した羽生三冠は、そんな格言を無視したかのような藤井四段の桂馬の使い方に驚いたという。そういえば、最近では「ケイマ」という名の馬も活躍している。500万、1000万と連勝中のその成績は「桂の高跳び」を思わせるが、そこは競馬のこと。「歩の餌食」を恐れる必要はない。

 

***** 2017/08/10 *****

 

 

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2017年8月 9日 (水)

クレバー・ハンス

数学の話を続ける。でも馬の話でもある。

クレバー・ハンスという馬をご存じだろうか?

20世紀初め、ヨーロッパで飼われていた「ハンス」という名のトロッター種の馬が、高度な知性を持つとして有名になった。なんと計算問題を出されると、その正解の数だけ床を蹄で叩くという方法で答えたのである。たとえば「15―8=」という質問に対して、ハンスはその蹄でキッチリ7回だけ床を叩くと、ピタリとその脚を止めたというのだ。

ハンスを調教したのはフォン・オステンという数学教師。彼は馬でも教育をすれば人並みの知性を持てるという信念のもと、4年の歳月をかけてハンスの能力を開花させた。

1904年には、高名な心理学者カール・シュトゥンフ教授を委員長とする調査委員会によってハンスの能力が徹底的に調べられ、「トリックの可能性は全くない」という結論が出される。ヨーロッパの人々は彼を「クレバー(賢い)・ハンス」と呼び、一大センセーショナルを巻き起こした。

Horse 

もちろん、実際に馬が計算をしていたはずなどない。ハンスは、フォン・オステン氏や周囲の人の表情の微妙な変化を読み取り、床叩きをやめるタイミングを計っていたのだ。

動物の知能は、体重に占める脳の重さの割合で測ることが多い。人は約2%、馬は約0.1%。身近な動物と比較すると、猿や犬よりは下だが、牛や豚よりは上といったところだという。

ただ、知能には様々な側面があり、単純な脳の重さだけで評価することは難しい。クレバー・ハンスの例を持ち出すまでもなく、人の表情などを読み取る社会的知性の比較なら、おそらく猿や犬にも負けないだろう。人間の顔色を見るのは、走ることの次に馬が得意とするところかもしれない。

 

***** 2017/08/09 *****

 

 

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2017年8月 8日 (火)

オッズ

先日、数学の話を書いていて思い出したことがある。「オッズ」という言葉について「皆、使い方を間違っている」と、誰かがどこかで指摘されていらしたような気がするのである。たしか、故・森毅先生ではなかったか。でも、ひょっとしたら違う先生だったかもしれない。うろ覚えで申し訳ない。

ただ、その内容は比較的明瞭に覚えている。

オッズという言葉は「可能性」とか「賭け率」とかいう意味で使われることが多いが、その元来の意味は「勝ち目」である。さらに「勝ち目」というのは、ほんの僅かな可能性を指すのではなく、ある事象に対して勝つ確率が半分以上である状況を指して言う。例えば私が誰かとサイコロ勝負をするとして、もし「1~4の目が出たら私の勝ち」というルールが設定された場合「I have odds.」ということになる。

―――と、こうしてあらためて書き並べてみると、やはり森先生の発言だったような気がしてきた。間違っていたら、ごめんなさい。

ともあれ、現在の競馬では「オッズ」とは、ある時点での予想払戻率のことを指す。あくまでも事前の「予想」。払戻確定後にはオッズという言葉は使わない。競馬のオッズというのは、あくまでも”目安”なのである。

手元の日本中央競馬会手帳によれば、中央競馬でオッズが発表されたのは1964年のことだそうだ。これも有名な逸話だが、当時のオッズは競馬会の職員が自ら考案したという計算尺を巧みに使って計算され、連勝式(当時は枠連のみ)の上位人気15通りのオッズを競馬場内のテレビに表示していたという。

ただ、私が幼少の時分に叔父に連れて行かれた場外馬券売り場に、オッズモニタの印象はほとんどない。オールドファンなら誰もが経験されたことだろうが、その組み合わせを発売する発売窓口の数と、そこに群がる行列の長さで、だいたいのオッズを推測したものである。

