« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

2017年2月28日 (火)

博多から小倉へ

先月、皇居の脇に竣工したばかりの大手町パークビルディング。

Buil 

その地下に広がる商業エリア「よいまち」がグランドオープンとなり、物見遊山で足を運んでみると、「うどん」と書かれた巨大な提灯が目に飛び込んできた。

Chochin 

『二○加屋長介』。一見読みづらいその店名は「にわかやちょうすけ」と読む。博多の方はご存じであろう。彼の地で大人気のうどん居酒屋。昨年秋に中目黒店がオープンした時は一部のうどん愛好者の間で、「ついに東京上陸!」と話題になったこともまだ記憶に新しい。その勢いは留まるところを知らず、ついに東京のど真ん中、大手町1丁目1番地1号にまで勢力を広げてきた。

Hakata 

お店のスタッフがオススメだというゴボ天うどん。赤く写っているのは干しえびの天かすで、テーブルの上に用意されているものを好みで投入することができる。うどんは博多王道のふわふわ、やわやわ。オープン初日ということで、多少の混乱も覚悟していたのだが、そんな心配の必要はなかった。スタッフの皆さんも慣れた感じでテキパキと動いている。夜営業になったら、そうもいかないかもしれないけど。

店を出て腹ごなしに歩く。10分ほどでたどり着いたのは神田小川町の豊前うどんの専門店。その名も『武膳』さん。

「博多うどん」に比べれば、「豊前うどん」はまだまだマイナーな存在かもしれない。発祥は北九州市の小倉南区。独自の製法で作られた麺はモチモチかつツルツル。そののど越しの爽快さたるや半端でない。店のメニューには「讃岐、稲庭に続く第三の麺」と書かれている。たしかにそのどちらとも一線を画すこの麺を前にすれば、あながち大袈裟な表現ではなかろう。

Buzen 

博多から小倉へのうどん巡り。それを東京にいながらして味わえるのだから、良い時代になった。でも現地で食べ歩く楽しさとは比較になるまい。いつの間にか冬の小倉開催も折り返しに差し掛かっている。中山にも行けぬ身とあっては、小倉など夢のまた夢だ。

 

***** 2017/02/28 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月27日 (月)

コーシロー引退

1997年3月2日、15時40分。中山競馬場。弥生賞。

出走14頭がゲートに入る。一瞬の静寂―――。次の瞬間、なんと5枠8番のサイレンススズカがゲートの下をくぐろうとして膠着してしまったではないか。黄旗が振られ、スターターが台から降りる。この発走遅れのおかげで、阪神で行われる予定の読売マイラーズカップは、弥生賞のあとにVTR放映となるという。

5分遅れで行われたレースは、武豊騎手のランニングゲイルが、まさかの3角まくりで快勝。思わぬ展開に中山のファンは沸いた。だが、直後に放映されたマイラーズCのVTRがゴールにさしかかると、先ほどの弥生賞以上にスタンドはどよめいたのである。

「何ぃ? オースミタイクーン?」

「まさか!」

「ユタカの弟か?」

重賞初騎乗で初勝利。重賞史上最速勝利。重賞最年少勝利―――。武幸四郎騎手の初勝利は記録づくめの出来事として知られる。だが、あくまで私の記憶での話だが、東西のレースはおそらくほとんど同じ時刻に発走していたはず。厳密な意味での「同時」東西重賞兄弟制覇こそ、空前にしておそらく絶後の記録に違いない。

あれから20年。武幸四郎騎手が、昨日の阪神12レースの騎乗を最後に騎手を引退した。同僚から胴上げされる彼が身にまとっていた勝負服は、長年お世話になった松本オーナーの服色である。

Manbo 

メイショウマンボで勝ったオークスは今なお忘れがたい。引き上げてきた彼の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。オークスへのクラシック登録がなかったメイショウマンボのオーナーに対し、それでも「オークスに行きたい」と申し出たのは、ほかならぬ武幸四郎騎手である。結果200万の追加登録料を払ってオークスに出走。涙の理由は、ひとえにオーナーへの感謝の気持ちであろう。

最後の騎乗馬となったメイショウオオゾラを管理するのは、南井克己調教師。20年前の読売マイラーズCでは騎手としてロイヤルスズカの手綱を取り、オースミタイクーンにクビ差の2着にまで迫っていた。もしあのまま差し切っていれば……。競馬に「たら」「れば」は禁句だが、武幸四郎の騎手人生は、大きく変わったものになっていたかもしれない。

Tycoon 

なにせオースミタイクーンは11番人気の大穴だった。むろんテン乗り。武幸四郎騎手というと人気薄の馬で激走する「穴男」のイメージが強いかもしれないが、実は初騎乗の馬で重賞を8勝もしている。騎乗経験がない馬の良さを引き出す能力は折り紙付き。そのせいかここ一番での代打騎乗も少なくなかった。むろんマイラーズCの鮮烈な勝利が寄与した部分も少なくあるまい。それで20年やってこれたのだとしたら、やはりあのクビ差は大きかった。

記録といえば、もうひとつ。彼の身長177センチはJRAのジョッキーではもっとも高い。それほどの身長を抱えながら大活躍する騎手がいる事実に勇気づけられたという人も、きっといたのではないか。むろん幸四郎騎手だって相応の努力を払っている。小学生の時から身長が伸び始め、給食を食べずにポケットに入れて持ち帰っていたのは象徴的なエピソード。そのポケットはハンバーグやコロッケで油まみれになって、お母さんを困らせたそうだ。万一、身長制限に引っかかるようなことがあれば、アイルランドで騎手になると心に決めていたという。

なんという少年であろう。わが身を省みて恥ずかしいことこの上ない。そんな彼のことであれば、間違いなく調教師としても成功するはず。第二のキャリアを遠巻きながら応援させていただきたい。

 

***** 2017/02/27 *****

 

 

| | コメント (1)

2017年2月26日 (日)

シャッターとスペアリブ

たまには家族を食事に連れ出さないと、家長としての威厳が保てないどころか、家を追い出されかねないので、近所の『シャッターズ』を訪れた。

Shutters1 

ご存じのように、スペアリブとアップルパイ・アラモードで知られた店。ちょっと変わった店の名は、「たくさんの仲間と美味しい料理を囲んで、シャッターを何度も切るような思い出を残して欲しい」との思いから付けられた。すなわち、店舗のシャッターではなく、カメラのシャッターに由来する。

ところで、案外知らぬ人も多いのだが、競馬のゴール写真判定用のカメラにシャッターはない。いわゆる「スリット式」と呼ばれるカメラである。ごく簡単に説明すると、フィルム面の前に縦のスリットを設け、これをゴールラインの延長線上に固定。フィルムを馬の速さに比例して動かすと、決勝線に到達する順に各馬が写る仕組みになっている。

実は大昔の判定用カメラにはシャッターがあった。ゴールの瞬間に秒間数十コマという高速連写が行われていたのである。だが、より正確な判定のために連写速度を速めた分、使用するフィルムが長くなってしまい、現像に時間がかかるようになってしまった。着順確定が遅れるとファンが暴れることもある。なんとか短いフィルムの中に全馬のゴール画像を写し込むことはできないか。試行錯誤の末に生まれた特殊なカメラが、シャッターなしのスリット式カメラだ。

Deadheat 

ところがそれでも限界はある。問題となったのは1983年のオークス。勝ったダイナカールを含む5頭の馬が、ほぼ横一線となってゴールになだれ込んだあのレースである。重なりあった馬のゼッケン、判別できない勝負服や帽子の色、すべてが白黒写真の限界を示していたという。現在のような判定写真のカラー化が実現したのは、それから13年が経過した1996年。ダイナカールの娘エアグルーヴが、オークス母子制覇を達成した年であった。

Shutters2 

ところで、ビールには黒コショウ味のスペアリブがベストマッチだと思うのだが、圧倒的1番人気は醤油味だという。私は醤油味だと白飯が食べたくなってしまう。困ったもんだ―――というほどのことではないですけど。

 

***** 2017/02/26 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月25日 (土)

8歳の初芝

タケシバオーは3200mの天皇賞を2馬身差で完勝したその年の秋、中山の芝1200mで62キロを背負いながらレコード勝ちしてみせた。だが、それも半世紀近くも前の話。現代の競馬は、距離によるカテゴリごとにチャンピオンを決めるのが主流だ。チャンピオンステイヤーが、そのままトップスプリンターにも君臨するということは、まずあり得ない。

Agnes_2 

だが、芝とダートの垣根は年を追うごとに低くなっている。近年ではアグネスデジタルやクロフネが芝・ダート二刀流の代表格。アグネスデジタルは芝もダートも国内も国外をも問わずGⅠを勝ちまくり、クロフネはNHKマイルCを1分33秒0で快勝したその半年後に、ダートの武蔵野Sを1分33秒3で独走してみせた。現役では、昨年のスプリンターズSを勝ったレッドファルクスが二刀流での活躍を続けている。

Red 

キャリア38戦。そのすべてをダートに捧げてきたナガラオリオンが、明日の阪急杯に出走する。8歳にして初めての芝挑戦とは珍しい。

実際、彼がダート戦で見せる切れ味は芝のそれを思わせるものがある。特筆すべきは3走前のオータムリーフS。そこでナガラオリオンは、ダートとしては異例とも言える33秒7で上がってみせた。あの脚を見れば、誰でも「芝ならどれだけ切れるのか?」と考えるはず。考えるけど、実際に出てくるとなると話は別。なにせ来週には、同じ阪神で得意のダート1400mのポラリスSが用意されているのに―――である。陣営の本気度が伝わってきやしないか。

