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2016年8月31日 (水)

ダービー馬のアフター5

今日行われたアフター5スター賞にインサイドザパークが出走していた。

Inside 

ご存じ2013年のダービー馬。のちにダービーグランプリを圧勝するジェネラルグラントや、現南関東最強マイラーのソルテを、大外から並ぶ間もなく抜き去ったあの脚は今も記憶に鮮明に残る。しかし、そのダービー以後は22連敗。なかなか勝利を掴むことができない。しかもここ2戦は2桁着順が続いている。そんな馬が初めてスプリント重賞に登場するというのだから、興味を抱かぬわけにはいかない。

Derby 

ダービー馬がアフター5スター賞を勝った例はある。1997年の優勝馬・サプライズパワーは、ダービーを勝った次走にここを選び、並み居る古馬を相手にしなかった。だが、当時のアフター5スター賞は1800m戦。ダービー馬の出走にいちいち驚く必要はない。それがスプリント戦になったのは2003年のこと。あれから既に13年が経過しているが、よもやインサイドパークの関係者は、未だに1800mで行われているものと勘違いしているのではあるまいな。なにせ、ついこないだまでダイオライト記念に出走していた馬である。1200mはいかにも忙しい。

1200mのアフター5スター賞に出走したダービー馬ということであれば、2009年のシーチャリオットの例が挙げられる。2005年の羽田盃と東京ダービーを圧倒的な強さで制した2冠馬。だが、彼もダービー以降は14連敗の泥沼に嵌っていた。「(スプリント戦の激しい流れで)馬に刺激を与えたい」という陣営はアフター5スター賞に出走に踏み切るが、まったく良いところのないまま11着と敗れる。1200mになってからのアフター5スター賞を勝ったダービー馬はいないのである。

しかしちょいと詳しいファンなら、こんな思いを抱くかもしれない。

イナリトウザイの成績がそれに近いのでは―――?

イナリトウザイはアラブの女傑。大井のアラブダービーを楽勝して、次の目標をアラブ3冠レース最後のアラブ王冠賞に定めた。だが、他の有力馬がこぞって回避したため出走申込みが4頭しか集まらない。結果、クラシックレースの不成立という異例の事態を引き起こす。

目標のレースを失ったイナリトウザイは、やむなく東京盃に矛先を向けた。2000m戦を予定していながら突然の1200m戦。しかも、アラブの3歳馬相手のはずがサラブレッド古馬相手。そんな不利をものともせず、イナリトウザイは後続に2馬身半という決定的な差をつけて楽勝する。しかもその勝ち時計1分10秒5は、大井のみならず、JRAを含めた当時の日本レコードだった。

イナリトウザイの快走から42年。ダービー馬の看板を背負って大井の1200mに挑んだインサイドパークだが、例によって後方からレースを進め、直線ではわずかに差を詰めたものの8着に終わった。さすがに現代の競馬はそう甘くはない。

インサイドザパーク陣営にしても、馬に刺激を与えたいという思惑があっての参戦だろうから、着順そのものは気にするまい。問題は本当に刺激を受けたかどうか。その一点に尽きる。なにせ栄光のダービー馬。負けるにしても負け方というのがあろう。思えばシーチャリオットにしても、あのアフター5スター賞が現役最後のレースであった。

 

***** 2016/08/31 *****

 

 

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2016年8月30日 (火)

【訃報】ウィナーズサークル

1989年の日本ダービーを勝ったウィナーズサークルの訃報が伝えられた。日本ダービー史上唯一の芦毛馬であり、また唯一の茨城産馬。「オグリキャップの世代のダービー馬」と紹介した方が分かりやすいという方もいらっしゃるだろうか。晩年は茨城県内にある東京大学大学院農学生命科学研究科附属牧場で暮らしていた。それにしても30歳である。私もトシを取るわけだ。

1986年に今の茨城県稲敷市にある栗山牧場で生まれ、3年後のダービーで同期約1万頭の頂点に立った。2冠を狙った菊花賞で骨折を発症すると、北海道の本桐牧場で種牡馬入り。だが、産駒は思うように活躍せず、2000年には生まれ故郷の栗山牧場に引き取られることになる。

ちょうどその頃、茨城県内で新しい種牡馬を探していた東大牧場から、譲って欲しいとの話が舞い込んだ。

「東大は人間でもなかなか入れない。ダービー優勝に次ぐ栄誉」

そう考えた栗山牧場も申し出を快諾。こうしてウィナーズサークルは、再び種牡馬としての道を歩き始めた。

軽種馬生産地としてはマイナーな茨城では、種付けの相手が思うように集まらず産駒ゼロ世代があるのもやむを得ない。それでも、かつて覇を競った同期のライバルたちが死亡したり、あるいは養老牧場で余生を過ごすような時代になってなおウィナーズサークルは、細々ではあるが種牡馬生活を貫いていた。2007年を最後に種付けの記録はなかったが、それでも最後まで種牡馬であったことに違いはない。東大牧場で学ぶ獣医師のタマゴたちにとっては、生きた教材として不可欠の存在であったことだろう。検温にせよ採血にせよダービー馬にじかに触れることは、そうそうできることではない。

かつて、芦毛馬は先天的に能力が劣ると信じられていた。リボーやネアルコを生産したフェデリコ・テシオは「芦毛は徐々に身体が白くなる進行性の病気だ」と唱え、我が国でも「芦毛馬はダービーを勝てない」と言われていた。ウィナーズサークルの前年まで、通算55回のダービーで芦毛馬の優勝はゼロ。そのせいで芦毛馬がいわれのない差別を受けていた時代がある。

むろん今となっては根拠も何もない話。芦毛馬の絶対数が少ない上、ダービーの回数自体も確率を語るには少なすぎる。それでも実際にダービーを勝って、自ら「芦毛ダービー勝てない説」に終止符を打ったウィナーズサークルの功績は、決して小さくない。

Turf 

今後も芦毛のダービー有力馬は毎年のように出現する。その際、ファンにはぜひともウィナーズサークルを思い出してもらいたい。ウィナーズサークルを見たことがないなら、そういう名前の馬がいたことを思い出すだけでもいい。それがダービー馬に対する礼儀であろう。願わくば、ウィナーズサークルに続く2頭目のダービー馬の誕生を、そろそろ期待したいところだ。

 

***** 2016/08/30 *****

 

 

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2016年8月29日 (月)

台風競馬

台風10号の上陸が避けられない情勢である。

先週末の予報では関東直撃と見られており、明日から始まる大井開催を心配していたのもつかの間、どうやら当初の予想より東寄りのコースを進むらしい。となると今度は明日の門別開催が心配になってくる。

門別競馬は8月17日にも台風7号の影響で中止を余儀なくされたばかり。明日の門別10レースに出走予定のアルポケット、ストーミーダンディ、ビービーロンギングの3頭は、前走をその台風で流されていた。前々走でも濃霧中止の憂き目を見たビービーロンギングに至っては、3戦連続で出走レースを失う可能性さえある。こうなると体調の維持も簡単ではあるまい。走ってナンボの競走馬。台風が馬の一生を左右することもある。

かつて、我が国史上最悪の被害をもたらすことになる伊勢湾台風が刻々と近づく中、京都競馬が開催されたという記録が残されている。現在のような精密な予報ができなかった時代の話とはいえ、激しい風雨をものともせず1923人の来場者を記録した。古来より競馬ファンは多少の風雪にはくじけない。

近年では1990年のサファイアS当日の中京競馬が、いわゆる「台風競馬」だった。死者・不明4名を出し、東海道新幹線をも全線でストップさせた台風20号が東海地方に上陸。だが、その強い雨と風のさなか、16569人の来場者を集めて中京競馬は開催されたのである。

ターフビジョンでは再三にわたってNHKの台風情報が流され、瞬間最大風速11メートルの猛烈な風が吹きつける競馬場で第8回サファイアS(GⅢ)は行われた。レースは逃げるイクノディクタスを3番手から追走したヌエボトウショウが直線で鮮やかに抜け出して完勝。ちなみに、翌年の朝日チャレンジカップも台風17号の通過直後に行われたが、このレースもヌエボトウショウが勝ち、「雨の鬼」ならぬ「台風の鬼」として名を馳せることになったとか、ならないとか。

ヌエボトウショウとは逆にJR武蔵野線は台風に滅法弱い。そのあおりで中山も東京も、ちょっとした台風で中止を余儀なくされる。ちなみに東京競馬が初めて中止となったのは1961年9月16日のことだった。1レースから4レースまで行ったところで、台風が近づいていることを理由に中止が決まったという。

中止直前に行われた新馬戦を勝ったのは翌62年のダービーを勝つことになるフェアーウイン。この日は名手・野平祐二の手綱で、芝1100mを1分7秒0のレコード勝ちだった。そう、台風が近づいているとか言いながら、中止直前まで馬場状態は「良」だったのである。その時点で東京に雨は降っていなかった。

Fairwin 

「たしかに風は強かったかもしれないけど、中止になるほどとは思いませんでしたね」とは生前の野平氏の言葉。だが、その台風こそ死者・不明202名という甚大な被害をもたらすことになる第2室戸台風だったのである。この日、東京4レースが行われたことはフェアーウインにとって幸運だったと言うべきであろう。もし中止の判断が早まっていたら、1962年のダービー馬は違っていたかもしれない。やはり、台風が馬の一生を左右することもあるのである。

 

***** 2016/08/29 *****

 

 

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2016年8月28日 (日)

がんばれ九州産馬

昨日、私がわざわざ東京競馬場へ出向いたのは、小倉9Rひまわり賞の馬券を仕入れるためだった。

ひまわり賞は九州産馬限定の2歳オープン。一般馬相手に新馬を勝ち、さらに一般馬相手のフェニックス賞でも2着と好走していたカシノマストの圧勝だったわけだが、その馬連配当は270円である。なにせ16頭中、未勝利馬が12頭もいるのだから、勝ち負けになる馬はほんの一握り。ひまわり賞が堅いのは毎年のこと。過去5年の平均馬連配当274円は驚異的だ。まず荒れない。

ひまわり賞に際しては「一般馬」という言葉がやたらと目につく。「一般席」とか「一般人」という言葉の通り、どちらかと言えば「下」に向けられることが多いのが「一般」という言葉だが、ここではまったく逆。九州産馬というくくりがまず存在し、それに対して九州産以外の「一般の(強い)馬」がいる。ここでの「一般」は「上」の存在。だから、その一般馬相手に勝ったカシノマストは強いのである。

そのカシノマストにしても、希望した九州産馬限定の新馬戦を除外されて、仕方なく一般馬相手のデビュー戦を走っていた。オープン特別であるにも関わらず12頭もの未勝利馬が集まるのは、一般馬相手の未勝利戦を走るより、実入りが良いからであろう。こういった事情が馬連270円の配当を生む。

九州産馬が弱いのは血統に原因があるとされてきた。有力な種牡馬はどうしても北海道に集まるからである。しかし、カシノマストの父がキャプテントゥーレであるように、かつてより輸送状況が改善された中にあって、種牡馬のハンデは徐々に取り除かれているように思えなくもない。

一方で気候に原因を求める声もある。北海道では得難い温暖な気候は、馬の生産にとってプラス面ばかりとは限らない。たとえば「草」。深い雪に覆われて、大地が一度“死ぬ”北海道だからこそ、馬に適した良い草が生えてくるのだという。九州ではむしろその暖かさが邪魔になるというのだ。

ところで、私がひまわり賞の馬券を買いたいと思ったのは、なにも270円の馬連を買いたいと思ったからではない。実際に購入した馬券がコチラ。

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私がひそかに肩入れする柴田未崎騎手が、2歳のオープン特別に乗るというのは珍しかろう。これは馬券を仕入れておなけばなるまい。それでわざわざ出かけたのだが、JRAの「がんばれ」馬券には、騎手名は入らないんですね。てっきり入るもんだと思い込んでいた。