かつては馬券によって窓口が違っており、例えば連勝の1-6と5-6を買う場合、それぞれ専用の窓口に並ぶ必要があった。無用な混乱を避けるため、人気になりそうな馬券の窓口ほど多く設けられており、窓口の数を見ればおおよその配当が判断できたのである。それでも、レース後に配当が発表されて「ええっ!」と驚くこともしばしばあった。

Odds 

現在では、コンピューターのおかげで時々刻々と最新のオッズが発表され、確定払戻金の発表で驚きの声が上がるなんてこともない。そういや、あの当時の場外馬券売り場の発売締切時刻は、レース発走の1時間も前だった。ギリギリまで脂汗を流して頭を悩ますことができるのも、コンピューターのおかげなんですね。

 

***** 2017/08/08*****

 

 

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2017年8月 7日 (月)

ハナの日

今日8月7日は「鼻の日」。かつてこの日に行われた競馬の全レースがハナ差の決着となったことを記念して制定された………なんてことはもちろんなくて、8(ハ)月7(ナ)日の単なる語呂合わせ。とはいえ、決めたのは日本耳鼻咽喉科学会であるから由緒は正しく、しかも今年で58回目と歴史も古い。

だが、競馬ファンが「鼻」と聞けば、着差を連想するのが普通であろう。競馬ファンなら単なる「鼻」に一喜一憂した経験を持つはず。「鼻」に泣いたことも数知れず。戸崎騎手はJRA全10場制覇の偉業を「鼻」で逃した。定規で測れば長くても10数センチ。わずか1センチの場合もある。しかし、その小さな「鼻」がしばしば天国と地獄を分かつ分水嶺となる。我々にとって「鼻」とは、小さいがゆえにあまりに大きな意味を持つ言葉だ。

その大きさが端的に現れるのはダービーをおいてほかにあるまい。「もっとも運の良い馬が勝つ」と言われるこのレース。大一番でのハナ勝ちは幸運の証であろうし、逆に正念場でのハナ負けは不運の一典型と言えよう。だが、勝者と敗者のその後の成績を比較してみると、意外にも負けた方に軍配を挙げたくなるのである。

ダービーがハナ差の決着となったのはこれまで9回。年代順に記してみると、こうなる。

Derby2000 

1940年
イエリユウ
ミナミ

1958年
ダイゴホマレ
カツラシユウホウ

1961年
ハクシヨウ
メジロオー

1974年
コーネルランサー
インターグッド

1979年
カツラノハイセイコ
リンドプルバン

1981年
カツトップエース
サンエイソロン

2000年
アグネスフライト
エアシャカール

2012年
ディープブリランテ
フェノーメノ

2016年
マカヒキ
サトノダイヤモンド

ハナの勝負を制した9頭のダービーのうち、ハクシヨウ、コーネルランサー、カツトップエースの3頭はダービーを最後に引退。アグネスフライトとディープブリランテは現役を続けたが、ついに勝つことはできなかった。カツラノハイセイコのように天皇賞を勝ったダービー馬もいるが、特に平成に入ってからは、まるで一生分の幸運を使い果たしたかのように不振を極めるケースが珍しくない。

なぜだろうか。

Derby2012 

ディープインパクト級ならいざ知らず、たいていの馬は勝つ力を持っているだけでは、レースに勝つことは実は難しい。相手関係、馬場、気象条件、枠順、そして展開。実際にレースに勝つには、それなりのチャンスに恵まれれる必要がある。それがダービーならなおさら。そこでハナ差の接戦に持ち込んだのであれば、それこそ千載一遇のチャンスだ。なんとしても、絶対に、勝たなくてはならない。ダービーでのハナ差勝ちは、まさに全身全霊、全ての力を使い切った結果の賜物であろう。それが後の代償に繋がると分かっていても、あと10センチ先に競馬界最高峰の栄光が待っていると思えば引き下がるわけにはいかない。馬の体からすればほんの小さな鼻の差である。しかしそれが馬と人の運命を左右する。そのなんと残酷なことか。

Derby2016 

ところで、もっと小さい猫の鼻に関してこんな諺がある。

「猫は土用に三日鼻暑し」

いつもは冷たいはずの猫の鼻でさえ、土用の時季は暑くなるという意味。暑い暑い土用も、今日の鼻の日を以て終わり。明日は早くも立秋。とはいえ暑さはこれからが本番だ。

 

