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2017年7月20日 (木)

消えた夏休み

昨日、関東の梅雨明けが発表された。いよいよ本格的な暑さがやってくる。それに合わせたわけでもあるまいが、南関東では今週は重賞レースが用意されていない。競馬番組も本格的な夏休みモードに突入している。

昔はもっとはっきりしていた。今から25年前、1992年7~8月の番組を振り返ってみれば分かる。JRAでは、7/18-19、7/25-26、8/15-16の3週に渡ってサラ系平地重賞が行われていない。南関東ではもっと少なくて、この2か月間に行われたサラ系重賞は、関東盃(現在のサンタアニタトロフィー)とトゥインクルレディー賞(現在は廃止)の2鞍のみ。当時の黒潮盃は春シーズンに行われており、ジャパンダートダービーも、スパーキングレディーカップも、習志野きらっとスプリントも、スパーキングサマーカップも、アフターファイブスター賞さえも創設されていなかった。

重賞で活躍するような実力馬は、春からの連戦で溜まった疲れを取り、さらに秋競馬に向けて英気を養わなければならない。そのためには、夏場は涼しい牧場でゆっくりと休養するのが当たり前だった。重賞をやろうとしたところで、肝心の馬が集まらなかったという方が実情に近い。

Summer 

そこで夏場は条件馬の出番となる。普段は見向きもされない未勝利馬や下級条件馬たちが、番組の主役に祭り上げられるのである。むろん夏場を休みに充てるのはオープン馬だけとは限らないから、大半が10頭前後の少頭数競馬。しかも1日9鞍とか10鞍という開催が続く。たまたま出走頭数が多い500万条件戦がメインレースに据えられることも珍しくなかった。むろん見ている方は面白くはない。しかしそれが夏競馬なのだから、受け入れるしかないのである。

だが、我々は経験的に知っていた。夏競馬をおろそかにすると、秋の競馬で必ず痛い目に遭う。少頭数の下級条件戦でも印象に残る勝ち方を見逃してはならない。夏から秋は馬が大きく変わる季節。大化けの可能性を秘めている。真夏の太陽の下に、それでもなお輝く超新星を探すことが、かつての夏競馬のあり方だったように思う。

Daiwa 

しかし時代は変わった。今や年間を通じてJRA重賞の行われない週末はない。馬券売上げを伸ばしたいという主催者側の思惑と、オープン馬だからといって休ませてもいられぬ馬主側の思惑が一致した結果の産物。オフ感の強かった「夏競馬」のイメージは、もはやない。なにせ先週の名鉄杯には2頭のGⅠ馬が出走。さらに今週の中京記念には、なんと天下のダービー馬が出走するというではないか。

長い歴史を紐解いても、ダービー馬が真夏のマイルGⅢに出てくるなど前代未聞であろう。ダービーを勝ちながら夏も休ませてもらえぬ馬に対し、私は激しく同情する。なぜか。ダービーも勝っていない私ごときでも、いままさに夏休みの真っ最中だからだ。

夏の甲子園でさえ、健康面を配慮して中止や日程見直しの声が挙がる昨今、動物愛護の観点から真夏の競馬に対する異論が出ぬのは、逆に不思議にも思える。夏の名古屋の暑さは厳しい。よりによって中京記念が行われる日曜日は、二十四節気の「大暑」。人間が堪える暑さに馬が堪えぬわけがない。

 

***** 2017/07/20 *****

 

 

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2017年7月19日 (水)

一着に込められた想い

昨日の続き。福島競馬場のすぐそばで勝負服の製作を手がける「河野テーラー」さんの話。

3代目として政平さんのあとを継いだのは、甥の正典さん。盛岡でのサラリーマン生活からの転身だった。その時、先代の政平さんに「一人前になるには5年はかかる」と告げられたそうだが、2年ほどの修行でそれなりの服が作れるようにはなった。最初に作った勝負服は、先代の頃から懇意にしてもらっていた半沢信弥オーナーの服。ピンと来ない人でも「グラス」の服色と聞けば「あぁ、あれか」と思うのではないか。

しかし、その一着を実際に着ている騎手の姿を見て、正典さんは違和感を覚える。勝負服のキモとも言うべき模様がゆがんでしまい、きれいに見えない。繰り返すが、勝負服は馬主の「顔」である。それがゆがんでしまうとなれば一大事。その時になってようやく先代の言葉の意味を痛感した。そんな思い出深い勝負服を纏った的場均騎手とグラスワンダーが連覇を果たした1999年の有馬記念は、正典さんにとって忘れられないレースだったという。

Grass2 

しかし、そんな思い出を一気に吹き飛ばす出来事が福島を襲う。6年前の東日本大震災。地震の揺れで仕事場は壁が崩れる被害を受けた。そこに原発事故が追い打ちをかけ、福島競馬は中止の憂き目に。物流も止まり、完成した勝負服を依頼主に送ることもできない。さらに「放射能が怖いから」と注文をキャンセルする顧客も現れた。この年の売上は例年の6割に留まり、「もうダメかなと心が折れそうになった」そうだ。

そんな窮地を救ったのは意外な人物だった。当時、浦和の騎手だった水野貴史調教師。周囲にも声をかけて、たくさんの注文を集めてくれたのだという。それがきっかけとなり、新たな顧客も開拓。いまでは、売上は震災前の1.5倍に増えた。「水野さんがいなければ、今の自分はない」。いま正典さんは、そう振り返る。

Mizuno 

最近では、店を訪れる熱心な競馬ファンもいるそうだ。そんなファン向けにミニチュア版の勝負服も発売も始めた。「勝負服から福島競馬を盛り上げたい」。3代目の作る勝負服はこの夏も福島競馬を鮮やかに彩っている。その一着一着に込められた思いは、夏の福島の暑さより熱い。福島開催も今週末で終わりだ。

 

***** 2017/07/19 *****

 

 

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2017年7月18日 (火)

鞭を針に持ち替えて

勝負服の話の続き。

早いもので、夏の福島開催もあと1週を残すのみ。そんな福島競馬場に福島駅から向かう途中、国道4号の東側に並走する通りを競馬場に向かっていると、競馬場の手前500mほどの道路右手側に「河野テーラー」という看板が見えてくる。知る人ぞ知る有名店。なにせJRAや南関東で使われる勝負服の約半分をまかなっている。この店が仕立てた勝負服を着たことがないという騎手は、ほとんどいないのではないか。

Fukushima

先代社長の河野政平さんは元騎手という異色の経歴の持ち主。だが、56キロの体重から過酷な減量との戦いの日々を強いられた。そんなある日、乗馬ズボンを作ってもらったことがあった初代社長の河野正太郎さんから「うちに来ないか」と声をかけられたのだという。

鞭を針に持ち替えることを決意したのは22歳の時。以来、約半世紀に渡り勝負服ひと筋の職人人生を歩み、福島市が認定する技能功労者にも選ばれた。

勝負服に使える色や模様には様々な制約がある。だが、制約に縛られていては、体にフィットし、見た目にもバランスの良い服は仕上がらない。

勝負服は馬主の「顔」とも言える存在。1着2万円前後の製作費はむろん馬主持ち。それなのに、制約を言い訳に馬主が納得できないような服を作るようでは、仕立て屋のメンツが立たない。制約の趣旨は尊重しつつ、見た目に格好良く、なおかつ機能性に優れた勝負服に仕立て上げるのがプロの技。シェアナンバーワンの理由がここにある。

最近では当たり前になったメッシュ地の勝負服も、河野テーラーがその発祥。暑さ極まる夏開催を受け持つ福島ならではの発想だろう。

Jockey_2

政平さんは十数年前に他界したが、その妻・太子さんは昭和30年代の福島競馬の光景をしっかりと覚えている。当時は騎手や調教師の寮もなく、競馬の近所の一般家庭が競馬関係者の宿泊を受け入れていたそうだ。河野テーラーに寝泊まりしていたのは調教師。きっぷが良い人ばかりで、競馬のない日は子供たちを映画や食事に連れて行ってくれたという。

