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2017年1月31日 (火)

寒中競馬

春の陽気だった昨日から一転、今日の東京の最高気温は10度。一気に冬が戻ってきた。まあ、寒中なのだからこれが当然。近年は陽気が暦を無視することが目にあまる。冬は寒くていい。

ウマは寒い方が元気が出るというのは、よく知られた話。だが、そうはいっても、あまりに寒ければ身体を壊してしまうので、自然と冬毛が伸びる。普段の馬は「被毛」と呼ばれる細かい体毛に覆われているが、気温が低下すると、寒さから身を守るために被毛が抜けにくくなり、長く伸びて光沢を失うのである。これが「冬毛」。春になって気温が上がると「冬毛」は自然と抜け落ちる。

この時季のパドックは冬毛が目立ち、毛ヅヤの悪い馬も多く見かける。季節的に冬毛が生えるのは仕方がなく、一概に状態が悪いと決めつけるわけにはいかない。だが、被毛の生え替わりのサイクルは、健康状態と密接な関係にあるのも事実。一様に抜け替わるわけではなく、栄養が良く健康な馬は抜け替わりも早い。だから寒い季節に冬毛がなく毛ヅヤがピカピカな馬は好調と判断するわけだが、中には見た目を気にするあまり、冬毛を生やさぬよう四六時中馬服を着せている厩舎もあるので注意が必要だ。

そうはいっても、これほど寒いと冬毛ぼーぼーの馬に親近感を感じたりすることもありますよね。

「うー、さぶさぶ。おぉ、お前(ウマ)も寒い中よく頑張って偉いよな。オレなんか、こんなに着込んでいるのに、寒い寒いと文句ばっか言っててダメだよなぁ。よし、こうなったら、君の単勝を買ってあげじゃないか」

なんてコトになって馬券も散々な結果に終わるわけだ。寒い季節の馬券はイイことありませんな。まあ、馬券でイイことないのは、どの季節も同じですけど。

騎手にしても、暑い時季以上に寒い時季は辛いものらしい。そりゃそうですよね。寒いからといって、厚着するわけにもいかないし、体も硬くなるから怪我をする確率も高くなる。ダート戦で飛んできた砂粒が顔に当たると、冬場は特に痛いんだそうです。そりゃあ、大変だ。

Dirt 

そんな彼らのささやかな冬場対策は、プロテクターの下に使い捨てカイロをペタペタと貼ることなんだとか。でも、それならプロテクターそのものが温かくなればイイのにな、と思いますよね。汗を熱に換える「発熱ジャケット」なんて商品があるくらいだから、プロテクターでもできないだろうか。

 

***** 2017/01/31 *****

 

 

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2017年1月30日 (月)

ゲートへの遥かな道のり

昨日の東京5レースは芝1800mの新馬戦。冬の東京開幕週のこの条件といえば、2年前にキタサンブラックがデビュー勝ちを収めた舞台でもある。今年はC.ルメール騎手騎乗のインシュラーが勝利。1番人気に応えて見せたわけだが、実はこのレース、実に20頭もの除外馬が出ていた。

除外馬の中にアパパネを母に持つ評判馬モクレレが含まれていたから、知る人は多いかもしれない。ほかにも秋華賞馬・クイーンスプマンテの子や、ドリームパスポートの半弟、あるいはマルカシェンクやザレマの半弟なども除外の憂き目を見た。除外されたメンバーの方が豪華なんじゃないかという指摘もある。なにせ出馬投票した6頭のディープインパクト産駒すべてが除外になったのだから。

この時季の除外ラッシュは今に始まったことではない。ただ、近年は芝の新馬や未勝利でその傾向が顕著になっている。

Gate 

大量除外の背景にはいわゆる「除外権利狙い」があると思われる方もいらっしゃるかもしれない。だが、新馬戦では5頭分の「ガチ抽選枠」なるものが存在する。昨日の東京5Rで言えば、出馬投票した36頭全馬で、まず5頭の出走枠を巡ってクジ引きを行う。除外権利がモノを言うのはそのあとの11頭分の争い。だから、「除外を見越して軽めの仕上げで……」なんて馬が仮にいたとしても、出走を余儀なくされることがある。もちろん出る気のない馬の投票を避けるのが狙い。それでも20頭がハジかれる。しかも翌週に走れるかどうかさえも定かではない。

実際、今週末にも芝1800mの新馬は用意されている。だが除外権利を持っていても、出走できる保証はない。だからだろうか、サトノマックスなどは、未出走の身でありながらゆりかもめ賞にも登録してきた。先ほども書いたように、昨日の新馬を除外されたメンバーは良血揃い。それなら、500万条件の方が案外楽な相手だったりする。しかも何より除外の心配がない。

除外が起きる理由はレースの数に比べて馬の数が多いから。そのひと言に尽きよう。

一部の馬主はレース数を増やせと訴えるが、それには法改正が必要。簡単ではない。逆にJRAは馬を減らすことで適正化を図ろうとしており、その思いは3歳未勝利戦の終了時季の前倒しや、出走手当ての減額といった施策になって具現化されている。一部で報道されている「降級制度の廃止」などもその一環であろう。実力のない馬はお引取りいただきたい―――。ホンネはそこにある。

馬主とJRA。少なくともこの問題に関して、両者の思惑は同じ方向を向いてない。それに振り回されるのはいつものごとくウマである。どれだけポテンシャルを秘めていようが走る機会は運頼み。それではせっかくのディープインパクトの血も泣く。それを「運も実力のうち」としてしまう風潮にも、問題がないとは言えまい。戒めとせねば。

 

***** 2017/01/30 *****

 

 

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2017年1月29日 (日)

ドンブリの“イ”

諸事情これありで、一年ほど前から土日にクルマで出かけることが増えた。今日も今日とて千葉までドライブ。となれば、自然と競馬はラジオ日本の「日曜競馬実況中継」に頼るようになる。

Radio 

それで気づいたことがある。むかしのラジオ日本の実況アナは馬番号や払戻金額を読み上げる際、2は「ふた」、9を「ここのつ」、10なら「とお」などと読んでいたはず。たとえば「馬連9-12。2210円」であれば、「うまれん、ここのつばん、じゅうふたばん。ふたせんふたひゃくとおえん」という具合。それが、最近は「うまれん、きゅうばん、じゅうにばん、にせんにひゃくじゅうえん」と、普通の言葉遣いになってしまっているのだ。

なぜ、9を「きゅう」ではなく「ここのつ」と読むのか。それは聞き間違い防止のために他ならない。特に的中馬番や配当金は大事な情報だから、伝える方も気を遣わざるを得なかった。が、そんな気遣いも不要な時代になったということか。

アナウンサーでなくても、顔の見えない相手に情報を伝える時にはいろいろと気を遣うことがある。特に人の名前。

学生時代だから、もう30年近くも昔の話になる。某新聞社でアルバイトをしていた私は、「井川」という名前を電話の相手に伝える際、「井戸の井に三本川です」と言った。すると間髪入れずに隣の記者から怒号が飛んで来たのである。

バカ! そういう時は「ドンブリの井」って言うんだ!

「いど」を「井戸」と聞き取ってくれれば問題は起きない。だが中には「緯度」だと思う人もいるだろう。イントネーションや聞く側の思い込み次第では、「江戸」と聞き取られてしまう可能性だってある。「井川」が「江川」になってしまえば、阪神タイガースファンでなくとも大きな間違いだ。「ドンブリの井」は、漢字の説明として正しくないかもしれないが、少なくとも聞き間違いは起きない。

その記者は、かつて電話での伝え間違いで大きなミスを犯したという。まだFAXもなかった当時、出張先の競馬場から「アサ」という2文字の馬名を電話で本社に伝えなければならなかった。先方が聞き間違えぬよう、わざわざ「朝晩の“アサ”」と念を入れて伝えてあげたら、翌朝の新聞にはしっかりと「アサバンノアサ」と掲載されていたそうだ。

たまたま今現在も「アサ」という名前の馬が岩手に在籍している。だが、水沢にいようが、盛岡にいようが、記事も写真もインターネットでほいほい送れてしまう時代。アサバンノアサ号が新聞に載るチャンスは皆無に等しい。同様に「ここのつばん、じゅうふたばん」という声がラジオから聞こえてくることもないのだろう。根岸Sの実況に耳を傾けながら、どことなく寂しい思いがした。

 

***** 2017/01/29 *****

 

 

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2017年1月28日 (土)

根岸の馬かけ

明日の根岸Sのレース名は、かつての根岸(横浜)競馬場に由来する。

Negishi1 

そこで最初の競馬が開催されたのは1867年1月11日のことだから、今から150年も昔の話。なにせ根岸競馬場を作ったのは江戸幕府である。文久3~4年に勃発した下関戦争によって湧き上った日英の緊張を緩和するための施策として、歴史に名高いハリー・パークスが根岸に競馬場を設置することを幕府に求めたのがそもそもの始まり。こうなると競馬の話というよりもはや歴史の話にしか聞こえない。

馬場は1周約1マイルの右回り。スタンド前からスタートすると、急激な下り坂を降りながら1コーナーを曲がらなければならない。逆に2コーナーは上り坂。その極端な自然の地形を生かしたコースは、技術と経験がモノを言った。当時の騎手の評判は、あまり良くはなかったらしい。

それでも居留地の外国人にとっては数少ない娯楽のひとつである。だから、ひとたび競馬開催となると横浜中の会社はもちろん、銀行、病院さえも休業の看板を掲げたという。横浜全体が休みということは、日本の対外貿易が停止すると言い換えても過言ではない。根岸の競馬にはそれほどの影響力があった。明治中期になると、新聞にも「横浜根岸で馬かけのため、貿易会社は休業」といった記事を目にするようになる。

しかし、そんな熱狂も戦争には勝てなかった。競馬場のスタンドから横須賀の軍港が丸見えという理由から、海軍に接収されたことは以前にも書いた通り。終戦後は、米軍がゴルフ場として使用したのち、1969年に返還され、今では「馬の博物館」や公園として市民の憩いの場となっている。

Negishi2 

聞いた話では、根岸を競馬場として復活させようという動きもあったとされる。競馬法に明記された、日本中央競馬会が開催を行うことができる競馬場の中に、平成3年まで「横浜」の名前が残されていたことも無関係ではない。明治天皇が幾度となく行幸され、帝室御賞典や皐月賞の第1回が開かれた根岸競馬場は、やはり特別な存在なのである。その名を戴く根岸ステークスがGⅢ格付に留まることに、不満を感じる人もあるようだ。

ところで、明日の根岸Sで伏兵の1頭に挙げられているキングズガードは、その母系を12代遡ると伝説の牝馬アストニシメントに辿り付く。

アストニシメントのファミリーからは天皇賞の前身となった帝室御賞典の勝ち馬も何頭か輩出されているが、うち1頭のオーグメント(競走名「アスベル」)は1926年秋の根岸の帝室御賞典を勝った名牝であり、2010年から根岸Sに5年連続出走し、11年には優勝を果たしているセイクリムズンの8代母。ほかにもリキサンパワー、ニホンピロサート、ワイドバッハなど、根岸Sで好走歴を持つアストニシメントの子孫は少なくない。同ファミリー出身のキングズガードには力強いデータではあるまいか。競馬場は消えても血統は続く。それが競馬の醍醐味のひとつだ。

 

***** 2017/01/28 *****

 

 

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2017年1月27日 (金)

コレクション

過日、年賀状葉書のお年玉クジの抽選結果が発表になったので、照合作業を行った。

実は昨年暮れあたりから洗濯機の調子が良くない。大量の衣類を投入しているわけでもないのに、3回に1回は「ぴー」というアラーム音とともにドラムが停止してしまう。原因は不明。再度スタートボタンを押すと、何事もなかったように素知らぬ顔をして洗濯を続けやがる。

もう買い換えなければならぬのだろう。しかしそれには先立つものが必要。それを案じていたら、なんと今年のお年玉月年賀はがきの1等が現金10万円だと聞かされた。

1等が当たれば洗濯機が買える!

