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2016年3月31日 (木)

【焼きそば探訪⑤】醤油焼きそば

10年の歴史を重ねたB-1グランプリにおいて、優勝回数がもっとも多いジャンルは何か?

ちょっと思い出せばすぐ分かりますね。そう、焼きそば。富士宮に始まり、横手、ひるぜん、そして浪江。とにかく全国各地のご当地焼きそばが人気を博している。うどんに続くブームは焼きそばではあるまいか? その真偽はともあれ、最近都内に焼きそば専門店が増えていることは間違いない。

Maru1 

本郷三丁目交差点から春日通りを湯島方面に歩くこと5分。「やきそば」と書かれた幟がはためくこちらのお店は焼きそば専門店の『まるしょう』。先月オープンしたばかりだというのに、店内は近隣のサラリーマンやOLさんたちで賑わっている。

本店は千葉の柏市にあるらしい。しょうゆで有名な野田のお隣。それゆえ、焼きそばでは珍しい醤油味が人気だという。そこで海鮮バター醤油焼きそばを注文。カウンター席に座って待っていると、奥の厨房から醤油の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

Maru2 

驚くのはその麺の太さ。ほぼうどんと言っていい。聞けば実際にうどん用のサイズの刃で切り出されているとのこと。その麺はモチモチとしていながら、その太さゆえに啜る喉越しも爽快で、ほどよく焼けた香ばしさの向こうから全粒粉の豊かな香りが立ち上ってくる。

実際に食べている感覚としては、焼きそばではなく、かといって焼きうどんでもなく、敢えて喩えるならば、バターと明太子ソースの効果も相まって、最近流行りのしょうゆベースのロメスパに近い。だが、それと比べると麺そのものが格段に美味いのである。そうなるともう喩えようがない。あとは食ってくれ、ということになる。

「麺を食わせる」は讃岐うどんのポリシーと同じ。味付けだってソースに固執する必要はない。具がキャベツと豚肉だなんていったい誰が決めたんだ? そういう意味も含めて焼きそばの伸びしろは、まだまだ手つかずのまま残っている。ラーメンやうどんがそうであったように、専門店が増えることで我々の抱く焼きそばの概念を大きく変えて欲しい。

 

***** 2016/03/31 *****

 

 

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2016年3月30日 (水)

安房特別2002

今週土曜の中山準メインは1000万条件の安房特別。2002年のこのレースでは、ミルコ・デムーロとアグネスパートナーのコンビが1番人気に応えて楽々と逃げ切ってみせた。

A_partner 

アグネスパートナーは社台ファームの生産のサンデーサイレンス産駒。その姿を見た吉田照哉氏が「社台史上最高の当歳」と評したことから、生まれた当初から話題となった。ケンタッキーダービー馬・リルイーティーの半弟という血統的背景もあったに違いない。しかし、待望のデビューは皐月賞も終わった4月最終週。そこから10月の福島まで9戦しながら未勝利を勝ち上がることができなかった。きっと日本中のPOGファンが天を仰いだことだろう。

念願の初勝利は、年が明けて4歳になった2月の小倉。すると今度は500万を卒業するまでに18戦を要した。その間には500万条件の身ながら、オープンの大阪-ハンブルグカップに出走したこともある。思えばこの馬、やたら2着が多かった。通算5勝に対し、2着は12回を数える。1000万下を勝った程度で通算1億2千万円を稼いだのはそのせいもあろう。いかにも森秀行調教師の管理馬らしい。

その森厩舎は今年の安房特別に外国産馬・セセリを送り込んでくる。

Seseri 

こちらはアグネスパートナーとは逆に、3歳10月までに3つも勝ち星を重ねた素質馬だが、逆に2着が1度もない。3着も1度あるのみ。5歳を迎えた今現在の獲得賞金が5千万円に届いていないのは、そんな成績も影響している。森師にすれば、負けるにしてももう少し上位で……といったところだろうか。

 

***** 2016/03/30 *****

 

 

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2016年3月29日 (火)

ドーナツと競馬の浅からぬ関係

おとといの日曜日、玉川高島屋のクリスピークリームドーナツでドーナツを買ってきた。最近は真ん中に穴が開いてないタイプのドーナツが多いですね。

Krispy1 

クリスピークリームドーナツの閉店ラッシュが話題になっている。昨年11月時点で全国に64店舗を展開していたのが、いつの間にか47店舗にまで縮小されたらしい。今月だけでも大挙6店舗が閉店となった。実は玉川高島屋店もそのひとつ。この日限りで店じまいと聞いてやって来たのである。

Misudo 

むかし野平祐二厩舎に「ミスドーナッツ」という牝馬がいた。新冠・飛渡牧場生産のワッスルタッチ産駒。オーナーは現民主党参院幹事長の小川敏夫氏である。牝馬だから「ミス」なのだが、それでも略せば「ミスド」であることに違いはない。府中伊勢丹のミスドでドーナツを購入し、それを野平師と一緒に齧りながら応援したのは今となっては懐かしい思い出だ。

ミスタードーナツには「エンゼルフレンチ」や「フレンチクルーラー」という人気商品があるが、私は以前からそれが馬の名前に聞こえて仕方なかった。むろん父親はフレンチデピュティ。エンゼルカロあたりがフレンチデピュティの子を産んでくれれば実現するかもしれないのになぁ―――なんて絵空事を考えながらエンゼルフレンチをもぐもぐ齧ったものである。

French 

「フレンチクルーラー」という名前の馬がデビューしたのは2004年の暮れのこと。母アグネスショコラで父がフレンチデピュティだから見事なマッチングと言わざるを得ない。きっと甘い競走生活を送ることだろう。そう思って迎えたデビュー戦では、まさかの降着処分である。やはり競馬はそう甘くはない。

店舗縮小に走るクリスピークリームドーナツだが、その一方で今の阪神開催では期間限定の『クリスピークリームドーナツ阪神UMAJO店』がオープンしているという。これは良い。ドーナツと言えばその形状から穴党にとっては縁起物でもある。だが、そこで売り出されている競馬場オリジナルの「ウマドーナツ」に穴は開いてなかった。残念。でも、これ食べてみたいですね。ぜひとも東京競馬場にも出店してほしい。

Krispy2 

©JRA阪神競馬場

 

***** 2016/03/29 *****

 

 

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2016年3月28日 (月)

同期の一番星

先週の浦和で2つ勝ったこともあって、メディアを中心とした「ナナコフィーバー」も、ようやく落ち着いてきたのだろうか。ドバイで日本馬の大活躍があり、高松宮記念で春のGⅠシーズンも開幕した。競馬を盛り上げるのは構わないが、いつまでも浮かれられていては困る。そろそろ冷静さを取り戻そう。ゼッケンが盗まれたことなど管理者の手落ちである。

浦和で2勝したとはいえ、それはJRAのキャリアにはならない。ゆえにJRAのサイトで藤田騎手を紹介するページの「初勝利」欄は空欄のままだ。それをいちばん意識しているのはご本人であろう。

へそ曲がりな私は、藤田騎手に注目が集まる陰で、同期の誰かが初勝利を挙げたりしないかと秘かに期待していた。同じ新人騎手でありながらあまりに違うメディアの扱いに対する、それがプロの意地というものであろう。それくらいの根性がなければ、やっていけない世界でもある。なのに、先週まで誰も勝ってくれない。私が焦っても仕方ないが、焦る理由はもうひとつあった。藤田騎手を含む競馬学校騎手課程第32期生は、他に菊沢一樹、木幡巧也、荻野極、坂井瑠星、森裕太朗を合せた6人がこの3月にデビューを果たしたが、先週まで誰ひとりとしてJRAで勝利を挙げていなかったのである。

厳しい勝負の世界とはいえ、デビューしたばかりの新人騎手に勝てそうな馬が用意されることは珍しくない。馬主からすれば祝儀の意味合いもあるし、調教師には馬だけでなく人材の育成という使命がある。ひとつ勝てば本人は大きな自信につながるだろう。同時に厩舎にも勢いがつく。そういう意味では「今年の新人騎手が初勝利」というニュースは3月の風物詩である。実際、昭和60年の競馬学校1期生デビューから昨年の31期生まで、必ず誰かしらひとりは3月中に初勝利を挙げてきた。

そんなこんなで迎えた3月最終週。ここで新人騎手の誰かが勝たなければ記録は途切れる。土曜は全員未勝利。ああ、もう後がない。そう思いつつ迎えた昨日の中山1Rを、木幡巧也騎手のモンサンアルナイルが勝った。いやあ、初勝利おめでとうございます。これが32期生によるJRA初勝利。と同時に、新人騎手が3月中に勝利を挙げてきた記録も繋がった。

もちろん早く勝てば良いというものでもない。同期の一番星となりながら、その後大成せずに終わった騎手のなんと多いことか。先日の日経賞を勝った吉田隼人騎手の初勝利は4月24日だし、古くは横山典弘騎手でも4月29日まで待たなければならなかった。田辺裕信騎手に至っては8月の新潟である。

Tanabe 

共に1000勝を達成しダービージョッキーでもある加賀武見氏と増沢末夫氏は同い年だが、騎手デビューを果たした年の成績は加賀氏58勝に対し、増沢氏はたった3勝だった。ところが両者が49歳になった1986年の成績を紐解けば、加賀氏の6勝に対し、増沢氏は106勝である。競走馬同様、騎手にも早熟タイプや晩成タイプがあるに違いない。今年の新人騎手たちは果たしてどのような成長曲線を描くのだろうか。焦らずじっくり見守りたい。

 

***** 2016/03/28 *****

 

 

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2016年3月27日 (日)

進歩

ドバイの快挙を伝えるメールで目が覚めた。

最初はワールドカップの発走まで起きていようと思っていたのである。実際、22時頃のドバイゴールドカップは見ていた。でもその次、肝心なUAEダービーの記憶がない。どうやら知らぬ間に眠りに落ちてしまったようだ。いやあ、トシでかすね。反省しながらラニ、いやニラを切っております

Nira1 

UAEダービーをラニが、ドバイターフをリアルスティールがそれぞれ優勝。もっとも期待されたシーマクラシックのドゥラメンテが2着に負けたのは残念だが、それよりもラストインパクトの3着を讃えたい。結果、10頭の日本調教馬のうち7頭が5着に入る大健闘。ドバイワールドカップデーにおける日本馬の成績としては、過去最高ではなかろうか。

好結果の原因のひとつに輸送が挙げられる。今回は関空からドバイへの直行便をドバイレーシングクラブが用意してくれた。10頭が一緒に、しかも経由地無しで現地入りできるメリットは計り知れない。