それでも、さすがに馬券は買いにくいようだ。前売りオッズではしんがり人気に留まっている。

芝での初勝利が古馬重賞というケースはさすがに少ないが、それでもスリープレスナイトのCBC賞やサンアディユのアイビスサマーダッシュなど、過去に例がないわけではない。しかも、これらはいずれも阪急杯と同じスプリント戦である。武幸四郎騎手のラスト重賞として注目を集める一戦だが、ナガラオリオンの末脚に驚かされることがあるかもしれない。

 

***** 2017/02/25 *****

 

 

| | コメント (2)

2017年2月24日 (金)

【訃報】ミホノブルボン

1992年の皐月賞はTV観戦だった。

ミホノブルボン、圧巻の一人旅である。TV画面に映った小島貞広騎手の涙は今も忘れない。緊張が解けないのか、あるいは雨に打たれた寒さのせいか、小刻みに身体を震わせつつも、「ブルボンが男にしてくれた」と愛馬を讃えることを忘れなかった。後から聞いた話では、その隣でインタビューを聞いていた生産者の原口圭二さんも、身体の震えが止まらなかったという。

ミホノブルボンが死んだらしい。1992年のダービーを無敗で制した二冠馬。菊花賞では敗れたものの、負けて強しのレースぶりに「準三冠馬」と評する声もある。28歳なら大往生であろう。と同時に歳月の経過を痛感する。

ミホノブルボンを生産した原口牧場は、所有するサラブレッド繁殖牝馬わずか8頭。家族経営の小さな牧場であった。繁殖牝馬の不受胎は、牧場の先行きを危うくしかねない。ミホノブルボンの母・カツミエコーは、ブルボンを産んだ翌年から2年連続で不受胎。原口さんが処分を考えたのは当然であろう。それを「もう1年待って」と涙ながらに訴えて、思いとどまらせたのが奥様。昔の競馬にはそういう美談がつきものだった。

父・マグニチュード、母の父・シャレー。マイナー過ぎることで話題となったその血統も小牧場ならではの悲哀に包まれている。マグニチュードの種付け料20万円はミルリーフの系統でもっとも安い。カツミエコーの母にシャレーを付けた時も、本来ならダンディルートにしたかったのが120万円の種付け料を捻出できず、仕方なく同じ父系で種付け料10万円のシャレーにせざるを得なかったのだという。稀代の快速馬は“代用品”の賜物だった。私にすればなんとも勇気付けられる話だが、なにぶん30年以上も昔のこと。昨今ではそんな夢さえなかなか見ることができない。

ずいぶん昔のことだが、種牡馬時代のミホノブルボンが放牧されているパドックに立ち入らせていただいたことがある。

繁殖牝馬や子馬のパドックを歩き回ることはしょっちゅうでも、種牡馬となるとなかなか機会がない。種牡馬は怖いのである。ゆっくり近づいてくる巨大な馬体から発せられるオーラの凄いこと。これがダービー馬か。

Mihono 

でもミホノブルボンはやさしく我々の相手をしてくれた。種牡馬は怖いが、ブルボンは優しいのである。かつてJRAのCMに出演した際、女優の鶴田真由さんを背中に乗せていたのはダテではない。

顔を撫で、首筋を撫で、背中を撫で、そしてお尻の筋肉をまじまじと眺めて、思わず両手を合わせて拝んでしまったことを覚えている。これが坂路で鍛えし「ブルボンのケツ」かぁ……と。

それは、生まれながらにして背負わされる血統という宿命を、自らの努力によって打ち破った証。ダービーのパドックで見た、あの4つに大きく、くっきりと割れた筋肉に勝る「尻」を、その後ほかの馬に見た記憶はない。合掌。

 

***** 2017/02/24 *****

 

 

| | コメント (2)

2017年2月23日 (木)

春の嵐

東京は朝から強い風が吹き荒れた。暖かい湿った南風に時おり雨粒が混じる。が、あまりに風が強くて傘をさすことすらままならない。

強風は傘だけでなく、馬の調教にも影響を与える。そもそも馬という動物はきわめて敏感。人間なら気にならないほどの気象条件の変化に、大きな反応を示すことがある。風の音に驚いて走るのをやめたり、逆に暴走してしまったり。突然の横風に煽られて、それが原因で脚を痛める可能性も否定できない。これがレース中なら不可抗力である。諦めもつくかもしれない。だが、調教は人間の判断ひとつ。風の日の調教は特に慎重になる。

雨はあがったが、今度はそれを待っていたかのように花粉が飛び始めた。良くも悪くも春が近づいてきた感がある。

私もご多分に漏れず花粉症患者の一人なので、この時期になるとマスクが欠かせない。実際にはスギよりもカモガヤのアレルギーが強く、5月半ばあたりから本格的に症状が悪化する。つまり私の場合、クラシックの足音と共に徐々に辛い症状が表れ始め、オークス・ダービーの頃に症状のピークを迎えるわけだ。あまり嬉しい話ではないが、こればかりは致し方ない。

Bokusou 

カモガヤは川原に自生するイネ化の植物。これを別名の「オーチャード」と呼べば、馬が好んで食べる牧草ということになる。

それにしてもカモガヤのアレルギーというのは辛い。5月というのは散歩するには絶好の季節である。なのに、陽気に誘われて迂闊に多摩川あたりの川辺を歩いたりすると、いつの間にかあたり一面カモガヤだらけで死ぬ思いをすることがある。

ところが、北海道の牧場でカモガヤに囲まれていても、さほど苦しみを味わうことなく過ごせるから不思議。種類が微妙に違うのか、あるいは環境の問題なのかは定かではないが、北海道で花粉症が話題にやることが少ないことからみても、何らかの差異が存在しているのではないか。私はひそかに、そう疑っている。それにしても、嗚呼……目がかゆい。

 

***** 2017/02/23 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月22日 (水)

競馬場の猫

今日2月22日は、日付の数字を「2(にゃん)2(にゃん)2(にゃん)」ともじって「猫の日」と定められているのだそうだ。

Cat 

猫と言えば大井競馬場である。なにせゴール板真裏の超最前列で観戦するのは、大物馬主ではなく、決勝審判員でもベテランカメラマンでもない。それはなんと猫なのだから。

Goal 

バルダッサーレが勝った昨年の東京ダービーでも猫が主役を奪ったシーンがあった。スタンドの声援を浴びながらのウイニングラン。しかし先にファンの前に現れたのは、なんと1匹の猫である。凱旋する人馬を横目にしながら悠然と馬場を横切る猫に、ファンの目は釘付けになった。「かわいいっ!」と叫ぶ女性客。天下のダービー馬でさえも脇役に追いやる猫の力は侮れない。

Derby 

しかし、ウイニングランの最中ならまだしも、レース中に急に猫が走路に飛び出してきたらたへんだ。2013年の雲取賞では、アウトジェネラルの前に猫が飛び出してきたことがある。この時はことなきを得たが、たとえ事故に繋がらなくとも、競走にわずかでも影響が出たら一大事。だから、警備のオジサンたちは猫を見つけると、けっこうムキになって追い払おうとする。

Kumo 

でも、猫の方は「我関せず」という風に悠々とゴール板の下でくつろいるのだから警備の方も切なかろう。仕方ない、そもそも猫というのはそういうものだ。

Goal2 

かつて長距離戦線で活躍したステージチャンプの馬房には、いつも猫がいた。姉のプライムステージもそうだったが、もともと手におえないほどの気性の悪さで、競走馬になることも危ぶまれたほど。だが、馬房に猫を入れるようになると気性の悪さはなりを潜めた。馬房の中で猫の背中をなめたりするほどの仲良しで、馬はいつも落ち着き払っていたという。そのおかげで天皇賞で2着するほどの名ステイヤーに登り詰めた。猫の力が競馬に役立つこともある。

 

***** 2017/02/22 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月21日 (火)

名手と名伯楽が手を組めば

先日のダイヤモンドSはライアン・ムーア騎手のアルバートが、1番人気に応えて勝ってみせた。

Albert 

「長距離戦は、速い遅いの繰り返し」

レース後、彼はそうコメントしたという。たしかに特異なラップだった。1000の通過が64秒3、2000は2分10秒6。この間、調教のような13秒台のラップが7回も計時されている。ところが、ラスト3ハロンは一転して11秒6-11秒3-11秒5。マイル戦の如き激流である。馬にも騎手にも難しいレースだったはず。しかし、その緩急の波をいとも簡単に乗りこなすのだから凄いとしか言いようがない。「長距離は騎手で買え」の格言を実感した方も多かろう。なにせアスコットゴールドカップ2勝の名手である。ダイヤモンドSで33秒台の上がりは前代未聞だ。

ムーア騎手は2月11日から短期免許で来日しており、これが3勝目。昨年秋からの成績をトータルすると90戦20勝で勝率.222である。ため息の出る数字だが、これでも意外に少ないと感じるかもしれない。なにせ最近ではムーアが乗るというだけで、馬の実力を上回る人気を集めることもしばしば。その思いが、京都記念のマカヒキやフェブラリーSのモーニンなど、負けている印象を強めているきらいも否定できない