***** 2017/08/07 *****

 

 

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2017年8月 6日 (日)

特別なGⅢ

レパードSは21世紀に入ってから生まれた新しい重賞。そのせいか、レース名に未だ馴染めぬ向きもあるようだ。

JRAのレース名決定には一応の基準がある。2歳や3歳の限定戦は季節の草花の名が、また古馬のレースには季節にちなむ名称や競馬場周辺の地名、河川、湖沼、海洋、山岳名、誕生石、月名、星座名が使われるのが原則。花鳥風月、季節感に富んだ日本特有の競馬シーンを演出するのに、こうしたレース名が果たす役割は小さくない。

―――であるはずのに、なぜか「レパード」ときた。すなわちヒョウ。実在する動物の名がそのままレース名に使われるとは珍しい。ひょっとしたらこのまま、「ライオンステークス」とか「カバ記念」とか「アフリカゾウ特別」なんてレースが氾濫するのではないか?

そんな不安を抱きつつ見届けた記念すべき第1回目のレースは、トランセンドが3馬身差で圧勝。そのとき思ったのである。「“トラ”がヒョウを制した」と。

Tora 

あれから8年。再びトラがヒョウに挑む日がやってきた。そう、レパードSで4枠7番に入ったトラネコ。なんてったって今回は虎だけでなく猫も加勢するのだから心強い限り。しかも鞍上は大のタイガースファンとして知られる武豊騎手。これはもう勝ったも同然であろう。これで勝たないようなら、この違和感満載のレース名の説明がつかない。

Baken 

違和感と言えばもうひとつ。このレパードS、なぜか他の3歳限定GⅢより賞金が高いのである。ダート重賞は芝に比べて賞金が低いのが普通。それなのにレパードSの1着賞金は4000万円もある。歴史と伝統を誇る共同通信杯やきさらぎ賞の3800万円より200万円も高い。

7600万円もの賞金総額も、3歳限定GⅢとしては破格であろう。同じ3歳ダートの重賞・ジャパンダートダービーの7650万円にわずかに及ばないだけ。付加賞を加えれば逆転してしまう。GⅢの方がGⅠより賞金が多い。そんな逆転現象が起きるのも、レパードSが特別待遇を受けていればこそ。しかしその理由が分からない。期待したトラネコは11着大敗。なぜか圧倒的1番人気のエピカリスまで一緒に敗れれた。このレースは私にとって分からないことだらけだ。

 

***** 2017/08/06 *****

 

 

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2017年8月 5日 (土)

モンキースタイルの異端児

仲間内で小倉サマージャンプの話で盛り上がっていたら、モンキースタイルの話題が出た。直線鋭く追い込んだソロルの西谷騎手の騎乗姿勢が、障害には珍しい極端なモンキースタイルだったのである。

鐙を短くし、腰を浮かせ、前傾姿勢を取る騎乗スタイルを、その姿から「モンキースタイル」とか「モンキー乗り」と呼ぶ。馬への負担や風の抵抗が少なく、スピードを出すのに適している。考案者とされるのが、米国人のトッド・スローン。19世紀末、本場の英国競馬に挑んだスローンは、この腰を浮かせたフォームで大活躍し、競馬の本家の関係者に衝撃を与えた。

Moncky 

今でこそ大半の騎手がこのスタイルで馬に乗っている。だが、昔は違った。乗馬と同じように、鞍に座ったまま馬を追っていたのである。俗に「天神乗り」と呼ばれるこの騎乗法は、欧米でモンキースタイルが浸透したあとも、我が国では主流であり続けた。鐙を長くし、背筋をピンと伸ばして馬に跨り、踵で思いっ切り馬の腹を蹴り続ける―――。それが馬をもっとも効率的に動かす技術であると、頑なに信じられていたからにほかならない。「馬のドテッ腹に風穴をあけてこい!」。パドックではこんな言葉が普通に飛び交っていたという。

モンキースタイルを日本で最初に取り入れたのは、野平祐二とも保田隆芳とも言われる。だが、それを野平氏はやんわりと否定していた。

「実は日本人騎手の中に、早くからモンキースタイルを取り入れていた人がいたのです。赤石孔さんです。赤石さんはオーストラリアでの騎乗経験がありました。そこで会得されたのかは分かりませんが、鐙を短くした独特の乗り方をされ、“赤石モンキー”なんて呼ばれてました」