「がんばれ!」という文字を入れる余裕があるなら、騎手名も印字して欲しい。特定の騎手を熱狂的に応援するファンが増えている昨今のこと。技術的に難しいこととも思えぬ。さらに、ひまわり賞に限っては「がんばれ九州産馬!」という文字に変更してみてはどうだろうか。もとより、そのためのレースのはずである。

 

***** 2016/08/28 *****

 

 

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2016年8月27日 (土)

馬のいない競馬場

開門前の東京競馬場前正門。場外でありながら、開門前から大勢が並んでいるので驚いた。馬のいない競馬場では、ゴール前の席やパドックの最前列を争う必要などなさそうなもの。むろん、今日は花火大会の予定もない。

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しかも、みなさん開門ダッシュ。朝から気合入ってますな。

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競馬場では「自分の場所」を決めている人がいる。開催日であれ非開催日であれ同じ場所という人もいれば、開催の有無で場所を変えている人も。長い時間を快適に過ごそうと思えば、場所の確保は軽視できないということか。

東京競馬場の上空は黒い雲に覆われていて、今にも雨が落ちてきそうな気配。暑さはそれほどでもないが、とにかく蒸している。屋外に座るのは多少勇気がいる。

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最近の私は開催の有無に関わらず居場所を決めていない。とくに馬のいない場外の競馬場ではどこにいても同じこと。ただウロウロ彷徨い歩く。

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歩き回るうちふと思い出した。そういえばこの夏は冷やし中華を食べてない。「明日から」という貼り紙に騙されたことは、以前にも書いた。以来、だらだらと月日は流れ、気づけば間もなく8月も終わり。暑さも下り坂に差し掛かっている。このまま「冷やし中華終わりました」の貼り紙を見るのは切ない。そんな貼り紙があるのかどうかは知らないけど。

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とにかく冷やし中華を食べよう。それで3軒のラーメン店が軒を並べるファストフードコート(イースト)に向かうと、『翠松楼』と『北斗』は休業中。『どみそ』には冷やし中華らしきメニューを見つけることができなかった。残念。ただちに踵を返してスタンド西端の『西海』へ。すると、こんなメニューが掲げられているではないか。やった!

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―――と喜んだはいいものの、よくよく見るとちょっと私のイメージとは異なる。「冷やしメニュー始めました」と書かれてはいるが、「冷やし中華始めました」とは書いてない。これを食べたところで、冷やし中華を食べたと胸を張れるかどうか。微妙なところ。馬もいないし、冷やし中華にもありつけない。うなだれて帰ろうとしたその時、一頭の芦毛馬が目に飛び込んできた。

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ダコタ君は元・誘導馬。1971年の日本ダービーで1番人気を背負いながら馬群に沈んだ、あのダコタではない。むろん別馬。実際のレースで出走馬たちを誘導中に、なんと背中の職員を振り落したという伝説の持ち主である。すでに引退したと聞いていたが、それでもこうしてお仕事に励んでいるのだと思えば、冷やし中華ごときでくよくよする自分が恥ずかしい。それにしても、やはり競馬場には馬が似合う。

 

***** 2016/08/27 *****

 

 

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2016年8月26日 (金)

朱鷺色

今週日曜の新潟メインは古馬オープンの朱鷺ステークス。

トキは「朱鷺」以外にも「桃花鳥」という当て字を持つ。トキは全身を白い羽で覆われているが、翼の裏側は独特の淡い桃色をしている。単なる薄い桃色ではない。少しくすんだ、しかし見方によってはなんとも鮮やかなその桃色は、「朱鷺色」という呼び名で一般的に使われていた。ということは、かつては日本のどこにでもいる、ごくありふれた鳥だったのである。江戸時代の風俗画に、空を飛ぶトキの姿が頻繁に登場するのがその証だ。

私自身は実物のトキを見た経験を持たない。が、親戚に友禅の職人がいるおかげで、幼いころから朱鷺色には馴染みがあった。だから、「トキは赤い鷺だから朱鷺ステークスは3枠で勝負」という寺山修司の一文をどこかで読んだ時に、強烈な違和感を覚えた記憶がある。それならせめて8枠であろう。だいたいが、寺山にしても実物のトキを見ていた可能性は低い。現在の新潟県佐渡市にトキ保護センターが開設されたのは、1967年のこと。そのとき既に日本国内のトキは絶滅寸前だった。

朱鷺Sはこの当時から行われている。当時は芝2000mの条件戦だったが、1989年にオープン特別に格上げとなった。一方、佐渡島のトキは、この時点で高齢の雄雌1羽ずつが残るのみ。こうなってしまっては絶滅を食い止める術はない。日本中の注目を集つつ、絶滅へのカウントダウンが始まる。

最後のトキが死んだのが2003年。すると間もなく朱鷺Sも実施されなくなった。トキと共に、このまま朱鷺Sも消えてしまうのだろうか。まあ、それも仕方あるまい。新潟にトキがいてこその朱鷺Sである。

だが、関係者は諦めていなかった。トキの野生復帰を目指し、中国から借り受けたトキを人工繁殖させることに成功。そしてついに2008年、佐渡の空に再びトキが帰ってきたのである。

すると、その翌年には朱鷺Sも新潟競馬場に戻ってきた。おかえりなさい。別の生き物の生息状況によってその名称が変動するレースなど、朱鷺Sをおいてほかになかろう。こういうレースを関係者とファンは大事にしたい。

条件戦だったころの朱鷺Sは、減りゆくトキの命運を象徴してか、5頭立てとか6頭立てという少頭数のレースばかりだった。当然8枠桃帽を見る機会も限られる。ひょっとしたら、寺山修司も「朱鷺色」を知っていながら、敢えて「赤」と書いたのかもしれない。そうしなければ予想が成り立たなかった―――そう思うことにしよう。

佐渡のトキはその後も順調にその数を増やしている。ちなみに今年は人工繁殖開始以来最多となる39羽のヒナが巣立った。そんなトキの生息状況と歩調を合わせるかのように、朱鷺Sの出走頭数もここ数年は毎年2桁をキープしている。今年は10頭と少ないが、それでも8枠には2頭が揃った。朱鷺色に思いを寄せるなら桃帽2頭は買っておきたい。オセアニアボスが勝った2011年のレースは、枠連8-8で万馬券の決着だった。

Toki 

 

***** 2016/08/26 *****

 

 

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2016年8月25日 (木)

ライオンロック

7号、11号、9号と、立て続けに3つの台風が上陸し、特に北海道を中心に甚大な被害を受けたばかりだというのに、週明けにかけて今度は台風10号の接近に備えよと気象庁が注意を呼び掛けている。しかも今回はかなり発達してやってくるというから油断できない。となれば心配なのは来週の大井開催。雨の競馬は嫌いではないが、それにしても限度というものがある。

Taifu 

ここ数日は気象庁のホームページを見る機会も増えた。むろん気になるのは台風の進路である。だがその際、つい確認してしまうのが個々の台風に付けらえた名前。台風10号なら「ライオンロック」というその呼び名だ。

我が国では台風を番号で呼ぶのが一般的だが、戦後の一時期は「カスリーン」や「キティ」など米国が付けた女性の名前がそのまま使われていたこともある。そんな台風が上陸して大暴れするのだから、「アメリカの女性は乱暴」というイメージを抱いた人もいたはず。やがて男女平等の観点からか、男性の名前も使われるようになったというのに、それでもなぜか女性名の台風ばかりが大暴れした。これには予報官たちも困ったことだろう。

しかし現在では、アジア諸国の政府間組織「台風委員会」において、日本を含めた14の国と地域が提案した140個の名前をサイクリックに使用している。だから、アジア地域では数年の間隔をおいて同じ名前の台風が発生していることになる。

日本が提示している名前は「テンビン」「ヤギ」「ウサギ」「カジキ」「カンムリ」「クジラ」「コップ」「コンパス」「トカゲ」「ハト」の10個。いずれも星座の名称である。ちなみに韓国はアリ、バラ、ツバメなど。タイもドリアンやハイビスカスといった比較的優しいネーミングが目立つ。怖い名を付けてその通りになっても困るから、この種の命名は難しい。

実際、中国の竜王、風神、海神、孫悟空などは激しい風雨を連想させる。むち打つ、残酷な、じょうご、鋭い刃といった意味のフィリピンの命名にも実感がある。これをお国柄と言ったら叱られるだろうか。それでも残酷な風神に本領を発揮されてはたまらない。

日本に接近しつつある台風10号の「ライオンロック」は、香港の山の名称。九龍から沙田競馬場に向かう途中にある獅子山(ライオンロック)にちなむとのこと。そういえば今年から、香港では「ライオンロック・トロフィー」という重賞レースが新設されている。マイルのハンデGⅢという格付ながら、チャンピオンズマイルの約1か月後という施行時期のおかげで、第1回の今年は一流マイラーの参戦もあった。勝ったのはStreet Boss産駒のRapper Dragon。手綱を取ったのは来日中のJ.モレイラ騎手である。ちなみにこの勝利は、香港競馬におけるシーズン最多勝記録を更新するメモリアル勝利でもあった。

Moreira 

折しも今週は札幌でWASJが開催。もちろん来日中のモレイラ騎手もこれに参戦する。8月13日から4日間での成績は(9,10,6,10)。勝率.257。複勝率では驚愕の.714という超ハイアベレージをマークしているモレイラ騎手がWASJの「台風の目」となることは、まず間違いない。台風に泣かされる北海道でも、こういう台風なら大歓迎。北の大地で存分に暴れて欲しい。

 

***** 2016/08/25 *****

 

 

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2016年8月24日 (水)

うどんで一杯

「蕎麦屋で一杯」というのはよく聞くが、「うどん屋で一杯」とは、どういうわけかあまり聞くことがない。

うどん専門店でも美味い出汁巻を出す店はあるし、そんじょそこらの天ぷら屋よりも立派な天ぷらを揚げているところもある。なのに「蕎麦屋で一杯」ほどのアイデンティティーが確立されていないのは不思議だ。「蕎麦屋の方がアテが豊富」という声も聴くのだが、メニュー設定は店の方針ひとつ。たしかにうどん屋で板わさや蕎麦味噌といったアテは期待しづらいが、逆におでんや鶏天といった蕎麦屋では見かけない肴を備えていることもまた多い。

先日、東京競馬場近くのうどん専門店『厨(くりや)』で酒席を設けてみた。

Kuriya1 

「設けてみた」というのは、こちらとしても手探りのところがあったから。うどんを食べる前に枝豆とビールを注文したことはあるが、あくまでも主役はうどん。料理と酒をメインに利用したことはない。そこであらかじめ主人に相談して料理を用意してもらったのである。

うどん屋の突き出し。

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うどん屋のサラダ。

Kuriya3 

うどん屋のカルパッチョ。

Kuriya4 

うどん屋の天ぷらと、うどん屋のうどん。

Kuriya5 

サラダとカルパッチョが微妙に被った感もあるが、実はラインナップを相談する中で「馬刺しはいかがでしょう?」ととすすめられたのを、丁重にお断りさせていただいた経緯がある。さすがに馬刺しは……ねぇ。実際のところ上記以外にも料理は出てきているので、ボリューム的には申し分なし。同席者はラストのうどんがキツそうだった。

蕎麦には熱燗のイメージが強いが、うどんの喉越しには冷酒が合う。この日は新潟の銘酒「〆張鶴」とした。その丸みを帯びた味わいに、小麦の香り立つうどんの風味を合わせるとなお旨い。新潟競馬に行けぬ憂いなど軽く吹き飛ぶ。うどん屋のポテンシャルは、蕎麦屋のそれに、勝るとも決して劣るものではないのである。

 

***** 2016/08/24 *****

 

 

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2016年8月23日 (火)

