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2016年9月 5日 (月)

駒競べ ~馬の晴れ姿~

昨日は朝から皇居へ出向いた。

Ohori 

念のために書いておくが、宮内庁に用があったわけではない。畏れ多くも皇室の御方々におかれてはなおさらである。三の丸尚蔵館で開催されている特別展「駒競べ~馬の晴れ姿~」。その最終日であることに気付いたのだ。

Koma 

天皇杯が授与されるスポーツは少なくないが、「天皇賞」は競馬だけ。競馬に携わる人のささやかな誇りでもある。ゆえに先般の「お気持ち表明」に際しては、TVの前で直立し、お言葉を拝聴した。皇太子時代に2回、天皇として2回、つごう4回に渡って東京競馬場にお見えになられた陛下への、それが最低限の礼儀だと感じたのである。

なにせ我が国における最初の競馬主催者は天皇にほかならない。しかもその起源は文武朝(697年8月22日~707年7月18日)にまで遡る。学校で習った大宝律令制定の当時と思えば、その歴史の深さに圧倒されやしないか。平安時代になれば、文献にも「天皇、皇后、競馬を覧給ふ」という記載が随所に登場する。神泉苑の競馬、仁和寺の競馬、賀茂の競馬、等々。時には都の大路でも臨時競馬が催されたという。

やがて近代競馬が始まると、明治天皇より「御賞典」が下賜されるようになった。天皇賞こそ最高の名誉と考える競馬人の気持ちは、この伝統に根ざしている。なにせ、当初は優勝しても賞金などは出なかった。

Lovelyday 

明治天皇は56回も競馬を御覧になった。当時の競馬は軍馬の資質向上という側面を持っていたにせよ、その回数の多さに驚かされる。―――と同時に、明治天皇の馬に対する愛情も伺えよう。根岸の競馬場への御行幸に際しては、沿道で手を振る庶民に絶えず笑顔でお応えになられたと、作家の吉川英治氏がのちに振り返っている。「少なくともその日のみは陛下も競馬ファンのひとりだった」。好きが高じて馬主になるほど筋金入りの競馬ファンである吉川氏がそう言うのなら、間違いはあるまい。

「駒競べ~馬の晴れ姿~」展で、明治天皇の御料馬「金華山号」の肖像写真を初めて見た。むろん館内撮影は禁じられているから、その姿をここに載せるわけにはいかない。そこはご了承いただきたい。

金華山号は明治2年の生まれである。当然ながら、写真を撮るのにポケットからスマホを取り出して、「はい、チーズ」―――という時代ではない。当時、写真を撮られるには、相当長い時間ジッとして動かぬことが求められた。人間でも辛いそんな行為を、金華山号はこなしていたことになる。その冷静沈着ぶりから「大砲の轟きにも動じなかった」という逸話の残る金華山号だが、この写真の存在自体が、そんな名馬のエピソードを裏書きしているように思えてならない。

 

***** 2016/09/05 *****

 

 

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