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2016年11月25日 (金)

引越狂騒曲

仕事場が変わったので、仕事上のお引っ越しをした。

とはいえ、たいした荷物はない。もともと書類を溜め込むタイプではない上、数少ない手持ちの資料はこういう機会を捉えてことごとく破棄する。文房具とお泊りセット、そしてはずれ馬券。荷物といえばその程度か。紙クズ同然のはずれ馬券をいつまでも捨てずに持っているのは恥ずかしい話だが、馬名が馬名である。時が経つにつれ、ますます捨てづらくなってしまった。

Baken 

むしろたいへんなのは、パソコンデータのお引っ越しですね。皆さんも経験があると思う。特にメール。こいつがもっとも時間を要した。メールはたしかに便利だが、アドレス帳や過去のメールがないと仕事にならないから、こうして四苦八苦しながら引っ越しをしなければならない。新しい便利は、それと等量の不便を必ずもたらす。熱力学の第二法則を実感する。

それでも私の引っ越しなんてラクなもんですよ。たとえば、昔々美浦トレセンが完成した時はたいへんだった。あれは1978年のこと。なにせ中山競馬場の厩舎関係者が約2300人。東京は約2200人。さらにJRA職員や獣医など約500人。総勢5千人がいっせいに美浦村へと居を移した。ちなみに、当時の美浦村の人口は8600人余。どれほどのイベントであったかご想像いただけるだろう。むろん、引っ越すのは人間だけではない。これに2200頭の馬が加わる。その引っ越しのための費用は5億円を要した。ちなみに、この年のダービーの1着賞金は5500万円である。

この引っ越しは最初から順調に進んだわけではない。

トレセンは中山競馬場まで79キロ、東京競馬場までは125キロの距離にある。これを問題視した馬主協会が、「世界でも例を見ない過酷な輸送を馬たちが強いられる」として移転に反発。厩務員組合の一部も「馬に負担をかけさせるべきではない」とこれに同調したことで、厩舎引っ越し問題は競馬界を揺るがす大騒動になった。

JRAは試験的な輸送を何度か行い、体重、心拍数、心電に著しい影響は見られなかったとする調査結果を提示したが、馬主協会は納得しない。それどころか競走馬の移動を禁止する仮処分を東京地裁に申請したのである。その背景には、年間1兆円を超えたばかりの売り上げの賞金分配問題があったとされる。金絡みで馬が人質に取られるのは厩務員春闘と同じ。ともあれ、引っ越し当日になっても、馬を連れて行くことができない。なので人間だけがまず美浦村に向かった。

両者の和解が成立したのは、引っ越し当日の午後3時半。その一報を受け、急遽馬運車によるピストン輸送が始まった。この日最後の入厩馬の到着は深夜零時近くだったという。「馬が負担をかけさせるな!」と騒いだ末の顛末がこの様では、笑い話にもならないではないか。かつての厩務員ストライキも然り。なんだかんだでワリを食うのが、いつも馬たちであることが、私をいらだたせるのである。

 

***** 2016/11/25 *****

 

 

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