雨ニモマケズ

台風9号が北海道日高管内に上陸して被害が出ている。大動脈の国道235号線でも通行止めが相次いだ。8月4日付「雨を待ちわびて」の中で、この時季は雨が降った方がありがたいという趣旨のことを書いたけど、これはさすがに降り過ぎであろう。ひと夏に3つの台風が北海道に上陸したのは、統計開始以来初めてのこと。それが1週間以内に起きたのだから、これはやはり異常と言うしかあるまい。

おかげで2日目を迎えたサマーセールの上場馬が軒並み静内に到着できず、セリの開始を1時間以上遅らす措置が取られものの、32頭が欠場を余儀なくされた。当然ながらセリに参加できないバイヤーも続出。台風がセールに悪影響を及ぼしたことは間違いない。よりによって「ポーカーアリスの2015」の上場日が今日だったのは不幸と言うしかなかろう。

ここで話は昨日に戻る。迫り来る台風9号をよそに、娘は早朝から出かける準備を整えていた。なんとこれから東京ディズニーランドに行くという。台風のさなかに遊園地に行って何が楽しいのか。そもそも今日は閉園だろう。そう思いながら昼のニュースを眺めていたら、よみうりランド、としまえん、東京サマーランドといった都内の名だたる遊園地が軒並み閉園だと伝える中、「東京ディズニーランドは通常営業」と言うので思わずひっくり返った。いやあディズニー、強いですねぇ。帰宅した娘は、あんな空いているディズニーランドは初めてだったとむしろ喜んでいる。「雨のディズニーもなかなか良いもんだよ」とのこと。ふーむ。世の中にはいろんな人がいますな。

昨日の私は強まる雨を横目に、室内でオリンピックの閉会式中継に観入った。すると現地も雨。しかも大雨である。マリオ姿で登場した安倍総理の姿がアップになった瞬間の雨脚たるや尋常ではなかった。なのに、少なくともスタンドの観客に雨を気にしている様子は見られない。雨も含めて楽しんでしまおう。それがラテンの気質か。なにせ、聖火を消すための演出で、聖火台の上から土砂降りの雨を降らす人たちのこと。あらためて世の中にはいろんな人がいる。

Rain 

私にしても、昨日は台風をものともせず日高入りを目論んでいた。だが、羽田発の便は軒並み欠航である。運航の再開を待ってとりあえず羽田を飛び立ち、千歳に一泊してから駆け付けるというプランも頭に浮かんだが、都内の交通機関が次々と死んでいく状況を見るにつれ、そんな気持ちも萎えてしまった。わざわざ台風を追い掛けて行く必要もあるまい。

果たしてセリの結果は主取であった。残念。やはり無理を押しても行くべきだったか。しかし、現地から聞こえてくる道路事情では門別本町のセブンイレブンで引き返す羽目になっていたかもしれないし、首尾よく静内にたどり着けたとしても、セリが押せば帰りの便に間に合わない可能性も高い。

やはり今年のサマーセールには縁が無かったと思い込むしかなさそうだ。それでも、台風には文句のひとつも言いたくなる。セリ期間中の上陸はもう勘弁してくれ。

 

***** 2016/08/23 *****

 

 

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2016年8月22日 (月)

姉妹の不思議

JRA札幌競馬場で行われるクローバー賞は一風変わったレース。過去20年(19回)に地方所属馬が4度も優勝しているかと思えば、2000年ウインラディウスのように未勝利馬が圧勝したこともある。つまりJRAでの実績が結果に結びつくとは限らない。

今年のクローバー賞の人気に、その傾向が顕著に現れた。出走7頭のうち5頭が地方所属馬というメンバー構成。1番人気に推されたのが、そのうちの1頭、トラストである。2番人気はJRA所属ながら未勝利のユアスイスイ。JRAの実績にこだわる必要はない―――そう考えたファンが多かったことをオッズは示していた。

しかし、これらを退けて勝ったのは、唯一頭のJRA勝ち馬ブラックオニキス。前走で同じ札幌の芝1500mを完勝しているのに、なぜか3番人気の評価に留まっていた。単勝を的中した方は、さぞや痛快であったことだろう。逆にこういうことが起きるのもクローバー賞ならではということか。

1番人気で2着に敗れたトラストは川崎で2戦2勝。特に前走の若草特別では後続を2秒4も突き放していた。オーナーの岡田繁幸氏が来年の英ダービーに登録するほどの期待馬、という触れ込みも人気を後押ししたか。それでも2着なら悪くはあるまい。本当にエプソムに行くかどうかはともかく、少なくとも札幌2歳Sの優先出走権は手に入れた。

地方期待のトラストが敗れたことで川崎のファンはガッカリしたかもしれないが、勝ったブラックオニキスにしても川崎と縁がないわけでもない。ブラックオニキスの母・ラリマーは、川崎で7勝を挙げた活躍馬。美しい青毛の馬体の持ち主で、高橋華代子さんのブログにも何度か登場している。

Kaneko 

ラリマーに関しては不思議な経験がある。彼女にはマンリーポッケという名のお姉さんがいた。先に引退して繁殖入りしたマンリーポッケは、牧場ではマイペースなお母さん。他の馬が近づけば威嚇することも厭わない。放牧地でも群れることなく、孤高の存在を保っていた。

そこに妹のラリマーが繁殖牝馬としてやってきたのである。むろんそこは馬の世界。姉妹とはいえ両馬の間に面識があるはずがない。だいたい生まれた年からして3年も離れている。だから同じ放牧地に放たれたマンリーポッケとラリマーも、赤の他人として振る舞うはず。私はそう思った。

ところが、マンリーポッケはラリマーを受け入れたのである。匂いなのか。あるいはテレパシーのようなものか。両馬の間に介在するものが一体何なのか、まったく謎のまま。2頭仲良く並んで草を食む姿に、ただただ驚いたと言うしかない。

Bokujo 

そんな出来事を思い出すうち、ふと気になることがあって調べてみた。

―――すると、やはり!

昨日の佐賀1R。2歳新馬戦を9馬身差で勝ったロトスキャンダルの母は、なんとマンリーポッケではないか。同じ日に同い年のいとこ同士が勝利を挙げることは珍しい。しかもこの2頭に限っては、単なる偶然ではないような気がしてならないのである。

 

***** 2016/08/22 *****

 

 

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2016年8月21日 (日)

プーちゃんに会いに

突然だがプレストシンボリを覚えていらっしゃるだろうか。

Prest 

1995年のラジオたんぱ賞(GⅢ)優勝馬。ワージプの産駒としては国内最高額の獲得賞金記録を持つ。岡部幸雄・元騎手にとってのメモリアルホースとしても知られ、当時のJRA最多勝利記録となる通算2017勝目を挙げたのがこのプレストシンボリであり、またラジオたんぱ賞の勝利は保田隆芳氏に並ぶ重賞通算114勝の歴代最多タイ記録となった。

そんなプレストシンボリが千葉市内の牧場でのんびりと余生を過ごしている。昨日紹介した『かまど』からクルマを走らせること15分。静かな田園風景の中に、乗馬施設「ASANO HORSE LIFE-ing」が見えてきた。

プレストシンボリは今年24歳になる。結構なトシだが、脚もとを含め身体に悪いところはないそうだ。事実毛ヅヤはピカピカで、パッと見はとてもそんな歳に見えない。そんな彼の姿を求め、今なお多くのファンがやって来るという。中にはプレストシンボリの勝利を伝える新聞の切り抜きを持参してくるツワモノもいるとか。凄いですね。そういうファンの方は、やはり「シェイクハンド憎し」の思いを抱いているのだろうか。ちなみに乗馬施設の方はプレストシンボリのレースを見たことはない……というか、競馬そのものにあまり明るくないという。それでもプレストシンボリが幸せに暮らしていれば何の問題もない。

Symbori2 

プレストシンボリは、ジャパン・スタッドブック・インターナショナルが手がける「引退名馬繋養展示事業」の助成対象馬となっている。これは競走や繁殖などから引退した功労馬に毎月2~3万円が助成される制度。1頭の馬を養うのに十分な額とは言えないものの、この制度ができてからは、引退馬施設や乗馬クラブで余生を過ごす馬は着実に増えてきた。今年3月末時点ではウイニングチケットやウイナーズサークルといったダービー馬を筆頭に、197頭が助成対象となっている。ファンにしてみても、応援していた馬の消息を掴むことができるだけでなく、見学もしやすくなるなど、メリットは少なくない。

Symbori4 

むろん助成を受けるにはいくつかの条件がある。JRAの重賞レース、もしくはダートグレードレースを勝っていること。希望するファンには見学を許可すること。10歳以上であること。などなど。

さらには「乗馬として登録されていないこと」なんて条件もある。この縛りが、助成対象馬の第二の「馬生」を狭めやしないか。実はそこが私の危惧である。

なんの役割もなく、日々の変化もない環境で、ただ餌を与えられているだけの功労馬を見て、これまで私は何度もネガティブな印象を抱いてきた。彼らは決まってトロンとした眼をしている。競走馬時代にそこにあったはずの魂の発露はどこへ消えてしまったのか。一言で言えば覇気がない。ただ生きているだけ。生き物だからそれはそれで良いのかもしれない。だが、いま彼らは果たしてハッピーなのか―――?

Symbori5 

そんな懸念を抱きつつ、久しぶりに再会したプレストシンボリの瞳は、以前と変わらず生き生きとしていた。乗馬の登録はなくても、きちんと運動をし、新たな課題にも取り組み、クリアできれば褒められる。そんな日々を送っているという。充実した人生に必要なのはリズムとメリハリ。そしてたゆまぬ成長。馬も人間も同じであろう。みんなから「プーちゃん」と呼ばれて夏を過ごしているプレストシンボリは、間違いなくハッピーに見えた。

 

***** 2016/08/21 *****

 

 

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2016年8月20日 (土)

【千葉うどん旅③】かまど

普段から「船橋は遠い」などと文句を言ってるくせに、もっと遠くの鎌取までやってきた。JR鎌取駅北口を出て3~4分程歩くと、大きな駐車場を完備した、いかにも街道沿いの店舗といった風情のうどん店が右手に現れる。その名も『かまど』。久徳ゼネラルフーズのうどん製麺所に直結した、自家製麺と天然だしにこだわる地元の人気店だそうだ。

Kamado1 

人気の秘密はこの価格設定にあるかもしれない。ざるうどん260円。おろしぶっかけ300円。釜玉340円と、まあとにかく安い。全国規模のうどんチェーンにも負けてない。

Menu 

もちろん安いだけでは客は入らない。私が訪れたのは土曜の午後2時半。それでも店前の駐車場には10台以上の車が停められていた。客層は作業員風のおじさんたちや、家族連れ、カップルとさまざま。私と同じお一人客の姿もある。客の多様性は繁盛している証。さっそく空いている席に着き、メニューを一瞥しただけで注文は決まった。肉うどん560円。カッコ書きで「肉吸いうどん」と書かれているのが良い。

10分ほど待って出てきたのがこちら。

Niku 

旨そうでしょ。実際、食べてみると、これが旨いんです(笑)

Kamado2 

やや平打ち気味の中太麺は、外側がふわっとした食感で、そこにこの旨味たっぷりのダシがこれでもかと絡んでくる。喉越しというよりは、ダシも含めたトータルの一杯を味わうのにもってこいの麺。しかも噛めばもっちりとした歯応えで応えてくれる。これは肉うどんに合うゾ。でも、この麺でぶっかけだとどんな味になるんだろ? あぁ、気になる。どうしよう、もう一杯頼もうか……。

しかし、この日はこのあと時間指定の約束があったのですよ。残念。お腹に余裕はあるが、時間に余裕がない。なので、ぶっかけは次回の宿題に取っておこう。でも、再訪時もこの肉うどんはハズせないな。お腹を空かせて行く必要がありそうだ。