我が家に届いた年賀状は100枚程度だから、そんな目論見がうまくいくわけがない。むろん結果は惨敗。切手シートが1枚のみだから、確率的にはむしろ“負け”であろう。

貴重な切手シートをもたらしてくれた年賀状の差出人を見れば、これがノーザンファームのスタッフの方であった。これでは安平に足を向けて眠れぬ。平素より「もう、ノーザンだけで競馬やってろ!」などと罵詈雑言の限りを吐き続ける私であるが、今後はそういった言動は慎まねばなるまい。たった1枚の切手シートとはいえ、案外そういうところは義理堅いのである。

そうは言っても、私は切手コレクターではない。もともと収拾癖というものを持ち合わせぬタチなので、こういう記念切手の類も、何の躊躇いもなく使用することにしている。

切手に限らず、本、雑誌、レーシングプログラム、馬券、騎手のサイン、それからテレホンカードやクオカードの類などについても、進んで集めていることはしていない。クオカードを頂く機会はやたらと多いが、有り難く使わせていただくつもりでいるし、テレホンカードだってちゃんと持ち歩いて、常に使う機会をうかがっている。ちなみに、いま財布を調べたらマチカネフクキタルの菊花賞のテレカが入っていた。コレって20年前のじゃねぇか! しかも完全未使用(笑) ともあれ、このカードたちを全部使い切るのは、まだかなり先のことになりそうだ。

Teleca 

「デブで眼鏡」という外見のせいであろう。周囲からは熱心なコレクターだと思われがちだが、実はまるでモノに執着がないのである。「何事にもコダワリがない」と言った方が近いかもしれない。

「デットーリが7戦全勝を果たした日のアスコット競馬場のレープロ」とか「フジヤマケンザンが香港カップを勝った翌日の現地の新聞」みたいな、縁のある記念品はちゃんと取っておいてある……はず。実際どこに保管してあるのか、判然としない。そういったものを展示保管する「コレクション・ルーム」があるような大きいお家を建てた暁には、いろんなものを集めてみたいものだけど、新しい洗濯機をお年玉付き年賀はがきに期待しているような身では、どだい無理な話ですね。

 

***** 2017/01/27 *****

 

 

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2017年1月26日 (木)

はなまる屋@中山

昨日付けにもチラッと書いたが、この冬から中山競馬場の地下レストランエリアに、新たなうどん店がオープンしているのをご存知だろうか。その名も『はなまる屋』。名前の通り、讃岐うどんチェーンの『はなまるうどん』が手がける新業態である。

Hanamaru 

具体的には、『グリーンハウス』さんと『角庄』さんが営業していたエリア。その2店舗が閉店し、跡地にスパゲティ『ドゥマーニ』、ピザ『ピザーラ』とあわせて3店舗がオープンした。とはいえ窮屈さを感じることはない。

Piza 

『角庄』といえば鶏カツ丼を連想される方も多かろう。「取り」と「勝つ」が重なった鶏カツ丼は競馬場の縁起食。「チキンドン」の愛称で、多くのファンに愛された。あのメニューが食べられないとなると、困るお客さんも多いのではないか。

―――と思ったら、「鶏カツ重(800円)」という名前でメニューに残っているんですね。やがて「チキンジュウ」という愛称で呼ばれるようになるかは別として、こういう配慮はありがたい。さらに、おでんや唐揚げなど『はなまるうどん』ではお目にかかれないメニューが存在するのも『はなまる屋』ならでは。

そもそも『はなまる屋』の業態コンセプトは、「はなまる自慢の“かけだし”をより多くのお客様に楽しんでいたたきたい」というもの。したがって、よその『はなまる屋』でも、日本そばや親子丼といったメニューを並べ、うどんにはこだわらない姿勢を打ち出している。それがこちらでは鶏カツ重でありおでんであった。そういうことであろう。

Kakedashi 

しかし、この日私が注文したのは塩焼きうどん(400円)。メニューの写真と値段に惹かれた。街中の『はなまるうどん』でも、このメニューは見たことがない。なによりメニュー看板のトップに、デカデカと表示されている。これは自信の表れに違いない。

Menu 

しかし、提供されたのは意外な一品であった。メニュー写真のような黒いお皿に盛られて出てくるのではない。テイクアウトの牛丼のような紙のカップに詰められたものを、ハイと渡された。

Udon1 

蓋に張られた製造日時のシールを見るまでもない。完全な作り置きである。よりによって買ったのはメインレースの直前。作ってから5時間近くが経過していることになる。中身の水分を吸って湿った紙の器が若干持ちにくい。うどんも伸びて固まった状態。箸で麺を持ち上げると、カップの形をした塊になって出てくる。

Udon2 

ただし、味付け自体は悪くなかった。朝イチで食べればまた違うかもしれない。そもそも“かけだし”がウリの店で塩焼きうどんはミスチョイスであったか。次回は鶏カツ重にチャレンジしたい。春の中山が楽しみだ。

 

***** 2017/01/26 *****

 

 

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2017年1月25日 (水)

一日一杯

昼メシの店を探していて、ふと気づいてしまった。

大したことではない。でも、個人的には凄いと思った。いったい何か。ここのところ、昼メシにうどん以外を食べたという記憶がないのである。

昨日は淡路町の『釜善』でゴボ天うどんを食べた。讃岐うどんの専門店でありながら、博多うどんでお馴染みのゴボ天とマル天のトッピングが人気の一軒。讃岐と博多のイイトコどりだから当然美味い。寒さに震えて歩いて行くだけの価値はある。

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さらに、スマホの画像を頼りに過去の昼メシを辿ってみるとこんな結果になった。

おとといの23日は神田『野らぼー』のひやあつ。神田界隈に複数店舗を展開する『野らぼー』さんは、ひやあつをやってくれるので嬉しい

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22日、船橋法典駅近くの『まるは』で鶏天うどん。美味い。

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21日は中山競馬場内『はなまる屋』の塩焼きうどん。

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20日、大手町の『野らぼー』で肉うどん。

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19日、大手町『山長』の鴨汁うどん。恵比寿の名店が大手町にも出店してきた。

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18日は、このブログにも書いた通り、大宮競馬場跡の記念碑を見てから『寿庵』でぶっかけをいただいた。このうどんも美味かったなぁ。

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17日、淡路町『しゅう』の竹天カレーうどん。

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16日に水道橋『水道橋麺通団』で肉うどんを食べたことも、このブログに書いた通り。

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そして、14日は神田の『一福』で釜玉を食べたのである。

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その前日、13日は船橋競馬場に行ったついでに『大輦』でソースラーメンを食べたとこのブログにも書いてある。だから記録の開始は14日から。ちなみに15日は、諸事情あって午後まで寝て過ごしたから、昼メシは食べてない。

ともあれ、10日間連続のうどんである。我ながら凄い。でも、「讃岐うどん研究所」の調査によれば、香川県民の1割以上が毎日うどんを食べているというから、大したことないとも言える。

そして11日目の今日は、言わずと知れたTCK女王盃が行われる。むろん昼メシにはうどんを食べぬわけにはいくまい。そんなわけで、今年最初の青物横丁『おにやんま』訪問。いつもなら鶏天ぶっかけだが、この季節は温かいダシに浮かんだうどんがありがたい。

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驚くのは、さほど意識していないにも関わらず、この11日間の店にかぶりがないことであろう。つまり、東京という街は、なにげなく歩くだけで、これだけハイレベルなうどん専門店に巡り合う街になった。香川のみなさんには敵うはずもないが、東京でも飽きぬ程度に毎日うどんを食べることはできる。さあ、明日はどこでうどんを食べようか。

Oni 

 

***** 2017/01/25 *****

 

 

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2017年1月24日 (火)

考えは変わる

ここ数日、このブログへのアクセス数が一時的に激増した。何があったかは知らないが、千が万になれば何かあったと考えるのが普通であろう。しかし、大半の来訪者は読んでガッカリで終わったのではあるまいか。なにせ、持ち馬はまるで走らず、馬券もまるで当たらず、暇に任せてうどんばかり食べ歩いているヤツが、しかも匿名で書いていることである。

私がブログを書くのは、世の中の人に伝えたいことがあるから―――と書けば大袈裟に過ぎる。むろん伝えたいという気持ちはゼロではないから、ブログの閲覧数が伸びるのは悪い話ではない。だが、その中身の大半は私が考えたことのメモみたいなもの。ためになるような内容ではない。メモだから、書き終えた時点で私の中では済んでしまった話。もう本人は次のことを考えている。このブログは、それを踏まえてお読みいただきたい。

今なら「電通」の長時間労働問題を考えている。なにせ真っ先に電通を指名停止にしたのは、ほかならぬJRAである。おかげで私の中では、これを「競馬の問題」にせざるを得なくなった。

JRAのみなさんの働きぶりを知らぬわけではない。みなさん朝早くから夜遅くまで懸命に働いていらっしゃる。それはひとえにファンに良い番組を提供するためであろう。そんなJRAが「働き過ぎはけしからん」と言って電通を指名中止にする。JRAにしてみれば内規に従ったまでだろうが、なんとも不思議な世の中である。

たまに「何年何月何日にあんたはこう書いたじゃないか!」などという指摘を頂戴することがある。最近書いたブログの内容が、過去のエントリの内容と矛盾するらしい。

新聞なら古い記事の大半は古新聞として捨てられるが、ブログは残る。むろん記事を削除することもできるが、それじゃあメモの役目を果たさない。それでこんなコメントが届く。しかし、そのおかげで自分の考えが変わっていることに気付かされるのだと思えば、悪い話でもない。そりゃあ、誰しも考えが変わることだってあるでしょうよ。

具体的な例をひとつ挙げる。ひと昔前まで私は馬券を買うにあたり競馬新聞など不要だと考えていた。馬券の買い目を、なぜ他人に指南してもらわにゃならんのか?

