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2016年10月 3日 (月)

【訃報】マキバスナイパー

引退馬名情報サイト「meiba.jp」にて、マキバスナイパーの訃報が伝えられた。地方生え抜きで重賞を11勝もした紛れもない“名馬”。そのハイライトは2001年の帝王賞で異論はあるまい。名手ケント・デザーモの手綱で、ドバイワールドカップにも出走したワールドクリークや、女傑ファストフレンドを寄せ付けなかったあのシーンは今も忘れぬ。

Sniper2 

マキバスナイパーは近年では珍しい千葉県産馬であり、かつペキンリュウエンの代表産駒でもある。

種牡馬ペキンリュウエンを知る人はほとんどいまい。その父ギャラントマンはベルモントSなど26戦14勝。同じ1954年生まれのボールドルーラー、ラウンドテーブルとともに、米競馬史に残る黄金時代の「3強」を形成したが、日本での知名度は今ひとつだった。

その直子のペキンリュウエンを繋養し、マキバスナイパーの生産者兼オーナーでもあったのが千葉新田牧場。かつて隆盛を誇った千葉馬産界の黄金時代を築いた名門牧場のひとつで、生産馬のホシホマレが1939年のオークスを、そして1967年にはアサデンコウが日本ダービーを制した。だが、そんな千葉新田牧場も今現在は「緑の馬牧場」と名を変え、生産も育成も行われていない。

Sniper3 

マキバスナイパーは帝王賞を含めてダートグレードを4勝しているが、敗れたとはいえ、2001年JBCクラシックを忘れてはならない。ノボトゥルーを置き去りにし、ハギノハイグレイドを競り落とし、前を行くレギュラーメンバーを猛然と追い詰めたが、わずかクビだけ及ばなかった。悔しい2着。だが、「地方競馬の祭典」として大々的に立ち上げたJBCで、その記念すべき第1回目から地方馬が勝ち負けに加わった意義は決して小さくはなかった。

Sniper1 

JBCは地方の祭典としてやっていける―――。

関係者にそんな自信を与えたのがマキバスナイパーだったのである。しかし、その後JBCクラシックで地方馬の優勝は未だなく、2着に来たのもアジュディミツオーとフリオーソの2頭のみ。マキバスナイパーから授かった自信が実を結ぶことなく、彼に先立たれてしまったことが申し訳ない。そんなJBCも今年で16回目。そろそろクラシックで地方馬の優勝するシーンを見せてくれないものだろうか。日本馬にとっての凱旋門賞のような存在になる前に。

 

***** 2016/10/03 *****

 

 

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