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2016年9月30日 (金)

【千葉うどん旅④】鈴や

9月19日の大井10Rに行われたのは「市制施行20周年・印西市コスモス賞」。直線に向いて、1番人気のアオジャシンが先行馬群を切り裂いて先頭に立つと、瞬く間に3馬身の差をつけて優勝した。

Aojasin 

千葉県印西市は東洋経済新報社が発表する「住みよさランキング」で2012年から5年連続でトップの座に君臨している。ちなみにコスモスは市の花とのこと。大規模なニュータウンや印旛沼などで知られる地名だが、私にすれば「小林牧場のある町」という印象が強い。今日も印旛沼ではなく、ここにやって来た。

Kobayashi1 

ただし、時刻はもうお昼過ぎ。人っ子ひとり、馬っ子一頭いない。

Kobayashi2

朝の調教を見るため、いつもはもっと朝早く来る。なんなら午前零時に家を出ることも。ただ、今日は調教を見に来たわけではないので、そんな苦労をするまでもない。

用が済んだらすぐ帰る。が、帰る前に立ち寄るところがある。

それがこちら。武蔵野うどん『鈴や』というお店だ。

Suzuya1 

実は以前から気になっていたのである。だが、調教終わりの時間と営業時間が合わなかった。どうやら営業は昼のみらしい。んで、今回は無理矢理うどんに時間を合わせた。

印西はかつての下総の国に位置する。そこで敢えて「武蔵野」を謳うとは、なかなか骨がありそうではないか。実際、褐色のその麺からは武骨な印象を受ける。しかもこの太さ。細麺&太麺の合盛を注文したのだが、実際には「太麺」と「超太麺」とでも表記すべきであろう。

Suzuya2 

分かりやすいように、敢えて割り箸を置いてみた。「太麺」は幅2~3センチ。それだけなら山梨の「ほうとう」に近いが、なんと厚さも6~7ミリはある。一方の「細麺」の幅は、「太麺」の厚さほどだが、そらでも割り箸に比べてもじゅうぶん太い。

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麺が茶色を帯びているのは、小麦の外皮も一緒に引いているため。おかげで香りが際立つ。それを受け止める肉汁もしっかり濃厚。これは旨い。武蔵野うどんの本流だ。

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ちなみに太麺はすするのに難儀する。……というかすすれませんよ(笑) パクッと齧って、もぐもぐと噛む。飲み込んだら、つけ汁にちょっとつけて、またパクッと齧って、噛む。その繰り返し。すいとんにも似ているが、ちょっと違う。蕎麦好きが初めて蕎麦がきを食べたら、こんな印象だろうか。ちょっと適当な言葉が思い浮かばない。こんなうどんもあるんのだ。

わざわざ時間を合わせてやって来たかいがあった。唯一の心残りは、コスモスの花を一輪も見かけなかったこと。印西市に来ればどこにでも咲いていると聞いていたのだが、コスモスらしき植物自体をそもそも見かけなかった。まだ早かったのだろうか。ウチの近所の庭先では、チラホラ咲いてるんですけどね。

 

***** 2016/09/30 *****

 

 

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2016年9月29日 (木)

68秒後の頂点へ

最近10年のスプリンターズSを性別で振り返ると、牡馬4勝に牝馬4勝、そしてセン馬が2勝。牝馬の健闘が目立つ。グレード制が導入される以前のスプリンターズSでも、牝馬が9勝8敗と牡馬を抑えていた。

1979年などは上位6着までを牝馬が独占している。この年のスプリンターズSを勝ったのはサニーフラワー。その勝ち時計は1分12秒8とかかった。この年のスプリンターズSがダート変更になったわけではない。当時の芝コースは、ひとたび雨が降ればたちまち泥田と化した。だから、状況によってはダートの方が時計が出ることもある。1977~78年のスプリンターズS連覇の快速牝馬メイワキミコは、芝とダートのそれぞれで1200mのレコードをマークしたが、芝が1分9秒3(新潟)に対し、ダートは1分9秒2(中山)である。当時、芝とダートの時計関係はこんなもんだった。

中山の1200mで1分8秒の壁が初めて破られたのは、1990年のスプリンターズS。バンブーメモリーが1分7秒8で優勝し、それまでのレコードをコンマ3秒縮めてみせた。実はスプリンターズSはこの年からGⅠ昇格したばかり。そういう意味では、レースの格がタイムに現れやすい条件ともいえる。翌年はダイイチルビーが1分7秒6で優勝。以後、スプリンターズSでは1分7秒台の決着が珍しくなくなる。そしてついに4年前にはロードカナロアが1分6秒台での優勝を果たしたした。

Sakura 

スプリンターズSで1分5秒台が叩き出され日も近いのではないか―――。

そう思ったのもつかの間、にわかに状況が変わってきた。中山の芝で時計が出なくなったのである。たとえば昨年の京成杯AHの勝ちタイムは、良馬場なのに1分33秒3だった。例年なら1分32秒台や31秒台は当たり前。2012年には1分30秒7の日本レコードも飛び出していたはず。なのに、もはやあの高速馬場の面影はない。昨年のスプリンターズSの勝ち時計も1分8秒1である。

馬場変貌の理由のひとつに「エアレーション効果」を挙げる声は少なくない。地面に穴を開けて空気を送り込み、地盤を柔らかくする作業のこと。おかげで、多少の雨で馬場が極端に悪化することはなくなった。先週などは中間に210ミリもの降雨があったにも関わらず、週末の競馬では土が飛んだり、芝が剥がれるというシーンが見られなかったのである。サニーフラワーの当時を知る者とすれば、隔世の感を禁じ得ない。

一方で、今の中山開催で行われた芝1200m戦6鞍の平均タイムは1分9秒5。最速でも、先週土曜のセプテンバーSの1分8秒7にとどまる。極端に悪くはならないが、時計も出にくい―――。そんな中山で行われるスプリンターズSは、実は曲がり角を迎えつつあるのかもしれない。

とはいえ、6ハロン戦自体が戦後なってから行われるようになった比較的新しい距離。1946年のレコードタイムはヤスヒサの1分15秒4/5(当時は1/5秒単位の計時)だった。70年間を経て9秒以上も縮まっているが、歴史的に見れば未だ変遷の最中であってもおかしくない。今年も8秒台の決着か。それとも3年ぶりに7秒台が出るのか。あるいは4年ぶりの6秒台か。勝ち馬はもちろん、勝ち時計にも注目だ。

 

***** 2016/09/29 *****

 

 

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2016年9月28日 (水)

兄の意地

先週土曜の中山芝1600mで行われた新馬戦を勝ったのは、丸田恭介騎乗のライジングリーズンだった。

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ライジングリーズンの父は2004年のスプリングSを勝ち、皐月賞でも2番人気に推されたブラックタイド。今ではキタサンブラックの父と言った方が通りが良いだろうか。いずれにせよ「ディープインパクトの全兄」などという説明は、もはや必要あるまい。

そもそも、繁殖牝馬ウインドインハーヘアの名前を我が国に知らしめたのは、このブラックタイドだったのである。デビューから武豊騎手が手綱を取り、きさらぎ賞まで4戦連続1番人気。むしろ、ディープインパクトの方が「ブラックタイドの弟」と呼ばれていた。それは武豊騎手にしても同じ。だが、ほどなくしてブラックタイドは「ディープインパクトの兄」と呼ばれるようになる。弟が4歳で引退したあとも、兄は「ディープの兄」の看板を背負いながら7歳になるまで走り続けた。

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種牡馬入りはディープインパクトより2年遅い。しかも、重賞実績はGⅡ勝ちがひとつだけ。正直、「ディープインパクトの全兄」という看板に頼った種牡馬入りだったことは否定できない。だが、弟とは対照的な500キロ前後の雄大な馬体は、生産者の目を引くにじゅうぶんだった。50万円という種付け料も弟に比べれば魅力だったに違いない。それで初年度は150頭の配合相手が集まった。この年の新種牡馬としてはチチカステナンゴの151頭に次ぐ数字。その世代が3年後にデビューすると、チチカステナンゴらを抑えて、新種牡馬ランキングトップの栄冠を勝ち取る。

これまでJRA重賞は7勝。ディープインパクトの産駒がいまだに勝てていない菊花賞と春の天皇賞を、いとも簡単に勝ってしまったあたりが、ブラックタイド産駒の真骨頂であろう。切れ味では弟に劣っても、パワーとスタミナの勝負なら負けない。札幌2歳Sのブラックオニキスのレースぶりなどは、まさにその典型ではなかったか。稍重の中山をしぶとく伸びてきたライジングリーズンにも、その一端が垣間見えたような気がする。

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今年のブリーダーズスタリオンステーションの種牡馬展示会では、ゼンノロブロイやシンボリクリスエスといった実績馬を差し置いて、ブラックタイドが大トリの大役を務めた。7年前、50万円からスタートした種付け料は、今年ついに300万円に到達。それでも弟の10分の1でしかないが、競馬に行ってしまえば関係ない。男兄弟の長兄たる私としては、兄の意地に期待したいところである。

 

***** 2016/09/28 *****

 

 

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2016年9月27日 (火)

港の食堂と競馬場

南船橋駅を降りて競馬場とは逆の方向、すなわちIKEA方面に歩くこと15分。旧船橋オートレース場の裏手の倉庫街の一角に、ひっそりとこんな看板が掲げられている。

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『浜町食堂』は知る人ぞ知るマグロ丼の人気店。とはいえ、もともとはマグロの加工・販売を手掛ける「東水フーズ株式会社」の社員食堂である。このあたりには気軽にお昼を食べられるお店が少ない。そこでこの会社では、社員食堂を外部の人に開放してみた。マグロ専門の会社だから、当然ながらマグロは安くて美味しい。評判は瞬く間に広がり、今では遠方からわざわざ食べに来るお客さんもいるという。

こちらはヅケ丼。600円。安い。

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ご飯の量に対してマグロが多いから、普段のペースで食べると、ご飯が足りなく恐れがある。ちなみに酢飯も選択可。一般営業はお昼のみ。食堂の奥は社員さん専用のエリアだから注意しよう。むろん基本的にセルフサービス。会社の社員食堂にお邪魔しているという気持ちは忘れないようにしたい。

食堂を出て少し歩くと、すぐそこは海だ。正式には「千葉港」の一部という扱いだが、地元では「船橋港」の名で通っている。海に近い競馬場は少なくないが、港への近さという点では船橋が随一であろう。お隣の商業施設「ららぽーと」の名も、もちろん「港=Port」にちなんでいる。今や日本中に知られた「ららぽーと」の第一号店は、この「TOKYO-BAY」に他ならない。

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そんな港のお隣の船橋競馬場では、その名の通り「ポートサイドスター賞」が行われる。平和賞トライアルだから2歳馬同士の戦い。道中3番手で折り合った1番人気マルヒロナッツオーが、軽く仕掛けられただけで3馬身抜け出す完勝だった。

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マルヒロナッツオーは林正人厩舎所属。例によって山口騎手が調教をつけて、レースでは左海誠二騎手が跨るというパターンでデビューから2戦を戦った。しかし、左海騎手が左手首を骨折したことにより、レースの手綱も山口騎手に任されるようになったという経緯がある。それで2連勝は立派だ。左海騎手は今もリハビリ中。平和賞の騎乗は微妙と聞く。左海騎手の復帰を望まぬわけではないが、できることなら騎手生活13年目の山口騎手にチャンスが巡ってきてほしい。

