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2017年5月16日 (火)

つかむ運、避ける運

話は昨夜にさかのぼる。

Saba 

馬券仲間と銀座『保志乃』で飲んだ。一流の味を銀座らしからぬ値段で楽しめる、知る人ぞ知る名店。巷のアニサキス騒動など怖れるに足らぬとばかりに真サバの刺身を〆張鶴で流し込みつつ、週末に迫ったオークスについて激論を交わしたのである。旨い肴に旨い酒、そして楽しい話題。酒席にこれ以上求めるものなどあるまい。まだ浅い時間ではあったが満足して店を出て、銀座駅でその相手とも別れた。

問題が起きたのはそのあとである。

半蔵門線と田園都市線のダイヤが大幅に乱れている―――。そんなアナウンスが耳に入った。どうやら青葉台駅で人身事故があったらしい。

「そうか、今日は月曜か……」

実際のところは自殺ではなかったのだが、その場では詳しい事情は分からぬから「月曜日の呪い」に文句を言いつつ、日比谷線へのホームへと急いだ。ひとまず中目黒に出て、東横線から大井町線に迂回した方が早い。

ホームに下りると、ちょうど中目黒行きがやってきた。これはツイている。しかもたまたま空席がある。ラッキーとばかりに腰を下ろし、ひと息ついた途端、けたたましいブレーキ音とともに、電車が急ブレーキをかけた。「キュウテイシャシマス。キュウテイシャシマス」という機会音声が繰り返される。

直後の車内アナウンスに凍りついた。私の乗ったこの電車が、日比谷駅入線時に人身事故を起こしたのだという。

毎日電車のお世話になっていれば、人身事故に遭遇するかもこともある。私自身は生涯三度目。ただし、人身事故を避けて迂回乗車した電車が人身事故を起こしたのは、さすがに初めてだ。空席に「ラッキー」と喜んでから一転、運転再開までは早くても1時間はかかる。これは運が悪い。ため息をついて、しばし「運」というものについて考えた。

運は「つかむ」と「避ける」に大別される。思わぬ空席は前者の例。人身事故は後者であろう。

競馬関係者の運は「つかむ」が主体のはずだが、かつて「避ける」運に関して驚異的な強さを発揮した調教師がいた。シノクロスなどを管理された故・西塚十勝調教師がその人。なんと、生涯で三度に及ぶ大難をわずかのところで免れているのだから、稀有な強運の持ち主と言うはしかない。

最初の命拾いは1954年9月26日。函館にいた西塚さんは青函連絡船の切符を持ってはいたのだが、宴席が長引いてついつい乗船を逃してしまう。しかしその連絡船こそが「洞爺丸」であった。おかげで死者不明1155人を出す「洞爺丸事故」を免れたのである。

二度目は1971年7月3日の札幌。西塚さんは空港に駆け付けたものの、またも搭乗便に乗り遅れた。その飛行機「ばんだい号」は、飛び立って間もなく函館近郊に墜落。乗員・乗客68人全員が死亡するという「ばんだい号事故」を、またもやすんでのところで回避した。

三つ目は1982年2月8日未明の赤坂。定宿にしているホテルにチェックインした西塚さんは、ぶらりと出かけた新宿で盛り上がり、午前様でホテルに戻った。するとホテルは火の海。死者33人を出した「ホテルニュージャパン火災」である。西塚さんは、そのときになってようやく「つくづく運が強い」と思ったそうだが、私ならもっと前にそう感じたに違いない。

日比谷駅の人身事故は迅速な救助作業が功を奏してか、「負傷」で済んだようだ。事故発生から25分で電車は運行を再開。1時間以上のカンヅメを覚悟した身としては、「運が良い」と思わざるを得ない。しかし帰宅したら、アニサキスによる激痛が……なんてコトもなく就寝。いくら私でも、そこまで運は悪くない。

ちなみに西塚調教師は通算重賞11勝。「つかむ」方の運の数はそれほど多くはなかったものの、1950年のオークスをコマミノルで勝っている。

 

***** 2017/05/16 *****

 

【後日追記】

ギムレット様からのコメントで、さらにもうひとつ、関東大震災でも危うく難を逃れたエピソードがあったことを知りました。“強運グランドスラム”ですね。凄いです。

 

 

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コメント

ギムレットさま

貴重なお話ならびにご指摘ありがとうございます。そもそも大正・昭和・平成の3時代にわたって競馬に携わることができるというのが、すばらしい運の持ち主だと思います。

投稿: 店主 | 2017年5月17日 (水) 08時18分

西塚十勝先生の強運はもうひとつあります。
関東大震災の時、奉公先のパン屋から道路に出たところで大きな揺れが起こり、パン屋の1階部分が潰れたそうです。

これほどの強運を重ねた西塚先生ですが、共同経営者であった十勝育成牧場で生まれたカブラヤオーは、遅生まれや馬体の不出来から預託を断っています。

また、単純な間違えだと思いますが、「シノクロスなどを」の後に西浦十勝となっています。ホテルニュージャパンの火災は、1982年2月8日未明です。

投稿: ギムレット | 2017年5月17日 (水) 01時28分

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