大半のレースは過去に見ているわけし、そもそもパドックで馬を見て買う馬券こそ王道だと信じていたフシがある。私が新聞が邪魔だと考えていたのは、そんな理由からであろう。馬券の成績は褒められたものではなかったが、そのスタンスでじゅうぶん楽しめたのだから、それで問題はなかった。

Paddock 

だが、今はなるべく競馬新聞を買うようにしている。最近は競馬場でカメラを持ち歩かないので、手持ちぶさたになったことがひとつ。紙媒体を応援したいという気持ちもなくはない。若い競馬記者がどんな記事を書いているのかも気になる。午前2時の調教から、夜9時のナイター競馬まで、ぶっ通しで仕事をこなす彼らの姿を知っていれば、気にならぬはずがない。そもそも過去に見たはずのレースを忘れるようにもなった。すなわちトシを取ったのである。トシと共に変わるのは何も容姿だけではない。

こう書くと失礼かもしれないが、新聞はちょうど良い暇潰しにもなる。隅から隅まで活字を追えば、数時間などあっという間。スマホの画面でここまで執拗に文字を追うのは難しい。先日の大宮に限らず最近は暇な時間が増えた。これもトシを取ったせいかもしれない。実は「暇潰し」こそ、これからの日本が考えるべき大きなテーマになる。ひそかに私はそう考えてもいる。

いい大人が暇潰しに没頭する姿が白い目で見られたのは、もはや過去のこと。必死に働かなければ生きていけなかった、そんな昔の話だ。今はうっかり働きすぎると周囲から袋叩きに遭う。電通を見てみるといい。JRAや競馬記者たちも気を付けるべきであろう。時代と共に人の考えも大きく変わる。それは私ひとりに限ったことではない。

 

***** 2017/01/24 *****

 

 

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2017年1月23日 (月)

ダービー馬が背負うもの

日曜の中山10R・アレキサンドライトSをディアドムスが勝った。「5頭ものGⅠ優勝馬が出走する」。先週土曜付にそう書いたうちの1頭。全日本2歳優駿以来2年ぶりの勝利は2馬身差の圧勝劇である。厳しいペースと田辺裕信騎手の手綱が絶妙に噛み合った。

Dear 

こうなれば、AJCCのワンアンドオンリーに注目せぬわけにはいくまい。なにせこちらも田辺騎手の手綱である。15連敗中の身とはいえ。絶好調の田辺騎手ならなんとかしてくれるかもしれない。ダービー馬が苦しむ姿を見るのは、正直忍びないのである。

One 

そも、ダービー馬が翌年のAJCCに出てくること自体が珍しい。前回は1999年のスペシャルウィークだった。その前となると1979年のサクラショウリまで遡らなければならない。多くの現役ダービー馬にとって1月は冬休み。しかし、ワンアンドオンリーにとって心強いのは、スペシャルウィークもサクラショウリも勝っていることであろう。18年ぶりにダービー馬がAJCCを勝つシーンを見ることができるだろうか。

しかし、私の目の前で勝ってみせたのは、蛯名正義騎手のタンタアレグリアだった。昨年の天皇賞(春)以来、9か月ぶりのブランクを感じさせぬ完勝である。

Ajcc 

調教師は、AJCCと金鯱賞もしくは阪神大賞典の2戦を叩いて天皇賞を目指すと明言していた。むろん100%の仕上げではない。それでこの勝ちっぷりをどう評価すれば良いのだろう。「思い通りに運んだ珍しいケース」。蛯名騎手はそうコメントしている。これが天皇賞ともなれば、そんなにうまくは運ばない。それがGⅠとGⅡの差。一方で、私はゼーヴィントの末脚に思うほど切れが足りなかったようにも思う。馬はこれで3戦連続の2着。さらに戸崎騎手は今年13度目の2着。こちらは人馬とも何かきっかけが欲しい。

いや、彼らよりもっときっかけを欲しているのは、おそらくワンアンドオンリーの方であろう。5着は目をつぶるほどの敗戦ではないが、ミライヘノツバサやルミナスウォリアーに完敗した事実は残る。

同じ「GⅠ馬」であっても、ディアドムスのように降級の恩恵に与かれる立場でなければ、なりふり構わず勝ちに行くことも許されない。なにせダービー馬。背負っているものが違う。それは分かる。だが、悲しくも4コーナーで予後不良となったシングウィズジョイの最期の姿が、未だに瞼に焼き付いて消えないのである。できることならもう北海道に帰してあげたい。しかし、今となってはそれも許されぬ。引き際を見極めることの難しさを、つくづく感じる。

 

***** 2017/01/23 *****

 

 

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2017年1月22日 (日)

【訃報】シングウィズジョイ

今日のAJCCで4番人気に推されていたシングウィズジョイは、直線入口で他馬と接触して転倒。馬は起き上がることができず、ルメール騎手は馬場に叩きつけられた。4コーナーを回って大きな歓声が上がるのはいつものこと。だが、今日の歓声はおかしな響き方をした。おそらく、そこに悲鳴が重なっていたせいであろう。

重賞2勝。エリザベス女王杯でも2着した活躍馬である。競走生活に戻れなくとも、せめて繁殖に―――。そんな関係者の願いは打ち砕かれた。診断は左上腕部の骨折で予後不良。出資者の方を含め、関係者の心中は察するに余りある。私にとっては、この返し馬の写真が彼女の最後の姿になってしまった。

Joy4 

真っ先に思い出したのは一昨年のフローラS。シングウィズジョイはオークスの優先出走権を賭けて府中の2000mに挑んだ。

実はシングウィズジョイのお母さんのシングライクバードも、オークスへの出走権をかけてフローラSに挑んだ過去がある。それは2008年の春のこと。道中は好位につけて直線に向いたが、前を捉えきることができず5着に終わった。優先出走権のないオークスの出走決定順は19番目。それでも一縷の望みにかけてオークスの追い切りまで行ったが、ついに出走回避馬は現れなかった。

それから7年後。同じ舞台に挑んだ娘は積極果敢な先行策から見事勝利を収めてみせた。シングウィズジョイは母の無念を知っていたとしか思えない。

Joy0 

そんなことを思い出しつつ、帰宅するなりJRAのサイトでパトロールビデオを繰り返し見た。

4コーナーで密集する馬群。あちこちで接触が起こっている―――。と思った次の瞬間、シングウィズジョイが前のめりで倒れた。上からの映像を見てもそれは変わらない。

裁決レポートにはこのように書かれていた。

「4コーナーで5番ホッコーブレーヴがバランスを崩し、4番シングウィズジョイが転倒する事象がありました。これは馬群が密集する中、複数の馬が接触して外側へ動いたため、最外側の5番ホッコーブレーヴがバランスを崩し、その直後に馬群中央の4番シングウィズジョイが前の馬に触れてつまずき転倒したものでした。この件についての制裁はありません。」

4コーナーで馬群が密集するのは珍しいことではない。それが稀に大きな事故につながることがある。それは分かるが、ラチ沿いを進んでいながら、徐々に外に膨らんで多重接触の原因を作ったクラリティスカイについて言及すべき点はないのか。情報公開が進むことで、逆に膨らむ疑問もある。それを160文字程度の文章で解決できるだろうか。判定は明瞭簡潔でも結構。だが我々はその判定に至る経緯まで知りたい。

Joy3 

これが昨年ならシングウィズジョイがAJCCに出てくることはなかっただろう。だが今年から大阪杯がGⅠに昇格した。それを見据えてのAJCC出走である。様々な要因が複雑に重なった末に悲劇は起きてしまった。でも、起きてしまってからそれを言ってもどうにもならない。今はただ、才能溢れる牝馬の死を悼むのみだ。

 

***** 2017/01/22 *****

 

 

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2017年1月21日 (土)

年の瀬の違和感

昨年、レイデオロが勝ったホープフルSのレースレートが「110.50」と発表され、今年からのGⅠ昇格がほぼ確実となった。12月24日にはいつものように有馬記念が行われるが、その4日後の28日に行われる「GⅠホープフルS」こそが、2017年JRA競馬のラストを飾る一戦となる。

そんな競馬カレンダーに早くも非難の声が挙がっているようだ。その気持ちは分からないでもない。私自身、このブログではさんざん「GⅠ過多」を訴えてきた。今日明日の競馬でも5頭ものGⅠ優勝馬が出走する。「GⅠ」の看板に、もはやかつてほどの威光はない。

そもそも、ひと昔前までは有馬記念の翌週に行われる中山大障害こそが一年の締めくくりだった。両者の順番を入れ替えることで、有馬記念を国民的イベントにすることに成功したのに、あっさりそれを放棄する。つくづく不思議な組織である。おそらく昔のことなどもう忘れてしまったのだろう。数年前から有馬の翌日に阪神カップを行うようになったことがその証。「有馬で最後の大勝負」というフレーズは、既に死語になってしまった。

そも私個人で言えば、一年の最後のGⅠレースは東京大賞典であり、最後を締めくくるレースは東京2歳優駿牝馬である。ホープフルSがGⅠになろうが、有馬の4日後に行われようが、このカレンダーに変わりはない。

それにしても、ファンはホープフルSをどのように扱うのだろう。今年の12月28日は木曜日。年末とはいえ休日ではない。1日だけの単日開催。しかも2歳の1勝馬ばかりによる一戦。「GⅠ」という看板だけで、果たしてどれだけファンがついてくれるのか。いや、そもそもGⅠにふさわしい番組になるのか。私が感じる違和感は、日程よりもむしろそこにある。

Hopeful_s 

GⅡに昇格してからも、ホープフルS出走馬のレベルはオープン特別の当時とほとんど変わっていない。レイデオロが勝った昨年のレースにしても、JRA所属の13頭中12頭が1勝馬で、オープン勝ち馬はゼロ。それで「110.50」のレースレートは正直盛り過ぎの感がある。重賞ウイナー2頭が揃い、メンバー的にはホープフルSを上回っていたはずの東スポ杯が「109.25」。これではGⅠ昇格ありきの評価と言われても仕方あるまい。

ただ、今年は施行日が28日になることで、朝日杯からの転戦も考えられる。朝日杯は12月17日だから、ホープフルSまでは中10日。先日の京成杯で6着だったバリングラも、ジュニアカップからやはり中10日のローテだったから、無理ということはあるまい。阪神JFからだと、さらに可能性は高まる。GⅠホープフルSの初代チャンピオンは、意外や牝馬かもしれない。

昨年末、久しぶりに有馬記念の中山競馬場に足を運んだ私は、同行の知人に西船橋で分かれる際、「よいお年を」と挨拶した。それはひとり私だけではない、周りからもそんな声が聞こえていたと記憶する。それが大方の競馬ファンの変わらぬ儀式だった。

競馬に四季の移ろいを感じ、競馬に記憶を重ね合わせるのが好きな日本の競馬ファンはことのほか競馬開催カレンダーに敏感だ。その大原則は「金杯に始まり有馬記念で終わる」であろう。GⅠホープフルSの28日開催は、そんなファンから年末の点景を、一部とはいえ消し去ってしまいかねない。ファンはそれを怒っている。JRAはファンの「心のカレンダー」や、ささやかな暮れの儀式などに、思いが及ぶことはないのだろうか。

 

***** 2017/01/21 *****

 

 

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2017年1月20日 (金)

4歳世代は強いのか

最近「強い4歳世代」という言葉を頻繁に耳にするようになった。

きっかけはサトノダイヤモンドが、ひとつ上の先輩・キタサンブラックを差し切った有馬記念であろう。ふたつ上の先輩のゴールドアクターをも力でねじ伏せた。舞台が舞台だけに、世代交代を強く印象付けた感は否定できない。

11月頃までははむしろ逆だったように思う。「今年の3歳はどうなってんだ?」―――そんな声を聞いたのも一度や二度ではない。なにせ6月以降に行われたマイル以上の古馬混合の重賞で3歳馬が勝ったのは、ロードクエストの京成杯AHただひと鞍。そのロードクエストにしても、マイルチャンピオンシップでは9着だから、世代のレベルを訝る声が出たのも仕方なかった。ジャパンカップで皐月賞馬・ディーマジェスティが13着に敗れると、そんな声はさらに大きくなる。

潮目が変わったのは暮れのチャレンジカップ。ここを当時3歳のマイネルハニーが勝ったのをきっかけに、阪神カップ(シュウジ)、有馬記念(サトノダイヤモンド)、京都金杯(エアスピネル)、日経新春杯(ミッキーロケット)という具合に、正月を挟んで現4歳世代が重賞を勝ちまくっているのである。

Zevint 

その流れに乗って、今週のAJC杯でも4歳馬が注目を集めている。ゼーヴィント(戸崎)とミライヘノツバサ(内田)。かつての「大井のエース」同士の対決となれば、どちらも負けるわけにはいくまい。

