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2016年7月31日 (日)

【頑張れニッポン馬術③】障碍

障碍飛越は、日本馬術勢がオリンピックで唯一金メダルを獲得したことのある競技。これに自身6度目の五輪となる杉谷泰造選手が、親子3代で追い続ける五輪メダルの夢に挑む。

杉谷選手の祖父・川口宏一さんは「馬術の神様」とも呼ばれた人物で、43歳の時にメルボルン五輪に出場を果たした。そして父・杉谷昌保さんも、メキシコ、ミュンヘン、モントリオールと3大会連続出場の経験を持つ。親子3代で通算10度目の五輪ともなれば、家庭的にはもはや4年に一度の恒例行事といったところだろうか。

泰造選手本人はモントリオール五輪直前に生まれ、4歳で初めて乗馬を体験。9歳から競技に参加し、16歳でニュージーランドで行われたノースアイランド選手権大障碍飛越競技ジュニアグランプリを勝ち取った。まさに絵に描いたような馬術人生。五輪でのメダル獲得は親子3代の宿願でもある。

それにしても夏季五輪の6大会連続出場は凄い。女子柔道の谷亮子選手を抜き、単独トップの記録だという。

しかし上には上がいた。同じくリオの障碍飛越に出場予定のイアン・ミラー選手(カナダ)は、なんと今回で11大会連続の五輪出場。しかも、ただ出ているだけではない。8年前の北京では、団体で銀メダルを獲得している。馬術競技の奥深さを思い知らされるレジェンドだ。

杉谷選手にしても連続出場記録ごときで満足しているはずながい。2004年アテネ大会では、日本馬術界としては戦後最高順位となる16位に食い込んだ。その瞳は1932年ロス五輪金メダルの西竹一以来、84年ぶりとなる表彰台を見据えている。

Jump 

【出場選手】
 杉谷泰造
 福島大輔
 武田麗子
 桝井俊樹

【日程】※現地時間
 8/14(日) 10:00 個人1次予選・団体1次予選
 8/16(火) 10:00 個人2次予選・団体予選
 8/17(水) 10:00 個人3次予選・団体決勝
 8/19(金) 10:00 個人準決勝 13:30 個人決勝

 

***** 2016/07/31 *****

 

 

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2016年7月30日 (土)

【頑張れニッポン馬術②】馬場

五輪の馬術競技と聞いて法華津寛選手を連想される方は多いと思う。だが、法華津選手が実際に出場していた種目を知る人は案外少ないのではあるまいか。それがこの馬場馬術。障碍飛越では決して見ることのできない、エレガントな人馬の演技が「馬場」の醍醐味だ。

Baba 

20m×60mのアリーナ内で、速歩、横歩、後退などの規定科目をこなし、その優雅さと正確さを競う採点競技。体操やフィギュアスケートと同じようにリズム、躍動感、そして気品までもが採点の対象となる。

自由闊達に走りたい馬にしてみれば、きっとストレスの溜まる種目であろう。そのストレスを表に出させず、いかに馬が自ら進んでステップを踏んでいるように見せるか。そこが勝負の分かれ目となる。馬への扶助動作(指示)が外からハッキリ見て取れるようではいけない。ある意味で、究極の人馬一体を追い求める種目であろう。

そのためであろうか。この種目は女性選手が活躍することでも知られる。馬術は五輪競技の中で、唯一男女の区別なく行われる競技だが、中でも馬場馬術は女性選手の活躍が著しい。北京五輪では女性選手が表彰台を独占。しかも金メダルを獲得したオランダのアンキー・ファンフルンスフェン選手は、シドニー、アテネと合わせて3連覇だった。となれば、黒木茜選手と北井裕子選手に注目せぬわけにはいかない。

北京でもロンドンでも、馬場馬術では法華津寛選手の年齢ばかりが話題となった。しかし、今回は2大会ぶりに団体の出場権も獲得し、総勢4名もの選手が出場する。その華麗な演技にぜひとも注目していただきたい。

【出場選手】
 原田喜市
 黒木茜
 高橋正直
 北井裕子

【日程】※現地時間
 8/10(水) 10:00 個人予選・団体予選
 8/11(木) 10:00 個人予選・団体予選
 8/12(金) 10:00 個人予選・団体決勝
 8/15(月) 10:00 個人決勝

 

***** 2016/07/30 *****

 

 

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2016年7月29日 (金)

【頑張れニッポン馬術①】総合

リオ五輪の開幕がいよいよ一週間後に迫った。例によって馬術に関する報道が少ないとお嘆きの貴兄のため、今日から3回に渡ってオリンピック馬術競技について書こうと思う。

まず最初に開会式翌日の8/6(土)から始まる「総合馬術」から。

Cross 

3日間で「馬場」「耐久(クロスカントリー)」「障碍飛越」の3競技を同一人馬で戦い抜くタフでハードな種目。日本からは大岩義明選手と北島隆三選手の2名が出場する。中でも一番の見どころはクロスカントリーであろう。

最大で45個もの障害物が設置された全長約6キロにも及ぶコースは、人馬の体力を容赦なく奪う。「耐久」の名はダテではない。終盤は人も馬もバテバテ。それでもお互いゴールを目指さねばならないのだから、最終的には人馬の絆が試される競技だと言っても良い。大岩選手の騎乗馬はザデュークオブカヴァン。北島選手のパートナーはジャストチョコレート。人馬一体の走りを期待しよう。

北島選手は五輪初出場だが、大岩選手は北京、ロンドンに続いて3度目の五輪。当然期待も高い。だが、過去2度の大会では決勝に進むことができなかった。特にロンドンでは、最初の馬場を首位で通過しながら続く耐久で落馬。途中失権の憂き目を見た。耐久前半も好調だっただけに、なお悔やまれる。三度目の正直はなるだろうか。

それにしても、今大会でも馬術競技のTV中継は期待薄。それでもNHKが中継動画をネット配信するようだから、それに期待しよう。

【出場選手】
 大岩義明
 北島隆三

【日程】※現地時間
 8/6(土) 10:00 馬場(初日)
 8/7(日) 10:00 馬場(二日目)
 8/8(月) 10:00 耐久
 8/9(火) 10:00 障碍(1回目) 14:00 障碍(2回目)

 

***** 2016/07/29 *****

 

 

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2016年7月28日 (木)

隻眼の馬たち

私事であるが、私の右眼の緑内障が判明したのがロンドン五輪の直前だったことを思い出した。この病気と付き合い始めてかれこれ4年になる。

今のところ薬が効いくれているのか、幸いにも視野狭窄の進行速度は低下している。だがしかし、ゆっくりと、しかも確実に視野が狭まっていることは否定しようがない。それにつれて私の相馬眼も相当低下したような気がする。昔は、もっと馬が見えたような気がするんですよねぇ(笑)

ただちに生活に支障をきたすレベルではない。とはいえ、それでも医者から近い将来の「失明」の可能性を告げられれば、動揺せずにはいられないもの。発覚時は慌ててブルーベリージャムを買い込み、浅草でヤツメウナギを食べたりしたが、目に見えるような効果はなかった。そもそも「目に見える効果」が見えないのは、目が悪くなっていればこそか。

失明について思いを巡らせながら競馬を見るうち、かつて隻眼の馬たちが活躍していたことを思い出すようになった。

JRAの規定では、馬名登録前に一眼を失明した馬は登録が認められないが、登録後に片目のみを失明した場合は、平地競走に限り出走できることになっている。古くはキョウエイレアが有名。片目を失いながらもカツラギエースやスズカコバンを相手に1984年の高松宮杯を逃げ切り、「片目の逃亡者」とか「独眼竜」などと呼ばれた。

最近の例ではウインジェネラーレが知られている。馬房で暴れて右目の瞼をひっかけてしまい、ブドウ膜炎を発症して失明。だが、その2年後にはオールカマーでバランスオブゲームから0秒1差の6着と健闘した。手綱をとった勝浦騎手が「乗っていて違和感はなかった。失明していると言われなければ分からない」と話していたことを思い出す。

Win 

そのオールカマーには、隻眼の馬が2頭出走していたことで話題になった。そのもう一頭はルーベンスメモリー。3歳春に山元トレセンのウオーキングマシーンの中で右目に外傷を負い、これが原因で失明した。だがそれから5勝を挙げたのだから凄い。しかもそのうち2勝がコーナーが見えにくいはずの右回りだと聞けば頭が下がる。

Memory 

コーナーを回りつつ全力で走らなければならない馬にとって、失明のハンデは小さくない。馬群の中で右側あるいは左側にいるであろう相手がまったく見えないその恐怖は計り知れぬものがある。それでも隻眼の馬たちが勝利を挙げることができたのは、騎手の巧みな手綱さばきや関係者の尽力があってこそだろう。

Gurume 

グルメサンシャインも放牧中の事故で左目を失明した一頭。だがそのハンデをはねのけて、左回りの東京で2勝を挙げている。眼球を摘出したあとは感染症を発症しないよう、このような「透明半頭面」と呼ばれる馬具で左目を覆い隠してレースに臨んでいた。こういう馬具を付けた馬を見かけたら、みなさんも応援してあげてください。

 

***** 2016/07/28 *****

 

 

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2016年7月27日 (水)

馬路村から

府中の讃岐うどん店『喜三郎』に夏限定のメニューを食べに行った。

Udon 

その名も「キングぶっかけ」。600グラムもの麺が放り込まれた巨大なドンブリに、すりゴマや大根おろしなどの薬味が添えられてくる。いやぁ、素晴らしい眺めですね。これで730円なら安い。まずはそのまま食べて、次いで大根おろしを加えて数口。さらにすりゴマや天かすを続々と投入。どんどん味が変わってゆくが、終盤はさすがに飽きてくる。さあ、どうしたものか……。

そのとき、こんなものが目に入った。

Yuzu 

卓上に置かれたユズ七味とユズの搾り汁。どちらも「馬路村」のロゴが入っている。

馬路村は高知県の東部、馬の背のような山をいくつも越えた先の徳島県との県境にある。人口は923人(※2016年3月31日現在)。国道や鉄道はおろか、信号もコンビニもない。いわゆる過疎の村。なのに「元気村」としてその名を全国に知られている。なぜか。その答えが、このユズである。

村が脚光を浴びたのは1988年、農協がユズ飲料を売り出したのがきっかけ。果汁とハチミツだけで作った素朴な味が消費者の心をとらえた。以後、ポン酢しょうゆ、七味、ドレッシングなどでヒット作を連発し、今では年間30億円の売上を誇るという。

それにしても気になるのは「馬路」。その村名の由来である。

有力な説はふたつ。狭い土地を表わす「狭地(せまじ)」あるいは「間地(まじ)」が「うまじ」に変化したという説と、文字通り「馬」でなければ通れないほどの険しい「路」でしか辿り付けないという説だが、私としては当然のことながら後者を取りたい。

そんなことを思いつつ、ユズの搾り汁をうどんに数滴ふりかけて最後のひと口を啜ってみた。まろやかな酸味が、うどんのもったりとした甘さをキュッと引き締めてくれる。うーむ、美味い。最初からこうすればよかった。

帰宅すると、茨城の牧場からお中元が届いているではないか。おお、嬉しい。さあ、いったい中身は?と開けてみると、

Drink 

まさかの馬路村のゆず飲料でした。こんなことってあるんですね。ともあれ、これでしばらくユズの味に困ることはなさそうだ。

 

***** 2016/07/27 *****

 

 

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2016年7月26日 (火)