だが、そんな彼が身元引受調教師たる堀宣行厩舎の所属馬とタッグを組むとどうなるか。同じく昨年秋からの成績は28戦9勝。勝率は.321に跳ね上がる。ほぼ3回に一度は勝っているのだから凄い。

事実、彼は日本馬でJRA重賞10勝しているが、うち8勝が堀厩舎の管理馬。2013年阪神カップ以来、堀厩舎の馬以外では重賞を勝っていないという事実もある。それを思えば、マカヒキやモーニンを買わずに済んだ―――かどうかは分からないが、堀調教師との相性が抜群なのは疑いようがない。問題はこれを次の来日まで覚えていられるかどうか。なにせ半年以上も先だ。名手の不在を少しだけ憂う。しかし、もっとも残念に思っているのは、ほかならぬ堀調教師であろう。

 

***** 2017/02/21 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月20日 (月)

津村騎手へお詫び

「完全に僕のミスです」

昨日のフェブラリーS。1番人気の指示を受けながら3着に敗れたカフジテイクの、その手綱を取った津村明秀騎手の敗戦の弁である。「位置取りが後ろすぎるし、外を回りすぎた」。彼はそう言って自らを責めた。

津村騎手はまだGⅠ勝ちの経験がない。いやそれどころか、2着に入ったこともない。一方で、騎手たちに「上手い乗り役は?」と聞くと、たいてい津村騎手の名前が挙がるほどの技量の持ち主である。なのに同期の川田騎手や吉田隼人騎手らがGⅠを勝つのを横目に見ながら、いつの間にかデビュー14年目を迎えてしまった。それだけに今回のフェブラリーSにかける思いはことさら強かったのだろう。それが冒頭のセリフに繋がったのかもしれない。

先日のエントリで、福永祐一騎手から津村騎手への乗り替わりを「驚いた」と、私は書いた。

Tsumura1 

津村騎手が腕達者ぶりを知らぬわけではない。2週連続重賞勝利を達成したこともあるし、落馬により長期の離脱を強いられた後も、前と変わらぬ騎乗依頼が舞い込んでいた。それは周囲が彼の技量を認めている何よりの証。だが、いまだ未勝利のGⅠの舞台で、1番人気の手綱を取る。プレッシャーはなまなかではあるまい。そんな思い込みが先日のブログに繋がってしまった。

私個人は、彼のフェブラリーSの騎乗は立派だったと思う。勝てなかったのだから「満点」というわけにはいかないが、少なくとも「ミス」だとは思わない。なにせ良馬場のフェブラリーSで、史上初めて上がり34秒台を記録したのである。しかもそれで3着に食い込んでみせた。馬の全能力を発揮させる―――騎手の役割をこのひと言で表すのだとすれば、彼は十分に役割を果たしたと言える。

もし、勝ちを焦って前に付けていたら、ノンコノユメのようにいつもの末脚は繰り出されずに終わったかもしれない。

もし、距離のロスを恐れて内を突いていたら、サウンドトゥルーのように前が壁になっていたかもしれない。

「名手」と呼ばれるジョッキーを以てしても、かように勝負手が裏目に出ることがある。カフジテイクの武器はその爆発的な末脚。ファンもそれを信じて1番人気に推した。それで負けたのなら仕方あるまい。きっと福永騎手が乗っても同じような競馬になったのではないか。

Tsumura2 

GⅠの舞台ともなれば、前に行きながら止まらない馬も1頭くらいはいるし、最後の最後でもうひと伸びできる馬もいるものだ。すべては結果論であり、相手がいるからこその競馬である。負けたからと言って、自分を責め過ぎるのは良くない。むしろ詫びるべきは、失礼なことを書いた私の方であろう。フェブラリーSでの彼の手綱捌きには、目を見張るものがあった。GⅠ奪取の日はそう遠くあるまい。それを強調しておくと同時に、己の非礼をこの場を借りてお詫びさせていただく。

 

***** 2017/02/20 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月19日 (日)

勝つカレーを求めて

共同通信杯当日の東京競馬場。お昼に『はなまるうどん』の行列に並んでいたら、こんなメニューが目に入った。

Hanamaru1 

巷の『はなまる』でこのメニューを見たことはない。競馬場ならではか。ともあれ、食べようと思っていた「鳥天うどん」はやめて、「勝つカレーうどん」に変更。湯がいた麺を丼に移し、『はなまる』自慢のダシを丼に半分ほど注ぎ、鍋からすくったカレーがたっぷりとかけられたのち、やおらトンカツを載せて手渡される。それがこちら。

Hanamaru2 

カレーはいわゆる「家庭のカレー」。ごろっと大ぶりに切られたニンジンやジャガイモが普通に美味しい。カツも意外にしっかりしている。これで600円なら悪くない。

すると珍しいことに、午後の馬券成績がことのほか良かった。ひょっとしたら、「勝つカレー」のご利益かもしれない。それで昨日の東京競馬場でも同じものを食べようと『はなまる』に向かったら、なんと「勝つカレーうどん」はないという。売り切れではない。今日はハナっからやってないというのである。そんなコトってあるのか? 

ないものは仕方ないので、並びの『鳥千』でフライドチキンを購入し、それを持ってスタンド4階の『馬そば深大寺』で牛スジカレーそばを注文。渡された一杯に、フライドチキンを投入してみた。「チキンカツカレーそば」の完成です。

Umasoba 

カレーと温泉たまごの黄身をまとったフライドチキンはことのほか美味しかった。それはそれで発見だが、この日の馬券は散々だった。やはり「勝つカレ―」のカツは、とんかつでなければならないのだろうか。

それで今日は、メモリアルスタンドの『ホテルオークラ』へ。正統派のカツカレーライスを注文。

Okura1 

これで1800円。高い! 高いが、それだけ美味い。なによりとんかつが秀逸。ちゃんと揚げたてで出てくる。とんかつライスで食べてもイケるが、カレーも美味いのでかけなければ損。まあ、カレーかけない人などいないだろうけど。

Okura2 

競馬場内のレストランにはどこにもモニタが設置してあって、客はみんな食事もそっちのけでパドックやレースに見入っているが、ここ『ホテルオークラ』にはモニタがない。食事に集中しろということか。それだけのものを出しているという自負もあるのかもしれない。だが、しっかりと赤ペンとマークカードは常備してある。そこはやはり競馬場。馬券と無縁ではいられない。これもオークラのホスピタリティであろう。客の目には入らない場所にあったけど、こういうのがあると分かるとなぜかホッとする。ちなみに、馬券の方はやっぱりダメでした。

 

***** 2017/02/19 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月18日 (土)

【訃報】ゴールドアリュール

「ゴールドアリュールが死んだらしいですよ」

フェブラリーSを翌日に控えた東京競馬場で、寒風をしのぐように逃げ込んだ地下馬道ですれ違った知人の口から、突然の訃報がもたらされた。一瞬、聞き間違えかと思ったほど。だって、何日か前に今シーズンも普通に種付けしていると聞いたばかりだったから。でも、そうではなかった。18歳と聞けば早い気もするし、そういう歳かとも思う。つまり私自身も歳を取った。

Gold2 

自身がダートGⅠを4勝しているだけでなく、昨年の全日本ダートチャンピオンサイア―でもある。産駒が4歳になった2009年以降、ダート部門のサイアーランキングは②②②②②①②①位。サンデーサイレンスの血をダート界に広げた功労者と言って良い。

Gold7 

だが、そんなゴールドアリュールもデビュー戦は芝だった。なにせデビュー前からダービーを嘱望されたほどの素質馬である。初勝利を挙げた折り返しの新馬戦も芝。ホープフルSでは1番人気に推されている。しかし2勝目が遠い。1勝のまま迎えた皐月賞当日の君子蘭賞(芝・1600m)は除外の恐れがあった。万一除外されればダービーは絶望的。それで仕方なく平場のダート戦を使ったら圧勝である。中1週で端午Sを使ったのも、ダート路線を意識したというよりは、早く、しかも確実に賞金を加算したかったからに過ぎない。あくまでも目標は日本ダービー。なにせ当時のサンデーサイレンス産駒は、芝の中距離でこそ本領発揮だった。

Gold1 

本気でダート路線を極めようとしたのは、次走のジャパンダートダービーから、ここから翌年の帝王賞までダート重賞を7戦してGⅠ4勝を含む5勝。いま思い返せば奇跡のような1年間だった。勝った5戦はすべてワンサイド。2着馬につけた着差を合計すると26馬身半にもなる。平均5馬身以上。ダート適性の高さは疑いようがない。

Gold6 

訃報に触れた今になって、あらためて思う。やはりドバイでの走りを見てみたかった。フェブラリーSを勝って名実ともに日本ダート界のチャンピオンとなり、胸を張ってドバイワールドカップへ向かうことになった矢先にイラク戦争が勃発。航空機が欠航となり、出国直前になって遠征断念を余儀なくされた。「不運」の一言で済ませてしまうには、あまりに切ない。

Gold8 

世界制覇の偉業は彼の遺伝子を受け継ぐ産駒たちに託された。中でも明日のヒヤシンスSに出走するエピカリスに注目。3戦3勝はすべてぶっちぎりで、その着差の合計は28馬身にも及ぶ。父・ゴールドアリュールを彷彿とさせやしないか。レース内容次第ではドバイ遠征が濃厚とされる。仮に勝つにしても勝ちっぷりにも注目したい。お父さんも、きっと空から見守っている。

