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2017年7月 5日 (水)

ダービー馬が目指す秋

先日、藤沢和雄調教師よりダービー馬・レイデオロのローテーションが発表された。それによると、秋は神戸新聞杯からジャパンCを目指すという。つまり菊花賞には向かわないということだ。

Derby 

2002年の神戸新聞杯でのこと、皐月賞馬・ノーリーズンを2馬身半も切って捨てたシンボリクリスエスを、それでも「菊花賞は距離が長い」と言って天皇賞に向かわせた藤沢師のことである。この発表に驚いた人はさほどいなかったのではないか。

2007 ウオッカ/秋華賞へ
2008 ディープスカイ/天皇賞へ
2009 ロジユニヴァース/JCで始動を発表するも故障
2010 エイシンフラッシュ/菊花賞直前で故障回避
2011 オルフェーヴル/菊花賞に出走して優勝
2012 ディープブリランテ/Kジョージに遠征後休養
2013 キズナ/凱旋門賞に遠征
2014 ワンアンドオンリー/菊花賞に出走して10着
2015 ドゥラメンテ/凱旋門賞を目指すも故障
2016 マカヒキ/凱旋門賞に遠征

長距離戦離れの傾向は昨日今日に始まったことではない。過去10年の菊花賞のうち、ダービー馬が不在だったのは実に8回。うち、菊花賞を目指しながら故障でやむなく回避したのはエイシンフラッシュのみで、近年では海外を目指すという傾向に拍車がかかっている。

実際に菊花賞を走った2頭のダービー馬のうち、オルフェーヴルに関して言えば、その時点で皐月賞と日本ダービーの2冠を制していた。穿った見方をすれば、菊花賞を目指したというよりは、「クラシック3冠を目指した」と言えなくもない。

菊花賞を支えてきたのは、「出走できるのは生涯一度きり」という伝統的な考え方だ。

古くはフレッシュボイス、近年ではネーハイシーザーやローエングリンに代表されるように、多少距離適性に目を瞑ってでも、「出られるものなら出したい」という考え方が、かつては大勢を占めていた。だが、こうした考え方は既に前世紀の遺物になりつつある。「菊花賞ではなく天皇賞」。若い調教師が増えるにつれ、こうした声が多く聞かれるようになってきた。一度でも3000mの遅い流れを経験すると、先々距離が短くなったとき、速い流れに馬が戸惑いかねない―――そう言うのは、ほかならぬ藤沢調教師である。

加えて、菊花賞を勝っても種牡馬として評価されない現状も菊花賞への忌避感を後押しする。デルタブルース(乗馬)やビッグウィーク(障害入り)を例に挙げるまでもない。

そもそも、天皇賞やジャパンカップで3歳馬が古馬に勝つのは至難だ。凱旋門賞やキングジョージならなおさら。それでもディープスカイ、ディープブリランテ、キズナ、マカヒキといったダービー馬たちは、自ら進んで古馬相手の頂点を目指した。楽な相手に勝って評価されないタイトルを積み重ねるのではなく、より強い相手に挑まなければならない。それがダービー馬の宿命。ようやくそれが常識となりつつある。つまりそういうことであろう。

 

***** 2017/07/05 *****

 

 

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