猛暑と馬インフル

暦の上では「大暑」だというのに、関東は涼しい日が続いている。

東京は今日も雨。最高気温は27.4度。7日連続で30度に届かなかった。暑さが苦手な身としては正直安堵。が、夏らしさがまるでない夏というのも、どことなく寂しい。これでは鰻も売れないのではないか。つい1か月ほど前まで、「ラニーニャ現象の影響でこの夏は史上もっとも暑い夏になる恐れがある」と天気予報は盛んに煽っていたはず。なのにこれのどこが「史上もっとも暑い夏」だ? そんな声も聞こえてきた。なにせ、関東は梅雨明けの発表さえ未だない。

関東の梅雨明けは8月にズレ込む可能性もあるという。最近では2007年がそうだった。この年、関東の梅雨明けが宣言されたのは8月2日である。そのあとに何が起きたか、覚えておいでだろうか。そう、記録的な猛暑と、あの忌まわしき馬インフルエンザの大流行である。

この年の8月16日、埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で40.9度の最高気温が観測された。これは1933年7月25日に山形市で記録された40.8度を74年ぶりに上回る国内観測史上最高気温。全国153か所の気象台と測候所のうち、半数以上の85か所で猛暑日の日数が平年を上回った。ちなみに、正式に「猛暑日」という言葉が使われるようになったのもこの年からだ。

その猛暑をもたらした原因もラニーニャだった。梅雨明けが遅かったことも合せて、どことなく今年と状況が似ていないか。だとしたら、やはりこの夏は記録的な猛暑となる可能性がある。

馬インフルエンザの感染が確認されたのは、40.9度が記録されたのと同じ8月16日だった。会見に臨んだJRAの仁岸馬事部長は「体力が落ちれば発症するので、猛暑も原因のひとつ」と発言している。元来が暑さに弱いサラブレッドのこと。歴史的な猛暑がウイルスへの抵抗力を弱めていたとしても不思議ではない。

ともあれ馬インフルエンザは瞬く間に蔓延。この週に予定されていたJRA札幌、新潟、小倉を手始めに、道営旭川、大井、金沢、名古屋、園田、佐賀と開催中止が相次いだ。凱旋門賞への挑戦が決まっていたメイショウサムソンも罹患が判明し、遠征は取りやめに。影響は競馬サークルに留まらない。「秋田わか杉国体」で実施される予定だった馬術競技も中止。国体での馬術競技の中止は史上初の出来事だった。

Nhp 

JRAで馬インフルエンザの感染が確認された当初は、「影響は限定的」というムードが流れていたように思う。JRAは「感染馬は散見される程度」とし、「週末の競馬開催は予定通り行う」と言い切った。それが一転、翌朝には「開催中止」の情報が流れ、それが同日の夕方にいったん覆るも、最終的には開催中止となった。この流れを辿るだけでも、当時の混乱ぶりがよく分かる。

1971年にも馬インフルエンザ騒動が起きたが、あの当時を知らぬ関係者も増えた。「昔の病気」という意識が広がっていた可能性は否定できない。

いつもの風邪とは違う―――。

誰かが早い段階でそう気付いてさえいたら、あそこまで騒ぎが大きくなることはなかったのではないか。しかし、あまりの暑さにそこまで気が回らなかった。今にして思えば猛暑に虚を突かれた感もある。万一に備え、今年は万全の注意を払いたい。

 

***** 2016/07/26 *****

 

 

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2016年7月25日 (月)

【焼きそば探訪⑦】ケチャップ焼きそば

久々の焼きそばネタです。前回の「炒麺」は皐月賞当日の話でしたか。それにしても、あっと言う間の3か月でしたな。横浜で炒麺食ってた時は、マカヒキがダービー馬になることはともかく、3か月後にエイシンヒカリが世界一になっていたり、ドゥラメンテが引退しているなどとは、これっぽっちも思っていなかった。3か月で世の中は大きく変わる。

「しょうゆ(の焼きそば)を食ったんならアレも食っとけよ」

そう言われてやって来たのは大井町に店を構える沖縄料理『どなん』。

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涼しげな器に載せられて出てきたのは……、ナポリタン?

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いや、これはスパゲティナポリタンではない。その名も「ケチャップ焼きそば」。沖縄ではごく普通のメニューだという。太い麺とキャベツとスパムをケチャップで炒めて、仕上げに粉チーズを振ってある。う~む、やはりナポリタンにしか見えませんな。

使われている麺は、スパゲティでなければ、中華麺でもない。実は沖縄そば。しかも、沖縄本島のやや平打ちの麺ではなく、八重山諸島の八重山そばに使われる円形の太麺だ。クニッとした独特の食感がクセになる。ケチャップをまとっていながら、それでもどこかサッパリした美味しさを感じるのは、八重山そばと同じく昆布と豚のダシが隠し味に使われているのだろうか。

沖縄そばにそば粉は含まれていないのだが、本来「そば」と呼ぶには、そば粉が3割以上含まれていなければならない。ゆえに公取委が「沖縄そば」の名称を使うことを禁止していた時期があったという。しかし、長らく地元民に親しまれてきた名前をなんとかして残したいと請願を続け、ついに特例として「そば」の呼称を認められたのだそうだ。よかったですね。おかげで私も、こうしてケチャップ焼きそばを食べることができてます。

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ソースではなくケチャップを使うようになったのは、戦後沖縄に持ち込まれたの米国文化の影響だという。そうと聞けば、多少複雑な思いにかられなくもないが、肉の替わりに使われているこのスパムにはソースよりケチャップが合うことは間違いない。ともあれ沖縄のローカルフードにとどめておくいは惜しい一皿だ。

 

***** 2016/07/25 *****

 

 

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2016年7月24日 (日)

保険金殺馬

新冠町・競優牧場の放牧地で1歳馬2頭が殺された事件。先日、その子馬を射殺したとして同牧場の経営者が逮捕された。殺害された子馬には保険が掛けられており、また競優牧場自体が事件後に破産宣告を受けていたことから、まるでディック・フランシスの競馬ミステリシリーズのようだという声も聞こえてくる。

競走馬に保険をかけること自体は珍しくはない。決められた料率の保険料を払い、被保険馬が死んで、それを獣医師が証明し、保険会社が認めれば保険金が下りる。一口馬主クラブの所属馬とて例外ではないから、保険に救われた経験を持つ方もいらっしゃるだろう。金の卵を産む種牡馬ならなおさら。サンデーサイレンスが死んだときは約30億円もの保険金が支払われた。だが、今回のようにデビュー前の1歳馬となるとあまり例を聞かない。競優牧場はどういうわけか保険金請求をしなかったというから、どのような保険内容だったかも謎のままだ。

保険金目的でサラブレッドの死が扱われた事件としてもっとも有名なのは、米国における「アリダー事件」であろう。

日本ではリンドシェーバーやタックスヘイブンなどの父として知られるアリダーは、1990年に米チャンピオンサイアーの座に就いたが、同年10月13日の深夜に繋養先のカルメットファームの馬房で右後肢を骨折した状態で発見され、数日後にその怪我が原因で死んでしまう。程度こそ重いが症状はごく普通の骨折。ほかに外傷も見られないことから、アリダーが自分で馬房の壁を蹴って骨折したという牧場側の主張に獣医師も同意。競馬産業史上最高額である3650万ドルもの保険金が支払われた。

だが、その翌年カルメットファームが巨額の負債を抱えて倒産すると、「アリダーは保険金目的で殺されたのでは?」という噂が流れるようになる。噂はたちまち疑惑となり、疑惑は嫌疑となり、ついに牧場の責任者が提訴されるに至るが、最終的には証拠不十分というアンチクライマックスな形で幕を閉じた。

アリダーの疑惑も競優牧場の一件も、どちらも舞台が名門牧場のという点で共通している。加えて興味深いのは、どちらも不自然な点が多過ぎることだ。いくら相手が口のきけぬ馬とはいえ、もう少しマシな方法を思いつかなかったものだろうか。多額の保険金が掛けられた種牡馬が警備員が目を離した隙に大怪我を負えば、不振を抱かぬ方がおかしい。それならむしろ放牧中の1歳馬がライフルでハンターに誤射される方がまだありそうな話だが、それでも被害馬のそばにゴロゴロと薬莢が落ちていれば言い訳のしようもないじゃないか。

ディック・フランシスの小説を読めば、自然死に見せかけて馬を殺す方法はいくらでもあることを思い知らされる。薬物の投与や疝痛死に見せかけた感電死。馬に蹄葉炎を発症させることが子供にでも簡単にできると思えば、馬もおちおち暮らしてられないと気の毒でならない。

Uma 

こういう事件が起こるたびに思い出す。20年ほど前、北海道の牧場で一棟の厩舎が火事になった。馬たちは飼い主の手で外へ助け出されたが、そのうちの1頭が飼い主の手を振りほどいて、燃え盛る厩舎に飛び込んでいったのである。中には、その朝生まれたばかりの仔馬が取り残されていた。普通、馬に限らず動物は炎を前にするとすくんで動けなくなる。なのにこの母馬は怯むことすらなかったという。結果、この母子は焼け死んでしまった。

軽々しく馬に手をかける行為は、馬にも劣る蛮行なのである。

 

***** 2016/07/24 *****

 

 

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2016年7月23日 (土)

はもをはむ

京都の7月と言えば祇園祭。クライマックスの前祭山鉾巡行は終わってしまったが、明日は後祭山鉾巡行と花笠巡行が行われる。京都の夏はまだ終わらない。

祇園祭には行けないが、せめてハモだけは食べておかねばなるまい。別名「ハモ祭」とも呼ばれる祇園祭に、ハモは欠かせぬ食材である。

ハモは生命力が強く、水揚げから長時間鮮度を保つことができる。言い換えれば、暑い夏の時期に海のない京都まで運べる魚といえば、かつてはハモだけだった。京都で様々なハモ料理が考案されたのは、半ばやむを得ぬことだったのであろう。

Hamoume 

そんなハモを噛み締めていたら、知人からメールが届いた。南相馬の夏を彩る一大イベント「相馬野馬追」を観んがため現地入りしているという。羨ましいですね。福島第一原発事故の影響で南相馬市内のあちこちに出されていた避難指示は、12日に大半が解除されたばかり。その中には野馬追の重要地区である小高区も含まれる。昨年までの小高区の参加者は、出場準備のために一時帰宅(特例宿泊)の手続きを踏まねばならなかった。だが、今年はその必要がない。南相馬の復興はゆっくりとではあるが、着実に進んでいるようだとそのメールは伝えている。

野馬追は千年以上の歴史を誇る伝統行事だが、祇園祭の歴史も負けていない。その起源は西暦869年(貞観11年)、東日本の厄災を鎮め、平安を願って都で行われた御霊会(ごりょうえ)にあるとされる。この年、東日本で何が起きたのか。それは近年になって大きくクローズアップされた貞観地震にほかならない。津波により東日本の太平洋岸だけで千人以上の死者を出したとされる大災害だ。

貞観地震と同規模の津波が福島第一原発を襲う危険性を、研究者たちは東日本大震災の発生以前から指摘していた。だが、その声が原発の安全対策に生かされた形跡はない。自然と歴史に対する謙虚さが足りないと言われても仕方なかろう。

ハモは古くは「ハム」と呼ばれたそうだ。食物を噛んで食べることを古語では「はむ」と言い、鋭い歯で噛んでくるハモの特徴から「ハム」と名付けられたという。ちなみに馬具の「ハミ」の語源もこれと同じ。ともあれ、我々人間は自然を飼い慣らしているものと油断してはいまいか。そうすると、ある日突然自然に手を噛まれる。ごくまれに噛まれる程度で済まないことも。我々は肝に銘じなければなるまい。相馬の野馬追は25(月)まで。

 

***** 2016/07/23 *****

 

 

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2016年7月22日 (金)