 

***** 2016/09/27 *****

 

 

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2016年9月26日 (月)

地方競馬初のTV中継

今週の南関重賞は船橋の日本テレビ盃。JBCクラシック、チャンピオンズカップ、東京大賞典へと続く秋のダート王道路線の幕が開く。

「NHKマイルカップ」「フジテレビ賞スプリングS」「テレビ東京賞青葉賞」など、JRAの重賞に名前を出しているテレビ局は少なくない。そんな中にあって、視聴率3冠王の日本テレビが、なぜJRAではなく、船橋競馬の重賞に社杯を提供しているのか? それを不思議に思っている方もいるかもしれない。―――というか、日テレの社員さんからそういう質問を受けたのである。それだけ不似合いということか。

ことの始まりは、戦後まだ間もない1953年。当時、「金の鞍」という名称で行われていた古馬2000mの重賞レースを、日本テレビが実況中継したことに端を発する。地方競馬のTV中継は国内では初めての試みだった。中継を担当した佐土一正アナウンサーは、この年入社したばかりの日テレアナウンサー第1期生。後に力道山のプロレス中継で名を馳せるレジェンドとはいえ、新人アナが3時間余りの放送時間を繋ぐのだから、さぞ苦労したに違いあるまい。なにせ当時はテレビ放送事業自体が黎明期である。

ともあれ、この翌年から「金の鞍」は「NTV盃」と名を変えて行われるようになった。以来62年間。日本テレビでのTV中継はなくなったが、日本テレビの冠は残されたままだ。

1998年にはJRAとの交流重賞となり、距離も1800mに短縮された。そこに出走してきたのが地元船橋の雄・アブクマポーロ。川崎記念、ダイオライト記念、マイグランプリ、かしわ記念、帝王賞と5連勝中の同馬は、このNTV盃のあとは毎日王冠から天皇賞というローテが発表されていた。単勝オッズは100円の元返し。勝つのは当然。その勝ち方が注目されていたと言っても過言ではない。

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結果は想像を上回る圧勝であった。JRAのGⅡ勝ち馬やJRAダート重賞3勝馬が、いずれも55キロに留まるのに対し、ただ一頭58キロを背負わされながら2着に8馬身差である。力が違ったとしか言いようがない。しかし、そのあまりの強さに「この能力をダート以外で使うのはもったいない」として、陣営は毎日王冠回避を表明。次走の南部盃ではメイセイオペラに敗れたものの、グランドチャンピオン2000と東京大賞典を勝って、この年のNAR年度代表馬に選ばれている。

ちなみに、この年の毎日王冠を勝ったのはサイレンススズカ。エルコンドルパサーやグラスワンダーを相手に、圧倒的なスピード能力で逃げ切ったあの伝説のレースだ。そこにアブクマポーロも出走していたかもしれない―――。それを思うと、今でも多少残念な気持ちにもなる。それというのも、NTV盃のアブクマポーロがあまりに強すぎたせいだ。

 

***** 2016/09/26 *****

 

 

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2016年9月25日 (日)

秋の長雨

昨日は久しぶりに中山競馬場を訪れた。スタンドから見渡すと、向こう正面が靄で霞んで見える。しばらく来ない間に中山はそうなった……ワケがない。それだけ湿度が高いということであろう。鉛色の空からは今にも雨が落ちてきそうだ。

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ここのところ関東はぐずついた天気が続いている。いわゆる秋の長雨。だが、ここまで律儀に降られると、季節ものだとはいえ腹立たしい。今週、雨粒が落ちてこなかったのは水曜日だけ。その水曜日にしてもピーカンだったわけではない。彼岸は過ぎた。天高く澄みきった「秋晴れ」はまだか。

中山の芝は稍重。ダートは重。そうはいっても、普段の「稍重」「重」と全く同じとは考えにくい。なにせこの一週間で中山競馬場では210ミリの降水があった。普通は雨さえ上がれば、ダートの表面だけは白っぽく乾くもの。なのにダートは真っ黒。たったいま水を撒いたかのようではないか。

そんなダートコースで3歳未勝利戦が行われた。ダート1200mに16頭。いわゆるスーパー未勝利戦であるから、どの馬もあとが無い。ラストチャンスにかける各馬の緊張感が、ガラスを通してスタンドの中まで漂ってくる。

その緊張感のせいか、スタートから激しい先行争いが繰り広げられた。前半3ハロンのラップは33秒9。これでは前は持つまい。案の定、直線で先行勢は失速。道中は後方に控えていたセシャルマンが、大外を切り裂くように伸びて差し切ってみせた。あまりに鮮やかな勝ちっぷりに、これが未勝利戦であることを忘れそうになる。

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ダート1200mの未勝利戦で、ここまできれいに追い込みが決まることは珍しい。しかも馬場発表は「重」。速いダートは先行有利のはず。それなのに、昨日中山で行われた5鞍のダート戦では、いずれも差し・追込馬が勝利を収めた。

道悪だからと、みな先を急ぎたがるのは仕方ない。にしても、7Rの500万条件戦で計時された前半3ハロンの33秒3はちと早過ぎないか。だってスプリンターズSより速いんですよ(笑) そもそも、下級条件でこんな時計が出ること自体信じられない。ついつい能力以上のペースで飛ばしてしまうような、そんな不思議な馬場状態を、210ミリもの記録的な大雨が作り出したのではないか。つまり、そういうことを言いたいのである。

一晩経った今日もダートは「重」発表のままだった。しかし、昨日とは打って変わって、2頭の逃げ切りを含めてダートはことごとく先行馬が勝利したのである。不思議な馬場状態は昨日一日限りだったのかもしれない。秋の長雨は時に競走馬の一生をも左右する。だが、それも含めて競馬である。残された3歳未勝利は最終週の東西合せて4鞍。ラストチャンスを掴み、天高く馬肥ゆる本格的な秋を迎えたい。

 

***** 2016/09/25 *****

 

 

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2016年9月24日 (土)

素顔の神戸新聞杯

サトノダイヤモンドが神戸新聞杯で始動する。神戸新聞杯を勝ったダービー2着馬といえば、トウショウボーイ、ビワハヤヒデ、シンボリクリスエス、ゼンノロブロイ、ローズキングダム、そしてエピファネイアと列挙に暇がない。いずれ劣らぬ名馬ばかりだ。

中でもビワハヤヒデの神戸新聞杯が印象深い。なぜか。このレースの前に、彼のトレードマークとも言うべき、赤いメンコを外してレースに臨むと事前に発表されたのである。「“素顔”のビワハヤヒデが走るらしい」。そうと聞くより早く、私は夜行急行「銀河」に飛び乗った。

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自らの蹄音にも反応するほど音に敏感で、ゲートでも落ち着きがなかったビワハヤヒデは、デビューからずっとメンコを付けてレースに挑んできた。しかし、前年の朝日杯3歳Sから、共同通信杯、皐月賞、日本ダービーと重賞レースでは4戦続けての惜敗。春シーズンから手綱を取った岡部幸雄騎手が、その敗因のひとつとしてメンコを挙げたのである。

耳を覆ってしまったことで、騎手の指示に対する反応まで鈍っている―――。

名手の指摘は適確だった。結果は大楽勝。ネーハイシーザーを子供扱いしてみせた。これは強い。ツメの甘さに泣いた春シーズンとはまるで別馬のようではないか。

だが、レースの興奮もそこそこに、競馬場のファンの間では「ビワハヤヒデの顔ってデカくね?」と騒然となっていたのである。なんじゃそりゃ。でも、言われて見れば確かにデカいような気がしなくもない。本当に別馬なのではあるまいな。

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実はこれは視覚効果によるもの。灰色の背景に対し、真っ白な部分は実物よりも大きく見えるらしい。全身灰色の毛に覆われたビワハヤヒデだが、顔のほとんどは驚くことに真っ白だった。そもそも視覚効果とは無関係に、顔は大きい方だったという。それが、はからずもメンコを外したことで、白日の下に晒されてしまった。この一戦以降「顔デカ」が彼のキャラクターの一部となってしまう。本人にしてみれば、この神戸新聞杯は痛恨の一戦かもしれない。

最近ではメンコをひとつのファッションアイテムのように扱う風潮もあるけれども、写真を撮る立場としては、顔の大半を覆い隠すメンコなどない方が良いに決まっている。そういう意味では、デムーロ騎手の進言でいつもの茶色いメンコを外して宝塚記念に臨んだドゥラメンテが、あのレースを最後に引退してしまったことが残念でならない。素顔のドゥラメンテが1着でゴールインする姿をひと目見たかった。

 

***** 2016/09/24 *****

 

 

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2016年9月23日 (金)

二強のオールカマー

日曜の産経賞オールカマーは、昨年の有馬記念の覇者ゴールドアクターと、牝馬ながら今年の宝塚記念を制したマリアライトのグランプリホース対決。GⅠホースの看板ならワンアンドオンリーも背負っているとはいえ、2強対決の構図は揺るぎそうにない。

オールカマーの2強対決と言えば、1994年のビワハヤヒデVSウイニングチケットの一戦が思い起こされる。春の天皇賞と宝塚記念を連勝中のビワハヤヒデが単勝1.2倍の1番人気。2番人気は2.8倍のウイニングチケット。それに続く3番人気の単勝オッズが32.6倍というのだから、これに勝る2強対決のオッズというのも、そうはあるまい。

Biwa 

レースは4角先頭のビワハヤヒデが、追い込んできたウイニングチケットに1馬身3/4の差をつけて優勝。人気に応えてみせた。2頭の枠連配当は130円(8頭立てのため馬連発売はなし)。いちばん高くついた配当が3着ロイスアンドロイスの複勝140円というのも、いろんな意味で笑える。

その2年後のオールカマーでも2強対決が繰り広げられた。1番人気はその年の宝塚記念を勝ったマヤノトップガンで1.8倍。ほとんど差のない2番人気に推されたのが、春天優勝以来のサクラローレルで1.9倍である。

だが、こちらの2強対決は結果を伴わなかった。3角で早くも先頭に立ったマヤノトップガンだったが、直線坂下で早くも手応えが怪しくなり、あえなく失速。満を持して追い込んだサクラローレルが1着ゴールを果たした。一方のマヤノトップガンは、あろうことか船橋所属の牝馬・マキバサイレントにまで差し返されての4着。競馬に絶対はない。その典型であろう。

Sakura 

それにしても今年のオールカマーでは、ゴールドアクターとマリアライトのどちらが1番人気の票を集めるのだろうか。

GⅠの数ならマリアライトが上。しかも、宝塚記念はドゥラメンテやキタサンブラックを破っての優勝だから、「現役最強牝馬」というより「現役最強馬」と呼ぶ向きさえある。過去のオールカマーの成績を見る限り、宝塚記念からの転戦組が好成績を残していることも好材料。牝馬の成績も悪くない。

