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2017年3月11日 (土)

震災6年

東日本大震災から6年が経過した。

皆さんそれぞれの「3.11」をお持ちであろう。そんな中、競馬の話を書くのは多少気が引けるが、備忘の意味も込めて「3.11からの競馬」の話を書くことをお許しいただきたい。

あの日、大井競馬は開催の最終日を迎えていた。地震発生は14時46分。実はその後も競馬は続き、20分遅れて8レースと9レースの2鞍が行われているのである。そんなことを覚えているのは、私がMXで競馬中継を見ていたから。もし現場にいたらたいへんなことになっていた。ともあれ、地震発生直後に行われた2つのレースを最後に、関東から競馬が消えることになる。

01 

中山競馬場で行う予定だった重賞は、皐月賞を除き阪神で行われた。阪神では連日のようにメインと最終レースに重賞を設定。4月2日の阪神では、メインの日経賞(トゥザグローリー)と最終レースの中山牝馬S(レディアルバローザ)の両方を勝った福永祐一騎手は、史上3人目の1日2重賞勝利を記録している。

02 

皐月賞は春の東京開催開幕週に実施されると、早い段階から発表があった。だが、電力不足に陥った東京で、果たして競馬が開催できるのか。首都圏では計画停電が続いている。鉄道も万全ではない。なので、皐月賞を京都で行うことも想定されていた。ひょっとしたら、オルフェーヴルの1冠目は京都だったかもしれない。

03 

どうにか東京での開催にこぎつけた皐月賞だが、当日はGⅠだというのに、特別な演出やイベントはなし。本馬場入場時のマーチもなく、出走馬はひっそりと入場してきた。勝った池添騎手はウイニングランもガッツポーズもなし。あれほど自粛ムードに包まれた競馬を、私はあの日以外に味わったことがない。

04 

一方、南関東4場の競馬は、震災翌週から船橋、浦和、大井、船橋と4週に渡って開催中止。京浜盃とダイオライト記念は延期され、桜花賞とマリーンCは中止の憂き目を見た。中でも船橋競馬場は、断水に停電が重なった上、液状化した馬場から水が噴き出し、電柱は傾いた。競馬開催はおろか、調教さえもままならない。大井や浦和の中止は自粛感が強かったが、船橋は間違いなく被災地だった。

05 

南関東の競馬が再開したのは、震災から1か月後の川崎。ナイター照明はおろか、ビジョンも、モニターも、スタンドの明かりさえも消されていたのは、節電のためだから仕方ない。

06 

翌週の大井では延期された京浜盃が行われた。勝ったのは牝馬のクラーベセクレタ。彼女にしても、当初の予定では桜花賞から牝馬クラシック路線を目指す予定だった。しかし桜花賞は中止。やむなく出走した京浜盃で牡馬相手に完勝したことで、陣営は自信を持つ。それが羽田盃と東京ダービーの2冠制覇に繋がった。

07 

あれから6年。薄暗い照明に複雑な心境を抱きつつ、しかしそれでも競馬が再開されて味わったあの喜びを、我々は忘れてやいないか。明後日から船橋で今年最初のナイター開催がスタートする。

08 

 

***** 2017/03/11 *****

 

 

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