避けられぬ誤訳

あらゆる翻訳本に言えることだけど、特に競馬に関する書物では、その訳語に驚かされることが少なくない。

ブックメーカーが「ノミ屋」と訳されたり、ピンフッカーが「馬喰」と訳されるのはザラ。アメリカの歴史的名馬・マンノウォーが「戦士」と訳されただけでなく、さらに彼のニックネーム「ビッグレッド」を「大赤」と訳されてしまってひっくり返ったことは先日も書いた(※7月16日付「夏の一冊」)。

「ブックメーカー(bookmaker)=ノミ屋」や「ピンフッカー(pinhooker)=馬喰」の訳例は厳密には正しくない。でも、あまりに繰り返し使われると、いつの間にかそれが正解になってしまう危惧もある。事実そのようにして「デッドヒート(dead heat)=死闘」の誤訳は、すっかり日本語に定着してしまった。

翻訳のテクニックには、

①既存の日本語を当てはめる
②適切な日本語を新たに作る
③原語の音をそのままカタカナ表記する

の3つがあり、固有名詞以外はなるべく①を目指すのが翻訳者の目指すべき道だとされるのだけど、それが「こんな言い方しねぇよ!」と読者にツッコまれるような訳文に繋がっている部分も否定できない。

英語(特に米語)の語彙には人を罵倒する言葉が潤沢である一方、日本語にはそのような表現は少ない。だから、人を罵倒する言葉の米語→日本語の変換は困難を極める。ゆえに「この噸痴気!」とか「薄らトンカチ野郎!」みたいなセリフが平然と登場してしまうのだけど、私の半世紀近い人生の中で「トンチキ」も「うすらトンカチ」も、使ったこともなければ、聞いたこともない。

Nomiya 

ちょっと競馬を知っている翻訳者なら、「ブックメーカー」を「公認賭け屋」と、「ピンフッカー」を「中間育成業者」と訳しているが、それでも「誰に公認されるんだ?」とか、「何と何の中間なんだ?」というような新たな疑問が生まれる隙もある。なかなか100点にたどり着かない。

これだけ世間にカナカナ職業が溢れる時代である。そろそろ「ブックメーカー」も「ピンフッカー」も、そのまま日本語としてしまっても良いのではなかろうか。もちろん説明は必要となるだろうが、少なくとも「ノミ屋」とか「馬喰」などと訳されるよりは、はるかにマシだと思うのである。

 

***** 2016/07/22 *****

 

 

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2016年7月21日 (木)

避けられぬ誤報

7月13日付「避けられぬ誤審」の続き。

主催者が間違いを犯すのだから、思い込みやうっかりミスに対するチェックが厳しいはずの報道機関とて例外ではいられない。かつてはこんな記事が堂々と紙面に掲載されていた。こちらは1991年7月1日付の某一般紙の切り抜きである。

Kiji 

いやあ、ツッコみどころ満載じゃないですか。なんとこの当時、アイルランドダービーは2000mだったんですねぇ。それで2分33秒かかってんだから、向こうの馬場はやっぱりタフなんだなぁ―――なんて、そんなワケない!(笑)

記事の書き方にしても「英国」、「仏」、「アイルランド」という具合に統一感がないし。

そもそも「ソーベダンサー」っていったい何者だ? フランスダービー馬だからってんで、SuaveDancerの「Suave」だけ無理やりフランス語読みしようと頑張ってみたんだろか?

国際的な通信社が、こんないい加減なニュースを配信していたのだから、当時の外国の競馬情報での間違いなど笑って済ませるのがいちばん。実際それで済んでいたのだから、ある意味では良い時代だったのかもしれない。

そんな時代を象徴する出来事が、ソーベダンサー事件と同じ1991年の夏に起きている。この年の8月初旬、リーディングトップをひた走る岡部幸雄騎手は、当時夏の恒例となっていたアメリカ遠征のためシカゴに旅立った。

すると8月7日、さっそくアーリントン競馬場の3レースの未勝利戦でバーアイルという馬に騎乗し、4馬身半差で圧勝したとの連絡がJRAに届く。JRAはさっそくそのニュースリリースをマスコミ各社に配信。翌日の新聞に「さすが岡部。早くも勝利!」などという題字が躍ったのである。

だがコレ、なんと誤報であった。岡部騎手は、そのレースに乗っていなかったのである。だから勝つことなどありえない。ただし、競馬場の公式成績表「デイリー・レーシング・フォーム」には、「1着」とはっきり明記されていたというから余計に謎は深まる。JRA担当者も首を捻るばかりだ。

このエピソードは、当時の情報伝達がいかに不安定なものだかったのかを象徴するエピソードとして、私はとても興味深く記憶している。海外の競馬というものは、あらゆる意味で今よりずっと遠い存在だった。

Okabe 

それにしても岡部騎手はさすがだ。レースに乗ってもいないのに「勝って」しまうなんて、並のジョッキーにできる芸当ではない。

 

***** 2016/07/21 *****

 

 

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2016年7月20日 (水)

忘れ物を取りに

「4年前の忘れ物を取りに行く」

そんなフレーズを新聞紙上で見かけた。リオ五輪に向けて出発する日本選手の誰かが発した言葉。ここで言う「忘れ物」とはメダル、あるいはもっと明確に言うなら金メダルであろう。

私も先週金曜日に忘れ物を取りに出かけた。行先は大井競馬場。と言っても、私の目的は金メダルなどではない。ごく普通の傘。つまりリアルな忘れ物である。

ジャパンダートダービー当日は雨が降ったりやんだりの不安定な天候だった。それで傘を片手に競馬場に到着。しかし、業務エリアでの傘は御法度であるから、事務所の傘立てに突っ込んだ。それをすっかり忘れていたのである。

傘を忘れたことに気付いたのは、その夜帰宅してから。とはいえすぐに取りに戻るほどのものでもない。明日にしよう。そう決めて迎えた翌日は関東全域で記録的な豪雨である。電車も止まるほどの雨の中、傘を取りに出かけるというのもアホらしい。

ところが、その翌日も朝から雨は降り続いており、まったく上がる気配がない。さて、どうしたものか。たかが傘一本。ビニール傘ではないが、かといって高級ブランドというわけでもない。知らん顔を決め込むという手もある。しかし、その傘には私のネームプレートが付いていた。「今どき傘に名前?」と人は笑うかもしれないが、なんとなく気に入ってたんでしょうね。

私の名前を付けた傘が、じっと黙って大井競馬場事務棟の傘立てで私が迎えに行くのを待っている―――。

よせばいいのに、ついそんな光景を想像してしまった。仕方ない。行くか。

「忘れ物を取りに行く」というフレーズは競馬でもよく耳にする。海外遠征が当たり前になった昨今では、2年続けて同じレースに挑戦することも珍しくない。その際に、インタビュアーが「昨年の忘れ物を取りに行くという気持ちですか?」などと関係者に聞いたりする。すると相手は「そうですね」と答える。オルフェーヴルの凱旋門賞や、ジェンティルドンナのドバイシーマクラシックがそうだった。

ここで私が違和感を覚えるのは、ホントにそんな気持ちだろうか?ということだ。

実際に忘れ物をして、それを取りに行ったことのある人なら分かるだろう。忘れ物を取りに行くという行為というものは、時間と労力の純粋な無駄である。だって、忘れ物をしなければそんな必要なかったんですからね。私はこれまで幾度となく忘れ物を取りに警察や駅の忘れ物センターに出向いたことがあるけど、その道中は自己嫌悪感と虚無感のせめぎ合い。なんで忘れちゃったんだろう……。なんであのとき気づかなかったのだろう……。それはそれは後悔の連続である。

だから、人は忘れ物を取りに行く以外に何か用事を作りたがる。それなら時間の無駄にもならない。だが、その場所が競馬場だとかえって悲惨な結果を招くことも。私も「せっかく大井に来たのだから」と、その日の大井8Rに手を出した。結果、9番人気のウオッカマティーニの激走に遭い、大惨敗である。自己嫌悪感は大爆発。後悔の念をさらに募らせて、しくしく泣きながら家に帰った。忘れ物を取りに行ったところでロクなことにならない。

Vodka 

よもや、五輪の金メダルや凱旋門賞勝利を目指して今まさに旅立たんとする人物が、自己嫌悪と後悔の念で満たされているとは思えぬ。だいたいが、ロンドンでの忘れ物がリオにあるというのも変な話じゃないか。そろそろ「忘れ物」とは別のフレーズに登場いただきたい。

 

***** 2016/07/20 *****

 

 

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2016年7月19日 (火)

矢口の渡し

第二京浜(国道1号線)の都県境に架かる橋は多摩川大橋。この橋が完成したのは意外にも新しくて戦後間もない1949年のこと。それまでは「矢口の渡し」が多摩川の両岸を結んでいた。むろん、現在は渡し船は運行されていないが、東急多摩川線の駅名にその名残を残している。

Station 

私の祖父母は、戦前この界隈に住んでいたらしい。対岸の川崎側に畑を持っていたか借りていたかして、朝になると舟で対岸に渡って畑仕事をこなし、夕方になるとまた舟に乗って帰ってきた。そんな話を聞かされた覚えがある。川辺は一面の砂浜で、畑仕事の帰りにはシジミを採ったというから、今とはまるで違った光景が広がっていたのであろう。

今では、そんな矢口渡界隈の第二京浜沿いに2軒のうどん店が暖簾を掲げている。どちらも美味いと評判だ。

Kami01 

矢口渡駅に近い方が、ちょっと変わった店名の『かみもっちうどん』。店主が日本各地のうどんを食べ歩き、研究を重ねて作ったという自家製の中太麺は、噛めば確かにもっちりと柔らかく、琥珀色に透き通るダシはどこまでも優しい。店の外観や店名が変わっているからと言ってナメてかかると、きっと驚くことになる。いやあ、驚いた。

Kami02 

店を出て、多摩川に向かって第二京浜を歩くこと1分。「讃岐うどん」と書かれた大きな看板が目に飛び込んでくる。こちらは讃岐うどんの専門店『源八』。昼のピーク時間帯は過ぎているのに、店内の席は半分以上埋まっている。店舗前に大きな駐車場があるので、クルマ利用の方にも使い勝手がよさそうだ。

Ganpachi1 

駐車場の広さといい、店構えといい、店の感じとしてはチェーンのセルフうどん店を彷彿とさせる。だが、中身は全然違う。うどんは、やや平打ち気味の太麺で、茹で置きにも関わらず麦の香りと甘さは芳醇で、キリリと立ったエッジが奏でる喉越しは痛快至極。そこに巨大な鶏天をトッピングすれば、うどんは並盛でも十分お腹いっぱいになる。ふんじゃあ、さっきうどんを食べたばかりの私はどうなるのか。いやあ、もう腹パンパンです(笑) でも、うどんが美味いおかげで辛いということはない。

Ganpachi2 

店を出てさらに第二京浜を1分も歩けば、すぐに多摩川大橋のたもと。対岸は神奈川県である。コンクリートで護岸された川辺に、かつてシジミが採れたという砂浜の痕跡はない。下流の対岸にチラリと見えるのは川崎競馬場の「小向トレセン」だ。待てよ。そこには砂がたくさんあるはず。ひょっとしてシジミが取れたりはしないだろうか。今度コッソリ掘ってみようかな。

Tamagawa 

 

***** 2016/07/19 *****

 

 

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2016年7月18日 (月)

競馬場のテロ対策

仏国ニースで起きた大型トラックによるテロ事件の現場すぐ近くに、知り合いの競馬関係者がいたことが分かり愕然としている。幸い当人は無事で済んだが、海の向こうの出来事とはいえ他人事では済まされない。人混みとトラックの組み合わせなら日本でも簡単に起こり得る。実際、秋葉原でも似たような事件はあった。うかうか人混みにも近づけない。