Mirai 

ただしAJC杯はベテランに分があるレースだ。それは優勝馬の歴史が現している。4歳馬の優勝は10年前のマツリダゴッホが最後。さらにその前となると、2000年のマチカネキンノホシまで遡らなければならない。今世紀に入って4歳馬の優勝は、たった一度しか記録されていないのである。

そもそも、1月に「4歳世代が強い」と言われるのは毎年のこと。冬は競走馬の引退の季節でもある。5歳、6歳の強豪が引退すれば、4歳世代が活躍するのは当然。現4歳世代が他の世代に比べて突出して強いかどうかはまだ分からない。今のところは、まだ通常の世代交代に留まるように思える。

マツリダゴッホが勝った2007年にしても、ディープインパクトやハーツクライが引退したばかりで、いわば歴史の節目だった。となれば、モーリス、エイシンヒカリ、ラブリーデイといった強豪の引退が相次いだ直後という点では、今年の状況はは2007年に似ていなくもない。果たしてゼーヴィントとミライヘノツバサはベテランの壁を打ち破り、「強い4歳世代」をアピールできるだろうか。

 

***** 2017/01/20 *****

 

 

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2017年1月19日 (木)

大宮から浦和へ

昨日の続き。

大宮競馬場跡の記念碑を見てから、一軒のうどん店を目指して歩き出した。目的地までは2キロ弱。ちと遠い。しかし他に交通手段はないし、そもそも私は暇潰しの真っ最中である。幸いにも歩くには申し分ない陽気。もう少し遠くても良いくらいだ。

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たどり着いた『手打饂飩・寿庵』は住宅街の一角に暖簾を掲げていた。隣に製麺所があるつくりに、入る前から期待が高まる。ぶっかけ(温)と天ぷらのセットを注文。

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中太でやや平打ちの麺は、コシよりは柔らかさをアピールしてくる。温かいからなおそう感じるのだろうか。だが、決してコシを失っているわけではない。箸で持ち上げるたびに、びよーんと心地よい感触が伝わってくる。その喉越しといったら、ほかに喩えようがない。はるばる歩いてきたかいがあった。

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ひとしきり満足して、大宮から浦和へ向かう。

Urawa 

浦和競馬場は粕壁(春日部)競馬場が移転する形でこの地にやってきた。つまりその源流には、昨日紹介した大宮競馬場がある。今年は浦和競馬場開設70周年の節目だが、前身の大宮競馬から数えれば87年目。ニューイヤーCは60回目。暇潰しの一日になるかと思いきや、期せずして歴史を感じる一日になった。

ならば勝つのは60歳のレジェンド・的場文男騎手か。実際、番手から直線に向いて先頭。さあ最年長重賞勝利の記録更新だ!―――そう思わせたゴール寸前、森泰斗騎手のヒガシウィルウィンが一瞬の脚で差し切ってしまった。さすがリーディングジョッキーに道営重賞馬のコンビ。しかし、そんな相手に堂々と叩き合った的場騎手も凄い。

New 

浦和と大宮。この両都市の住人は、互いにライバル視することを隠そうとしない。浦和が「行政機能が集中している。なにより浦和レッズの本拠地」と言えば、大宮も「埼玉一の大都会で商業施設が充実している。何より新幹線が停まる」と切り返す。私個人は「競馬場がある」という理由だけで浦和に軍配を挙げていたが、その競馬場はもともと大宮にあった。そして何より大宮には美味しいうどん屋さんもある。これは判断に悩なぁ。なんて部外者にはどうでも良いことだけど(笑)

***** 2017/01/19 *****

 

 

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2017年1月18日 (水)

大宮競馬場を探して

朝から大宮で途方に暮れてしまった。

詳しい経緯は省くが、人と会う予定が急遽キャンセルになってしまったのである。人と会った後は浦和競馬場でニューイヤーカップを観る予定だった。早目に競馬場入りしてしまうという手もあるが、こんな調子で1レースから勝負を続けたところで、大やけどは免れまい。この辺に3時間ほど暇潰しができる場所はないだろうか……?

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そしたら、目の前に頃合いの店があるではないか。昭和の風情を残す喫茶店。なにせ店の名前からして『ひまつぶし』である。迷わず入店して、ミートソースとコーヒーを注文。漫画や雑誌もたっぷり置いてあって申し分ない。さすがは暇潰しを名乗るだけのことはある。ここなら2時間くらいは潰せるだろう。

ほどなくしてミートソースが運ばれてきた。するとこれがべらぼうに旨いのである。

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なんだこりゃ!?

すぐに理由がわかった。どうやら、地元のみならず、広く知られた一軒らしい。まだ11時前だというのに、私のあとにも次々と客がやって来のがその証。店内をよくよく見渡せば、TVのロケとおぼしき写真が飾ってある。

名物はナポリタンのようだ。来る来る客、みんなナポリタンを注文している。ならば、このミートソースも、途中まではナポリタンと同じ手順で調理されているのであろう。絶妙な下味で炒められているから、麺がやたら旨く感じられるのである。

旨いミートソースと巡り会えたのと引き換えに、当初の目的である「暇潰し」は残念ながら達成できなかった。人気店ゆえ、店内がどんどん混んでくるのである。外に待つ客を横目に、素知らぬ顔で長っ尻ができるほど私は肝が座ってない。逃げるように店を出ると、目の前のニューシャトルに飛び乗った。

前々から行ってみたいと思っていた場所が、この近くであることを思い出したのである。

その場所というのは、ニューシャトル加茂宮駅近くにあるさいたま市北区役所。とはいえ区役所そのものに用があるわけではない。通称「プラザノース」と呼ばれるこの一帯は、かつて巨大な競馬場だった。羽田、川崎とならんで「日本3大競馬場」と称された大宮競馬場である。だが、今では図書館やショッピングセンターが立ち並ぶこの光景に、往時の面影はない。区役所の駐車場の片隅にひっそりと建つ石碑だけが、ここに競馬場があったことを教えてくれるのみだ。

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区役所に隣接するさいたま市立北図書館で大宮競馬場に関する文献を調べてみた。むろんこの図書館も、かつての競馬場の敷地に建っている。

Librery 

コースは1周1マイル、幅員27mというから、かなり広い。大井の外回りコースに近いが、幅員は大井の25mを上回る。

こけら落としとなった1931年12月12日は、未明から県内各地はもとより、東京から列車で大挙ファンが押し寄せたという。入場しきれなかった人たちを含め、10数万人が競馬場を取り囲んだというから凄い。ホントかどうかは怪しいが、少なくとも当時の朝日新聞の記事がそのように伝えていることは事実。

1935年には春・秋の計8日間の開催で1,763,362円を売り上げたと記録に残る。これが大宮競馬の年間売上レコード。ちなみにこの当時、馬券の発売は認められていなかった。入場券に景品券が添付され、勝ち馬を予想して的中者に景品が配られるだけ。それでこの金額は驚異的と言うほかない。郵便はがき1枚1銭5厘、コーヒー1杯15銭、日本軍の兵士の給与が5円という時代である。

しかし、世の中に戦時色が強まるにつれ、競馬の開催そのものが難しくなる。

1939年春の開催を最後に通常の競馬は幕を閉じた。翌年から「鍛練競馬」としてレースは続けられたが、それも1942年を最後に終了。鍛練競馬は同県春日部市に舞台を移すと共に、大宮競馬場は閉鎖されて、その敷地は中島飛行機製作所(現・富士重工業大宮製作所)にとって変わられる。

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こうして大宮競馬は10年あまりで姿を消した。通算開催日数では、わずか59日間という幻の競馬場である。しかし、その熱狂ぶりは凄まじいものがあった。しかし今では駐車場の片隅に、立派な記念碑がそびえるのみ。足を止めて碑を覗き見る人もいない。かつて興隆を極めた競馬場の熱気が伝わってくることは残念ながらなかったが、それも仕方あるまい。なにせ70年以上も昔の話である。

(明日付に続く)

 

***** 2017/01/18 *****

 

 

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2017年1月17日 (火)

初ダートの試練

東海Sにラストインパクトが登録してきた。重賞3勝。ジャパンカップ2着にドバイシーマクラシック3着。その輝かしいキャリアの30戦はすべて芝である。ならばAJCCでも良さそうなものだ。なんて言ってたら、デニムアンドルビーもフェブラリーSに向かうと言い出した。ダートへの挑戦が話題になるのはこの季節の風物詩だか、ジャパンカップの2着馬が相次いでとなると、さすがに珍しい。

Denimu 

最近では競走馬の大半がダートOKの血統背景を持つ。加えて芝でも、ダートでも、そしてオールウェザーでも、コースを問わず常に最高のパフォーマンスを繰り出す馬こそ、真のチャンピオンだとするのが世界の共通認識になりつつある。そんな潮流に沿ったものだと思えば、ラストインパクトやデニムアンドルビーの挑戦も、決して無謀とは言えない。特にフェブラリーSに関して言えば、これまでも毎年のように芝の重賞ウイナーたちが、ダート初挑戦になるにもかかわらず挑み続けてきた。

だがその一方で、フェブラリーSでダート初挑戦の馬が勝利を収めたことがないことも、動かしようのない事実なのである。いくら芝で活躍していたとしても、いきなりダートのGⅠ級を相手に、勝ち負けするのは簡単ではない。

2013 カレンブラックヒル 15着
2012 グランプリボス   12着
2010 ローレルゲレイロ   7着
   リーチザクラウン  10着
   レッドスパーダ   12着
   スーパーホーネット 15着
2009 ダイワスカーレット  回避
2008 ヴィクトリー    15着
2007 オレハマッテルゼ  16着
2001 トゥザヴィクトリー  3着
2000 シンボリインディ   9着
   キングヘイロー   13着
1999 ビッグサンデー    9着
1998 ブレーブテンダー  11着
   イナズマタカオー  16着
1997 マイネルブリッジ  12着

1991年のこのレース(当時はハンデGⅢ)を勝ったナリタハヤブサは、今となっては伝説的な「ダートの鬼」。60.5キロを背負いながらダート1600mの日本レコード1分34秒5をたたき出したことでも知られる。だが、実は4歳秋まではずっと芝路線を歩んでいたことをご存じだろうか。ダート初挑戦は4歳冬のウインターS。それも6番人気と低評価だった。しかし、いきなりレコードタイムで重賞初制覇を飾ると、返す刀で続くフェブラリーHでもレコード勝ちを納めてしまう。

クロフネが東京ダート1600mを1分33秒3という芝並みのコースレコードで独走したのも、エスポワールシチーが小倉ダート1700mで後続を7馬身も千切り捨てて圧勝したのも、両者にしてみれば初ダートの一戦。のちにダートのチャンピオンにまで昇り詰めるような馬は、初めてのダート戦でいきなりその能力の片鱗を見せてきた。

彼らの「初ダート」のシーンを振り返るとき、ダートのチャンピオンたる資質を秘めていたにもかかわらず、その適性が試されることのないまま「普通に強い馬」として引退していった強豪馬の存在を考えないわけにいかない。もし、ダイワスカーレットのフェブラリーS出走が実現していたら、歴史的な圧勝劇を演じていたかもしれないし、エルコンドルパサーがダート路線を突き進んでいたら、世界チャンピオンになっていた可能性だってあるのである。

Silent 

リーディング独走中のディープインパクト産駒がダート重賞をほとんど勝てていないことは先日も触れた通り。だが、デニムアンドルビーの母系を見ればダートの猛者がずらりと並ぶ。伯父のサイレントディールは初ダートの武蔵野Sを勝ち、叔母のトゥザヴィクトリーは初ダートのフェブラリーSで3着している。この一族は、「初ダート」のハードルをさほど苦にしない。今年のフェブラリーSでは、初ダートでの優勝がついに果たされるだろうか。