ドバイに行くには香港やシンガポールを経由するのが普通。ホクトベガを追いかけた私が通ったルートはバンコク経由だった。経由地はどこも暑い。

競走馬は貨物扱いだからエアコンの効いたラウンジでトランジットを待つことはできない。蒸し風呂のごときカーゴの中で何時間も待たされた挙句、再び離陸、着陸のストレスを味わう。現地に到着して「順調な調整」が伝えられても、それは輸送の「調子落ちを割り引けば」のエクスキューズが隠れているものだ。ゴールドアリュールのように、イラク戦争の余波ですべての航空機がキャンセルという悲劇もある。海外遠征の難しさは輸送の難しさと言ってもいい。

Nira2 

ニラ、もといラニはケンタッキーダービーに向け、ドバイから直接現地に入るとのこと。これが吉と出て欲しい。チャーチルダウンズは日本からの輸送がもっとも難しいと言われる競馬場のひとつ。スキーキャプテンのチャレンジでは、まったく競馬をさせてもらえなかった。あれから20年。進歩がないとおかしい。

―――なんてこと言う私は、ドバイにも、高松宮記念の中京にも、しかもあろうことか中山さえにも行かずに、昼からもつ鍋を作っている。乗り継ぎをものともせずにドバイに飛んでいたのは、やはり20年近く前の話。あの当時より自分は進歩していのるかと問われれば、そうとも言い切れない。むしろ退行であろう。しかしトシにはかなわない。悩んでも仕方ないからもつ鍋でも食べよう。

 

***** 2016/03/27 *****

 

 

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2016年3月26日 (土)

【焼きそば探訪④】両面焼きそば

ヤボ用で銀座に出かけたので、そのついでに日本橋馬喰町に足を延ばしてみた。「てつじん」さん、コメントありがとうございます。

“馬喰町”という地名は日本橋以外にも全国に点在している。これはかつて馬の市が立っていた名残であることは以前にも書いた。それでもここは日本橋。今では苫小牧や静内に行かねば見れない馬の市が、こんなビルに囲まれた都会にあったのだと思うと感慨も深い。

そんなビル街の一角に、目当ての焼きそば店が暖簾を掲げていた。その名も『あぺたいと』。それにしても、店名よりも「両面焼きそば」の文字が目立ってはいないか。

Ape1 

店のこだわりが「焼き」にあることは疑いようがない。たっぷりの油で両面に焦げ目がつくほど焼き上げられた麺は、想像通り外はカリッとしていながら、しかし中はモッチリ感を残している。この食感と香ばしさが、この焼きそばの最大のウリであろう。具材にせよ、ソースにせよ、自家製だという麺に使われている小麦にせよ、彼らが何かを演じるというよりは、この食感を引き立てるために呼び集められた選りすぐりのスタッフという立場にあるように思える。むろん、大胆な火加減や焼く際の手際の良さが重要であることは言うまでもない。

Ape2 

なんでも、この焼きそばは大分・日田のご当地グルメらしい。日田市のラーメン店には必ずと言っていいほど焼きそば用の鉄板があり、ほとんどの店でこうした両面焦げ目たっぷりの焼きそばを提供しているのだという。いただいたコメントにもあったように、中でも名店と名高い『想夫恋』というお店の焼きそばがこのお店のルーツだそうだ。「大分とり天」といい「中津から揚げ」とといい、大分県はB級グルメの宝庫ですね。

満腹になって腹ごなしにぶらぶら江戸通りを歩てみる。するとたちまち地名が日本橋小伝馬町と変わった。

「デンマ」と言っても出馬表をさす業界用語ではない。人や荷物を馬に乗せ、次の宿駅や目的地まで運んでいく江戸時代の制度が「伝馬」である。かつてこの界隈は北に向かう伝馬の出発地で、より多くの馬を準備していた町が「大伝馬町」と、少ない方が「小伝馬町」と名付けられた。ゆえに「伝馬町」という地名も、全国各地に見ることができる。かつてはそんな町に隣接するように馬の市が立った。そこに馬喰さん、すなわち馬の仲介業者が住んでいたから「馬喰町」である。

馬に由来する地名を辿って歩くのは、なかなか楽しい。

 

***** 2016/03/26 *****

 

 

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2016年3月25日 (金)

世代交代か世代の壁か

今週の中山日曜メインはダートのハンデGⅢ・マーチS。その過去3年の優勝馬は順にグランドシチー、ソロル、マイネルクロップだが、なんと今年はその3頭が揃って登録してきた。

March2014 

ひと昔前なら珍しいことだったかもしれない。だが、ベテランが活躍するダート路線では稀にこういうこともある。調教施設の充実や獣医学の進歩により故障が減り、タフで丈夫な馬が増えたことも大きい。また、厩舎の管理頭数が実質的に増えたことで、年齢を理由に引退を強いるケースも少なくなっている。

例えば2009年のフェブラリーSには、カネヒキリ(06年優勝)、サンライズバッカス(07年優勝)、ヴァーミリアン(08年優勝)と、3頭の優勝馬が勢揃いして話題を集めた。この3頭、いずれも当時7歳の同期生。この2002年生まれ世代には、他にもフィールドルージュやボンネビルレコード、フジノウェーブなどが名を連ねている。ことダートに限れば「最強世代」と評価する声が今なお高い。

だが、いざ蓋を開けてみればサクセスブロッケンとカジノドライヴの4歳馬によるワンツーフィニッシュであった。世代交代の波は突然やって来る。

Feb 

また、芝の重賞では2012年の関屋記念で、過去3回の優勝馬が顔を揃えたことがある。スマイルジャック(09年)、レッツゴーキリシマ(10年)、レインボーペガサス(11年)の3頭。やはり3頭とも当時7歳の同期だった。それで勝ったのは牝馬のドナウブルー。やはり4歳馬である。

今回のマーチSに関して言えば、9歳のグランドシチーには厳しい前例となる。となれば注目は6歳の2頭。そこでこちらの数字をご覧いただきたい。昨年と一昨年のJRAの古馬ダート重賞における年齢別の勝ち馬頭数を調べてみた。

【2014年】
 3歳 4歳 5歳 6歳 7歳~
  0  7  3  1  2

【2015年】
 3歳 4歳 5歳 6歳 7歳~
  1  1  8  3  0

今年の6歳世代は、コパノリッキーを筆頭にJRAのダート重賞で他の世代を圧倒する成績を残してきた。ひょっとしたら02年生まれに匹敵するかもしれない。―――そう思っていたのである。昨年までは。

今年に入ってJRAでは3つのダート重賞が行われたが、勝ち馬の年齢は5歳、4歳、4歳。残念ながら6歳馬は3着にすら入っていない。まあ、たかが3レースのサンプルで騒ぐわけにはいかないが、それでも世代交代の波は知らぬ間に近づいてくるもの。特にモーニンとノンコノユメを要する4歳世代は侮れない。

マーチSには2頭の4歳馬が出走してくる。人気は3連勝中のバスタータイプだろうが、モズライジンだって持ち時計なら負けてはいない。対する6歳馬たちは世代の壁を味わせたいところだが、クリノスターオーを筆頭にみな斤量を背負わされている。これも実績を残してきた世代の宿命か。高松宮記念の発走直前で慌ただしい時間帯の発走だが、今後のダート戦線を占う意味でもしっかり見届けたい。

 

***** 2016/03/25 *****

 

 

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2016年3月24日 (木)

3歳女王から3歳最強へ

昨日の浦和競馬場は比較的静かな桜花賞デー。今日の浦和競馬場はきっとたいへんな騒ぎだったに違いない。しかし、これはあくまで昨日の話。埼玉県の桜の基準木は大宮公園内にあるそうだが、浦和競馬場パドック脇のソメイヨシノもこの通り開花していた。そのパドックに間もなく桜花賞に挑む3歳牝馬11頭が姿を現す。

Sakura 

人気はモダンウーマン。重賞3連勝中で、しかもそれがまったく危なげないレースぶりなのだから、単勝1.1倍も仕方ない。最大の敵は他馬でもなく、ましてや自分でもなく、おそらく枠順だったと思われるが、それも3枠3番を引いた時点でクリア。「注目は勝ち方」なんて声が聞こえてくるのは、羽田盃や東京ダービーを意識してのことだろうか。

Modern 

ポンとスタートを決めたモダンウーマンは、そのまま内目の2番手に収まった。隊列に動きが無いままレースは淡々と進む。ところが3コーナーを過ぎたあたりで場内がざわめき始めた。内ラチ沿いを逃げるオウカランプの背後に付けていたモダンウーマンだが、その外には2番人気のリンダリンダがピタリと馬体を並べている。これでは外に持ち出すことができない。「詰まったぁ!」。スタンドから悲鳴に近い声が飛ぶ。

ところが山崎誠士騎手は落ち着いていた。直線に向いて、逃げ馬がわずかに膨れたその瞬間を見逃さなかったのである。内ラチ沿いからビュンと伸びると、楽々とリンダリンダを突き放して1馬身差の完勝。「まずは1冠目」。そう言わんばかりの涼しい勝ちっぷりであった。

山崎誠士騎手は意外にもこれがクラシック初制覇。それにしても、川崎所属でありながら彼は浦和にめっぽう強い。これが重賞12勝目。うち半分の6勝を浦和で稼いでいる。

レース後、モダンウーマンを管理する佐々木調教師は「羽田盃と東京プリンセス賞の両睨み」と、牡馬相手のクラシックを目指す可能性を示唆した。牡馬クラシック路線の中核をなすタービランス、モリデンルンバ、トロヴァオは、いずれも道営出身馬。タイニーダンサーを物差しにすれば、モダンウーマンが彼らをまとめて負かしたとしても驚きではない。

果たしてクラーベセクレタ以来の牝馬による羽田盃制覇があるのか。南関東重賞でモダンウーマンに3連敗中のリンダリンダ陣営にとっても、その選択が大いに気になるところであろう。

 

***** 2016/03/24 *****

 

 

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2016年3月23日 (水)

【焼きそば探訪③】カレーあんかけ

焼きそばの話を立て続けに書いたせいか、「鶴見で人気の焼きそば専門店がありますよ」と教えられた。そんなら来週の川崎開催のついでに……と思ったものの、どうもスケジュール的に次の川崎開催は行けそうにない。なので、わざわざ焼きそばのためだけに鶴見に行くことにした。実はこういう行動はあまりよろしくない。“ついで”の気楽さがない分だけ、どうしても気持ちの中のハードルが上がってしまう。