 

***** 2017/02/18 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月17日 (金)

肉吸いと南関揚げ

ふと思い立ってオフト後楽園に足を運んでみた。なにせ今日の都心の最高気温は20.6度。桜花賞の陽気である。外を歩くには申し分ない。

Offt 

だが、いざ到着してみると目当てにしていた園田の広域発売はなかった。残念。実は、園田で自分の生産馬が走るので、せめて馬券だけでもと思ってやってきたのである。仕方がなく南関東の馬券を仕入れてとぼとぼ歩いていると、「うどん」と書かれた看板が目に飛び込んできた。春一番に舞い散る花粉から逃げるように入店。

Mise 

メニューを一瞥して驚いた。堂々のトップに据えられたのが「肉吸い」だったからである。

Menu 

大阪の方には説明の必要もあるまいが、東京では馴染みが薄いので敢えて書く。「肉吸い」とは「肉うどん」のうどんの代わりに半熟卵が入ったもの。新喜劇の名物役者・花紀京さんが、二日酔いの頭を抱えたまま行きつけのうどん屋に入り、「肉うどんの、おつゆだけでええ」と注文したのがきっかけで生まれたとされる。

もともと、大阪のうどんはダシが主役。あくまでも麺が主役の東京のうどん店では、あり得ないメニューであろう。とにかく園田の馬券が買えなかった私にとって、せめてもの大阪感を味わう絶好のチャンス。ただし二日酔いではないので、とりあえず「麺入り」を注文した。

運ばれてきた一杯には、美しく透明なダシに牛バラ肉と青ネギがどっさり。その存在感も、そして味も、なるほど麺のそれを軽く凌駕する。美味い。

Udon 

ふとメニューを眺めていると、「南関揚げ」という文字が気になった。

「南関」といえば「南関東」のことであろう。そこを根城にする私でも、そんな揚げの存在は聞いたことがない。

Age 

そこで試しに注文してみると、これが美味いのである。見た目は普通の油揚げ。しかしダシの吸い方が半端ではない。うどんに使われるものより若干甘めのダシで炊かれた揚げはとことんジューシーで、シャリシャリした独特の食感がなんとも言えず癖になる。なんでもこの「南関揚げ」は南関東とは関係なく、熊本県南関町の特産品なんだそうだ。南関の馬券を懐に忍ばせて食べる南関揚げほど美味いものはない。

ちなみに園田で走った生産馬は、見事1着ゴールを果たした。3歳2月での3勝目だから嬉しくないはずはない。だが、桜花賞出走を目指すにはちょいと遅かった。店を出て、吹きすさぶ春一番を浴びながら春の阪神に思いを馳せる。桜花賞出走を夢見て20年。今年もダメだったか……。

 

***** 2017/02/17 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月16日 (木)

ゼェーーット!

千葉の牧場までウマを見に行ったついでに、以前から行ってみたかったうどん屋さんに足を運んでみた。

Mise 

それが、大網白里市の「季美の森」という閑静な住宅街に暖簾を掲げている『うどんZ』さん。昔ながらの伝統的な手打ちうどんの製法を重んじ、うどん本来の美味しさを追求している店として、うどん好きの中では知らぬ者はいない―――かどうかは知らないが、名著「はんつ遠藤のうどんマップ」でも「イチ押しのうどん屋8軒」に選ばれたほどだから、やはり一度は行っておかねばなるまい。

しかしそこは外房線大網駅から4キロ。営業時間も正午を挟んだ3時間のみ。なかなか行ける機会はない。こういうチャンスを逃してはならない。

Udon1 

鴨汁うどんのあつもりを注文。そのうどんは、手打ちならではの独特の形状をしている。釜揚げの麺を熱々のつけ汁に付けて食べるから、メチャメチャ熱い。でも、美味しさは伝わってくる。小麦の風味。痛快なのど越し。そして鴨の脂の旨味。なるほど美味い。はんつ遠藤氏がイチ押しするだけのことはある。

Udon2 

それにしても気になるのはこの店名である。「Z」とはいったいどういうことか。暖簾をくぐるまでは、正直キワモノの店かと思った。しかしまったくそんなことはない。むしろ店舗もうどんも正統派。ならば重賞3勝のゴーゴーゼットのように、「最後まで走り抜く」というような意味を込めての命名だろうか。

Gogoz 

―――なんて思ったら、その答えが店内に貼り出されていた。

なんでも「後がないから頑張ろう」という意味を込めて名付けた店名とのこと。ふーむ。そうなるとゴーゴーゼットというよりは、「ももいろクローバーZ」の「Z」に近いニュアンスですかね。まあ、それほど詳しくはないんですけど……。ともあれ、私としては、うどんが美味しければそれで結構です。

 

***** 2017/02/16 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月15日 (水)

鞍上未定

サウンドトゥルーの鞍上がまだ発表にならない。

True 

先週土曜の東京2R。大野拓弥騎手が騎乗したベルウッドデナリが4コーナーで外側に斜行。その影響でペドラプレシオーザ、ウインドブリバティ、サウンドベティの進路が狭くなったため、同騎手は18日から26日まで騎乗停止となった。むろんフェブラリーSフェブラリーSに乗ることはできない。

調教師は「明日(12日)決める」と言っていたはず。だが、日曜日の競馬が終わっても発表される気配はない。すると今度は「追い切り後に発表する」という話が広まった。追い切りは坂路で54秒0-12秒9を馬なりでマーク。中1週だからこの程度でじゅうぶんであろう。だが、追い切り後の共同記者会見でも、調教師の口からジョッキーに関する言葉は聞かれなかった。

騎乗停止や落馬による負傷などで、突然の乗り替わりを余儀なくされることは珍しくはない。しかし、それがGⅠの舞台で、しかもある程度人気を集めるであろう馬が、さらによりによって2頭も―――となるとあまり例がないのではないか。

「もう1頭」とは、根岸Sを芝並みの末脚で差し切ったカフジテイク。もし福永騎手のままなら、1番人気だったかもしれない。だが、彼はきさらぎ賞のスタート直後に落馬負傷。休養中である。

指名されたのは津村明秀騎手。同馬への騎乗経験があるとはいえ正直驚いた。なにせ昨年のリーディング5位、JRAGⅠ20勝を誇るトップジョッキーから、同36位でGⅠ未勝利ジョッキーへの乗り替わりである。津村騎手にとってはチャンスであると同時に、たいへんなプレッシャーであろう。仮に1番人気になったりしたら、ちょっと気の毒に思う。

Sound 

「大野の代わりなんていくらでもいるだろ」

失礼ながら、大野騎手の騎乗停止を聞いた時、私はそう思った。だが、カフジテイクの乗り替わり劇を見れば分かる。そんな簡単な話ではないのである。フェブラリーSの日曜は小倉大賞典が行われるが、田辺、吉田隼、松山、北村友、小牧、松若、フォーリーらはこぞって小倉で乗る。川田、四位、川須といったあたりも日曜は京都で騎乗。なにせ昨年のJRA最優秀ダートホースである。半端な騎手には任せられない。陣営が慎重になるのも頷ける。

鞍上未定の状態が続くのは、サウンドトゥルーが騎手を選ばないタイプだということの裏返しなのかもしれない。おそらくテン乗りにも不安がないのだろう。

2014年 コパノリッキー 優勝 (田辺)
2015年 インカンテーション 2着 (内田)
2016年 モーニン 優勝 (デムーロ)

こうなるとフェブラリーSで3年連続してテン乗りの馬が連に絡んでいるという事実が無視できなくなってくる。特に一昨年の5番人気で2着したインカンテーションは、それまで10戦連続して乗り続け、重賞2勝を含む4勝を挙げていた騎手からの乗り替わりだった。その10戦連続騎乗の騎手というのが、誰あろう大野騎手なのである。さて、今回は誰に替わるのか? 今これを書いている時点(15日20時)で、正式な発表はまだない。

 

***** 2017/02/15 *****

 

 

| | コメント (4)

2017年2月14日 (火)

みかんの皮

「みかんの皮は捨てないで!」

ニュースサイトにそんな見出しを見つけた。「マネーの達人」から13(月)に配信されたネタ。なんでも、みかんの皮には6通りの使い道があるのだという。

その内容をここで披露することは差し控えるが、かつては私もみかんの皮を活用していたから、だいたいのことは知っている。代表的なところは漢方薬の『陳皮』。みかんの皮を乾燥させたもので、健胃やせき止めなどの漢方薬のほか七味唐辛子にも使われている。

みかんの皮はリモネンという成分を含む。これに油の分解やリラックス効果があるとされ、手作りの洗剤や入浴剤に使われることもあるらしいが、私自身は実践したことはない。

わたしがかつて「活用していた」というのは、ヨーグルトと一緒にみかんの皮をそのまま食べるというもの。花粉症に効果があるというからがんばって続けてきた。が、私に限って言えば、さほどの効果が実感できない。それでやめた。みかんの皮を「意外に美味しい」と言う人もいるが、私に言わせれば中身の方がだんぜん美味い。わざわざ皮を食べたいとは思わない。