福島は日本でいちばん競馬と町の人が溶け込んでいる土地に違いあるまい。訪れるたびにそんな思いがなお強まる。それというのも、こうした家族ぐるみの付き合いが下地としてあったからであろう。

 

***** 2017/07/18 *****

 

 

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2017年7月17日 (月)

夏の勝負服

いつのことだったか、何気なく朝の情報番組を見ていたら、「この夏の勝負服」とかいうコーナーがあった。

その内容自体は特筆すべきものではなかったのだけど、コーナーの最後に司会者が「勝負服というのはもともと競馬の騎手が着る服のことを指すのですよ」と言ったら、他の出演者たちが「えっ!?」とか「へぇ~!」とかいう具合にリアルに驚いていたのである。結果、一番驚いたのはそれを見ていた私であろう。

Yu 

「勝負服」というのは、騎手がレースに騎乗する際に着用する服のことである。その起源は古く、18世紀半ばに創立されたジョッキークラブによる第2番目の命令が、「馬主は配下の騎手が着用する服色をあらかじめ登録しておくこと」というものであった。ちなみに第1番目の命令は、「騎手はレース前と後に検量を受けること」であり、当時は斤量をごまかしたり、レース中に馬や騎手が入れ替わるという不正が、いかに日常的に行われていたかを雄弁に物語る史実でもある。

ともあれ、昨今ではメジャーな辞書でも「勝負服=俗に、大切な仕事やデートなどで特に女性が着用する」などと書かれるようにもなった。この用法を最初に世間に広めたのは、外務大臣当時の川口順子氏であろう。会見で「赤は私の勝負服」と語ったのがその嚆矢ではないか。

Sunday 

一方で、「一張羅(いっちょうら)」という言葉は最近ではほとんど聞かなくなった。自分のワードロープの中で、たった一着しかない上等な服。あるいは、かけがえのない大切な服を指す。

この言葉の語源は「一丁ロウソク」にあるとされる。大昔、ロウソクはたいへん高価なものであった。そのロウソクを一本だけ持っていて、予備などない状態が「一丁ロウソク」である。これそれが「一丁ろう」「いっちょうら」となり、転じて「掛け替えのない一着」という意味でも使われるようになったという。実はこのエピソードを紹介していたのも、冒頭と同じTV番組だ。

Yutaka 

「一張羅」という言葉には古臭い響きがあり、「ここ一番という場面で気合を入れる勝負服」の方が、たしかに世間的には受け入れられ易いだろう。しかも最近では、野球やサッカーのユニフォームまで「勝負服」と呼ばれるようになった。競馬の勝負服は馬主(地方では騎手)によりデザインが細かく決められているが、世間一般の勝負服は好み次第で好きなように替えることができる。そんなラディカルな面も、広く浸透する一因になっているのかもしれない。

Silk 

ちなみに勝負服は英語で「racing colors」あるいは単に「colors」と表現されるが、米国ではたまに「silk」とも呼ばれる。これは英国から伝わった勝負服が絹製だったため。決してシルクレーシングの馬が現地で大活躍したからではありませんよ。念のため。

 

***** 2017/07/17 *****

 

 

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2017年7月16日 (日)

3歳秋のチャンピオンシップ

先週木曜、地方競馬の秋の3歳戦の魅力をさらに高める新シリーズ、「3歳秋のチャンピオンシップ(3YO Autumn Championship)」の実施概要が発表された。

リリースによれば、

「各地の3歳主要重賞競走を戦った有力馬が11月に実施されるダービーグランプリへと集結し、地方競馬の3歳王者の座を争うもので、カテゴリーに応じてボーナス賞金が設けられています」

とのこと。具体的には、黒潮盃、戸塚記念、秋の鞍、不来方賞、西日本ダービー、サラブレッド大賞典、ロータスクラウン賞、岐阜金賞、黒潮菊花賞の夏~秋シーズンにおこなわれる3歳限定重賞のいずれかを勝った有力3歳馬が、11月末のダービーグランプリに勝つと、賞金にボーナスが上乗せされるらしい。

3歳のチャンピオンシップは上半期に終えるのが世界の潮流。地方競馬とて例外ではない。そのためのダービーシリーズであり、ジャパンダートダービーではなかったか。それを下半期にもう一度やるというのである。「秋の」という若干無理のある名称も込みで、違和感を覚えた人もいるかもしれない。

だが、もともと地方競馬のダービーは夏以降の実施が多かった。晩成血統であったり、2歳時に不慮の故障をしてしまったり、あるいは体質が弱かったり―――。地方にやってくる馬の中には、2歳や3歳の春から全能力を発揮できないような馬が少なくない。だからレース体系もそれに合わせる必要があった。

かつて宇都宮で行われていた北関東ダービーなどは、11月の施行が長く続いたほど。たとえ遅デキでも、焦ることなく夏から秋の目標に向けてゆっくりと力を付けていくことが可能だった。それが地方競馬の存在意義のひとつだったと言っても過言ではあるまい。

ところが、5月末から始まる「ダービーシリーズ」のスケジュールに合わせるかのように、全国各地のダービーが春シーズンに前倒しされて久しい。今では、たとえ地方であっても、早い時期から賞金を積み重ねる必要がある。

岩手の「ダイヤモンドカップ」にしても、ついこないだまではありきたりの特別戦だった。それに突然「岩手ダービー」の副題を付けて、「はい皆さん、今年からこのレースをダービーとします」と言われて簡単に受け入れられるだろうか。実際、10月に行われる不来方賞こそ、岩手3歳最高の栄誉と今なお信ずるファンや関係者は少なくない。

Derby 

すでに廃止されてしまったが、高崎競馬場の高崎ダービーは、毎年ちょうど今頃に行われていた。なにせ全国屈指の猛暑県の7月末である。猛烈な暑さにクラクラになりながら見るダービーは正直言って辛い。写真は1997年の高崎ダービーを勝ったアイコマシルバー。この年のダービーもとてつもなく暑かった。だが、その暑さゆえに、レースの印象は20年が経った今も私の脳裏に強烈に焼き付いたまま。地方の3歳戦はこれからが暑い。

 

***** 2017/07/16 *****

 

 

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2017年7月15日 (土)

千葉にもあった「いずみ食堂」

炎天下の昼下がり、千葉県内でクルマを走らせていたら目を疑うような看板が飛び込んできた。

Kanban 

いずみ食堂―――?

まさか。そんなはずはない。私は木更津市内を走っていたはず。それが、いつの間にか日高の国道235号に来てしまった。だって「いずみ食堂」といえば門別しか有り得ませんからね。あまりの暑さのせいで頭がやられてしまったのだろうか。

Mise 

これは確認せねばなるまい。クルマを降りて暖簾をくぐる。店内はカウンター10席に小さな2人掛けテーブルが2セット。門別とは違う。当たり前だ。それに安堵してメニューを確認。どうやらメインは焼きそばのようだが、それにしても安い。だって今どき350円で食事はできませんよ。写真は肉入りの大盛り。麺は2玉分もある。

Yaki 

見た目はごく普通のソース焼きそばだが、思いのほか美味しい。麺は細め。具は少ないが、そのぶん麺の味をたっぷり楽しめる。ソースの香りは強めだが、しょっぱいということはない。特別なソースなんですかね。

Menu 

メニューに「うどん」と書いてあれば食べる。そう決めているので、焼うどんも追加オーダーしてみた。

Udon 

焼うどんというと、醤油ベースの味付けに花かつおをまぶしたりすることも珍しくないけど、こちらの焼うどんは基本的にソース焼きそばの麺をうどんに替えただけ。ウスターソースが絡んだうどんも美味しい。

お客さんは中学生とおぼしき3人組と若い夫婦。『いずみ食堂』の名の由来は訊いてこなかったが、閑静な住宅街に溶け込んだ店の佇まいは「食堂」の名にふさわしい。地元密着感という点では、門別の『いずみ食堂』に匹敵する。