そんなことを別の知人と話していたら「日本の競馬場の警備体制ってどうなんだろ?」という話題になった。競馬場の警備と聞いて、JRA柔道部の屈強なお兄さんをイメージする人も少なくあるまい。JRAの安全保安課の職員には柔道部出身者が多く含まれる。かつてはバルセロナ五輪銀メダリストの小川直也氏が在籍し、最近では来月のリオ五輪で日本代表に選ばれている原沢久喜選手が有名だ。彼らが次々とテロリストをぶん投げて、抑え込んで、送襟絞で仕留めてくれれば問題ないのだが、実際にはそこまで手が回るはずもない。

実際には安全保安化の職員に加え、所轄の警察署員のほか、警察OB、バイトの警備員や整理員、果ては私立探偵までもが動員されて警備にあたっている。その人数は通常開催で約千人。さらに場内のいたるところには監視カメラが設置され、スタンドにはその映像を映し出す数十台のモニタがズラリと並ぶ一室がある。そこで警察のプロが数人がかりで映像を監視。怪しい奴を発見すれば、ただちに現場近くの警備担当に通報し、すみやかに場内から排除もしくは逮捕する。

稀にやたらと制服警官を見かける日もある。そういう日は、VIPの来場が予定されているか、関係者をターゲットにした殺人予告が出されている場合が多い。ぐるりと警察官が取り囲むパドックには一種異様な緊張感が漂う。しいて言えば、これが競馬場のテロ対策ということになろうか。

対テロ訓練が競馬場で行われることも少なくない。洞爺湖サミットを直前に控えた2008年には大井競馬場で、またAPEC首脳会議を控えた2010年には東京競馬場で、大規模なテロ対策訓練が実施されている。参加したのは、警察、消防、そして自衛隊。訓練会場として競馬場の使い勝手が良いという事情もあろうが、それよりもテロリストが狙うターゲットとして競馬場はじゅうぶん可能性があるということであろう。なにせあの人混みである。GⅠレース発走直前ともなれば、逃げ場もない。

Stand 

いずれの訓練も、VXやサリンといった有毒ガスが満員のスタンドに撒かれた上に、スタンドで爆発物が爆発したという想定で実施された。両競馬場で過ごす時間が比較的長い私などには身につまされる話でもある。結局のところ自分の身は自分で守るしかない。

ともあれ心配の種は今後の仏国の動向だ。折しも先日はマカヒキが帰厩。凱旋門賞に向けて来月19日に渡仏するスケジュールが発表になったばかり。ダービー馬の凱旋門賞挑戦となれば応援ツアーも過熱しそうなものだが、さすがにどこも満員御礼には至ってない。それどころか、催行可能人数に届かず中止になるツアーが出るかもしれないと危惧する声も聞こえる。

昨年11月に発令された非常事態宣言はニースでのテロを受けて3度目の延長がなされた。今年の凱旋門賞は史上初めて非常事態宣言下で行われる。空港や国境での出入国管理も一層厳しくなろう。現地に向かわれる関係者ならびに応援の方は、くれぐれもご注意を。繰り返しになるが、自分の身は自分で守るしかない。

 

***** 2016/07/18 *****

 

 

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2016年7月17日 (日)

競馬場のタヌキ

仕事場にタヌキが出た。

ことわっておくが、「タヌキ親父」とかいうオチではない。本物のタヌキ。駐車場の植え込みに棲みついたと見える。しかもよくよく見ると8匹ほどの大家族らしい。その姿はなんともラブリーだが、場所が場所だけに頻繁にクルマの出入りがある。事故があってはいけない。お偉い立場のタヌキ親父たちがタヌキ対策に頭を悩ませているのを尻目に、私は呑気にタヌキウオッチングに日々没頭している。

Tanu 

それにしても東京にタヌキですよ。私の仕事場は府中市内にあり、そりゃまあ都心よりは田舎に違いないが、それでも大自然と呼ぶには程遠い。それでもここにタヌキがいるからには、東京競馬場にいてもおかしくなかろう。私の馬券が面白いようにハズれるのは、ひょっとしてタヌキに化かされているせいではあるまいか。

Cat 

大井競馬場にネコがたくさん住みついていることは前にも書いた。さらにスズメ、ハト、カラスに加え、カモメ、サギ、ウミウといった水鳥もしょっちゅう飛来する。内馬場の池で大きなアオサギが大暴れしているので、どうしたと覗いてみたら、なんと体長2mはあろうかというヘビと格闘の真っ最中であった。そんな動物の楽園、大井競馬場でもタヌキの目撃例がある。厩務員が捕獲を試みたが、あまりのすばしっこさに、お手上げだったそうだ。

何年前だったか忘れたが、あるスポーツ紙の競馬欄に「哩なら負けられない」の見出しが躍ったことがある。マイルチャンピオンシップの行われる週だっただろうか。それを見た知人がひと言。

「“タヌキなら負けられない”ってどういう意味?」

思わず、ウマではなくタヌキ同士が競走するレースを想像してしまった。競馬はからきし当たらない私でも、「競狸」なら的中するだろうか。

それでも確かに競馬場にタヌキはいる。パドックや地下馬道で関係者の会話を黙って聞いていると、誰かを化かそうとしているタヌキのそれとしか思えない。

「次も勝つから競馬場に来てください」

「こないだの勝ちっぷりなら今日も勝ちますよ」

「勝ったら次は大きいところ狙いましょう」

競馬が勝負事であることは言うまでもない。「勝ち負け」と書いて「勝負」である。これを「勝ち勝ち」だと思ってしまえば、タヌキでなくとも大やけどは免れまい。捕らぬタヌキの皮算用は身を滅ぼす。馬券にせよ、馬を持つにせよ、常に負けたときのことを考えて行動すること。競馬と長く付き合うコツは、この一点に尽きる。

 

***** 2016/07/17 *****

 

 

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2016年7月16日 (土)

夏の一冊

巷は今日から3連休らしいが、カレンダーとは無縁の生活を送っている身には連休もクソもない。福島に行くこともできず、わずかな空き時間を見つけては、ひたすら本を読むことに徹する夏を過ごしている。

ともかく、読まねばならぬ本が部屋の片隅に山積みになっているのである。

まとまった時間ができたらまとめて読めばイイや―――と軽く考えている間に、我が家の“ブック・スカイスクレイパー”は、気付けば雨後の筍の如くニョキニョキと屹立していた。中にはわざわざ遠方の図書館から借りてきた一冊もあり、返却日が迫っているのか、もうとっくに過ぎているのか分からないような本が、かなり下の地層から発掘されたりしてギョッとしたりする。

私は、社会ルールを守らない競馬カメラマンになるのは嫌なので、こういった図書館の返却日などには過分に律儀である。なので、今日は朝から『武田信玄はどこから来たか~武田騎馬隊の謎を追う~』(岩崎正吾/山梨ふるさと文庫)を2時間ほどで読み通した。かなり面白く、資料としても貴重な書物なので手元に置いておきたいというのが感想。とはいえ、借りたモノは返すのが人の道である。図書館の本ごときで大袈裟だけど。

Potato 

昼飯は娘が買ってきた「ポテトクリーム」。「新感覚のポテトサラダ」という触れ込みだが、ポテトサラダとはちょっと違う。ライス代わりのマッシュポテトを様々なソースで食べるような感覚か。右が「チキンカレー」で左が「ナスとひき肉のトマトソース」。どちらも美味い。美味いけと高い。だってしょせんジャガイモじゃないですか。決して偉ぶらないところがジャガイモの良いところなのに…:と思いつつ、午後に読む本を選ぶ。候補はこの3冊。

 「馬車の歴史 古代&近代の馬車」(神奈川新聞社)
 「馬券裁判」(メタモル出版)
 「名馬風の王」(マーゲライト・ヘンリー/青い鳥文庫)

最後の一冊は、娘に「夏休みの読書感想文を書くならコレを読め」と渡そうと思ったのだが、「童話なんてダメだよ」と一蹴されてしまい、仕方なく私が読むことにしたのである。

ところが実際に手にしてみたら、思いのほか厚みがある。とはいえ、子供向けの童話なのだから1~2時間もあれば読めるだろうと思った。もとより私は人よりモノを読む速度が速いのである。物語は、歴史に名高いマンノウォーとサーバートンのマッチレースのシーンから始まった。

―――そこで活字を追う目が止まった。

子供向けの童話である。ために訳文もできるだけわかりやすく丁寧にという趣旨は分からんでもない。しかし、「マンノウォー」という馬名を「戦士」と置き換え、挙げ句の果てに「ビッグレッド」という彼のニックネームまで「大赤」などと訳してしまっていることには閉口した。なのに「ハンディキャッパー」はそのままだったりする。だから競馬のシーンは読みにくいことこの上ない。本来、固有名詞を訳すことは慎重であるべきだが、あるいは訳者は馬の名など固有名詞に足りないと思っていたのかもしれない。だとしたら相当問題がある。

文句があるなら原文のまま読めば良いわけだが、なんだかんだと読了。童話をこれほど真剣に読んだのは、いったい何年ぶりだろうか。

Currere 

勢い余って先日届いたばかりのサラブレッド販売情報誌「Currere(クレレ)」に目を通す。私の撮った写真も掲載されているので、このカタログから一頭でも売れてくれれば良いなと切に願う。「クレレ」のページをめくっていると「本格的な夏が来たなぁ……」と感じますね。そういう人はごく一部かもしれないけど。

 

***** 2016/07/16 *****

 

 

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2016年7月15日 (金)

馬産地・青森

「1頭当たりの平均価格3831万円!」

「2日間の売り上げ総額、なんと149億4210万円!!」

いずれも過去最高を記録したセレクトセールの熱気もまだ醒めやらぬうちに、1頭当たりの平均価格251万円、売上総額6530万円のセリの話をするのは気が引けるのだが、7月5日に青森県八戸家畜市場にて東北唯一の競走馬セールである「八戸市場」が開催された。

青森の馬産の歴史は古い。そも、青森・岩手の両県にまたがって、一戸町、二戸市、三戸町、五戸町、六戸町、七戸町、八戸市、九戸村と連なる特徴的な地名は、かつてこの地で栄華を誇った奥州藤原氏が、馬産地を把握するために当時の行政単位であった「戸」で管理した名残りとされる。ここで生産された良質の馬が、藤原氏の繁栄に寄与したことは言うまでもない。その伝統は現代に受け継がれ、カネケヤキ、グリーングラス、カブトシローなどの名馬が続々と青森から誕生した。だが21世紀に入った現在、青森県の生産界に往時の活気は見られない。昨年、日本国内で生産されて血統登録されたサラブレッドは6582頭。そのうち青森県産馬はわずか76頭だった。

そんな折もおり、先日のジャパンダートダービーをキョウエイギアが優勝。抜群の手応えのまま直線に向くと、瞬く間に後続を4馬身も置き去りにしてみせたのである。

Jdd_2 

矢作調教師は嬉しい地元大井での凱旋勝利。戸崎騎手もかつての地元で2度目のJDD制覇。オーナーの田中氏はこの日がなんとお誕生日―――!