 

***** 2017/01/17 *****

 

 

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2017年1月16日 (月)

平日の場外

所用で水道橋にやってきたついでに、久しぶりにこちらの暖簾をくぐった。

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『水道橋麺通団』ですね。いつもなら「ひやかけ」を頼むところだが、この寒さでは少々勇気がいる。ならば、これしかあるまいと頼んだのがコレ。

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どーです。壮観な眺めでしょう。肉うどん(大)に

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豚天と鶏天をトッピング。

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牛、豚、鶏の3頭BOXうどんの完成。今日は揚げ物半額デーだから、これで750円。安い。

ツルっと食べ終えて、腹ごなしに寒風の中をぶらぶらと歩く。歩いて、歩いて、たどり着いた先は……、

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そう、WINS後楽園。冒頭の「所用」というのは、つまりココに来ることだったわけですな。なにせ今日は中京競馬が開催中。除雪に奮闘してくださった関係者の皆さんや、寒い中がんばって走っている馬のために、我々ができることは何か? そう、それは馬券を買うことである。―――ってエラそうなことを言ってますが、実際にはただ買いたい馬が出ているだけです(笑)

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その馬というのがシゲルノコギリザメ。明け4歳の牡馬。その一風変わった馬名ばかりに気を取られがちだが、決して実力が無いわけではない。なにせ、昨年の春はシンザン記念でジュエラーとクビ差の接戦を演じた。人気薄で激走するタイプなので、5番人気の今回は逆に期待薄ということになるが、それでも私は馬券を買わねば気が済まないのである。

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なぜか。彼の2代母タイキビューティーは私が名付け親。その縁については、前にここでも触れたと思うので割愛。詳しくは2014年6月19日付「タイキビューティー」をご覧いただきたい。ともあれ、自分が付けた名前を出馬表に見つけたら、そりゃあ気になるでしょう。しかし残念ながら、今回のレースは2番手から差せず粘れずの4着に終わった。私が複勝を買うからこうなる。

ならばと、最終12レースでこんな馬券を買ってみた。

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この馬のお祖母ちゃんも私が名付けた―――はずがない。昨年のチャンピオンズカップ当日、諸事情これありで私はウチパクの単勝を買い漁った。詳しくは12月6日付エントリ「越谷葱音頭」を参照されたい。その中に含まれていた一頭なのである。よくぞ思い出した。これは何かの縁に違いない。きっと大穴を運んできてくれるゾ。

―――と期待したのもつかの間、まるでいいところがなく13着に沈んでしまった。

よし、こうなったらあそこに行くしかない。

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移動してきたのは同じビル1階の「オフト後楽園」。今ならまだ浦和の最終レースに間に合う。

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考えている時間もないので、こんな馬券を購入。浦和の1600mならこれでよかろう。

そんな適当な馬券が的中してしまうのだから身も蓋もない。当たるときはこんなもの。除雪も代替も関係ないじゃないか。

それにしても、ガラガラのJRAフロアに比べ、オフトエリアの混んでいること。重賞もない中京の馬券を買うために、寒い中わざわざ後楽園まで出てくる客は少ないということか。今日の売上の大半はネット経由に違いない。実際、ウインズは2フロアを残して閉鎖されていた。

オフトの客は、雪や代替に関係なく、もともと浦和を買いに来るつもりでやって来た客。つまり常連さんである。それなら私も最初からこちらに来るべきだったか。明日の日経新春杯でも狙っている一頭がいるのだけど、どうしたものだろうか。平日のJRAは難しい。

 

***** 2017/01/16 *****

 

 

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2017年1月15日 (日)

鞭(ムチ)

田辺裕信騎手の勢いが凄い。中山は開催5日目を終えたが、今日の京成杯を含め既に8勝。堂々の全国リーディングトップに立っている。

Tanabe 

その一方で、昨年187勝でリーディングジョッキーに輝いた戸崎圭太騎手は、いまひとつ調子が出てこない。いまだ2勝。昨日と今日の競馬でも1番人気が11回あったが、ひとつも勝てなかった。年が明けてからどうもリズムが悪い。2016年から17年になって何か変化でもあったのか。

実はある。なにか。今年から鞭(ムチ)に関する運用ルールが変わった。国際調和及び動物愛護の観点から、先端部分に緩衝パッドが付いたムチの使用が義務化されたのである。冒頭の写真。田辺騎手が手にしているムチの先端部分を見てほしい。およそ20センチほどの、太くなった部分が緩衝パッドだ。

海外では7、8年前から使われ始め、数年前からはこのタイプが主流になっている。現場の声を聴くと、「馬の反応は変わらない」という騎手がいる一方で、「こんなんで馬が動くのかなぁ……」という声も。効果に違いがあるかどうかは別として、“違い”を気にした時点で騎手にはマイナスかもしれない。ちなみに田辺騎手はもともとムチを多用するタイプではないから、それが結果的にプラスに働いている可能性はある。

英国ジョッキークラブが、世界に先駆けてムチの使用に制限を設けたのは1988年のこと。それまでは「過度の使用を禁止」という曖昧な努力目標に留めていたのを、いきなり「10回以上の使用を禁ずる」と使用回数明示したルールに改正された。違反すれば最高で4日間の騎乗停止を伴うため、当然ながら騎手たちは猛反発したが、そこは動物愛護精神を大事にするお国柄。30年近くが経過した現在も厳格なルールとして存続している。 

翻って我が国はどうか。JRAではその施行規定で「鞭を過度に頻発して使用すること」を長らく禁止してきたが、具体的な回数に関する規定はなかった。そこに「連続する動作で10回を超えて鞭を入れた場合」という一文を加えられたのは2012年のこと。新ルールが適用されて5年目。騎手がムチを使用する回数自体は減少傾向にあるという。

そもそも馬をコントロールするために使うものは、古今東西を問わず「ハミ(手綱)」と「騎座」と「脚」の3つのみで足りるのである。ムチはあくまで補助ツールに過ぎない。ムチを使い過ぎれば馬は斜めに走る。斜行による降着処分の半数以上は、ムチの誤った使用が原因で起きている。

世界基準のルールが日本の競馬に浸透する中で、気になることも。海外では入着の見込みがなければ、その時点でレースを諦めるのが常識。馬に無駄な負担をかける必要はない。だが、日本の競馬にはタイムオーバー制度がある。一定の制限タイムを超過した馬には、出走制限や手当カットのペナルティが課されるのである。だから、バテて勝ち目のなくなった馬でも、騎手はムチを入れなければならない。

果たしてタイムオーバー制度は、動物愛護の精神に沿っているのだろうか。

 

【JRAの鞭に関する通達事項】

1.鞭の規定

・鞭の長さは77センチメートル未満であること。
・馬体の保護のため、鞭の先端から以下に定る部分にわたって衝撃吸収素材を用いたパッド(表面はなめらかで突起物がないもの)装着したものであること。
・パッドの長さは17センチメール以上であること。
・パッドの幅は2センチメートル以上4センチメートル以下であること。

2.鞭の使用に関する禁止事項

騎手は競走において、下記の各項目に該当する方法で鞭を使用してはならない。
・馬が怪我をするほどの過度に強く鞭を使用すること。
・肩より上に腕を上げて鞭を振り下ろすこと。
・反応(脚勢)のない馬に対して過度に鞭を使用すること。
・明らかに着順の大勢が決した後に、過度に鞭を使用すること。
・入線後に鞭を使用すること。
・ひばら(脇腹)へ鞭を使用すること。
・鞭を過度に頻発して使用すること(2完歩あけることなく10回を超えて鞭を連続して使用すること)。
・頭部もしくはその付近に対する鞭を使用すること。
・鞍より前方に逆鞭で鞭を使用すること。

 

***** 2017/01/15 *****

 

 

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2017年1月14日 (土)

もうひとつのセンター試験

巷では今日から大学入試センター試験が始まった。まさかこんなブログを読むような受験生などいないだろうが、とりあえず受験生の皆さんは頑張ってください。私がかつての「共通一次試験」を受験したのは、30年も昔の話。試験そのものよりも、せっかくの土日が潰れてしまうことをボヤいた覚えがある。

ところで、今週はもうひとつの「センター試験」が行われていたことをご存知だろうか。

NAR(地方競馬全国協会)の「地方競馬教養センター」の騎手課程選抜試験のこと。競馬業界で「センター試験」といえば普通こちらを指す……かどうかは分からないが、私の知っている子も受験するとあって、今週はずっと気になっていた。

Nar 

応募資格の最初に書かれているのは、中学校を卒業または卒業見込みで、今年の4月1日時点で20歳以下であることだが、その次の体重制限がやはり厳しい。15歳では44キロ以下が求められる。年齢の半年刻みで0.5キロずつ制限が緩和されてゆくが、それでも20歳で47キロでなければならない。くぅ~、厳しいですね。しかも視力は裸眼で0.6以上が必須。私が万一年齢をごまかすことに成功して受験しようとしても、デブのメガネでは門前払いは避けられまい。

主たる試験項目は運動能力検査。閉眼片足立ち、サイドステップ、シャトルラン、ジャンプステップテスト、垂直跳び、上体起こし、懸垂、1500m走、握力、背筋力、上体そらし、立位体前屈。以上の12種目。学校のスポーツテストに近い。さらに面接による適性審査が課せられる。JRA競馬学校のような学科試験はないとされているが、入所後の学科履修の参考とするための学力測定はある。特筆すべきはそれらのメニューが、2泊3日の合宿の中で行われること。土日が潰れて文句言うようなヤツは、既に脱落であろう。

選抜基準の詳細は知らない。高知で活躍する別府真衣騎手などは、懸垂が2回しかできなかったが、それでも合格したという。学力測定の結果にしても、実際には参考にされているのかもしれない。

いや、それよりも2泊3日の合宿という試験スタイルそのものがミソではないか。

センター入所後は、厳しい生活が待っている。一日のスケジュールは分刻み。むろん食事制限もある。外出だってままならない。現代の若者にとっては、肉体的、精神的にかなりきつい2年間を過ごすことになる。果たしてそれを乗り越えることができるかどうか―――。そんなことを踏まえながら、大人たちが合宿生活を送る受験生たちを見つめていたとしても不思議ではない。

必要なことは「何が何でも騎手になる」という気持ちの強さを持ち続けること。受験対策があるとすれば、それ以外あるまい。私が気にする子の首尾はどうだったのだろうか。結果は来月明らかになる。

 

***** 2017/01/14 *****

 

 

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2017年1月13日 (金)

ハムカツラーメン

今日が私にとっての2017年船橋初見参。しかも藤井勘一郎騎手の短期免許期間の最終日でもある。そう思った矢先の第5レースを藤井騎手のマックスアチーバーが圧勝した。3か月の滞在で22勝。この数字をご本人はどうとらえているだろうか。私がレンズを通して見続けた限り、彼の騎乗姿勢のバランスの良さが印象に残った。

Fujii 

このあとは本拠地の豪州に戻るという。去年同様、この秋にはJRA騎手試験を受験予定。その後、再度の南関滞在もあるかもしれない。

さて、昼メシ。

船橋での打ち初め日とあらば、昼食は船橋名物のソースラーメンが相応しかろう。

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京成船橋駅から歩いて5分ほど。赤い暖簾がトレードマークの『大輦(だいれん)』は、「ザ・昭和の中華屋」といわんばかりのテイスト。しかし、一風変わったメニューで知る人ぞ知る人気店でもある。

