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2016年12月 7日 (水)

もういくつ寝ると

ぼちぼち年賀状の準備に追われる時期が近づいてきた。

きたるべき年の干支が申だろうが酉だろうが、私の送る年賀状はひたすら馬の写真を使っているから、片面(メインとなる面)は印刷で楽をしている。だが、もう片面、すなわち宛先は手書きを宗とし、決して「筆まめ」のお世話になったりすることはなかった―――数年前までは。

言い訳をさせてもらえば、その年の暮れは多忙を極めたのである。とても手書きで年賀状を書いている時間はない。不義理を承知で年賀状を出すこと自体をやめようかと思った。いや、それならまだ宛名を印刷してでも出した方が良かろう。こうして、私もついに「筆まめ」に手を出してしまった。

するとラクなのである。これまで数日間を要していた宛名書きが、1時間もかからない。空いた時間を有馬記念や東京大賞典の検討に充てることもできる。みなさんがこれを使う理由が良く分かった。

ただ、今年の初め。とある人物から「年賀状が2通届いたよ」と聞かされた。「筆まめ」住所録のメンテミスである。まさか……と不安に思い、パソコン内の住所録をあらためて精査したら、もうひとり、年賀状を2通送ってしまったと思われる人物を発見した。いや、恥ずかしい。恥ずかしい上に、2枚分のはがき代を損した。

これは機械任せにしていた自分の責任である。それで思い直した。今年は宛名くらいは手書きに戻そうか……と。

大量の文字を手書きで書く機会なんて、いまや年賀状くらいしかあるまい。世のデジタル化に抗う姿勢を示したいという思いもあった。手書きなら「あれ? このヒト、さっきも書いたよな」と気づくものである。だいたい、空いた時間で検討を重ねた有馬記念の馬券にしても、まるで当たらないのである。それじゃあ時間とハガキの無駄遣いじゃないか。

ただし、まだ宛先書きの作業に入るには早い。今は写真選びに時間をかける時季。馬主、生産者、騎手、調教師の皆さんには、できることなら関係馬が勝ったシーンを使った1枚を贈ってあげたい。だから師走の私は、重賞よりも、まず年賀状に使う写真が決まっていない人の関係馬が出るレースを優先にスケジュールを組むことになる。

世のデジタル化に抗い続ける私とて、さすがにカメラはデジタル化しているので、特に暮れの大井開催の写真が年賀状に使えるようになった。これについてはデジタル化の大きな利点として、私としてもその功を認めざるを得ない。暮れに挙げた1勝というのは、ことさら嬉しいものらしく、先方にもたいそう喜ばれるのである。

Kane 

来るべき年末の大井開催では、私の関係馬が大挙して勝ちまくることを願ってやまない。

 

***** 2016/12/07 *****

 

 

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