調教師としての晩年、野平氏は管理馬を全国各地の地方競馬のレースに出走させ、自身も頻繁に地方に足を運ばれた。地方競馬活性化の一助になればとの思いからである。その遠征に私もカバン持ち持ちとして同行させていただいていた。1996~97年頃だから、今から20年ほど前の話である。

現地に着くと、主催者が挨拶のために野平氏の元にやってくる。するとたいてい「先生が日本で初めてモンキー乗りをされたんですよね」とか「モンキー乗りを日本に広められたのですよね」という話題になった。その都度、野平氏は「初めて乗ったのは赤石さん、広めたのは保田さん」と訂正していたものだ。

だが、野平氏も戦前からモンキースタイルを取り入れていたことには間違いない。そういう意味では先駆者と言える。だが、すぐには成功を得なかった。理由のひとつは周囲の理解不足。「馬を動かすには力が必要」「鐙を短くして腰を浮かせてしまっては肝心の力が伝わらない」「あんな変な乗り方をする野平はもう乗せるな」―――という具合だ。

「あの頃の私は異端児でしたから。今もそうですけど(笑)」

そういって野平氏は笑った。だが、それでも映画館に行っては、海外のニュース映画で紹介されるケンタッキーダービーの映像を食い入るように見つめ、見よう見まねながら独自のモンキースタイルを追い求めたという。その努力を傍らで見ていた保田氏だからこそ、米国に遠征して本場のモンキースタイルを体得しようという気持ちが沸いたのであろう。

そこまでしてモンキースタイルを追い求めた理由を野平氏に聞くと、「そりゃあ、カッコ良いからに決まってるでしょう」と答えられるのが常。もちろんそれもあろう。なにせオシャレでキザな祐ちゃんのことである。だが、それだけではあるまい。それが別の私の問いに対する答えに現れているような気がする。

JRA史上初めてデビューを果たした女性騎手たちの成績が上がらず苦労していることについて、「やはり男性に比べて力が弱いからでしょうか?」と聞いたことがある。氏のそれに対する答えはこうだった。

「馬は力で御すもんじゃありませんよ」

そうおっしゃったあと、しばらく間を置いてさらに続けられたのである。

「馬は本来自由闊達な動物なんです。自由に気持ち良く走らせるにはどうすればいいのか。それが私のフォームの下敷き」

ドテッ腹に風穴を開けるような騎乗法が、馬にとって「自由で気持ち良い」はずがない。それに我慢がならなかったのだろう。そんなことを思いつつ今年も8月6日がやってくる。明日は祐ちゃんの17回忌だ。

 

***** 2017/08/05 *****

 

 

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2017年8月 4日 (金)

【個体識別④】“撮り”違えも怖い

馬の取り違えには我々カメラマンも神経を使う。

といっても競馬に使う実馬のチェックではなく、もちろん写真の上での話。ディープインパクトだと思い込んで先方に渡した写真に写り込んでいたのが、実はハルウララだった――― なんてことが起きたらシャレでは済まない。

Photo1 

ディープインパクトの例は極端だとしても、ゼッケンも騎手(勝負服)も写っていない写真は、時として混乱の種となる。例えば、放牧されている種牡馬や、パドックで周回する馬の顔だけを撮るような場合ですね。

Photo2 

まず、ゼッケン込みの横姿を一通り撮り、しかるのちに1号馬から順に顔を撮る。だが、1枚ずつシャッターを切るわけでもないから、前後の馬の顔にこれといった特徴がないと後の整理でとても困ることになる。頭絡の色やハミの形まで一緒だったりすると、もう泣きそうだ。出走馬の馬体照合係官はつくづく偉い。

Photo3 

とはいうものの、ゼッケン、メンコ、シャドーロール、脚元のバンテージ、厩務員、そして騎手といった、個体識別に必要な要素がふんだんにある競馬場の撮影においては、さほど深刻な事態になることはない。怖いのは牧場での裸馬の撮影。そこにはゼッケンもなければ、メンコもない。同じような馬が次から次へと曳かれてきて、ただ黙々とシャッターを切るのみ。単純ゆえに事故の入り込む余地は多分にある。

