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2017年2月 3日 (金)

馬搬

「青森県八戸市の種差海岸に近い松林で、伐採した木材を馬搬で運び出す作業が始まった」

先月、そんなニュースを目にした。搬出する木は、昨夏の台風で倒れたクロマツで、馬は白い息を吐きながら力強く木立の間を進んで行く―――。

<馬搬>頼れる相棒 台風10号の倒木軽々と(1/19付・河北新報)
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170119_23007.html

山から木材を馬で引いて運ぶことを「馬搬(ばはん)」という。

驚いたのは、それがニュースになることである。私が子供のころは、馬で山から木材を運び出すのは、ごく普通とまでは言えないまでも、ニュースになるような光景ではなかった。その前であれば、おそらく「ごく普通」であったことだろう。だが、いま日本で馬搬の技術を持つ人は数人でしかないという。それもそうだ。なにせ私のスマホで「ばはん」と打っても「馬搬」に変換されることはない。つまり、我々の生活に馬搬は無関係な話になった。だからニュースにもなる。

作家のC.W.ニコルさんが、約30年前から私財を投じて黒姫高原の荒れ果てた森林を購入し、「アファンの森」と名づけて生態系を復活させる活動を続けていることはご存知だろうか。実はその活動の核心にあるのが馬搬なのである。

アファンの森で馬搬を行っているのは、岩手県遠野市からやってきたペルシュロン種の2頭と馬方さん。遠野では馬搬を「地駄曳き」と呼び、その技術者を「馬方(うまかた)」と呼ぶ。馬方は馬と家族のように接し、馬に「この人のために頑張ろう」と思わせる。そんな関係ができない限り丸太は運べない。必要とされるのは人馬一体の呼吸。それは競馬にも通ずる。

戦後の林業政策には多くの問題があった。成長効率ばかりを考えて杉ばかり植え、花粉をまき散らし、土地の水分を吸う杉が土を固くして山肌が脆くなり、材木をトラックで運び出すためだけに林道を通した。結果、我が国の自然林はそのほとんどが壊滅状態にある。だからニコルさんのような人が現れる。

Uma 

「馬は強い」。ニコルさんはそう言う。山林の狭い場所や急斜面が得意で重機用の作業道も不要。地面を固くしてしまう心配もない。それでいて、1日40本以上も木材を運び出せる。この本数はトラックと変わらないという。それで近年では馬の良さが見直されるようにもなった。

しかしそれだけでは終わらない。馬と人が丸太を運ぶ写真を見て私は、なぜかホッとしたのである。その安堵感はどこから来たのだろうか。

昔は馬が人と一緒に働いていた。日本人の遺伝子にはその記憶がしっかりと刻み込まれているに違いない。だから、初めて見た光景であっても、なんとなく懐かしい気がする。それが安堵感につながるのであろう。馬搬だけに留まるまい。機械の入れない田畑では馬耕もできる。ボロは良い肥料になる。日本人の生活に溶け込んでいたはずの馬の姿を、再び取り戻せないか―――。冒頭のニュースを、私はそのように読み取りたい。

 

***** 2017/02/03 *****

 

 

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コメント

店主様
今晩は。アファンセンターの所在を拝見致しました。近くまでは立ち寄った機会多々。。。恥ずかしながら知りませんでした。是非健脚なうちに訪れたい…出来れば微力ながらお手伝いしたいと思いました。

投稿: すかどん | 2017年2月 6日 (月) 00時37分

アファンの森にも行ってみたいですよねhappy01

投稿: 店主 | 2017年2月 4日 (土) 07時46分

店主様
今晩は。馬搬の写真にいたく感動致しました。重種馬の身のこなしの柔らかな事。。。
良いモノを拝見致しました。

投稿: すかどん | 2017年2月 4日 (土) 02時08分

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