そのメニューというのがこちら。注目は右上のトッピング。

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なんと、「ハムカツラーメン」です。

厳密には「ソースラーメンのハムカツ乗せ」。ウスターソース味のスープに、キャベツ、紅ショウガ、青のりといったおよそラーメンとは思えぬ具材が並ぶその丼の上に、揚げたばかりのハムカツが添えられて出てきた。

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普通のラーメンにハムカツを載せて食べた経験はない。だから厳密な意味での比較はできないが、ことソースラーメンに載ったハムカツに限れば美味いことは間違いない。だって、スープはソース味ですからね。そのスープが衣に浸みたハムカツが美味しくないわけがない。

ソースラーメンは、戦後間もない頃、船橋駅前で営業していた『花蝶』という店が考案したとされる。その名の通りスープがソース味。既に閉店してしまったので、その味を直接確かめる術はないが、当時を知る人によれば、ひき肉とキャベツをいためてウスターソースで味付けしたあと、鍋で茹でた麺をあまり湯切りせずに混ぜ合わせていたという。どうやら当初は「汁気の多い焼きそば」といったものだったようだ。そういえば、こちらの『大輦』のソースラーメンにもひき肉が使われていた。

「ラーメンにソース」と聞くとイカモノの類を連想しかねないが、実際に食べてみるとウスターソースの酸味が効いていて、意外にサッパリと食べられる。食感はラーメン。でも味は焼きそば。そういう一杯があっても良い。ハムカツも合うが、目玉焼きを載せてもイイんじゃないか。なにせ味は焼きそばである。どこかのお店でメニューに加えてくれないだろか。ささやかな新年の願いだ。

 

***** 2017/01/13 *****

 

 

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2017年1月12日 (木)

ガッツポーズは美しく安全に

昨日はゴール前のガッツポーズについてアレコレ書いたけど、たとえゴール後であっても騎手のガッツポーズには賛否両論がある。

1985年1月26日に行われた重賞・クイーンCをタカラスチールで優勝した佐藤吉勝騎手は、ゴール直後、左手を高々と上げてガッツポーズを決めた。これが平地での重賞初制覇。しかも単勝1番人気のプレッシャーをはねのけて掴んだ勝利となれば、派手に喜ぶのも無理はない。だが、彼はレース終了後、すぐさま裁決委員に呼ばれる。

審議になったわけではない。ガッツポーズについて注意を受けたのである。

騎手のガッツポーズに関して具体的な規程があるわけではない。だが、勝ち馬の直後には後続馬が殺到している。片手を離した瞬間に馬がヨレたりした場合、事故につながりかねないからガッツポーズなどしてはいけない。そんな注意だったそうだ。今となっては隔世の感がある。

さすがに今ではガッツポーズをしたからといって裁決に呼び出されることもあるまいが、あまり派手にやると負けた騎手、陣営、そしてファンの心証を逆撫でしかねない。昨年のリオ五輪では、卓球の水谷選手のガッツポーズが物議を醸した―――と言うか、妙な人からいちゃもんを付けられた。

Vodka_2 

私個人は騎手のガッツポーズを否定するものではない。それが大舞台であり、多くの人が注目する歴史的瞬間ならなおさら。競馬は人馬が織りなすエンターテインメントである。勝者たる騎手が無表情のままだとしたら、果たしてレースの感動がファンに伝わるだろうか。ライブの感動を伝えるという観点に立てば、ファンを煽るくらいのパフォーマンスがあっても良い。昨日登場いただいた田辺騎手も、水谷選手のガッツポーズに理解を示すコラムを寄せている。

Goldship 

ただし、ジョッキーのガッツポーズは安全であって欲しい。さらに付け加えれば、「サマになってほしい」という個人的な願いもある。そう願うのは、つまり残念ながらそうではない騎手がいることの裏返し。具体的には優勝後に馬上で立ち上がってしまう騎手。写真を撮る立場としても、これはいただけない。フレーム内でのバランスが悪い上、岡部幸雄氏も幾度となく指摘しているように人馬とも危険である。

Cafe 

ともあれ、勝負の世界だから勝って興奮するのは当然。しかも競馬の場合は、その一戦のために何年もの月日と、何人もの人の思いが積み重なっていることもある。騎手のガッツポーズにネガティブな方もいらっしゃると思うが、感情を言葉で表すことのできぬ馬の分も一緒に、騎手が喜びを表現していると思ってどうか大目に見ていただきたい。

 

***** 2017/01/12 *****

 

 

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2017年1月11日 (水)

謎のガッツポーズ

先週土曜の中山競馬場でのこと。

9Rは3歳500万特別の寒竹賞。そのレースをゴールまで残り100m付近のラチにもたれかかって眺めていた。自分の馬が出ているわけでもない。ゴール前が混雑していたせいもある。するとホウオウパフュームが直線大外から全馬をごぼう抜きにしながら、私の目の前に迫ってきた。

Houou_3 

「おお~。すげぇな~」

そう呟きながらレンズで人馬を追っていると、思わぬ光景が飛び込んできたのである。

なんと! 田辺裕信騎手が私に向かってガッツポーズを決めたではないか。

Tanabe 

【日本中央競馬会競馬施行規程 111条】
騎手は、競走において、馬の全能力を発揮させなくてはならない。

こんな条文を持ち出すまでもなく、決勝戦手前でのガッツポーズがご法度であることは良く知られている。油断騎乗と認められたら騎乗停止処分にもなりかねない。

それでもGⅠの大舞台になると、勝利を確信したジョッキーが思わずゴール手前で手を挙げてしまうことがある。1992年の安田記念をヤマニンゼファーで勝った田中勝春騎手もそうだった。まあ、その気持ちは理解できなくもない。なにせ夢にまでみた初めてのGⅠ制覇である。あとで裁決にこってり叱られたらしいが、結果的に名場面になったことは間違いない。

そんなことを思い出しつつ上の写真をよくよく見れば、左ムチを入れる動作の一瞬が、たまたまガッツポーズのように見えただけに思えてきた。ゴール前100mでガッツポーズは、いくらなんでも早すぎる―――と思ったけど、2006年の戸塚記念では勝利を確信した町田直希騎手が、ゴールのはるか手前から明かなガッツポーズを繰り返していたよなぁ……。結局真相は藪の中だ。

Bb 

ガッツポーズであるかどうかはさておき、田辺騎手の表情からはホウオウパフュームに対する評価の高さが透けて見えやしないか。抜群の手応え。思い描いた通りのレースぶり。ゴールは100m先だけど、既に勝利を確信していることは間違いない。少なくとも心の中はガッツポーズであろう。オークスでは本物のガッツポーズを期待したい。

 

***** 2017/01/11 *****

 

 

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2017年1月10日 (火)

奥村厩舎から目を離すな

新年早々3勝。その内訳も、3歳新馬、3歳500万特別、3歳重賞だから中身が濃い。開業4年目を迎える奥村武調教師が、上々の成績で2017年をスタートした。

新年初勝利は7日の寒竹賞。田辺裕信騎手が手綱を取った牝馬のホウオウパフュームは、3コーナーでは最後方ながら、直線だけで前を行く馬たちを楽々ごぼう抜きにしてみせた。牡馬相手の2馬身差だから、ひと言強い。

Houou 

翌日はメイショウボーラー産駒のヴォルタが新馬戦を圧勝。その勢いのまま臨んだフェアリーSをライジングリーズンが差し切った。これが厩舎としての重賞初勝利。厩舎の勢いというのはバカにできない。強い馬が強い馬を育てることもある。3歳同士ならなおさら。今週の京成杯に出走する奥村厩舎のイブキは、たとえ人気でも注目せざるを得ない。

奥村師は競馬とは無縁の世界から競馬サークルに飛び込んできた人物だ。なにせ芝浦工大工学部金属工学科卒業である。オグリキャップブームで競馬にのめりこみ騎手になることを目指したが、視力や体力が厳しかったので調教師に目標を定めたのだという。だから基本にあるのは競馬ファンの視点。いまも北海道出張時には、ばんえい競馬の馬券を楽しむこともあるという。

思えば、ライジングリーズンが9月に新馬を勝った時、奥村師は同じ日に阪神でデビュー勝ちしたミスエルテを引き合いに出して、「あの強い馬を負かしに行かないとね」とおっしゃっていたはず。少なくともその瞬間は、それくらいの手応えを感じていたのだろう。それを思い出していれば、もっと彼女の馬券が買えたかもしれない。いつも私は大事なことをあとから思い出す。

Rising 

ライジングリーズンは桜花賞路線へ。そしてホウオウパフュームは桜花賞には向かわず、フラワーC、フローラSからオークスへと向かうらしい。贅沢な使い分けにも見えるが、奥村師は国枝厩舎で調教助手を務めていた当時にアパパネを担当し、桜花賞もオークスも制した経験を持つ。その経験から見えるものがあるのだろう。新馬を勝ったヴォルタや京成杯のイブキは、果たしてどんな路線を進むのだろうか。関東のクラシック戦線といえば、藤澤・堀の2大厩舎に話題が集中しがち。その壁に若き調教師が挑む。今年のクラシックは面白くなりそうだ。

 

***** 2017/01/10 *****

 

 

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2017年1月 9日 (月)

新年初整体

昼間はずっとデスクに座ってパソコンの画面を見ている時間が長くなった。ラクだと言えばラクなのだが、ちょっと油断するともの凄く肩が凝る。特に年末年始がひどかった。街中のマッサージ屋さんではとても対処不能に思える。それで久々に整体院のお世話になった。

もともと身体のバランスの悪さには思うところがある。毎週のJRA通いが続いた当時は、10キロの機材を肩に担いで出歩いていた。左右均等に担ぐならまだマシなのだが、これがどういうワケか右肩ばかりで担いでしまう。

癖なのである。そのせいだろうとは思うのだが、慢性的な腰痛になるわ、両脚の長さは不均等になるわ、右まぶたがいつもピクピクと痙攣するわ、様々な症状に悩まされ続け、しょっちゅう整体やカイロプラクティックのお世話になったものである。

それも今はずいぶんマシになった。トシもトシなんだから、荷物を減らしたり、運動不足にならない程度に歩きを減らすことも必要なんだと、遅ればせながら気付いたのである。

Ooi 

2008年の秋華賞を勝ったブラックエンブレムと、その3着だったプロヴィナージュは、共に小島茂之調教師の管理馬。この2頭とも、日々のケアに整体の技術が取り入れられていた。そのおかげで本番直前までハードな調教を繰り返すことができたことが、好走要因のひとつとされている。小島茂厩舎では、基本的にすべての管理馬に整体に基づくマッサージやストレッチを施しているらしい。体調維持やけが予防が目的。調教師の「馬にいいものは何でも試そう」との考えから取り入れられ、それにつれて厩舎の成績も上昇している。

ひとこと「マッサージ」と言ってもそのレベルは様々。シャワーを浴びせるだけでもマッサージ効果はある。だが、整体のマッサージは違う。これは人間の話だが、押すとか揉むとか叩くとかだけでは届かない筋肉に手が届くような感覚がある。施術後に感じる爽快感は一度味わうとやみつきだが、あまり頻繁に繰り返しても一定以上の効果は得られない上、通常のマッサージよりも施術料が高額だから別の部分が痛み出す恐れもある。

やはり整体を取り入れている的場均調教師は、「整体でリラックスした馬は素直になる。調教に前向きになることで、それが勝ち星につながる」とその効用を認める。明日の私も、普段より少しばかり素直になっているかもしれない。

 

***** 2017/01/09 *****

 

 

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2017年1月 8日 (日)

