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2017年4月 4日 (火)

NZTの輝き

1983年に重賞に格上げされたニュージーランドトロフィーは、今年が数えて35回目。

重賞に格上げされる前のニュージーランドトロフィーは、3歳上オープンの芝1800m戦としてダービー前日に行われていた。これを3歳限定のマイル重賞とした狙いは、明かなマイラーをダービーのゲートから除外することにある。当時のダービーはフルゲート28頭、あるいはそれに近い多頭数が常態化。「ダービーを勝つのは強い馬ではなく運の良い馬」などという格言は、主催者には皮肉にしか聞こえなかったに違いない。ダービーの出走頭数削減は急務であった。

ダービー前にステイヤーとマイラーの棲み分けを明確にすることは、その翌年に迫った天皇賞(秋)の距離短縮への布石でもあったのではないか。実際、ニュージーランドトロフィーの重賞昇格だけでは飽き足らず、皐月賞の1600mへの短縮案も真剣に議論されていたという。

今でこそNHKマイルカップの前哨戦という位置付けだが、NHKマイルC創設前は、12ハロンは明らかに不向きのスプリンターと、12ハロンでもイケるはずなのにクラシックに出られない外国産馬やクラシック未登録馬が激突するという稀有な舞台だった。手綱を持ったまま後続を7馬身千切ったオグリキャップのレースぶりは、今となっては伝説のように語り継がれている。

「ミホノブルボンより強い」と謳われた外国産馬ヒシマサルと、のちにマイルCSを勝つシンコウラブリイ、そして韋駄天サクラバクシンオーの「3強対決」で、GⅠレース並みの盛り上がりを見せたのが1992年のこのレース。9万6千人の大観衆が見守る中、シンコウラブリイが並み居る牡馬を蹴散らしたレースぶりは圧巻のひと言に尽きる。今週の桜花賞で重賞100勝を達成するかもしれない藤沢和雄調教師の、これが初めての重賞制覇だった。

入場者数でいえば94年の方が凄い。なにせ10万8千人である。念のために記しておくが、この当時のニュージーランドトロフィーがGⅠだったわけでは決してない。わずか9頭立てのGⅡレースを見んがため、昨今ではGⅠ当日でも滅多に見ないほどの大観衆が東京競馬場を訪れた。彼らの視線の先にいたのは、外国産馬ゆえに桜花賞とオークスへの道が断たれたヒシアマゾン。同世代の牡馬を破った彼女は、ここから女傑への道を駆け上がって行く。

Hisiamazon 

その後さまざまな曲折を経て、皐月賞の一週前に中山の1600mでニュージーランドトロフィーが行われ、5月の東京でNHKマイルCが行われるようになった。オグリキャップの強さに驚き、シンコウラブリイの速さに痺れ、ヒシアマゾンの末脚に震えた者にとっては、ちょっと物足りない感じも受ける昨今だけれども、今週のニュージーランドトロフィーに超新星の輝きを見つけることはできるだろうか。

 

***** 2017/04/04 *****

 

 

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コメント

桜花賞除外されてしまいましたね。最終的に2/3だっただけに残念。でも中山の方が馬場は合いそうです。

投稿: 店主 | 2017年4月 7日 (金) 06時57分

スズカゼちゃんが抽選に通れば狙いたいです。

投稿: すかどん | 2017年4月 5日 (水) 01時09分

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