ただし、ちゃんと調理をすれば話は別だ。みかんではないけど「オレンジピール」はオレンジの皮で作ったスイーツ。チョコレートと合わせると美味しい……らしい。私は食べたことがない。なぜか。オレンジの皮ではなくチョコレートが苦手だから。世の中は不公平だ。そういえば今日はバレンタインデーですね。

Orange 

ちなみに、ウマはみかんの皮が大好き。ウマの前でみかんをを食べていると「皮ちょうだい、皮ちょうだい」と前掻きが止まらなくなる。それで「はいよ」と口の中に皮を放り込んであげると、喜んでばりばりと食べる。まるで「エルマー」になった気分だ。分からない人は、童話「エルマーのぼうけん」を読んでください。

 

***** 2017/02/14 *****

 

 

| | コメント (1)

2017年2月13日 (月)

スペシャリストたちの領域

土曜の東京で行われるダイヤモンドSの登録馬が発表になった。注目は過去3年のこのレースで、①着、①着、②着のフェイムゲームと、ステイヤーズS連覇中のアルバートの激突。両者は昨年の春天とアルゼンチン共和国杯で対戦していずれもアルバートが先着を果たしているが、東京の3400mならフェイムゲームも譲れまい。

Albert 

加えてファタモルガーナも出走を予定。この3頭はダイヤモンドSとステイヤーズSにのべ12回出走し、(4,5,1,2)の成績を残しているから凄い。馬券はこの3頭のBOXで良いんじゃないか。

Fata 

我が国の平地競馬で3200mを超える距離のレースは、ダイヤモンドSとステイヤーズS。この2つしかない。いわば特殊領域。だからしばしばスペシャリストの舞台となる。

Fame 

しかし、残念なことにスペシャリストの血を欲しがる声はさほど多くない。そこが特殊領域の悲しさ。ファタモルガーナは古くからセン馬として活躍して今や9歳。7歳になったフェイムゲームもついに昨夏に去勢し、晴れてセン馬となった。そう思ってダイヤモンドSの登録馬を見れば、17頭のうちなんと5頭までがセン馬である。これほどセン馬が集まる重賞も珍しい。やっぱり馬券はセン馬5頭のBOXにしてみようか。

―――なんて、ひょっとしたら多くのファンの注目はスペシャリスト同士の熱い闘いではなく、かといってセン馬たちの哀愁漂う走りっぷりでもなく、実は11歳馬サイモントルナーレに向いているのかもしれない。なにせ藤田菜七子騎手である。ハンデはおそらく48キロ。この斤量は現代のジョッキーの体重を勘案すれば事実上の下限とされる。だが、菜七子騎手ならば47キロくらいでも乗れるのではないか。

サイモントルナーレ自身、過去にダイヤモンドSとステイヤーズSに合わせて8度出走。これもある意味ではスペシャリストであろうが、その割に掲示板は一度もない。かつてこのダイヤモンドSでは45キロのハンデが設定されたこともある。明日発表されるハンデに注目だ。

 

***** 2017/02/13 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月12日 (日)

冬から夏、そして春へ

おととい、そして昨日と、陽気のことばかり書いているが、それだけ寒さが気になる時季である。なにせ冬の東京開催は寒さとの戦い。吹きさらしのフジビュースタンドでの観戦がことさら辛い季節だ。うぅ~、寒い。誰もいないじゃないか! ぶるぶる。

Stand 

そんな私の窮状を見透かすかのように、S指定に入っていた知人から「一人来れないヤツが出たからおいで」と誘われた。それはありがたい。さっそく移動。

S 

ガラス張りのスタンドは臨場感に欠ける―――などと文句を言っている場合ではない。歳を取ればわかる。臨場感よりまずは己の身体。風邪をひいては元も子もない。

案内された席は、なんと最前列。それは観やすい。観やすいが、暑くてたまらん! なぜか。そこだけ日なたなのである。

ガンガン暖房が効いた屋内で、陽射しを真正面から受けるのだから、そりゃあ暑くて当然ですよ。上着を脱いで、シャツの袖をまくっての観戦。それでも寒さに震えているよりは、はるかにありがたい。同じ競馬場でありながらこうまで違うか。これでは完全に夏競馬。一気に半年も季節が進んでしまった。

Seat 

もうひとつ困るのはパドックが遠いこと。スタンド裏の窓から装鞍所は見渡せるから、ここで済まそうか……なんてワケにもいかない。なにせ今日は大事な大事な共同通信杯。距離と寒さに負けて手抜きをするわけにいかない。クラシックの主役を張るかもしれない3歳馬たちの馬体をしっかり見ておかねば。

注目はスワーヴリチャード。この3歳世代は、例年にも増してハーツクライ産駒の活躍が目につく。なにせ昨日のクイーンカップもハーツクライ産駒のアドマイヤミヤビが勝ったばかり。桜花賞の有力候補に名乗りを挙げた。その桜花賞路線にはアルテミスSを勝ったリスグラシューも控えている。

一方、牡馬では出世レースと名高い若駒Sを勝ったアダムバローズがハーツクライ産駒。目の前を歩くスワーヴリチャードは、母の父がアンブライドルズソングというところまで同じ。これは注目しないわけにはいくまい。

Swave_2 

結果は予想を上回る完勝であった。

Swave5 

スタートは若干遅れたものの、押して好位を確保。直線では早めに先頭に立って、後続を突き放してみせた。最内枠で馬群に揉まれても怯むことなく、早めにポジションを取りに行く器用さも見せた。それで2着に余裕の2馬身半だからクラシックに向けた最終試験としては満点であろう。調教師は「皐月賞へ直行」を明言した。今日の競馬ぶりなら、中山の2000mでも大丈夫。凍える冬のスタンドから、歓喜の春が垣間見えた気がする。今年のハーツクライ産駒はひと味違う。

 

***** 2017/02/12 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月11日 (土)

立春の大雪

大雪の便りで目が覚めた。おかげで小倉競馬も中止だという。

「立春も過ぎたのに雪?」

ネットにそんなコメントを見つけた。

こう思っている人はほかにもいるかもしれないが、ある意味では正しくない。なぜか。二十四節気を期間として捉えればまだ「立春の最中」。次の節気、「臼井」もとい「雨水」までの約半月間が「立春」ということになる。だいたいが2月4日にいきなり季節が一変するはずがない。半月の時間をかけ、徐々に春が近づいてくるのである。

「立春」はさらに七十二候によって「東風解凍」「黄鶯睍睆」「魚上氷」の三つの候に分けられる。今日は黄鶯睍睆に相当。東風が吹いて、梅の木に鶯を見る頃合いといったところか。そういえば今日は建国記念の日。戦前なら「梅花節」である。

 東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花
 主無しとて 春を忘るな

菅原道真はそう詠んだ。しかしそんな道真公のお膝元でも、東風も鶯も梅もおかまいなしに雪は降る。こればかりは天神様にも手におえまい。困ったもんだ。

小倉は2011年にも共同通信杯前日に雪に祟られたことがある。この日は3レースまで実施したところで雪が激しくなり、その時点で開催は打ち切られた。残りの4レース以降は月曜に続行競馬として行われている。

それにしても雪によるダート変更を見かけなくなって久しい。PATの普及に伴って、むしろ平日に開催した方が売れるという事情もあろう。だが、雪でダート変更になった1998年の共同通信杯で、エルコンドルパサーがダート1600mで見せた快走ぶりは忘れがたい。いま思うと、なんとなく得した気分さえする。あれほどの馬がダートを走る姿を見る機会など、そうそうあるものではない。

Tokyo2 

なんて、ダート変更に未練を寄せたところで、小倉競馬場でダート変更は無理。この季節は東京も京都もダート変更に備えて芝コースのフルゲート頭数を絞っているのに、小倉の芝は冬でも18頭が出走可能だから不思議だ。さほど雪の心配をしていないのかもしれない。ともあれ、小倉のダートコースのフルゲートは14~15頭でしかないから、フルゲート続出のこの時期にダート変更は不可能。ひとたび雪に襲われたら開催を延期するほかない。

ともあれ、月曜日はまた水道橋のウインズに出かけてみようか。そのついでに隣接する小石川後楽園で梅を見るのも、悪くなさそうだ。

 

***** 2017/02/11 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月10日 (金)

雨水賞の臼井騎手

船橋3レースのゲート入りが始まると、場内実況アナは「さあ、バジガクサリーレの臼井騎手はこの開催で既に3勝を挙げております」と、わざわざ注目してみせた。開催3勝は立派だが、とりたてて驚くべきことではない。バジガクサリーレの単勝人気も6番人気にとどまっているのに……である。

なんで?

