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2016年8月16日 (火)

負けるが勝ち

「もったいない同国対決は、無気力試合の余波―――」

今日付けの日刊スポーツが、リオ五輪女子バドミントン・シングルス準々決勝で日本人選手同士が対戦することになった経緯を、そんな見出しで報じている。ロンドン五輪までは、同一国の選手は決勝トーナメントで別のヤマになるように配慮されていたというのだ。

「無気力試合」は、そのロンドン五輪で繰り広げられた。同国対決を避けたい中国、韓国のペアが1次リーグ最終戦で意図的なミスを繰り返したのである。続く別の韓国ペアとインドネシアのペアによる試合も互いに安易な失点を繰り返した。あの時のような意図的な対戦相手操作を繰り返さないため、今大会から決勝トーナメントの抽選がランダムになった経緯がある。

ロンドン五輪で故意の負けを狙って前代未聞の試合を展開した4ペア8選手には失格の処分が下された。その一方で、サッカーの国際大会では、決勝トーナメントの対戦相手を有利にするために、監督が公然と「引き分け狙い」を指示することは日常茶飯事。それで失格処分になったという話も聞いたことがない。

競馬ではどうか。あまり知られていないが、競馬の騎手や調教師は競馬法に定められた「みなし公務員」である。ひとたび八百長が発覚すれば、関与者は失格どころの処分では済まない。ただちに警察の出番となり一生を棒に振る。

ただ、競馬で言う「八百長」には贈収賄があることが前提となる。すなわち、金品を受け取ることなく、ある程度負けを見越して勝負に臨むことへの咎めは緩い―――というか、あまりない。

「調教代わり」とか「たたき台」などという名目の下に人気馬がレースに負けることは、競馬場では見慣れた光景であろう。狙ったレースを前にして、馬の力をセーブして戦うのは当然のこと。ハンデ戦を見越した戦略的敗戦もあれば、「次走はオーナーの地元の競馬場を使う予定だから今日のところは勝たないようにしよう」というケースだってある。真剣勝負を期待して見ていた人の中には「騙された」という被害感情を抱くこともあるかもしれないが、そこまで読むのが競馬だという意見の方が、おそらく大勢を占めるはずだ。

Dirt 

バドミントンの大量失格や、サッカーの引き分け狙いは、見る者に衝撃を与えるかもしれない。だが、大会ルールをひと目読めば、そのような事態が起き得ることは誰にも想像できるはず。スポーツ精神に反する光景が繰り返された背景には、弱小国の選手が1回戦で敗退するするような事態を避けたい競技団体の思惑が見え隠れする。競技の普及と露出を図るためには、完全なトーナメント方式ではなく予選をリーグ戦にした方が効果が大きい。バドミントンでは、ロンドン五輪で初めて予選リーグ制を導入したのだが、結果としてそれが裏目に出た。

プロ選手の参加が当然となった現代の五輪では、勝利至上主義がどんどんエスカレートしつつある。勝つためには手段は選ばない。柔道の試合を見ていて、そんなストレスを感じた方も少なくあるまい。

今後もそういう光景は繰り返されるだろう。だが、もともとオリンピックがスポーツマン精神に貫かれていたわけではない。オリーブの冠のために闘ったとされるギリシャの古代五輪にしても、勝者には莫大な富が約束され、ために不正が絶えなかった。程度の差こそあれ、2000年の時を越えてなお同じジレンマに五輪は悩まされ続けていることになる。

 

***** 2016/08/16 *****

 

 

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