Photo4 

そういう仕事をする時は、私の場合まず綿密に予定を立てる。あらかじめ牧場を回るルートと時間を決め、撮影対象の馬をリスト化する。その上で、スケッチブックに「パルセイトの2005・牝」みたいに名前を1枚ずつマジックペンで書き込み、撮影現場に持参する。そして馬が曳かれてきたら、曳き手に(あるいは隣で見ている牧場主に)その馬の名前と性別を確認し、素早くスケッチブックを繰ってその馬の名前をまず写真に撮る。しかるのちに馬を撮る。その繰り返し。同業者はだいたい同じようなことをしているのではなかろうか。

Photo5 

しかしそれでも取り違えのリスクは消えない。予定になかった馬が急に撮影対象になったりすることもあるし、そもそも牧場の関係者が馬を取り違えてたりしたらお手上げだ。だから、後日あらためて写真と馬名のリストを牧場に送って確認を求めるわけだが、それでも心の奥底に不安の欠片が残るもの。できることならば、馬本人に直接確認して回りたいくらい。それくらい”撮り”違えは怖いのである。

【写真の馬たち】
上から、ディープインパクト、スペシャルウィーク、シンボリクリスエス、トニービン、ロードカナロア

 

***** 2017/08/04 *****

 

 

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2017年8月 3日 (木)

【個体識別③】マイクロチップ

実は、10年ほど前に日高で行われた某セールでも「替え馬騒動」が起きている。

その日の1歳セリに出す2頭を連れてきたとある牧場主が、午前の事前展示が終わったところで2頭がそれぞれ入れ替わってしまっていることに気付いた。そこであろうことか、2頭のヒップナンバー(臀部に貼り付けてある上場番号のシール)を貼り替えてしまったのである。

Hipn_no 

騒ぎはその後に起きた。セリが始まってセリ会場に引かれてきた馬を見て、午前の展示でその馬を見ていたバイヤーから「さっきのと違うぞ!」と声があがったのである。当の牧場主にしてみれば「単純な間違い」かもしれないが、市場全体としてみればセールの信頼性を揺るがしかねない大問題であることに違いはない。

そんな中、2007年より競走馬を個体識別するマイクロチップ(以下「MC」)の馬体への埋め込みが義務付けられ、そのための競馬施行規定も改正された。今年は2017年だから、既に10年が経過したことになる。MCが埋め込まれていない競走馬は、JRA所属では11歳のサイモントルナーレ。一頭しかいない。

Mc 

MCの大きさは直径2ミリで長さは15ミリほど。固有番号などが書き込まれた集積回路で、注射器でたてがみの生え際に埋め込み、専用の読み取り機を埋め込まれた部位近くにかざすことで、固有番号を識別することができる。

MCによる個体識別はヨーロッパ、アジア、オセアニアなどの競馬主要国において、移動や種付け、血統登録、セリ等で既に広く活用されていおり、専門知識と熟練が要求されていた個体識別作業はMC導入により飛躍的に省力化される―――はずだった。そんなMCでも導入時には様々な問題を引き起こしたのである。

2008年のセレクションセール1歳は、MCによる個体識別作業が本格的に実施される初めての機会だった。ところが、いざ読み取り機をかざしてみてもウンともスンとも言わない。ごくたまに反応があるのだが、そのコツもはっきりせず、近づけたり、遠ざけたり、角度を変えたりしながら、「手作業の倍かかった」という悪戦苦闘の末にようやく個体識別作業を終えたのである。この一件を受け、その後行われたサマーセールからは従来の目視による確認に戻されたというからよほどキビしかったのだろう。

さらに騒ぎは続く。MCは個体識別の他に体温測定もできるというスグレモノとして導入されたのだが、いざ読み取り機で表示させてみるとほとんどの馬が39度前後の体温を示したのだ。

「セールに集まった馬が大量熱発!」

「こっ…、これは、まさかの馬インフルエンザか!?」

と騒ぎかけたところで、実はこの体温センサーが通常より1度ほど高く検温してしまうという不具合があることが判明。あっさり騒ぎは収まった。

何ごとも最初はドタバタがつきもの。とはいえ、この体温測定機能付きのMCは海外において読み取り率が経年低下することが既に指摘されていたとされ、そういう意味では、認識不足や拙速行動の誹りを受けても仕方あるまい。