実は、このあととある乗馬クラブでとある馬を見せてもらうことになるのだが、時間だけでなく紙幅にも余裕がなくなってしまった。なので、その話はまた明日付で。

 

***** 2016/08/20 *****

 

 

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2016年8月19日 (金)

猫カメラマンへの道

今日8月19日は「世界写真デー(World Photography Day)」だという。日本国内では6月1日が「写真の日」とされているが、世界的には今日なんですかね。そんなことを思いつつ横浜をぶらぶらしていたら、こんな写真展が開催されていた。

Nekoten 

ウマばかりではなくたまにはネコも良いですね。作品を見るうち、私も猫カメラマンに肩書を変えたくなってきた。なにせ巷は空前の猫ブーム。「ネコノミクス」なる言葉まで飛び出した。雑誌、CM、映画、スマホゲーム、果てはリオ五輪マラソン競技にまで。いまや世界は猫に溢れている。

競馬界とて例外でない。昨日の大井新馬戦ではネコビーナスが3着と好走した。明日の新潟ではネコエルフが、明後日の新潟ではネコドリームがそれぞれ出走を予定。現時点で馬名に「ネコ」のつく現役競走馬は27頭を数える。ネコパンチの活躍も、まだ記憶に新しい。

Punch 

岩合光昭氏は言うまでもなく日本を代表する動物写真家。最近ではNHKの『岩合光昭の世界ネコ歩き』でも知られるようになった。そのターゲットは、猫、犬、ペンギン、ホッキョクグマ、クジラ、パンダ、カンガルーと多岐に渡るが、サラブレッドを被写体に選んだこともある。それがあのハルウララ。その取材を振り返り、「なかなか自由に撮らせてもらえない」とこぼしていたそうだが、それは競走馬の撮影行為が、馬相手ではなく、実は人間相手の仕事であるゆえの不都合を嘆いたのであろう。むろん我々はそれを日々痛感している。馬には馬なりの難しさがあることは言うまでもない。

Cat 

たっぷり猫を見て目の方は満腹になったので、今度は胃袋を満腹にすべく駅近辺を歩いていたら、こんなうどん屋さんが目に入ってきた。

Udon1 

「手打ち」の3文字に惹かれてふらふらと入店。冷たい肉うどんの大盛りを注文すると、わずか1分ほどで洗面器の如き巨大な器に盛られた一杯が到着した。

Udon2 

2玉以上はあろうかという麺に、濃い目のツユ。その上にスライスした豚肉が丁寧に乗せてある。うどんは太く柔らかい。ずるずる啜ってもぐもぐ食べるタイプ。良くも悪くも関東のうどんだが、これはこれで美味いですよ。喉越しだけがうどんではない。ただ、大盛りはなかなかの分量がある。私でさえラストは脚が上がりそうになった。オーダー時には注意が必要だ。

店を出ると、道端に猫を発見。慌ててスマホを向けたら、サッと逃げられてしまった。猫カメラマンへの道のりは険しい。

 

***** 2016/08/19 *****

 

 

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2016年8月18日 (木)

信濃川と阿賀野川

日曜の新潟10Rは1000万条件の阿賀野川特別。その確定出走メンバーを眺めながら、ふと思った。

あれ? 去年のこのレースは「信濃川特別」じゃなかったか―――?

なぜそんなことに気付いたのか。それは去年の同じ日に新潟競馬場で競馬を観ていたから。その時にも思ったのである、「あれ? いつもの年ならこのレースは阿賀野川特別じゃなかったか?」と。

基本的に8月上旬に行われる信濃川特別は新潟芝2000m、8月下旬の阿賀野川特別は同2200mの一戦。どちらも1000万条件の特別戦であり、どちらも新潟を代表する大河の名前を戴いている。よもやJRAの番組屋が取り違えたなどということはあるまいな―――。なんてことを思いつつ眺めた昨年の「信濃川特別」はティルナノーグが豪快に勝ってみせた。ちなみに私の馬券は豪快にハズれた覚えがある。

Shinano 

信濃川と阿賀野川。かつて、このふたつの大河は河口付近でひとつの流れに合流しており、その周辺は「潟」と呼ばれるほど氾濫に悩まされた湿地帯だった。それを「新潟」の地名の由来だとする意見も多い。やがて享保年間に、阿賀野川が信濃川に合流する手前に、自ら海への流れを見つけて一本立ちすると、徐々に洪水の被害は減少し始める。その後、信濃川の流れを日本海に逃がす「分水」がいくつも建設されたことで、越後平野に大規模な洪水は起こらなくなった。

その分水のひとつに「関屋分水」がある。競馬ファンならすぐに気付くであろう。そう、関屋記念の「関屋」である。

かつての新潟競馬場は現在の豊栄地区ではなく、関屋地区にあった。ある時、周辺に分水路を通す計画が持ち上がる。予定地に住む住民の移転先として、関屋の競馬場に白羽の矢が立った。現在の競馬場は、いわば玉突き人事的に移転させられた格好になる。しかしそれも洪水の被害を減らして住民を守るため。そう言われれば仕方あるまい。

かつての関屋競馬場は新潟中心部から2キロと離れていなかった。それが現在の競馬場は直線距離でも10キロを遥かに超える。その不便さは、移転当時からファンのみならず関係者からさえも不評だった。それが競馬場のイメージ低下に繋がったことは想像に難くない。シンボリルドルフがデビューする直前、「新潟みたいなローカルでデビューさせてはいけない」と和田オーナーに提言したのは、先日亡くなった大橋巨泉氏だ。

それでも、シンボリルドルフは新潟でデビュー。史上初めて無敗で三冠を制した。あれから四半世紀余りの時を経て、オルフェーヴルも新潟でデビューを果たしている。牡馬クラシック三冠馬を複数送り出した競馬場は、過去に新潟をおいてほかにない。東京1頭、京都も1頭、阪神も1頭、中山に至ってはゼロ。これは誇るべき新潟の記録だ。

この夏、新潟をデビューの地に選んだ若駒たちの中に、果たして来年の三冠馬は含まれているだろうか。早いもので、今年の新潟開催も後半戦に突入する。

 

***** 2016/08/18 *****

 

 

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2016年8月17日 (水)

穴場

「穴場」

むかし馬券発売窓口のことをそう呼んだ。若いファンにはピンとこないかもしれない。馬券売場にズラリと窓口が並んでいるのは同じ。しかし窓口の上には「1-2」とか「1-3」などと書かれた札が掛かっている。これは枠連の目。その窓口ではその目しか買うことができない。「窓口」と言っても実際には大人の拳が入る程度の「穴」で、そこに金を突っ込むと、中のオバちゃんがサッと金を受け取り、代わりに馬券をギュッと握らせてくれた。ゆえに馬券にお金を投じることを、「突っ込む」と言う。

いまでは「穴場」と言えば、混雑必至なのに空いているお店とか海水浴場や花火見物スポットを指すのではないか。実は先週、その穴場探しでちょっとばかり悩んだ。社台会員同士による飲み会を、急遽都内で開くことになったのである。折悪しく巷はお盆の真っ只中。休みの店も少なくないし、逆に開けている店は混んでいて席が取れない。

どこかに穴場はないか……。穴場、穴場、穴場……、穴子!?

本当にそんな連想をしたかどうかはさておき、穴子の美味しい蕎麦店を思い出した。ただちに電話。するとありがたいことに営業していて、席も空いているという。特に秘密のお店というわけではないけど、穴場というテーマなので店の名は秘させていただく。

Anago1 

穴子と言えば関東ならてんぷら、関西なら焼きが定番だろうが、この店では刺身も味わえる。こりこりした食感を楽しみながら酒を飲み、つい先日に穴馬券を演出したという出資馬の話でまずは盛り上がった。7番人気で勝ったその単勝は4210円。馬連10万、馬単20万、3連単は89万である。その会員さんは、毎回必ず出資馬の単勝を1万円購入している。なのに今回に限り買っていなかった。なぜか、それは本人にも分からないという。

「42万損したことより、馬に申し訳なくてさ~」

Anago2 

一同うんうんと頷きながら、今度は穴子のてんぷらを口に運んだ。程よく身の締まった穴子は噛むほどに旨味が広がる。それでまた酒をひと口。それにしても「馬に申し訳ない」というのは泣かせるじゃないか。42万を逃したと思えば、馬のことなどさておき、私なら発狂するに違いない。

もう一人の参加者は最近出資馬が引退したばかり。最後のレースは新潟まで応援に行こうかと思ったが、そうするのではなく、行ったつもりで新潟往復の旅費分を全額愛馬に“突っ込んだ”のだという。成績頭打ちで引退するのだから人気はない。万一的中すれば、何百万という大穴馬券も有り得る。そうなれば、次はディープの牡馬に出資できるかもしれないが……、

「もちろん全額消えました(笑)」

Soba 

それを聞いて我々も笑いながらまた酒を飲む。それにしても出資馬の馬券を買うことができるお二人が羨ましい。私の馬など最近さっぱり競馬場に出てこないし、仮に出てきても私が馬券を買えばそれは単なる足枷。他の馬の単勝を買うことで、間接的に愛馬の応援をするのがせいぜいだが、それはそれで切ないものがある。そんなことを思いながら啜った蕎麦のなんと滋味深かったことか。穴子をつまみつつ、穴馬券の話で盛り上がる。かくして穴場の夜は更けてゆくのである。

 

***** 2016/08/17 *****

 

 

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2016年8月16日 (火)

負けるが勝ち

「もったいない同国対決は、無気力試合の余波―――」

今日付けの日刊スポーツが、リオ五輪女子バドミントン・シングルス準々決勝で日本人選手同士が対戦することになった経緯を、そんな見出しで報じている。ロンドン五輪までは、同一国の選手は決勝トーナメントで別のヤマになるように配慮されていたというのだ。

「無気力試合」は、そのロンドン五輪で繰り広げられた。同国対決を避けたい中国、韓国のペアが1次リーグ最終戦で意図的なミスを繰り返したのである。続く別の韓国ペアとインドネシアのペアによる試合も互いに安易な失点を繰り返した。あの時のような意図的な対戦相手操作を繰り返さないため、今大会から決勝トーナメントの抽選がランダムになった経緯がある。

ロンドン五輪で故意の負けを狙って前代未聞の試合を展開した4ペア8選手には失格の処分が下された。その一方で、サッカーの国際大会では、決勝トーナメントの対戦相手を有利にするために、監督が公然と「引き分け狙い」を指示することは日常茶飯事。それで失格処分になったという話も聞いたことがない。

競馬ではどうか。あまり知られていないが、競馬の騎手や調教師は競馬法に定められた「みなし公務員」である。ひとたび八百長が発覚すれば、関与者は失格どころの処分では済まない。ただちに警察の出番となり一生を棒に振る。

ただ、競馬で言う「八百長」には贈収賄があることが前提となる。すなわち、金品を受け取ることなく、ある程度負けを見越して勝負に臨むことへの咎めは緩い―――というか、あまりない。

「調教代わり」とか「たたき台」などという名目の下に人気馬がレースに負けることは、競馬場では見慣れた光景であろう。狙ったレースを前にして、馬の力をセーブして戦うのは当然のこと。ハンデ戦を見越した戦略的敗戦もあれば、「次走はオーナーの地元の競馬場を使う予定だから今日のところは勝たないようにしよう」というケースだってある。真剣勝負を期待して見ていた人の中には「騙された」という被害感情を抱くこともあるかもしれないが、そこまで読むのが競馬だという意見の方が、おそらく大勢を占めるはずだ。

Dirt 

バドミントンの大量失格や、サッカーの引き分け狙いは、見る者に衝撃を与えるかもしれない。だが、大会ルールをひと目読めば、そのような事態が起き得ることは誰にも想像できるはず。スポーツ精神に反する光景が繰り返された背景には、弱小国の選手が1回戦で敗退するするような事態を避けたい競技団体の思惑が見え隠れする。競技の普及と露出を図るためには、完全なトーナメント方式ではなく予選をリーグ戦にした方が効果が大きい。バドミントンでは、ロンドン五輪で初めて予選リーグ制を導入したのだが、結果としてそれが裏目に出た。