実はこの3レースには「雨水賞」の副題が付いていた。つまり「うすい」繋がりなのではあるまいか。

Usui 

ともあれ雨水賞の臼井騎手は、外枠から好スタートを決め、4角ではいったん先頭に立つという積極果敢なレースぶりを見せた。結果5着も見せ場はじゅうぶん。ダテに今開催で3勝もしていない。よほど好調なのだろう。なにせ昨年は1年間で7勝しかしていないのである。

二十四節季のひとつ「雨水」は実際には来週から始まる。意味合いとしては「雪ではなく雨が降り出す季節」といったところだから、まだちょいと気が早い。事実、今日も船橋競馬場には雪が舞った。まあ、とにかく寒い。寒いから昼食は温かいものにしよう。それで、ぶらっと競馬場を出てみると、こんな文字が目に飛び込んできた。

Yui 

ここは船橋競馬場正門から道路を隔てた反対側に店を構える『結飯(YUIMESHI)』。店の2階は「関東馬匹運輸」さんの事務所という競馬感たっぷりの立地にありながら、一歩店内に足を踏み入れれば、競馬場の真向かいにあることを忘れさせてくれる。なんでもコンセプトは「海の家」なんだそうだ。ただ、あちこちに貼られた格闘技のポスターとモニターに映される釣り番組の組み合わせに、初めてのお客さんは若干混乱するかもしれない。

Kanbai 

タンシチューを注文。スープとサラダとバゲットとコーヒーが付いてくるのだが、これがどれも美味しい。おおぶりのタンは箸で切れるほどやわらかく、コクたっぷりのドミグラスがよく馴染んでいる。冷えた身体の隅々に美味しさが染み渡るこの感じ。タンシチューなんて1年に一度食べるかどうかのメニューだけど、ここで頼んでよかった。

Tangue 

食後のコーヒーを飲みながら、さきほどの雨水賞を勝ったハイパワーゴッドについて確認する。マツリダゴッホの産駒。藤江騎手の手綱。岡林厩舎……。ハテ? 岡林厩舎にこんな馬いたか?

Hujie 

そう思ってよくよく調べてみると、先日亡くなった柿本調教師の管理馬だった。どうりで岡林先生が喜んでいたわけだ。8番人気での激走の背後には、何か特別な力の助けがあったのかもしれない。

 

***** 2017/02/10 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月 9日 (木)

集団感染

インフルエンザが全国で猛威を振るっている。皆さんは大丈夫ですか? 私は大丈夫です。

昨日の高知競馬でも、インフルエンザの感染もしくはその疑いなどにより、騎乗を予定していた騎手7人が騎乗を取りやめるという騒ぎがあった。

高知には川崎から期間限定騎乗中の中越騎手を含め、合計23人の騎手が在籍しているが、そのうち石本騎手は骨折療養中であり、また中西騎手は研修中のため不在。すなわち騎乗可能な騎手は21人しかいない状況である。7人もの騎乗取りやめは、そのうちの3分の1を失うという異常事態。計12レースで42頭が乗り替わり。レース自体はすべて予定通り行われたが、広報担当者は「過去に例がないこと」と驚きを隠さない。

Henkou 

1日12レースの出走頭数は106頭。それを、残された14人の騎手が、5~10回騎乗することで賄った。実際には、騎手が1日に騎乗できるレースの数には上限が定められている。高知の場合は8鞍まで。だが、その制限も解除されたのであろう。なにせ異常事態である。昨日は、松木騎手の10鞍を筆頭に、永森、岡村、上田、赤岡の4騎手が上限を超える9鞍をこなした。ウマはレースごとに入れ替わるが、騎手の顔ぶれはほとんど同じ。ファンも面食らったのではあるまいか。

高知県には今季初のインフルエンザ警報が発令されたばかりだった。1月23~29日の1週間に県内48か所の定点医療機関をインフルエンザで受診した人の数が1機関あたり39.94人となり、発令基準(30人)を上回ったのである。大々的にインフルエンザの予防を呼びかけた矢先に、自らの主催する競馬で大量の罹患者を出してしまった。なんとなくバツが悪い。

移動が多い上に、レース前夜になると調整ルームという密室空間での集団生活を余儀なくされる騎手は、そもそも感染性の病気にかかりやすい職業と言える。

10年ほど前にはJRAでノロ騒ぎがあった。2006年12月17日の阪神競馬で、藤岡佑、小坂、船曳、長谷川の4騎手が次々とノロウイルスに倒れたのである。JRAの場合は、騎手にもゆとりがあるから、乗り替わりの手配は問題ない。たいへんだったのは調整ルームや騎手寮の消毒である。感染源が分からないので、阪神から遠く離れた中山や中京でも大々的な消毒作戦が展開された。インフルエンザは怖いが、ノロはもっと怖い。

数年前には川崎競馬でも騎手のインフルエンザの集団感染が発生したことがある。このときは開催日程の途中だったにもかかわらず、調整ルーム閉鎖の措置がとられた。学級閉鎖みたいなもの―――。そう言って笑っていられるうちはいい。公正競馬維持のために存在する調整ルームが、競馬開催そのものの維持を危うくすることもある。高知の一件は、その一端を我々に垣間見させた。

 

***** 2017/02/09 *****

 

 

| | コメント (2)

2017年2月 8日 (水)

びっくりしたなぁ、もぅ

こないだ東京競馬場で中京のレース実況をなんとなく見ていたら、突然実況アナが「びっくりしたなぁ、もぅ!」と叫んだのでひっくり返った。

なんだ? なんだ? 三波伸介さんが実況しているのか?

そんなワケない。だいたい三波伸介さん(先代)は30年以上前に亡くなっている。そんなこと分かってる。

種を明かせば「ビックリシタナモー」という名前の馬がいたんですね。父はタートルボウル。母はサンアディユの妹だから良血と言えなくもない。JRAのサイトでは「馬名意味=びっくりしたな、もう」とあるけど、そのままじゃん! よく審査通ったな。こっちがビックリするわ。

その流れで場内の『はなまるうどん』に向かうと、なにやら見慣れぬメニューが掲げられている。その名も「びっくり鳥天(200円)」。これは頼んでみなければなるまい。

コレ。

Bikkuri 

どの辺がビックリなのか? 大きさではなさそう。なら「味」かと一口。むむ、……違う。美味しいが普通。ごくごく普通。ダシに浸すとちょうど良くなるタイプ。それはそれで嬉しいのだが、びっくりはしない。結局、何がびっくりだか分らぬまま食べ終えてしまった。それ自体がびっくりだわ。

今日は今日とて、船橋で報知グランプリカップ。アサヤケという馬が初めて重賞に挑戦する。知人によれば、それがそれがなかなかの巨漢馬らしい。「きっとビックリするゾ」と彼は言う。

んで、初対面。

Asayake 

んー、普通(笑)

575キロはたしかにデカい。デカいが驚くほどではない。565キロのモンサンカノープスと見た目では同じ。

いや、そもそも、「ビックリ」という情報を先に与えられていては、驚くものも驚けませんよ。件の鳥天にしても然り。余計なひと言が、せっかくのセールスポイントを覆い隠してしまいかねない。

報知グランプリカップは2番人気エンパイアペガサスの逃げ切り勝ち。その逃げを番手から追いかけた1番人気のタイムズアローは、あろうことか勝ち馬から5秒5も離された大差のしんがりに敗れた。これにはさすがにびっくり。それでも「びっくりしたなぁ、もぅ」とまでは叫びませんでしたけどね。なにせ競馬は驚くことばかり。いちいちびっくりしていては、身がもたない。

 

***** 2017/02/08 *****

 

 

| | コメント (3)

2017年2月 7日 (火)

トキノミノル記念

今週の東京メイン・共同通信杯には、「トキノミノル記念」の副題が付いている。トキノミノルのダービーは1951年だから、よほどのベテランでない限りその雄姿を目撃したことはあるまい。むろん私とて例外ではない。

ただ、現代のファンもトキノミノルの名に触れる機会はある。それが、東京競馬場パドックのそばに立つトキノミノル像。かつては待ち合わせの定番だった。このブロンズ像を永田雅一オーナーが東京競馬場に寄贈したのは1966年のこと。翌年から共同通信杯4歳Sが始まる。そこから回を重ねて共同通信杯は今年が51回目。ちょうど半世紀の歴史を誇る。

伝説のダービー馬・トキノミノルが「パーフェクト」という馬名でデビューしていたのは有名な話。デビュー戦でのレコード勝ちに気を良くした永田氏は、馬名を「トキノミノル」に変更した。「トキノ」は永田氏が尊敬していた菊池寛が好んで使った冠号。それが10戦無敗でダービーを勝つのだから、氏の慧眼はさすがと言うべきか。デビュー戦のレースぶり次第では、共同通信杯の副題は「パーフェクト記念」になっていたかもしれない。

そのトキノミノルにはライバルがいた。それが同い年のイツセイ。3歳時に64キロを背負いながら安田賞(現在の安田記念)をレコード勝ちし、4歳時には73キロをものともせず中山ステークスに勝っている。通算32戦21勝で、2着が8回。30戦以上しながら連対率9割6厘は素晴らしいのひと言に尽きる。

しかし、同期にトキノミノルがいたことは、イツセイにとって不運だったと言うほかなかろう。イツセイは朝日杯からダービーまで5戦して、すべてトキノミノルの2着に甘んじた。それでも朝日杯の4馬身から、3馬身、2馬身、2馬身、そして1馬身半と、着実に差を詰めていた事実は強調しておきたい。

両者の最後の対戦になった1951年6日3日のダービーの朝。トキノミノルに脚部不安説が流れる。実は、ダービーの9日前にトキノミノルは裂蹄を発症していた。ダービー出走も危ぶまれる事態だったとも言われる。イツセイにとっては千載一遇のチャンス。もし、ここで勝っていれば、ひょっとしたら共同通信杯の副題は「イツセイ記念」になってたかもしれない……なんてコトにはならないか。

