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2016年12月 3日 (土)

変わりゆく引退式

チャンピオンズカップを回避し、急遽引退が発表されたホッコータルマエが、東京大賞典当日に行う予定だった引退式も取りやめることになった。我が国競馬史上最多となるGⅠレース10勝の大記録を成し遂げた名馬は、ファンに直接別れを告げることなく、北海道に旅立ってしまう。

Hokko 

今回は実現しなかったが、レースを走った直後に引退式というケースが最近では主流になりつつある。昨年のゴールドシップの盛大な引退式も、まだ記憶に新しい。

ラストラン直後の引退式が初めて行われたのは1997年。スプリンターズSを最後に現役引退が決まっていたタイキシャトルの引退式を、当日の中山最終レース終了後に行ったのが先鞭である。前代未聞の引退レース当日の引退式は、厩舎サイドの強い希望で実現の運びとなった。タイキシャトルを管理する藤沢和雄調教師が、「本当に頑張ってきた馬だから、競走生活を全うした後はすみやかに牧場へ帰してやりたい」と話していたことを思い出す。

それまでの引退式といえば、引退レースを走り終えていったん帰厩し、別の日にあらためて馬運車に揺られて満員の観客が待ち受ける競馬場に連れてこられるのが普通だった。もし、セレモニーの中で騎手を乗せて馬を走らせる場合は、それに備えた追い切りまで課す必要もある。現役を終えた名馬に対して余計な負担を強いいてしまう―――。そんな指摘は、当時から競馬サークルの内外から寄せられていた。

藤沢調教師が提唱した引退レース当日の引退式いうスタイルは、当時は「異例」と報じられた。しかしそうした報道に対して、「今後はこのスタイルが一般化するだろう」とも藤沢師は語っている。そして今現在、実際にその言葉の通りになりつつあるわけだから、師の慧眼には恐縮させられるほかはない。

競馬主催者にしてみれば、別の日にファンを呼んでもらえた方がありがたいだろう。それまで引退式といえば、1月の実施が相場だった。特に目玉となるレースもなく、来場者が激減する冬枯れの競馬場にファンを呼ぶ材料が減ってしまうのは辛いだろうが、とはいえレース後の引退式を支持する声はファンの間でも高いという。

ちなみにJRAにおける「引退式対象馬」には一定の基準がある。

 ①GⅠ(JpnⅠ)競走の勝ち馬
 ②重賞5勝以上(牝馬、障害馬は4勝以上)
 ③上記以外でJRAに顕著な貢献をしたと認められる馬

①は説明の必要はないだろう。②の条件を満たして引退式を行うケースは稀だが、GⅠ戦線で名脇役として息の長い活躍をしたダイワテキサスが、この条件に基づいて引退式を実施したケースがある。毎日の調教でダイワテキサスの背に跨っていたという牧原由貴子騎手が、引退式の手綱を取ったことでも話題になった。

引退式実施の要件を満たしながら、実際に式が行われない馬が多いのは「馬主の遠慮」や「不慮の故障」などさまざまあるが、やはりもっとも多い理由には「馬への負担」が挙げられるという。実際、「引退式は不要」と考えている馬主や調教師は多い。藤沢和雄調教師も、かつてはそのように考えていたフシがあった。だからこそ、「レース後の実施」というアイディアが出たのだと推測する。

Tarumae 

JRA所属馬でありながら大井競馬場で引退式を行う―――。

そんなホッコータルマエの引退式が仮に実現すれば、やはり過去に前例のない出来事だった。実現の機会が失われてしまったことは残念だが、なにより馬が主役の引退式である。人間の都合や思いだけで、馬に負担をかけるべきではない。そんな案が出ただけでも画期的だった。そう思うことにして、ホッコータルマエの跡を継ぐ名馬の出現を待つことにしよう。

 

***** 2016/12/03 *****

 

 

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コメント

関係者が望んだうえで可能であれば、馬主・調教師・厩務員・騎手での引退式でも競馬ファンとしては嬉しいです。

投稿: プレチケ | 2016年12月 4日 (日) 14時31分

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