いや、そんなこと(と書いては失礼だが)よりも、ここでは勝ったキョウエイギアが青森産であることに注目して欲しい。青森産馬のGⅠ勝利はエスプリシーズの川崎記念以来12年ぶりの出来事。しかもキョウエイギアの母ローレルアンジュも青森産馬として2006年のエンプレス杯を勝っていることを思えば、青森の生産界にとっては快挙とも言える勝利なのである。

Tosaki 

5日に行われた八戸市場の売上額は、たしかにセレクトセールとは比べものにならないかもしれない。ただ、売却率は61.9%を記録。同市場のサラブレッドセールとしては過去最高の売却率をマークしたことは注目に値しよう。なにせエスプリシーズが川崎記念を勝った2004年の八戸市場の売却率は15.1%である。6頭に1頭も売れない状況に、市場の存続さえ危ぶまれたのも無理からぬ話だった。

あれから12年。今年は北海道新幹線も開業し、函館競馬場から新幹線を利用して八戸市場を訪れた関係者もいたという。セールの売却率アップとキョウエイギアのGⅠ優勝。青森の生産者にとって、これ以上勇気づけられることはあるまい。来年のセールのさらなる活況と、今後の青森産馬のますますの活躍を期待しよう。馬産地・青森の灯を消してはならない。

 

***** 2016/07/15 *****

 

 

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2016年7月14日 (木)

もうひとりの女性騎手

昨日の話。大井競馬場はジャパンダートダービーの夜を迎えようとしていた。

なのに、目当てはその前だというお客さんも少なくなかったように思える。だって見てくださいよ、このパドックの人だかり。これメインレースではありませんよ。9レースはJRA交流のフォーチュネイトひまわり特別。そのパドックがエラいことになっていたのである。

Padock 

人だかりの理由は例によって藤田菜七子騎手。いやはや、彼女もいい加減たいへんな忙しさですね。平日はJRA開催が無いとはいえ、やることがないわけでもない。「若いうちは経験が大事」と言われれば否定のしようもないが、くれぐれも体調を崩したりせぬよう、そして悪い大人に利用されぬよう気を付けて欲しい。

菜七子騎手は続く10レースにも騎乗。すると、その10レースを見届けるや、なんと一部の客が帰り始めたではないか。いや、騎手に注目することが悪いとは言わない。しかし競馬で走るのはあくまでも馬。しかも今宵の舞台はGⅠである。最高峰の舞台に挑む3歳馬たちの戦いを見て欲しい。

実はこの最高峰の舞台に、もうひとりの女性ジョッキーが騎乗していたのをご存じだろうか。カツゲキキトキトの手綱を取る木之前葵騎手。日曜日に23歳になったばかりの彼女は、今年既に39勝を挙げている名古屋競馬のトップジョッキーのひとりだ。

Aoi1 

宮崎県の出身。競馬好きだったおばさんに連れられて、3歳の時から競馬場に足を運んでいたという。こういう逸話では「競馬好きのおじさん」がしばしば登場するけど、「おばさん」というのは珍しい。ともあれ、小学6年の時にJRAの宮崎育成牧場を見学したことがきっかけで、同牧場のスポーツ少年団に入団。騎手になることを志した。

だが中学卒業前に受験したJRA競馬学校は不合格。それでも「毎日馬に乗れる環境で馬を極めたい」と家族を説得して、千葉県内の東関東馬事高等学院に進むことを選んだ。開校間もない同校は女子用の設備もままならない状況で、女子生徒の入学に困惑した部分もあったらしいが、彼女自ら学校関係者を説き伏せて入学。しっかりと騎乗技術を磨き、ついに地方競馬教養センターへの入所を果たした。所属場に名古屋を選んだのは、女性騎手の国内最多勝記録626勝を挙げた宮下瞳さんが在籍していたからにほかならない。

デビューから3年余りで167勝(12日現在)をマーク。今年は初めての重賞制覇も果たした。昨年は、英・リングフィールド競馬場で行われた「レディース・ワールド・チャンピオンシップ」の招待選手に選ばれ、海外初騎乗を勝利で飾るという離れ業も演じている。そんな彼女が東海ダービー馬の手綱を取ってGⅠ・ジャパンダートダービーに参戦するのだから、もっともっと注目されても良いはず。菜七子騎手のレースを見届けて帰ったお客さんや、それに迎合しようと過熱するメディア関係者に強くそう訴えたい。

Aoi2 

「歓声が大きくて感動しました」という木之前葵騎手とカツゲキキトキトのJDDは6着に終わった。相手を考えれば健闘の部類だろうが、本人は「道中ロスがあった」と反省も忘れない。JDDに騎乗馬がいなかった菜七子騎手は、先輩ジョッキーのレースぶりをどう見ただろうか。期せずしてこの日、名古屋のレジェンド・宮下瞳騎手の現役復帰が正式に発表された。木之前騎手にしてみれば、これ以上の刺激材料はあるまい。女性騎手同士がGⅠの舞台でぶつかり合う日も、そう遠くはなさそうだ。

 

***** 2016/07/14 *****

 

 

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2016年7月13日 (水)

避けられぬ誤審

「ベルモントパークで到達順を誤発表」

海外競馬ジャーナリストの合田直弘氏が、そんな信じられないような出来事を伝えている。

netkeiba.com
http://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=111815

人間がやっていることである以上、間違いやミスから逃れることはできない。主催者とて同じこと。我が国でも1986年5月31日阪神4レースで似たような珍事が起きている。

ダート1200mの4歳未勝利戦である。勝ったのは4角先頭から押し切った5枠⑦番ムーンダツァー。頭差の2着は同じく5枠⑧番ロングヘンリー。そしてクビ差の3着が4枠⑥番グレートパスカルの順。だが、どういうわけか入線馬番は⑦→⑥→⑧の順で発表された。しかもそのまま枠連4-5、配当8,590円で確定してしまったのである。

「判定に間違いがあったので枠連5-5も的中馬券として払い戻しの対象とする」と発表があったのは、レースが確定してから3時間も経ってからのこと。これが騒ぎを大きくした。最終的には裁判沙汰にまで発展している。

それにしても、クビ差もあれば観客が肉眼で見ても見当がつきそうなもの。天候も晴れだった。それなのに、3人の審判委員が写真まで参考にしていながら間違えてしまったのである。怒りとか呆れなどというより、もはやミステリアスな印象さえ感じる。

実は阪神競馬場は、この手の逸話に事欠かない。1957年10月20日の重賞・神戸杯では、一度発表した着順をあとから訂正して混乱を招いたし、クラシックレースでただ一度記録に残る「1着入線馬の失格」が起きてしまった第2回オークスも、当時は阪神での開催だった。

まだある。1962年3月21日の阪神最終レースは、メムロトツプ、フロリアン、グツトタイムの順に入線。実際その通りに着順表示されたのだが、2着入線のフロリアンに進路妨害が認められた。ところが、裁決委員は審議中の青ランプではなく、誤って着順確定の赤ランプのボタンを押してしまう。あわててボタンを押し直したものの、時すでに遅し。「的中していたはずなのに馬券を捨ててしまった!」として、ファンが開催事務所に押し寄せる騒ぎにまで発展している。

ところで、この「ランプ」。交通信号のルールを考えると、順位が確定すれば「払い戻しOK」となるわけだから、「禁止」を示す赤色灯よりも、青色灯の方が適切な感じがする。なぜ、赤が「確定」で、青が「審議」なのだろうか?

Shingi 

これについては、「厩舎歩き50年」(小堀孝二著)の中で、「手本とした英国の規則では勝馬確定の信号が緑、審議中が赤となっているが、日本で初めて近代競馬を行った横浜競馬場の係員が勘違いして色を逆にしたため―――」という説が紹介されている。

こんなところから既に「勘違い」が登場していたと知れば、もはや微笑ましくもなってこないか。勘違い、間違いの類は、あってはならぬのがタテマエ。とはいえ人間のやることに100%はあり得ない。

 

***** 2016/07/13 *****

 

 

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2016年7月12日 (火)

購買動向

セレクトセールには行けなかったので、東京からネットで参戦……もとい傍観。現場にいなければ、あの緊張感と高揚感は感じることはできませんよね。それでもまあ選挙の開票速報見ているよりはずっと楽しい。

初日の1歳セッションを眺めていて思ったことがふたつある。

「タートルボウル売れてんじゃん!」

初日に7頭上場されたタートルボウル産駒は、そのすべてが売却された。コルカロリの2015(上場№185)のように2800万の値をつけた馬もいたのだから、決して投げ売りされたわけでもない。

ここ数年、ハービンジャー、ワークフォース、ノヴェリストと欧州の大物を次々と輸入してきた社台グループの種牡馬の中にあって、タートルボウルは正直あまり目立つ存在とは言えなかった。社台のクラブスタッフの中からも「正直、産駒をどう売ればいいか……」と戸惑う声が聞こえなかったわけでもない。

ところが、6月18日の函館で産駒のシーハリケーンが意外に早く初勝利を挙げる。だが、そもそも、ハービンジャーやワークフォースと違って、タートルボウルは欧州で既に種牡馬入りしていた。実績を確認してから輸入したわけだから、その勝利を「意外」と言っては彼に失礼。おりゃーっ!とばかりに立ち上がって彼も怒っているではないか。

Bowl 

ともあれ、シーハリケーンの勝利を受けて、件のスタッフは堂々と仕上がりの早さとスピード能力を顧客にアピールしていた。良かった、良かった。

―――そう思ったのもつかの間、実際の応募状況を見る限り、社台サラブレッドクラブで募集されたタートルボウル産駒4頭の中に、今のところ満口馬は出ていない。あれれ? おかしいな。セレクトセールでは皆先を争って買っているというのに。

逆に今年初めてクラブ募集となったエイシンフラッシュの1歳馬は、社台・サンデーで募集の5頭がすべて満口となった。エイシンフラッシュ産駒は父に似た容貌の馬が多く、どの馬も見栄えがする。歩く姿もキビキビしていて、いかにも走りそうだ。ツアーの展示でも、エイシンフラッシュ産駒の周囲は常に人だかりができていた。

なのに、セレクト初日に上場されたエイシンフラッシュの1歳馬たちが、思うように売れていかないのである。12頭が上場され5頭が主取。売却された7頭にしても、そのうち4頭が1000万円以下だった。良い馬ばかりだと思うんだけど……うーむ。何が気に入らないんでしょうかね。

Flash 

「クラブとセールとの購買動向というのは必ずしも一致しないんだな」

それがセレクトセールを見ていて思ったことの2つ目。私の馬を見る目もまだまだ。つまりは、そういうことであろう。

 

***** 2016/07/12 *****

 

 

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2016年7月11日 (月)

鰯の頭も信心から

「写真」

着順掲示板に表示された2文字を見て、思わずスマホに保存してあった画像を掲示板の方向に指し向けて先着を祈った。先日の福島競馬場でのことである。

スマホに表示した画像というのは先日の帝王賞の口取り写真。ドクター・コパ氏の画像なら、なにかしらご利益があるかもしれない。

Kopa 

しかし結果は無念のハナ負け。相手の馬主が、もっと立派なドクター・コパ氏の開運グッズを持っていた可能性もある。―――んなワケないか。

人知の及ばぬ競馬の世界に長く身を置けば、奇妙な行動に出ることもある。この日の私は、朝から馬券もハズれっぱなし。それで普段なら買った馬券はワイシャツの胸ポケットに収めるのを、敢えて違うポケットにしまったり、名刺入れに挟んだり、財布にねじ込んだり、座席のマークカード立てに入れたりしながらレースを過ごしていた。つまりツキを変えようというわけ。

すると10Rにようやくの初的中。ところが、買ったはずの馬券が見当たらない。あれ? どこにしまったんだっけ? 慌てふためきつつ、ようやく見つけたその場所はなんと右足の靴。負けが込むと、なぜかバカバカしいことを思いつく。しかしその時は追い詰められているから、「的中は靴のおかげかもしれない」などと思いこんでしまった。鰯の頭も信心からという典型。それで次のレースの馬券も靴に挟んでレースに挑んだが、これがカスリもしない。「あれ?」とその時は不思議に思ったけど、よくよく考えれば当たり前の話だ。

