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2017年3月 1日 (水)

現代のアーチャー

川崎の金子正彦騎手が現役を退くことになった。1979年にデビューし、2009年には東京ダービーも勝った名手は、あさっての川崎10レース・キョウエイビーナスの騎乗を最後にそっと鞭を置く。

Derby 

川崎のファンからは、“追い込みの金子”の異名で愛されてきた。川崎競馬場の直線は200m足らず。「先手必勝」が鉄則の地方競馬の中でも追い込みにくさは際立つ。それでも金子騎手は愚直に追い込んでくる。それは一発逆転を願うファンの希望でもあった。

Kaneko1 

追い込みを難しくするのは、短い直線だけに留まらない。新聞で重い印が並べば自然とマークもきつくなる。簡単に進路を空けてはくれない。人気馬に騎乗して脚を余して負ければ、ファンから容赦のない野次が飛ぶ。そんなプレッシャーをはねのけて手にした1226もの勝ち星のひとつひとつに、ベテランならではの技術とそして苦労が凝縮されているに違いない。思えば、初勝利も追い込み勝ちだった。初勝利といえば、展開に恵まれての逃げ切り勝ちが大多数。このときから、既に“追い込みの金子”のスタイルは完成されていた。

Kaneko2 

馬上で立ち上がらんばかりの大きなアクション。―――かと思えば、猫のように身体を小さく丸めて馬の背中に密着させる。こうすることで、馬の負担は最小限に抑えられる。

Kaneko3 

これはヨーロッパの騎手たちが得意とする騎乗動作。その独特の猫背の騎乗スタイルから、作家の山本一生氏は「フレッド・アーチャーを彷彿とさせる」と書いていたような気がする。フレッド・アーチャーとは、クラシックレースを21勝し、13年連続でチャンピオンジョッキーに輝いた19世紀の伝説のジョッキー。なんと伝説は現代の川崎に甦っていた。

Kaneko4 

佐々木竹見、野崎武司、山崎尋美……。ひと昔前まで、川崎と言えば「うまい騎手がたくさんいる競馬場」というのが私のイメージだったように思う。しかし、そんな彼らも引退したり調教師に転向するなどして、気がつけば川崎の所属騎手は総勢16名しかいない。

Kaneko5 

そして今週末、またひとりの名手が姿を消す。所属騎手15人は南関東4場では最少。32人を擁する大井の半分にも満たない。昨年、南関東の重賞を勝った川崎のジョッキーは、実は山崎誠士騎手ただひとり。川崎所属馬が重賞を勝っても、その背中には他場の騎手が乗っていることも少なくない。こうした状況に寂しさを覚えるのは、ひとり私のみではなかろう。きっと金子騎手も忸怩たる思いを抱いている。

残る騎乗機会は明日が4鞍、そしてあさっては6鞍。「現代のフレッド・アーチャー」の騎乗を見られる機会は残り少ない。時間のある人は競馬場に足を運んで、名手のラストライドを見届けよう。くるっと丸めた背中に込められた男の美学。川崎の若手ジョッキーたちも、それをしっかりと目に焼き付けておいて欲しい。

 

***** 2017/03/01 *****

 

 

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