理由などいらない

今年最初の雨が降り始めた中山競馬場はナイター競馬の如き暗闇。まもなくフェアリーSの発走を迎える。

Nakayama 

このレース、とにかく荒れることで有名。なにせ今の条件になった過去8回中、7回で2桁人気馬が連対しており、3連単の平均配当は約24万円にも及ぶ。波乱の結果に終わったレースでも冷静に振り返れば結果に納得できるものだが、ことフェアリーSに限れば納得できないことばかり。本命党にしてみれば、真剣に予想するのが馬鹿らしくなるレースであろう。「これは」と思う穴馬をひねり出したら、あとは手広く、そして小さく勝負するのが正解かもしれない。

私が最初に思いついた本命はブラックオニキス。なぜか。フェアリーSが荒れるのは、阪神JF大敗からの巻き返しが要因のひとつである。ブラックオニキスはその阪神JFで12着だった。しかもオープン勝ちの実績に加え、札幌2歳Sでも2着。近走不振の格上馬が人気を落とした途端に激走する。―――それが古来より続く、大穴の典型的なパターンではないか。

しかしこれでブラックオニキスが激走したとしても、それを「納得できない荒れ方」とは言えまい。理詰めではダメなのである。

ならば、これではどうだろう。先日の京都金杯でエアスピネル&ブラックスピネルの、いわゆる「スピネル馬券」が炸裂したばかりだが、実は「スピネル」というのは鉱物の名前である。日本語では「尖晶石」と呼ぶらしい。一方で、「ブラックオニキス」も鉱物の名前で、黒瑪瑙(黒メノウ)という和名を持つ。つまり、2017年は「鉱物を名前に持つ馬の年」なのである。どうです? 納得できないでしょう(笑)

しかしこの程度の「理由の無さ」で的中できるほど、フェアリーSは生易しい相手ではない。なのでもうひと捻りしてみようか。そのブラックオニキスと同じ父で同じオーナーの10番人気ライジングリーズンでどうだ。理由などない。敢えて言えば、ブラックオニキスは9番人気であるのに対し、ライジングリーズンが10番人気であること。2桁人気馬が理由なく激走するのがフェアリーSなのである。

Baken 

すると、そのライジングリーズンが圧巻のレースぶりで勝ってしまった。道中は外、外を通らされながら、直線の急坂をものともせずに差し切ったのだから、3/4馬身という着差以上に中身は濃い。だが、そんな彼女がなぜ同じGⅢの前走で、なんら見せ場もないまま13着に敗れていたのか。うーむ、納得できない。単勝当ったというのに(笑)。このもやもや感こそ、フェアリーSの醍醐味(なのか?)であろう。馬券は当たれば勝ち。リーズン(理由)などいらない。

Leason 

ともあれこれが今年の初的中となった。私の単勝が当たるなんて珍しい。初春の珍事か。いや、2017年の私は、きっとひと味違うゾ!

 

***** 2017/01/08 *****

 

 

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2017年1月 7日 (土)

年賀状に見る2017年

正月も7日目が過ぎようとしている。

例年なら「あっという間」に感じるところだろうが、個人的には、有馬の翌日から働き通しの毎日。4日になってようやく1日だけ休みをもらっただけなので、正直言って正月感はない。このトシになって正月休みも貰えないなんて、辛いを通り越してもはや悲しい。私にとっては「あまりに長い」一週間だった。

ともあれ、今日は松の内の最終日。七草粥を食べたらお飾りを片付けて、正月気分をリセットしなければならない。

厳密に言えば「松の内」というのは元日から小正月、すなわち1月15日までを指すらしいが、現在では7日までが主流である。7日制が流行り始めたのは明治期だというから、当時の西洋歴導入が大きく関わっているのかもしれない。が、いずれにせよ正月の短縮傾向は今も続いており、いずれ「三が日」に吸収されてしまう可能性もある。そうなると、ますます休みが減りますね。

さすがに7日ともなれば年賀状の配達も一段落。全国的に年賀状は減少傾向にあるが、我が家に届く枚数も20年前に比べればずいぶん減った。あの頃は子供宛分がなかったことを思えば、私個人宛の年賀状は半減以下ではないか。SNSの浸透と虚礼廃止の流れは、もはや止めようもない。だが、それでもこの枚数が動いていると思えば、年賀状も思いのほか健闘していると言えるのではなかろうか。

近年の年賀状は「印刷+手書きでひと言を添える」というパターンがほとんど。印刷の内訳は自宅印刷と業者印刷が半々だろうか。私も業者印刷に頼っていた時代がある。当時の自宅用プリンタは、とても写真印刷に使える代物ではなかった。ただし、業者だと発注から手元に届くまで2週間はみなければならない。であるから、素材はどうしてもジャパンカップになる。有馬記念では間に合わない。その習慣は自宅印刷に代わった今も、なんとなく続いているようだ。

Jc 

届いた年賀状をあらためて見れば、馬主、騎手、調教師、牧場主、……等々。立場は違えど、思いは等しく競馬に向けられている。「一鞍一鞍を大事に」、「心機一転」、「今年こそは」。こうした言葉を目にするたび、単なる年賀状の「ひと言」では済ませることができぬ重みを感じるものである。

郵便受けから取り出したばかりの年賀状の束を上から順に手に取り、そこに書かれた「ひと言」を目で追いつつ、差出人がこれから過ごすであろう今年一年に思いを馳せる―――。これも日本人の正月に欠かせぬ儀式であろう。

 

***** 2017/01/07 *****

 

 

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2017年1月 6日 (金)

トラックマン

明日の京都3レースの新馬戦で人気を集めるであろうダノンロッソを管理する松田国英調教師は、トラックマンの経歴を持つ異色の調教師である。クロフネ、タニノギムレット、キングカメハメハ、そしてダイワスカーレットといった名馬を管理して名を馳せた名伯楽。3年8ヶ月間に及んだ取材経験は、今でも役に立っていると言う。

King 

“トラックマン募集”の求人広告を出したら、トラックの運転手さんが採用面接に来た―――。

そんな話は列挙に暇がない。「トラックマン」とは、我々が思うよりずっと世間に馴染みの薄い職業なのだろう。大雑把に言えば競馬専門の記者のこと。野球、ゴルフ、サッカー、相撲、……。スポーツ記者の取材対象は数あれど、競馬だけはその特殊性からか完全専門職となることが多い。

そこには「予想」という他のスポーツにはないファクターの存在がある。記者席から声援が飛ぶというも競馬場ならでは。TV解説の放送中にうっかり「そのまま!」と叫んでしまったツワモノだっている。

競馬記者の予想は、本人→会社→読者と影響を広げる。だから彼らが受ける喜びや悲しみの量は、読者一人の何十倍にも膨れあがる。そんなプレッシャーに潰されそうになりながらも、ボディーブローに耐えながらラッキーパンチに望みをつなぐボクサーの如く、予想を絞り出さなければならない。

しかし、これだけ情報量のあふれる現在、JRAのGⅠレースなどでは見逃されている要素などあり得ないのも事実。プロのトラックマンも、競馬を始めて1ヶ月の初心者も、手にしている情報にさほどの差はない。最終的には分析力よりも決断力がモノを言う。

競馬は人生の縮図だと言われる。微妙な選択が大きな明暗を分けるせいだろう。穴場で気が変わって泣きを見ることなど日常茶飯事。「満点のない試験のくり返し」とこぼす記者もいれば、「誰も自分の予想に目を向けなくなる夢ばかり見る」と打ち明けるベテラントラックマンもいる。単なる比喩ではなく、彼らはリアルな「人生」として競馬に対峙してきた。

松田国英厩舎には、取材に訪れたトラックマンのために特別にあつらえた屋根付きのテラスがあるという。それはかつてのトラックマン経験が為せる業。取材する側の苦労を誰よりも知る師ならではの心配りを感じずにはいられない。そんなマツクニ厩舎を取材するトラックマンたちは、明日のダノンロッソに重い印を打っている。父・ダノンシャンティ、母の父・クロフネという厩舎ゆかりの血統。果たしてどんな走りを見せてくれるだろうか。

 

***** 2017/01/06 *****

 

 

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2017年1月 5日 (木)

1分32秒台の代償

昨日、メジャーエンブレムの引退が発表された。ある程度覚悟はしていたことだが、いざ正式発表を耳にすると、やはり残念でならない。

Mejar1 

異変が彼女を襲ったのは昨年7月4日のことだった。どうも左トモに痛みを感じているように見える。厳密にはハムストリングの一部をなす半腱半膜様筋の痛み。当初は軽症と思われ、放牧を控えていたが一向に良くなる気配がない。むしろ悪化の兆しさえ漂う。念のためにレントゲンを撮ってみたが、骨にはなんら異常が見られない。

秋の緒戦に予定していた紫苑Sは回避。走るどころか、乗り運動さえできないのだから仕方ない。数分の引き馬がやっと。それでも関係者は一縷の望みにかけてきた。しかし、圧倒的スピードを生み出したあの美しい筋肉が戻る気配はない。NHKマイルカップから8ヶ月。ついに「原因不明」のまま、若き名マイラーの引退が決まった。

昨年の桜花賞で「3強」と呼ばれていたことが、早くも懐かしく思えてくる。チューリップ賞でハナ差の接線を演じたシンハライトとジュエラーに、クイーンCで後続を5馬身千切ってきたメジャーエンブレム。レースぶりもさることながら、なにより注目されたのはその勝ち時計であろう。チューリップ賞が1分32秒8。クイーンCに至っては1分32秒5である。どちらも例年の桜花賞の勝ち時計よりもはるかに速いのである。

この3頭がぶつかる桜花賞は、歴史に残るハイレベルの一戦になるのではないか―――。

そんな期待が浮かぶと同時に、

3歳春の牝馬が、こんな猛時計で走って大丈夫なのだろうか―――?

という一抹の不安を覚えたのも仕方あるまい。

2002年のニュージーランドトロフィーを1分32秒1というJRA3歳史上最速タイムで勝ったタイキリオンは、その後は(0,0,0,9)の大不振に陥った。また、その前まで芝マイルのJRA3歳レコードホルダーだったタイキフォーチュンは、1分32秒4でNHKマイルカップを勝ったあとは、まるで燃え尽きたかのように8連敗で現役を退いている。スタミナもスピードも、全能力を出し切らないと快走できないマイル戦を猛時計で走ったその代償は、我々の想像以上に大きいのであろう。この両者の後、NHKマイルで驚異のレコードを叩き出したダノンシャンティの例を持ち出すまでもない。

昨年の桜花賞の「3強」のうち、シンハライトは屈腱炎を発症して既に引退し、メジャーエンブレムもついに引退へと追い込まれた。残るジュエラーにしても、桜花賞直後に骨折が判明してオークスを棒に振っただけでなく、秋以降も重度の筋肉痛に悩まされて不振に喘いでいる。春の3歳馬が1分32秒台でマイルを乗り切ることが、いかに酷であるか。彼女たちのそんな姿を見るまでもない。それは歴史も証明している。

 

***** 2017/01/05 *****

 

 

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2017年1月 4日 (水)

【スポーツ紙考③】リストラの嵐の中で

「新聞の斜陽」が叫ばれて久しい。

日本ABC協会が公表した我が国における新聞の発行部数のデータによれば、2000年以降の一般紙の発行部数は右肩下がり。昨年2016年は、ついに4千万部を割り込んだ。

【一般紙】
2000年 47,401,669部
2016年 39,821,106部(▼16.0%)

ところがスポーツ紙はもっとたいへんなことになっている。昨年の部数が2000年対比で45%減と聞けば穏やかではない。朝夕の通勤電車で「スポーツ紙の花」が咲いていたのは、もはや昔の話になった。