プロ選手の参加が当然となった現代の五輪では、勝利至上主義がどんどんエスカレートしつつある。勝つためには手段は選ばない。柔道の試合を見ていて、そんなストレスを感じた方も少なくあるまい。

今後もそういう光景は繰り返されるだろう。だが、もともとオリンピックがスポーツマン精神に貫かれていたわけではない。オリーブの冠のために闘ったとされるギリシャの古代五輪にしても、勝者には莫大な富が約束され、ために不正が絶えなかった。程度の差こそあれ、2000年の時を越えてなお同じジレンマに五輪は悩まされ続けていることになる。

 

***** 2016/08/16 *****

 

 

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2016年8月15日 (月)

J-PLACE大井にて

昨日は全国各地で競馬が開催された。北から帯広、札幌、盛岡、新潟、大井、金沢、高知、小倉、佐賀の計9場。お盆の日曜日ということもあり、どこも賑わったことだろう。では、もっとも入場者数が多かった競馬場はどこか? 名物レース関屋記念が行われた新潟だろうか。あるいはモレイラ騎手の参戦で盛り上がる札幌だろうか。

驚くなかれ。それがなんと大井競馬場だったのである。その入場者数17,944人は、JRAの札幌17,151人、新潟16,445人、小倉11,194人をことごとく上回ってみせた。

Stand 

何かの間違いでは?―――そう思われるかもしれない。私も昨日は大井に足を運んだのだが、たしかに混んでいた。指定席は完売。自由席も満席。エアコンの効いたスタンド内は、さらに大勢の人で溢れかえっている。ところが、そのお客さんたちは、「ヨコテンっ! 差せっ!!」とか、「カワダぁ!」などと、大井では聞き慣れぬ名前を連呼しているではないか。

はて……。久しく来ない間に、新人ジョッキーでもデビューしたのだろうか?

Jra 

答えはこれにあった。昨日の大井は開催初日でありながら、一方で「J-PLACE大井」としてJRAの場外発売所も兼ねていたのである。客の大半はJRA専用のマークカードを券売機に突っ込み、JRA中継用のモニタを見ながら、JRAの人馬に声援を送っていた。これでは目の前で行われている大井の馬券は売れないのではないか。老婆心ながらつい心配してしまう。実際、この日の全レースの総売上は6億円余りに留まった。普段の入場者数は5千人程度だが、それでも1日の売上金額は10億を超える。

とはいえ、せっかくなので私も関屋記念を買うことに。なんてったってここは大井競馬場。ならば買い目はこれしかあるまい。

Baken 

内田博幸騎手(レッドアリオン)と戸崎圭太騎手(ヤングマンパワー)の一点勝負。この二人の馬連が134倍もつく。ここが大井だと思うと、なんとなくおトクに思えてくる。

そうこうするうちにレースがスタート。4コーナーを回ったところで、先頭は内田騎手のレッドアリオン。外から満を持して戸崎騎手のヤングマンパワーも仕掛けてくる。

Monitor 

「内田! 粘らせぃ!!」

「戸崎! 差セッ!!」

周囲から聞こえてくる掛け声は、まるで10年前の大井そのもの。戸崎騎手のヤングマンパワーが見事に差し切ると、歓声と共に拍手も挙がった。

全員が馬券を的中させたはずもない。なのに、なぜかみんなが喜んでいるように見える。JRAを凌ぐ数のお客さんたちは、きっとこういう場を求めて大井にやって来たのであろう。大井の馬券が売れようが売れまいが、こうして競馬ファンが喜んでいる。それで良いじゃないか。私も久しぶりにモニタ映像に声が出た。

ちなみにここで購入したJRAの馬券は、馬連であっても―――買い目数にもよるが―――写真のように馬名まで印字される。数字だけが記載されたJRAの無機質な券面が気に入らないという方は、J-PLACE大井に足を運んでみるのもよかろう。次回の発売日は10月10日。京都大賞典の当日だ。

 

***** 2016/08/15 *****

 

 

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2016年8月14日 (日)

五輪と食事

リオ五輪で3個のメダルを獲得した萩野公介選手がインタビューで、自らの「ラーメン愛」について熱く語っている。いま食べたいものは?という問いかけに「そりゃもうラーメンに決まっている」と言い切り、「5月末から食べていないので、もうそろそろ本当に危ない状況」とまくしたてた。

北京は言わずもがな。ロンドンでも街中に出ればラーメン屋さんがある。だが、リオの街はどうなのだろう。仮にラーメン屋があったとしても、軽々しく出かけられないかもしれないし、そもそも萩野選手が望むような一杯ではない可能性が高い。

ともあれ、萩野選手のそんな話を聞いて、私もひさしぶりにラーメンを食べてくなった。東京競馬場近く『いつみ屋』のダブルワンタン麺。うどんばかりではさすがに飽きますからね。ここのワンタンは相変わらず美味い。

Itsumi 

リオ五輪選手村内には5000席を誇る巨大な食堂が24時間休みなく営業している。評判はまずまずのようだが、残念ながら日本食のメニューは用意されてない。ただし、選手村近くに設置された日本選手団専用の「ハイパフォーマンスサポート・センター」では、ご飯に納豆と焼き魚というような和食が味わえるという。

ひと昔前は、五輪での食事は割と大きな問題だった。選手村の食事が口に合わないからと、日本から持参したカップラーメンで空腹を満たす選手が続出。戦う前からそんな調子では、激しい勝負に勝てるわけがない。それに危惧を抱いたのが野球元日本代表監督の長嶋茂雄氏。2004年のアテネ大会では日本から和食の一流料理人を帯同させ、選手村にも入らないという選択をしたのである。

アテネに向かった「日本代表料理人」に、たまたま知り合いの板前が選抜されていた。高校野球経験を買われての抜擢である。彼はとても喜び、また使命感に燃えて勇躍日本を発った。

ところが、思ったほど選手からの評判が芳しくない。食材は日本から最高のものを送り込んだ。栄養管理にも配慮している。いったいなぜか。

日本屈指の和食のスペシャリストが作るメニューである。どうしても煮物や和え物といった和食中心のメニューになりがち。それに選手たちが興味を示さなかったのがその原因だ。

電話で相談を受けた私は、受話器に向かって叫んだ。「肉だ!とにかく肉をたくさん出せ。栄養管理なんて考えるな。特に松坂投手には、から揚げにマヨネーズだ!!」

我が国屈指の和食の料理人に対して失礼な言であったとは思う。だが、試合直前のアスリートにとって食事とは、単なる栄養補給だけでなく、気分転換の場でもある。楽しく美味しくが第一。栄養があるからとか、良い食材だからなどと押し付けるのではなく、選手が食べたいものを出す方が先決であろう。結果、日本野球でが銅メダルを獲得したときは、私自身も我がことのように歓喜した覚えがある。

それでもアスリートの普段の食生活に栄養管理が必要なことは言うまでもない。チキンマックナゲットを1日100個食べていたというウサイン・ボルト選手も、「主食はブラックサンダー」と公言していた内村航平選手も、ここ数年間は、好物を断ってリオの舞台に挑んでいた。それを思えば、「たまにはラーメン」と言いつつ、普段はうどんばかり食べているオノレの食生活が気になる。まあ、私は金メダルを狙う必要などないのだけれど。

 

***** 2016/08/14 *****

 

 

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2016年8月13日 (土)

本命乱立

せっかくの夏だというのに、ここ数日はぼんやりとオリンピック中継を見てばかり。新潟は遠い。札幌はなおさら。写真を撮ることをやめてしまったから、地元川崎競馬場にさえ行く機会もない。人生始まって以来の暇な夏を過ごしている。

そんな私の置かれた状況を察してくれたのだろうか。久しぶりに原稿依頼が飛び込んできた。競馬とはまったく無関係の仕事だけど。

締切はまだずっと先。だが、生来のせっかち気質のせいか、締切を抱えたまま何もせずに過ごすというのが性に合わない。さしたる理由のないまま手を着けるのが遅れたりすると、逆に着手のきっかけが掴めなくて依頼そのものを忘れてしまいかねないので、たとえ締切が1ヶ月先であっても、とりあえず書いてしまうことにしている。

書き終えて、プリントして、読み直して、手直しして、バックアップを取って(昔ならコンビニでコピーを取って)、あとは先方に送るだけ―――。という地点で、いったん作業を停止。

あまりに早く送って、相手に「手を抜いて書いたんじゃねぇか?」と思われたりしたら癪なので、ここはもったいぶって手元で温めておくことにする。この安心感は、若駒Sを見ただけでマカヒキをダービーの本命と決めてしまい、それを胸に温めたまま春の競馬を見続ける気分とちょっと似ているかもしれない。

ところが、数日後に昼飯用のスパゲティを茹でている最中に、突然啓示が降ってきたりする。こないだ書いた原稿とはまるで違う文章がパッと浮かび上がるのである。書き物をされる方なら同じような経験をお持ちであろう。書き出しから結末まで、一瞬にして全文章が思い浮かぶから不思議。なぜか字数もピッタリである。しかもテーマを考えるとこちらの方が相応しい。鍋の中で渦巻くスパゲティなどうち捨てて、慌ててパソコンに向かうことになる。

こうしてよもやの2作目が完成。タイミングとしては、冬場から決めていたダービーの本命を、皐月賞のレースぶりを見てディーマジェスティに変えてしまったようなものだろうか。蛯名にもダービーを勝たせたいし。

さらに、「さて、そろそろ原稿を送ろうか」と思いつつ湯船に浸かっているその時に、3作目の天恵を授かったりするから始末に負えない。とはいえ「名作は風呂場で生まれる」と聞いたことがあった。となれば、こんどこそ本命であろう。まるで、ダービーの追い切りを見て、「やっぱサトノダイヤモンドはモノが違うよなぁ」と、またまた本命を変えてしまう様にも似る。

さらにさらに、原稿を送る朝になって4作目を思いついたりしたら、もうこれは悲劇である。ダービーのパドックを見て、リオンディーズのデキには逆らえないぞと感じてしまえば、もはやその思いを無視はできまい。

こうして、目の前に4本の本命候補が並べられた。競馬ならBOX買いという手段もあるが、依頼原稿で「4点勝負」などという話は聞いたことがない。そう、私は生来のせっかち気質であるが、それ以上に優柔不断なところもあったのである。結果、依頼主への提出は締切ギリギリになってしまうのだから笑い話にもならない。

Derby 

締切前に苦悩するのも、また最初に書いた一本が一番良いデキであることが多いのも馬券検討に通ずる。とはいえ、依頼原稿や写真で「ハズレ」は許されるものではない。「あぁ、マカヒキのままにしておけば良かったぁ!」と派手に悔やむことができるのは、しょせん馬券であることの気楽さ故でもある。さあ、どうしようか。

 

***** 2016/08/13 *****

 

 

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2016年8月12日 (金)

浦和の子ども

お盆の浦和競馬場は縁日の如き賑わい。あっちを見てもこっちに目をやっても、やたらと子供が目に入る。時代は変わりましたな。

Kingyo 

そんな子供たちが新馬戦に出走する1頭をやたらと応援しているではないか。パドックで「がんばれー!」と声をかけたり、馬券を買ってくれと親にねだる子もいる。つくづく時代は変わった。

こちらがその1頭。タイムパラドックス産駒の牝馬で2番人気に推されている。

Saru 

その名前というのが……、

Baken 

はっはっは。まあ、つまり名前人気ですね。ウマなのにネコ。ウマなのにサル。他愛もないことだけど、私とてこうして馬券を買ってるのだから、子供たちのことをどうこう言えない。