そのお店『ちぇん麺』は京急鶴見駅の東口から徒歩1分。表通りから一本入った路地に店を構えていた。パッと見はラーメン専門店の趣がある。開店と同時に入店したのだが、私のあとから立て続けに2名の客が入ってきた。どちらもひとり客。しかもうちひとりは若い女性ときた。「人気の」という謳い文句は、どうやら間違っていないようだ。

Dsc_3366 

人気は「カレーあんかけ焼きそば」だという。福島の会津若松あたりには「カレー焼きそば」というB級グルメがあるが、「カレーあんかけ」とは聞いたことがない。注文時に麺の焼き加減とカレーの辛さを聞かれる。焼き加減は「普通」。辛さは5段階あって、レベル「3」より上は激辛の範疇だというから、「2」に留めておいた。

麺にはこだわりがあるようだが、ラーメンサイトみたいになるのでいちいち書かない。面白いのはその麺を餃子を焼く機械を使って焼くこと。四角い鉄板で上から蓋をするやつですね。これは初めて見た。ちなみにメニューに餃子はない。

そうこうするうち出てきた1杯がこちら。

Dsc_3369 

なるほど、たしかにカレーあんかけですね。焼きそばが隠れるほどあんがたっぷりあるので、引っ張り出してみるとこんな感じ。

Dsc_3370 

焼き加減「普通」だと、麺のパリッとした部分とモチッとした部分が半々くらいで出される。それがあんを纏うことで、またそれぞれ食感が変わる。大き目にカットされた野菜たちもシャキッと主張しているし、レベル「2」のカレーはしっかりと辛い。この1杯の中に見せ場がいくつも詰まっている。なるほど、これなら人気がというのも頷ける。

ただ、見せ場が多すぎて肝心の「焼きそば」感が薄らいだ印象もなくはない。そういう意味では初めてのオーダーは、オーソドックスな「あんかけ焼きそば」とするべきだった。そう思ってしまうあたりが“ついで”でない部分。なにより、津田沼で食べた絶品のあんかけ焼きそばの余韻もまだ消えていない。やはり今日はハードルが高かった。いや、美味いんですよ。ただ最近面倒くさがりになっているだけ。

次に来るとしたら、やはり川崎開催のついでが良かろう。そう思って開催日程を調べてみると、次の開催は5月9日とある。ずいぶん先だ。しかも重賞の行われない開催ではないか。きっとこの開催も行かないんだろうな(笑) こうして“ついで”の用事ばかりが溜まっていく。

 

***** 2016/03/23 *****

 

 

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2016年3月22日 (火)

ワンダーホースの血

日経賞の登録馬は10頭とやや寂しい。それでもゴールドアクターが満を持して登録してきた。勝った有馬記念と同じコースで同じ距離。それなら人気になって当然だろうが、意外と一筋縄では収まらないのが日経賞。過去20年で単勝万馬券が3回も飛び出している。

2000年のグラスワンダーも前年の有馬記念を勝って、日経賞を春の始動戦に定めてきた。単勝オッズは1.7倍。もちろん1番人気。なにせ有馬記念連覇の歴史的名馬である。それが中山の2500mで負けるはずがない。みんなそう思っていた。それがまさかの6着敗退である。ゴール直後の、なんとも言えぬ重苦しい空気は今も忘れがたい。

「太いな…」

そう呟いたのは、グラスワンダーを管理されていた尾形調教師。そのとき師はたまたま私の背後で本馬場入場を見つめていた。発表馬体重は有馬記念からプラス18キロの530キロ。しかし、その有馬記念からして前走からプラス12キロで、「太い」「重い」と皆が騒いだばかりだ。

Grass 

レースはレオリュウホウの逃げ。騎乗予定の横山義行騎手が前日の障害レースで落馬負傷したため、急きょ菊沢隆徳騎手に手綱が回ってきた。調教師の指示は「逃げろ」。そのひと言だったらしい。代打騎乗の気軽さもあったのだろうか。外枠から大胆にハナを奪うと、直線に入っても後続を寄せ付けることなく逃げ切ってしまった。

Leo 

単勝193.9倍は驚きだが、成績を見ればそれも頷ける。年明けから3戦して、いずれも2桁着順。前走の川崎記念では南関東の馬たちにさえ歯が立たなかった。本来なら前週のオープン特別・東風Sに出走したかったのだが、そこを除外されてやむなく日経賞に回ってきた経緯がある。しかも相手は天下のグラスワンダー。有馬でスペシャルウィークやテイエムオペラオーを負かしたばかりの馬がいては、とても勝負にはならないと思われても仕方がない。

むしろ不可解なのはグラスワンダーの方である。追走するのが精一杯というレースぶりに誰もが首をかしげた。いくら重めとは言っても、相手が相手ではないか。負け方というものがあろう。とはいえ、もともと不思議な負けや不思議な勝ちが多い馬でもあった。そこはダテに「Wonder」を名乗ってない。

あれから16年の月日が流れ、グラスワンダーの孫・ゴールドアクターが日経賞に出走してくる。有馬記念を勝った直後の休み明けというローテーションもまったく同じ。ひょっとしたら Wonder な血が騒ぐかもしれない。単勝1.2倍のマンハッタンカフェも、単勝1.1倍のゼンノロブロイでさえも敗れたのが日経賞。重賞における馬連と枠連の最高配当を記録したレースでもある。たとえ少頭数でも荒れる時は荒れるものだ。

 

***** 2016/03/22 *****

 

 

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2016年3月21日 (月)

乱気流

先日の京浜盃を勝ったタービランスを管理するのは、元高崎所属の水野貴史調教師。これが調教師としての初めての重賞制覇となった。

Keihin 

騎手時代の水野先生に、私の所有馬に乗っていただいたことを思い出す。大好きなテンリットルの主戦を務められていたあの水野騎手に乗ってもらえると聞き、私のテンションは上がったが、馬の方に問題があり過ぎた。いま思えば迷惑をかけたという印象しか残っていない。ゆえに私にとっても今回の勝利は嬉しい。

担当厩務員は元新潟競馬所属の横山厩務員。98年の群馬記念を筆頭に、新潟グランプリや朱鷺大賞典を勝ったロバリーハートを担当されていた腕利きで、そのほかにも新潟や上山の重賞をいくつも勝った経歴をお持ちだが、南関東での重賞はこれが初めてだという。

そして手綱を取った森泰斗騎手は、昨年の南関東リーディングジョッキーである。足利競馬から宇都宮競馬を経て船橋所属となって10年。そろそろ南関東クラシックを獲ってもおかしくない。

高崎、新潟、上山、足利、そして宇都宮。今年の京浜盃は、所属競馬場の廃止やそれに伴う移籍を経験したホースマンたちの勝利だった。言葉では言い尽くせぬ苦労もあったに違いない。それでもハイレベルの南関東で結果を出した。そこに価値がある。

廃止になってしまった競馬場に通いつめていたファンにしてみれば、彼らはいまも北関東や新潟の代表であろう。そんな思いまで背負ってクラシックに挑むタービランスだから、私だってそりゃあ応援したくなる。だが、タービランスには北海道2歳優駿で見せたような、掴み切れない一面も持つことを忘れてほしくない。周囲の期待が高まるほど、私の不安も増してくる。

Turbulence 

ニューイヤーカップでは先頭に立ってからフッと気を抜いてモリデンルンバに差されたし、昨日の京浜盃でも先頭に立ってから一瞬ドキッと思わせるシーンがあった。楽観はできない。その思いは陣営も同じではないか。なにせ相手は「Turbulence(乱気流)」。そもそも予測不能なのである。本番では良からぬ風が吹いたりせねよう、今は祈るのみだ。

 

***** 2016/03/21 *****

 

 

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2016年3月20日 (日)

GⅠ増殖の果てに

昨日の続き。

私が競馬を始めた頃は「八大競走」という言葉が普通に使われていた。3歳クラシック5冠に春秋の天皇賞、それに有馬記念を加えた8つのレースこそがチャンピオン決定戦であり、それ以外のすべてのレースは、その8つのタイトルへのステップレースに過ぎなかったのである。

その後、1984年にグレード制が導入されると、15のレースに「GⅠ」の格付けが与えられる。前述の8つに加え、安田記念、宝塚記念、エリザベス女王杯、マイルチャンピオンシップ、ジャパンカップ、阪神3歳S、朝日杯3歳Sが新たにチャンピオン決定戦に加えられた。チャンピオンになるチャンスは一気に倍増したことになる。

そして現在、日本国内では障害やダートグレードを含め年間34ものGⅠレースが行われている。「さらに倍」どころではない。そこに来年から産経大阪杯が加わるという。さらに、ホープフルSも「GⅠ昇格を目指す」と明確に謳われて重賞昇格を果たした経緯がある。つまり36のGⅠレースが行われるかもしれない。こうなるとむしろ「GⅠのない週」の方が希少ではないか。

「ああ、珍しく今週はGⅠがないんだね」

「そうか、それならのんびり競馬を見られるな」

そんな会話が聞かれる日は、案外近そうだ。

Dirt 

それにしても、国内生産頭数漸減の折にもかかわらず、優良繁殖馬選定レースたるGⅠレースが増え続ける姿は奇妙に映る。GⅠの数が増えれば増えるほど、その価値が薄まることは言うまでもない。「GⅠ馬10頭の豪華メンバー」みたいなフレーズは陳腐となり、「GⅠ7勝」といった経歴も輝きを失う。すると人々はそれに代わる指標を求めるだろう。それは「クラシック」かもしれないし「海外GⅠ」かもしれない。あるいは、国内のGⅠをさらにランク分けするという禁断の手もある。

「禁断の手」と書いて佐賀競馬を思い出した。佐賀競馬は数年前からメインレースのほとんどすべてを「重賞」化するという荒業に出ている。距離体系も条件もあったものではない。下級条件馬同士による「重賞」が平然と行われている。売上確保のための窮余の策であるとはいえ、結果的に佐賀における重賞の権威は地に落ちた。禁断の手を使うからには、相応の代償を払わねばならない。佐賀の売上に一定の目途が付いた暁には、速やかに重賞体型の見直しがなされることを期待している。

大阪杯とホープフルSに続くGⅠ昇格の有力候補は、札幌記念と阪神カップ。どちらも待望論が湧き続けて久しい。GⅠレース増殖路線の行きつく果ては佐賀と同じか、あるいは別のどこかか。私個人は、出走条件が「GⅠ優勝馬であること」という“GⅠ条件”の誕生を予感しているが、果たして―――。

 

***** 2016/03/20 *****

 

 

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2016年3月19日 (土)