Photofinish_2 

写真判定に話を戻す。

そのレース、私が応援する馬は差のない2番人気だった。せっかく福島まで来たのだから、どうしても勝ってもらいたい。それでやむなく禁断の手を使った。1番人気の単勝を購入したのである。これは先日もチラッと書いた。

すると今度は3番人気の馬が気になってくる。これも買っておくべきか。とはいえ私の殺し馬券は相手を1頭に絞らないと効果がない。どうしよう……。などとウダウダ悩むうちゲートは開いた。結果、写真判定の末にハナ差で勝利を収めたのは、その3番人気馬なのである。嗚呼……。

それでも私の単勝馬券の威力には毎度のことながら感心させられる。いや「感心」というより、最近ではあまりの効力に怖ろしささえ覚える。今回も久しぶりに福島にやってきた武豊騎手の勝利の機会を奪ってしまった。楽しみにしていたファンの方も多かろう。後ろめたい気持ちがないと言えば、正直嘘になる。

なんて、実際には私の購入した馬券がレース結果を左右するはずがない。そんなことは分かってる。なので、できれば早いとこ「ああ~、殺し馬券失敗だぁ」なんてことになってくれないものかと、ひそかに期待しているのである。なのに私のあらゆる馬券はさっぱり当たらない。当たるのは嫌な予感ばかり。そろそろなんとかしなければ。

 

***** 2016/07/11 *****

 

 

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2016年7月10日 (日)

投票のフシギ

今日は参院選の投票日。その結果もほぼ大勢が見えてきた。だが、大半が順当と思える結果の中にも、「えっ? コイツが?」というような当確結果に面喰らうこともなくはない。人間の投票行動は、時に意外な結果をもたらす。EU離脱に関する英国の国民投票を持ち出すまでもない。

ところで、朝から七夕賞のオッズをチェックしてたら、おかしなことに気付いてしまった。

こちらは七夕賞の前売り枠連オッズ。

Odds1 

注目していただきたいのはウインリバティとステラウインドが入った7枠ゾロ目のオッズ。7-7は53.7倍を示している。

ところがこちらは同じレースの馬連オッズ。

Odds2 

ウインリバティとステラウインドの⑬-⑭は158.7倍。枠連7-7と同じ組み合わせであるにも関わらず、そこにはなんと105倍ものオッズ差が生じているではないか。

理由は分かる。七夕にちなんで枠連7-7が売れるのはいつものこと。ただ、今年は人気薄の馬が揃ったからこんなおかしなオッズが生じたのであろう。馬券とて投票ごとであることに変わりはない。えてしてこういうおかしな現象も起きる。

だが、考えようによってはこれは美味しい状況だ。特に枠連は「7-7」が馬の評価以上の売れ方をしているのだから、それ以外の組み合わせは本来よりお得なオッズになっている。ならば勝負は枠連。特にその7枠が気になる。ウインリバティは52キロが魅力。ステラウインドは昨年の七夕賞2着馬ではないか。

シメシメとほくそ笑みつつ参院選と七夕賞の投票に向かった。参院選の投票内容は控えさせていただくが、七夕賞の投票内容はご覧の通り。

Baken 

枠連7枠流し。ただし7-7は買わず馬連⑬-⑭。ま、当然ですね。

しかし、結果は4枠アルバートドックの完勝。2着が2枠ダコールで、7枠の出番はなかった。枠連7-7に票が偏ったことに気付いても、勝ち馬を見つけられなければ話にならない。

その配当を聞いてまた驚いた。メンバー中2頭しかいないディープインパクト産駒同士の決着。人気サイドのはずなのに、馬単で4,250円もつけたのである。これも「投票のフシギ」の為せる業か。「この組み合わせでこんなにつくのかよ!」というのは、競馬場でよく耳にする負け犬の遠吠え。人の投票行動さえ読めないのに、レース結果が読めるわけもない。嗚呼……。

 

***** 2016/07/11 *****

 

 

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2016年7月 9日 (土)

【訃報】メイセイオペラ

10年前に種牡馬として韓国に渡ったメイセイオペラが、今月1日に現地で亡くなっていたことが分かった。心不全だという。日本の関係者が、帰国に向けての準備を進めていた矢先の訃報だった。

1999年のフェブラリーS。馬群が4コーナーを回ったところで、立錐の余地なきスタンドから上がった轟音の如き歓声は今も忘れない。残り300m。3本の脚に白いソックスを履いたような派手な栗毛が、スルスルと先頭に立った。メイセイオペラだ。馬場の真ん中を堂々と駆け抜けて1着ゴール。JRAのダートの猛者15頭を全く寄せつけない快走に、東京競馬場は歓喜の渦に包まれた。

地方所属にしてJRAのGⅠを勝った馬はメイセイオペラただ一頭。だが、単に強かったからメイセイオペラが伝説になったわけではない。

JRAと地方公営競馬は主催者が異なるのだから、同じ競馬であっても当然ながら垣根が存在する。メイセイオペラも世が世なら「岩手の雄」程度の評価で終わっていたかもしれない。だがこの2年前にダートグレードが制定されたことで、徐々にではあるが両者の垣根は取り除かれるようになった。それは強い馬が、より強い相手を求めてレースを選べるシステム。今となっては至極当然のように聞こえるが、当時の競馬界ではそれすら手探りだったと言っていい。それを見事に具現化してみせたのがメイセイオペラなのである。

地方所属だからとか、JRA所属だからとか、そんな古い概念はもはや時代遅れだ―――。

そう言わんばかりの快走であった。この年エルコンドルパサーは欧州を転戦して凱旋門賞2着、サンクルー大賞優勝という素晴らしい成績を残している。もはや国際間のハードルさえない時代。日本国内に垣根が存在すること自体がおかしい。

Meisei2 

2010年のフェブラリーS当日の東京最終12レースは「メイセイオペラ・メモリアル」と銘打って行われた。JRAのレース名に地方所属馬の名前が使われるなど前代未聞。だが、そんなことでいちいち驚く私も、古い考えの持ち主と指摘を受けそうだ。

国内でも独自の馬文化を誇り、スイフトセイダイやトウケイニセイなど公営屈指の強豪馬を輩出してきた岩手競馬には「岩手の雄」と語り継がれる名馬が数多く存在する。だが、JRAのレース名になっただけでなく、彼を題材にした著作「砂の王メイセイオペラ」が馬事文化賞を受賞し、NKKの人気ドキュメント番組「プロジェクトX」の題材にも選ばれたメイセイオペラは、「岩手の雄」を超越した存在だったように思えてならない。そういう意味ではやはりレジェンド。それを皆が薄々感じていたからであろう。あの日、東京競馬場には寒風をものともせず104,330人もの大観衆が詰めかけた。そのひとりひとりが伝説の目撃者だ。メイセイオペラの冥福を祈る。

 

***** 2016/07/09 *****

 

 

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2016年7月 8日 (金)

ラッキーセブン

昨日の夕食は府中市内の食堂でそうめんを食べた。

あまり知られていないが、七夕にはそうめんを食べる風習がある。平安時代から宮中での七夕の行事にそうめんが供えられたほか、江戸時代にはそうめんを糸に見立て、七夕に裁縫の上達を願って食べる風習があったという。もちろん機を織る織姫にあやかってのこと。もしやと思って調べてみたら、案の定7月7日は「そうめんの日」でもあった。

Somen 

昨日はパチンコ&パチスロファンにとっても大事な一日だったらしい。私の知る若者も、わざわざ仕事を休んで青梅のパチンコ店にまで出かけていったという。

「なんでまた青梅?」

「気になる店があったんスよ」

「どこで打っても同じじゃないのか?」

「府中で同じ馬券が買えるのに、わざわざ福島まで出かけて負けてくる人もいるじゃないですか」

「……」

なぜ七夕にパチンコファンが盛り上がるかと言えば、「7」が並ぶ日だから。これは分かりやすい。パチンコファンにとって「7」は神聖な数字である。むろん、数字にまつわる勝負事という点では競馬も同じ。枠順発表で7番を引いた陣営は、たいてい「ラッキーセブンが引けた」とコメントするし、7レースの枠連7-7は絶対買うというファンもいる。これからは、藤田菜七子騎手が7番や7枠に入ったら買うというファンが出てくるかもしれない。

Lucky seven の言葉にあるように「7」という数字は外国でもラッキーナンバーとされているようだが、日本語においても「七」を特別視する言葉は少なくない。ただし意味合いは少し異なる。「七福神」「七五三」では縁起のいい数字である一方、「七難」「七転八倒」「七癖」などと悪い言葉に使われることもしばしば。「七つ道具」「七変化」「七色の魔球」などという言葉もあることを思えば、良くも悪くも「七」という数字が特別扱いされていることが分かる。

ちなみにこの「七」という文字。「なな」は訓読みで、音読みが「シチ」である。従って「七転び八起き」では「なな」だったのが、「七転八倒」という熟語になると「シチ」と読む。だから「七冠馬」の読みは、「ななかんば」ではなく実は「シチカンバ」が正しい。

今週の福島メインは七夕賞。このレース、毎年決まって枠連7-7を買う人がいる。だが、それが実際に的中するとなると意外や難しい。七夕賞の7-7決着は1986年に一度記録されたのみ。30年ぶりの7-7決着は果たしてあるか。もし、そうなれば買っている人は「ナナナナ!」と叫ぶのだろう。「7-7」の呼び方は「ナナナナ」で正しい。

 

***** 2016/07/08 *****

 

 

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2016年7月 7日 (木)

水と塩を補給せよ

一昨日は長袖が必要な陽気だったのに、今日の東京には「高温注意情報」が出された。今年いちばんの暑さになると、気象庁は注意を呼び掛けている。こまめな水分補給を心がけたい。

人は、体内から3%の水分が失われると運動能力や体温調節の機能が低下し、7%を超えると危険水域に入ると言われる。馬の場合、10%の水分が失われると異常行動をきたすようになり、20%で死に至る。馬体重500キロの馬の体内水分量はざっと300リットル。だから、単純計算で60リットルの水分が失われると死んでしまうことになる。

ちなみに競走馬が一日に排泄する水分量は20~30リットルとされるから、いっさい水分を摂らなければ2~3日で危険な状態になる可能性もある。でも、万一そういう状況になれば、排泄する水分量も減らすように調整されるはず。しかし、意外にも馬が排泄する水分は尿ではなく糞に含まれるものが半分以上を占める。糞に含まれる水分が減れば、ただでさえ疝痛を起こしやすい腸になんらかの異変を来すことは想像に難しくなく、やはりどう転んでも水分補給が極めて重要であることに変わりはないのである。

レース直前の馬に水を飲ませてはいけないことはよく知られているが、レース直後も大量の水を一気に飲ませてはいけない。クーリングダウンの引き運動をさせてから少しの水を与え、再び引き運動を行い、また少量の水を与えるというパターンを繰り返す。大量の水が一気に体内に入ると、内側から馬体が冷やされることで疲労が抜けにくくなってしまうのである。水分補給は「こまめに」というのは、ヒトもウマも変わりない。

Water 

ただし、水分補給だけでは熱中症予防にならないことは、もう広く世間に知れ渡っている。水だけでは汗で失われた塩分が補給されない。このため、体が自動的に体液の濃度を保とうとして、余分な水分を尿などで排出してしまう「自発的脱水」という現象が起きやすくなる。こうなるとむしろ危ない。

ウマは、人間同様汗をかく数少ない動物であるから、発汗によって塩分が失われ、食欲の減退や著しい疲労といった症状を呈することがある。さらにこれが悪化すると、発汗停止や熱痙攣を生じて、命にも危険を及ぼしかねない。長い競馬の歴史の中では、真夏の福島競競馬場でアラブのミスカズオーが死んでしまうという悲しい出来事も起きている。

