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2017年7月10日 (月)

未成年お断り

我が国の競馬は刑法の適用例外を受けることでその存在を認められている。その根拠法は競馬法と日本中央競馬会法。そこに民法が顔を出すこともある。しかしここへきて、新たな関連法案が加わりそうな雲行きになってきた。その動きは昨年の暮れ、カジノ推進法(IR推進法)が成立したことに端を発する。

「カジノなんて興味があるヤツだけ行けば良い。どうせ競馬には関係ない」

―――なんて思っている競馬ファンは少なくないのではないか。だがしかし、決して安穏としていられない。カジノ推進法はその付帯決議でギャンブル依存症対策への取り組みを求めた。これはカジノに限らずすべての射幸産業を対象としている。つまり競馬、競輪、競艇、オート、宝くじ、toto、パチンコ、そしてまだ見ぬカジノである。しかもどちらかと言えば、カジノよりは既存ギャンブルをターゲットにした“縛り”の趣が強い。

それが端的に現れたのが、民進党が独自にまとめたギャンブル依存対策法案である。6月に国会に提出されたその法案では

『公営競技の投票又はぱちんこ屋等における遊技(以下この項において「投票等」という。)が行われる事業所への未成年者(ぱちんこ屋等にあっては、十八歳未満の者)の入場制限の方策』

『遅くともこの法律の施行後三年以内に、必要な措置を講ずる』

よう求めている。平たく言えば、3年以内に未成年者が競馬場や競輪場に入れなくなるようにしなさい、ということだ。

しょせんは民進党が出した法案である。そのまま成立するものではない。だが、一部の競馬関連メディアやスポーツ紙が、これに敏感に反応した。「競馬はかつてのバクチのイメージから脱却し、観るスポーツとしての立場を確立している。いまや競馬場は子供連れが休日を過ごす健全なレジャースポットだ。そんな現状を踏まえぬ民進党の見識には呆れる」と痛烈に批判したのである。

毎週のようにJRAの競馬場に足を運ぶ人なら皆知っている。東京競馬場で言えば府中本町から競馬場に続く専用通路はベビーカーが蹂躙し、4コーナー付近に近づくにつれその比率はみるみる増えてゆく。さらに内馬場でヒーローショーがある日には子供たちが長蛇の列を為すし、ジョッキーベイビーズの当日には出場者の応援にやってきた多くの子供たちがラチ沿いにかぶりつく。そこにかつての鉄火場のイメージはない。そんな現状を知っていれば、今さら「競馬場に未成年者の入場を禁ずる」などと言い出すのは、たしかに非現実的だと言わざるを得ない。こんな微笑ましいシーンも見られなくなる。

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それでも気になることはある。たしかに競馬場に来ても馬券を買わずに過ごす人はいる。そういう意味では「観るスポーツ」と思っている人はゼロではあるまい。だが、それが「確立」しているかと問われれば意見は分かれる。仮に確立しているのなら、スポーツ紙は現在の馬券中心主義的な報道姿勢を改めるべきであろう。それをしないのは競馬はギャンブルであると認識している証拠。そもそも「馬券を買わぬ客もいる」と強調することが、「馬券は悪」と言っているに等しい。

「ギャンブル=悪」という図式のない海外では、子供の馬券についてもいたって鷹揚だ。メルボルンカップ当日に、小学校の授業を中断して教室のTVでレース中継を見る豪州などはその典型。彼の地では、生徒たちが勝ち馬の予想をする授業も行われているという。人生は選択の繰り返し。しかもどれだけ準備したところで、想定外のリスクからは逃れることはできない。ギャンブルがそれを学ぶ格好の教材である所以であろう。

顧みて日本の子供たちはそのような経験をせずに育つ。しかも子供の割に大金を持ち歩いていることも少なくない。それが間違いの元となる。要は金銭教育があるかないか。そこに日本の問題があろう。未成年者を競馬場から締め出したところで、ギャンブル依存症が減るとはとても思えない。

(明日付に続く)

 

***** 2017/07/10 *****

 

 

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