Tokino 

トキノミノルは血の滲む脚でダービーをレコード勝ちしたが、その17日後に破傷風によりこの世を去る。こうして彼は「幻の馬」となった。破傷風発症の原因は蹄の傷口から菌が入ったためとされる。命を賭して成し遂げたダービー制覇。だからこそ、このレースが今も特別なものであり、ダービーを目指す3歳馬たちの登竜門たるレースの副題となっているのであろう。ドゥラメンテ、ディープブリランテ、ジャングルポケット……。共同通信杯好走をステップにダービーを制した馬は列挙に暇がない。今年の出走馬からダービー馬は誕生するだろうか。その一頭一頭を、トキノミノルはパドック脇から今も見守っている。

 

***** 2017/02/07 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月 6日 (月)

択捉競馬場

明日2月7日は「北方領土の日」。日露和親条約が結ばれたのが1855年2月7日だったことにちなむ。その条文に「今より後、日本国とロシア国との境、エトロフ島とウルップ島との間にあるべし。エトロフ全島は日本に属し……」と初めて定められた。

かつて根室管内で開かれた草競馬大会「馬事協議会大会」は、トロッター競馬が見られる珍しいイベントだった。残念ながら3年前の大会を最後に行われてはいないようだが、サラブレッドやドサンコ、ポニーなど様々な種類の馬たちが、騎乗競馬、ばんえい競馬、そしてトロッター競馬などで熱戦を繰り広げていたという。

実は、この大会にはひとつの大きなスローガンが掲げられていた。そう、「北方領土返還実現」である。大地を駆ける馬たちの姿に声援を送りながら、北方四島への想いを募らせていた人もいたに違いない。

ゴルバチョフ氏がロシアの大統領だった当時だから、もう四半世紀前のことになる。某新聞社のソ連に関する部署でバイトをしていた私は、たまたまかつて択捉島に住んでいた方のお話を聞く機会を得た。その中で、「択捉島には競馬場があった」と聞いて、いたく驚いた記憶がある。

戦時中の記憶を辿りながら「学校」「病院」「飛行場」……、という具合にかつてあった施設の場所を思い起こしていく中にあって、意外に早く「あそこには競馬場があった」と答えていたのが意外だった。農耕馬を集めた草競馬レベルだったようだが、国後島にも同じような競馬場があったらしい。そこはやはり北海道なのであろう。開拓者たちは馬と共に生活し、当然の帰着として競馬をも楽しんだのかもしれない。

Uma 

北方領土ではないが、かつての樺太豊原市(現ユジノサハリンスク)にも競馬場があった。

こちらは草競馬などではなく、立派なスタンドを誇る本格的な競馬場。現在でも陸上競技場として施設が使われていると聞く。以前、樺太で生まれたという方からも当時のお話を伺うことができたが、その方もやはり競馬場の話に触れたのである。幼少時であるはずだから、よもや馬券に目を血走らせていたはずもなかろうが、競馬場というオブジェクトはそこにあるだけで何か大きな印象を与えるものなのだろう。

日露和親条約締結から162年が経つ。が、その条約の定めた位置に現実の国境はない。

 

***** 2017/02/06 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月 5日 (日)

3歳春の東京芝2400m

3歳の春に、東京の芝2400mでもっとも速く走る馬を作る―――。

我が国のすべての競馬関係者に共通する目標があるとすれば、このひと言に収斂するのではないか。3歳の春の芝2400mとは、すなわち日本ダービーとオークスの舞台である。

そんな大事な芝の東京2400mであるのに、オークスやダービーまでにその舞台を踏む機会は意外と限られる。2、3の未勝利戦を除けば、ダービートライアルの青葉賞と、昨日行われた500万特別ゆりかもめ賞しかない。

そのゆりかもめ賞はダノンキングダムが競り勝った。好スタートから序盤はハナ。2コーナーでいったん他馬に先頭を譲ったが、かわされてからも自分のペースを崩さず走れたことが最大の勝因ではないか。直線では、外から迫るウインイクシードの脚色に完全に劣っていたにもかかわらず、ついにゴールの瞬間まで抜かせることはなかった。その勝負根性には光るものがある。

Danon 

ゆりかもめ賞といえば、2分29~30秒前後の時計が一般的。なにせほとんどの馬にとって2400mは初めて走る距離だから、慎重になるのはやむを得ない。一昨年のゆりかもめ賞で2着だったゴールドアクターは2分30秒6、2002年に3着と敗れたシンボリクリスエスでさえ2分30秒8を要した。ダノンキングダムの2分26秒1という勝ち時計は、ホオキパウェーブの時計をコンマ5秒短縮する“ゆりかもめ賞レコード”。しかもほとんど自分で作り出したタイムだから、自信を持っていい。ホオキパウェーブは秋に菊花賞で2着と好走している。

それにしても、この世代の芝中距離の500万やオープンクラスは、少頭数競馬が目立ち過ぎやしないか。昨日のゆりかもめ賞が8頭。今日のきさらぎ賞も8頭。芝1800m以上の500万とオープンのレースは今日まで25鞍行われたが、うち14鞍が10頭に満たなかった。フルゲートに達したレースはない。同じ芝中距離の新馬戦に除外馬が溢れかえっている状況を見るに、少しばかり奇異にも映る。

しかも、少頭数なら堅く収まりそうなものなのに、そうならないから手に負えない。先ほど挙げた10頭に満たなかった14鞍のうち、1番人気が勝ったのは暮れのシクラメンSだけという有様。なにより極めつけは先日の若駒Sであろう。5頭立てのこのレースを勝ったアダムバローズはしんがり5番人気。単勝、複勝、馬連、馬単、ワイド、3連複、3連単。発売されたすべての賭式で最低人気の配当が飛び出した。

無敗の連勝馬が何頭も誕生した昨年とは一変、今年の3歳馬の力関係はまだ見えてこない。あるいは例年に比べて能力差が小さい可能性だってある。だとしたら、サトノアレスやレイデオロにも付け入る隙がありそうだ。勝ったり負けたりを繰り返しながら強くなる馬もいる事実も見逃せまい。4ヵ月後の東京芝2400mでいちばん強いのは、いったいどの馬か。敗戦の中にもキラリと光る何かを見逃してはならない。

 

***** 2017/02/05 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月 4日 (土)

新馬戦の悲哀

東京競馬場は雲ひとつない青空。風もなく、日なたに立つとむしろ暑く感じられるほどなのは、陽気の方が暦を意識したのか。なにせ今日は立春。絶好の競馬日和に恵まれた。

Tokyo 

6レースは芝1800mの新馬戦にフルゲートの16頭。先週の同条件では20頭の除外が出たが、あろうことか今週も20頭が除外された。ただ、先週ことごとく除外されたディープインパクト産駒が、今週は5頭出走。こうなれば除外云々はさておいて、彼ら彼女らのレースぶりをつぶさに見ておかねばなるまい。

06 

注目の最右翼はモクレレ。GⅠ5勝のアパパネとディープインパクトの間に生まれた産駒とあって、早くから「12冠ベビー」などと騒がれていた。戸崎圭太騎手の手綱も手伝って堂々の1番人気。先週除外された影響はどうだろうか。

Apa 

 

16 

2番人気に推されているスイーズドリームスの母は、GⅠ3勝馬のスイープトウショウ。2005年の宝塚記念で、ハーツクライ、ゼンノロブロイ、タップダンスシチーといった牡馬のビッグネームを一蹴し、最優秀古馬牝馬に輝いたこともまだ記憶にも新しい。除外権利は持っていなかったが、見事36分の5の抽選をかいくぐって出走を果たした。とはいえ、それはそれで仕上がり具合が気になる。もちろん父はディープインパクト。

Sweep 

 

04 

逆に、先々週そして先週と2週続けて除外され、ようやくの出走を果たすのがレーヌジャルダン。そのせいもあってか9番人気に留まるが、お母さんは2009年のエリザベス女王杯を11番人気で逃げ切ったクィーンスプマンテ。ナメてかかってはいけない。しかもお父さんはディープインパクト。ジャングルポケット牝馬にディープインパクトという配合は珍しくないようで、実は珍しいことをご存じだろうか。ひょっとしたら、ものすごいポテンシャルを秘めているかもしれない。

Queen 

両親のGⅠタイトルが多ければ、その子が走るというものではない。そんなことわかりきっている。しかし検討材料が少ない新馬戦では親の威光につい頼りがち。しかも、陣営は除外との戦いで思うような調整が難しかったはず。ならば血統も、人気も、疑ってかかるべきであろう。それで馬名もオッズも見ることなく、パドックの気配だけを頼りにこの5頭をピックアップしていた。大きく勝負する場でもない。単勝だけでよかろう。

Baken 

そしたら、なんと的中である。やった!やった!! 単勝で7840円は太い!