ちなみに、駅からは遠いのでクルマが無難だが、駐車場は店の真ん前のスペースに1台分と、ちょっと離れたところに2~3台分あるだけ(店舗に案内貼り紙あり)。エアコンもない。最近はネットに書いてある時間より早く店仕舞いしているらしいから注意しよう。それが食堂巡りの流儀だ。

 

***** 2017/07/15 *****

 

 

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2017年7月14日 (金)

灼熱の新馬戦

気温33度。湿度80%。東京はサウナの如き陽気が続いている。

Sky1 

昨日の大井も暑かった。海風が吹き付けるだけまだマシなような気もするが、その風はベッタリと湿気を含んでいるので爽快感はゼロ。むしろ不快感が強い。それよりも心配の種は空模様だ。こうしている間にも不気味な灰色の雲が次々と横切ってゆく。この状況で降るのなら、それは滝の如き豪雨であろう。大井競馬場は、パドックから本馬場への馬道がアンダーパスになっているので、そこが冠水してしまうと馬の移動ができない。実際、過去には集中豪雨の影響でレースが中止になったこともある。

昨日の大井は1200mの新馬戦が2鞍。3レースを勝ったのは1番人気のエスプリブルース。2着は2番人気のプレディクト。以下、最下位まで人気順通りの決着となった。5頭立てとはいえ、能験の時計を見れば一頭一頭の能力差は明らか。これは番組に問題があろう。3連複の配当は驚愕の150円。だが、3着と4着が「大差」だったことを思えば、それでも“つけた”感すら漂う。

3r 

4レースはもうちょっとマシな7頭立て。1番人気メテオバローズがハイペースで飛ばして直線に向いた。その背後に付けていたシングンレガシイも必死に食い下がるが脚色は同じ。それでも鞍上の達城龍次騎手は諦めない。追って、追って、追いまくって、ついにハナだけ捉えたその瞬間がゴールだった。その勝負根性は牝馬らしからぬものがある。

4r 

お兄さんは重賞2勝のロイヤルボス。言われてみれば、顔立ちがどことなくお兄さんと似ていなくもない。ロイヤルボスはデビュー5連勝でハイセイコー記念を勝ち、東京ダービーでは3着と好走し、古馬になってからもマイルグランプリでアジュディミツオーを破ってみせた。果たしてシングンレガシイにはどのような競馬人生が待ち受けているのだろうか。そんなことに想いを巡らせるのも、新馬戦の醍醐味であろう。

Boss 

ハナの2着は逃げたメテオバローズ。そこから3着馬までは、なんと3秒1もの大差がついた。しかも勝ち時計は先ほどの3レースより0秒8も速い。敗れたとはいえメテオバローズの能力の高さも相当だ。なにせお母さんは東京2歳優駿牝馬を逃げ切った、あのエンジェルツイートである。昨日はたまたま相手が悪かった。上がり38秒1なら上等。バテて止まったわけではない。

Sky2 

気付けば上空にはきれいな夕焼けが広がっていた。2歳馬たちの門出を天が祝福しているのかもしれない。彼ら彼女らのキャリアは始まったばかり。長い目で見守ろう。

 

***** 2017/07/14 *****

 

 

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2017年7月13日 (木)

ダブルダービー馬

北海優駿(門別)、岩手ダービーダイヤモンドカップ(盛岡)、東京ダービー(大井)、東海ダービー(名古屋)、兵庫ダービー(園田)、九州ダービー栄城賞(佐賀)の6つのダービーで構成された「ダービーウィーク」に、今年から高知優駿(高知)と石川ダービー(金沢)が加わり、「ダービーシリーズ」と装いも新たに各地で3歳馬たちによる熱戦が繰り広げられた。そこを勝ち上がった各地の代表が7月の大井に集結。JRAのエリートたちと対峙して、全国統一3歳ダートチャンピオンが誕生する―――。

そんなストーリーを想い描いていたのは、ひとり私のみではあるまい。だが、蓋を開けてみれば、ダービーシリーズの優勝馬のうち、昨日のジャパンダートダービーに駒を進めてきたのは、地元南関東のヒガシウィルウィンただ一頭。北海優駿を楽勝したベンテンコゾウも、父ドリームジャーニーにダービーのタイトルをプレゼントした東海ダービー馬ドリームズラインも、父子制覇の夢を期待させた高知優駿の覇者フリビオンもいない。事実上、今年のJDDは「南関東 vs JRA」という構図になった。まぁ、それならそれで地元馬の奮起を期待するだけだ。

JRAの筆頭格はサンライズノヴァ。ユニコーンSでの4馬身差は圧巻だった。そういえば、父ゴールドアリュールが勝った2002年のJDDも、地方のダービー馬は不在の一戦だったことを思い出す。1番人気。

迎え撃つ南関東の大将は、“俺たちのダービー馬”ヒガシウィルウィン。こちらも東京ダービーは6馬身差の独走だった。南関東を根城とする人間として、期待せぬはずがない。なにせ東京ダービー馬によるJDD勝利は2001年トーシンブリザード以来途絶えている。そろそろ何とかしてくれ。5番人気。

レースはノーブルサターンの逃げ。ヒガシウィルウィンは中団6番手、サンライズノヴァは後方馬群を追走していく。すると3コーナーで早くもヒガシウィルウィン本田正重騎手の手が動き足した。対して、先行するJRA勢の手応えには、まだ余裕がありそうだ。

ダメか………。

そう思いながら迎えた直線。力強く混線を抜け出してきたのは、なんと黄・胴青右襷の本田騎手の服色ではないか。内からサンライズソア、外からタガノディグオが迫るが、前に出ることは許さない。そのままヒガシウィルウィンが先頭ゴールを果たした。

Jdd1 

殊勲の本田正重騎手は、落馬負傷の森泰斗騎手の代打だった。ダービー馬の手綱を任されるプレッシャーは、なまなかではあるまい。「(JDDに)騎乗することが決まってから、ずっとこの日ばかりを考えてきた」と本田騎手。その気持ちは理解できる。

Jdd2 

先ほども書いたように、ヒガシウィルウィンはトーシンブリザード以来となる東京ダービー&JDD連勝を果たしたわけだが、ヒガシウィルウィンを管理する佐藤賢二調教師は、実はトーシンブリザードの管理調教師でもあった。故・川島正一調教師でも為し得なかった偉業。それを二度も成し遂げたのだから、これはもう凄いのひと言に尽きる。キャリア12年で南関東ローカル重賞を2勝しただけ本田騎手を、リーディングジョッキーの代打に指命したその采配も見事だった。

ちなみにトーシンブリザードは、JDDのレース中に骨折の憂き目に遭っている。たしか記念撮影も中止になったのではなかったか。予定されていたJRA天皇賞挑戦も白紙に。それどころか、結果的にあのJDDがトーシンブリザードにとって最後のGⅠタイトルとなってしまった。佐藤調教師の心情は察するに余りある。トーシンブリザードで為し得なかった夢は、ヒガシウィルウィンに託そう。「3歳ダートチャンピオン」が最終目標ではあるまい。これからが本当の闘いだ。

 

***** 2017/07/13 *****

 

 

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2017年7月12日 (水)

パチンコのおかげです

昨日、「最近の馬券売り場では、子供が堂々と馬券を買っている」というようなことを書いたけど、ギャンブルにおける不法行為がおおっぴらに行われるようになったのは、なにも競馬に限ったことではない。

プレイヤーの9割以上が玉を換金しているパチンコは、間違いなく日本独自のカジノ施設である。タテマエは「遊技」ということになっているが、それは「自衛隊は軍隊ではない」と言い張るのと同じ。どうも日本人は、現実とかけ離れた建前を主張し続けることに長けているような気がしてならない。

ともあれ、景品買取は立派な犯罪である。ひと昔前は、買取所もパチンコ店からほどよく離れた目立たぬ場所にひっそりと営業していたものだが、最近ではパチンコ店の隣で堂々と買い取りが行われていて驚かされたりする。法律的には違法だが、政策的には合法。そんな曖昧な状況がいつしか既成事実化し、パチンコ店の実質的なカジノ化を推し進めているのであろう。こうした“ゆるみ”が、ギャンブルに否定的な人たちの格好のターゲットとなる。