海外流出を防げ

ドバイミーティングに参戦する日本馬総勢10頭が、無事ドバイに到着したというニュースを聞いたのは17日だったか。翌18日にはヌーヴォレコルトが香港・クイーンエリザベスⅡ世C招待を受諾したと伝えられ、さらにエイシンヒカリの仏・イスパーン賞遠征プランも明らかになった。トーセンスターダムは豪州へ。昨年の年度代表馬・モーリスは香港マイルで始動するらしい。この春海外遠征を目論む日本馬は、判明しているだけで15頭。うち7頭がGⅠ馬という顔ぶれだ。

ここ数年、春になるたび年度代表馬やダービー馬が日本を留守にするのには訳がある。日本国内では春シーズンに芝の中距離GⅠが行われない。天皇賞(春)はその距離3200mが特殊領域。安田記念はマイラーの舞台だし、なにより6月では既に夏競馬ではないか。それなら春は海外に行くしかない。しかも海外の方が賞金は高い。

そんなタイミングで「産経大阪杯がGⅠ昇格か?」というニュースが飛びこんできた。来年春の昇格をJRAサイドが検討しているというのである。むろん、こうした有力馬の“海外流出”を意識した改変であることは言うまでもない。

Dance 

GⅠの新設は2006年のヴィクトリアマイル以来途絶えている。この時も「新設するなら牡馬混合の芝2000mだろ!」という声は大きかった。その根拠のひとつとなったのが、前年の天皇賞(秋)で、皐月賞馬ダイワメジャーがまさかの賞金除外となったあの一件である。この当時から、もっともレベルの高い競馬をファンに提供するために必要な条件が牡馬混合の芝2000mにあることは、誰も目にも明らかだった。

春に芝2000mのGⅠが行われていれば、シンボリクリスエスやゼンノロブロイが宝塚記念まで始動を遅らせることは無かっただろうし、エアグルーヴやサイレンススズカらの活躍の場は、もっともっと広がっていたと思われる。一方で、ハーツクライやヴィクトワールピサのような海外での快挙が生まれなかった可能性も否定できない。

ドバイの結果に一喜一憂するのが春の恒例行事と化した今となっては、わざわざ国内にGⅠを用意してもらわなくても良いよとも思ったりするが、仮に産経大阪杯がGⅠになったところで、条件次第では海外に行く馬は行くのではないか。……そうも思ったりする。

今年の産経大阪杯に出走予定のロゴタイプやイスラボニータは、もともと豪州のクイーンエリザベスS(ランドウィック・芝2000m)への遠征を展望していた。日本ではあまり馴染みのないGⅠレースだが、それでも1着賞金は2億円を超える。ドバイシーマクラシックやドバイターフの1着賞金は破格の4億円。香港クイーンエリザベスⅡ世Cでも1億6千万円だから、天皇賞の賞金より高い。

産経大阪杯がGⅠになったとして、その1着賞金は果たしていくらに設定されるのだろう。仮に1億円程度だとしたら、GⅡレベルのGⅠ馬を徒に誕生させてしまうだけではないか。私の危惧はその辺にある。

(明日付に続く)

 

***** 2016/03/19 *****

 

 

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2016年3月18日 (金)

昼寝

トゥインクルの開幕を待っていたかのように、東京は連日の20度超えの暖かさ。会社帰りに気軽に競馬を楽しみたいファンにとっては、待ちに待った季節であろう。

Tck 

しかし中には、「つらい時期の始まり」と嘆く貴兄もいるかもしれない。特にに厩舎関係者の方々。最終レースを使えば、就寝は零時近くになりかねない。それでも朝の作業は午前2時から始まる。その間わずか2時間。シフト制にしていたとしても、睡眠不足感は否めまい。なので、たいていの厩舎では、朝の調教を終えた午前10時頃からお昼寝タイムを設けるわけだが、生活リズムに慣れるまでは心身ともに疲労が溜まるのだそうだ。

地方に限らず中央でも、あるいは競馬場に限らず牧場でも、朝の調教や放牧の作業が終わった後、ひと眠りする人は少なくない。いや、最近では一般企業や学校でも「お昼寝」を奨励するケースが増えているのだそうだ。昼寝をすることにより、午後の集中力を保てるだけでなく、夜の睡眠も深くなって健康にも良いのだという。

精神生理学の理論によると、人間に限らず、昼間行動する動物は、すべからく午後3時前後に眠気に襲われるものらしい。これは自然の摂理で、抗う術はないのだそうだ。だから無駄な抵抗はせずに眠ってしまった方が得策だというのである。

競馬場でも、ベンチや芝生で横になって寝ているオジさんたちを見かけるのだけど、あれは精神生理学に基づいた正しい行為なのかもしれない。眠気が訪れる午後3時前後はメインレースを控えた勝負処でもある。その期に及んで睡魔との戦いに気を奪われているようでは、馬券の勝利などあり得まい。まあ、中にはメインレースの時間になっても、ぐうぐう寝ているオジさんもいますけどね(笑)

逆に意識的に昼寝をしないというジョッキーもいる。普段から昼寝をしていると競馬開催日も身体が眠ろうしてしまうかもしれないから―――というのがその理由。加賀武見調教師も騎手時代から昼寝はせず、夜も3時間しか寝ない生活をずっと続けていたとか。大事なのは睡眠の時間ではなく、その質にあるという理論だ。

私自身は外ではなかなか眠れぬタチ。電車はおろか、新幹線でも、飛行機でもなかなか寝付けない。こういう商売をしている人間にしては、あまり嬉しくない体質の持ち主である。当然、競馬場で眠ったこともない。ただ、ショックのあまり気を失うことなら稀にある。ちなみに今日の大井2レースでもそれが起きた。

縁あって応援していたサンデードライブは、好発から2番手で1コーナーへ。ところが向こう正面からずるずると下がってゆく。3コーナーでは離れたしんがり。故障かと思ったがそうではない。それで4コーナーあたりから気が遠くなってゆくのを感じた。ゴールの瞬間は覚えていない。勝ったのが真島騎手のブレーブハートだということはぼんやり覚えているんだが……。

2r 

あとから聞いたところによると、サンデードライブは勝ち馬から23秒あまり遅れてゴールに到達したらしい。そのタイムを聞いて驚いた。なんと2分8秒1。断っておくがマイル戦である。馬体に故障がなかったのは何より。だが、できることならば、あのままゴール前で眠り込んでしまいたかった。

 

***** 2016/03/18 *****

 

 

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2016年3月17日 (木)

【訃報】メジロライアン

今朝、メジロライアンが老衰で亡くなったらしい。29歳と聞けば大往生だが、25歳を過ぎても元気な姿が印象に残るだけに、驚かなかったと言えば嘘になる。父・アンバーシャダイが亡くなったのは30歳。さらにその父ノーザンテーストは33歳まで元気に生きた。彼らの長寿を思えば、歳を取ったはずのライアンが若々しかったのも納得か。こちらは25歳の夏にレイクヴィラファームで撮影した1枚。

Ryan 

競走生活にピリオドを打ったのが24年前。2007年を最後に産駒も生まれてない。現役の産駒も1頭残っているかどうかといったところ。そんな時代に「メジロライアン」と聞いても今ひとつピンと来ない人が大半かもしれないが、まあ聞いて欲しい。

「ライアンの株、買っとけぇ!」

その叫び声を聞いたのは今から20年前。有馬記念当日の中山競馬場だった。朝日杯3着から中1週の強行軍で臨んだホープフルSをエアガッツが勝った直後、私の背後でレースを見ていたとある生産者が、当時はまだ珍しかった携帯電話に向かって叫んだのである。

1993年から種付け業務を開始したメジロライアンだったが、当時は強い外国産馬が日本競馬を席巻していた時代。種付け料も初年度の150万円からわずか3年で60万円に下落していた。

Dober 

ところがその産駒がデビューすると強いのである。そのハイライトが1996年12月だった。メジロドーベルが阪神3歳牝馬Sを勝ってGⅠタイトルを手に入れると、メジロブライトもラジオたんぱ杯3歳Sを優勝。そしてこの日、有馬記念の熱気渦巻く中山中山競馬場でエアガッツが勝ったことで、件の生産者もいてもたってもいられなくなったのであろう。結果的にメジロライアンの種付け権は600万円にまで高騰した。

Bright 

ここまで人気が沸騰した背景には、シチュエーションの後押しがあったことも見逃せない。メジロドーベルが阪神3歳で負かした相手は牡馬を含めた世代ナンバーワンの能力の持ち主と言われたシーキングザパール。NHKマイルCでそのシーキングザパールの2着に入るブレーブテンダーを負かしたのがラジオたんぱ杯のメジロブライトで、エアガッツのホープフルSにもスーパーナカヤマやグリーンスターボウといった評判の外国産馬が出走していた。

外国産馬に押され気味だった生産界にあって、ライアンの子が有力外国産馬を次々と打ち負かしてゆくそのレースぶりに、生産者の方が特別な感慨を抱いたとしても不思議ではあるまい。むろん、その想いは競馬ファンとて同じ。引退式でヨコテンが流した涙をファンは忘れてはいない。たとえ競走馬を引退しても途切れることのない物語こそが、競馬の醍醐味である。

結果的に、初年度の世代を超える馬を送ることはできなかった。生産者の方々はきっと肩を落とされたことであろう。でも、ライアンのファンからは「ひと世代でもじゅうぶん」という声も聞く。マックイーンもパーマーも、アイネスフウジンもホワイトストーンも、そしてオグリキャップも、種牡馬成績ではメジロライアンに叶わなかった。あの頃の競馬に燃えたオヤジファンにとって、最後に残された希望の砦だったように思う。よくぞ今日の日まで生き永らえてくれた。感謝の念を込めつつ、冥福を祈りたい。

 

***** 2016/03/17 *****

 

 

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2016年3月16日 (水)

草競馬

今夜の重賞・京浜盃は京浜急行電鉄が社杯を提供している。なので、今日はゲンを担いで京急で大井に向かった。

Station 

立会川駅のホームでは、列車が近づく際の警告メロディにフォスターの名曲「草競馬」が使われている。私より上の世代では、TBSの名番組「クイズダービー」を連想する方も少なくあるまい。

世間には未だに地方競馬を指して「草競馬」と言う人がいるが、私にはそれが気に障る。そりゃあ、元を辿れば草競馬だったかもしれない。だが今は違う。現代の草競馬は自治体や牧場のイベントなどで行われる素人(とも限らないが)のお祭りのこと。仮にNPB以外のあらゆる野球を「草野球」と呼べばきっと叱られる。

