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2017年3月10日 (金)

ふるいの感覚

その相手は困っていた。とある企画がまとまらない。なのに締切がそこまで迫っている。言葉少なにそう切り出したのである。

会社務めも長くなると、仕事が進まずに悩む部下はどこにでもいると思えるようになる。それが部下ではなく上司であることも―――悲しいことに―――なくはない。今日は後者の相手をした。場所は神保町の『満留賀静邨』。おかげでブログの更新が遅れた。今、これを書いているのは土曜の朝である。二日酔いがひどい。

Soba 

本心では仕事の相談など受けたくない。柄でもないのは明白。むしろ私は世間一般が抱く「相談相手」とは真逆のキャラクターのはず。馬とうどんのことしか頭にない人間である。なのに、棄てる場所に困ったゴミを抱えるように、みんな私に相談しにくる。私は相談相手には向いてないとは思うが、ゴミ箱としてはちょうど良いであろう。ともあれ、現時点でどんなことをしたいのか、何を作りたいのか、それを相手に尋ねた。

すると相手はとうとうと喋り出す。5分経っても10分経っても終わらない。こうなると私も途中で理解することを放棄して酒を飲む。好きに喋らせておくしかない。

これは考えをまとめられない人物の典型。こういうシチュエーションでなるべく事細かに隅から隅まで喋ろうとするのも、それを端的に表している。それがまず間違い。説明が長ければ長いほど、考えは未整理。よく考え抜かれたものならば、おのずと話の中心は定まり、説明も一言、二言で終わるものだ。

ちなみにこの人物は馬券も買う。だが、あまり上手とは言えない。脇目もふらずに検討し、締切ギリギリに慌ててマークカードを塗って発券機へ走る。結果、ハズれるのは私と同じだが、私と違うのは人気サイドの組み合わせを何点も買ってハズれること。「あんだけ悩んで何を検討していたんだ?」。周囲は笑う。むろんそのスタイルでも、本人が楽しいのなら問題はない。それが馬券というものだ。問題は仕事の方である。

仕事の考えの整理も、馬券検討も、異なるようで本質は似ている。どちらも、その人の持っている知識を“ふるい”にかける作業にほかならない。ふるいの目はその人の価値観によって形や大きさが異なる。目の大きさがバラバラだと、うっかりすると取っておくべき大切なものを捨て、どうでもいいものを残してしまう。

「あれも大事、これも大事」では結論に辿り付くことはできない。問題はそれができない人に、どう説明するか。そんなこと所詮無理ではないか。だから私は仕事の相談を受けたくないのである。とりあえず馬券で“ふるい”の感覚を養ってもらうのが早道であろう。まずは買い目を絞る訓練からだ。

 

***** 2017/03/10 *****

 

 

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