ともあれ、その後は体温測定機能がなく、また読み取り率も高い別のタイプのMCを埋め込まれるようになった。ちなみに初期のMCを埋め込まれた馬はそのまま。いちいち体内から古いチップを取り出して、新しいのを埋め直すなんてコトしてらんないから。でも、役に立たない機械を身体に埋め込まれたまま生きてくのって、なんか気の毒ですね。

 

***** 2017/08/03 *****

 

 

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2017年8月 2日 (水)

【個体識別②】馬を見分けろ

「珠目二・髪中・波分・芭蕉上・後双門・沙流上・左後一白」

「個体識別」は競走施行において最重要テーマであると言っても差し支えない。ゼッケンに記されている馬名とは違う馬が走っていたとしたら、競馬という競技は成立しないからである。幸いなことにJRAの長い歴史の中でそういうことは今まで一度もない。

冒頭に書いたのは、馬の個体識別の鍵となる外見上の特徴である。列記してあるのは毛の色や白斑などのパターンに加えて旋毛(つむじ)の場所。旋毛は人間の指紋と同様個性に富み、しかも一生不変であることから、各馬の体内にマイクロチップが埋め込まれるようになった現在においても、個体識別の補助手段として使用されている。

例えば「沙流上(さるのぼり)」とは飛節上縁より球節上縁までにある旋毛のことを指すのだが、日高峠から平取を通り富川から太平洋に注ぐあの沙流川と何か関係があるのだろか? 沙流川を昇る秋鮭のようなイメージがなくもない。

ちなみに旋毛はこんな感じ。モデルはフジヤマケンザン。

Fujiyama 

ともあれ、我が国ではこのような外見上の特徴を手がかりにして、レース前の装鞍所で個体識別専門の係員が肉眼で厳正な識別作業を行っていた。海外では後肢にある“夜目”を手がかりに識別していたところもあれば、生まれて間もなく上唇の内側に入れ墨をしてしまうところもある。ひと昔前は肩の部分に識別用の焼き印を入れる国も多かった。こちらは豪州生まれのキンシャサノキセキ。

Kinshasa 

むろん今ではマイクロチップが各馬を識別してくれる。だが、マイクロチップ導入以前は、これらの手法だけでは取り違えの悪魔から逃れることはできなかった。

さきほど「JRAではない」と書いたのは、すなわち地方公営競馬では例があるということだ。

1994年、園田所属のビクトリーグリームと荒尾所属のチクシエイカンが放牧先の牧場で取り違えられたことにより、お互いが入れ替わった格好でそれぞれの競馬場に送り戻された。すなわち、ビクトリードリームは「チクシエイカン」として荒尾へ、チクシエイカンは「ビクトリードリーム」として園田にやってきたのである。しかも始末の悪いことに、「チクシエイカン」(本来はビクトリードリーム)の方は、出走時の個体識別チェックをかいくぐって、8回ものレースに出走してしまったからただ事では済まない。

放牧に入る前のチクシエイカンの成績は7戦して未勝利だった。ところが、放牧から戻ってきた「チクシエイカン」は8戦4勝2着3回というほぼ完璧な戦績。そのあまりの変貌ぶりに「まるで別馬」という声も上がっていたというが、あながち間違いではなかったことになる。

一方のチクシエイカンは一足遅れて放牧先から園田競馬場に「ビクトリードリーム」として帰厩した。ところが、出走前の実馬照合の際、体重が非常に重く額のつむじも一つ多かったことなどから、係員が不審に思い出走させず、調教師が宮崎県の牧場に照会した。ここで、ようやく取り違えの事実が発覚したという。

最近では2010年の大井競馬で馬の取り違えがおきている。1月21日の大井4Rに出走予定のタケショウボスが、装鞍の際の馬体照合で別の馬であることが判明。「公正確保」を理由に競走除外となった。