対策としては、塩分を飼い葉に混ぜたり、鉱塩ブロックを置いて自由に舐めさせたりするのだが、中にはブロックをガリガリ囓ってしまって、今度は塩分過多の心配をしなければならない馬も出るという。夏場の体調管理の難しさは、人も馬も同じだ。

Yukichan 

こちらはクーリングダウンの合間に水を飲む白毛のアイドル・ユキチャン。目の細めっぷりに、美味さが伝わってきますね。

 

***** 2016/07/07 *****

 

 

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2016年7月 6日 (水)

真夏のドレスコード

先週、福島競馬場を訪れた折は数人の知人と一緒に来賓席を利用させていただいた。その来賓席があるのはスタンド5階の馬主エリアの奥にある扉の向こう。だから、当然入場にはドレスコードが求められる。ところがそれを知らずに(知っていたのに敢えて冒険した?)ジーンズ姿でやって来た知人の一人が、警備員に「ちょっとすみません!」と止められたのである。

しょせん競馬場のドレスコードだろ?とナメて来る人は少なくないが、これは決して「JRAからお客様へのお願い」などではない。あくまで「馬主会からの要請」である。すなわち、「客に対して……云々」みたいな理論で強行突破することは不可能。JRAは助けてくれない。どうにかして入らせてもらうにしてもいろいろ嫌な思いをすることになるし、最悪の場合は入場を断られることもある。だからみなさんも競馬場でドレスコードを求められたら、素直に従った方が良いですよ。かつてどんな重要な会合の席であってもネクタイの着用を嫌って話題となったホリエモン氏だって、競馬場にはきちっとネクタイを締めて来ていたではないか。

以前は夏のローカル開催でもネクタイ&ジャケットは必須であった。それが、「夏場に限りネクタイ&ジャケット不要」とされたのは、東日本大震災後に節電が叫ばれるようになってから。それでも、ドレスコード自体がなくなるわけではないから、夏のローカルといえど、Tシャツ、ポロシャツ、短パン、コットンパンツ、ジーンズ、サンダル、スニーカーでは馬主エリアに入れない。むろん、一口会員さんが口取り撮影のためにウイナーズサークルに立ち入ることも拒否される。

以前、社台グループの会報「サラブレッド」誌が、「馬主席やウイナーズサークルでのドレスコードは必要だと思うか?」というアンケートを募ったことがある。私は特に意見を寄せはしなかったが、きっと不要派が多数を占めるであろうと思った。そも日本の文化には、ドレスコードという概念自体が馴染まないと常日頃感じているからである。

果たして結果は意外なものであった。「ドレスコードは必要」という意見が多数を占めたのである。編集者も「意外な結果」と驚きを隠さなかった。もちろんこれは一口会員と一部の馬主を対象としたアンケートだから、ファン全体や馬主全体の総意ではない。それでもドレスコードが支持されたのは、「馬主席やウイナーズサークルは特別な空間であるから」という理由が多かったからではないか。社台・サンデーの会員ともなれば、「いつかは正式な馬主に」という思いを抱いている人も多かろう。それが馬主席という領域を神聖化させ、アンケート結果に表れたのかもしれない。

ちなみに先日の福島での私は、もちろんダークスーツに長袖のワイシャツ、ネクタイ、革靴といういでたちだった。7月の暑さに雨上がりの湿度が加わって、競馬場に到着した頃には既に汗だく。それでも進んでその格好を選んだのは、ひょっとしたらウイナーズサークルに立つかもしれないと思えばこそ。知り合いの馬が人気を集めていたのである。私はその覚悟をジーンズの知人にくどくど諭していた。真剣勝負の場にはそれに相応しい服装がある。ここは神聖な場所なのですよ……と。

「じゃあ、アイツはどうなんだ?」

相手はウイナーズサークルを指さした。するとそこには、ジーンズよりもひどい格好の男が立っているではないか。

Kojima1 

いや、彼はこの格好が「衣装」なのだと主張するかもしれないが、たとえそうであってもこれはダメだろ。今回は優勝馬が一口馬主クラブの馬だったからまだよかったけど、由緒ある個人馬主さんの持ち馬だったら修羅場になっていた恐れもある。せめて肌に直接マジックでネクタイの絵でも描いて出てきてほしかった。それでも真剣勝負の場に、安っぽい笑いは似つかわしくないと思うのだが……。

 

***** 2016/07/06 *****

 

 

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2016年7月 5日 (火)

早過ぎる真実

「東京、落選しました。第1回の投票で最少得票。決選投票に進めませんでした」

朝日新聞社のツイッターの公式アカウント「朝日新聞オリンピックニュース」が、IOC総会の開催都市投票を巡り、「東京、落選」と速報したのは2013年9月8日未明の出来事。1回目の投票でイスタンブールとマドリードが同じ票数で並び、最下位を決める再投票が行われることになったのを、東京が落選したものと勘違いしたという。数分後に書き込みを削除し、「失礼しました。東京が最多得票でした。決選投票へ進みます」と訂正のツイートがなされた。

普通、新聞記者が記事を書く時は―――某有名夕刊紙を除いて―――ウラを取ることを忘れない。だが、ツイッターの情報にそこまで求めるかどうか。これは意見が分かれるところであろう。だが、少なくともこの誤報に、私は悪意を感じることはない。

「スマホで1・1・0と発信すると通信速度が早くなる」

こんな誤報がツイッターで拡散し、不必要な110番通報が急増しているとして、警察が注意を呼びかける騒ぎになったこともある。その内容は「iPhoneのキーパッドで『1』を2回、『0』を1回入力して一定時間内に発信すると、通信制限が解除される」というもの。それで警察の司令部には普段の三倍以上のいたずら電話がかかってきた。この誤報は悪意そのもの。「デマ」であることに疑いはない。だが、これを鵜呑みにする人間がいることに私などはむしろ驚く。110番は警察―――。そんなこと小学生でも知っているはずではないのか。

ネット上に限らず、世の中に無数に落ちている情報がすべて完璧に正しいはずはない。このブログも然り。正しい情報だけを書き連ねているつもりではいても、間違いのひとつやふたつ、きっとある。むろん間違いを指摘されればただちに書き直すし、謝りもする。しかし、少なくとも悪意の誤報はない。それはブログを通読していただき、情報の受け手に判断してもらうしかいない。

それでも、世の中には悪意のない誤報に対してもいちいち怒りをぶつけて来る人がいる。このブログとて例外ではいられない。コメントの多くは間違いを指摘してくれるものだが、明らかに怒りを含んだコメントが稀に届く。ある馬の名前を間違えて書いていたからといって、そこまで怒らんでも―――。そう思いながら、コメントの主に謝罪のメールを送る。が、こういうコメントに附記されたメアドは実在しないことがほとんどだ。

Gate 

「誤報は早過ぎる真実」

中国のネット社会では、そんな言葉が浸透しているらしい。当局が未発表のある事案について、何者かがネットに書き込む。中には意図的なデマもあるが、当局がひた隠しにする事実が暴かれることもある。むろん当局は投稿を「悪質なデマ」と非難する。投稿者が投獄される例もなくはない。だがその投稿は、歴史に真実を書き留めたいという叫び声だ。むろんウラなど取っている暇はないから、多少の間違いはあるかもしれぬ。仮にそうだとしても、善意の誤報として許される範疇であろう。

何を言いたいか。情報の真偽を見抜くのは簡単ではないと言われる。だが、善悪を判断することはさほど難しくないはず。事実と多少異なるからといって、善意の誤報にまで怒りをぶつけることは、その人にとって決して得にはならない。なぜか。結果的にそれが「早過ぎる真実」の発信源を閉ざしてしまいかねないからだ。

ブログにせよツイッターにせよ気軽に書き込めるツールとして広まったはずなのに、有益な情報や意見を持つ人ほど、実は「気軽さ」が失われているという現実がある。ウラを取るのはもちろん大事。だが、それにこだわればツールとしての魅力は低下する。

もちろん人の健康や生活、あるいは人権にかかわるような情報に、正確さと慎重さが求められることは言うまでもない。だが、競馬にも同じレベルを求めるべきか。

たとえ競馬であろうとも、いかなる誤報も許せぬ。そういうのなら、翌日まで待てば新聞紙面が教えてくれる。そこまで待てないと言う人がネット情報に頼るのであろう。ネット情報の評価基準に、「真偽」だけではなく「善悪」の物差しを加えたい。有益かつ貴重な情報源を失えば、競馬ファンの周囲には当たり障りのない、誰もが知る無価値な情報で埋め尽くされることになる。「早過ぎる真実」という言葉の意味を深く噛みしめたい。

 

***** 2016/07/05 *****

 

 

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冷やし中華

明日かよっ!

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今日の東京は半袖では寒いくらいの陽気でしたから、まあ仕方ないか。明日は暑くなると良いですね。私は涼しい方が嬉しいけどcoldsweats01

 

***** 2016/07/05 by SP *****

 

 

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2016年7月 4日 (月)

3歳ハンデ戦の明暗

力関係が定まっていない3歳の夏に、ハンディキャップを設定すること自体に無理があるのではないか―――?

10年前、夏の福島の名物レース「ラジオたんぱ賞」が「ラジオNIKKEI賞」と名前を変えただけでなく、ハンデ戦に衣替えすると聞いたとき、私自身がそう感じたことを思い出した。今年のラジオNIKKEI賞で唯一の3勝馬ブラックスピネルに課された負担重量は57キロ。同馬を管理する音無調教師もそのハンデに不満を隠そうとしなかった。

「なんで(昨年のこのレースを56.5キロで勝った)アンビシャスより重いのか」

「ブラックスピネルよりアンビシャスの方が走るのに」

「(このレースを)57キロで勝った馬もいない」

このレースがハンデ戦になった最初の年にも57キロを課された馬がいた。のちに小倉ジャンプSを勝つことになるエムエスワールドである。ラジオNIKKEI賞に登録した時点で白百合S勝ちを含めオープン2勝の実績は、今年のブラックスピネルと同じ。ただ、彼はブラックスピネルとは違って4勝馬だった。しかも結果的に57キロのハンデを嫌ってラジオNIKKEI賞は回避している。それを思えば、ブラックスピネルの57キロに不満を隠さない音無師の気持ちも、分からないでもない。

これは勝手な想像だが、ラジオNIKKEI賞のハンデ決定方式は、通常のハンデ戦と少し異なるように思う。昨年のアンビシャスはオープン特別1勝で56.5キロ。今年のブラックスピネルはオープン特別2勝だから57キロ。それだけのことではないか。

ジョルジュサンク、ストーミーシー、アーバンキッドといった1600万条件馬は56キロ。アップクオーク、ミエノドリーマー、ロードヴァンドール、ミライヘノツバサ、ピックミータッチといった1000万条件馬は53キロ。ただし、同じ1000万条件馬でもオープンで掲示板に乗ったゼーヴィントとナイトオブナイツだけは、1キロ加増の54キロとした―――。

毎年のことだが、ラジオNIKKEI賞の負担重量は、ハンデキャッパーの主観による各馬の能力比較ではなく、収得賞金や過去のレース着順といった客観的数値が反映しているように思えてならない。だからトップハンデ馬が振るわないのである。

だが、それもやむを得ない部分があろう。3歳のこの時期では直接対決の機会も乏しく、出走馬同士の能力比較は至難の業。今年の優勝馬ゼーヴィントは、そうした事情を熟知していたフシがある。前走後は余計な賞金を上乗せするようなことをせず、敢えて間隔を空けてここに臨んでいた。