フォスターの「草競馬」の原題は「Camptown Races」。もちろん「Grass Races」ではない。それでは芝のレースになってしまう。この場合の「草」は「本格的ではないが、それに準じている」という意味の接頭語。草野球、草相撲、草芝居も同じ用例となる。

ちなみに「Camptown」とは西部開拓時代の鉄道敷設時に設営されたテント村。そこで行われていた娯楽としての草競馬が題材となっている。その歌詞の中に「トラックは5マイル」と謳われているから、皆さんの抱く草競馬のスケール感や、楽曲「草競馬」の持つ軽快なリズムから受けるイメージとはかけ離れているかもしれない。我が国の草競馬は、1周数百メートルという超小回りコースで行われることがほとんど。しかも「草」と言っておきながら、草ではなくたいてい砂の上で行われる。

Kusa1 

――なんていろいろ書いてきたが、私自身が草競馬を見下しているつもりはない。むしろ好き。あそこで草競馬が行われるよと聞けばスッ飛んでいく。なにより人馬と見る側が近いのが良い。

北海道のばんえい競馬と草競馬の間には密接な関係がある。ばんえいの競走馬の中には、デビューする前や馬体成長を待つための長期休養中に、北海道や東北で行われている草競馬に出走して、実戦形式の調教を積む馬が少なくない。また、田中勝春騎手のように子供の頃から地元の草競馬で騎乗技術を磨いた騎手もいる。

そういえば、昨年の有馬記念を勝ったゴールドアクターのオーナー・居城要氏は、もともとは草競馬の馬を所有されていたという。それが高じていつしかJRAの馬主となり、ついにはグランプリを制してしまった。私のような弱小零細馬主には希望の光。草競馬に遥かなる夢を見るのも悪くない。

 

***** 2016/03/16 *****

 

 

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2016年3月15日 (火)

【焼きそば探訪②】タケちゃん

先日、1年越しの宿願をようやく果たすことができた。

昨年2月7日付当ブログ「あんかけ焼きそばの誘惑」へのコメントで、ギムレット氏からご紹介いただいた京成津田沼『タケちゃん』への訪問が、ついに実現したのである。

Sunload 

船橋競馬場から2駅。時間にしてわずか4分。京成津田沼駅直結の駅ビル「サンロード」は昭和の雰囲気漂う店がずらりと並んでいる。その奥に目当ての店はあった。

Take 

店内はテーブル18席とカウンター8席。入口付近のピンク電話に驚き、続いて午後4時半という半端な時間にもかかわらずテーブル席が埋まっていることにまた驚いた。カウンターの端に座って五目あんかけ焼きそばを注文。テーブルに座る客の一部は、どうやら船橋競馬の帰りのグループらしい。「ったく、あんなところで(左海)誠二が来なけりゃよぉ……」。聞こえてくるのは嘆き節ばかり。それでもこうして飲めるのだから良い一日だ。

Yaki 

そうこうするうち私の焼きそばが運ばれてきた。海老、豚肉、きくらげ、イカ、シイタケ、たけのこ、ニンジン、白菜、そして肉団子がひとつ。この肉団子が美味い。それでさらに期待が高まった。麺は細麺を油で揚げたもの。外はパリッと小気味よいのに、中はしっとり柔らかい。なるほどこれは絶妙。この麺が具たっぷりの餡を纏ったところを想像してみてほしい。美味くないわけないじゃないですか。一気呵成に食べ終えてしまった。

Phone 

お店は1972年創業とのこと。1972年と言えば、メジロムサシが野平祐二騎手を背に凱旋門賞に挑戦した年ではないか。昭和から続く44年間の歴史を、この味が雄弁に物語っている。良いお店を紹介してくださったギムレット氏に御礼申し上げたい。

 

***** 2016/03/15 *****

 

 

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2016年3月14日 (月)

名将の美学

中山牝馬Sで15番人気ながら3着に飛び込んできたメイショウスザンナは通算で5勝しているが、その人気は順に6人気、6人気、4人気、7人気、7人気と本命党泣かせの存在だ。昨年の福島牝馬Sでも13番人気ながら3着に突っ込んで、アッと言わせている。

Meisho1 

逆に1番人気に推されたことは1度あるだけ。2番人気もない。それでも1億3千万円以上の賞金を稼いでいるのだから立派だ。たとえ人気ばかりを集めても賞金はもらえない。

こんな馬主孝行の娘を管理するのは2011年開業の高橋義忠調教師。メイショウスザンナは師に初めてのクラシック出走の栄誉をもたらせてくれた一頭でもある。開業からわずか5年で7つも重賞を勝った名伯楽も、彼女には頭が上がるまい。

メイショウスザンナの母・グリーンオリーヴの兄には、フェブラリーハンデなどダートで10勝したメイショウホムラがる。そのメイショウホムラを管理していたのが、義忠調教師の父の高橋成忠元調教師。それに縁を感じた松本好隆オーナーが、義忠調教師の開業祝いにとブリーズアップセールで落札したのがメイショウスザンナである。落札額は900万円だった。

松本オーナーにはこの手の逸話が少なくない。定年を間近に控えた瀬戸口勉元調教師が「最後のクラシックにオーナーの馬がいないのは寂しい」と漏らすのを聞いた松本オーナーが、浦河で売れ残っていた馬を1千万円にも満たぬ額で購入してきて瀬戸口師に預けた。それがほかならぬメイショウサムソンである。結果的に10億円以上を稼ぎ出すのだから凄い。

Meisho2 

松本オーナーと言えば、日本馬主協会連合会の会長職を務めたほどの大馬主。所有される現役馬も百頭を超える。だが、セレクトセールで億を超える高額馬を競り落とすようなことはない。社台やノーザンの生産馬も購入されているが、大半は日高の中小牧場での購入馬だ。預ける厩舎もリーディング上位は少なく、騎手にもこだわらない。

種牡馬となったメイショウサムソンは、社台スタリオンからイーストスタッドに移って3年目の春を迎えた。社台からの移動は一見都落ちのようにも思えるけど、日高の生産者たちは総じて「メイショウ」の名に好感を抱いている。サイアーランキングでは172→57→36→20と年を経るごとに順位を上げ、今年は15位に健闘中。アーニングインデックスも、現3歳世代になってようやく1.23と1を上回った。日高の方々のその手腕で、メイショウサムソンを日高のエース種牡馬に育ててくれることを期待したい。

 

***** 2016/03/14 *****

 

 

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2016年3月13日 (日)

師匠

写真にしても文章にしてもそれ以外の何かにおいても、誰かに師事したという経験を持たない。バリバリ我流の人生である。

むろん競馬場で撮り始めた当時に先輩カメラマンの荷物持ちを務めたり、某ライターのお茶汲みをしたこともあるけど、決して師弟関係ではない。だから、「騎手のフリー化が進んで、厩舎社会の師弟関係が薄れてしまった……」などと嘆くことはない。師弟関係を知らぬものが師弟関係を語るわけにはいかないのである。

そうはいっても、物事を教えられた人は数知れぬ。学校の先生に限った話ではない。「師弟」という関係にならなくとも、競馬や人生のいろいろを教えてくれる人はたくさんいるということだ。

私は生来のおしゃべり人間だが、こと競馬に限ればその性格はいっさい封印して、ひたすら他人の話を聞くことに集中している。たまに口を開いても、相手にさらに話を促すような言葉だったり、単なる合いの手だったり。ともあれ、競馬以外の私しか知らぬ人が競馬場の私を見たら、多かれ少なかれ驚くことであろう。

それでも敢えて、師匠的な人をひとり挙げろと言われれば、やはり野平祐二氏ということになるのであろうけど、「先生」と呼ばれることさえいたく嫌った祐ちゃんのことである。まさか「師匠」などと呼ぶわけにもいくまい。

「私なんかに教わるんじゃなくて、馬に教わりなさいよ」

祐ちゃんが、誰かにこうおっしゃっていたことを思い出す。競馬に関わる人間は、すべからく馬が師匠なのである。岡部幸雄氏をして、「シンボリルドルフに競馬を教えられた」と言わしめたことはあまりに有名なエピソードだ。

Symbori 

川崎が世界に誇る鉄人・佐々木竹見氏にも同じような話がある。1962年の金盃で騎乗したハジメオー。ゲートを出るとすぐハナに立ったが、道中も後続と一定の距離を保ち、余裕をもってゴールした。「こんな馬がいるのかと驚いた。勝つためのレース運びを馬に教わった気がした」と竹見さんは振り返る。

「騎手も調教師も馬に育てられて一人前になる。馬の写真を撮るにしても同じことでしょう」

生前の祐ちゃんに授かったこの言葉は、私の脳にしっかりと刻み込まれている。今日3月13日は、35年前にシンボリルドルフが生まれた日だ。

 

***** 2016/03/13 *****

 

 

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2016年3月12日 (土)

船橋・岩手ジョッキーズ

昨日の船橋競馬場では、「東日本大震災5周年復興支援 船橋・岩手ジョッキーズ交流レース」が行われた。船橋と岩手の所属騎手6名ずつが2戦してポイントを争う騎手対抗戦。その馬券売り上げの5%が日本赤十字社を通じて震災被災者の方々へ寄付されるとあって、それならたくさん馬券を買わねば!と馳せ参じたのである。

Jocky 

ここ船橋競馬場は「被災地」である。

激しい揺れに見舞われた馬場はあちこちに亀裂が走り、そこから噴き出した泥水でコースは使い物にならなくなった。厩舎地区の電信柱は傾いて停電。加えて断水のトリプルパンチである。南関東の開催中止のうち、大井、川崎、浦和の3場は自粛の色合いが濃かったが、こと船橋に関して言えばここが被災地ゆえであった。開催したくでもできなかったのである。あの当時を思い出すに、このようなイベントが船橋で行われたことはたいへん意義深い。

シリーズ1戦目を制したのは山本聡哉騎手(岩手)のサンチュータ。直線に向くと、外から豪快に突き抜けた。

8r 

シリーズ2戦目は菅原俊吏騎手(岩手)のクラマサジョーカーが逃げ込みを図るが、それをゴール寸前で捉えたのがシンボリパソドブレ。手綱はまたも山本聡哉騎手である。地元岩手は冬季のオフシーズンに入っており、昨日は2か月ぶりの実戦だったが、その勝負勘に陰りは見られなかった。