しかし、ゴールドアクターは、そのマリアライトと2度対戦していずれも勝っている強みがある。得意とする中山でもあり、5か月ぶりの休み明けとはいえゴールドアクターが票を集めても不思議はない。

人気が気になるのには訳がある。実はこの秋開催(中山・阪神)で行われた6鞍の重賞レース勝ったのはすべて1番人気馬。1番人気馬の連敗記録はたまに耳にするが、重賞での1番人気の6連勝は珍しい。この流れが続くようなら、今回も人気を集めた方が勝つような気がする。

一方で、オールカマーの1番人気馬は4連敗中。2012年ルルーシュ4着、13年ダノンバラード3着、14年サトノノブレス16着、そして昨年のヌーヴォレコルトが2着である。ただ振り返って思うに、実力馬の凡走というよりも、人気自体に多少の問題を感じなくもない。オールカマーではファンの見る目も試される。1番人気馬の重賞連勝記録は果たして継続するだろうか。

 

***** 2016/09/23 *****

 

 

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2016年9月22日 (木)

ハマの番長、引退

プロ野球DeNAベイスターズの三浦大輔投手が引退を発表した。

前身の大洋ホエールズから横浜一筋25年。「ハマの番長」の愛称で親しまれたエースも、ついにユニフォームを脱ぐ。野球は知らぬが競馬なら知っているという向きには、リーゼントブルースやリーゼントロックのオーナーと言った方が通りが良いだろうか。佐々木主浩氏のように現役引退後に馬主となるアスリートは少なくないが、現役プロ野球選手でありながらJRA馬主として競走馬を所有したのは三浦投手が初めてだった。

これまでに三浦投手が所有し、実際に競馬場で走ったのは、リーゼントブルース、リーゼントロック、リーゼントフォルテの3頭。栗東・矢作厩舎の所属である。もともと競馬が好きだった三浦投手は、とあるスポーツ紙の記者の紹介で矢作調教師と知り合った。そこで馬券がなかなか当たらないという話題を持ち出したところ、「それなら馬を持てばいい」と馬主になることを勧められたという。

2005年に最多奪三振と最優秀防御率の2冠を獲得した三浦投手も、2010年には2度の二軍落ちを経験するなど大スランプに陥った。この年わずか3勝。37歳という年齢からすれば「限界説」が流れたのも無理はない。彼が馬主資格を取得したのは、そんな苦しいシーズンの終了直後のことである。

翌年、初めて所有したリーゼントブルースが2歳でデビュー。この年は勝ち星を挙げることができなかったものの、同馬が3歳になった翌年には念願の初勝利を挙げた。さらにその翌年はリーゼントロックと合わせて所有馬が3勝を挙げる大活躍を見せる。すると三浦投手も5勝、9勝、9勝と、かつての輝きを取り戻し始めた。愛馬の活躍に刺激を受けての復活劇―――。競馬も野球も愛する外野としては、そう思うことにしたい。ひとつ勝つことの難しさは投手も競馬も同じだ。

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これまで馬主としてJRA通算7勝。うち5勝が松岡正海騎手の手綱による。その松岡騎手は小学校から中学校では野球に打ち込んでいた。しかも大のベイスターズ(ホエールズ)ファン。三浦投手が入団してきたのは彼が7歳の時だから、彼は「ハマの番長」以外のエースを知らないことになる。それゆえ三浦投手の現役引退には思うところも多かろう。日曜のオールカマーではマイネルメダリストに騎乗予定。餞別代わりのどでかい一発に期待してみたいところだが、どうだろうか。

 

***** 2016/09/22 *****

 

 

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2016年9月21日 (水)

です・ます

Twitterが、これまでツイートに課していた140文字の文字数制限を緩和し、画像や動画、引用文など特定の付加情報を文字数から除外する仕様変更を実施したと発表した。今日から運用されるという。この措置により、写真や動画、引用ツイートなどに使われる文字列は、今後140文字にカウントされなくなる。狙いがライバルのFacebookに奪われた利用者を取り戻すことにあることは想像に難くない。それだけ世間はツイッターの文字制限に不満を抱いているということか。

私も以前ちょっとだけツイッターをかじっていたことがある。ただし、私にとっては「140文字の制限」そのものが魅力だった。書こうと思ったその瞬間に、リズムの良い文章を、140文字以内でいかにして書けるか―――。一種のゲームでありトレーニングでもある。俳句や短歌の世界にも近い。

ただ、とある馬が現役を引退するらしいという趣旨のことを書いた途端、リツイートの通知が止まらず、ポータルサイトのトレンドにもランクインするに至り、怖くなった私は慌ててアカウントを削除したのである。

これが炎上というものか……coldsweats02

その時はそう感じた。だが、ネット事情に詳しい知人は「そんなもん炎上でもなんでもない」と冷たい。ただ、「それで慌てるようなヤツはツイッターに向いてない」とも言われたので、やめたこと自体は間違っていないのだと思う。以来SNSに関しては、毎夜このブログを細々と投稿する程度に留めてきた。むろん炎上が怖いので、他人の悪口はもちろん引退情報の類についてもいっさい書かないことを旨としている。

しかし、あれは日本ダービーの前日だったか、使い勝手がすこぶる悪いと評判の(これは悪口か?)ココログ・スマホアプリをインストールしてみようと思い立った。きっかけは、旅先にパソコンを持参してまでブログを書くのが面倒になったから。んで、実際にアプリを入れてみると、なるほど確かに使い勝手はよろしくない。でも、せっかく入れたのだからと、旅行中でなくても昼間っからちょいちょい短いところを投稿している。文末に「by SP」というクレジットがあるのは、すべてその類。見る方はそうでもないだろうが、投稿している側の感覚はツイッターに近い。

それで気づいたことがある。その短い文章を投稿をする時は、決まって文章が「です・ます調」になってしまうのである。「間もなくダービーの発走です」とか「浦和競馬場でお饅頭食べてます」という具合。思えばツイッターのときもそうだった。「です・ます調」は情報量が少ない割に字数を食うので、本来なら文字制限のあるツイッターには向かない。でも、いざ投稿すると、ついつい「です・ます調」になってしまうのである。

その一方で毎夜11時に更新するいつものブログの文面は、特に意識することなく自然とこの調子、すなわち「だ・である調」になる。夜が深まると、私の性格がだんだん高圧的になるというわけではない……と思う。あるいは人は短い文を書こうとすると、人はつい丁寧になってしまうのかもしれない。浦和競馬場でポテトフライ串を齧りながら、そんなことを考えたりする。

Urawa 

ツイッターであれブログであれ、今の現状を簡潔に伝えようとするときに「です・ます」になるのは、特定の誰かに話しかけているからではあるまいか。実際にそこに人はいない。でも、知らず知らずのうちに特定の誰かを想定しているのである。それが誰なのかは人それぞれ。私の場合はこのブログの読者のみなさんということになろう。ならば、夜11時の投稿も「です・ます調」にならなきゃおかしいだろ、と言われそうだが、もともとこれは自分のために書きためた備忘録でもあり、文章のトレーニングで始めたといういきさつもある。その意識が働くから、こんな具合に無愛想な文体になるのやもしれぬ。

最近はたまに競馬場に行ってもやることがなくて困っている。そういう意味では競馬場からブログを投稿する機会が増えるかもしれない。昼間の投稿は意味のないものばかりになるだろうが、夜11時の投稿だってそれほど中身があるとは思えない。それでも毎晩休むことなく書き続けてきたという自負はある。実は最近は日々の更新が難しいと感じるようになってきたのだけど、それでも今後ともおつきあいいただければ、筆者としてこれに勝る喜びはない。

 

***** 2016/09/21 *****

 

 

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2016年9月20日 (火)

セコマ

札幌の知人が「キーンランドカップでも見に来てたの?」と訊いてきた。

行った覚えはない。あの日は埼玉に住む父親に会いに行ってた。私がそう言うと、「じゃあ、あのおにぎりはどうしたんだ?」とさらに訊いてくる。

なんでも彼はこのブログの9月13日付「競馬場の鰹節」を読んだらしい。そこに掲載されたセイコーマートのおにぎりの写真には「消費期限 16.08.29 AM01:00」と印字されていた。ということは、8月28日の昼間に私が北海道内にいた可能性が高い―――というのである。いやはや、コナンも驚く推理ではないか。うっかりおにぎりも食べられない。

しかし、そう言われたことで、私もなんとなく自信がなくなってきた。たしか埼玉に行っていたはずだが、ひょっとしたら北海道にいたのかもしれない。トシと共に記憶があやふやになった上、こないだも書いたように、最近は心だけが札幌に飛んでしまうことが間々ある。

あの日私は埼玉県越谷市内の元荒川沿いの道を走っていた。先日も書いた宮内庁鴨場の脇を通り、国道4号を渡って、西へ向かっていたのである。ラジオからは競馬中継の実況が流れていた。WAJSが行われている札幌には世界中から名立たるジョッキーが勢ぞろいしているという。いいなぁ。札幌行きたいなぁ。そう思いながら、私は川沿いの道を走り続けた。

その時である。

あの、北海道で見慣れた看板が私の目に飛び込んできたのだ。

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「こけの一念岩をも通す」とはこのことか。北海道に行きたい、行きたいと、あまりに強く念じたおかげで、ついに私の身体と車は北海道に飛んできたのである。でなければ、こんなところにセイコーマートがあるはずがない。よーし、このまま札幌競馬場に直行して、夜はジンギスカン食べ放題だぁ!

Secoma2 

―――なんてワケないですよね。実は埼玉にもあるんです。セイコーマート。種を明かせば、ベーコンおかかおにぎりはここで購入したというワケ。

Sekoma3 

ちなみに、セイコーマートのPBではあるがガラナも売っている。一方でソフトカツゲンはない。流通の問題があるから、北海道内とまったく同じというわけにはいかないのであろう。ただ、「やき弁」はセール対象らしく大量に山積みにされていた。

Secoma4 

今のところ埼玉県内には13店舗が営業しているらしい。茨城県はもっと多くて84店舗もあるという。だが関東ではそれだけ。顧客満足度第1位を誇るコンビニが東京にも神奈川にもないというのは哀しいし、また悔しくもある。

ところで社名変更後の新たな名称「セコマ」は、道民に受け入れられたのだろうか。未だに以前の愛称「セイコマ」を聞くことが多い気がしないでもない。これが経営戦略であるのなら、さらなる経営戦略で神奈川にも出店してくれないだろうか。できれば横浜・川崎エリアだとすごく嬉しい。

 

***** 2016/09/20 *****

 

 

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2016年9月19日 (月)

還暦ジョッキー

敬老の日の大井競馬は久しぶりの昼間開催。先ほどから細かい雨が降り続いている。

Tck 

それでもわざわざ見に来ようと思ったのは、この二人の直接対決に加えて……、

Matoba 

この人まで同じレースに乗ることになったから。これは見逃せまい。

Uchipaku 

的場文男(1983年、85年~04年)、内田博幸(05年~07年)、戸崎圭太(08年~12年)。この3人が大井リーディングを奪取すること実に29回。昭和から平成の大井競馬を見続けてきた世代には見慣れ切った対戦だったはずなのに、最近では各地のジョッキーイベントなどでしかこの3人を一緒に見ることがない。とはいえ、それが実現するだけまだ喜ぶべきであろう。それというのも、的場さんが還暦を迎えてなお現役を続けてくれているおかげ。直線で3人の叩き合いになってくれたりしたら、なお嬉しい。

Keijiban 

「戸崎っ! 相手(的場)は還暦なんだから手加減しろよ!」

「ウチパクっ! 今日は敬老の日だぞ。わかってんな!」

9r 

大井らしい野次が飛ぶ中、ゲートが開いた。―――が、勝ったのは今野忠成騎手のステイサウンド。戸崎騎手2着、的場騎手5着、内田騎手はしんがり負けである。まあ、そんなに都合の良い結果になるはずがないですな。

それでも今日の的場騎手は5鞍乗ってこの5着が最低着順であった。それ以外の4鞍では、なんと(3,1,0,0)である。60歳を超え、さらに騎乗技術に磨きがかかったか。まさに円熟の境地。還暦も敬老の日もまるで関係ない。今日を終えて通算6912勝。本人が目標と公言する7千勝はもとより、不滅と信じられた佐々木竹見氏の7151勝が見えた気がする。

ところで、この日行われたレディスプレリュード(JpnⅡ)を勝ったのは、田辺裕信騎手のタマノブリュネットだったわけが、見ていてちょっと気になることが……。

Tamano 

むむっ?