実際に装鞍所に入っていた馬はクイックダンス。タケショウボスとクイックダンスは同じ牧場に放牧に出されていたが、帰厩させる際に牧場側が誤ってクイックダンスを輸送してしまったことにより取り違えが起きた。厩舎側でも気付かなかったという。本来なら入厩時に実施されるはずの馬体検査も、タケショウボスの休養期間が規定より短かったため免除されていた。

ちなみに両馬の馬体の特徴は、タケショウボスが鹿毛の「額刺毛・珠目正・髪中」、クイックダンスは黒鹿毛で「額刺毛・珠目上・波分・浪門・左後半白」となっている。これだけ違えば気が付きそうなものだが、そこに落とし穴が潜んでいたのかもしれない。

 

***** 2017/08/02 *****

 

 

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2017年8月 1日 (火)

【個体識別①】替え馬

先週木曜、27日の英国ヤーマス競馬場の第1レースは、2歳未勝利馬7頭による直線6ハロン3ヤードの一戦。前走クビ差2着で初勝利を逃したフィアキャイ(Fyre Cay)が、単勝1.6倍の圧倒的1番人気に押されている。ところが、そのフィアキャイに1/4馬身差をつけて勝ったのはブービー人気の伏兵・マンダリンプリンセス(Mandarin Princess)。当然のように場内は騒然となった。

マンダリンプリンセスはここがデビュー戦。特筆すべき血統の持ち主でもない。単勝51倍の評価も仕方なかろう。なのに、堂々の先行抜け出し。見事なまでの完勝である。2歳馬離れしたその走りに人々が驚いたのも無理からぬ話だ。

だが、事態は思わぬ展開を見せる。

勝ったマンダリンプリンセスが、実は同じチャーリー・マクブライド厩舎に所属する3歳馬・ミリーズキス(Millie's Kiss)であることが判明したのだ。

ミリーズキスの成績は10戦して(1,1,4,4)。この時季の2歳未勝利馬相手に3歳1勝馬が勝ったところで、不思議でもなんでもない。むしろ不思議なのは、なぜそのような取り違いが起きたのか。外見的特徴だけで馬を識別する時代でもない。今ではすべての馬にマイクロチップが埋め込まれおり、個別識別はさほど難しくはないはずだ。

たしかにマイクロチップ導入以前の英国では、故意による「替え馬事件」もなくはなかった。

最近では1982年にレスター競馬場で行われた3歳限定戦を大差で勝ったフロックトングレイが、実はまるで別の4歳馬であることが判明して事件となっている。一介の人気薄馬に過ぎなかったフロックトングレイがあまりに強い勝ち方をしたことが捜査のきっかけになったというから、騎手が上手くやれば隠し通せたかもしれない。直前にフロックトングレイに大量の賭けが行われていたことも不自然と言えば不自然だった。ともあれ、「誰も気付かないまま」というケースがおそらく存在するのであろうということを強く印象づける一件でもある。

伝統と威厳を誇る英ダービーも替え馬とは無縁でいられない。いやむしろ、ダービーという舞台であるからこそ替え馬というリスクを冒す必要性があったのかもしれない。

19世紀前半のイギリス競馬は不正の温床であった。不正薬物の投与や、騎手の買収などがはびこる中であったから、替え馬も決して珍しい出来事ではなかったはずである。

1844年の英ダービーでは、優勝馬ランニングレインが実は「マカベウス」という4歳馬であることが判明。オーランドが繰り上がりでタービー馬となっている。

しかもこのダービーでハナを切って逃げたリアンダーは、実は5歳馬であったことが後に判明。さらに1番人気で敗れたジアグリーバックに騎乗していた騎手は何者かに買収されており、さらにさらに2番人気の馬にも薬物が投与されていたことが明るみに出るなど、まさに当時のイギリス競馬界を象徴するようなダービーとして語り継がれている。

Race_2 

こんな話を延々と書いていると、今回のマンダリンプリンセスとミリーズキスの一件も単なる「取り違え」ではなく、故意の「入れ替え」の可能性を疑いたくなる。馬運車が競馬場に到着した際、2頭ともマイクロチップによる確認は受けたそうだ。だが、その後、「スタッフの手違いで」両馬が入れ替わったという。どれだけテクノロジーが進化しても、運用するのはあくまで人間―――。今回の出来事は、それを教訓として我々に教えてくれている。

 

***** 2017/08/01 *****

 

 

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