9r 

彼は厳密には水沢所属である。水沢競馬場は、3.11の震災およびその1か月後に発生した震度6弱もの余震の影響で、船橋を遥かに上回る被害を受けた。スタンドにはヒビ。併設するテレトラックは天井やモニターテレビが落下。盛岡は5月に再開にこぎつけたのに、水沢の復旧は見通しが立たない。震災前は約500頭だった水沢の在厩馬は300頭近くにまで減った。水沢所属の騎手のひとりとして、当時は若手騎手のひとりだった彼の心中は察するにあまりある。

あれから5年が経ち、彼は岩手競馬の騎手リーディングで首位を快走中。昨年はダービー(ダイヤモンドカップ)も勝った。来週はラブレットで高知・黒船賞にも参戦予定。週末からは春の水沢開催が始まる。今年は忙しくなりそうだ。

Interview 

「競馬をさせてもらえる環境が凄いありがたいと思うので、風化させないという気持ちを競馬場から発信していけたらいいと思います」

シリーズ完全優勝を果たした表彰式でそうコメントした山本聡哉騎手は、今や押しも押されもせぬ岩手のトップジョッキーである。風化を防ぐ一番の手立ては、彼がひとつでも多く勝つことであろう。

 

***** 2016/03/12 *****

 

 

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2016年3月11日 (金)

それぞれの3.11

昨日も書いたが、5年前のあの日、私は大井の特別レース3鞍に間に合うよう家を出た。10レース「菜の花特別」は3歳の選抜戦。のちに北海優駿を勝ち、ダービーグランプリでも2着するピエールタイガーが出走を予定していた。

メインは「ゴールデンステッキ賞」。成績上位の騎手だけが騎乗する特別なレースである。贔屓の真島大輔騎手が、勝つチャンスのありそうな馬に騎乗を予定していた。

そして最終12レース「春風特別」には、のちに西日本グランプリなど重賞を3勝することになるつレイズミーアップが出走を予定していたのである。この日いちばんの目当てはこのレースだった。

Rasemeup

家を出て、駅に向かって2、3分ほど歩いたところで揺れに遭遇。それが私にとっての2時46分である。激しい揺れが1分近く続いたであろうか。電信柱が稲穂のように波打ち、走っていた車はことごとく停止し、学校帰りの子供たちの悲鳴が聞こえたことを覚えている。

すぐさま自宅に引き返して、自宅内部を確認。モノが落ちたり、倒れたりしている様子はない。犬は興奮しているようだが大丈夫。しかるのちにTVの電源を入れた。普通ならNHKであろうが、私がチャンネルを合わせたのは14チャンネル。東京MX-TVである。とにかく大井競馬場の様子を知りたかった。

するとそこに映し出されたのは、ごく普通にかえし馬に向かう8レースの出走馬たちではないか。「なんだ、地震はウチの近所だけだったのか?」。正直拍子抜けした覚えがある。

ところが、TVカメラが映さぬスタンドでは、一部の観客が悲鳴を上げて階段に殺到していたらしい。結局8レースは予定より5分遅れで行われた。勝ったのはエクスプロージョン。あの日は道営からの移籍初戦であった。

ふと思いついてチャンネルを変えると、地震が我が家の近辺だけではなかったことが明らかになる。しかも、尋常ではない事態が進行中であると思い知るまでに、さほどの時間はかからなかった。

ところが、MXにチャンネルを戻すと、9レースの出走各馬が悠然とパドックを周回しているではないか。この時の不思議な感覚を表現するのに適当な言葉がどうしても見つからない。その不思議な感じを受けることができたのは、TVの前にいて、しかも大井も気になって仕方がなかったごくわずかの人間だけであろう。現場にいる人は「さっき大きな地震があった」としか思っていないかもしれないのである。

9レースは20分遅れの発走となり、ダイワカレンが勝った。そして、私が目当てにしていた10レース以降は取り止めである。仕方ない。この時点で、すでに都内の交通は完全にマヒしていたのだから。

あの日、地震に遭遇した場所は人それぞれであろう。それは職場かもしれないし、学校かもしれない。レストランかもしれない。映画館かもしれない。銭湯かもしれない。あるいは競馬場かもしれない。大半の人にとっての震災の記憶は、その場所での光景に重なって脳に刻み込まれているはずだ。

不謹慎の謗りを覚悟で言うが、私のあの日の記憶はTVで見た大井競馬と共にある。それは開催最終日の金曜日の出来事であった。そう、あの震災は金曜日に起きたのである。だからこそ、首都圏の人々は会社に出かけたまま帰宅の足を奪われ、絶望的な渋滞の脇をすり抜けながら、みな歩いて家を目指したのだ。

そういう意味で、金曜日に重なった今年の3月11日に、私は特別な感慨を抱いている。もちろん、地震や津波による直接の被害に遭われた方にしてみれば、曜日どころではないという方もいらっしゃることだろう。それもよく理解しているつもり。金曜日はあくまで私個人のささやかな感慨に過ぎない。それぞれの人にそれぞれの「3.11」がやってくる。それはこの先もきっと変わりあるまい。

 

***** 2016/03/11 *****

 

 

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2016年3月10日 (木)

震災前日

明日3月11日は東日本大震災が発生した日。しかも今年はあの日と同じ金曜日が重なった。忘れもせぬ5年前の当日は大井開催の最終日。その最終レースに目当ての馬が出ていたので、競馬場に向けて自宅を出たところで激しい揺れに遭遇した。

競馬は中止。都内の交通は完全マヒである。もし、もう少し早めに競馬場に行っていたら、大井から自宅まで歩く羽目になっていたかもしれない。その距離ざっと18キロ。普段なら3時間というところだろうが、あの日の混乱ぶりではとてもその程度では済まなかったに違いない。

そんなことを考えつつ、あの2011年3月のブログを読み返してみた。既に非公開にしてしまった記事だが、その中にこんなエントリを見つけてしまったのである。

 

「(中略)週7万歩を目標に歩くことにした。均せば1日1万歩という計算。雨の日もあるし、どうしても一日中自宅にいなければならぬ日もある。だけど歩かない日の翌日は2万歩を歩く。無理はしない。歩いていて雨に出くわせば、迷うことなくタクシーを止める。

そしたら、とある馬主が「こないだウチから築地まで歩いたゾ」とドヤ顔をほころばせてきた。その馬主の自宅は西麻布にある。築地まで直線で5キロ弱だから、歩行距離はざっと7キロといったところか。

負けてはいられぬとばかりに、今日は渋谷で電車を降り、青山から赤坂を抜けて皇居を右に折れ、日比谷を過ぎて東銀座までを踏破した。ざっと10キロ。1時間40分の道のりを歩いて、両足は完全に二本の棒と化した。東京マラソンに出走された方はつくづく偉い―――」

 

この記事の日付は3月10日。すなわち震災の前日、私はのんきに都内を歩いていたのである。24時間後には人と車で溢れることになる街中も、この時はもちろんそんな気配すら感じさせない。梅がちょうど見ごろを迎え、本格的な春の到来を予感させる絶好のウォーキング日和。その翌日に世界が変わってしまうとは、これっぽっちも思っていなかった。

Ume 

その翌日、大井に行くつもりでいながら、それでも午後2時半過ぎまで家を出られなかったのは、棒になった両脚が使い物にならなかったではないか。結果的にそれが吉と出た。この程度で「運」を語っては、不謹慎とお叱りを受けるかもしれない。でもそれを今日まで忘れていたことも事実。それもひとつの震災ショックであろう。思えば最近は全く歩いてない。あれから明日で5年だ。

 

***** 2016/03/10 *****

 

 

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2016年3月 9日 (水)

ダイオライト記念1996

川崎記念のホッコータルマエにエンプレス杯のアムールブリエ。南関東で行われるダートグレード競走は連覇が続いている。今日、船橋で行われたダイオライト記念でも、昨年の覇者クリソライトが逃げ切りで連覇を果たした。

レースはネット中継で見ていたのだが、スタート後しばらくして逃げるサミットストーンを交わしてハナを奪った時は、正直「おっ!?」と思った。ひょっとしたら行きたがっているのかもしれない。なにせ骨折休養明けの一戦。果たして最後まで持つのか。でも簡単にはバテてないのがこの馬の強み。そこはGⅠホースである。自分の形になれば強い。問題は自分の形に持ちこめるかどうか。そういう意味ではホクトベガの「形」は特異だった。

道中は中団から後方を楽々と追走。多くの馬が息をいれたがる向こう正面から徐々に仕掛けて、3コーナーで前を行く馬に並びかける間もなく先頭を奪う。そのまま2番手を大きく突き放し、4コーナーを回った時には既に大勢は決していた。直線は流すだけなのに、それでも後続は追いつくことができない。それがホクトベガの形である。彼女が人気を集めたのは、単に負けなかったからだけではない。その破天荒ともいえるレースぶりに多くのファンが心酔した。

今からちょうど20年前。当時表記で7歳になったホクトベガは、川崎、東京、船橋、高崎、大井、川崎、盛岡、浦和と、ダートの交流重賞を求めて各地を転戦している。その先々で、彼女のレースぶりをひと目見ようと、ファンはこぞって競馬場に押し寄せた。

1996年のダイオライト記念当日の船橋競馬場の入場者数は19520人。ことわっておくが、平日の昼間の開催である。そんな大観衆の視線を一身に浴びて、ホクトベガはいつもの3角まくりを繰り出した。4角先頭で直線を迎えると、満員のスタンドからは歓声に交じって拍手が聞こえてくる。その割合はゴールが近づくにつれてどんどん大きくなった。そしてゴール板を駆け抜ける時は、満場が割れんばかりの拍手である。こんなレースはほかに記憶がない。

Hokuto 

あれから20年後が経った今日、船橋競馬場にはいったい何人のお客さんが入ったのだろうか。冷たい雨が一日中降りやまぬ天候を思えば、少ないのは仕方ない。ただ、ネット中継の画面を観て、スタンド寂しさに時代の移ろいを感じた。それだけのこと。現地に行ってないヤツが文句をつける資格などなかろう。

 

***** 2016/03/09 *****

 

 

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2016年3月 8日 (火)

夢吟坊@三宿

もう3か月もこのかき揚げうどんを食べていない。

Muginbou 

透き通った関西風のダシに薄切りのゴボウの天ぷらがどっさり乗った珠玉の一杯。うどんの美味しさもさることながら、このかき揚げが美味い。そのまま齧ってサクサクッという食感を楽しむもよし、ダシにくぐらせて、そのうま味をじっくり味わうのもまたよし。東京競馬場フジビュースタンド4Fに店舗を構えていたうどん店『むぎんぼう』での食事は、既に私の人生の一部になっていた。