Keita 

圭太?

まさか、乗っていたのは田辺のフリした戸崎なのか? どうりで、抜け出す一瞬の脚が鮮やかだと思ったんだよなぁ。これで戸崎圭太騎手の重賞連続連対記録が追加されることは……、ないですよね(笑) 勝ったのは田辺騎手。間違いない。まあ、そもそも戸崎騎手の記録はJRAに限った話だった。

東京盃が行われる秋分の日も大井競馬は昼間開催となる。ご注意を。

 

***** 2016/09/19 *****

 

 

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2016年9月18日 (日)

ふるさと納税で競馬を見よう

東京都府中市は14日、ふるさと納税をした人に、東京競馬場の指定席などを贈呈すると発表した。目玉は府中牝馬Sの特別観覧室と、天皇賞およびジャパンカップ当日の指定席。受け付けは先着順。果たして世間はどんな反応を示すのかと遠目に眺めていたのだが、受付開始とほぼ同時に特別観覧室、天皇賞、ジャパンカップとも完売(というのか?)となった。

Nouzei 

※ふるさと納税ポータルサイト「ふるさとチョイス」より

ふるさと納税制度が人気を博して久しい。昨年14億円もの寄付金を集めた北海道の上士幌町などは、その恩恵で町内の幼稚園・保育園の無償化が実現したという。その一方で都市部の自治体は住民税の流出が深刻な課題だ。むろん府中市も例外ではない。今年度は約1億6千万円の市民税が流出すると見込まれており、その対策が急がれていた。

ふるさと納税の返礼品に地元競馬場への招待を謳う自治体は、愛知県豊明市(中京競馬場)や東京都品川区(大井競馬場)などが知られる。いずれも都市部であり、ふるさと納税においては苦戦しているという点で共通している。だが、それなら千葉県船橋市(中山競馬場)、京都府京都市(京都競馬場)、兵庫県宝塚市(阪神競馬場)も事情は同じはず。これらの自治体においても、いずれ特別観覧室やGⅠ当日の指定席が返礼品リストに載るのだろうか。

ところがそうでもないようだ。まず、京都市はそもそもふるさと納税苦戦組ではない。京都の文化保持のためにと、日本全国から寄付金が寄せられている。ふるさと納税の本来の趣旨を思えば、ある意味理想形であろう。さすが京都は違う。

宝塚市も負けてない。ふるさと納税の返礼品に、なんと宝塚歌劇公演のS席チケット(8300円)を贈呈している。しかも先着100名という太っ腹ぶり。ちなみに府中市の天皇賞指定席は先着2名。しかもおそらくC指定席(1000円)だろうから、その差は歴然だ。

それなら船橋市はどうだろう。さぞかし困っているのではないか。―――そう思いきや、ここ1、2年で寄付金が大幅に増えているという。

船橋でいったい何が起きているのか?

理由は至極単純。返礼品のリストに「ふなっしー」グッズを並べただけ。でもその効果は絶大だった。非公認という仕打ちの一方で、その力に頼る船橋市のやり方には異論もあるが、なんと先月から「ふなっしー」を外装デザインにあしらったゼリーの詰め合わせを返礼品に追加したという。財源確保のためには公認も非公認も関係ない。お上もちゃっかりしている。

Tokyo 

顧みて府中市の返礼品リストはといえば、競馬場以外ではFC東京グッズが目立つ程度で、あとは地酒、お菓子、野菜果物の詰め合わせといったどこの自治体でもありそうなものばかり。ヒット曲に歌われるほど有名なビール工場を抱えながら、その関連品がないというのもどことなく釈然としない。

その競馬場指定席にしても、申込受付開始から4日目となる今日に至ってもなお、サウジアラビアロイヤルC、富士S、武蔵野S、京王杯2歳S、そして東スポ杯2歳Sの指定席はまだ売れ残って(というのか?)いる。仮にC指定席であれば2席で2000円。他の自治体の返礼品に比べれば魅力が薄いということか。天皇賞やジャパンカップと違い、指定席にプレミアが付くレースでもない。納税者はしっかりしている。

 

***** 2016/09/18 *****

 

 

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2016年9月17日 (土)

銀だこ@東京競馬場

中山開催中の東京競馬場は絶賛場外発売中。無料でこのゲートを通れるのも残りあと3週間。もう、夏も終わりですね(遠い目)。

Gate 

東京競馬場では、この中山開催から変わったことがある。フジビュースタンド4F、かつて『むぎんぼう』が出店していた跡地にて、ようやく次のテナントが営業を始めたのだ。

いったい何のお店だろうか。うどん屋さんだといいなぁ。

期待に胸を膨らませて向かったその先にあったのは………。

Gindako 

『築地・銀だこ』でした。なーんだ。

とはいえ、マチカネた新店なので、朝からたこ焼きを頬張ることに。本当はとんぺい焼きを食べたかったのだけど、準備に時間がかかるという。お店のスタッフもまだ競馬場に慣れていない様子。ならば、普通のたこ焼きで良いですよ。こういう時は競馬場に慣れている客の方が合わせるものである。ひょっとしたら長い付き合いになるのかもしれない。

「多幸」に通じるタコは、お正月のおせち料理でもお馴染みの縁起物。競馬場の食べ物としては悪くない。アツアツをひとつ取って口に運ぶ。はふはふ。ああ、熱い。熱いけどウマい。

Tako 

市中の『銀だこ』は、ひと舟8個で550円だが、ここは同じ値段ながら2個少ない。ひとりなら量はそれくらいでちょうど良かろう。でも大井の『銀だこ』は6個で520円―――などと野暮を言ってはいけない。競馬場内の他のお店とのバランスというものもある。

ただ敢えてひとつだけ注意事項を書いておく。現時点でお店にはお冷やの用意がない。「ハイボール酒場」を謳う以上、飲み物は別に注文してくれといことだろうか。むろんそれはそれで構わないのだが、アツアツのたこ焼きで口の中が火事になった際、「お冷やで消火」という技が使えないので注意が必要だ。心配な方は、最寄りの給茶コーナーから冷水を汲んでこよう。

外はカリッと、しかし中はトロッとした独特の味は、銀だこオリジナル「二度焼き」の賜物。なんでも北京ダックの調理法をヒントに編み出した調理法だいうから、ヒントというものはどこに落ちているか分からない。ならば、どこかに明日のセントライト記念のヒントは落ちてないだろうか。追い切りで遅れたディーマジェスティを素直に信じて良いのかなぁ……。

 

***** 2016/09/17 *****

 

 

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2016年9月16日 (金)

浦和のおじさんと戸崎圭太

昨日の、浦和競馬場から南浦和駅に向かう帰りのバスの車内でのこと。後部座席の方から「やっぱ黙って戸崎の単勝を買っときゃ良かったんだよぉ……」という溜息混じりの声が聞こえてきた。すると、その声に応えるかのように、今度は前の方から「あいつJRAでも毎週(連に)来てんだよ」。「そうか。絶好調だな」。なんて会話が聞こえてくる。

メインのオーバルスプリントは、戸崎圭太騎手のレーザーバレットが鮮やかなまくり差しを決めていた。そのレースが終わった直後のバスだから混んでいる。加えて道路まで混んでいるのか、バスはなかなか駅に到着しない。車内は俄かに総反省会の様相を呈してきた。

浦和のお手本のような競馬だったよなぁ。うんうん。浦和に慣れた戸崎だからアレができるんだゾ。岩田じゃ無理だろ。そうだよなぁ。わかってたんだけどなぁ。しかも5番人気だぜ。戸崎で単勝960円ならおいしいよ。こうなりゃセントライトも戸崎を買うしかねえか―――。

おじさんたちの後悔は南浦和駅に着いても止まらない。こういう空気、嫌いじゃないです(笑)

Tosaki1 

バスの中で誰かが言ってたように、この夏の戸崎騎手は絶好調だ。特に重賞での活躍が目立つ。ラジオNIKKEI賞をゼーヴィントで勝つと、七夕賞1着、ジャパンダートダービー1着、函館2歳S2着、レパードS1着、関屋記念1着、キーンランドC1着、新潟記念2着、紫苑S1着、京成杯オータムハンデ2着、そして昨日のオーバルスプリントも優勝である。たった2か月半で重賞成績(8,3,0,3)は驚異的だ。

Tosaki2 

JRAでは今年139勝を挙げ、2位のルメール騎手に20勝もの大差をつけてリーディング独走中。重賞勝ちも11勝と、昨年の8勝を既に上回っている。今や押しも押されもせぬJRAのトップジョッキー。だが、移籍当初はいろいろなことが思うようにいかず、悩んだこともあったという。しかし、時間をかけてひとつひとつ問題を解決しながら、ようやくここまでたどり着いた。

Tosaki3 

JRAでは騎乗機会重賞9戦連続連対中。何より驚かされるのは、それを全て異なる馬で達成していることだ。このテの記録は同じ馬が何度か顔を出すケースが少なくない。2か月半もあれば、たまたま好調な馬が記録を手助けすることもある。しかし、ここまでのところ馬名の重複はゼロ。つまり連続連対の記録はまだまだ伸びる余地を孕む。

そういう意味で、明後日のセントライト記念は目が離せない。コンビを組むのは、この記録の出発点でもあるゼーヴィント。果たして記録更新はなるのか。「セントライトも戸崎」と言ってたおじさんの馬券が当たりますように。

 

***** 2016/09/16 *****

 

 

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2016年9月15日 (木)

「宮内庁御用達」の謎

オーバルスプリントを見に行ったついでに、浦和駅近くに昨年オープンしたうどん店に立ち寄ってみた。

Dsc_4251 

駅を出て競馬場とは逆の方向に歩くこと3、4分。「うどん」と大書きされた看板が目に飛び込んできた。屋号は『澤村』。多少コントロールに難のありそうなイメージを受けるが、そんなことはさておき暖簾をくぐると、広くて清潔な店内には、ほのか小麦の甘い香りが漂っている。

