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2017年6月28日 (水)

似た者同士

昨日行われた優駿スプリントは、8番人気の伏兵・バンドオンザランが1番人気サブノジュニアの追撃を振り切って優勝。3つ目の重賞タイトルを手に入れた。

Band 

手綱を取った赤岡修次騎手は、誰もが知る高知のエース。しかし意外なことに、南関東ではこれが初めての重賞勝利であった。つい先日は、ウマノジョーで大井記念を制した岩手の山本聡哉騎手が、やはり南関東重賞初制覇を果たしたばかり。南関東は全国各地の名手たちが集結し、凌ぎを削るジョッキー激戦区である。

赤岡騎手は1999年10月、17歳で騎手デビュー。順調に勝ち星を積み重ね、95年には日本プロスポーツ大賞の地方競馬部門で新人賞に選ばれたように、騎手人生のスタートは順風満帆だった。

ところが99年、彼のキャリアを一転させる事故が起きる。スタート直後に落馬。靭帯断裂の大怪我を負ってしまう。

4か月にも及ぶ入院生活を終えた頃には、かつてのお手馬たちの大半は既に他の騎手の手に渡っていた。だが、これは決して珍しい話ではない。問題はその後。レースに乗れるようになっても膝に力が入らず、馬をコントロールできないのである。結果、お手馬はさらに減り、競馬への熱意も次第に醒めていった。事故から4年経ったある日、彼はついに引退を決意する。

「もう続けていく自信がありません。明日、調教師に引退を報告します」

親しくしていた先輩の西川敏弘騎手にそう打ち明けた。しかし西川騎手は赤岡騎手を説得して翻意を促した。それだけでなく、同じレースでかち合った自分のお手馬を、赤岡騎手に優先的に回してくれるようになったという。その中には、のちに地方競馬の最多勝記録を樹立することになるエスケープハッチも含まれていた。

「周りに助けられて今も競馬ができる」

当時を振り返る赤岡騎手は感謝の気持ちを忘れない。人間としても、ひと回り大きくなれたという。その後は高知のリーディングジョッキーとなっただけではなく、JRAのワールドスーパージョッキーズシリーズにも出場を果たし、見事3位に入賞した。

Shuji 

あのとき引退を思い留まってくれて良かったと思う関係者は少なくあるまい。実は私もその一人。先日、鮮やかな逃げ切りでポップレーベルに3年10か月ぶりの勝利をもたらせてくれたのは、ほかならぬ赤岡騎手だった。

順風満帆の船出、不慮の事故、そして復帰後の長く辛いトンネル………。赤岡騎手の競馬人生は、2歳夏に重賞を勝ちながら、両前骨折に見舞われ、その後まったく勝てなくなったポップレーベルのそれに重なって見える。そういう意味で、両者は似た者同士。ルメール騎手でも森泰斗騎手でも折り合いに苦労した馬が、なぜか赤岡騎手ではピタリと折り合った。ひょっとしたら人馬の間のに相通ずるところがあるのかもしれない。

Pop 

赤岡騎手の南関東での期間限定騎乗は7月14日まで。期間最終日の大井の最終12レースでは、再びポップレーベルの手綱を取ってもらうことになっている。

 

***** 2017/06/28 *****

 

※後日追記

その後、番組の変更があり、ポップレーベルの出走するレースは7月13日に変更となりました。赤岡騎手は乗れるのかしらん。

 

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コメント

久しぶりのマイルですが、1800の重賞を勝った力を見せて欲しいものです。距離が伸びた方が逃げやすいのではないでしょうか。

そもそも、勝てないレースが続いてた頃、
「最後にギアが上がらない」
「隣に馬がいると引っかかる
なんて騎手コメントが出ていたわけですから、それなら逃げなさいよって話ですよねぇcoldsweats01

投稿: 店主 | 2017年6月30日 (金) 14時55分

似た者同士 そうですね。

今年に入ってからは、ポップレーベルのレース は、悲愴感を持ちながら見ていましたが、赤岡騎手のおかげで一勝して安心、この馬と新たな向き合い方ができると思っています。

限定騎乗機会の最終日にもう一度縁があるようで嬉しいです。

投稿: RYU | 2017年6月30日 (金) 04時52分

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