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2016年12月13日 (火)

2頭の女王誕生なるか

朝日杯フューチュリティステークスは阪神競馬場での実施となってまだ3年目だが、前身の朝日杯3歳Sから数えれば今年で68回目の老舗重賞。JRAの数あるレースの中でも、戦後に登場した重賞としては3番目に古い。

Asahi 

かつて2歳(当時表記では「3歳」)のチャンピオン決定戦は、朝日杯3歳Sと阪神3歳Sの東西に分かれて実施されていた。牡馬も牝馬もない。モーリスの4代母メジロボサツやオークス馬のテンモンなど、過去に朝日杯を勝った牝馬は7頭。牡馬混合当時の阪神3歳Sでもやはり牝馬が7勝の記録を残している。

東西で別々に行われていた牡牝混合の2歳チャンピオン決定戦が、牡と牝の東西統一王座決定戦に変わったのは1991年のこと。だが、その番組改編において、朝日杯の出走条件に「牡馬・セン馬」の一文が加わったことは強調されるべきであろう。この年を境に牝馬は朝日杯から締め出されてしまったのである。

「牝馬限定戦」というのは普通に存在するが、「牡馬限定戦」というのは珍しい。ともあれ、91年から03年までの13年間、牝馬の朝日杯出走は認められなかった。

牝馬には阪神JFが用意されている。牡馬は皐月賞が行われる競馬場を、牝馬も桜花賞と同じコースを経験しておきなさい―――。

それが番組改編側の「配慮」だった。しかもよりによって、初年度の優勝馬がミホノブルボンとニシノフラワーだったものだから、その配慮は動かし難いものとなる。

おそらく、輸送が苦手な関東馬や、1週でも長く間隔を空けたいという陣営への「配慮」はなかったのであろう。今年、ミスエルテが牝馬ながら朝日杯に挑戦すると話題になっているが、牝馬の挑戦を珍しいものにしたのは、番組屋の「配慮」にほかならない。

最後に牝馬が勝った1980年の朝日杯には、3頭の牝馬が出走していた。豪快に追い込んだテンモンが1着、逃げたヘーゼルブロンドが3着に粘り、キンセイパワーは11着に敗れたが、総じてみれば悪い成績ではあるまい。故障のため出走は実現しなかったが、前哨戦の京成杯3歳Sでも、牝馬のタケノダイヤが勝っていた。

そもそも2歳時の牡馬と牝馬の力量差は少ないとされる。ファンもそれをよく知っているから、仮にミスエルテが1番人気になって勝ったところで、驚く必要はなかろう。いやそれどころか、もう一頭の牝馬・ビーカーリーとのワンツー・フィニッシュだって、絶対にないとは言い切れない。

私が興味を引かれるのは、そうなったあとのことである。ミスエルテが勝てば、最優秀2歳牝馬の投票が白熱することは間違いあるまい。なにせどちらも無敗の2歳チャンピオンである。強いのは西か東か。昔の競馬ファンは暮れになると、そんな議論を戦わせた。それが翌春のクラシックをなおいっそう熱いものとしたのである。

無敗の東西2歳女王が、桜花賞でついに激突―――。そんなクラシックを、久しぶりに見てみたい。そんな思いを抱くファンは、きっと私ひとりではあるまい。

 

***** 2016/12/13 *****

 

 

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