Nikkei 

一介の1000万条件馬に過ぎないゼーヴィントを1番人気に推し上げ、しかもそれがしっかり勝つのだから福島のファンの相馬眼には毎度のことながら驚かされる。だてに、七夕賞や福島記念といった荒れるハンデ戦を身近に見てきたわけではない。今回の来訪では餃子も米沢牛も口にすることはできなかったが、それでも福島の「風土」を肌で感じ取るとることができた。

 

***** 2016/07/04 *****

 

 

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2016年7月 3日 (日)

大井3号スタンド解体中

大井競馬場Lウイングのもっとも1コーナー寄りのベンチに座って、かえし馬を見ながら『東京ロティサリー』のローストポテトを食べる。至福のひとときである。

Potato 

最近では馬主席(非出走)が4号スタンド5Fへと移されてしまった。ゴール前の攻防が遠のいたのはさておき、ここから『東京ロティサリー』まではあまりに遠い。だから、暑さに負けそうになりつつも、Lウイングの一般席を居場所と定めている。あー、暑い。

4stand_2 

かつて馬主席は2号スタンドのLウイング寄りに設定されていた。その後、2号スタンド、3号スタンドと、スタンドが解体されるにつれ、馬主席はどんどん『東京ロティサリー』から離れていったのである。

ご覧の通り3号スタンドはまさに解体真っ最中。ただし、この解体工事自体は今月いっぱいで終わるスケジュールと聞く。だが、その割にはずいぶん残っていないか。工期が競馬に及ぼす影響はゼロではない。

3stand 

非開催中であっても調教は毎日行われている。だが、工期が押せば、1日あたりの工事時間を延ばさざるを得ない。それが調教時刻に影響を与える。夏場の馬場開門は午前2時半で閉門は8時半。ところが工事時間確保のため閉門を8時にしようとすれば、それに合わせて開門も午前2時へと繰り上がる。厩舎関係者にしてみればたまったものではない。「2時起床。即、攻め馬」なんてわけには当然いかないから、起床は1時とか12時半。世間では「その時間に寝る」という人が多数派であろう。

ともあれ首尾よく今月中に解体が終われば、今度は跡地の整地作業が10月まで予定されている。それですべての工事は終了。3号スタンドの跡地に建物が立つ予定はない。その場に立って見やすいように、傾斜が施されるとも聞くが、基本的には更地だそうだ。大井競馬場の景色はどんどん変わってゆく。

2stand 

スタンドを取り壊し、その跡地に新たなスタンドを建設しない―――。

これが最近のトレンドなのだろうか。中山競馬場クリスタルコーナー然り、浦和競馬場1号スタンド然り。解体後にショッピングモールに生まれ変わった川崎競馬場3号スタンドも同様であろう。

それをファン軽視と訝る声も聞く。だが、実際に入場者数が減っているのだから仕方がない。ホクトベガが勝った20年前の帝王賞には77,818人の観客が詰めかけたが、先日の帝王賞の入場者数は22,636人である。東京ダービーで比較すると、今年は13,475人だったのに対し、セントリックの勝った20年前は48,653人も入っていた。そうか、そんな大勢のお客さんがこのレースを目撃してたんですなぁ。

Derby1996 

この20年で売上は減ったり増えたりを繰り返しているが、入場者数は一貫して減る傾向にある。最近では重賞レースでも1万人に届くことは少ない。優駿スプリントが行われた火曜の入場者数など5,447人である。それなら新たにスタンドを建てても、無駄な建設費用と維持費がかさむだけ。無人のスタンドは、かえって寂寥感を煽ることにもなりかねない。ネットによる売上増加の傾向を象徴したひとつの流れとして、スタンドのない光景を受け入れよう。

 

***** 2016/07/03 *****

 

 

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福島で肉巻おにぎり中

福島駅前『屋台や十八番』にて、肉巻おにぎりちう。

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なんと壮観な眺めでしょうか。馬券で惨敗した心とお腹を満たしてくれます。

 

***** 2016/07/03 by SP *****

 

 

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4年ぶりの福島重賞

戸崎圭太騎手、4年ぶり2度目の福島重賞制覇です。

Tosaki 

前回もこのラジオNIKKEI賞で、負担重量54キロのディープインパクト産駒での勝利だったんですよねぇ。それを知っていても、ゼーヴィントを買うワケにいかない状況に追い詰められていた時点で、今日の負けは決まっていましたcoldsweats01

 

***** 2016/07/03 by SP *****

 

 

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ヴェラヴァルスターの単

武豊さん、ゴメン……。

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他に勝って欲しい馬が出ているのですよ。

 

***** 2016/07/03 by SP *****

 

 

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福島、雨はやんでます

福島競馬場はラジオNIKKEI賞の開催日です。

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1レースからバドックは、お客さんで埋まってます。さすが、福島のファンは熱心だなぁ、と感心していたら、いきなり藤田菜七子騎手登場だったんですね。

 

***** 2016/07/03 by SP *****

 

 

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2016年7月 2日 (土)

繋養先未定

今日のスポーツ紙の競馬面は福島、中京、函館の予想で埋め尽くされていたが、その片隅にひっそりと「ペルーサとルルーシュが競走馬登録を抹消」という記事が掲載されていた。「両馬とも種牡馬となる予定だが、けい養先は未定」とある。

News 

ペルーサもルルーシュも山本英俊氏の所有馬。どちらも藤澤和雄調教師の管理馬で、ゼンノロブロイ産駒であることも一緒。横山典弘騎手の手綱で東京競馬場のGⅡをひとつだけ勝っている点まで共通している。さらに調べてみると、どちらも札幌日経オープンを勝っていた。ここまで似通った馬が、揃って同じ日に引退するというのも珍しい。

Perusa 

ペルーサはファンの多い馬だった。その期待は無敗のまま臨んだダービーの単勝オッズ2.6倍という数字に表れている。しかしそのダービーが20連敗という長いトンネルの始まりになろうとは、いったい誰が予測できたであろうか。セレクトセールで1億円の値を付けた輝きが徐々に消えてゆく。もうペルーサは終わった……。皆が諦めかけた昨夏の札幌日経オープンを鮮やかに逃げ切ったあの瞬間、ペルーサを追いかけ続けたファンは少しは救われたのかもしれない。だが、ヴィクトワールピサやエイシンフラッシュらと並び「5強」と評されたあのダービーを思い返せば、やはりGⅠのタイトルが欲しかった。

Perusa2 

逆にルルーシュの場合はデビュー前から「大器」と期待された分、出世に苦労したように思えてならない。クラシック戦線とは無縁の3歳時を過ごし、ようやくアルゼンチン共和国杯を勝ったのは4歳11月のこと。それでもレースレコードの2分29秒9で駆けてみせたのだから、能力の高さは疑いようがない。

Ruru2 

そんな2頭が揃って引退、種牡馬入りするという。正直、なぜこのタイミング?と思わないでもない。種牡馬になるにはタイミングが大事。ドゥラメンテのように突然の故障に見舞われたわけでもない。しかも同じ父馬を持ち、同じような成績の2頭である。繋養先は見つかるだろうか。少なくとも社台スタリオンは父のゼンノロブロイを手放したばかり。さらに言えばカジノドライヴ、スピルバーグと、山本氏の服色で走った種牡馬を既に2頭抱えている。それでもう一頭というのは考えにくい。それでなくとも、ドゥラメンテがやって来ることが決定的になったばかりである。

Ruru 

ところで、最近山本氏の服色を見る機会が少なくなったような気もする。今年に入ってからの氏の所有馬の出走回数は、1月10回、2月12回、3月8回、4月8回、5月13回。ところが6月は3回に留まった。むろん、巡り合わせの可能性は否定しようがない。実際、今日の函館12レースにはモンドシャルナが出走したし、明日のラジオNIKKEI賞にはピックミータッチがスタンバイしている。ただ、かつてあれほどセレクトセールで億単位の馬をじゃんじゃん購入されていたにも関わらず、今年の2歳馬が現時点で1頭しか見当たらないことも気掛かりだ。

それとペルーサ、ルルーシュの引退と何の関係があるのか?

種牡馬になると言い張ったところで、繋養先が見つからなければどだい無理な話。それが決まらぬうちの引退発表は、どことなく見切り発車のイメージがつきまとう。怪我や病気があったわけでもない。来月には、彼らが得意とした札幌日経オープンも行われるではないか。それを走ってからの引退発表でも、決して遅くはあるまい。ひょっとして何かあったのか? それを心配しているのてある。

ともあれ、こうなったからには、繋養先が見つかることを願うのみ。先日も書いた「3×3問題」が、ひょっとしたらプラスに働く可能性もある。日高では、父ゼンノロブロイより彼らの方が、案外重宝されるかもしれない。

 

***** 2016/07/02 *****

 

 

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2016年7月 1日 (金)

真島問題

タイトルに「問題」と書いたけど、別に彼がなにか問題を起こしたり、私が彼を問題視しているわけではない。そこは誤解しないでほしい。ここ数日のタイトルの流れの中でそうなっただけ。でも、真島大輔騎手については、私も日々いろいろ考えているので、私にとっては切実な「問題」のひとつと言える。

Padock 

梅雨の晴れ間に恵まれた月曜の大井に足を運んだ。この日は新馬戦が2鞍。出馬表の父馬欄には、なんとあのベストタイザンの名前もあった。ジェニュイン・フリークを自認するものとして、これは見ておかねばなるまい。その結果、目撃することになったのは真島大輔騎手の連勝劇である。最初のレースが逃げて7馬身差、続くレースは番手から直線だけで8馬身差。まあ、強いこと。特に後者のプレミアムフライトは社台ファーム生産のゴールドアリュールの牝馬で、荒山調教師の管理馬とくれば、ララベルを意識しないわけにいかない。

真島騎手は4月5日の騎乗を左踵の痛みで取りやめたあと、骨折が判明。しばらく自宅療養を続けていたが、一週間後の4月12日に、手術を受けて治療に専念するため故郷の佐賀に戻り入院した。

熊本地震が発生したのはその2日後のことである。

なにせ手術直後の身。逃げようにも動くことさえままならない。東日本大震災を経験していたにも関わらず、その揺れの凄さには驚いたという。

退院後、ただちに佐賀競馬場で地元騎手と共に募金活動を行い、さらに自らも益城町に寄付をした。その額なんと100万円。福永祐一や和田竜二、さらには池添健一、高田潤など、JRA騎手の寄付は何人か報道されたが、地方所属騎手が単独の寄付は真島大輔以外に聞くことがなかった。なかなかできることではない。それというのも、地震の恐怖と周囲の混乱を身近に感じることができたからであろう。

Majima 

正直、彼には今年の南関東リーディングを期待していた。彼も期するところはあったはず。それを思えば、今回の怪我による休養は痛い。痛いが、これも経験と割り切るしかない。実際、本人はこの2か月近くのブランクを「良い時間になった」と前向きに捉えている。休養期間中ではないものの、先日は北海道の牧場にも足を運んだ。騎手が牧場で仔馬を見る機会は実はあまりない。本人にも刺激になったようだ。

Majima2 

新馬を勝ったプレミアムフライトのように、最近の彼は社台グループの良血馬の手綱を任されることが多い。それが昨年の年間203勝という好成績の一因にもなった。だが、ここぞという舞台で吉原寛人騎手に乗り替わることも少なくない。なにせ吉原騎手は今年南関東重賞を5勝。ソルテでダートグレード・さきたま杯を勝ち、返す刀で東京ダービーも制してみせた。よその騎手が勝ちまくるのを指をくわえて眺めているようではプロとして失格。有力馬の手綱は絶対に他人に渡してはならない。来年の目標は南関東リーディングに加えて東京ダービー制覇といこう。それくらいを目指しても良いポジションに、もう彼は立っている。

 

***** 2016/07/01 *****

 

 

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