しかし競馬は競馬である。勝ったのは1番人気のファーストホープ。ポンとゲートを出て、そのまま7馬身差の圧勝だから、ここは力が違った。コーナーでは外に張るような仕草を見せていたから、ひょっとしたら右回りの方が良いかもしれない。

1r 

ファーストホープのお母さんトゥモローズライトを覚えている人は、相当コアな南関ファンであろう。道営から転入してきて大井で4勝。主に真島大輔騎手が手綱を取り、長く長く活躍した。

Tomorrow 

トゥモローズライトには多少なりとも縁があったので、私は生まれて数日後のファストホープを見ている。こんなかわいい仔馬ちゃんが、わずか2年後に人を乗せて浦和の800mを48秒5で走るんなんて、なかなか想像できない。

Tomorrow2 

続く浦和2Rも新馬戦。勝ったのはネオユニヴァース牝馬のマキノジュエラーだった。

2r 

1R同様、後続に1秒以上の大差勝ち。しかも、勝ち時計48秒5まで1Rのファーストホープとまったく同じだった。加えて、こちらのお母さんも南関東で活躍した1頭。こちらは重賞勝ち馬だから知っているというファンも多いかもしれない。

Makino 

2006年のロジータ記念で、あのチャームアスリープに土を付けたのが、マキノジュエラーの母・マキノチーフです。懐かしいですね。南関東で活躍した牝馬の子たちが、こうしてまた南関東で走る。それが競馬の醍醐味の大きなひとつだが、それが実現するケースは案外少ないもの。ネコザルに声援を送っていた子供たちにも、いずれそういう競馬の喜びを分かってもらいたい。ちなみに1Rのネコザルは最下位。800mと言えど、サルにはちょいとばかり距離が長かったかもしれない。

 

***** 2016/08/12 *****

 

 

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2016年8月11日 (木)

競馬実況にさも似たり

日本時間の10日に行われたリオ五輪水泳200mバタフライの決勝。最後のターンを終えて先頭は王者マイケル・フェルプス選手。それをタマシュ・ケンデレシ選手、チャド・レクロー選手、そして瀬戸大也選手が追い掛ける。実況アナウンサーは瀬戸の名前を連呼。さあ瀬戸、今大会2個目のメダルに届くか―――。

そう思った瞬間、私と一緒にTV中継を見ていた娘が「大外!」と叫んだ。画面手前。第7レーンを豪快に伸びてくる坂井聖人選手の勢いに、彼女はいち早く気付いたのである。

頻繁に競馬中継を観る人ならば、TV画面の端から伸びてくる伏兵の脚色を見逃すことはあるまい。とはいえ、これは水泳。プールには内も外もないが、それでも画面手前を伸びてくると、たしかに「大外!」と叫びたくなる。そういえば、アテネ五輪で銅メダルを獲得した森田智己選手が、第1レーンでのレースプランを問われて「最内枠を利して大逃げします」と冗談を飛ばしたこともあった。

Gate 

競馬以外のスポーツに競馬用語が飛び出すことは珍しくない。中でも水泳はその最たるものではないか。

実況アナが「逃げ切り」を叫ぶのは日常茶飯事。「いっぱいか」というフレーズも聞いたことがある。冒頭の坂井選手は直後のインタビューで「フェルプスが見えたので差そうと思ったんですが……」と、差し切れなかったことを悔やんだ。200m自由形で敗れた萩野公介選手の「先生の指示で前半脚をタメていった」というコメントなどは、敗戦を振り返る騎手のそれにしか聞こえない。「ラストを32秒台で上がってきた」と解説者が興奮気味に振り返ったのは、もちろん関屋記念などではなく、五輪記録をマークした渡辺一平選手の200m平泳ぎ準決勝だ。

もちろん、これらの言葉は決して誤用などではない。どれも正しいし、むしろ他の言葉を使うよりニュアンスが伝わるものもある。競馬用語が他競技にも溢れるのは、それが便利だからであろう。競馬ファンは胸を張って良い。

むかし、とある水泳解説者が「1身長」と言うべきところを、誤って「1馬身」と言ってしまったことがある。これはさすがに間違いだが、どことなく微笑ましくも感じやしないか。だが、ゴール目前で「そのまま!」と叫ぶ水泳実況には、残念ながらまだ巡り合ったことがない。

 

***** 2016/08/11 *****

 

 

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2016年8月10日 (水)

もうしご

日曜の関屋記念には、昨年の覇者レッドアリオンが登場する。関屋記念の連覇は過去2頭。1996-97年のエイシンガイモンと、2001-02年のマグナーテン。特にマグナーテンは、関屋記念の前哨戦として行われていたオープン特別も連覇していたから、新潟芝は4戦4勝。まさに新潟のもう死語、もとい、申し子と言って良い。

この4勝すべての手綱を取ったのが名手・岡部幸雄騎手。中でも連覇を果たした02年の関屋記念のレースぶりが圧巻だった。新潟の1600mは向こう正面をスタートしてから3コーナーまでの距離が長く、スピードのある馬は引っ掛かることが多い。ハナを切ったミデオンビットの半マイルは46秒4。決して速いとは言えないこの流れを、2番手で追いかけているマグナーテンは、たしかに引っ掛かっているように見えた。だが岡部騎手は拳は低い位置に保ち、馬とケンカする寸前のところで我慢させていたという。

馬を我慢させるには、人も我慢を強いられる。見た目には引っ掛かっているようにも見えるこの姿勢を保つのも、実際はかなり苦しい。いずれにせよ後続の騎手たちは「マグナーテンは止まる」と思ったことだろう。

マグナーテンのデビューは3歳夏と遅かった。しかもそこから未勝利を6戦するも勝ち上がることができない。初勝利は去勢手術を経た4歳の6月。盛岡の中央交流レースである。2勝目も同じ盛岡。珍しいことに岡部騎手がわざわざ駆け付けて手綱を取った。未勝利の当時から、その高い素質に惚れ込んでいたのであろう。そんな人馬のコンビは、関屋記念で通算21戦目を迎えていた。岡部騎手はマグナーテンをすっかり手の内に入れていたに違いない。

ミデオンビットが先頭のまま馬群は直線を向いた。

徐々に後続馬が接近してくる。すると岡部騎手はハミを緩めながらマグナーテンを徐々に加速させた。マグナーテンが気を抜かぬよう、ミデオンビットに馬体を併せにいったのである。そして残り200mで一気に追い始めると、懸命に粘るミデオンビットをあっさりと競り落とした。1年前と寸分違わぬ時計で連覇達成。繊細にして大胆とは、まさにこのこと。わずか1分32秒足らずとはいえ、それはそれは濃密な時間だった。

Sekiya 

レッドアリオンと川須栄彦騎手とのコンビはこれまで16度を数える。昨年のこのレースでは、意表を突く逃げの手に出で栄冠を勝ち取った。今年はいったいどんなレースを見せてくれるのか……と楽しみにしていたら、なんと今回は乗り替わりだという。そう思ってよくよく見れば、関屋記念出走16頭のうち、12頭までが乗り替わりでないか。そういえば先週の小倉記念も12頭中8頭が乗り替わりだった。「お手馬」という言葉は、もう死語になってしまったのかもしれない。

 

***** 2016/08/10 *****

 

 

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2016年8月 9日 (火)

五輪と競馬

リオ五輪の開幕と共に、観光名所コルコバードの丘に建つ巨大キリスト像の空撮映像が幾度となくTV画面に流れるようになった。

Corcobird 

映像の角度によっては、キリスト像の眼下に競馬場らしき施設が見える。それがブラジル競馬のナショナルトラックとも言うべきガベア競馬場。1994年のジャパンカップに出走したサンドピットは、この競馬場でGⅠを3つも勝っていた。言うまでもなくブラジルは競馬大国。そう思えば、五輪の舞台で競馬も見てみたいと感じるのが正しい競馬ファンの姿であろう。

Sand 

「なぜ五輪競技に競馬がないんだ?」

「そんなの無理に決まってるだろ。賞金も出ないレースに世界のトップホースが集まるわけないよ」

五輪のたびに競馬場の片隅から聞こえてくる会話。だが、実は古代ギリシャのオリンピック種目には競馬があった。古代五輪は紀元前776年に第1回が行なわれたが、紀元前680年の第25回から馬が曳く戦車による競走が加えられ、さらに紀元前648年からは平地競走も種目に加えられている。

特に戦車競走はオリンピックの華ともいえる人気競技だったようだ。「戦車」と聞くと「鉄鋼」「大砲」「キャタピラ」のイメージを抱きかねないが、実際には横二輪の一人乗りの車を引く馬車である。すなわち我が国の競馬場でも数十年前まで行われていた、あの繋駕速歩競走に他ならない。

とはいえ、平地競走を現代の五輪種目に加えるのはやはり無理がある。近代競馬発祥の国で行われた前回ロンドン五輪では、「何か競馬と絡めたアクションがあるのか?」と期待してはみたものの、聖火リレーに参加したデットーリ騎手が、アスコット競馬場でトーチを片手に得意の“フライング・ディスマウント”を披露した程度に終わった。野球やスキーなどよりも、遥かに多くの国で行われているスポーツでありながら、スポーツの祭典に参加できないというのは、なんとなく悔しい。

同じ馬の競走でも、エンデュランスならば五輪に追加される可能性はゼロではあるまい。実際、前回ロンドン五輪では馬術競技にエンデュランス種目が加えられるかもしれないという噂があった。エンデュランスとは、ひとことで言えば「馬の長距離耐久レース」。国際馬術連盟の公式種目でもある。2006年にドーハで行われたアジア大会では正式種目に加えられ、砂漠に設けられた120キロのコースでその速さを競った。五輪でできないことはあるまい。

そういえば、2024年の夏季五輪の開催都市にブダペストが立候補している。遊牧民の末裔たるハンガリーならひょっとしたら……などと期待してしまうのだが、果たしてどうだろうか。

 

***** 2016/08/09 *****

 

 

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2016年8月 8日 (月)

チャーハンの日

今日8月8日は「チャーハンの日」であるらしい。冷凍食品会社のニチレイフーズさんが日本記念日協会に登録申請し、昨年認定されたという。なぜ8月8日か。もうお分かりですよね。「パ(8)ラパ(8)ラ」の語呂合わせ。今や「パラパラ」は美味しいチャーハンの代名詞になりつつある。

それにしても、チャーハンの表現に「パラパラ」が使われるようになったのは、いつの頃からだろうか。少なくとも私の子供の頃はなかった。それこそ冷凍チャーハンの宣伝文句がきっかけかもしれないし、漫画「美味しんぼ」の影響かもしれない。「パラパラ」という名のダンスが大流行したこともあったけど、あれは関係ないですよね。むかしオリヴィエ・ペリエ騎手が六本木のクラブで楽しそうに踊っていたなぁ。

そんなこんなで、今日の昼メシは六本木の隣、青山の『蟹漁師の家』にて「蟹玉チャーハン・大盛」とした。

Daitama 

別名「ダイタマ」と呼ばれるこのメニューは相当にデカく、かつ相当に旨い。ゆうに2人前はある分量のチャーハンと聞けば、食ってる途中に飽きてきそうなものだが、ふわっとしたカニ玉や、その上にかけられたトロトロのあんのおかげで飽くことなく箸(スプーンだけど)が進む。チャーハンを食べ終えて、大きなカニの爪が入った味噌汁を飲み干すと「あぁ、カニ食った~」という達成感が身体全体を優しく包み込んでくれる。

カウンターに座った私の瞳には、厨房で大きな中華鍋を振ってチャーハンを作っているコックさんの姿が映っている。体全体を使ったダイナミックかつリズミカルな“鍋ワーク”は、その動きを見ているだけでも楽しい。いつも訴えていることだが、腕の立つプロは例外なく手際の良さに優れており、個々の動きに無駄というものがなく、時にはその所作自身が芸術的にも思える。高く宙空に舞い上がったご飯粒たちのなんと美しいことか。誇らしげに皿に盛られたチャーハンには哲学さえ感じる。これを見れば、ご飯がパラパラかどうかなんてことは、たいした問題には思えない。