「スポーツ紙満開の車中で、一面見出しの比較をして楽しんでいた―――」

そう言っても、若い人にはいったい何のことか分からぬであろう。そもそもスポーツ紙を売る駅の売店が縮小傾向である。かといって無機質なスマホの花など見る気にはなれない。

【スポーツ紙】
2000年 6,307,162
2016年 3,455,041(▼45.2%)

新聞ではコストの大半を用紙費と輸送費が占め、それを広告料金が補う形で今の値段に収まっている。駅売りスポーツ紙なら140円が相場だ。

 コスト=用紙費+輸送費+記事制作費-広告料金

だが、コンテンツ(記事)の制作費は発行部数で割り算するから、発行部数が減れば減るほど一部あたりのコストに占める割合は増大する。2年後に控える消費税10%を見据えれば、いま値上げに踏み切ることもできない。そこで仕方なく記事制作費を抑える。有体に言えばリストラ。そうなれば紙面品質は落ちて、さらなる部数減を招く。これはビジネスモデル崩壊の典型的なスパイラルである。

それでも競馬場に行けば、専門紙よりもスポーツ紙の方が人気は高い。「ひいきの予想記者がいるから」という人もいるだろうが、大半の客が専門紙ではなくスポーツ紙を手に取るのは、ずばり安いからであろう。スポーツ紙が人気を集めるのも仕方ない。

だが、このままスポーツ紙の制作費が削減され続ければどうなるだろうか。

そもそも、スポーツ紙の記者は野球やサッカーなどスポーツ全般を幅広く担当する。競馬だけに多くの人員を割くことはできないし、3~4年すれば別の担当に異動してしまうこともしばしば。専門紙のような細やかな取材を展開するのは土台無理な話だ。

それでスポーツニッポンによる記事盗用事件(1997年)みたいなことが稀に起こる。これは毎週土曜と日曜付のレース面「厩舎ナマ録」の欄に掲載されていた厩舎関係者のコメントすべてが、前日発売の『競馬エイト』から盗用された記事だったというもの。もちろん、エイト側の承諾は得ていなかったわけだが、何より悪質だったのはスポニチ側の担当部長が盗用を承知していたという点にあった。制作費削減が行過ぎれば、再びこのような事件が起きないとも限らない。

Stand 

そんな状況を憂うからこそ、私はこの場で最近のスポーツ紙の劣化を訴えてきたつもりだ。原因が急激なリストラを含む制作費削減にあるのは明らか。だが、それをしなければ新聞発行が維持できなくなる恐れもある。そうなって困るのは土日に競馬場に集まる競馬ファンであろう。安くて良質のメディアを求めることは、そう簡単なことではない。スマホに流れる無料の記事はその典型。タダの情報に有難味を感じてはいけない。それをもっと知っていただきたいのである。

 

***** 2017/01/04 *****

 

 

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2017年1月 3日 (火)

【スポーツ紙考②】物々交換会

「年の瀬、東京事務所では「ブツブツ交換会」と呼ばれる恒例行事があります―――」

年末に届けられた社台グループの会報誌『Thoroughbred』1月号の編集後記は、そんな書き出しで始まっている。暮れの挨拶回りでのワンシーン。持参した社台グループのカレンダーを先様に渡すと、先方からもカレンダーを頂いてしまうことを指す。

その一文を読んで、少しだけ笑ってしまった。我々にも似たような“儀式”がある。東京シンデレラマイル当日の大井競馬場で、カメラマン同士が持ち寄ったカレンダーを交換し合う。そのイベントのことを、我々も「ブツブツ交換会」と呼んでいるので、つい笑ってしまったのである。

編集後記によれば、かつては社台のカレンダーを受け取ってもらえないこともあったという。今では信じられない。なにせ金を払っても手に入れたいという人もいる人気の品。しかし、天下の社台グループでさえ当時はそういう立場だった。昔から誰からも一目置かれる存在だったわけではない。編集後記ではその頃の苦労を回想している。むろん、今は喜んでカレンダーを受け取ってもらえるという。

Calender 

私のカレンダー配りは今日が最終日だった。親類縁者が集まった身内の新年会で、私が用意しながら配り切れなかったり、いろんな方からいただいたりしたカレンダーをずらりと並べ、気に入った一本を持って帰ってもらうのである。

そこで気になる出来事が起きた。

とあるカレンダーが残ったのである。1本だけではない。しかもそれは私と少なからぬ縁のある某スポーツ紙の競馬カレンダーであり、暮れに私があちこちに配りまくったカレンダーでもあるから内心穏やかではいられない。私の親類縁者であるから競馬好きはゴロゴロいる。なのに競馬のカレンダーが余るとは、いったいどういうことか。

しかし思い当たるフシはある。あれは大晦日のことだったか。とある馬主の家への挨拶に伺うにあたり、いつものようにそのスポーツ紙の競馬カレンダーを持参しようと思ったら、「専門紙のカレンダーの方がいいなぁ」と言われてしまったのである。

ひょっとしたら、そう思っていたのはこの人に限らないのかもしれない。それでちょっと不安になった。私があちこちに配っていたスポーツ紙のカレンダーは、あまり歓迎されていなかった可能性がある。実際、私自身が両者を比べてみても、専門紙に軍配を上げざるを得ない。

それで早くも年末のブツブツ交換会が気になってきた。今年は違うカレンダーにした方がいいだろうか。だが、それではスポーツ紙の斜陽化に私も与することになる。できればそれは避けたい。『Thoroughbred』誌の編集後記には、「カレンダーをみれば、その企業の顧客力が分かる」ともあった。その言葉を噛み締めつつ、このカレンダーと1年を過ごすことにしよう。

 

***** 2017/01/03 *****

 

 

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2017年1月 2日 (月)

【スポーツ紙考①】年に一度の休刊日

正月は飲食店が開いてなくて困るという人は少なくあるまい。

年末はまだいい。私に限れば暮れは大井競馬場で過ごすことがほとんどだから、昼は競馬場で食べることにしている。夜にしても大晦日までやっているという店は意外と多いから、路頭に迷うことはない。おとといは、おせちの配達が終わり、スタッフだけで打ち上げをしている店に無理やりもぐりこんで、たらふくおせちのあまりモノをいただいてきた。

だが、年が明けると様相は一変する。

昨年のように川崎に行けばタンメンという選択肢もあるが、今年は行けなかった。近所の店を外から覗き込んでも、さすがに誰もない。それで牛丼に頼る。昨日は昼と夜、そして今日は朝と夜が牛丼だった。「吉野家」「すき家」「松屋」の3軒をローテーションさせれば、飽きるということはない。正月早々侘しい感じもするが、こういう時こそ牛丼チェーンのありがたさを実感する。

ところで、今日1月2日はスポーツ紙の休刊日であった。1年のうちでも今日に限ってはコンビニや駅の売店からスポーツ紙が姿を消す。ちなみに、以前は1月2日以外にもスポーツ紙が休刊となることはあった。一般紙のように各社が申し合わせて一斉に休むのではなく、「今日は報知以外は休刊」とか「サンスポ以外は休刊」なんていう具合に、ちゃんと各社が調整して、世の中からスポーツ紙が全滅しないような配慮がなされていたのである。

そんな業界の慣例が崩壊したきっかけとなったのは、かのオウム事件。若い人はそもそも、その事件のことを知らないかもしれない。なにせあれから22年になる。

それまでのスポーツ紙各社は、締切時刻や休刊日などについて各社間で協定を結んでいた。そこへ国家を揺るがすオウム事件が勃発する。「休刊日だから」などと言って新聞発行を休んでいる場合ではない。それで各社協定は一時的に失効の措置がとられた。だが、その「一時的」であるはずの失効状態が今も続いており、スポーツ紙各社は休刊日の設定が出来ないでいる。

もちろん、読者の立場としては休刊日などない方が嬉しいわけだが、今日のように年に1日だけ、忽然と店頭からスポーツ紙が消えてしまうと、そのぶん戸惑いも大きい。普段からスポーツ紙の競馬欄を参考に馬券を買うファンが、今日に限ってどこにも売ってなくて路頭に迷う。―――なんて人も、ひとりくらいはいたかもしれない。

Shinbun 

実際には昨日付の競馬欄に、元日分と2日分の両方のレースが掲載されていた。だが、たいていのファンはそんなことは知らない。ならば、こういう時こそ専門紙を手に取ってみてはどうか。正月なんだから、それくらいの贅沢は許されよう。しかも値段に見合う情報量の多さ。これで500円ちょっとならむしろ安い。なにより世間からスポーツ紙が消える今日でも、ちゃんと売ってくれているのが嬉しいではないか。こういう時こそ我々は専門紙のありがたさを実感するのである。

 

***** 2017/01/02 *****

 

 

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2017年1月 1日 (日)

今年も競馬場であおうでぃー

2017年最初のエントリとなります。新年あけましておめでとうございます。

ちょいと時間が経ってしまったけど新年一発目は東京大賞典の話。いやあ、驚きましたね。アポロケンタッキーが勝ったことじゃないですよ。そりゃあ、37億円も売り上げたコトに決まってるでしょう。去年は27億円だったから、一気に35%も上回ったことになる。

Aporo 

アポロケンタッキーは見事だったけど、内田博幸騎手が「イチかバチか」と言ってたように、強気の競馬がハマった感が強い。そういう意味では内田騎手の手綱が冴えた。さすが過去に東京大賞典を3度も勝っているだけのことはある。もちろん、ハマるためには馬の力も伴っていなければならないのだけど、おそらく次はそうもいくまい。相手は作戦を考えるし、アポロケンタッキーにしてもリスクが取りにくくなる。そこが競馬である。

一方で、2戦続けて期待を裏切ってしまったアウォーディーは立場が微妙になった。早々に立ち上げた、ラニとの「兄弟ドバイワールドカップ出走プラン」はどうなるのだろう。連敗から挑めるような生易しい舞台ではない。できることならフェブラリーSあたりを勝っておきたいが、9月から使い詰めの戦歴を振り返れば、ここらでひと息入れたいところでもある。悩ましい。

Aou_2 

もともと海外志向が高いのは弟のラニの方だった。ご存知のように彼は日本のダートをあまり得意としない。そのまま海外で走らせて、向こうで種牡馬入りするプランもあると聞く。アウォーディーが単なるお供なのだとしたら、調子落ちを心配する必要もなのいだろうが、それではお兄ちゃんが少しかわいそう。男兄弟の長男である私は、そんなことばかりを気にする。

以下、3着サウンドトゥルー、4着ノンコノユメ、5着コパノリッキー、6着モズライジン、7着カゼノコ。7頭のJRA所属馬が7位まできれいに並んだ。オッズを見ても、この7頭が100倍未満で、残る地方7頭はすべて単勝万馬券。実質的に7頭立ての競馬であることは誰の目にも明らかだった。

実はJRAの出走枠は、今回から1頭増加して7頭となっていた。37億円の馬券売上のうち前年から増えた10億円分は、その1頭のおかげではないか。ならば、もう1頭増やして8頭にするだけで、今年の売上は50億円に到達するかもしれない。37億を35%増すれば50億。やってみりゃいい。

なんて新年早々皮肉めいたことを書いているのには、ちょっとしたワケがある。実はこの東京大賞典のゴール写真を、今年の年賀状に使おうと思っていた。そこに添える一言はもちろん「今年も競馬場で会おうでぃー」。しかし、よもやのアウォーディーの敗戦でその目論見は見事に崩れた。それでこの期に及んでなお、シクシク泣きながら年賀状を書いているのである。年が変わるくらいでは、私の運の悪さは変わない。

そんな私ですが、今年もよろしくお願いいたします。

 

***** 2017/01/01 *****

 

 

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