« 冷やし中華 | トップページ | 真夏のドレスコード »

2016年7月 5日 (火)

早過ぎる真実

「東京、落選しました。第1回の投票で最少得票。決選投票に進めませんでした」

朝日新聞社のツイッターの公式アカウント「朝日新聞オリンピックニュース」が、IOC総会の開催都市投票を巡り、「東京、落選」と速報したのは2013年9月8日未明の出来事。1回目の投票でイスタンブールとマドリードが同じ票数で並び、最下位を決める再投票が行われることになったのを、東京が落選したものと勘違いしたという。数分後に書き込みを削除し、「失礼しました。東京が最多得票でした。決選投票へ進みます」と訂正のツイートがなされた。

普通、新聞記者が記事を書く時は―――某有名夕刊紙を除いて―――ウラを取ることを忘れない。だが、ツイッターの情報にそこまで求めるかどうか。これは意見が分かれるところであろう。だが、少なくともこの誤報に、私は悪意を感じることはない。

「スマホで1・1・0と発信すると通信速度が早くなる」

こんな誤報がツイッターで拡散し、不必要な110番通報が急増しているとして、警察が注意を呼びかける騒ぎになったこともある。その内容は「iPhoneのキーパッドで『1』を2回、『0』を1回入力して一定時間内に発信すると、通信制限が解除される」というもの。それで警察の司令部には普段の三倍以上のいたずら電話がかかってきた。この誤報は悪意そのもの。「デマ」であることに疑いはない。だが、これを鵜呑みにする人間がいることに私などはむしろ驚く。110番は警察―――。そんなこと小学生でも知っているはずではないのか。

ネット上に限らず、世の中に無数に落ちている情報がすべて完璧に正しいはずはない。このブログも然り。正しい情報だけを書き連ねているつもりではいても、間違いのひとつやふたつ、きっとある。むろん間違いを指摘されればただちに書き直すし、謝りもする。しかし、少なくとも悪意の誤報はない。それはブログを通読していただき、情報の受け手に判断してもらうしかいない。

それでも、世の中には悪意のない誤報に対してもいちいち怒りをぶつけて来る人がいる。このブログとて例外ではいられない。コメントの多くは間違いを指摘してくれるものだが、明らかに怒りを含んだコメントが稀に届く。ある馬の名前を間違えて書いていたからといって、そこまで怒らんでも―――。そう思いながら、コメントの主に謝罪のメールを送る。が、こういうコメントに附記されたメアドは実在しないことがほとんどだ。

Gate 

「誤報は早過ぎる真実」

中国のネット社会では、そんな言葉が浸透しているらしい。当局が未発表のある事案について、何者かがネットに書き込む。中には意図的なデマもあるが、当局がひた隠しにする事実が暴かれることもある。むろん当局は投稿を「悪質なデマ」と非難する。投稿者が投獄される例もなくはない。だがその投稿は、歴史に真実を書き留めたいという叫び声だ。むろんウラなど取っている暇はないから、多少の間違いはあるかもしれぬ。仮にそうだとしても、善意の誤報として許される範疇であろう。

何を言いたいか。情報の真偽を見抜くのは簡単ではないと言われる。だが、善悪を判断することはさほど難しくないはず。事実と多少異なるからといって、善意の誤報にまで怒りをぶつけることは、その人にとって決して得にはならない。なぜか。結果的にそれが「早過ぎる真実」の発信源を閉ざしてしまいかねないからだ。

ブログにせよツイッターにせよ気軽に書き込めるツールとして広まったはずなのに、有益な情報や意見を持つ人ほど、実は「気軽さ」が失われているという現実がある。ウラを取るのはもちろん大事。だが、それにこだわればツールとしての魅力は低下する。

もちろん人の健康や生活、あるいは人権にかかわるような情報に、正確さと慎重さが求められることは言うまでもない。だが、競馬にも同じレベルを求めるべきか。

たとえ競馬であろうとも、いかなる誤報も許せぬ。そういうのなら、翌日まで待てば新聞紙面が教えてくれる。そこまで待てないと言う人がネット情報に頼るのであろう。ネット情報の評価基準に、「真偽」だけではなく「善悪」の物差しを加えたい。有益かつ貴重な情報源を失えば、競馬ファンの周囲には当たり障りのない、誰もが知る無価値な情報で埋め尽くされることになる。「早過ぎる真実」という言葉の意味を深く噛みしめたい。

 

***** 2016/07/05 *****

 

 

|

« 冷やし中華 | トップページ | 真夏のドレスコード »

競馬」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 冷やし中華 | トップページ | 真夏のドレスコード »