ところで私はパチンコをやらない。だが、過去に一度だけパチンコ店に入店したことはある。30歳を目前に控えた頃、「20代の名残にパチンコを経験しておきたい」という非本質的な動機から、その道のベテランに連れて行ってもらった。もう20年近くも昔になる。

「初めてならこれが良いよ」と言われて私が対峙した台は「わんわんパラダイス」という騎手もとい機種。

好きな台を選べと言われていちばん手近な椅子に座り、言われた通りに玉を買い、言われた通りの目標めがけて玉を弾いていたら、ほどなくして大当たりと相成った。いわゆる「確変」というヤツである。

何が何だか解らぬまま、そこから先は台から溢れ出る玉をひたすら水色の箱に移し、箱が一杯になったら新しい箱を用意してザラザラと玉を救う作業の繰り返し。パチンコとはかくも忙しく、かくも単調なゲームなのか―――。そんなことを考えながら30分間近く玉の箱詰め作業に忙殺されたのち、付き添いのベテラン氏が「さあ換金に行こう!」と言ったところで私のパチンコ初体験は終了した。

ビギナーズラックには違いない。しかし望外の大金を手にした私に歓喜の想いは湧かなかった。

それはおそらく流れ出る玉をひたすら箱に移すという単調作業に追われるあまり、パチンコそのものの楽しさを体感するという当初の目的を達することができなかったからであろう。よしんばその「箱詰め作業」こそがパチンコの醍醐味であったとしとも、私にその行為の楽しさはやはり理解できなかったと言うしかない。

ギャンブルの手段、いわゆるゲーミングはその多くが国際的に広まっている。すなわち、カード(トランプ)、ルーレット、競馬、麻雀といったゲームは発祥国の埒内にとどまらず、世界中に広まって発展を遂げた。ゲームそのものの完成度の高さゆえだろう。しかし、日本において興隆を極めるパチンコが、まったくと言って良いほど海外に広まらないのは、いったい何故であろうか。

Arajin 

セレクトセールのみならず、海外のメジャーセールにおいても、パチンコ産業関係者が次々と超高額馬をセリ落とすようになって久しい。こんな世界的良血を間近に見れんのも、元を辿ればパチンコのおかげ―――。そう感謝しつつ競馬を見なけりゃならんのでしょうかね。里見さん、今年の買いっぷりも凄かったなぁ。

 

***** 2017/07/12 *****

 

 

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2017年7月11日 (火)

繰り返す歴史

昨日付「未成年お断り」の続き。ギャンブル依存症対策の名のもとに、首をかしげたくなるようなギャンブル制限論が幅を利かせ始めているという話。

近年の流れはむしろ逆だった。それまで馬券購入が禁止されていた「学生・生徒」でも、20歳以上であれば購入が可能となったのは、2005年の競馬法改正でのこと。そもそも学生の購入制限は、戦前に施行された旧競馬法に規程された、まさに黴の生えた条項だった。80年代後半の「オグリキャップブーム」を支えたのは、非合法であるはずの大学生たちである。そんな事情を踏まえれば、ようやく時代に法律が追い付いたということであろう。

それでも私が学生の頃は、大人に頼んだり、なるべく老け顔の同級生に買ってきてもらったりと、馬券購入にはそれなりに気を使ったものだ。かつてのウインズ警備員の眼は鋭く、学生が疑われる来場者を見つけては、年齢、生年月日、職業など次々と質問を浴びせたのである。それらの攻撃を上手くやり過ごしたとしても、安心するのはまだ早い。最後に「干支は?」という想定外の一撃が飛んでくる。この質問をクリアできずに購入を断念した貴兄もすくなくあるまい。

なのに、最近では堂々と馬券を買う子供をやたらと目にする。JRAでも地方でも同じ。それも場外ではなく、圧倒的に競馬場に多い。自分でマークカードを塗り、自分の財布から札を出して、やおら券売機に向かう姿は、いっぱしの馬券師のようだ。それを見ている警備員も特に咎める様子はない。馬券発売が手売りだった昔なら、窓口オバちゃんが注意しただろう。だが、自動券売機は相手が誰であろうが関係なくマークカードと札を飲み込み、黙って馬券を吐き出す。

Child 

子供の馬券購入が目立つようになったのが場外ではなく競馬場であるのは、急激に増えた競馬場の子供連れ客と無関係ではあるまい。しかもれっきとした違法行為であるにも関わらず、かつてのような無慈悲な取締りが行われないのは、お客様第一主義がもたらした弊害であろうか。私自身、馬券購入の年齢制限にはネガティブだが、お上たる主催者が違法行為を野放しにしている現状は看過できない。それではいざという時に反論もできないではないか。民進党の主張が、まさかの「正論」になってしまう恐れもある。

ところでWIN5が発売されたのは2011年のこと。当時は「夢の新馬券」と謳われ、今なお強い人気を博している。

複数のレースの1着馬を当てる「重勝式」馬券が認められたのも、2005年の競馬法改正のおかげなのだが、実は遥か昔にも重勝式が発売されていたのをご存知だろうか。それを廃止に追いやったのが、1961年の“長沼答申”。公営ギャンブルの過熱が社会問題化する中で、総理大臣の諮問機関として設立された「公営競技調査会」(長沼弘毅会長)が、「投票の的中率を高くして射幸心の過熱を避けるため、重賞式を廃止して連勝複式を採用、単勝、複勝式を中心にするべき」と答申したのである。

私があれこれ心配するのは、半世紀も昔の長沼答申と現状の議論とが、どことなく似通っているようにも思えるからだ。つい昨日も、警察庁がパチンコの出玉規制を検討しているとの報道があった。競馬でも射幸心を煽り過ぎる馬券を廃止すべき―――。もしそんな議論が湧きあがれば、WIN5もまた消えて無くなる運命かもしれない。このタイミングでWIN5の窓口発売化が発表されたのは果たして偶然か。不穏な空気を感じたJRAが先手を打ったようにも思える。

さらにおかしなことに、ギャンブルの監督強化を旗印に競馬関係者の馬券購入制限の適用範囲を広げてはどうかという声まで聞こえてきた。厩舎関係者や主催者のみならず、競馬記者などのマスコミ関係者はもちろん、牧場関係者にも、むろん馬主にも、果てはクラブ会員にまで火の粉が及ぶ可能性すらある。仮にそんなことになれば、日本の競馬は一気に萎んでしまうに違いない。

政治が競馬を良くすることなどない。歴史的に見てもそれは明らかであろう。政治家は自分の都合しか考えていない。その政治家が法律を握っている。そして、その法律なしに競馬は存在できない―――。

刑法の適用例外という危うい立場に置かれた日本競馬の悲哀がここにある。競馬ファンにできることは、議論の行方から目を離さぬこと。今後も注目を続けていきたい。

(この項終わり)

 

***** 2017/07/11 *****

 

 

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2017年7月10日 (月)

未成年お断り

我が国の競馬は刑法の適用例外を受けることでその存在を認められている。その根拠法は競馬法と日本中央競馬会法。そこに民法が顔を出すこともある。しかしここへきて、新たな関連法案が加わりそうな雲行きになってきた。その動きは昨年の暮れ、カジノ推進法(IR推進法)が成立したことに端を発する。

「カジノなんて興味があるヤツだけ行けば良い。どうせ競馬には関係ない」

―――なんて思っている競馬ファンは少なくないのではないか。だがしかし、決して安穏としていられない。カジノ推進法はその付帯決議でギャンブル依存症対策への取り組みを求めた。これはカジノに限らずすべての射幸産業を対象としている。つまり競馬、競輪、競艇、オート、宝くじ、toto、パチンコ、そしてまだ見ぬカジノである。しかもどちらかと言えば、カジノよりは既存ギャンブルをターゲットにした“縛り”の趣が強い。

それが端的に現れたのが、民進党が独自にまとめたギャンブル依存対策法案である。6月に国会に提出されたその法案では

『公営競技の投票又はぱちんこ屋等における遊技(以下この項において「投票等」という。)が行われる事業所への未成年者(ぱちんこ屋等にあっては、十八歳未満の者)の入場制限の方策』

