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2016年6月10日 (金)

東京ダービーに思う

「前走JRAで勝ってて南関転入してダービー出走出来るの?」

「そもそもJRAから南関東への転入したばかりの3歳馬が東京ダービーに出ていいの?」

(※いずれも原文ママ)

レースが終わり、東京ダービーの表彰式が始まるのを待っているちょうどその時、似たような質問のメールが相次いで私の携帯を鳴らした。ちなみに昨日も別の方から口頭で同じ質問を受けている。3人とも競馬にはすこぶる詳しい。むしろ、そういう人こそが戸惑う東京ダービーだったということか。ともあれ先日の東京ダービーは、南関東初出走となるバルダッサーレが7馬身差の圧勝。JRAからの転入緒戦で、いきなり南関東3歳馬の頂点に立った。

まずJRAから転入してきた3歳馬がダービーを勝つこと自体は、過去になかったわけでもない。そもそも第1回東京ダービー(当時のレース名は「春の鞍」)の勝ち馬ローヤルレザーからしてJRAからの転入馬だった。その後、オートネ(1956年)、セイシヨウ(1959年)、マカニビスティー(2010年)らがJRAから転入したのちに東京ダービーを勝っており、今回のバルダッサーレは通算5例目となる。

多くの人が感じた戸惑いの原因は、むしろ南関東未出走馬がいきなり東京ダービーに出走してきたことにあろう。だが、こちらも例がないわけではない。2012年にはプーラヴィータとメビュースラブの2頭がJRAからの移籍初戦で東京ダービーを走り、プーラヴィータの方はプレティオラスの2着に好走している。いずれ転入緒戦で東京ダービーを勝つ馬が現れるであろうことは、この時から既に囁かれていた。

バルダッサーレがJRAのオープンクラスで活躍していたり、交流重賞に出走した経歴でもあれば、戸惑いの声ではなく、盛り上がりの歓声が聞こえたかもしれない。しかも都合の悪いことに、手綱を取ったのは金沢所属の吉原寛人騎手。さらに2着に飛び込んだのがブービー人気のプレイザゲームとあっては、レース後のバックヤードやスタンドが静まり返るのも無理からぬ話。せっかくのウイニングランも、なぜかバルダッサーレが全力でスタンド前を駆け抜けてしまったから、ファンは拍手を送る暇もなかった。ある意味では歴史的な東京ダービーだったと言える。

Tokyoderby 

だからと言って、JRA転入馬に出走制限をかけたり、転入そのものを制限しろという議論は拙速であろう。馬の適性を見極め、それに応じた遠征や移籍を決断するのは、馬に関わる者の責務である。かつてのように、全国各地の競馬場の中だけで、すべての競馬が完結するような時代ではない。エイシンヒカリがイスパーン賞を勝って、ラニはベルモントSに挑み、マカヒキが凱旋門賞を目指そうかというこのご時世。馴染みのない馬や騎手が登場する機会は、大井に限らずこれからますます増える。南関東の厩舎関係者は、それに負けぬような馬を作るしかない。それが自然と競馬のレベルアップに繋がる―――。そう信じたい。

同様にファンも対応を迫られよう。バルダッサーレを含め、3歳春にJRAから転入して東京ダービーを目指すのは、だいたい同じオーナーの所有馬である。ならば、それを踏まえてJRAの競馬を見るようすればよい。真冬の中山ダート1800mの未勝利戦が東京ダービーに繋がるかもしれない。そう思えば未勝利戦を見る目も変わってくる。それが自然と馬券のレベルアップに繋がる―――。そう信じたいが、そればかりは分からないなぁ……。

 

***** 2016/06/10 *****

 

 

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