券売機に「鴨汁うどん」の文字を見つけたので、他のメニューなどには目もくれずにそれを注文。席に座り、お冷やを一口。しかるのち、あらためて品書きを眺める。するとこんな記載を見つけた。

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宮内庁御用達の『越谷鴨』を使った逸品―――。そう明記されている。

「御用達」制度は、1891年に宮内省(当時)が「宮内省用達称標出願人取扱順序」という内規を定めたことに端を発する。その背景には日本の伝統文化や伝統技術の水準を維持という目的があった。商品の品質が優れていることはもちろん、宮内省への納入実績が一年以上あり、なおかつ勤勉、実直で、相応の資本力があることなど、それは厳しい審査基準があったとされる。もちろん一度認められても、納期遅延や不良品の発覚によって取り消される例もしばしばあった。

だが、戦後になるとこの御用達制度自体が自然消滅。したがって、現在において「宮内庁御用達」は存在しないのである。

それでも街を歩いていると、たまにこの6文字を見つけることはある。その理由は大きく分けて

①かつて正式に宮内庁御用達を認めらた老舗の名残り
②近年になって宮内庁と取引のあった業者が勝手に名乗っている
③宮内庁とはまったく関係ないのに名乗っている

のいずれかだ。①は仕方ない。②は店側の誤解の可能性もあるが、「御用達」目当てに一方的に品物を提供してくる業者もいるというからやっかいだ。③が論外なのは言うまでもない。

それにしてもこの「越谷鴨」に関しては分らないことが多過ぎる。そもそも「越谷鴨」というブランドの存在自体が怪しい。ブランドにしているなら越谷市や市の商工会が大々的にその名をアピールしているはず。宮内庁御用達ならなおさらであろう。しかし、手元のスマホでサッと検索してみたところ、それらしき情報はどこにも存在しない。よもや③ではあるまいな。

唯一思いつくのは、越谷市内の「宮内庁埼玉鴨場」の存在だ。鴨場は元荒川沿いに広がる総面積約11万㎡の広大な猟場で、皇族が海外からの賓客などを招いて接遇に使われる宮内庁の施設。普段からアヒルと合鴨が飼育されており、冬場には野生のマガモも飛来する。しかし、その肉は晩餐会などに供されることはあっても、市中のうどん屋に流通するものではない。百歩譲って、仮にそんなことがあったとしても、それを言うなら「宮内庁御用達」ではなく「宮内庁から調達」であろう。だが、いずれにせよ店側の勘違いという可能性は残る。野暮は言うまい。

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出てきた鴨汁は、ちょっと変わった一杯であった。鴨の脂が浮くほどの、濃厚かつしょっぱいツユを想像していたのだが、白く濁ったそれはまるで水炊きのスープのよう。鴨にしてはあっさりし過ぎているから、鴨らしさを期待する向きにはもの足りない恐れがある。ただし、全粒粉で打たれたうどんの風味は申し分ない。このうどんを出せるのなら、わざわざ宮内庁の助けなど借りる必要もあるまいに。店の雰囲気、およびスタッフの応対も素晴らしいの一言。こうなったら再訪して別のメニューを試さねばなるまい。次回は埼玉新聞杯栄冠賞だ。

 

***** 2016/09/15 *****

 

 

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2016年9月14日 (水)

競馬場の雌鹿

直線の急坂を迎えると、420キロの小柄な馬体が待ってましたとばかりに小気味よく弾んだ。

先週土曜に行われた中山の紫苑S。後方から徐々にポジションを上げた1番人気のビッシュは、絶好の手応えのまま直線先頭に立つと、瞬く間に2着ヴィブロスに2馬身半の差をつけた。弾むような高いフットワークは、まさに「Biches(=雌鹿)」の名にふさわしい。

Shikajump 

ただ、TVでそのレースを見ていた私が思ったのは、北海道で増殖を続けるエゾシカたちのことである。ここ数年は、北海道を訪れてシカを見ぬことはない。つい先日などは、新千歳空港のすぐ隣、国道38号線の路肩で草を食むシカの一団を見つけて、思わずハンドルを切り損ねそうになった。いずれ滑走路がシカだらけにならないかと余計な心配をしてしまう。「昔はこうではなかった」。北海道で生まれ育った牧場の人たちがそう言うのだから、私の感覚もあながち間違いではあるまい。

「学校の帰りに遠くの山の斜面にシカを見つけたことがあんのさ。近くで見たくてソーッと近づこうとするっしょ。したっけ、すぐに気付かれて、ピョーンって逃げてったんだわ」

それが今では、住宅の庭や学校の校庭にシカが堂々と出没しては黙々と草を食べ続けている。民家や校庭ならば怖い怖いハンターに狙われることもない。牧場の放牧地においても同様。シカたちは放牧開始と共に山から降りてきて、馬たちと一緒に牧草を食べる。しかも、放牧地の中でも良い草を選んで食べ漁るのだから腹立たしい。その光景は、一見すると大量の仔馬が放牧地に放たれているようだ。もとよりサラブレッドの毛色の50%は「鹿毛」。事実、シカと間違えて競走馬を誤射する事故も後を絶たない。

Shika1 

撃っても撃ってもキリがないから山から降りて来ないようにしてしまえ―――。シカ対策に頭を悩ますむかわ町は、町内全域で山ごとぐるりと柵で囲ってしまった。なんと全長400キロ。総事業費7億円の大事業と聞けば、たかがシカ対策にと驚くかもしれない。しかし現場はそこまで追い詰められている。シカを捕まえると貰える数千円の奨励金も増額される傾向にあるが、それでもシカの増加のペースには追い付かない。

Biches 

最近では「これ以上の増加を食い止めるには雌鹿を捕まえなければダメ」という声を聞くようになった。雌が減れば個体数は増えないという論理である。だが、紫苑Sではその“雌鹿”を誰も捕まえることができなかった。ちょいとばかり皮肉にも思えた決着は、その馬がまごうことなき「鹿毛」であり、しかも管理するのが「鹿戸」調教師だったせいもある。むろん、こちらの“雌鹿”はあくまでもウマ。その活躍は大目に見てやってほしい。

 

***** 2016/09/14 *****

 

 

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2016年9月13日 (火)

競馬場の鰹節

こちらはセイコーマートの「ホットシェフ」で売られている「ベーコンおかかおにぎり」。関東では馴染みがないが、北海道の方はご存じだと思う。美味しいですよね。

Onigiri 

北海道に行けば、ウニよりも、カニよりも、このおにぎりが楽しみで仕方ない私である。なにより、おかかとベーコンを組み合わせたその慧眼と勇気が素晴らしい。たかがおにぎりの具ひとつとはいえ、こうしたところに顧客満足度1位コンビニのポテンシャルが如実に表れている。

小学生の頃、鰹節を削るのが日課だった。若い方には何のことやら分かるまい。毎日、朝と夕方、ラジオを聴きながら台所の椅子に座って鰹節をカンナにかけ続けたのである。

昔はどの家にも鰹節削り用のカンナがあったはずなのだが、その姿を見かけなくなって久しい。カッ、カッ、カッという、あの小気味いい音もあまり聞かなくなった。最近の人は削りたての鰹節が醸し出すなんとも言えない良い香りと、旨味が凝縮したその味を知らぬのだろう。それはそれで気の毒な気がする。

鰹節を削るにはコツがいる。単に刃に向かって滑らせただけではまったく削れない。力を込めて下に押しつけながら滑らせるのだが、これが意外に力を要する。むろん刃を出してやれば簡単なのだが、それでは透けるような薄さにはならない。鰹節はとにかく薄く削らなければ良いダシが取れないのである。

Sobayosi 

 

日本橋の『そばよし』は、一見すると普通の立ち食い蕎麦屋だが、行列の絶えない人気店。その味はNHKのTV番組「ブラタモリ」でも取り上げられ、タモリさんの絶賛を浴びた。種を明かせば、この店の経営母体が鰹節専門問屋なのである。削りたての鰹節が為せる業。それが蕎麦の味を二倍にも三倍にも引き上げてくれる。ただし私はうどん贔屓なので、こちらを注文。うどんはご覧の“ひもかわ”だ。

Himo 

さらに、「おかかご飯」も外せない。サイドメニューでご飯を注文すれば、鰹節を削る工程で生まれる粉鰹がかけ放題になる。醤油の3、4滴垂らしてかき込むご飯のその旨いこと。これだけを注文する価値はあるが、残念ながらご飯だけの注文はご法度。お腹を空かせていこう。

Okaka 

「勝つ」に通じるカツオは古来より縁起の良い魚とされた。戦に勝つ魚として武士に好まれたことから、「勝魚」の当て字も残る。となれば、競馬場での必勝食はおかかのおにぎり以外あり得まい。いや、中京競馬場なら、鰹節たっぷりのきしめんという手もある。他に鰹節が目立つメニューはあっただろうか―――などと、ひもかわを啜りながら、競馬場のメニューに思いを巡らせているのだから、我ながらどうしようもない。

Tsuyu 

そういえば、最近「カツオブシ」という名前の競走馬を見たような気がする。アドマイヤコジーン産駒の牡の2歳馬。未勝利ながらひまわり賞を走って8着に入っていた。それにしてもよく馬名審査通ったな―――と思って調べると、馬名の意味は「鰹節」ではなく「鰹武士」とある。なんじゃそりゃ? 普通「カツオブシ」つったら、鰹節ですよねぇ。まあ、でも次に出てきたら、おかかのおにぎりを食べながら応援することにしよう。

 

***** 2016/09/13 *****

 

 

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2016年9月12日 (月)

男と女の戸塚記念

明日は川崎競馬場で戸塚記念が行われる。ダービー馬のバルダッサーレと、黒潮盃で牡馬を一蹴したミスミランダーの牡牝対決。バルダッサーレが休養明けであるのに対し、ミスミランダーの方は5月からずっと使い詰め。バルダッサーレ58キロに対し、ミスミランダー55キロ。そのあたりが馬券検討のポイントになりそうだ。

Atomic 

もともと牡馬が優勢のレースである。1998年はダービー馬アトミックサンダーが、東京プリンセス賞馬のホクトオーロラを抑えて優勝。2006年のダービー馬ビービートルネードに至っては、後続を8馬身差も千切り捨てた。ゴール前100mで勝利を確信した町田直希騎手の、そのド派手はガッツポーズは今も語り草になっている。この時の町田騎手が58キロだったことを思えば、今回バルダッサーレが勝ったところで何ら不思議はない。

Bb 

「牡馬優勢」の流れが変わったのは2010年。この年、関東オークス2着の実績を持つ牝馬ハーミアが、牡馬のビクトリースガに1馬身半の差を付けて1着ゴールを果たした。牝馬による戸塚記念制覇は実に15年ぶりのこと。しかも、その翌年から昨年までの5年間でも牝馬が3勝(牡馬2勝)と、牝馬優勢の流れは続いている。となれば、今年もミスミランダーがあっさり逃げ切ってしまうかもしれない。