Muginbou0 

それが突然の閉店である。今年に入って競馬場が遠のいたのは、そのショックも無関係ではないのかもしれない。それではイカンとばかりに、三宿の『夢吟坊』本店に足を運んだ。

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かき揚げうどんと麦とろのセットを注文。ジャパンカップ以来の再会に、期待で胸が膨らむ。まるでショウナンパンドラの登場を待つようだ。

Muginbou2_2 

うどんをずずーっと啜ると、あの懐かしい味がよみがえってきた。たった3か月で「懐かしい」というのは大げさに聞こえるかもしれないが、決して誇張しているわけではない。かき揚げも競馬場で食べたあの味。そう思えば、本店と同じクオリティを誇り、しかも本店より安く提供していた『むぎんぼう』の閉店が、なお惜しまれる。

この店のもうひとつのウリは、このとろろ。麦ごはんにかけて食べるのだが、もちろんうどんと一緒に食べても美味い。

Muginbou4 

思い返せば、「とろろ」と「うどん」が今年のラッキーフードだと聞いて、ふんじゃあ今日の昼はそれにしよう、と思い立ったのが今年の東京開幕の当日。なのに、『むぎんぼう』と『なとり』の閉店で、それを口にすることができなかったことが、今日の私の馬券不調に繋がっているような気がしてならない。さすがにこれだけしっかり食べておけば、中山牝馬Sは的中したも同然であろう。

 

***** 2016/03/08 *****

 

 

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2016年3月 7日 (月)

ドリームウェル

土曜の朝からずっと眠ってない。

ワケあって土曜の夜が徹夜。日付が変わった日曜の明け方も6時を過ぎたので、少しは寝ておこうと横になったが、どうしても寝つけずに眠るのを諦めた。

眠い眠いと言いながらTVで弥生賞を見て、マカヒキのレースぶりに「ディープインパクトの再来だ!」と興奮したのがいけなかったか。夕食もそこそこに、さあ20時間くらい寝てやるぞ!と気負いこんで布団に入ってはみたものの、まったく眠りが訪れる気配がない。これはイカンとばかりに風呂に入り直して身体を温めてみたのだが効果はゼロ。こうなるともういけない。スマホをいじったり、灯りをつけて読みかけの本の頁を繰ったりしているうちに時計の針はどんどん進んでゆく。

「もう勝手にしろ!」と開き直ってノートパソコンを開いたのが今朝4時頃だったか。写真のファイルにインデックスを付ける作業をちょこちょこと進めるうちに、ようやく眠気が降りてきたその瞬間を見逃さず、そのまま背中から布団へと倒れ込んだ。

―――その数分後、飼い犬がわんわん鳴いて一家全員を起こそうとするのである。

「7時よ! 起きなさい! あたしのエサを用意する時間よ!」

その鳴き声を目覚まし代わりに、家族がどやどやと起き出した。TVのスイッチが入れられて、ドライヤーの音が響き、洗濯機が回りだす。私の部屋の扉をカリカリと引っ掻くのはさっきの犬。彼女は犬だから私の抱えている問題など、まったく汲んではくれない。仕方なく扉を開けると、マカヒキのごとき勢いで私の布団の上にドンと飛び乗った。それで再び「起きろ!」と鳴く。まあ、どちらにしても既に目は覚めているのだけど。

そんなわけで、今日は部屋の中で、時々ウトウトしつつボンヤリと過ごした。雨だったのは不幸中の幸いである。家族が出かけてから寝直すという手もあるのだろうけど、もう眠れそうにない。とはいえ、頭はぼんやりしているから、外に出る気もおきない。車の運転などもってのほか。競馬場に行っても間違った馬券ばかり買いそうな気がする……が、これはいつものことか。

Doriel 

今夜もこの調子だとさすがに身体がもたないので、あまり気が進まないのだが薬に頼ることに。むろんヤバいクスリではない。ただの睡眠改善薬。「ドリームウェル、ド・リ・エ・ル♪」のCMでお馴染みですね。ドリームウェルと言ったら、我々には仏愛両国のダービーを制したサドラーズウェルズ産駒のドリームウェルを想像するけど、世間一般ではそうではないらしい。産駒のアドマイヤモナークが有馬記念で2着してるんだけどなぁ。こちらはそのドリームウェル。

Dream 

睡眠は人間をはじめ多くの動物にとって必須だが、眠っている時間の長さは動物によってまちまち。人間は8時間程度だが草食動物は概して短い。一般にウマは3時間程度。その中でも熟睡している時間となると30分程度でしかない。しかも一日や二日程度なら睡眠をとらなくても問題ないという。それなら今の私と同じじゃないか。おウマさんが羨ましい。

 

***** 2016/03/07 *****

 

 

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2016年3月 6日 (日)

祝・渡辺薫彦厩舎開業

ナナコフィーバーに盛り上がる中山をよそに、今日の私は小倉に注目していた。8レースに出走するデンコウウノは、開業したばかりの渡辺調教師の管理馬。ナリタトップロードとのコンビでお馴染みの、あの渡辺薫彦である。結果は15番人気の低評価を覆すあわやの3着。藤田菜七子騎手のJRAデビュー戦2着も立派だが、人気を考えればこちらのデビュー戦3着だって負けてない。

渡辺騎手が鞭を置いたのは2012年のこと。騎手から調教助手に転身する際の規定が変わることもあって、この年だけで33人もの騎手が一斉に現役を退いたが、その中から誕生した初めての調教師ということになる。

騎手未経験の調教師がリーディング争いをするようになって久しい。昨年の関東調教師リーディングでは騎手未経験者が上位を独占。ようやく14位に鹿戸雄一調教師の名前が登場するといった有様だった。そんな時代だからこそ、騎手あがりの調教師はぜひとも応援してあげたい。

折しも、今日は中山競馬場で弥生賞が行われたが、渡辺師も騎手時代にこのレースを勝っている。もちろん手綱はナリタトップロード。雨に煙る3コーナー過ぎから自信たっぷりに進出を開始すると、馬群でもがく圧倒的人気のアドマイヤベガを尻目に、スポットライトが照らすゴールを先頭で駆け抜けた。

Narita 

実はこの朝、渡辺騎手は誰もいない中山競馬場の芝コースをひとり歩いたという。歩いて馬場状態を確認をする騎手は珍しくないが、その多くはGⅠレースの場合。GⅡでは珍しい。その理由を聞かれて「あまり中山で乗ったことがないので、直線の坂の感じを確かめたかった」と答えていた。このとき彼はデビュー6年目。ちなみに今年で言えば、杉原誠人、嶋田順二、横山和生らのような立場である。それで、3コーナー過ぎから仕掛け上がるとはたいした度胸と言わざるを得ない。自身の足で歩いて、よほど気が楽になったのだろうか。なにせ舞台は弥生賞。しかも相手は武豊である。

だがしかし、皐月賞やダービーでは早めのスパートが裏目に出て、テイエムオペラオーやアドマイヤベガに差されて負けた。2着に敗れたダービーでの検量室でのこと。歓喜に沸くアドマイヤベガ陣営から離れた片隅で、壁に向かって肩を震わせていた渡辺騎手の姿を、私は一生忘れることはあるまい。その肩にそっと手をかけた沖調教師の姿も然り。ダービーというレースの一番大事な部分をギュッと凝縮したような、そんな一瞬の光景だった。

もちろん本人もあの日の思いを忘れてはいないはずだ。騎手から調教師へと立場は変われど、ホースマンとしての目標に変わりはない。若きトレーナーの新たな一歩にエールを送ろう。

 

***** 2016/03/06 *****

 

 

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2016年3月 5日 (土)

銀行馬券

「競馬に絶対はない」

古来より幾度となく繰り返されてきた手垢にまみれたフレーズである。その一方で最近では「銀行馬券」とか「銀行レース」という言葉を耳にする機会が少なくなった。

Turf 

1992年春の天皇賞は、無敗の2冠馬トウカイテイオーと春天連覇を目指すメジロマックイーンの一騎打ちが濃厚。敢えて「絶対」と言い切るTV解説者もいた。

2頭の連勝は150円の超低配当。それでも「銀行に預けるよりも儲かる」と言って2頭の連勝に大金を注ぎ込む輩が大挙窓口に押しかけたが、トウカイテイオーがよもやの5着に沈み「銀行馬券」は破綻する。その後、トウカイテイオーの骨折が報じられると、破綻の被害者からは自らの運の悪さを呪う声も聞こえてきたが、馬がレース中に骨折を発症することはそれほど珍しいことではない。

「銀行馬券」とか「銀行レース」という呼び名はずっと昔からあったようだ。

5戦続けて1着と2着を繰り返したトキノミノルとイッセイの当時には、新聞に「銀行レース」の文字が登場している。両馬の最後の対戦となった日本ダービーでは、トキノミノルの永田オーナーがこの2頭の銀行馬券を100万円買って的中を果たした。ちなみに100万円という額は当時の日本ダービーの1着賞金と同額。現在なら2億を突っ込む行為に匹敵する。いったい馬券は何枚になるのだろうか。

過去にもっとも騒がれた「銀行レース」は、1970年の日本ダービーに違いない。タニノムーティエとアローエクスプレスの対決である。普段は馬券など買ったこともない商社マンや主婦までもが2頭の連勝馬券に群がるという社会現象を引き起こしたが、タニノムーティエが優勝を果たす一方で、アローエクスプレスは5着に敗れている。

こうした例に留まらず、社会現象になるほどの銀行馬券には、たいてい破綻が待ち受けているものだ。さらに90年代も後半になると、本物の銀行がリアルに破綻することも珍しくなくなり、「銀行馬券」という言葉自体もどこかへ消えてしまった。

そもそも、投資にしても銀行預金だけでなく様々な商品が巷に溢れ、より投機的な商品に人気が集まる時代である。馬券にしても同じこと。今では枠連以外にも様々な種類が用意されているが、一攫千金が望める3連単の人気がもっとも高い。だいたいがマイナス金利の現代においては、銀行に預けたところで実質的に元返しではないか。これでは「銀行馬券」が死語になるのも仕方がない気がする。

明日の弥生賞はマカヒキ、リオンディーズ、エアスピネルの人気が抜けている。この3頭の3連複の前売オッズは、なんと1.9倍。だからといって、この馬券が絶対確実という保証はどこにもない。それが競馬だ。

 

***** 2016/03/05 *****

 

 

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2016年3月 4日 (金)

