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2016年9月 1日 (木)

我慢の結実

1996年の新潟記念は、32回目にして初めて新潟競馬場以外で実施された。

新潟競馬場の改修工事に伴い、中山の2000mに移して行われた新潟記念に臨むのは、3歳から8歳まで6世代の11頭。その中には前年のエリザベス女王杯の覇者サクラキャンドルの名前もあった。GⅠホースの新潟記念参戦は珍しい。「中山の新潟記念」ならではの光景であろう。ところが、そんなサクラキャンドルを尻目にまんまと逃げ切ったのは、6歳にして初めての重賞に挑んだトウカイタローだった。

Taro 

「6歳夏にして初めての重賞挑戦」と聞けば、キャリア豊富な叩き上げのベテランが歴戦の末にようやく掴んだタイトル―――というイメージを抱くかもしれない。

だが、意外にも彼にとってはこれがまだ通算10戦目の競馬だった。2歳11月にデビューを果たしながら、三度に及ぶ骨折で計3年5か月を棒に振っている。それでも重賞タイトルを獲得するまで大成したその背景には、管理する松元省一調教師の我慢強さがあったことは想像に難しくない。そういう意味では、この勝利は陣営の「我慢」の結実だった。

なにせ、有馬記念で1年ぶりの実戦となるトウカイテイオーを見事復活させたばかりでなく、3歳秋まで未出走だったフラワーパークを、諦めて繁殖に上げずにGⅠ2勝の名牝に仕立ててみせた名トレーナーである。トウカイタローにしても然り。相次ぐ骨折に見舞われながらも、その素質を信じていた調教師の「心」は決して折れることはなかった。

実際、新潟記念のトウカイタローは、サクラキャンドルらを押さえて1番人気に推された。内村オーナー、松元省師、田原騎手、そして舞台は中山競馬場。誰もがトウカイテイオーの有馬記念を思わせるシチュエーションではある。だが、それだけではあるまい。多くのファンは関係者の「我慢」を知っていた。だからこそ、条件馬に過ぎないトウカイタローを1番人気に押し上げたのであろう。つくづく日本の競馬ファンの慧眼は素晴らしい。

この翌年から新潟記念はワンターンの左回りコースへと大きく変貌を遂げるが、逃げ切り勝ちの記録はトウカイタロー以来記録されていない。どれだけ楽なペースで逃げても、658mの直線が逃げ切りを阻む。今年のマイネルミラノは直線でどれだけ我慢ができるだろうか。ここでも我慢がモノを言う。天災と逃げ馬は、忘れた頃にやって来るものだ。

(※年齢は現表記にて記述)

 

***** 2016/09/01 *****

 

 

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