『遅くともこの法律の施行後三年以内に、必要な措置を講ずる』

よう求めている。平たく言えば、3年以内に未成年者が競馬場や競輪場に入れなくなるようにしなさい、ということだ。

しょせんは民進党が出した法案である。そのまま成立するものではない。だが、一部の競馬関連メディアやスポーツ紙が、これに敏感に反応した。「競馬はかつてのバクチのイメージから脱却し、観るスポーツとしての立場を確立している。いまや競馬場は子供連れが休日を過ごす健全なレジャースポットだ。そんな現状を踏まえぬ民進党の見識には呆れる」と痛烈に批判したのである。

毎週のようにJRAの競馬場に足を運ぶ人なら皆知っている。東京競馬場で言えば府中本町から競馬場に続く専用通路はベビーカーが蹂躙し、4コーナー付近に近づくにつれその比率はみるみる増えてゆく。さらに内馬場でヒーローショーがある日には子供たちが長蛇の列を為すし、ジョッキーベイビーズの当日には出場者の応援にやってきた多くの子供たちがラチ沿いにかぶりつく。そこにかつての鉄火場のイメージはない。そんな現状を知っていれば、今さら「競馬場に未成年者の入場を禁ずる」などと言い出すのは、たしかに非現実的だと言わざるを得ない。こんな微笑ましいシーンも見られなくなる。

Amp 

それでも気になることはある。たしかに競馬場に来ても馬券を買わずに過ごす人はいる。そういう意味では「観るスポーツ」と思っている人はゼロではあるまい。だが、それが「確立」しているかと問われれば意見は分かれる。仮に確立しているのなら、スポーツ紙は現在の馬券中心主義的な報道姿勢を改めるべきであろう。それをしないのは競馬はギャンブルであると認識している証拠。そもそも「馬券を買わぬ客もいる」と強調することが、「馬券は悪」と言っているに等しい。

「ギャンブル=悪」という図式のない海外では、子供の馬券についてもいたって鷹揚だ。メルボルンカップ当日に、小学校の授業を中断して教室のTVでレース中継を見る豪州などはその典型。彼の地では、生徒たちが勝ち馬の予想をする授業も行われているという。人生は選択の繰り返し。しかもどれだけ準備したところで、想定外のリスクからは逃れることはできない。ギャンブルがそれを学ぶ格好の教材である所以であろう。

顧みて日本の子供たちはそのような経験をせずに育つ。しかも子供の割に大金を持ち歩いていることも少なくない。それが間違いの元となる。要は金銭教育があるかないか。そこに日本の問題があろう。未成年者を競馬場から締め出したところで、ギャンブル依存症が減るとはとても思えない。

(明日付に続く)

 

***** 2017/07/10 *****

 

 

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2017年7月 9日 (日)

憧れの七夕賞

実は意外な告白をするのだが、七夕賞をナマで見たことがない。

ラジオNIKKEI賞はもちろんある。新潟のアイビスサマーダッシュも、レパードSも、関屋記念も、新潟ジャンプSも、新潟2歳Sも、新潟記念にもしっかり足を運んだ私なのに、なぜか七夕賞に限っては縁がない。なにせセレクトセールと被るのが困る。セールに行かない年もあるが、それは別の用事があればこそ。私と七夕賞の間に流れる天の川は、年に一度の逢瀬すら許してくれなかった。

夏のローカル開催期間の福島・新潟は、私にとって期間限定の“地元”と言うべき存在。なのに地元で行われる重賞を見たことがないというのは、グリーングラスの有馬記念に始まり、今年39年目を迎えている私の競馬歴にとって恥ずべき事実であろう。しかも、よりによって福島競馬のいちばんのハイライトたる七夕賞である。それでいながら「福島のファンは……云々」みたいなことを書きつらねる我が身が恥ずかしい。なので今年こそは―――と秘かに決意を温めていた。

それで朝から私がやって来たのはこちら。おお!「ままどおる」たちのお出迎えだ!

Mama_2 

しかし「ままどとる」はあくまでお土産。まずはJAふくしま「桃の恵み」で乾いた喉を潤すことにしよう。なにせ今日はこの夏いちばんの暑さ。勝負に挑む前に倒れてしまっては話にならない。熱中症を避けるには、桃果汁100%ストレートのこの一本に限る。

Momo_2 

おっと、こちらはNTV「秘密のケンミンショー」でも紹介された福島県民のソウルフード・クリームボックスではないか!

Creambox1_2 

実際に食べてみると……うーむ。これはなかなかインパクトが強い。普通の食パンにどばっとクリーム塗って冷やしたらこんな感じになりますよね。味も食感も見た目通り。これを毎日食べる福島の人は凄い。

Creambox2_2 

なので昼食はさっぱりと喜多方ラーメン。やっぱ福島といえば、これでしょう。これなら毎日でも食べられそうだ。

Ramen_2 

腹ごしらえが終わったところで、ぼちぼち七夕賞の馬券を仕入れることにするか。昨日も書いたように狙いはブライアンズタイムの血。なかでも人気薄のバーディーイーグルとウインインスパイアから勝負だ。

Baken_2 

……とここまで延々と書いてきたけど、残念ながら私は福島に来ているわけではない。まあ、なんとなく分かりますよね。というか、馬券にしっかり場所が印字されてる(笑)

最初のお店は八重洲の「福島県八重洲観光交流館」。いわゆるアンテナショップです。「桃の恵み」は入店時のサービスで頂いた。もちろん「クリームボックス」はこちらで買うことができる。

Shop 

そこから歩くこと5分。昭和通り沿いには『喜多方ラーメン坂内小法師』の京橋店が暖簾を掲げている。たかがチェーン店と侮ってはいけない。午前11時の開店とほぼ同時に、店内の席はすべて埋まった。平日は行列必至の人気店である。

Bannai 

さらにそこから5分も歩けば、いつものココにたどり着く。

Wins 

かように、東京にいながらでも、ある程度の福島遠征気分を味わうことは可能。だがしかし、やはり現場観戦の興奮には敵うまい。今年も七夕賞を見ることはできなかった。競馬歴40年の節目を迎える来年こそ、福島大学吹奏楽団の生演奏によるファンファーレを聴きたいなぁ。

 

***** 2017/07/09 *****

 

 

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2017年7月 8日 (土)

早田の地と血

例年フルゲート必至のハンデ戦なのに、今年の七夕賞は12頭立てに留まった。穴党は多少物足りなさを感じているのではあるまいか。これでは、少なくとも2012年のような「14番人気馬の優勝」という驚くべきシーンが生まれることはない。

しかも12頭なのうち3頭までが、同じシルクレーシングの服色なのである。

Silk_2 

シルクレーシングが福島と関わりが深いことはご存知の通り。かつてクラブの経営に深く関与していた早田牧場(※2002年に経営破綻)は、もともとこの福島に本場を抱えていた。県内天栄村にある「天栄ホースパーク」にしても、今でこそノーザンファーム傘下だが、もともとは早田牧場の育成施設。ゆえにシルクは古くから福島競馬場をことさら重視してきた歴史がある。七夕賞の3頭出しは、その気概の現れであろう。

さらに出馬表をよくよく見れば、今年の七夕賞にはブライアンズタイムの血を受け継ぐ馬の名が、やたらと目につく。

ウインインスパイア(父がタニノギムレット)
ヴォージュ(母の父がタニノギムレット)
ゼーヴィント(母の父がブライアンズタイム)
バーディーイーグル(父がブライアンズタイム)

実はブライアンズタイムと福島競馬場の相性はすこぶるよろしい。先週のラジオNIKKEI賞を勝ったセダブリランテスの母の父はブライアンズタイム。昨年のラジオNIKKEI賞の覇者・ゼーヴィントの母の父もブライアンズタイム。さらに昨年の福島牝馬ステークスを15番人気で勝ってしまったマコトブリジャールの母の父もブライアンズタイムである。もっと遡れば、直子ビワタケヒデもラジオたんぱ賞を勝っているし、思えばあのナリタブライアンにしても、2勝目を挙げたのは福島のきんもくせい特別だった。

