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2017年4月11日 (火)

データの落とし穴

特定保健用食品、いわゆる「トクホ」の信頼性が揺らいでいるらしい。消費者庁はメーカーに対して定期的な検査などの対策を義務付ける通達を出した。それが今まで為されていなかったのか?―――そう驚いたのは私だけか。いずれにせよ、私はトクホのお世話になったことはない。なんとなく欺瞞の臭いがするから。黒ウーロン茶を飲むくらいなら、ごく普通の麦茶を選ぶ。

トクホの効能については、きちんとしたデータに基づいて国が認定する。だから安心―――。大半の消費者はそう考えるかもしれない。だが、そのテの「データ」を私は信用しない。都合の良いデータを揃えることは、その道のプロであれば簡単なこと。捏造という不正手段に頼るまでもない。

そう思うのにはワケがある。30年近く前、とある競馬評論家の弟子と一緒に競馬場に行ったり飲んだりする時期があった。当時、彼が頻繁に師匠から命じられていたのが、「この馬を推せるようなデータを探せ」というミッション。週末のレース予想で、彼の師匠は人気薄の穴馬に敢然と◎を打つことが決まっている。そのための論拠を捻り出せというのだ。いわゆる「データ作戦」である。

とはいえ、その作業は特段難しいものではない。データを取る範囲や馬場状態、馬体重、果てはオリンピックイヤーや干支までも引っ張り出して、都合の良いサンプルだけを取り出した。ここまだやれば、たいていの仮説は「データ」でフォローできるものだ。

だから―――というわけでもないが―――私はデータに基づいた議論というものをあまり信用しない。データは考えの確認のため、あるいは補完のための材料に過ぎないのであって、純粋にデータから導き出される結論など、ほとんどないと思うがゆえである。はじめに考えありき。データの捏造事件が後を絶たないのも、根っこは同じであろう。

「喫煙者より非喫煙者の方が余命が長い」。これはデータ的に実証されていると大半の人は信じているに違いない。だが私はそこにも疑念を抱いている。75歳以上でデータを取れば、きっと逆の結果が出るに違いない。なぜか、病人はただちにタバコを禁じられるからである。かようにデータは取り方や読み方によって、如何ようにでもなる。

競馬のデータ作戦では「過去10年」が使われることが多い。「10年」と思えばたいそう長いが、考えようによっては「10回」でもある。たった10回の出来事など、統計学的にはほとんど偶然でしかない。では20回に延ばせば良いのか。すると今度は条件が大きく変わってしまう。今週は皐月賞だが、20年前の若葉Sは中山で行われていたし、京成杯は1600mだった。そんなデータは役に立たない。

Brian 

競馬ファンが偉いのは、そういった事情を分かっていながら、それでも何かを見つけ出そうとけなげに努力するところであろう。その努力がささやかな傾向を「データ」として炙り出すこともなくはない。なのに、それを盲目的に信用したりもせず、あくまでも検討材料のひとつとしてクールに割り切る。それは自分なりの考えがあるひとつの証。考える労を惜しむ人が、データの落とし穴に嵌るのである。

 

***** 2017/04/11 *****

 

 

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