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2016年8月 7日 (日)

【頑張れニッポン馬術④】近代五種

五輪開幕に先立って馬術競技3種目の紹介をしたのに、同じく馬が登場する競技「近代五種」の話が抜けていた。たいへん失礼しました。日本からは岩元勝平選手、三口智也選手、そして朝長なつ美選手の男女あわせて3名が出場予定。朝長なつ美選手は、今年2月に行われたW杯エジプト大会で、日本勢最高の6位入賞を果たしており、メダルへの期待も高い。

フェンシング、水泳、射撃、ランニング、そして馬術(クロスカントリー)という異種五競技の総合成績を競うタフな競技で、欧州では「キングオブスポーツ」の異名を持つ。ナポレオンの当時のフランス軍将校が馬に跨り銃と剣で戦い、川を泳ぎ、丘を走って自軍に戻ったという故事をもとに競技化され、男子は1912年ストックホルム大会から、女子は2000年シドニー大会から競技採用された。

この競技、勝敗のカギを握るのはウマである。

馬術とは異なり、近代五種の騎乗馬は抽選で割り当てられるため、馬の当たり外れがもたらす大逆転も珍しくはない。かつてソウル五輪に日本代表として出場した泉川寛晃選手に割り当てられた馬は、目も当てられぬほどの“ハズレ”だった。落馬を繰り返した挙げ句に放馬。逃げ回る馬を追いかけているうちにタイムオーバーとなり、無得点に終わったのである。過酷な競技の最後に、こんな結末が待っているというのは何とも切ないが、こればかりは自分の力ではどうにもならない。

競技用の馬は五輪開催都市が責任をもって調達しなければならない。だが、軍隊の騎馬隊すら縮小傾向にある昨今では、簡単ではないようだ。欧米ならまだしも、半世紀前の東京の苦悩はいかほどであっただろうか。市民に乗馬の習慣などこれっぽっちもなく、かといって頼みの軍隊ももはやない。実際、前回の東京五輪では「馬の調達ができない」という理由から、近代五種を五輪競技から除外するようIOCに願い出るという一幕もあった。

この願い出は欧州の猛反対で却下されるのだが、無い馬は集められない。そこで、本来なら禁止されているはずの競走馬の使用許可をどうにか取り付け、五輪開幕の1年前になって慌ただしく馬集めが始まった。

ところが、馬の購入資金に充てられた予算はわずか2000万円。競技に必要な80頭を揃えるとなると、一頭あたり25万円である。日本ダービーの1着賞金が1000万円の当時のこと。競走馬も今よりは安いとはいえ、それでも数百万の値はついた。そこでやむなくターゲットを地方競馬に絞り、脚部不安で歩くのもままならないような馬や、人も乗せられぬような気性難の馬などを含め、どうにか80頭を確保したのである。

とはいえ、競走馬をわずか1年で五輪級の馬術用馬に転向させるのは、並大抵の苦労ではない。というか、80頭もいれば実質的に不可能である。実際に馬の訓練にあたったのは、大井競馬の騎手候補生だった。やはりそこは東京都の五輪。中央競馬に手を借りるわけにはいかなかったのであろう。

地べたに置いただけのバーを跨ぐことから教えはじめ、暴れる馬と格闘し、数多の負傷者を出しながら、それでもなんとか馬を仕上げて近代五種競技を無事成功させた騎手候補生たちの労苦は、あまり知られていない。来月、大井で行われる重賞「東京記念」は、もとは「東京オリンピック記念」の名で行われていた。あれから約半世紀。東京五輪を陰で支えた見習い騎手たちの功績に思いを寄せながら、近代五種競技や来月の東京記念を見るのも悪くなさそうだ。

Tokyokinen 

 

***** 2016/08/07 *****

 

 

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