ナリタブライアン、チョウカイキャロル、マヤノトップガン、サニーブライアン、シルクジャスティス、シルクプリマドンナ、ノーリーズン、タニノギムレット……等々。

ブライアンズタイムと聞くと、クラシックに強い中長距離血統のイメージを強く抱いてしまいがちだが、その血統構成をよくよく見れば典型的な米国血統である。小回りの平坦コースはまったく苦にならない。ブライアンズタイムを輸入したのが、福島に縁の深い早田牧場なのだから、福島での好成績は当然―――そんな指摘はもちろん正しいが、それを割り引いても福島コースとの相性の良さはなお余りある。

ちなみに、早田牧場はハナっからブライアンズタイムを狙っていたわけではない。実際に欲しかったのは1988年の全米ターフチャンピオンのサンシャインフォーエヴァー。ところがトレード話がうまく運ばない。すると先方が「こっちだったら売ってやってもイイよ」と言い出した。それがブライアンズタイムだったという。

ブライアンズタイムとサンシャインフォーエヴァーは従兄弟同士で、しかもそれぞれの母親は全姉妹だから、両馬の血統構成はほとんど同じになる。とはいえマンノウォーS、ターフクラシック招待、バドワイザーインターナショナルと怒涛のGⅠ3連勝をマークしたサンシャインフォーエヴァーに対し、ブライアンズタイムはと言えばフロリダダービーを勝った程度。その実績にはかなりの開きがある。なのに、そのブライアンズタイムが大成功を収めるのだから競馬はわからない。なにせ遅れて日本にやって来たサンシャインフォーエヴァーからは、ほとんど活躍馬は出なかった。

実は明日の七夕賞に出走するマルターズアポジーの母の母の父が、そのサンシャインフォーエヴァーなのである。ブライアンズタイムとほぼ同じ血統構成を持つサンシャインフォーエヴァーが、やはり平坦の小回りを得意としていたとしても不思議ではない。実際、マルターズアポジー自身、福島コースでは(3,0,1,0)。うち1勝は福島記念である。明日の七夕賞では、福島の地にゆかりのある血を受け継ぐ馬たちの走りに注目したい。

 

***** 2017/07/08 *****

 

 

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2017年7月 7日 (金)

冷麦はどこへ

昨日のひもかわに続いて今日の昼は素麺。『はなまるうどん』チェーンが期間限定で素麺を提供しているというので食べてみた。

Somen 

さほど期待はしていなかったが、なんというか、普通……(笑) 「讃岐では、うどんと同じくらい素麺も親しまれている」とは謳っているけど、それでもやはりうどんにはかなうまい。素麺を食べ終えてから、おろしぶっかけを追加注文しようかと真剣に悩んだ。

素麺や冷麦を外で食べる機会はあまりない。いた、正しくは「外で食べようとは思わない」だろうか。夏休みのお昼に家で食べるモノ―――そんなイメージがある。しかも私が子供の頃は素麺より冷麦の方が圧倒的にメジャーだった。当時は「東日本の冷麦」と「西日本の素麺」という棲み分けがあったはずだが、今や全国的に素麺が幅を利かせている。冷麦派はちょっと肩身が狭い。

ちなみに素麺と冷麦は同じものではない。小麦粉に食塩水を加えてこねたものを、油を塗りながら手で細く延ばしていくのが「素麺」。「冷麦」はこねるまでの製法は同じだが、手ではなく麺棒で薄く打ち延ばして包丁で細く切る。それに油を塗り、最後にまた延ばして仕上げる。

昨日の「ひもかわ」でも登場したJASの規程では「1.3ミリ以下を素麺、それより太くて1.7ミリまでを冷麦」と定めているが、この太さだけの区分けには異論もあるようだ。

素麺は奈良時代に遣唐使が大陸から持ち帰ったとされる。平安時代では既に「七夕に食べると大病にかからない」という言い伝えが誕生していたらしい。ゆえに今日7月7日は「素麺の日」と定められている。

一方、冷麦の登場はそうめんより700年も遅れた室町時代。当時は「切り麦」と総称され、冷やして食べれば「冷麦」で、温めて食べると「熱麦」と呼ばれたそうだ。なお、私が調べた限りでは「冷麦の日」というのは見当たらない。ますます冷麦派の肩身は狭くなる。

錦糸町駅を降りてウインズとは反対側の北口を出て歩くこと1、2分。うどん専門店『しゅはり』は、石臼を使って自家製粉した全粒粉を使ったうどんを提供する人気店だが、こちらではうどんではなく冷麦も選ぶことができる。

Shuhari 

その冷麦は主人がかつて修業した神楽坂の名店『蕎楽亭』仕込み。市販の冷麦とは違い麺にはしっかりコシがあり、しかも小麦の風味がしっかり感じられる。こちらの店はうどんのレベルも高いのだが、冷麦のレベルもそれにまったく負けてない。冷麦目当てという客も多いそうだ。

昔は夏になると、そこらへんの蕎麦屋さんでも「ひやむぎ」のメニューを出していたように思う。だが、最近ではほとんど見かけない。昨日の「ひもかわ」も然り。彼らは絶滅危惧種になりつつあるのだろうか。

 

***** 2017/07/07 *****

 

 

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2017年7月 6日 (木)

鬼ひも川

歌舞伎座の裏手をぶらぶら歩いていたら、「うどん」と大書きされた看板が目に入ってきた。

その名も『五代目・花山うどん』。群馬の名物「ひもかわうどん」の専門店らしい。ひもかわと言えば、うどん日本一を決める「U-1グランプリ」で3連覇を果たした「うどん界のグラスワンダー」とも言うべき存在。その特徴は、5センチはあろうかというその麺幅にある。

Oni 

厳密には「鬼ひも川」と呼ぶべきであろう。JASでは幅4.5ミリ、厚さが2ミリ未満の帯状に成形した麺を「きしめん」もしくは「ひもかわ」と呼べると規程している。「鬼ひも川」は広義の「ひもかわ」の進化系に過ぎない。実際、『花山うどん』では8年もの歳月をかけて改良を重ね、ついに商品化にたどり着いたという。実際食べてみると、薄さの割に腰がしっかりしている印象。独特のモッチリとした食感がたまらない。

「ひもかわ」そのものは昔からあった麺である。蕎麦屋に入れば、メニューに「そば・うどん・ひもかわ」と書かれており、そこから好きな麺を選ぶことができた。そばとうどんの二極化の波に飲まれるように、蕎麦屋のメニューから「ひもかわ」の文字が消えて久しい。

ゆえに世間では、この「鬼ひも川」のこそが「ひもかわ」だと誤解しているフシがある。

いまだに「そば・うどん・ひもかわ」のメニューを掲げている老舗の蕎麦屋などで、ひもかわを注文した客が、「これはひもかわじゃなくて、ただのきしめんだろ!」と文句を言うこともあるらしい。客の方は幅5センチのベラベラの麺を期待しているのだろうが、前出の規程に従えばたとえ4.5ミリ幅であっても立派なひもかわ。自身の誤解の捌け口を、店にぶつける行為は控えたい。

先日も紹介した水道橋の立ち食い蕎麦店『とんがらし』でも、麺は「そば・うどん・ひもかわ」の三種から選ぶことができる。

Himokawa 

こちらはそのひもかわ。幅は7~8ミリといったところだろうか。むろん「ひもかわ」を名乗ることになんら問題はない。

そんなことより、この店ではてんぷらを楽しもう。厨房の奥からご主人が揚げたばかりのてんぷらが運ばれてくる。それを奥様が箸で取って丼に乗せるたび「シュー」っという音が聞こえる。揚げたてでなければ聞こえない音。この音が既に美味しい。あとはヤケドに注意しながら一気に食べよう。うどんも美味しいが、ひもかわも美味しい。

 

***** 2017/07/06 *****

 

 

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2017年7月 5日 (水)

