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2016年7月 9日 (土)

【訃報】メイセイオペラ

10年前に種牡馬として韓国に渡ったメイセイオペラが、今月1日に現地で亡くなっていたことが分かった。心不全だという。日本の関係者が、帰国に向けての準備を進めていた矢先の訃報だった。

1999年のフェブラリーS。馬群が4コーナーを回ったところで、立錐の余地なきスタンドから上がった轟音の如き歓声は今も忘れない。残り300m。3本の脚に白いソックスを履いたような派手な栗毛が、スルスルと先頭に立った。メイセイオペラだ。馬場の真ん中を堂々と駆け抜けて1着ゴール。JRAのダートの猛者15頭を全く寄せつけない快走に、東京競馬場は歓喜の渦に包まれた。

地方所属にしてJRAのGⅠを勝った馬はメイセイオペラただ一頭。だが、単に強かったからメイセイオペラが伝説になったわけではない。

JRAと地方公営競馬は主催者が異なるのだから、同じ競馬であっても当然ながら垣根が存在する。メイセイオペラも世が世なら「岩手の雄」程度の評価で終わっていたかもしれない。だがこの2年前にダートグレードが制定されたことで、徐々にではあるが両者の垣根は取り除かれるようになった。それは強い馬が、より強い相手を求めてレースを選べるシステム。今となっては至極当然のように聞こえるが、当時の競馬界ではそれすら手探りだったと言っていい。それを見事に具現化してみせたのがメイセイオペラなのである。

地方所属だからとか、JRA所属だからとか、そんな古い概念はもはや時代遅れだ―――。

そう言わんばかりの快走であった。この年エルコンドルパサーは欧州を転戦して凱旋門賞2着、サンクルー大賞優勝という素晴らしい成績を残している。もはや国際間のハードルさえない時代。日本国内に垣根が存在すること自体がおかしい。

Meisei2 

2010年のフェブラリーS当日の東京最終12レースは「メイセイオペラ・メモリアル」と銘打って行われた。JRAのレース名に地方所属馬の名前が使われるなど前代未聞。だが、そんなことでいちいち驚く私も、古い考えの持ち主と指摘を受けそうだ。

国内でも独自の馬文化を誇り、スイフトセイダイやトウケイニセイなど公営屈指の強豪馬を輩出してきた岩手競馬には「岩手の雄」と語り継がれる名馬が数多く存在する。だが、JRAのレース名になっただけでなく、彼を題材にした著作「砂の王メイセイオペラ」が馬事文化賞を受賞し、NKKの人気ドキュメント番組「プロジェクトX」の題材にも選ばれたメイセイオペラは、「岩手の雄」を超越した存在だったように思えてならない。そういう意味ではやはりレジェンド。それを皆が薄々感じていたからであろう。あの日、東京競馬場には寒風をものともせず104,330人もの大観衆が詰めかけた。そのひとりひとりが伝説の目撃者だ。メイセイオペラの冥福を祈る。

 

***** 2016/07/09 *****

 

 

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コメント

店主様
今晩は。お返事をありがとうございますm(__)m
なんと。。。という事は少し年上のアブクマポーロもJDDが存在しない時代なのですね。なんとももったい無い。

投稿: すかどん | 2016年7月10日 (日) 22時49分

JDDがメイセイオペラの年に行われていれば……と思いますね。JDDはメイセイオペラが5歳(現表記4歳)の年から始まったんです。

投稿: 店主 | 2016年7月10日 (日) 09時57分

店主様
お久しぶりでございます。馬鈴薯とチョコが苦手な競馬ファンでございます。競馬ファン歴の浅い私ゆえ、ことさらにメイセイオペラの他界はショッキングでした。語り継がれる偉大さ・シンボルとして・そして私好みのルックス…合掌。リアルタイムで、かのフェブラリーSを観戦された方々が羨ましいです。そして競馬開催がある度に、のちに伝説となる瞬間を見逃さないつもりで観てしまいます。今週のJDDもまた楽しみでなりません。

投稿: すかどん | 2016年7月10日 (日) 00時44分

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