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2016年8月 2日 (火)

馬には乗ってみよ

朝早くに日高を出て、高速を銭函まで飛ばした。目的地は春香ホースランチ。こちらでは自然の変化に富んだコースで乗馬トレッキングを楽しむことができる。今日の私の相棒はオリーブ君。牛のようなブチ模様のベテランだ。

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「馬には乗ってみよ―――」

こんな言葉を聞いたことがあるだろうか。本来は「人には添うてみよ」とセットにして、「深く付き合ってみなければ人間同士お互いの相性は分かりませんよ」という意味のことわざ。だが、私は文字通り「馬に乗ってみなければ、馬のことは分かりませんよ」と捉えている。一日中馬を見ていても気づかなかったことが、パッと乗っただけで分かったという経験がこれまでに何度あったことか。だから「馬には乗ってみよ」なのである。

手綱から伝わる感触。常歩や速歩のリズム。これらは、何度も繰り返し目で見たところで、その違いを分かるのは難しい。それで話は昨日の続きになる。見ているのに、見えてない。ならば身体でその違いを感じれば良い。「見る」というのは、なにも眼だけに頼る行為ではない。

例えば「折り合いを欠く」という言葉がある。競馬をやっていれば誰もが耳にしたことがあるに違いない。おそらく「負けた騎手の言い訳ランキング」でトップを争うほどのメジャーな言葉であろう。

だが、実際に折り合いを欠くということはどういうことか。競馬場やTVの画面を通じて、それが本当に「見えて」いる人は実は案外少ない。たいていは「騎手が立ち上がるように手綱を引っ張っている」とか「馬が頚を上げて反抗している」姿。あるいは逆に「騎手が手綱をしごいているのに馬が進んで行こうとしない」という姿を見て、多くの人は「折り合いを欠いている」と判断するのではあるまいか。

それらは結果的に正しいケースもあるかもしれないが、騎手に言わせると全く違う。彼らによれば、手綱を引っ張っていても折り合っていることもあるし、逆に手綱も拳もピタリと静止しているのに、騎手と馬がケンカしていることもあるという。じゃあ、実際にどういう状況なのか? そう聞くと彼らは決まってこのように言う。「馬に乗らなきゃ分かりませんよ」。だから私はこうして馬に乗っている。

クマ笹やエゾカンゾウなどの下草が茂る林を進むと、木々の間が明るくなり、眼下に日本海が広がった。しばらく馬の足を止め、馬上で海風を受ける。これほどの爽快感はなかなか味わえまい。

すると突然背後でからガサガサという音が聞こえた。馬にも我々にも緊張が走る。まさかクマ―――?

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恐る恐る見つめる先から顔を出したのは2頭のエゾシカ。ふぅ。一同安堵の息をつく。馬も平静を取り戻したようだ。その気持ちの変が手綱を通して伝わって来るのが分かる。ああ、このことか。騎手の言う「折り合い」のことが、少しだけ掴めたような気がした。

 

***** 2016/08/02 by SP *****

 

 

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コメント

店主様
昨日はブチ柄君とのランデブーお疲れ様でございました。ご多忙の最中、昼飯処のアドバイスに感謝・感激でございます*\(^o^)/*イクタさんがお休みに入る前に行かれたようで少し嫉妬 (笑)
しかし…セイコーマートのデカおにぎりが実にリアルに美味しそう(°_°)先ずはおにぎり食べて→静内に向かって→己の腹と折り合い付けながらご紹介頂いた店舗にいざ行かん。ありがとうございます。

投稿: すかどん | 2016年8月 3日 (水) 00時14分

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