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2017年7月19日 (水)

一着に込められた想い

昨日の続き。福島競馬場のすぐそばで勝負服の製作を手がける「河野テーラー」さんの話。

3代目として政平さんのあとを継いだのは、甥の正典さん。盛岡でのサラリーマン生活からの転身だった。その時、先代の政平さんに「一人前になるには5年はかかる」と告げられたそうだが、2年ほどの修行でそれなりの服が作れるようにはなった。最初に作った勝負服は、先代の頃から懇意にしてもらっていた半沢信弥オーナーの服。ピンと来ない人でも「グラス」の服色と聞けば「あぁ、あれか」と思うのではないか。

しかし、その一着を実際に着ている騎手の姿を見て、正典さんは違和感を覚える。勝負服のキモとも言うべき模様がゆがんでしまい、きれいに見えない。繰り返すが、勝負服は馬主の「顔」である。それがゆがんでしまうとなれば一大事。その時になってようやく先代の言葉の意味を痛感した。そんな思い出深い勝負服を纏った的場均騎手とグラスワンダーが連覇を果たした1999年の有馬記念は、正典さんにとって忘れられないレースだったという。

Grass2 

しかし、そんな思い出を一気に吹き飛ばす出来事が福島を襲う。6年前の東日本大震災。地震の揺れで仕事場は壁が崩れる被害を受けた。そこに原発事故が追い打ちをかけ、福島競馬は中止の憂き目に。物流も止まり、完成した勝負服を依頼主に送ることもできない。さらに「放射能が怖いから」と注文をキャンセルする顧客も現れた。この年の売上は例年の6割に留まり、「もうダメかなと心が折れそうになった」そうだ。

そんな窮地を救ったのは意外な人物だった。当時、浦和の騎手だった水野貴史調教師。周囲にも声をかけて、たくさんの注文を集めてくれたのだという。それがきっかけとなり、新たな顧客も開拓。いまでは、売上は震災前の1.5倍に増えた。「水野さんがいなければ、今の自分はない」。いま正典さんは、そう振り返る。

Mizuno 

最近では、店を訪れる熱心な競馬ファンもいるそうだ。そんなファン向けにミニチュア版の勝負服も発売も始めた。「勝負服から福島競馬を盛り上げたい」。3代目の作る勝負服はこの夏も福島競馬を鮮やかに彩っている。その一着一着に込められた思いは、夏の福島の暑さより熱い。福島開催も今週末で終わりだ。

 

***** 2017/07/19 *****

 

 

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