ダービー馬が目指す秋

先日、藤沢和雄調教師よりダービー馬・レイデオロのローテーションが発表された。それによると、秋は神戸新聞杯からジャパンCを目指すという。つまり菊花賞には向かわないということだ。

Derby 

2002年の神戸新聞杯でのこと、皐月賞馬・ノーリーズンを2馬身半も切って捨てたシンボリクリスエスを、それでも「菊花賞は距離が長い」と言って天皇賞に向かわせた藤沢師のことである。この発表に驚いた人はさほどいなかったのではないか。

2007 ウオッカ/秋華賞へ
2008 ディープスカイ/天皇賞へ
2009 ロジユニヴァース/JCで始動を発表するも故障
2010 エイシンフラッシュ/菊花賞直前で故障回避
2011 オルフェーヴル/菊花賞に出走して優勝
2012 ディープブリランテ/Kジョージに遠征後休養
2013 キズナ/凱旋門賞に遠征
2014 ワンアンドオンリー/菊花賞に出走して10着
2015 ドゥラメンテ/凱旋門賞を目指すも故障
2016 マカヒキ/凱旋門賞に遠征

長距離戦離れの傾向は昨日今日に始まったことではない。過去10年の菊花賞のうち、ダービー馬が不在だったのは実に8回。うち、菊花賞を目指しながら故障でやむなく回避したのはエイシンフラッシュのみで、近年では海外を目指すという傾向に拍車がかかっている。

実際に菊花賞を走った2頭のダービー馬のうち、オルフェーヴルに関して言えば、その時点で皐月賞と日本ダービーの2冠を制していた。穿った見方をすれば、菊花賞を目指したというよりは、「クラシック3冠を目指した」と言えなくもない。

菊花賞を支えてきたのは、「出走できるのは生涯一度きり」という伝統的な考え方だ。

古くはフレッシュボイス、近年ではネーハイシーザーやローエングリンに代表されるように、多少距離適性に目を瞑ってでも、「出られるものなら出したい」という考え方が、かつては大勢を占めていた。だが、こうした考え方は既に前世紀の遺物になりつつある。「菊花賞ではなく天皇賞」。若い調教師が増えるにつれ、こうした声が多く聞かれるようになってきた。一度でも3000mの遅い流れを経験すると、先々距離が短くなったとき、速い流れに馬が戸惑いかねない―――そう言うのは、ほかならぬ藤沢調教師である。

加えて、菊花賞を勝っても種牡馬として評価されない現状も菊花賞への忌避感を後押しする。デルタブルース(乗馬)やビッグウィーク(障害入り)を例に挙げるまでもない。

そもそも、天皇賞やジャパンカップで3歳馬が古馬に勝つのは至難だ。凱旋門賞やキングジョージならなおさら。それでもディープスカイ、ディープブリランテ、キズナ、マカヒキといったダービー馬たちは、自ら進んで古馬相手の頂点を目指した。楽な相手に勝って評価されないタイトルを積み重ねるのではなく、より強い相手に挑まなければならない。それがダービー馬の宿命。ようやくそれが常識となりつつある。つまりそういうことであろう。

 

***** 2017/07/05 *****

 

 

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2017年7月 4日 (火)

台風3号接近中

台風3号が日本列島に上陸。東京も夜になって雨が降りだした。

こりゃあ明日のスパーキングレディーカップはヤバいかも……と、慌てて南関競馬のサイトを覗いてみれば、なんと既にスパーキングレディーCは明後日の木曜日に行われることになっているではないか!

Bangumi 

こいつは手回しが良い。さすが川崎競馬場だ。なにせ2002年のスパーキングレディーCでは台風6号の影響をモロに受けた。競馬開催は中止。スパーキングレディーCのみ翌木曜に順延である。そんな経験があるから、今回はも早目に手を打ったのだろうか……。

ーーーなんて話があるはずはなく、この日程はもとから決まっていたもの。普段なら水曜が重賞開催日であるのに、今週に限り木曜に重賞が行われることは、既に春先から発表されていた。理由はJRAのネット馬券発売システム・PATのシステムメンテナンス。いまやPAT抜きに南関東の重賞は成り立たない。そういう意味では、システムメンテナンスは台風に匹敵する破壊力を持つ。

それにしても東京は雨ばかり。むろん梅雨だから仕方ない。

「梅雨どきに牝馬の体調を保つのは大変。一晩で調子がガラッと変わる」

そんな話を厩舎関係者からよく聞かされる。女性ホルモンの繊細な働きが、気温とか気圧とか湿度の微妙な変化に影響を受けるのかもしれない。そういえば我が家の家人も梅雨どきは怒ってばかりいる。気象に気性が左右されるのなら、馬も人も同じであろう。私などは、てっきり洗濯物が乾かなくてイライラしているのかと思ってた。それがまた家人を怒らせる。

ともあれ、そんな難しい季節でありながら、狙ったレースにピタリと照準を合わせて出走させる陣営の努力は半端ではない。ゆえに梅雨どきの装鞍所は、ピリピリと殺気立っている。牝馬だけのレースならなおさらだ。なにせ川崎には牝馬限定重賞が多い。エンプレス杯、関東オークス、スパーキングレディーカップ、ローレル賞、そしてロジータ記念。川崎に牝馬限定重賞が多い理由の一つとして、古くから多くの名牝が活躍してきた歴史が挙げられる。

1951年のオークスを勝ったキヨフジはもともと川崎でデビューを果たした。中央競馬の歴史上、初めて地方出身のクラシックホースとなったことでも知られる。また、南関史上最強の牝馬ロジータは、1989年に牝馬として初めて南関東三冠競走(羽田盃、東京ダービー、東京王冠賞)を制しただけに留まらず、川崎記念や東京大賞典など南関東のビッグタイトルを総なめにした。ホクトベガが後続を18馬身も突き放した1995年のエンプレス杯はもはや伝説になっているし、白毛のアイドル・ユキチャンが、2008年の関東オークスで白毛馬初の重賞制覇を果たしたことは、まだ記憶にも新しい。

Sparking 

スパーキングレディーCは今年で21回を数えるが、JRAとの交流重賞になったのは2年目から。そのレースを勝ったのは地元南関東のホクトロビン(父・ブランコ)だった。ホクトベガを彷彿とさせる大捲りでJRAのシルクフェニックス以下を一蹴。しかし、JRA在籍経験を持たぬ生粋の地方馬の勝利は、ホクトロビンを最後に途絶えている。地方馬の奮起を期待したい。台風は明日の朝には抜けてくれそうだ。

 

***** 2017/07/04 *****

 

 

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2017年7月 3日 (月)

3歳ハンデ重賞の生きる道

「重賞も勝っていない馬に57キロはあまりに重い。ここ数年を見ても、これだけトップハンデの馬が結果を出せていないので考えて欲しい」

1番人気に推されたラジオNIKKEI賞で6着に敗れたサトノクロニクルの川田将雅騎手の、レース後のコメントが話題になっている。川田騎手にしては珍しい福島参戦だったが、それ以上に川田騎手が斤量を言い訳にするとは珍しい。よほど悔しかったのか。だが、仮に文句を付けるにしても、それは調教師の仕事。ハンデが気に入らなければ回避すればいい。

ともあれ、彼が「考えて欲しい」と訴えたのは、ラジオNIKKEI賞をハンデ戦で行うことの是非についてである。今年も上は57キロから下は50キロまで、実に7キロもの斤量差が生まれた。が、実際にそれほどの実力差があったかどうか。意見は分かれるに違いない。なにせこの時季の3歳馬同士のこと。力量を把握するにはあまりに材料が乏しい上、彼らは成長の真っただ中にある。わずかひと月で力関係が逆転することも珍しくはない。

馬の能力差を負担重量の加減で調節し、全馬横一列のゴールインを演出するのが、ハンデ戦の理想―――。

巷ではそのように語られることが多いが、実際に負担重量を決めるハンデキャッパーたちの目標は別のところにある。それはすなわち

「登録馬すべてがそのハンデに納得し出走してくること」

であり、さらに

「ほどよく人気が分散してファンの購買意欲を高めること」

である。

Reo 

2頭の回避馬が出てしまい、このレースがハンデ戦になって以来の最少頭数になってしまったことに加え、馬券売上も昨年より13.6%も落としてしまったという点に限れば、川田騎手が指摘する「ハンデ戦の是非」が問われても仕方ない。