そういえば以前、大井競馬場に周富徳さんのチャーハン店が出店していた時期があった。冷やかし半分に屋台を覗きこんだら、周さんご本人がいて、いたく驚いた記憶がある。重賞もない平日だから、客などほとんどいない。よほど退屈してらしたようで、その時はずいぶん長いことお話させていただいた。「周富徳監修」といった具合に、名前だけ出してあとは知らん顔という商売はなるべくしたくない。それでも結果的にそうなっちゃうことも多いんだ。オレの知らないところで進む話もあるから―――。たしかそんなことをおっしゃっていた。

肝心のチャーハンは炊飯ジャーで保温したものをプラスチックの器に盛るだけ。むろん「パラパラ」には程遠い。とはいえ食べてみればそれなりに美味かった。ご飯粒の食感だけ美味い不味いが決まるほど、チャーハンは単純なものではない。きっと、そういうことなのだろう。

 

***** 2016/08/08 *****

 

 

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2016年8月 7日 (日)

【頑張れニッポン馬術④】近代五種

五輪開幕に先立って馬術競技3種目の紹介をしたのに、同じく馬が登場する競技「近代五種」の話が抜けていた。たいへん失礼しました。日本からは岩元勝平選手、三口智也選手、そして朝長なつ美選手の男女あわせて3名が出場予定。朝長なつ美選手は、今年2月に行われたW杯エジプト大会で、日本勢最高の6位入賞を果たしており、メダルへの期待も高い。

フェンシング、水泳、射撃、ランニング、そして馬術(クロスカントリー)という異種五競技の総合成績を競うタフな競技で、欧州では「キングオブスポーツ」の異名を持つ。ナポレオンの当時のフランス軍将校が馬に跨り銃と剣で戦い、川を泳ぎ、丘を走って自軍に戻ったという故事をもとに競技化され、男子は1912年ストックホルム大会から、女子は2000年シドニー大会から競技採用された。

この競技、勝敗のカギを握るのはウマである。

馬術とは異なり、近代五種の騎乗馬は抽選で割り当てられるため、馬の当たり外れがもたらす大逆転も珍しくはない。かつてソウル五輪に日本代表として出場した泉川寛晃選手に割り当てられた馬は、目も当てられぬほどの“ハズレ”だった。落馬を繰り返した挙げ句に放馬。逃げ回る馬を追いかけているうちにタイムオーバーとなり、無得点に終わったのである。過酷な競技の最後に、こんな結末が待っているというのは何とも切ないが、こればかりは自分の力ではどうにもならない。

競技用の馬は五輪開催都市が責任をもって調達しなければならない。だが、軍隊の騎馬隊すら縮小傾向にある昨今では、簡単ではないようだ。欧米ならまだしも、半世紀前の東京の苦悩はいかほどであっただろうか。市民に乗馬の習慣などこれっぽっちもなく、かといって頼みの軍隊ももはやない。実際、前回の東京五輪では「馬の調達ができない」という理由から、近代五種を五輪競技から除外するようIOCに願い出るという一幕もあった。

この願い出は欧州の猛反対で却下されるのだが、無い馬は集められない。そこで、本来なら禁止されているはずの競走馬の使用許可をどうにか取り付け、五輪開幕の1年前になって慌ただしく馬集めが始まった。

ところが、馬の購入資金に充てられた予算はわずか2000万円。競技に必要な80頭を揃えるとなると、一頭あたり25万円である。日本ダービーの1着賞金が1000万円の当時のこと。競走馬も今よりは安いとはいえ、それでも数百万の値はついた。そこでやむなくターゲットを地方競馬に絞り、脚部不安で歩くのもままならないような馬や、人も乗せられぬような気性難の馬などを含め、どうにか80頭を確保したのである。

とはいえ、競走馬をわずか1年で五輪級の馬術用馬に転向させるのは、並大抵の苦労ではない。というか、80頭もいれば実質的に不可能である。実際に馬の訓練にあたったのは、大井競馬の騎手候補生だった。やはりそこは東京都の五輪。中央競馬に手を借りるわけにはいかなかったのであろう。

地べたに置いただけのバーを跨ぐことから教えはじめ、暴れる馬と格闘し、数多の負傷者を出しながら、それでもなんとか馬を仕上げて近代五種競技を無事成功させた騎手候補生たちの労苦は、あまり知られていない。来月、大井で行われる重賞「東京記念」は、もとは「東京オリンピック記念」の名で行われていた。あれから約半世紀。東京五輪を陰で支えた見習い騎手たちの功績に思いを寄せながら、近代五種競技や来月の東京記念を見るのも悪くなさそうだ。

Tokyokinen 

 

***** 2016/08/07 *****

 

 

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2016年8月 6日 (土)

五輪が来れば思い出す

オリンピックの開会式にはあまり興味がないので、場外の東京競馬場にやって来た。スタンド前の直線コースでは、芝の張り替え作業が行われている。

Tokyo 

わざわざ場外に行かなくても、馬券ならネットで買えるのに……。そういう指摘があるのは重々承知。電車賃もかかるし、何より暑い。それでもせっせと場外に足を運んで、汗を拭きながら当たらぬ馬券を買っているのだから救いようがない。

24年前のこと。バルセロナ五輪が行われた夏に、とある病を得て半月ほど入院生活を送ったことがある。夜になれば五輪中継があるが、点滴と検査の時間を除けば、昼間はまったくと言って良いほどやることがない。せいぜい夜ふかしに備えて寝る程度。それも入院患者の行状としては、あまり褒められたものではない。

だから、土日の競馬は何よりの楽しみだった。

金曜の夜に来てくれる見舞客には、「花も果物もいらぬから、競馬専門紙を買ってきてくれ!」と頼み込み、翌朝までに全レースの予想を済ませて、知人に馬券購入を依頼する。土曜の昼過ぎになるとその知人が頼んだ馬券と翌日の新聞を買ってきてくれた。

そのなんと楽しかったことか。

念のために書いておくけど、今のようにネットで出馬表をチェックして、スマホでささっと馬券が買える時代ではないですよ。ネットもスマホも携帯さえもなかった当時、馬券を買うという行為は、少なくとも今ほど簡単ではなかった。

私が入院時に新潟で勝った馬の名は今も忘れない。関屋記念のスプライトパッサー、BSNオープンのフェザーマイハット(2着は大井のジョージモナークだった)。のちにクラフトマンシップやクワフトワークの母となるワーキングガールも勝ったし、ミュゲルージュ、カンセイヒカリ、ワンモアラブウエイといった牝馬の活躍がとにかく印象深い。夏はやはり牝馬の季節なのである。

ただ、入院生活も2週目になると「オッズを見て買いたい」という衝動にかられ始めた。件の知人も今週末は忙しくて来てくれそうにない。

そこで私は意を決して、自らウインズに向かうことにしたのである。これはある意味冒険だった。

外出は許可されていない。が、そうと決めたら行かないわけにもいかない。私の入院する病院は白金にある。バスに乗ってしまえば、並木橋のウインズまで10分ほどの距離。「どうにかなるだろう」とタカをくくって出かけ、思う存分馬券を買い、ちゃんと翌日の新聞も買い込んで帰宅(帰院?)したら、みんな大騒ぎで私を捜していた(爆)

いやあ、怒られましたね。気のせいかもしれないが、その夜の点滴ではモノ凄く痛い箇所に針を刺されたような記憶がある。

今はそんな冒険をせずとも、スマホひとつあれば簡単に馬券を買える時代である。むろん便利になったことは間違いない。だが、あの夏の日、病院を抜け出してバスに乗り込んだ時の、あのなんとも言えぬ高揚感は、そんな利便性ごときで購えるものではないのも事実。だから私は今もこうしてわざわざ場外に足を運ぶのであろう。明日の小倉記念は紅一点のウインリバティで勝負。あの夏から24年が経ったが、夏はやはり牝馬の季節であって欲しい。。

Baken 

 

***** 2016/08/06 *****

 

 

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2016年8月 5日 (金)

恩馬フクリュウ

明日8月6日は広島原爆記念日として知られるが、故・野平祐二氏の命日でもある。祐ちゃんが亡くなって早や15年。アッと言う間でしたねぇ(しみじみ)。ともあれ、今年も祐ちゃんバナシにお付き合いいただきたい。

Abumi 

「先生が乗った馬で、いちばん思い出に残る馬は?」

生前の野平祐二氏に、そんな質問をしてみたことがある。

当然、スピードシンボリという返答が返って来るものと思っていた。こちらとしては、それをきっかけにスピードシンボリの話を伺おうという魂胆である。ところが―――

「フクリュウですね」

祐ちゃんは間髪入れずにそう答えた。

「フクリュウ……ですか?」

「知らない? 日経賞を大差で逃げ切ってみせたんですよ」

「いえ、てっきり、スピードシンボリかと……」

「彼はどちらかと言えば“戦友”ですね。でも、フクリュウがいなかったら、私はもっと早く騎手を辞めてたはずですよ。“恩人”ならぬ“恩馬”なわけ。わかる? 彼女の名前を最初に出さなきゃバチがあたりますよ」

若かりし頃の祐ちゃんは、競馬サークル内でも決して目立つ存在ではなかったそうだ。当時まだ珍しかった長手綱にアブミを極端に短くした騎乗フォームこそ話題になっていたものの、それが肝心の成績につながってこない。周囲からはフォーム自体に欠陥があるのだと指摘され、「あんな乗り方をする野平は乗せるな」という声さえ上がっていたのだという。

だが祐ちゃんは信念を曲げなかった。そしてフクリュウと出会う。

「フクリュウは人が乗ると顔色を変えるんです。信じられないかもしれないけど紫色にね」

フクリュウはいわゆる難しい馬だった。自分が気に入らないことがあれば暴れたり、逆に押しても引いても動こうとしなくなる。名手と謳われた保田隆芳騎手が乗ってもまともなスタートが切れず、出走停止処分を受けた。一流騎手に依頼しても迷惑をかけるだけということで、祐ちゃんに手綱が回ってきたのである。

「もしかすると、なにかをきっかけに人間との信頼関係が崩れてしまい、人間不信に陥っていたのかも知れませんね。それからはフクリュウと心を通わせようと、調教であらゆる手だてを講じました」

フクリュウとのレースでは馬と会話することに全神経を注いだ。結果は、鮮やかな逃げ切り勝ち。後年、若い騎手たちに「馬は力で御すもんじゃない。大事なのはリズム」と唱え続けたその原体験は、実はここにある。祐ちゃんはこの年72勝をあげて開眼した。1958年にはその後19年間も破られなかった年間121勝をマーク。独自の騎乗スタイルが正しいことを、自らの成績で証明してみせた。

「それがのちのスピードシンボリ、そして私のヨーロッパ遠征へと繋がっていくんです」

騎乗技術の理想を追い求め、信念を曲げることなく、ただひたすら技術を磨き続けた努力の日々。「ミスター競馬」というこれ以上のない称号は、決して天与の才能だけで掴み取ったものではなかったのである。

私は祐ちゃんの騎乗したレースをライブで見た経験を持たぬが、のちに郷原洋行氏から聞かされた「(祐ちゃんは)風のように見えなかった」というフレーズが忘れられない。まさしく人馬一体の極致の姿が、そこにはあったのであろう。

 

***** 2016/08/05 *****

 

 

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2016年8月 4日 (木)

