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2017年1月18日 (水)

大宮競馬場を探して

朝から大宮で途方に暮れてしまった。

詳しい経緯は省くが、人と会う予定が急遽キャンセルになってしまったのである。人と会った後は浦和競馬場でニューイヤーカップを観る予定だった。早目に競馬場入りしてしまうという手もあるが、こんな調子で1レースから勝負を続けたところで、大やけどは免れまい。この辺に3時間ほど暇潰しができる場所はないだろうか……?

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そしたら、目の前に頃合いの店があるではないか。昭和の風情を残す喫茶店。なにせ店の名前からして『ひまつぶし』である。迷わず入店して、ミートソースとコーヒーを注文。漫画や雑誌もたっぷり置いてあって申し分ない。さすがは暇潰しを名乗るだけのことはある。ここなら2時間くらいは潰せるだろう。

ほどなくしてミートソースが運ばれてきた。するとこれがべらぼうに旨いのである。

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なんだこりゃ!?

すぐに理由がわかった。どうやら、地元のみならず、広く知られた一軒らしい。まだ11時前だというのに、私のあとにも次々と客がやって来のがその証。店内をよくよく見渡せば、TVのロケとおぼしき写真が飾ってある。

名物はナポリタンのようだ。来る来る客、みんなナポリタンを注文している。ならば、このミートソースも、途中まではナポリタンと同じ手順で調理されているのであろう。絶妙な下味で炒められているから、麺がやたら旨く感じられるのである。

旨いミートソースと巡り会えたのと引き換えに、当初の目的である「暇潰し」は残念ながら達成できなかった。人気店ゆえ、店内がどんどん混んでくるのである。外に待つ客を横目に、素知らぬ顔で長っ尻ができるほど私は肝が座ってない。逃げるように店を出ると、目の前のニューシャトルに飛び乗った。

前々から行ってみたいと思っていた場所が、この近くであることを思い出したのである。

その場所というのは、ニューシャトル加茂宮駅近くにあるさいたま市北区役所。とはいえ区役所そのものに用があるわけではない。通称「プラザノース」と呼ばれるこの一帯は、かつて巨大な競馬場だった。羽田、川崎とならんで「日本3大競馬場」と称された大宮競馬場である。だが、今では図書館やショッピングセンターが立ち並ぶこの光景に、往時の面影はない。区役所の駐車場の片隅にひっそりと建つ石碑だけが、ここに競馬場があったことを教えてくれるのみだ。

03 

区役所に隣接するさいたま市立北図書館で大宮競馬場に関する文献を調べてみた。むろんこの図書館も、かつての競馬場の敷地に建っている。

Librery 

コースは1周1マイル、幅員27mというから、かなり広い。大井の外回りコースに近いが、幅員は大井の25mを上回る。

こけら落としとなった1931年12月12日は、未明から県内各地はもとより、東京から列車で大挙ファンが押し寄せたという。入場しきれなかった人たちを含め、10数万人が競馬場を取り囲んだというから凄い。ホントかどうかは怪しいが、少なくとも当時の朝日新聞の記事がそのように伝えていることは事実。

1935年には春・秋の計8日間の開催で1,763,362円を売り上げたと記録に残る。これが大宮競馬の年間売上レコード。ちなみにこの当時、馬券の発売は認められていなかった。入場券に景品券が添付され、勝ち馬を予想して的中者に景品が配られるだけ。それでこの金額は驚異的と言うほかない。郵便はがき1枚1銭5厘、コーヒー1杯15銭、日本軍の兵士の給与が5円という時代である。

しかし、世の中に戦時色が強まるにつれ、競馬の開催そのものが難しくなる。

1939年春の開催を最後に通常の競馬は幕を閉じた。翌年から「鍛練競馬」としてレースは続けられたが、それも1942年を最後に終了。鍛練競馬は同県春日部市に舞台を移すと共に、大宮競馬場は閉鎖されて、その敷地は中島飛行機製作所(現・富士重工業大宮製作所)にとって変わられる。

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こうして大宮競馬は10年あまりで姿を消した。通算開催日数では、わずか59日間という幻の競馬場である。しかし、その熱狂ぶりは凄まじいものがあった。しかし今では駐車場の片隅に、立派な記念碑がそびえるのみ。足を止めて碑を覗き見る人もいない。かつて興隆を極めた競馬場の熱気が伝わってくることは残念ながらなかったが、それも仕方あるまい。なにせ70年以上も昔の話である。

(明日付に続く)

 

***** 2017/01/18 *****

 

 

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