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2016年3月17日 (木)

【訃報】メジロライアン

今朝、メジロライアンが老衰で亡くなったらしい。29歳と聞けば大往生だが、25歳を過ぎても元気な姿が印象に残るだけに、驚かなかったと言えば嘘になる。父・アンバーシャダイが亡くなったのは30歳。さらにその父ノーザンテーストは33歳まで元気に生きた。彼らの長寿を思えば、歳を取ったはずのライアンが若々しかったのも納得か。こちらは25歳の夏にレイクヴィラファームで撮影した1枚。

Ryan 

競走生活にピリオドを打ったのが24年前。2007年を最後に産駒も生まれてない。現役の産駒も1頭残っているかどうかといったところ。そんな時代に「メジロライアン」と聞いても今ひとつピンと来ない人が大半かもしれないが、まあ聞いて欲しい。

「ライアンの株、買っとけぇ!」

その叫び声を聞いたのは今から20年前。有馬記念当日の中山競馬場だった。朝日杯3着から中1週の強行軍で臨んだホープフルSをエアガッツが勝った直後、私の背後でレースを見ていたとある生産者が、当時はまだ珍しかった携帯電話に向かって叫んだのである。

1993年から種付け業務を開始したメジロライアンだったが、当時は強い外国産馬が日本競馬を席巻していた時代。種付け料も初年度の150万円からわずか3年で60万円に下落していた。

Dober 

ところがその産駒がデビューすると強いのである。そのハイライトが1996年12月だった。メジロドーベルが阪神3歳牝馬Sを勝ってGⅠタイトルを手に入れると、メジロブライトもラジオたんぱ杯3歳Sを優勝。そしてこの日、有馬記念の熱気渦巻く中山中山競馬場でエアガッツが勝ったことで、件の生産者もいてもたってもいられなくなったのであろう。結果的にメジロライアンの種付け権は600万円にまで高騰した。

Bright 

ここまで人気が沸騰した背景には、シチュエーションの後押しがあったことも見逃せない。メジロドーベルが阪神3歳で負かした相手は牡馬を含めた世代ナンバーワンの能力の持ち主と言われたシーキングザパール。NHKマイルCでそのシーキングザパールの2着に入るブレーブテンダーを負かしたのがラジオたんぱ杯のメジロブライトで、エアガッツのホープフルSにもスーパーナカヤマやグリーンスターボウといった評判の外国産馬が出走していた。

外国産馬に押され気味だった生産界にあって、ライアンの子が有力外国産馬を次々と打ち負かしてゆくそのレースぶりに、生産者の方が特別な感慨を抱いたとしても不思議ではあるまい。むろん、その想いは競馬ファンとて同じ。引退式でヨコテンが流した涙をファンは忘れてはいない。たとえ競走馬を引退しても途切れることのない物語こそが、競馬の醍醐味である。

結果的に、初年度の世代を超える馬を送ることはできなかった。生産者の方々はきっと肩を落とされたことであろう。でも、ライアンのファンからは「ひと世代でもじゅうぶん」という声も聞く。マックイーンもパーマーも、アイネスフウジンもホワイトストーンも、そしてオグリキャップも、種牡馬成績ではメジロライアンに叶わなかった。あの頃の競馬に燃えたオヤジファンにとって、最後に残された希望の砦だったように思う。よくぞ今日の日まで生き永らえてくれた。感謝の念を込めつつ、冥福を祈りたい。

 

***** 2016/03/17 *****

 

 

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