雨を待ちわびて

馬服を着込んで馬房に佇んでいるのは、今年産駒がデビューした種牡馬スマートファルコン。

Smart

夏とはいえ、そこは北海道。夏風邪などを引かぬように厚着をしている……、ワケではありません。

なにせ、ここ数日の北海道はうんざりするほどの猛暑。内陸のあちこちで真夏日を記録する一方、千歳から日高にかけては朝から晩まで深い霧が立ち込めて門別競馬の開催を飛ばし、山沿いでは時間雨量100ミリを超える豪雨が降って農作物に甚大な被害を与えた。「東京から暑さを連れてきたな」。何度そう言われたことか。そりゃあ私だって北海道のカラッとした爽やかな夏を味わいたかったですよ。

まあ、ともあれ北海道とはいえど暑いのである。ふんじゃあ、なぜスマートファルコンはあんな厚着をしているのか。ひょっとしたら我慢大会か? いやいやそうではない。これは虫よけ。本格的な夏の到来と共に、馬たちが大嫌いなアブたちも活動を開始した。皮膚が弱かったり、あるいは極端に虫嫌いで暴れちゃうような馬は、こんな防護服を着て馬房で大人しくしているしかない。せっかくの夏なのに……。なんか切ないですね。

馬は暑さも嫌いだが、それ以上にアブが嫌いだ。おそらく馬にとっていちばんの苦痛であろう。アブに噛まれることを思えば、デムーロ騎手の連打ムチなど屁でもない……と思う。

安平の社台スタリオンを出るとポツポツと雨が降り出した。胆振日高界隈はすっきりしない天候が続く。雨は厚真で本降りとなり、むかわで豪雨となった。目的地の牧場での天候が気になる。雨は勘弁してほしい。

しかし、やがて富川で小雨に変わり、門別本町で日高道を降りると雨は完全に上がっていた。さらに牧場に到着すると雲の合間から陽射しが差しこんできたではないか。やった。これはツイてる。そこで牧場主に伝えた。来る途中は大雨だったのに、ここまで来たらピタリとやんだんですよ、と。

そしたら、牧場主の表情は暗くなった。加えて「あっちはそんなに良い天気なのか」とおっしゃる。

なぜ雨が「良い天気」か。答えはアブにある。雨が降ればアブは出てこない。だから、馬たちは雨に打たれながらも嬉々として放牧地を駆け回る。一方で雨が上がり、陽が差して気温が上がれば、アブたちの出番。待ってましたとばかりに放牧地を飛びまわって馬の血を吸う。アブに苦しむ馬の姿は正視に耐えない。普段なら私に噛みついたり、体当たりしてくる嫌~な繁殖牝馬も、この時ばかりは懇願するような表情で近寄り、「お願い、アブ払って」と訴えかけてくる。私は背中や腹回りに止まったアブをちから一杯ひっぱたいて潰してやった。普段の仕返しとばかりに。

幸か不幸か、これだけ天候不順の北海道にいながら、今回は一度も傘を使うことはなかった。でも、それは馬にとっては辛い時間だったのであろう。いま思えばスマートファルコンも、ああして雨を待ちわびていたのかもしれない。

 

***** 2016/08/04 *****

 

 

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2016年8月 3日 (水)

直子たちの戦い

ディープインパクトです。

Deepimpact_2 

種付け料は父サンデーサイレンスと同じ3000万円にまでハネ上がりましたが、それでも230頭の配合相手を集める人気ぶり。社台にあれほどいたはずのサンデー直子の種牡馬も、気が付けばディープとハーツの2頭になってしまいました。サンデーサイレンスの後継種牡馬争いは、直子から孫の世代に戦いの舞台が移りつつあります。

一方のキングカメハメハも、種付け料がついに1000万円の大台に乗りました。ここ数年は健康上の理由から種付頭数をセーブしてきましたが、今年は久々に100頭を超えました。まだまだ頑張ってもらわねばなりません。

Kingkamehameha 

自身の馬房の前にはドゥラメンテがスタッドイン。ほかにも、社台にはロードカナロア、ルーラーシップ、ベルシャザールがいて、キングカメハメハの直子たちの戦いは、今まさに火蓋は切って落とされたところ。果たしてどの馬が残るのか。本命が勝つとは限らないのが競馬です。

 

***** 2016/08/03 by SP *****

 

 

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まっ黒?

新千歳空港において、あの色黒で有名な歌手M・Sさんに遭遇。いやあ、実際にお目にかかるのは初めてですが、ホントに真っ黒ですね。さすがに写真は撮ってませんので、代わりに今日のマックロウの写真をどうぞ。

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M・Sさんの姿を見て、先日引退したばかりのセイントメモリーを思い出しました。愛のメモリーならぬセイントメモリーですね。引退式行きたかったなぁ。まあ、今日のサンタアニタトロフィーもお休みする身では無理ですわ。セイントメモリーがサンタアニタトロフィーを連覇してから、気付けば2年が経ちます。

 

***** 2016/08/03 by SP *****

 

 

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置物?

北海道は連日のむし暑さ。クロフネはじぃっと立ったままピクリとも動きません。余りの暑さに体調を崩したのでしょうか?

いやいや、これはいつものこと。

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今年で18歳。いつの間にか、社台スタリオンで2番目の年長になりました。早いものですね。ふんじゃあ、最年長馬は誰か? それは24歳のフレンチデピュティ。クロフネのお父さんですね。フレンチも普段は「置物」になっていることがしばしば。そこはやはり親子です。

 

***** 2016/08/03 by SP *****

 

 

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2016年8月 2日 (火)

馬には乗ってみよ

朝早くに日高を出て、高速を銭函まで飛ばした。目的地は春香ホースランチ。こちらでは自然の変化に富んだコースで乗馬トレッキングを楽しむことができる。今日の私の相棒はオリーブ君。牛のようなブチ模様のベテランだ。

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「馬には乗ってみよ―――」

こんな言葉を聞いたことがあるだろうか。本来は「人には添うてみよ」とセットにして、「深く付き合ってみなければ人間同士お互いの相性は分かりませんよ」という意味のことわざ。だが、私は文字通り「馬に乗ってみなければ、馬のことは分かりませんよ」と捉えている。一日中馬を見ていても気づかなかったことが、パッと乗っただけで分かったという経験がこれまでに何度あったことか。だから「馬には乗ってみよ」なのである。

手綱から伝わる感触。常歩や速歩のリズム。これらは、何度も繰り返し目で見たところで、その違いを分かるのは難しい。それで話は昨日の続きになる。見ているのに、見えてない。ならば身体でその違いを感じれば良い。「見る」というのは、なにも眼だけに頼る行為ではない。

例えば「折り合いを欠く」という言葉がある。競馬をやっていれば誰もが耳にしたことがあるに違いない。おそらく「負けた騎手の言い訳ランキング」でトップを争うほどのメジャーな言葉であろう。

だが、実際に折り合いを欠くということはどういうことか。競馬場やTVの画面を通じて、それが本当に「見えて」いる人は実は案外少ない。たいていは「騎手が立ち上がるように手綱を引っ張っている」とか「馬が頚を上げて反抗している」姿。あるいは逆に「騎手が手綱をしごいているのに馬が進んで行こうとしない」という姿を見て、多くの人は「折り合いを欠いている」と判断するのではあるまいか。

それらは結果的に正しいケースもあるかもしれないが、騎手に言わせると全く違う。彼らによれば、手綱を引っ張っていても折り合っていることもあるし、逆に手綱も拳もピタリと静止しているのに、騎手と馬がケンカしていることもあるという。じゃあ、実際にどういう状況なのか? そう聞くと彼らは決まってこのように言う。「馬に乗らなきゃ分かりませんよ」。だから私はこうして馬に乗っている。

クマ笹やエゾカンゾウなどの下草が茂る林を進むと、木々の間が明るくなり、眼下に日本海が広がった。しばらく馬の足を止め、馬上で海風を受ける。これほどの爽快感はなかなか味わえまい。

すると突然背後でからガサガサという音が聞こえた。馬にも我々にも緊張が走る。まさかクマ―――?

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恐る恐る見つめる先から顔を出したのは2頭のエゾシカ。ふぅ。一同安堵の息をつく。馬も平静を取り戻したようだ。その気持ちの変が手綱を通して伝わって来るのが分かる。ああ、このことか。騎手の言う「折り合い」のことが、少しだけ掴めたような気がした。

 

***** 2016/08/02 by SP *****

 

 

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ドゥラメンテの左前

ドゥラメンテの左前は、ようやく症状が落ち着いてきました。

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「骨折はしていないが……」

その微妙な言い回しに違和感を感じていた方もいらっしゃるかと思います。実際、ドゥラメンテの予後は予断を許さない、緊張感を伴うものでした。一歩間違えれば命に関わるものだっただけに、今は安堵の空気が流れています。

父キングカメハメハ、母の父サンデーサイレンスという血統から配合相手は限られるとの見方もありますが、同じ血統構成を持つベルシャザールが100頭以上の配合相手を集めていることを思えば、心配するほどのことではないのかもしれません。

 

***** 2016/08/02 by SP *****

 

 

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超でっかい

朝ごはんです。

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腹ごしらえをして、これから馬に乗りに行きます。

 

***** 2016/08/02 by SP *****

 

 

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2016年8月 1日 (月)

見ているのに見えてない

梅雨が明けた途端に灼熱地獄と化した東京を逃げ出して日高の牧場に来ている。写真はクロフネの当歳馬。生まれて4か月ほどで、もうこんなに白くなっている。

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昔のように朝から晩まで子馬をレンズで追っかけ回すことはしない。トシのせいもある。その代わりオノレの眼で馬を見る時間を増やした。1日ずっと馬を見てるだけ。いいトシしたおっさんが、いったい何をやっているのか。

よほど暇なんだなあ―――。

周囲は笑うかもしれない。 私が見ているのは今年生まれの当歳馬たち5~6頭。同じ馬を6月に見たはずだが、その時よりもずいぶんと大きくなっている。とはいえ、それでも子馬には違いない。端的に言えばカワイイ。それ以外の感想はなかなか湧いてこない。これをひと目見ただけで億単位のカネをつぎ込む人たちがいる。凄い。私には到底できない。

飽きずに見ていると、ふと気が付くことがある。あいつが歩く時の前脚の出し方は、他のヤツとちょっと違うんじゃないか。

それでさらにジッと見ていると、立ち止まった時の前脚の角度からして違うような気がしてきた。いや、明らかに違う。なぜ今まで気が付かなかったのか。

モノを「見る」、あるいはモノが「見える」という言葉は、つまりこういう意味を含んでいる。私が近視の上に老眼で、しかも緑内障を患っているとはいえ、それでも私の目に馬は「見えて」いる。四本脚で、栗毛で、額に星があって、左後一白で……と言う具合に。しかし、それだけでは本来の「見える」の意味に足りてはいない。「違いがわかる」ことこそが重要なのである。

写真を撮っていた時はそんなこと気にも留めなかった。レンズを通してちゃんと見ているようで、その実は見えていないのである。光の当たり方とか、フレーミングとか、背景とか、余計なことを考え過ぎているせいかもしれない。

「見る目がある」と書けば、言わんとするところが分かってもらえるだろうか。むろん「見る目」には知識も必要となる。が、それより先に違いが見えてこなければ始まらない。それがあって、初めて能書きが始まる。相馬眼はその最たるもの。みな同じものを見ているはずなのに、違いに気付く人だけが億のカネを子馬につぎ込むことができる。

見ているのに、見えてない―――。

パドックでの馬体観察なども、実はこれが日常なのではないか。それでも、今日の私のように時間をかけて見ていれば違いに気づくことも稀にある。これは「発見」にほかならない。そう思えば、発見という事象は極めて個人的であることがわかる。違いに気づく前の自分が、違いに気付いた自分に変わった。体現できるのは自分だけですからね。そこに他人が介在する必要はない。

それにしても、五十歳を目前にして今さら「自分が変わる」ことなど、そうそうあることではあるまい。だから飽くことなく馬を眺めていられるのであろう。でも、眺めているだけではさすがにもったいないから、明日は乗ってみることにしようか。

 

***** 2016/08/01 by SP *****

 

 

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