Hamia 

2010年に何があったのか。いろいろなことはあったはずだが、川崎で言えばロジータ記念のS1昇格が挙げられる。秋に3歳牝馬のチャンピオンを決めよう―――。突然そういうことになった。ロジータ記念と同じコースで行われる戸塚記念は、そのステップレースとして申し分ない。3着までに入れば優先出走権も手に入る。結果、ロジータ記念を展望するような強い牝馬の参戦が増えた。気付けば、戸塚記念は「牡馬も出走可能なローズS」のようになりつつある。

となれば、戸塚記念を勝ってしまった牡馬は、いったいどこを目指すのだろう。ロジータ記念に相当するような3歳牡馬のSⅠレースは、今のところ用意されていない。女装してロジータ記念に出走する輩が現れやしないか。そんな心配もしたくなる。 

実は牡馬には水沢で行われるダービーグランプリの優先出走権が付与されるのだが、これまでのところ戸塚記念を勝ってダービーグランプリに臨んだ馬はいない。今年のJBCクラシックは戸塚記念と同じコースで行われるから、バルダッサーレなどはそこを睨んでの参戦なのだろうか。そうであってほしい。バルダッサーレが勝つにせよ、ミスミランダーが勝つにせよ、あるいはそのほかの馬が勝つにせよ、勝ち馬にはSⅡ優勝馬にふさわしい路線を求めたい。

 

***** 2016/09/12 *****

 

 

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2016年9月11日 (日)

季節はずれの鯉のぼり

7月3日の福島競馬場でのこと。この日行われたラジオNIKKEI賞での私の注目馬は、ダイワメジャー産駒のカープストリーマーだった。

Fukushima 

ニュージーランドトロフィーで11着に敗れて以来、3か月の休み明け。中谷雄太騎手騎乗でハンデは53キロ。とりたてて買える材料はない。実際、単勝オッズは14番人気に留まっている。だが、この前日の時点で、プロ野球ペナントレースは広島カープが2位に9.5ゲーム差の独走状態であった。この勢いに乗らぬ手はあるまい。ちなみにカープストリーマーとは「鯉のぼり」を意味する。

プロ野球のチーム名に似通った名前を持つ活躍馬はいっぱいいる。セ・リーグで思いつくまま挙げてみると、天皇賞馬スリージャイアンツを筆頭に、皐月賞2着のタイガーカフェや、ダービー2着のサニースワロー。今日のセントウルSで5着だったスノードラゴンも高松宮記念を勝ったGⅠ馬だ。「ベイスター」と名のつく馬で活躍馬はまだいないけど、昔のチーム名を許してもられば、真っ先にホエールキャプチャの名前が頭に浮かぶ。チーム名にせよ馬名にせよ、「強さ」をイメージしたネーミングであることは変わりない。タイガーやドラゴンの名を持つ活躍馬は他にもたくさんいるはずだ。

ところが「カープ」と名のつく活躍馬を探すのは難しい。実は、ズバリそのもの「カープ」という競走馬も過去にはいた。タヤスツヨシ産駒の牡馬で、栗東・目野厩舎から2009年にデビューを果たしたが、JRA所属としては未勝利に終わっている。ちなみに2009年の広島カープの成績は5位。今年デビューだったら、あるいは違った結果になっていたのだろうか。

むろん名前が似通っているからと言って、野球と競馬の結果がリンクするはずもない。そもそもスリージャイアンツという馬名にしても読売巨人軍とは無関係。オーナーブリーダーの西川幸男氏に加え、「インター」の冠名でお馴染みの松岡正雄氏と「コクサイ」の芦部照仁氏。大物馬主3名の共同所有だったから「スリージャイアンツ(3人の巨人)」である。

ちなみに、そのスリージャイアンツが秋の天皇賞を勝った1979年、プロ野球の読売ジャイアンツは5位に終わった。当時の長嶋監督は伊東で秋季キャンプを張り、若手の底上げを図る。これがいわゆる「地獄の伊東キャンプ」。一方この年、広島カープは記念すべき初優勝を果たしている。「江夏の21球」と呼ばれる名勝負の末に日本シリーズをも制し、大阪球場には歓喜の鯉のぼりが舞った。

Carp 

そんなことを思い出しつつ注目したラジオNIKKEI賞のカープストリーマーは、なんと大差のシンガリ負け。思わず故障を疑ったが、何事もなかったように検量に戻ってきた。どうやら気性の悪さが出てしまった模様。いやそれ以前に、7月は鯉のぼりの季節に遅すぎたのかもしれない。

それでも、季節はずれの鯉のぼりに期待してみたい思いは今なお残る。カープストリーマーは今月末の甲南特別で戦線に復帰するとのこと。25年ぶりのセ・リーグ優勝を決めた広島カープの、その疾風怒涛の勢いにあやかりたい。

 

***** 2016/09/11 *****

 

 

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2016年9月10日 (土)

あれから25年

プロ野球セ・リーグのペナント争いが早くも決着を見た。いやあ、広島カープ強かったですねぇ。球団関係者ならびにファンの方におかれましては、謹んでお祝い申し上げます。

思い起こせば6月の社台ツアーの車中、私の隣に座った釧路馬主が、「セ・リーグはホントに広島が逃げ切っちゃうかもなぁ」と呟いたのである。つまりその時はまだ半信半疑だった。向こう正面で早くも先頭に立ち、その差をぐんぐん広げていくような展開。競馬ファンなら、飛ばし過ぎを突っ込みたくもなる。なにせ昨年はBクラスのチーム。勝負どころはまだ先だろう。

しかし、それでも3位阪神との差は「ハナ」だったことを忘れていなかったか。楽に逃げる実力馬を捕まえるのは案外難しい。プリティキャストを彷彿とさせる逃げ脚は、気が付けば絶望的な差を生み出していた。結果大差のゴール。これほどアッサリ決着したペナントレースはあまり記憶にない。見せ場すら作れなかった他の5球団は猛省すべきであろう。

広島の優勝は1991年以来25年ぶり。前回の優勝を経験した選手はいない。なにせ91年と言えば大瀬良投手が生まれた年。中崎投手(92年生)や鈴木誠也選手(94年生)に至っては、まだ生まれてもいない。91年はそれだけ遠い昔となった。トウカイテイオーが無敗のままダービーを制し、メジロマックイーンが父子3代の天皇賞制覇を達成した記念すべき年。申し訳ないが、私の感慨は広島カープとは別のところにある。

91年といえば、トウカイテイオーやメジロマックイーンの活躍以外にも大きな出来事が競馬界に起きている。いったい何だかお分かりになるだろうか。

それは馬番連勝複式馬券の発売開始と、それに伴う単枠指定制度や友引制度の廃止である。前回広島優勝の年のスポーツ新聞紙面には「北別府完封!」とか「小早川猛打賞!」とかいう題字と並んで、「メジロマックイーン単枠指定」といった記事が掲載されていたわけだ。ともあれ、馬連開始を境に馬券の買い方は大きく変わった。それを思えば91年の当時は確かに隔世の思いを禁じ得ない。

さらに1991年の各種ランキングを振り返ってみるとこうなっている。

【サイアーランキング】
①ノーザンテースト
②トウショウボーイ
③モガミ
④マルゼンスキー
⑤ミルジョージ

【JRA騎手ランキング】
①岡部幸雄(128勝)
②武豊  (96勝)
③南井克己(88勝)
④増沢末夫(87勝)
⑤松永幹夫(79勝)

【オーナーランキング】
①社台レースホース
②松岡正雄
③トウショウ産業
④メジロ牧場
⑤メジロ商事

【生産牧場ランキング】
①社台ファーム
②シンボリ牧場
③荻伏牧場
④メジロ牧場
⑤西山牧場

こうして見ると、25年前はやはり立派な昔なのだと痛感する。馬券に限らず、競馬の光景は今とはずいぶん違っていたことになる。その中にあって、当時も今もトップに顔を出す武豊騎手と社台はやはり凄い。

さらに、この年から始まったことが二つあった。ひとつは進路妨害に伴う降着制度であり、もうひとつは単複馬券への馬名の印字である。それを踏まえて1991年の天皇賞(秋)で買ったこの馬券を見て欲しい。この当時から私の買う単勝馬券には、呪いがかけられていたのだろうか。だとすれば、広島優勝に合せて、この忌まわしき呪いも25年ぶりに解いてもらえないだろうか。

Baken 

 

***** 2016/09/10 *****

 

 

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2016年9月 9日 (金)

ナポうどんと池上競馬

東急池上線の蓮沼駅は池上線の中でも利用客がもっとも少ない駅だという。私自身、子供の頃から池上線にはお世話なっているが、利用したことは無かった。「蓮沼」の言葉が示す通り、昔は蓮の浮かぶ沼があちこちに点在していたらしい。

Hiroe 

駅のすぐそばに一軒のお蕎麦屋さんが暖簾を掲げている。屋号は『広栄屋』。一見どこの町にもありそうな、ごく普通の蕎麦屋だが、実はこんなメニューが一部のうどんマニアの話題を集めているのである。その名も「ナポリタンうどん定食」。

Menu 

そんで運ばれてきたのがこちら。

Napo 

その味は決して想像の域を超えるものではない。うどんでナポリタンを真似たらこうなるだろうな、という味。しかも「定食」というからには、ごはんと味噌汁がセットになってついてくるのである。名古屋の味噌煮込みうどんならまだしも、ナポリタンですよこれ。―――なんて文句を言いつつもしっかり完食した。だってこれを食べるためにわざわざ電車に乗ってやってきたんですからね。有体に言えばヒマなのである。

ヒマついでに店を出てぶらぶらと歩く。この周辺はかつてヌマもあったがウマもいた。店を出て5分も歩けば旧池上競馬場の跡地に出る。1906年(明治39年)に開設されながら、わずか3年で閉鎖された幻の競馬場だ。

かつてこの一帯は、500坪もの広さを誇る広大な競馬場の敷地だった。北側(現在の池上駅方面)に建設されたスタンドには貴賓席が設けられ、明治天皇の名代として臨場した伏見宮殿下が見守る中、現在の天皇賞の前身ともいえる帝室御賞典競走も行われている。

開催日には新橋から大森までの競馬臨時列車が運行したという。当時、池上線はまだ開通していない。そこで大森駅からは人力車の出番となった。大森駅からの道路が人力車で埋め尽くされたとの記録も残る。しかし、その熱狂があだとなり、やがて閉鎖に追い込まれるのだから、その運命はなんとも皮肉と言うほかはない。

池上競馬の成功は、全国各地への競馬場乱立という思わぬ事態を招く。中には見よう見まねの主催者もあったことだろう。そんな一部の粗悪な競馬場では、払い戻しの不正や八百長騒ぎが後を絶たず、暴動や犯罪の温床と化していった。やがて競馬に対する反対運動が高まると、政府は競馬場の数を制限するよう命じる。

池上も例外ではいられなかった。他の3つの競馬場と合併して、目黒への移転を余儀なくされたのである。熱狂の時代は瞬く間に過ぎ去った。今となっては当時の面影を残すものほとんどない。ただひとつ、住宅街に佇む小さな公園に据えられたこのレリーフのみだ。

Monument 

池上競馬は、日本人の手によって行われた初めての馬券発売を伴う洋式競馬である。主催する東京馬主会の会長は子爵・加納久宜。その補佐役を務めたのが「安田記念」にその名を残す安田伊左衛門。彼らの崇高な理念に基づく競馬は、まさにその後の日本競馬の模範たるものであった。そういう意味では、わずか3年間の命だったとはいえ、池上競馬の誕生は日本競馬史において期を画する出来事だったに違いない。

一方で、ナポリタンも日本人の手によって日本人の味覚に合わせて考案された洋式メニューである。ただ、さきほど私が食べたのは池上競馬の如き正統派のスパゲティ・ナポリタンとは言えまい。むしろ「見よう見まね」の方であったような気もする。でもまあ、その味を知っておいても、とりたてて損はなかろう。なぜか懐かしさを覚える味であった。

 

***** 2016/09/09 *****

 

 

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2016年9月 8日 (木)

ミストを浴びながら

船橋競馬場のパドックにこんなものが設置されている。

Fan 

扇風機?