競馬場フェス

3月2日(水)付の読売新聞夕刊社会面(東京版)に、こんな記事が掲載れていた。見出しには「競馬場 響け歌声」とある。

News 

記事の中身は、府中市が東京競馬場を会場にした大規模コンサートの開催を計画しているというもの。GⅠウィークでもなく、東京開催すら行われていないこの時季に、なぜこんなローカルネタをわざわざ北海道を含む東日本全域をカバーする面に載せたのかは定かではないが、実は似たような話は2年ほど前にも一度持ち上がったことがある。2014年の府中市制60周年のイベントとして、府中にゆかりがある有名アーティストや還暦を迎える歌手らによる記念コンサートを東京競馬場で開催できないか。そんな話を市側が競馬場側に持ちかけたのだ。

競馬法は、競馬場を競馬以外の営利目的事業で使用することを禁じている。それならば、入場料収入は歌手の出演料や経費にそっくり充てて、収益を一切得ない形にすればいい。競馬場側にしても競馬のイメージアップに繋がるというメリットがある。ステージはウイナーズサークルに設営。ターフビジョンだって使わぬ手はない。立ち見エリアとフジビュースタンドを使えば3万人規模の複合型野外フェスが実現する―――はずだった。

最終的には演者側との折衝が不調に終わって幻に終わったわけだが、あれから2年を経て、再びコンサート開催への機運が盛り上がっているというのは興味深い限り。記事によれば、「2019年のラグビーワールドカップ、20年の東京五輪・パラリンピックを盛り上げていくための文化行事」として鋭意検討中とのこと。楽しみではある。

そもそも、競馬開催日に実施されるミニコンサートは「競馬以外の営利目的事業」ではないから、しょっちゅう行われている。昨年のジャパンカップ終了後に行われたのは、小室哲哉さんによる「JCスペシャルライブ」。なかなか見られるものではないと私も珍しく現場に残ったが、そのステージは想像以上に見ごたえのあるものだった。披露された楽曲は「DEPARTURES」や「I’m proud」など名曲ばかり5曲。ボーカルを務めた坂本美雨さんのセンス溢れる歌声にも魅了され、30分の時間はあっという間に過ぎた。

「競馬のあとだから、みんな帰っちゃってお客さんが誰もいないステージになるんじゃないかと心配してました」と笑わせた小室さんは地元府中市の出身。子供の頃は、自転車で競馬場に遊びにきていたという。

ともあれ、そんな小室さんの心配をよそに、数千人のファンがパドックを取り囲み、スタンドのバルコニーからも大勢のファンがライブを堪能していたのである。周囲が夜の闇に溶け込んでいたせいもあるが、その光景はもはや競馬場とは思えない。

Live2 

そんな時、私の隣で見ていた人が「向こう(コース側)でやれば良いのに」と呟いた。もっともだと思う。ぜひともメインスタンドを使った本格的コンサートの実現に向け、関係者は努力していただきたい。首尾よく実現の暁には、ゲストでもいいから北島三郎さんをお迎えして一曲ご披露願いたいという私の個人的な願望も、忘れずに書いておく。

 

***** 2016/03/04 *****

 

 

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2016年3月 3日 (木)

うどん甚三@大門

空前とも言われる讃岐うどんブームの中にあって、最近では「肉系讃岐」にハマっている。実際にそんなジャンルがあるのかどうかは知らない。ともあれ、馴染みの店では肉ぶっかけばかりを注文し、街を歩いては肉うどんの美味しそうな店を物色しているわけだ。

都営地下鉄・大門駅の近くに暖簾を掲げる『うどん甚三(ジンザ)』は、昨年12月にオープンしたばかり。開店から3か月しか経っていないというのに、本場讃岐に劣らぬうどんを出すと早くも高い評判を得ている。中でも肉うどんが美味いらしい。それならと無理やり大井に用事を作り、その途中に立ち寄った。藤田菜七子フィーバーに燃え上がる川崎ではなく、非開催の大井というのがやや悲しいが、あくまで今日の眼目はうどんである。

Mise 

平日13時半の入店にもかかわらず、店内の18席はほとんど埋まっている。なかなかの盛況ぶりに感心しつつ、冷たい肉かけうどん(肉倍盛り)を注文。

店内にはあちこちに「林SPF」のポスターやチラシが貼ってある。林SPFは千葉県が誇るブランド豚肉。船橋競馬場で林SPFの試食会が開かれたり、「林SPF賞」なんていう協賛レース(優勝馬:ガラハッド)が行われたりしたから、その味を知らないわけでもない。脂が格別に甘いのがその特徴で、有名とんかつ店に卸されているとは聞いていたが、うどん店でも使われているとは知らなかった。

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倍盛りにした肉のボリュームに目を奪われがちだが、透き通ったダシも、うどんのツヤも、その味を期待させるにじゅうぶん。肉が美味くても、うどんとダシが美味くなければ話にならない。

ひと口啜って、うどんの美味さはすぐに分かった。コシがありながらびよーんと伸びる麺の口当たり、香川から取り寄せているという小麦粉の風味、そしていりこ香るダシ。どれを取っても申し分ない。

Udon2 

だがしかし、肉のインパクトはうどんを上回るものだった。脂が美味いのは分かっている。バラ肉を使っているのはそのためであろう。絶妙なのはこの薄さ。うどんと一緒に啜って何の違和感も感じない。脂とダシをまとった麺のなんと美味いことか。「肉うどん」と言ったら牛肉だろうと思っていた私の固定観念を恥じねばなるまい。次回は「肉3倍盛り」にしよう。

 

***** 2016/03/03 *****

 

 

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2016年3月 2日 (水)

始まりは川崎から

今日は川崎競馬場でエンプレス杯が行われたが、私は行けなかったので写真はありません。ともあれ、勝ったのは1番人気のアムールブリエ。昨年に続いてこのレース連覇を達成したことになる。

エンプレス杯は回を重ねて今年が62回目。1995年からJRAとの交流重賞となったが、その最初の6年間はホクトベガ、シルクフェニックス、ファストフレンドがそれぞれ連覇している。思えば、このレースの第1目の覇者ミスアサヒロからして翌年の第2回目を勝っているのだから、エンプレス杯は連覇の歴史と言えなくもない。

写真は98年のこのレースを勝って連覇を果たしたシルクフェニックス。前年の覇者であるにも関わらず5番人気に留まったのは、前走の大敗に加え、牡馬相手の日経新春杯を勝っていたメジロランバダらが相手だったからだろうか。だが、そんな低評価をあざ笑うかのような完勝劇に、福永祐一騎手も渾身のガッツポーズを繰り出した。

Silk 

福永騎手にとってエンプレス杯とシルクフェニックスには特別な思い出がある。97年に騎手デビューを果たした福永騎手にとって、シルクフェニックスとのコンビで勝ったエンプレス杯が、記念すべき初めての重賞初制覇となった。日本のみならず海外を含めて百を超える数の重賞レースを勝っている福永騎手の、その重賞キャリアのスタートはここ川崎だったのである。

そして明日、騎手としてのキャリアを川崎でスタートさせる新人に注目が集まっている。

おそらく今日を上回る観客が川崎に押し寄せ、今日を上回る取材陣が詰め掛けるであろう。ただでさえ不安と緊張が入り混じるデビューの時期。なのになぜか川崎でこの過熱ぶりである。本来なら3キロの減量があるはずなのに、地方ではそれも貰えない。しかも相手は的場文男や今野忠成や森泰斗といった歴戦の猛者たち。正直気の毒に思わないでもない。川崎を嫌いになったりしないだろうか。なぜか私まで不安になったりしている。

川崎を起点に世界への飛躍を果たしたのは、なにも福永騎手に限らない。のちに世界の舞台で活躍することになるアグネスデジタルやユートピアも、自身初の重賞勝利はこの川崎だった。藤田菜七子騎手も飛躍のきっかけとなる初勝利をぜひ川崎で挙げていただき、川崎競馬を好きになってほしい。

 

***** 2016/03/02 *****

 

 

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2016年3月 1日 (火)

重賞以外はただのヒト?

いよいよ今週からJRAではクラシックのトライアルレースが始まる。本格的な春の足音が聞こえてきた。

―――が、それよりもファンの興味はミルコ・デムーロ騎手の手綱に向いているかもしれない。

Demuro 

中山記念をドゥラメンテで勝って、重賞施行機会の連勝を「5」に伸ばしたばかり。チューリップ賞を勝てば新記録の6連勝。リオンディーズの弥生賞を勝てば驚異の7連勝。勢い余って中日新聞杯を勝てばまさかの8連勝……って、さすがにその日は阪神で騎乗だろうか。そういう意味では「施行機会」の記録も凄いのだが、だからと言って「騎乗機会」に勝る記録だと言い切れるものではない。重賞のない競馬場で「是非に」と請われて乗ることも、騎手の誉れだ。

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それでも今のミルコを止める存在は見当たらない。もともと調子に乗ると手が付けられないタイプでもある。昨年の暮れにも、チャンピオンズC→チャレンジC→朝日杯FS→阪神Cと4週連続重賞勝ちを記録し、その締めくくりに有馬記念でもあわや勝とうかところまで迫った。

その一方で、彼はスランプが長いタイプでもあることをご存じだろうか。実は昨年の秋開催では、ひとつも重賞を勝っていない。計16鞍の重賞レースでの騎乗機会があり、1番人気3回、2番人気にも4回推されながら、ついに勝ち切れなかった。さらに昨年来日前に騎乗していた香港では、一般レースも含めて86連敗の辛酸を舐めている。そこはイタリア人気質。良くも悪くも調子の波が大きい。

Demuro2 

ただ、今現在の彼は「好調」と言い切れない部分もある。

2月14日の京都記念から始まる開催5日間で重賞5連勝の記録は、素晴らしいの一言に尽きる。だが、この5日間に挙げた勝利数は実は6勝でしかない。つまり重賞以外はひとつしか勝っていないのである。

5日間の通算成績は41戦6勝。勝率146なら上々だが、負けた35戦のうち11戦で1番人気を裏切っているという事実は軽くない。ちなみに同じ5日間でC.ルメール騎手は9勝、戸崎圭太騎手は12勝を稼いでいる。重賞を勝てば、本人は気持ち良く家に帰れるだろうが、周りはそうはいかない。平場の一戦にすべてをかける人だっているのである。

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「重賞以外のデムーロはただの人」

ぼちぼち聞こえてきたそんな声の主を黙らせたい。今週土曜の阪神は、午前中からデムーロ騎手の手綱さばきに注目しよう。とはいえ、仮に朝からバンバン勝つようなら、チューリップ賞に意外な落とし穴が待ち受けているかもしれない。勝負事というのは、えてしてそういうものだ。

 

***** 2016/03/01 *****

 

 

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