そもそもハンデ戦は競馬を盛り上げるための手段のひとつ。事実、別定重量を採用していた「ラジオたんぱ賞」当時より出走頭数は増加傾向にはある。しかも馬券巧者が居並ぶ福島の競馬ファンは、ハンデ戦に代表される難解なレースを好んでやまない。七夕賞も、福島記念も、そしてかつてのカブトヤマ記念も、福島のビッグレースはことごとくハンデ戦だ。

今回で言えば勝ったセダブリランテスも、2着のウインガナドルも、6着に敗れたサトノクロニクルも、そろって同じ2勝馬。なのに、勝ち馬が54キロで2着馬が53キロ。57キロを課されたサトノクロニクルが、「そんなに実力差があるはずがない」と言いたくなる心理も理解できる。それを敗因にするのは論外だが、ラジオNIKKEI賞をハンデ戦で行う限り、この手の文句からは逃れられまい。それがレースのレベル低下を押し進める可能性はある。

難解なレースも良いが、まずはメンバーの充実が先であろう。そもそも3歳のサトノアレスが平然と巴賞に出ていたこと自体がおかしい。ここ数年はダービーから転戦してくる馬も激減。かつて「残念ダービー」と呼ばれたその面影は消え失せた。頭数よりも大事なのは中身。目の肥えた福島のファンがそれに気づかぬはずはない。昨年に比べて大きく減った売上額が、それを証明しているように感じた。

 

***** 2017/07/03 *****

 

 

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2017年7月 2日 (日)

タテジマの逆襲

社台とサンデーの第1次募集の結果が先週末に発表となった。このブログの読者には社台の会員さんも多いようだけど、みなさん結果はいかがでしたか。ちなみに私の周辺はことごとく惨敗。ゆえに競馬新聞ではなく、募集カタログを再び凝視する週末を過ごされたものと察する。

土曜の福島競馬場で知り合いの社台会員さんと遭遇した。愛馬シグネットリングの未勝利脱出を見届けんがため、クルマを飛ばしてわざわざ福島までやって来たという。だが、この時季に会員同士が会話をすれば、話題は自然と第1次募集の結果へと流れるものだ。

「イイなと思った馬がまだ結構残ってんですよ」

「そうですね。でも残り方がえげつないですよねぇ」

残口のある馬はサンデーサラブレッドクラブの25頭に対し、社台サラブレッドクラブは倍以上の57頭。ちなみに募集頭数はサンデーの方が1頭だけ多い。なのに、これだけの差が現れる。それがえげつない。とはいえ、決して少なくない額を出資するのだから、会員が出資先の成績を気にするのは当然のこと。会員の目はシビアだ。バッテンとタテジマの力関係は、応募状況に端的に表れている。

そんな懸念(?)をよそに、タテジマのシグネットリングは横山典弘騎手の鮮やかな手綱さばきに応えて見事差し切り。デビュー3戦目で未勝利脱出を果たした。前出の会員さんも大喜び。いやあ、おめでとうございます。福島まで来たかいがありましたね。

4r 

「強い勝ち方に見えただろうけど、馬自体は前と変わってない。良い意味でも悪い意味でもね。ここまで待って相手が弱くなったから、強く見えただけ。でも、強くなる余地はじゅうぶんあるから、まあ長い目で見てよ」

横山典弘騎手の言葉は一見辛辣だが、正直で何より分かりやすい。調教師は芝への挑戦も示唆していた。なにより、デビュー当時から「先々の馬」と言われてきた一頭が、未勝利を脱出した意義はとてつもなく大きい。

シグネットリングの父はルーラーシップで、母はJRAで3勝を挙げたロイヤルネックレス。ちなみに今年の募集馬でもタテジマのルーラーシップ産駒はまだ4頭に残口がある。

 ジョリーノエルの16 ♂ 3600万円(美浦・手塚)
 スターリーロマンスの16 牝 1800万円(美浦・畠山)
 ラントゥザリードの16 牝 1800万円(栗東・本田)
 アラドヴァルの16 牝 1600万円(栗東・西浦)

特にアラドヴァルの父はシンボリクリスエスだから、シグネットリングと同じ配合。しかも3代母はアイリッシュダンス。それでこの価格なら悪くないですよ。―――なんて言うくらいなら、私が申し込んじゃおうかなぁ。

ついでに紹介しておくと、ロイヤルネックレスの1歳馬。つまりシグネットリングの半妹も社台サラブレッドクラブで募集されていて、しかもまだ残口がある。

 ロイヤルネックレスの16 牝 2000万円(栗東・飯田)

父は既にJRAで3頭が勝ち上がったロードカナロア。しかも、シグネットリングと同じキングカメハメハ系種牡馬だから、配合の相性も悪くない……と思う。

12r 

この日の福島では猪苗代特別でもタテジマのトゥルーウインドが完勝。さらに3レースと12レースで吉田照哉氏の服色が1着ゴールを果たした。タテジマの逆襲は、ここ福島から始まるのかもしれない。

 

***** 2017/07/02 *****

 

 

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2017年7月 1日 (土)

夏の新種牡馬まつり

いよいよ夏の福島競馬が開幕。競馬ファンにとっては本格的な夏の到来だ。

私が若い頃の「夏競馬」といえば、実際には「夏休み」だった。メンバーは軽いし、頭数も少なく、配当はすこぶる安い。だから我々も馬券を休むし、有力馬たちの多くは北海道で放牧中。だから夏休みなのである。

だが、近年では夏の競馬を軽んずることはできない。夏の重賞体系は拡充され、2歳馬の始動は早まった。我々はすでに来年のダービー馬を見ている可能性すらある。

2014年の夏の福島初日の1レースを勝ったロジチャリスは、今年のダービー卿CTを勝つまでに出世したし、昨年の福島初日の1レースの勝ち馬オーバースペックは新潟2歳Sで2着。さらに5レースの新馬を勝ったタイムトリップは明日のCBC賞で人気の一角を占めている。初日の土曜だからといって油断している場合ではない。朝の新幹線でビール、福島に到着してまたビール……なんて具合にローカル気分に浮かれているようでは、大事な一頭を見逃すことになる。

そうは言いながら、まずは駆け付け一杯(笑)

Beer 

早くもホロ酔い加減で迎えた1レースを勝ったのはコスモイグナーツ(※写真左端)。新種牡馬エイシンフラッシュの産駒。柴田大知騎手はこれがJRA通算400勝のメモリアル勝利となった。

1r 

5レースは芝1200mの新馬戦。こちらも新種牡馬ストロングリターンの産駒・ジェッシージェニーが中団から鋭く伸びてデビュー勝ちを飾った。鞍上は菱田裕二騎手。ストロングリターン産駒はJRA初勝利だ。

5r 

6レースはダート1150mの新馬戦。夏の福島でダートの新馬は2鞍しかない。勝ったのはヘニーヒューズ産駒のオーヴァーライト。ヘニーヒューズはマル外のアジアエクスプレスやモーニンの父として既に知られているけど、本邦輸入種牡馬としては今年の2歳が初年度産駒となる。ともあれ4コーナーで先頭に並びかけると、ちょっと促しただけで直線で瞬く間に3馬身突き放した。強いのひと言に尽きる。

6r 

福島の初日に用意された2歳戦3鞍は、なんとすべて新種牡馬の産駒が勝った。函館の新馬でも新種牡馬ハードスパンの産駒が勝ったという。今年の新種牡馬たちはひと味違う。リーディング常連の種牡馬もうかうかしていられまい。そんな種牡馬同士の勝負を楽しむのも夏競馬の醍醐味。ともあれ、2歳馬たちの競走人生は始まったばかり。長い目で見守っていきたい。

 

***** 2017/07/01 *****

 

 

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