Mist2 

いや、これは扇風機には違いないのだが、厳密には風に載せて微細な水の粒を噴射する「ミスト扇風機」。水が蒸発するときに周囲の熱を奪う気化熱の原理を利用して、通常の扇風機やエアコンでは得られない「自然な涼しさ」を実現することができる―――らしい。

夏の暑さ対策としてミスト装置を設置する厩舎は増加傾向にある。ちょっと前はエアコン完備の厩舎が話題になったが、昨今の電力事情がそれを許さなくなった。JRAではトレセン全体の消費電力量を制限しており、各厩舎の馬房全てにエアコンを設置することは難しい。エアコンの人工的な涼しさで、かえって馬が体調を崩すことを危惧する調教師もいる。そこで注目を集めたのがミスト装置というわけだ。

ミスト導入厩舎のスタッフに聞くと、立地的に風通しが良く、天井の高い建物ではミストの効果が高いという。逆に風通しに難があると、「むしろ蒸し暑く感じることもある」との声も。そもそも今日のように湿度が高い日は、気化熱の効果が期待できない。

ミスト扇風機には気温を2~3度下げる効果があるそうだが、少なくとも扇風機の真裏に立つ私に涼しさは感じられない。そこで、こっそり内側に回ってミストを浴びてみると、なるほど確かに涼く感じる。不思議と濡れるような感触もない。まあ、これはあくまでパドックを周回する馬と、そして厩務員を冷やすためのものであろう。

なにせ真夏のパドックは灼熱地獄。日中ともなればパドック内の気温は軽く40度を超える。日陰に入ることも許されず、人も馬も15分間歩き続けなければならない。

実際、パドックの裏側では熱中症騒ぎが頻繁に起きている。人が倒れるくらいだから、人より暑さに弱い馬が例外でいられるわけがない。レース前から炎天下にさらされて疲弊した馬同士で夏の競馬は行われている。「夏負けの馬を見抜け」は夏の馬券作戦の常套だが、全能力を発揮できないレース施行のシステムが、競馬の前提としてそもそもおかしい。

Fan2 

夏場に限って、パドックの周回時間を短縮させることはできないものだろうか。日本のパドック周回は海外に比べて長過ぎる。さもなくば、2台程度でお茶を濁すのではなく、ミスト扇風機をパドックに20台くらい設置するくらいの本気度が必要だろう。できることなら、そのうちの5台くらいは客席に向けてほしいところだ。

 

***** 2016/09/08 *****

 

 

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2016年9月 7日 (水)

【頑張れニッポン馬術⑤】馬場(パラ馬術)

「違う! そこから左って言ったでしょ!」

馬場の外から大きな声が飛ぶ。

「左……? ああ、そうやった……」

戸惑う声の主は宮路満英さん。リオパラリンピック障害者馬術(パラ馬術)の馬場馬術に出場が決まり、山梨県の乗馬施設で特訓を重ねる姿をTV画面は映し出していた。7月26日にNHKが放映した「ハートネットTV 2016 リオパラリンピック」のワンシーンだ。

Kingman 

宮路さんは元調教助手。かつて所属していた森秀行厩舎ではスターキングマンを担当し、レガシーワールド、シーキングザパール、シーキングザダイヤにも携わった腕利きだ。だが、2005年7月に脳卒中を発症。右半身が麻痺し、会話もままならない。手探りのまま始まったリハビリの日々。中でも最も大きな効果を得られたのは、やはり馬だった。

まずはポニーの散歩。そしてある日、乗馬の背中に乗ることを決心。そのときの映像を先ほどのTV番組は映し出している。馬の脇に立った宮路さん。しかし次に進めない。「まずカラダから!」。奥様の声が飛ぶ。「ああ」と言って、身体を馬の背中に預けると、なんとか右脚を反対側に回すことができた。

馬とリハビリを重ねるにつれ、さらなる意欲が湧いてきたという。それがパラ馬術の馬場馬術。パラ馬術といえど、演技の正確さと美しさが求められる点は通常の馬術と同じ。だが宮路さんは右手と右足が動かせない。両手を使っても難しい操作を、宮路さんはなんと左手一本でこなしてみせる。左手だけで手綱を操作しながら、同じく左手に持った長手綱で「右ムチ」を入れる技には、TVを見て思わず舌を巻いた。

とはいえ、私自身、パラ馬術を知らなかったわけではない。そのきっかけは常石勝義さんと高嶋活士さんの活躍。いっぱしの競馬ファンなら、この名前を聞いて「アッ」と思うはず。レース中の落馬が原因で脳に重い障害を負ってしまったふたりの元騎手は、4年後の東京パラリンピックを目指して今も練習に明け暮れている。昨年3月の国内大会では、二人揃って優勝の快挙も果たした。リオでの宮路さんの活躍が、二人にとって大きな励みになることは間違いあるまい。

宮路さんがもっとも頭を悩ますのは、脳の機能障害のせいで馬場馬術の経路を覚えるのに苦労すること。冒頭の「違う!」の声の主は、馬術の経路を指示するコマンダーとしてリオに同行する妻の裕美子さんだ。厳しくも温かいその声に、活躍を願わずはいられない。リオパラリンピックは日本時間の明日9月8日に開幕。馬術競技は11日から行われる。注目しよう。

 

***** 2016/09/07 *****

 

 

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2016年9月 6日 (火)

ストレスにまみれて

昨日のこと。久しぶりに訪れた船橋競馬場であまりの暑さに喘いでいたら、唐突に体がストンと落ちるような感覚に襲われた。

Funabashi 

馬券をハズした私が競馬場で悶絶したり、気絶したり、死んだりするのは珍しいことではない。加えて、リオ五輪期間中から昼夜逆転の生活が続いていたせいで、めまいや立ち眩みの類はもはや日常茶飯事である。思わず地面に両手を着くほどのよろけ方をしたが、私も周囲も「いつものこと」と、さして気にも留めなかった。

しかし、ひと晩経った今朝になっても体調がすぐれぬ。そればかりか右耳奥からの「キーン」という耳鳴りが鳴りやまない。それで心配になって、医者に診てもらうと「メニエール病かもしれない」と言う。

「激しいストレス、夜更かし、過度の飲酒。どれかに思い当たるところはありませんか?」

すべてに思い当たる―――とは言わなかったが、相手も返事を待っている様子はない。きっと察しはついているのだろう。医師はさらに続けた。

「めまいと耳鳴りは薬である程度抑えることができます。でも、根治するには原因を取り除くしかありませんよ」

簡単なことではない。大半の方は賛同いただけるのではないか。仕事のストレスを飲酒でごまかすために夜更かしが続くのであり、さらに夜更かしを強いられる仕事によるストレスが過度の飲酒を呼んでいるのである。この絶望的なスパイラルから抜け出す道など、もはやどこにもあるまい。しかし、それを医師に訴えてみたところで無駄であろう。

競馬場に行けば多少なりともストレス発散になるかと思いきや、ことによれば競馬さえもストレスになるのである。勝って欲しいと願う馬は2着ばかり。逆に、勝って欲しくない馬は遠慮なく勝ちまくる始末。調教師の悪口を言う馬主にこわばった笑顔で相槌を打ちつつ、ルールを知らぬ若いカメラマンに小言を言ったりもする。競馬場は無条件に楽しい場所というわけではない。

最近は競馬行けぬのがストレスだと思い込んでいたが、そうとも限らぬようだ。とはいえ、日々私を襲うストレスの総量を思えば、「競馬影響」なんて微々たるものであろうけど。

それにしても、このめまい止めのクスリのなんと苦いことか。今のところ、これがいちばんのストレスだぞ。

 

***** 2016/09/06 *****

 

 

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2016年9月 5日 (月)

駒競べ ~馬の晴れ姿~

昨日は朝から皇居へ出向いた。

Ohori 

念のために書いておくが、宮内庁に用があったわけではない。畏れ多くも皇室の御方々におかれてはなおさらである。三の丸尚蔵館で開催されている特別展「駒競べ~馬の晴れ姿~」。その最終日であることに気付いたのだ。

Koma 

天皇杯が授与されるスポーツは少なくないが、「天皇賞」は競馬だけ。競馬に携わる人のささやかな誇りでもある。ゆえに先般の「お気持ち表明」に際しては、TVの前で直立し、お言葉を拝聴した。皇太子時代に2回、天皇として2回、つごう4回に渡って東京競馬場にお見えになられた陛下への、それが最低限の礼儀だと感じたのである。

なにせ我が国における最初の競馬主催者は天皇にほかならない。しかもその起源は文武朝(697年8月22日~707年7月18日)にまで遡る。学校で習った大宝律令制定の当時と思えば、その歴史の深さに圧倒されやしないか。平安時代になれば、文献にも「天皇、皇后、競馬を覧給ふ」という記載が随所に登場する。神泉苑の競馬、仁和寺の競馬、賀茂の競馬、等々。時には都の大路でも臨時競馬が催されたという。

やがて近代競馬が始まると、明治天皇より「御賞典」が下賜されるようになった。天皇賞こそ最高の名誉と考える競馬人の気持ちは、この伝統に根ざしている。なにせ、当初は優勝しても賞金などは出なかった。

Lovelyday 

明治天皇は56回も競馬を御覧になった。当時の競馬は軍馬の資質向上という側面を持っていたにせよ、その回数の多さに驚かされる。―――と同時に、明治天皇の馬に対する愛情も伺えよう。根岸の競馬場への御行幸に際しては、沿道で手を振る庶民に絶えず笑顔でお応えになられたと、作家の吉川英治氏がのちに振り返っている。「少なくともその日のみは陛下も競馬ファンのひとりだった」。好きが高じて馬主になるほど筋金入りの競馬ファンである吉川氏がそう言うのなら、間違いはあるまい。

「駒競べ~馬の晴れ姿~」展で、明治天皇の御料馬「金華山号」の肖像写真を初めて見た。むろん館内撮影は禁じられているから、その姿をここに載せるわけにはいかない。そこはご了承いただきたい。

金華山号は明治2年の生まれである。当然ながら、写真を撮るのにポケットからスマホを取り出して、「はい、チーズ」―――という時代ではない。当時、写真を撮られるには、相当長い時間ジッとして動かぬことが求められた。人間でも辛いそんな行為を、金華山号はこなしていたことになる。その冷静沈着ぶりから「大砲の轟きにも動じなかった」という逸話の残る金華山号だが、この写真の存在自体が、そんな名馬のエピソードを裏書きしているように思えてならない。