6r 

―――と喜んだのもつかの間、ハナの2着が⑤イムノスであることに気付いて愕然とした。馬連⑤-⑮なら48730円もついているはないか。ここが私のダメなところ。ツメが甘いのである。単勝的中の喜びは一瞬で吹き飛んだ。この5頭の馬連BOXをなぜ買えなかったのか。馬券下手にもほどがある。今に始まったことではないが、こればかりは簡単には治りそうもない。的中したというのに完全に負けた気分だ。

 

***** 2017/02/04 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月 3日 (金)

馬搬

「青森県八戸市の種差海岸に近い松林で、伐採した木材を馬搬で運び出す作業が始まった」

先月、そんなニュースを目にした。搬出する木は、昨夏の台風で倒れたクロマツで、馬は白い息を吐きながら力強く木立の間を進んで行く―――。

<馬搬>頼れる相棒 台風10号の倒木軽々と(1/19付・河北新報)
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170119_23007.html

山から木材を馬で引いて運ぶことを「馬搬(ばはん)」という。

驚いたのは、それがニュースになることである。私が子供のころは、馬で山から木材を運び出すのは、ごく普通とまでは言えないまでも、ニュースになるような光景ではなかった。その前であれば、おそらく「ごく普通」であったことだろう。だが、いま日本で馬搬の技術を持つ人は数人でしかないという。それもそうだ。なにせ私のスマホで「ばはん」と打っても「馬搬」に変換されることはない。つまり、我々の生活に馬搬は無関係な話になった。だからニュースにもなる。

作家のC.W.ニコルさんが、約30年前から私財を投じて黒姫高原の荒れ果てた森林を購入し、「アファンの森」と名づけて生態系を復活させる活動を続けていることはご存知だろうか。実はその活動の核心にあるのが馬搬なのである。

アファンの森で馬搬を行っているのは、岩手県遠野市からやってきたペルシュロン種の2頭と馬方さん。遠野では馬搬を「地駄曳き」と呼び、その技術者を「馬方(うまかた)」と呼ぶ。馬方は馬と家族のように接し、馬に「この人のために頑張ろう」と思わせる。そんな関係ができない限り丸太は運べない。必要とされるのは人馬一体の呼吸。それは競馬にも通ずる。

戦後の林業政策には多くの問題があった。成長効率ばかりを考えて杉ばかり植え、花粉をまき散らし、土地の水分を吸う杉が土を固くして山肌が脆くなり、材木をトラックで運び出すためだけに林道を通した。結果、我が国の自然林はそのほとんどが壊滅状態にある。だからニコルさんのような人が現れる。

Uma 

「馬は強い」。ニコルさんはそう言う。山林の狭い場所や急斜面が得意で重機用の作業道も不要。地面を固くしてしまう心配もない。それでいて、1日40本以上も木材を運び出せる。この本数はトラックと変わらないという。それで近年では馬の良さが見直されるようにもなった。

しかしそれだけでは終わらない。馬と人が丸太を運ぶ写真を見て私は、なぜかホッとしたのである。その安堵感はどこから来たのだろうか。

昔は馬が人と一緒に働いていた。日本人の遺伝子にはその記憶がしっかりと刻み込まれているに違いない。だから、初めて見た光景であっても、なんとなく懐かしい気がする。それが安堵感につながるのであろう。馬搬だけに留まるまい。機械の入れない田畑では馬耕もできる。ボロは良い肥料になる。日本人の生活に溶け込んでいたはずの馬の姿を、再び取り戻せないか―――。冒頭のニュースを、私はそのように読み取りたい。

 

***** 2017/02/03 *****

 

 

| | コメント (3)

2017年2月 2日 (木)

それでも場外へ

昨日行われた川崎記念の売得金額は、66年間の川崎記念の歴史の中で最高額を記録したそうだ。これまでのレコードは昨年の951,117,900円であったのが、今年ついに10億円を突破して1,017,655,900円に達したのだという。

最近、主催者のサイトで頻繁にこの手のお知らせを目にするようになった。重賞レースが行われるたびに、「売特金額レコード更新について」という一文がホームページを賑わせる。その大きな原動力は、いまや売上の3分の2を締めるネット投票にある。まず「PATによる地方競馬の発売開始」が売上を押し上げ、昨年秋の「海外競馬の馬券発売スタート」がすそ野を広げた。海外の馬券発売開始を機にPAT加入者が増えたことが、結果的に地方の売上躍進に繋がっている。

ちなみに、私自身はPATの利用者ではない。だから昨日もわざわざ水道橋まで馬券を買いに出かけた。さすがは川崎記念。場外の混雑ぶりもGⅠ級である。

Offt 

そんな私も、ネット投票の経験を持たぬわけではない。その昔は、宝くじより確率が低いと言われる抽選をかいくぐり、貴重な貴重な「電話投票権」を所持していたこともある。だが、そのうちに利用しなくなり、いつしかそのアカウントも自然消滅してしまった。

“電投”をやめた理由はひとつ。面白くない。その一言に尽きる。

私の周囲に麻雀をやらずにネットの麻雀ゲームばかりしている奴がいる。昼夜を問わず、まさに寝る間を惜しんで没頭している。「そんなに麻雀が好きなら、雀荘に行こう」。ある日、そう誘ってみた。だが彼は首をヨコに振る。人と卓を囲むのは気疲れする。わざわざ雀荘に行くのも面倒くさい。手軽がいちばん。だからゲーム。―――彼はそう言うのである。

競馬においても、首都圏や関西圏に住んでいながら競馬場や場外に行った経験も持たず、ただひたすらネットばかりで馬券を買っている人がいるが、そういう人を見ると思わず麻雀ゲームの彼を連想してしまう。ゲームと違ってカネを賭けている。そう言われるかもしれない。とはいえ、レースのたびに財布から出て行くお札を見ることはなかろう。それを「手軽」と喜ぶのは悪くないが、目に見えぬ口座の上で金が出たり入ったりしているだけなら、少なくともプレイ中の感覚はネットゲームと変わりあるまい。それであとから請求(追加入金の必要)がやって来る。

そこだけを切り取ればネット投票とノミ屋には、大差がないことに気付く。ノミ屋も基本は口張り。その場でカネの支払いは発生しない。客はそれを「手軽」と喜ぶが、実はそれは胴元が意図的に仕組んだ手法でもある。手軽だからこそ、客はたいして考えもせずホイホイと馬券を買ってしまう。それであとからとてつもない請求が来る。両者の違いは違法か合法か。大きな違いではあるが、その程度かという気もする。

財布に残った千円札の、その最後の1枚を出す瞬間に脳裏を駆け巡る思い。そして、ごくごく稀に払戻機から出てきた札束を掴んだときのあの感触―――。

バクチを打ち続ける中にあって、もっとも大事なこと。それはカネの有難味を分かっているかどうかではあるまいか。それがなければあらゆるバクチは単なるゲームに成り下がる。と同時に、バクチで身を滅ぼすことも覚悟しなければなるまい。

外出もままならないという方や、遠隔地にお住まいだという方がいることは承知している。誤解のないよう断っておくが、ネットで馬券を買う人すべてがカネの有難味を知らぬと言っているのではない。ただ私がかつてネットや電話で馬券を買ったとき、その欠落を感じた。それだけの話。だから私は寒風の中、場外馬券売り場を目指して歩くのである。

 

***** 2017/02/02 *****

 

 

| | コメント (0)

2017年2月 1日 (水)

うどん界のアライバ

セルフのうどん店に行くと、てんぷらのコーナーにおにぎりやいなり寿司が置いてあることが多い。セルフでなくても、ランチサービスにかやくご飯が付いてくるお店もある。実は、以前はこの組み合わせがいまひとつ馴染めなかった。だってうどんを食べに来ているのである。ご飯を食べるだけのお腹のゆとりがあるのなら、うどんを増量したいじゃないですか。

でも、最近都内に増えた博多うどんのお店を食べ歩くうち、私の中で考えが変わった。そのきっかけはこの左端に写っているやつ。

Yokayoka 

そう、かしわめしですね。上は有楽町『よかよか』の、そして下の写真は淡路町『釜善』のかしわめしです。

Kamazen 

博多のうどん店では、うどんとかしわめしはベストタッグらしい。“アライバコンビ”のようなもの。いや、博多なら“本多・今宮コンビ”と言うべきか。なにせ博多うどんは美味い。そしてかしわめしも美味い。それを一緒に食べると、なぜかさらに美味い。どうなってんだ、こりゃ?

佐賀競馬場への連絡バスが出るJR鳥栖駅は、「6番ホームのかしわうどん」で“うどん通”にはつとに知られているが、実はこちらの駅で売られる駅弁「かしわめし」は、“かしわめし通”―――なんていう人たちがいるかどうかはさておき―――には知られた逸品らしい。発売開始は1913年。日本で初めて鶏肉を使った駅弁だそうで、鶏ガラスープで炊いた米に刻んだ鶏肉を載せてあるという。次に佐賀競馬に行くときは、ぜひとも食べねば。

もともと、かしわめしは鳥栖周辺の家庭でのもてなし料理だった。この界隈は昔から鶏の飼育が盛んで、かつては「鳥巣」と呼ばれていたという記録も残る。奈良時代に書かれた「肥前風土記」には、飼育した鳥を天皇に献上したという記述も。この地でかしわめしに根付く下地は、はるか昔から整っていた。

ややもすれば鶏肉の脂がべったりして、くどいと感じる人もいるようだ。そこにタッグパートナーの博多うどんが登場すると状況は一変する。こってりしたかしわめしと、博多うどんのあっさりしたダシとのバランスは絶妙だ。

私はまずひと口をそのまま食べる。しかるのちに、うどんのダシをかしわめしの上から流しかけ、お茶漬けライクに食べる。これが美味い。むろんダシが美味しいことが条件となるが、最近のお店はどこも美味しいから助かる。「かしわめしのうどんダシかけ」なんてメニューがあれば、一も二も無く買うに違いない。中山競馬場の『はなまる屋』あたりで、検討してくれないだろうか。

 

***** 2017/02/01 *****

 

 

| | コメント (0)

« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »