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2016年8月 1日 (月)

見ているのに見えてない

梅雨が明けた途端に灼熱地獄と化した東京を逃げ出して日高の牧場に来ている。写真はクロフネの当歳馬。生まれて4か月ほどで、もうこんなに白くなっている。

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昔のように朝から晩まで子馬をレンズで追っかけ回すことはしない。トシのせいもある。その代わりオノレの眼で馬を見る時間を増やした。1日ずっと馬を見てるだけ。いいトシしたおっさんが、いったい何をやっているのか。

よほど暇なんだなあ―――。

周囲は笑うかもしれない。 私が見ているのは今年生まれの当歳馬たち5~6頭。同じ馬を6月に見たはずだが、その時よりもずいぶんと大きくなっている。とはいえ、それでも子馬には違いない。端的に言えばカワイイ。それ以外の感想はなかなか湧いてこない。これをひと目見ただけで億単位のカネをつぎ込む人たちがいる。凄い。私には到底できない。

飽きずに見ていると、ふと気が付くことがある。あいつが歩く時の前脚の出し方は、他のヤツとちょっと違うんじゃないか。

それでさらにジッと見ていると、立ち止まった時の前脚の角度からして違うような気がしてきた。いや、明らかに違う。なぜ今まで気が付かなかったのか。

モノを「見る」、あるいはモノが「見える」という言葉は、つまりこういう意味を含んでいる。私が近視の上に老眼で、しかも緑内障を患っているとはいえ、それでも私の目に馬は「見えて」いる。四本脚で、栗毛で、額に星があって、左後一白で……と言う具合に。しかし、それだけでは本来の「見える」の意味に足りてはいない。「違いがわかる」ことこそが重要なのである。

写真を撮っていた時はそんなこと気にも留めなかった。レンズを通してちゃんと見ているようで、その実は見えていないのである。光の当たり方とか、フレーミングとか、背景とか、余計なことを考え過ぎているせいかもしれない。

「見る目がある」と書けば、言わんとするところが分かってもらえるだろうか。むろん「見る目」には知識も必要となる。が、それより先に違いが見えてこなければ始まらない。それがあって、初めて能書きが始まる。相馬眼はその最たるもの。みな同じものを見ているはずなのに、違いに気付く人だけが億のカネを子馬につぎ込むことができる。

見ているのに、見えてない―――。

パドックでの馬体観察なども、実はこれが日常なのではないか。それでも、今日の私のように時間をかけて見ていれば違いに気づくことも稀にある。これは「発見」にほかならない。そう思えば、発見という事象は極めて個人的であることがわかる。違いに気づく前の自分が、違いに気付いた自分に変わった。体現できるのは自分だけですからね。そこに他人が介在する必要はない。

それにしても、五十歳を目前にして今さら「自分が変わる」ことなど、そうそうあることではあるまい。だから飽くことなく馬を眺めていられるのであろう。でも、眺めているだけではさすがにもったいないから、明日は乗ってみることにしようか。

 

***** 2016/08/01 by SP *****

 

 

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コメント

牧場巡りのお昼なら、使い勝手優先ではないでしょうか。門別のいずみ食堂。静内のあま屋。あたりですかね。
私は昼間は時間が惜しいので、お昼はセイコーマートのおにぎりが多いですが、そのぶん夜にしっかり食べます。昨夜はイクタでした(^^;

投稿: 店主 | 2016年8月 2日 (火) 06時07分

店主様
日高の旅お疲れ様でございます。
毎夜コメントする無礼をお許しください。東京は今日・明日は大気が不安定で今朝も豪雨に見舞われる始末。釈迦に説法ではございますが、馬乗り足もとにお気をつけて楽しんでくださいませ。
さて、正午頃に以前店主様がご紹介されていたプラジュドゥールイクタさんに電話し営業日を確認したところ、8/8(月)〜月内いっぱい夏季休業とのこと。実は来週から鵡川〜浦河エリアに訪問予定だったのでランチに行こうとしてました。無念。店主様オススメの昼飯処がございましたらお手隙の折にコメントくださいませ。宜しくお願い申し上げますm(__)m

投稿: すかどん | 2016年8月 1日 (月) 23時47分

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