 

***** 2016/09/05 *****

 

 

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2016年9月 4日 (日)

ヒサヨシのオークス

昨日の続き。

1939年のオークスで大差の1位入線を果たしたヒサヨシは、驚くことにこのレースが初出走だった。

だがしかし、レース後の薬物検査でアルコールの反応が出てしまう。ヒサヨシは失格。大差2着のホシホマレが繰り上がりで優勝を拾った。ちなみに、この2頭はいずれも名義上は大久保房松調教師の管理馬であるが、実際に調教を課していたのはシンザンでお馴染みの武田文吾調教師である。武田師はこの裁定に納得しなかった。当時の薬物検査が、現在のように完璧なものではなかったせいもある。

もちろん日本競馬会(現JRA)が武田師の抗議を認めるはずがない。当時の検査方法は帝国大学の田中博士が提唱したもので、「田中式」と呼ばれていた。競馬会は「田中式では興奮剤(アルコール)を使っていない馬からの反応はありえない」の一点張りである。その田中式による検査は、なんとこの秋の開催だけで19頭もの1着馬を「失格」と断罪していた。昨日書いた北京五輪ドーピング再検査による失格続出どころの騒ぎではない。

田中式そのものに疑問を抱いていた武田師は、ヒサヨシの名誉回復のために執念を燃やす。自ら大阪大学薬理学教室の今泉助手らの指導を受け、田中式の非合理性を証明する実験に成功。実験結果を農林省馬政局に提出した。

馬政局は渋々検証実験を行う。1か月間厳重に隔離した競走馬20頭で模擬レースを行い、しかるのち田中式による薬物検査を行った。するとあろうことか、数頭が陽性反応を示したのである。この馬たちがアルコールを投与される機会などあり得なかったはず。おかしい。いったいどういうことだ? 実は、田中式では馬房の汚れや正常な飼い葉に対しても反応を示してしまうことが、のちに明らかになる。

ヒサヨシのオークスから2年が経った1941年、農林省馬政局と日本競馬会は田中式の撤廃を発表。武田師の執念はついに実った。だが、それでヒサヨシのオークスの失格が取り消されたわけではない。

Turf 

古馬となってからのヒサヨシは、屈腱炎を抱えながら7戦するも2着が精一杯だった。記録上は「未勝利」のまま競走生活に別れを告げている。オークスでの失格が、彼女の運命を狂わせてしまったことは間違いなかろう。デビュー戦でクラシック楽勝という大記録が埋もれてしまったのは、現代では再現が不可能だけに、残念というほかはない。

 

***** 2016/09/04 *****

 

 

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2016年9月 3日 (土)

ホシホマレのオークス

リオ五輪は既に幕を閉じたが、北京五輪に対してのドーピング再検査によるメダル剥奪騒動は、ここへきてむしろ激しさを増した感がある。一昨日も北京の女子円盤投げで銀メダルを獲得したヤレリス・バリオス選手を含む2人の違反が判明。IOCは両選手の失格処分を発表した。その前日 にも6人の失格が発表されたばかり。先月からいったい何人の選手が失格となったのだろうか。もはや数えてもいられない。

そういえば、北京の陸上男子400mリレーで優勝したジャマイカチームのネスタ・カーター選手が、6月頃に実施された再検査で薬物陽性反応を示した問題は、その後どうなったのだろう? 仮に失格となればジャマイカチームの金メダルは剥奪されるから、同じリレーチームだったウサイン・ボルト選手の「3連続3冠」の偉業は消えるし、その北京で3位だった日本のリレーチームは順位がひとつ繰り上がって、銀メダルを獲得することになる。そうなるとリオの感動も薄らいじゃいますよね。

五輪であれ、競馬であれ、失格による着順変更は興ざめだ。金メダリストや優勝馬が変わるとなればなおさらである。

1939年に行われた第2回オークスの公式記録には、優勝馬ホシホマレの勝ちタイムが記載されていない。なぜか。実際の1位入線はヒサヨシである。ホシホマレは「大差」の2着だった。しかしレース後にヒサヨシから禁止薬物の反応が出たことから、後日ヒサヨシは失格処分となる。結果、大差で敗れたはずのホシホマレが、繰り上がりで優勝馬となったからだ。

Oaks 

当時3歳秋の阪神2700mで行われていたオークスに、今日のような重みがはなかった。そのせいもあってか、この第2回オークスのレベルは語り草になっている。繰り上がりで優勝を拾ったホシホマレの成績は、オークス出走時点で11戦1勝。それも10連敗中である。それでも2番人気に押されたのだから、他は推して知るべし。晴れてオークス馬となったホシホマレがその後21連敗と勝てなかったのも、そんな事情を知れば納得がいく。18連敗目となった福島での一戦では、ついに単勝無投票という事態を招いた。クラシックホースの単勝が1枚も売れなかったことなど、後にも先にも例がない。繰り上がり優勝の悲哀が垣間見える。

ところで、8年も前に行われた五輪とはいえ、いったん失格が確定すれば、獲得したメダルは返還しなければならない。もちろん「メダリスト」の称号も失う。競馬とて同じこと。禁止薬物のようにレースから数日が経ってから失格の処分が下された場合でも、馬主は受け取った賞金や賞品を主催者にお返ししなければならない。

それにしても、現金ならともかく、賞品が食べ物だったりした場合はどうするんだろ? 「A5ランク和牛ステーキ肉10キロ」みたいな賞品もありますからね。「もう食べちゃったよ!」では済まされまい。ちなみに、馬券を購入したファンが払戻金の返還を求められることはないので、ご安心を。

 

***** 2016/09/03 *****

 

 

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2016年9月 2日 (金)

秋の札幌

札幌2歳ステークスの撮影のため、毎年秋になると札幌に足を運んでいた時期がある。秋の札幌開催が行われていた当時、札幌2歳Sは9月末か10月初めの実施だった。メインたる中山、阪神に加え、日本馬の凱旋門賞遠征が重なれば、カメラマン不足は避けられない。そこでヒマそうな私に声が掛かったのであろう。

Admire 

秋の札幌はパラダイスである。

観光客は減り、飛行機代は割安となり、しかも食べ物は日を追うごとに美味くなる。寒さに震えるにはまだ早く、残暑の東京から一気に秋のど真ん中に飛び込む爽快さは、この季節限定のちょっとした贅沢でもあった。

ところが今ではそんな声がかかることもないし、そもそも秋の札幌開催自体がない。秋の札幌を満喫する機会は完全に失われてしまった。東京の残暑に焼かれつつ京橋から銀座に向かって路地裏をトボトボ歩いていると、目に飛び込んできたのはド派手な黄色い看板。2階のガラス窓には『スープカリー専門店・札幌DOMINICA』とある。

Dominica1 

札幌に行けないのなら、せめて腹一杯になるまで鮨でも食ってやりたい。だが、一向に出走の気配すら見せない愛馬の飼い葉代もままならない経済事情ではそれも無理。それでも、スープカレーくらい食べてもバチは当たらないんじゃないか―――。

そんな控え目な思いが功を奏してか、スープカレーそのものは望外の旨さであった。どっしりとした豚骨ベースのスープと様々なスパイスが見事に調和したカレーに、ゴロゴロと投入された素材の味が溶け込んで、何とも言えぬまろやかなコクを生み出している。一気に私の心は秋の札幌に飛んだ。

Dominica2 

聞けば、札幌の有名店『ドミニカ』からの暖簾分け店だそうである。私の心はサトウカエデが色づく大通公園を歩き、市電の軌道をまたいで、東急ハンズ札幌店の裏手にある同店にまでついに辿り着いた。大きな木彫り象が迎える独特の店構えであったと記憶する。

スープカレーが北海道で人気となった理由については諸説あるが、スープカレーの魅力の一つである丸ごと入っているジャガイモ、タマネギ、ニンジンは、北海道の代表的な農産物であり、それら新鮮な食材を美味しく食べようとした当然の帰結であるとする説が有力である。さらに、札幌には元々普通のカレー店が少なく、スープカレーをきっかけにカレー店が急増したとも言われる。

Namura 

満腹になって店を出た。WINS銀座は目と鼻の先である。ここで札幌2歳Sの馬券を買うことができれば、「疑似札幌遠征」と呼べるのかもしれないが、残念ながら1日早い。しかし、仮に馬券を買うことができたとしても、それでは私の知る「秋の札幌」の神髄にはまるで届かないんだろうな。名物食って馬券を買うだけでは飽きたらぬ何かに触れるために出かける。それこそが旅打ちなのであろう。

 

***** 2016/09/02 *****

 

 

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2016年9月 1日 (木)

我慢の結実

1996年の新潟記念は、32回目にして初めて新潟競馬場以外で実施された。

新潟競馬場の改修工事に伴い、中山の2000mに移して行われた新潟記念に臨むのは、3歳から8歳まで6世代の11頭。その中には前年のエリザベス女王杯の覇者サクラキャンドルの名前もあった。GⅠホースの新潟記念参戦は珍しい。「中山の新潟記念」ならではの光景であろう。ところが、そんなサクラキャンドルを尻目にまんまと逃げ切ったのは、6歳にして初めての重賞に挑んだトウカイタローだった。

Taro 

「6歳夏にして初めての重賞挑戦」と聞けば、キャリア豊富な叩き上げのベテランが歴戦の末にようやく掴んだタイトル―――というイメージを抱くかもしれない。

だが、意外にも彼にとってはこれがまだ通算10戦目の競馬だった。2歳11月にデビューを果たしながら、三度に及ぶ骨折で計3年5か月を棒に振っている。それでも重賞タイトルを獲得するまで大成したその背景には、管理する松元省一調教師の我慢強さがあったことは想像に難しくない。そういう意味では、この勝利は陣営の「我慢」の結実だった。

なにせ、有馬記念で1年ぶりの実戦となるトウカイテイオーを見事復活させたばかりでなく、3歳秋まで未出走だったフラワーパークを、諦めて繁殖に上げずにGⅠ2勝の名牝に仕立ててみせた名トレーナーである。トウカイタローにしても然り。相次ぐ骨折に見舞われながらも、その素質を信じていた調教師の「心」は決して折れることはなかった。

実際、新潟記念のトウカイタローは、サクラキャンドルらを押さえて1番人気に推された。内村オーナー、松元省師、田原騎手、そして舞台は中山競馬場。誰もがトウカイテイオーの有馬記念を思わせるシチュエーションではある。だが、それだけではあるまい。多くのファンは関係者の「我慢」を知っていた。だからこそ、条件馬に過ぎないトウカイタローを1番人気に押し上げたのであろう。つくづく日本の競馬ファンの慧眼は素晴らしい。

この翌年から新潟記念はワンターンの左回りコースへと大きく変貌を遂げるが、逃げ切り勝ちの記録はトウカイタロー以来記録されていない。どれだけ楽なペースで逃げても、658mの直線が逃げ切りを阻む。今年のマイネルミラノは直線でどれだけ我慢ができるだろうか。ここでも我慢がモノを言う。天災と逃げ馬は、忘れた頃にやって来るものだ。

(※年齢は現表記にて記述)

 

***** 2016/09/01 *****

 

 

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